●リプレイ本文
●初めてのフロートシップ
「こ、これがフロートシップですか‥‥噂には聞いていましたがすごいですね!」
クロス・レイナー(eb3469)の目の前に、全長60メートルにもなる船体が横たわっている。甲板までの高さは家の屋根を軽く越える。こんな馬鹿でかい代物が空を飛ぶというのだから、目を丸くするのも無理はない。その凄さに感激したついでに、使い方を教わったばかりの携帯電話をカメラにして、プチッとな、プチっとな‥‥。夢中で写真を撮っていると、それをハーベス・ロイ子爵に見つかった。
「これこれ。腰に剣を帯びたる者が、そのようにはしゃいでどうする」
たしなめられ、はしゃぎすぎたのを思わず反省。
「これが、フロートシップ‥‥またなんと大きな」
ヴェガ・キュアノス(ea7463)も平静を装ってはいたものの、内心では初めてのフロートシップ搭乗にドキドキワクワク。
「だけどこれ程に大きな船でも、ドラゴンと出合ったら‥‥」
心配そうに漏らすクロスだが、
「大丈夫、空飛ぶドラゴンはジ・アースでも見た事があるゆえ」
答えて、ヴェガはにっこり。
このフロートシップの名はミントリュース号。ここは王都の城壁の外にあるフロートシップの発着所である。
「話によれば、王家のフロートシップの中でもバランスが良く、操船し易い船だと聞いています」
先発隊の隊長となったロイ子爵に説明するのは、船の指揮を任されたティース・バレイ。彼はルカード・イデルが遣わした若き海戦騎士で、そのルカードはマリーネ姫の乗船アルテイラ号の指揮官という大役を担っている。
船を操縦する鎧騎士3名が船に乗り込んできた。甲板に立つロイ子爵とティースに礼儀正しく挨拶して、船のブリッジに向かう。その後ろ姿に頼もしげな視線を送りながら、ティースは言い添えた。
「自分にとっても、宙に浮かんで陸を行く船の指揮は初めてでありますが、彼らは王家に選ばれた選りすぐりの鎧騎士。指揮官の私にとっても、優秀な部下に恵まれることは大きな喜びです」
その言葉にロイ子爵はにやりと笑い、
「そなたの口調も、だんだんとルカードに似てきおったな」
その言葉にティースも笑う。
「それはもう長年、共に背中を預けて戦った仲ですから」
いきなり、頭上から人が舞い降りてきた。フライングブルームに跨った鎧騎士の冒険者、シャリーア・フォルテライズ(eb4248)である。
「おお! いきなり空から現れるとはな!」
ロイ子爵は大げさに驚いてみせる。
「ロイ子爵様。姫の歓迎のことで思いついたのですが、空から見える美しき地上絵を作り、街の歓迎の意を示すというのは如何かと?」
先ほど仲間のシュナイアス・ハーミル(ea1131)やグラン・バク(ea5229)と話し合い、まとまった提案をシャリーアは伝える。
「空から見える絵とな?」
「はい。例えば人々を絵の形や歓迎の文字の形に並ばせ、その手には色とりどりの花や布を持たせ、その手を大きく振らせるのです。その有様を鳥の飛ぶ程の高みより見下ろすならば、正しく絵になる光景ではないかと」
ところがロイ子爵は素っ気なく答える。
「色付きの布は値が張るし、冬の今時分に花など咲いてはおらぬ。第一、姫様のフロートシップはそんなに高くは飛ばぬぞ。万が一、船から人が落ちた時に命に関わるであろう?」
残念ながら、この案は却下。
「では、あともう一つご提案を。私が巫女の仮装をして空飛ぶ箒に乗り、扇子を振るいつつ空を舞うとか、シャボン玉を飛ばすというのは‥‥」
「待て待て。祭りで浮かれ騒ぎたい気持ちも分かるが、今回は姫君のご視察の露払いとしてのお役目。羽目外しは程々にな」
残難なことに、この案も却下。
そこへクロウ・ランカベリー(eb4380)がやって来て、これまたロイ子爵に提案する。
「今代の治世では王の評判がすこぶる悪いと聞く。加えて、春を間近に切迫した食糧事情
下での姫殿下の来訪とあっては、その歓迎にも町だけでは限界があるだろう。そこで町の者たちも楽しめるよう、食料や物資を多めに持ち込んで『姫殿下からの下賜品』として振舞ってはどうだろうか?」
「全く値の張る意見ばかりであるな。町の者全てに行き渡るだけの食料を揃えるのに、どれほど金がかかると思う?」
却下されたかと思いきや、ロイ子爵はクロウにぽんと金袋を渡してにやりと笑う。
「金の苦労は私が引き受けるとしても、そなたにも苦労して貰わんとな。船の出発までに大至急、買えるだけの食料を買い込んで、運んで来るが良い。間に合わなければ置いていくぞ」
「感謝します。では」
金袋を握り、クロウは王都の門に向かって駆けて行く。
「私も手伝いを!」
フライングブルームに跨るシャリーアが、クロウの頭上を越えて行く。常人なら足をすくませそうな高みを行くその姿を見て、ロイ子爵は呟いた。
「やれやれ、あんな高い所を平気で飛ぶとは」
馴れという物は恐ろしい。
物資の搬入などの準備は整い、後発のアルテイラ号に乗る冒険者との打ち合わせも終わり、いよいよ出発の時が来た。出航の号令と共に、ミントリュース号の巨体がふわりと浮かぶ。宙に浮く高さが屋根ほどの高みに達すると、ミントリュース号は前進を始める。その速さはたちまち飛ぶ矢のごとく速さとなり、間近に見えていた王都の姿も視界の中でどんどん小さくなっていった。
●空飛ぶ船
マリーネ姫の依頼に参加したはずのリセットまで同じ船に乗っていたことは、レイ・リアンドラ(eb4326)にとって意外だった。
「貴方もこの船に?」
「ミントリュース号の出発に間に合ったので、便乗させていただきました。歓迎の件についてはロイ子爵の同意を頂いたので、後は一刻も早くウィーの町にたどり着くだけです」
「そう、一刻も早く。しかし町に着く前に船から振り落とされぬよう、気をつけねば」
「本当に、もの凄い速さですね」
時速100キロのスピードを出せるフロートシップである。フライングブルームでも追いつけない程の速さだ。しかも航路は直線ではなく、街道沿いに進むものだから右へ曲がったり左へ曲がったり。それを猛スピードでやれば、それだけ遠心力がかかるから乗る者にはきつい。
「まるで時化の海を行く船のごとき心地だな」
そう言うシュナイアスの横で、ハーベスも言う。
「少しばかりの揺れは仕方なかろう。しかしこれは、正に時化の海の如しだ」
「街道沿いではなく、ウィーの町まで真っ直ぐに飛べば揺れも少ないかと思うが」
しかし指揮官のティースは、シュナイアスに答えて言う。
「ウィーの町までは森と平原とが延々と続き、街道より離れれば道標となる物を失います。このセトタ大陸のど真ん中で迷子になっては堪りません」
甲板の見張りに立つ海戦騎士の叫びが聞こえた。
「前方に森! 前方に森!」
森道は狭すぎ、フロートシップでは森の木の下をくぐれない。ティースは高度上昇を命じ、ミントリュース号は森を飛び越えるために急角度で空へ昇っていく。勢いつけて森の上空に出た後もいよいよ高さは増していき、船縁から下に目を向けた冒険者たちは、眼下に広がる広大な森を見た。前方に目を転じれば、街道が幾つもの森を突き抜け、遙かなる先に向かって伸びゆく様がはっきり見てとれる。
「凄い! まるで実物大の地図を見ているみたいだよ!」
クロスが感嘆の声を上げ、ティースに願う。
「この高さなら視界も十分に開けているし、方角も分かりやすいよ。このまま全速力で飛んで行かない?」
「だが、この高さから落ちて助かる者はいない」
答えるティース。街道を行く旅人が豆粒よりも小さく見える高さだ。
「命の惜しくなった者はいるか?」
ハーベスが訪ねる。が、臆病風に吹かれた者は誰もいない。
「宜しい。それでこそ冒険者だ」
ハーベスは満足の笑みを見せると、ティースに尋ねた。
「このままウィーの町まで一気に飛ばぬか?」
「はっ! ご命令とあらば!」
ティースは敬礼で答えた。
●ドラゴン出現
幾多もの森を越え、野原を越え、ミントリュース号は行く。その右舷側に聖山シーハリオンの白き輝きを仰ぎながら。
「あれがシーハリオンか。なんと雄大な‥‥」
バルザー・グレイ(eb4244)は聖山への畏敬の念を覚えると共に、こんなにも早いうちから聖山を間近に拝める場所まで来てしまったことに、驚きを禁じ得ない。なにしろ王都から宿場町ウィーまでは徒歩で10日以上、馬でも3日はかかろうという距離。それをこのフロートシップは半日もかからぬうちに、その殆どの道程を終えていたのだ。
「見て、あれがきっとウィーの町だよ!」
クロスが下界を指さすその先に町が見える。この高みから見下ろすと本当に小さな町だ。町の周囲は一面の雪野原。雲の多い天気なので、時たまフロートシップが小さな雲の中を突き抜けると、雲の霧がもの凄い速さで甲板に立つ冒険者達に押し寄せてくる。
「減速! ゆっくり降下せよ!」
ルカードが命じ、船はウィーの町に向かって高度を下げてゆく。
雲間から巨大な姿が現れたのは、その時だった。
「ドラゴンだ!」
我知らずクロスは叫んでいた。
銀の鱗に包まれた巨大なドラゴンだ。大きさは14メートルにもなろうか。ドラゴンはその翼を広げ、速度を落とし降下する船の周りを旋回している。
ロイ子爵を守らんと、シュナイアスが背中でその身を庇う。
「噂のドラゴン、ついにお目に掛かったというわけだねぇ」
不敵な台詞を口にするシン・ウィンドフェザー(ea1819)のその横で、マリウス・ドゥースウィント(ea1681)も似たような事を言う。
「なぁに、魔王アスモデウスに比べたら大した事ない。敬意を持って応対し、お帰り願うだけ。倒す必要はない。‥‥それにしても、でかいな」
シャリーアがフライングブルームに乗って、空へ飛び出した。旋回するドラゴンと動きを合わせて接近し、その巨大な姿に向かって叫ぶ。
「いと貴き竜よ! 我らに敵対の意思は無い! 空を騒がせた事は謝罪もしよう! 探し物でもお有りなら後ほど協力もしよう! この場はお退き下さらぬか!?」
ドラゴンの目は興味深げにシャリーアを見つめているかのよう。
やがてドラゴンが口を開き、咆哮のごとき声で答える。
「いと小さき者よ。そんな道具に頼ってまで、空を飛びたいか?」
「葵さん! 頼みます!」
シャリーアが船上の山吹葵(eb2002)に合図を送る。
「テレパシーでドラゴンに尋ねてくれ」
クロウも葵に促した。体つきのどっしりしたジャイアントの陰陽師はそれに答えて、あぐらを組んで甲板に座り、片手で印を結んで月魔法テレパシーの呪文を唱え、クロウが知りたがっていた事をドラゴンに訊ねた。
「我が名は山吹葵。ジ・アースという異世界からやって来た陰陽師なり。竜よ、そなたにお尋ねしたい事がある。なぜ、そなたはここに来たのか?」)
心の声で尋ねた葵の心の中に、ドラゴンの重々しい声が響く。
(「我はヒトの行いを監視せねばならぬが故に、ここに居る」)
(「ではもう一つお尋ねする。我等はシーハリオンに向かうつもりだが問題はなかろうか?」)
(「ヒトよ、おまえ達はシーハリオンで何が起きたかを知らぬというのか?」)
返ってきたドラゴンの言葉には、押し殺した怒りの響きがあるようにも感じられた。
(「知らぬ故、何が起きたか教えていただけまいか?」)
ドラゴンはその問いに答える代わりに、こう告げた。
(「あくまでもシーハリオンを目指すなら、その旅はヒトにとって試練の旅となろう」)
言い終えるやドラゴンは高々と舞い上がり、その姿は雲に隠れて見えなくなった。その姿を見送ったクロスがほっとしたように呟いた。
「行ってしまった‥‥。戦わずに済みましたね」
●領主館にて
「そうか、ドラゴンがそんな言葉を‥‥」
ロイ子爵一行を町に迎え入れ、冒険者たちの口から報告を受けた領主の表情は沈痛そのもの。
「この世界のドラゴンを見るのは俺も初めてだが、あの図体の大きさして、ドラゴンの中でもとりわけ強い種類だ。それが町の近くに現れたとあってはただ事ではない」
豊かとはいえないモンスター知識でシュナイアスが判断できたのはここまで。他の仲間も似たり寄ったりだ。
「しかし、なぜドラゴンはこの町に目をつけたのだろう?」
「ドラゴンの怒りを買った者が、この町の近くにいるのかも知れぬな」
そう答えたバルザーではあったが、領主があまりにもふさぎ込んでいるので言い足した。
「或いは、ドラゴンも一目置くほどの勇者がこの町に来ているということだ」
「成る程。凶兆とも取れるし吉兆とも取れるというわけだな」
鎧騎士の言葉に対する率直な感想をシュナイアスは告げる。
「ですが‥‥」
鎧騎士レイも、領主に助け船を出す形で提案。
「不穏な噂やドラゴンで怯えている町の住民を安心させる必要があります。不安な心を抱えていては歓迎などできません。まずはこの宿場町で人脈を持っている方々を集めていただけますか?」
その求めに領主は早々と応じた。荷運び人夫の親方、酒場の主人、付近の村の村長など、町の人々に顔が利く者達が領主の館に集められ、彼らを前にしてレイは根気よく語り聞かせた。
「マリーネ姫のような高貴な方が身の危険を犯してまで、この町を訪問して下さるのです。姫の護衛として優秀な騎士の方々もこの町を訪れます。彼らがいればドラゴンや不穏な噂に怯える日々は終わり、宿場町に活気ももたらされるでしょう。まずは町を綺麗に掃き清め、町ぐるみの歓声の声でマリーネ姫様をお迎えできるよう、手筈を調えて下さい」
続いてハルナック・キシュディア(eb4189)が警備上の要請を伝える。
「金と甘言で純朴な民を煽り、王族に害を為さんと企む者は後を絶ちません。そのような事があっては一大事。故に姫殿下の通り道の周辺については、許可なき者の立ち入り禁止区域としたいのです。見物人が背後からの圧力に押されて飛び出せば、姫にとっても町にとっても不幸なことになります故、そのような者を取り押さえ押し戻す為の安全地帯の意味もあります。それと、身元のしっかりした成人男性を何人か借りられないでしょうか? 警備の人数はいくらいても足りないのです」
すると、村の村長の一人が手を挙げて立ち上がる。
「わしのせがれで良ければ」
その言葉を皮切りに、大勢の者たちが警備にあたる者たちの提供を申し出た。
「私からも一言」
ロイ子爵が発言する。
「マリーネ姫様は、ことのほか子ども好きなお方だ。歓迎の場では子どもを最前列に立ててお迎えし、滞在中も子どもをお側に侍らせていただきたい」
これはリセットから伝えられた情報が基になっている。
最後に、領主が直々に頼み込む。
「ハーベス・ロイ子爵殿とそのお供の方々のお言葉は、領主のこの私の言葉に等しいものと受け取って欲しい。町の名誉がかかっている。皆、頑張ってくれ」
その言葉が終わるや、クロウが言い添える。
「食に乏しい冬場のこと。せめてもの足しにと思い、買えるだけの食料を買い込んで来た。話し合いが終わったら、フロートシップまで取りに来てくれ」
その顔に、そこに集った全ての者の顔がぱっと明るくなった。
●祭りの準備
会合が終わると、直ちに歓迎の準備が始まる。
「やっぱり作るのか、地上絵?」
「低空からは見づらいかも知れぬが、やるだけの事はやろう。町の人々も乗り気になっている」
シャリーアに押されて、シュナイアスも手伝うことに。町の近くの雪野原に人文字を書くことで話は纏まり、物珍しさも手伝って、町の大勢の者達が集まってきた。
「こういうのは近くで見ても良く分からないからな」
思うがままに空を飛べる魔法の大凧を使い、高みから確認する事にした。シュナイアスを乗せた大凧がふわりと舞い上がると、見守る人々からどっと歓声が湧く。
「こんな魔法を見るのは初めてじゃ」
「あたしも乗ってみたい!」
そんな事を口にする者も。ちょっとしたお祭り気分である。
「まずは地面に『ようこそマリーネ姫様』と大きく書くんだ!」
上空から声を張り上げ、下にいるクロスに指示を飛ばす。クロスは平原の雪をせっせと押しやり、言われる通りの言葉を地面に書いた。
「どうですかぁ〜!?」
クロスにとっては習ったばかりのセトタ語。しかしシュナイアスにはセトタ語の心得がなく、文字の綴りもうろ覚え。地面に書かれた文字が達筆なのか悪筆なのかも定かではない。
「今ひとつ良く分からないが‥‥まあ、良しとするか」
空から降りると、シュナイアスは集まってきた人々に言い聞かせる。
「姫様が空飛ぶ船に乗ってお越しになったら、あの文字の上に立って手を振るんだ。では、今からその練習だ」
実は文字を読めぬ者も、ここには大勢いた。それでも皆でわいわい言い合いながら、冒険者に言われた通りに動き回るうちに、自然と一体感が生まれる。というわけで人文字の出来はともかく、歓迎ムードを盛り上げるのには大きく役立った。
しばらくすると、グランが山ほどの木の枝を抱えてやって来た。
「近くの貯木場で見つけてきた」
斬り倒した木の枝を切り払って木材とした後の、残りの枝である。まだ青々としており、新鮮な木の香りを放っていた。
「花や布はなくとも、木の枝なら山ほどある。姫様の船が現れたら、この枝を元気よく振るんだぞ」
マリーネ姫の来訪は、町で祝われる風霊祭の時期と重なっていた。葵はその会場作りに当たっていたが、熱心に仕事に励むジャイアントの姿は町の人々の、とりわけ子どもたちの注目を浴びることになった。
雪野原に設けられた祭りの場。その中心に丸太を組んで篝火の準備を済ませると、葵は町の子どもたちに踊りの教えを乞う。
「みんなで篝火を囲んで踊るんだけど、踊れない人は篝火から遠くに。思いっきり踊りの上手い人は篝火の近くに。それがルールなんだ」
子どもの一人がそう答え、葵の前で軽やかにステップを踏んでみせる。
「こうでござるか?」
葵も真似してみるが、今ひとつ足下がおぼつかない。それを見て、さらに子どもが言う。
「ルールはもう一つあるんだ。踊りが下手でも、思いっきりみんなを笑わせたい人は、篝火のうんと近くで踊っていいんだよ」
その言葉に周りの子どもたちもどっと笑う。その笑いに釣られて葵も面白可笑しく体を動かし、子どもたちも押し合いへし合いしながら一緒に踊り、通りかかったロイ子爵もそれを見て目を細め、破顔する。
「おお、なかなかに楽しそうであるな」
踊りの練習が一段落すると、子どもの一人が葵に尋ねる。
「ねえ、ドラゴンと話したって本当?」
「本当でござるよ」
子どもたちが色めき立つ。
「ねえ、その話、もっと聞かせてよ!」
「僕も聞きたい!」
「あたしも!」
子ども達にせがまれ、葵は話し始める。
「実はあのドラゴン、悪いドラゴンというわけではない。というのもな‥‥」
話を始めるや、いつしか周りの大人たちもその話に耳を傾け、じっと聞き入っていた。
●空を飛ぶもの
ここはウィーの町の酒場。
「しかし、ホント何処なんだろうココは」
隅のテーブルで呟くのはアーディル・エグザントゥス(ea6360)。聖山シーハリオンに興味を持つが故にこの依頼に参加し、そして町で迷った。気がついたらこの店に。
「こんな所にいたのか、探したぞ」
声をかけられて振り向くと、そこにバルザーが立っていた。ようやくアーディルも、やらねばならぬ事を思い出し、近くに座る客に尋ねてみる。
「近頃、調子はどうだい? 町にドラゴンが出たんだってね?」
その中年の客は、アーディルに胡散臭そうな目を向けていたが、
「良かったら聞かせてくれないか? 色々と噂を耳にしているのでな。いや、何も無ければ良いし、私の勘違いなら問題はない」
年輩のバルザーに言われて、客は話し始めた。
「ドラゴンだけじゃねぇ。人間と竜や蛇の合いの子みてぇな妙な生き物も、近頃はよく空を飛んでるって噂だぜ」
すると、別の客から声が。
「そいつは多分、ナーガじゃないか?」
「ナーガ?」
「ドラゴンの眷属と言い伝えられている人間型の種族さ。もっとも人間の体に竜の頭がついていたり、下半身が蛇の胴体だったり、背中には竜の翼がついてるって話だけどな。中には人間そっくりに化けたりドラゴンに化けたりするのもいるらしいが、どこまで本当なのかは分からねぇ。滅多に人里には降りて来ないが、険しい山地に住む山の民からは、ドラゴンの使いとして崇められているそうだ。ところでつい最近、その山の民が引き起こした事件を知っているか?」
「事件だって?」
アーディルもバルザーも身を乗り出す。
「山の民が数名ばかり、町に乗り込んで騒ぎ立てたのさ。『聖なるドラゴンはお怒りじゃ。聖なる山に近づいてはならぬ』って喚き散らしてな。挙げ句、領主の衛兵に引っ立てられて、牢屋にぶち込まれちまったい。で、こいつを見てくれや」
男はもったいぶって、懐から奇妙な物体を取り出す。羽毛の塊だった。しかも乾いた血がべっとりついている。
「騒ぎのどさくさに紛れて、俺が山の民からくすねてきた戦利品だが、山の民どもはこいつが聖なるドラゴンの羽根だと信じてやがる。つい先ほども、こちらの御仁に見せてやったところだ。な、竜探しの旦那」
男はテーブルの反対側に座る人物に声をかける。その人物は仲間のグラン。同じく酒場での聞き込みを行っていたのだ。グランはアーディルとバルザーに目配せして笑いかけると、目の前の男に尋ねる。
「しかし、こいつは本物なのか?」
「そこまでは分からねぇ。昔っからこの手の話には眉唾物が多いからな」
男は答え、羽根の塊をグランに押しつける。
「さあ、手土産にこいつをやるよ。血だらけで汚いが、本物だったら高値で売れるだろうぜ」
●マリーネ姫の歓迎
ミントリュース号の到着から丸一日が過ぎてから、ようやくマリーネ姫の乗るアルテイラ号がその姿を見せた。その背後には随行する騎士養成学院の船、ジニール号の姿も見える。
「では、貴方からの依頼を果たしに行きます」
レイにしばしの別れを告げ、リセットがフライングブルームに乗ってアルテイラ号に飛ぶ。やがてアルテイラ号が雪野原に着陸すると、人々が歓声をもって迎える中、町の上空に虹が現れた。リセットの魔法が生み出した幻影の虹。それは『ドラゴン・オブ・レインボウ』に象徴されるように、高貴さを顕す徴でもある。虹の上にはさらに歓迎の文字が輝く。
『マリーネ様に竜と精霊のご加護を』
後にレイ達が聞いた話では、この町を挙げての歓迎にマリーネ姫は大いに気を良くしたという。
人々と共に出迎えに立つエルリック・シャークマン(eb4123)の元に、雇い入れたシフール配達人が戻って来た。
「すっかり遅くなっちゃってゴメン! ‥‥って、あの船の方が早く着き過ぎだよね。昨日の朝に王都を出て、今日の朝にはウィーの町に着いちゃうなんてさ!」
この言葉を聞いてエルリックは理解した。移動するフロートシップへ通信を送るには、シフールの飛ぶ速さでは間に合わない。今後は風信器やゴーレムグライダーの力を借りねばならないだろうと。
「おや?」
警備に当たるグランは、出迎えの人々の中に奇妙な恰好をした長身の男がいるのに気付いた。羽飾りのついた毛皮の服をまとっている。
「あれが、話に聞く山の民か」
酒場で聞いた話では、山の民の祈祷師があんな恰好をしているとか。しかしグランがふと目を離した隙に、男の姿は消えていた。
「おい、ここにいた男を知らないか?」
先ほどまで男の立っていた場所に行ってグランが尋ねると、近くにいたクロウが携帯電話を示して答える。
「この変な恰好をした奴のことか?」
メモリーには先ほどの男の姿が、しっかり記録されていた。
●リシェル・ヴァーラ
ウィーの町が歓迎で沸き立つ頃。そこからさらに西のセレ分国では、リシェル・ヴァーラ子爵と迎えの冒険者たちとの面談が持たれていた。シン、ヴェガ、マリウス、クロス、シャリーア、そしてディーナ・ヘイワード(eb4209)。冒険者たちは皆、礼儀正しき者ばかり。馬にフライングブルームにセブンリーグブーツ、それぞれの手段で遠路はるばる駆けつけたのだ。途中で山賊や魔物の襲撃もあったが、無事に切り抜けた。
「ハーベス殿の認められた書状をお読み頂いていると思います。どうかウィーの町のためだけでなく、マリーネ様のためにも御足労願えないでしょうか。察するにマリーネ様は少女の心をお持ち。蝶の様にひらひらと舞うお心は、期せずして大きな寒風を引き起こしてしまうことも。されどもリシェル様とご一緒ならば、春を呼び起こす風が吹きましょう」
マリウスの言葉に聞き入っていたリシェルは、屋敷の窓の外の森を見やって告げた。
「もうじき分国王陛下からの使者が来るはず。今暫く待ちましょう」
失礼。と断りを入れてシンは席を辞し、しばし屋敷の庭を散策。周囲は鬱蒼たる森だ。いつの間にかディーナが傍らに立っていた。
「この森は深い森だな」
「この森はリグの国の森へと続き、さらに遠くのエの国まで伸びています。森は我等エルフの故郷にして、我等の母です」
その言葉をきっかけに、エルフの鎧騎士との話が進む。その話からは、さまざまな国に別れながらも等しく森を住処とし、人間の争いからはなるたけ距離を置きたいという、エルフの本音がかいま見えたような気がした。
ふと、ディーナが足に履いたセブンリーグブーツを見て言う。
「この靴は本当にすごいよね。馬みたいな速さで歩けるなんて」
リシェルはヴェガと話している。マリーネ姫のことは幼い頃から知っており、幼い姫も自分によく懐いたと、そんな思い出話をリシェルは語っていた。
「でも、あの襲撃事件で母君を亡くして以来、マリーネ姫は変わってしまったのです。あんなに天真爛漫だったあの子が‥‥」
しばしの沈黙。ややあってクロスが尋ねた。
「ところで、セレ分国にドラゴンは出現しませんでしたか?」
「黒いドラゴンを見た者がいます。恐らくそれはシャドウドラゴンでしょう」
リシェルが答えた時、セレ分国王からの使者が現れた。リシェルは使者から書状を受け取る。
「それは?」
「分国王陛下からの許可状です。フロートシップの分国領内通過を認めるものです。さあ、マリーネ姫の元へ向かいましょう」
●再会
大きな篝火の炎が夜空を焦がす。輪になって踊る人々。祭は熱気で盛り上がる。
マリーネ姫は領主館の窓辺に立ち、その有様を眺めていた。
「マリーネ様は踊らないの?」
側にいた子どもが尋ねる。マリーネは大勢の子ども達に囲まれていた。皆、土地の子どもばかり。
「私はこの場所が好きなの。寒い外に出るより、温かい部屋でお話を聞く方が好き。さあ、今度は誰のお話かしら?」
付き添いの冒険者の一人一人を見回していると、外から呼ばわる声が。
「マリーネ姫様! リシェル様がお着きになりました!」
その声を聞き、マリーネは窓から外を見やる。本当にリシェルがやって来たのを知ると、マリーネは外に飛び出した。その顔にはウィルの王宮では決して見せたことのない輝きにあふれていた。
●ドラゴンの祝福
マリーネ姫の視察行は良き結果に終わった。マリーネ姫にとっても、ウィーの町の人々にとっても。もちろん冒険者たちにとっても。
マリーネ姫はリシェルよりセレ分国王の信書を受け取り、残る滞在の日を楽しく過ごした。そしてマリーネは、リシェルとの別れを名残惜しみながらも帰途に着く。フロートシップの通行許可状という手土産を携えて。
見送る人々の歓声は、歓迎の時にも増して高らかだ。
突然、人々が空を指さして騒ぎ立てる。
「ドラゴンだ! またあのドラゴンだ!」
マリーネは船の甲板からその姿を見た。輝く空の光をその身に受け銀色に輝くドラゴンは、マリーネの乗る船の周りを大きく旋回。マリーネが大きく手を振ると、ドラゴンはそれに答えるように大きく舞い上がり、シーハリオンに向かって飛んでいく。しかしその巨大な姿は、町から遠く隔たった森の辺りで、森の木の中に吸い込まれるように視界からかき消えた。ドラゴンの出現はマリーネ姫を祝福する吉兆に違いないと、ドラゴンを目撃した多くの者が思った。
マリーネ姫に続いて船に乗り込んだグランの耳に、町の子どもの叫ぶ声が聞こえた。
「本当に見たんだよ! 羽根のついた変な服を着た男がドラゴンに変身するところを!」
その言葉にはっとなり、叫びを上げた子どもの姿を探そうとしたが、既にフロートシップは地面を僅かに離れていた。その言葉の真偽を質す間もなく、船はウィーの町から遠ざかっていった。