テロリストの黒き旗1

■シリーズシナリオ


担当:マレーア3

対応レベル:8〜14lv

難易度:やや難

成功報酬:4 G 15 C

参加人数:15人

サポート参加人数:2人

冒険期間:02月01日〜02月06日

リプレイ公開日:2006年02月08日

●オープニング

 その日は強風の吹き荒れる日だった。ここはイラクの占領地区、ファルージャ近郊。合衆国軍兵士ゲリー・ブラウンは、砂塵の舞う幹線ルートを突っ走る兵員輸送車の車両上で、周囲の警戒に当たっていた。 
 車内に詰め込まれた兵士たちは、半ば廃墟と化した市街地での作戦を終えたばかり。武装集団に拉致された合衆国市民の救出が彼らの任務だった。
 救出作戦は無事に成功。武装集団は殲滅され、合衆国市民の救出も果たした。
 今、彼らはベースキャンプへの帰途にある。
「スマトラ島での救援活動に駆け回っていた頃は良かったぜ」
 傍らに立つ先輩格の同僚、ジョーダンが呟く。
「被災地の住民は皆、俺たちアメリカ兵をフレンドと思ってくれて、どこへ行っても笑顔で迎えてくれた。だが、このクソッタレな土地の連中は最悪だ。俺たちは敵としか見なされねぇ」
 ゲリーは半ば、上の空で同僚の言葉を聞いていた。自分はこの地に配属されてからまだ2週間と経っていない。にもかかわらず、占領軍への襲撃が多発するこの地での任務は緊張の連続で、ストレスは溜まる一方だ。
 幹線ルート上の前方に小さな街が見えた。破壊の限りを尽くされ、一見すると廃墟のように見える。
「いいかゲリー、よく聞けよ。車の前に何が飛び出して来ようとも無視しろ。たとえそれが野良犬であろうが、女子どもや老人であろうが、構わずに轢き殺せ」
「‥‥おい、冗談だろ?」
 同僚の言葉に答えた瞬間、路上の人影に気付いた。
 子どもだ。子どもが路上に横たわっている。
 ゲリーは停止の号令をかけ、兵員輸送車は街の手前で急停車。ゲリーは路上に飛び出した。
「こんな所で止めやがって! この馬鹿野郎!」
 子どもを抱き起こそうとしたゲリーの背後から、ジョーダンの罵る声。
「子どもを轢き殺すなんて出来るか!」
「勘違いするな! ここはイラクなんだぜ!」
 その言葉がジョーダンの最後の言葉となった。
 廃墟と見えた街から放たれた銃弾が、ジョーダンの頭を撃ち抜いたのだ。
 続く弾丸がゲリーの真横をかすめる。咄嗟にゲリーは遮蔽物の陰に駆け込んだ。崩れかけた塀の陰から街を見やると、そこには薄汚れたシャツを着た男たち。手に手にカラシニコフ小銃を構えてひしめいている。中には筒型の武器を肩に担いだ男もいる。その狙いが兵員輸送車に向けられ、ゲリーはあらん限りの大声で叫んだ。
「RPGだっ!!」
 その叫びも空しく、対戦車ロケット砲の弾丸が兵員輸送車の装甲板を貫く。続く爆発が中の兵士もろとも輸送車を破裂させる。幸運にも数名の兵士が爆発を逃れて外に飛び出したが、彼らを待っていたのはカラシニコフの一斉射撃だった。
 敵は子どもを囮に使い、待ち伏せていたのだ!
 倒れていた子どもが起きあがり、街に駆けていく。その小さな体を流れ弾が貫き、再び子どもは地に倒れる。
 瓦礫の山の上に立ち、黒い旗を振り回して絶叫する敵の男がいた。あれは敵への罵りか、それとも勝利の雄叫びか。その言葉をゲリーは理解できない。だが、男の振り回す旗をゲリーは知っていた。
(「あれはアルタイルの軍旗だ!」)
 世界各地で大規模なテロ活動を繰り返してきた武装テロ組織アルタイル。そのプロパガンダビデオの内容を伝えるテレビニュースで幾度、あの忌まわしき旗を目にしてきたことか。
 ゲリーはホルスターから拳銃を抜き放つ。男の胸を狙い、トリガーを引く。男は倒れ、その手にした旗が宙に舞う。旗の黒地に赤く描かれた交差する2本の剣と、その上に白く輝く星のマークが、一瞬だがゲリーの目に焼き付いた。仲間を殺された怒りに我を忘れ、ゲリーは敵に向かって突進した。自分の命を省みることもなく。
 次の瞬間、ゲリーの周囲の世界が白く輝く。何が起きたのかゲリーには理解できなかった。
 ──気がつけば、ゲリーは見知らぬ空の下、見知らぬ大地を踏みしめていた。自分が超自然的な力でアトランティスという異世界に転移したことを知ったのは、それから間もなくのことである。

「ここは死後の世界じゃないってことが、未だに信じられない」
 各地に転移してきた天界人を拾い集め、王都ウィルに向かう馬車の中でゲリーは呟く。この世界で彼は新しい仲間を得た。アジア各地で救援活動に携わっていたアメリカ人女性で、名をエブリー・クラストという。
「私だってタイからミャンマーに向かうはずだったのに、気がついたらこんな世界へ。未だに信じられないわ」
「それにしても君は、その歳でそんな子どもがいるなんて」
 エブリーの腕に抱かれた歳6才ばかりの子どもを見て言うと、エブリーは謎めいた微笑みを向けて答えた。
「長い人生、色々なことがあるものよ」
 やがて、馬車は王都に到着。街の門をくぐったところで、ゲリーは甲冑を着た巨人の姿を目にした。身の丈4mにもなる人型兵器。その巨体が人間とさほど変わらぬ滑らかな動きを見せているのが、いささか驚異である。
「あれが、噂のゴーレムか」
 呟くや、エブリーに抱かれた子どもが激しく泣き出した。ゴーレムの姿に怯えたのだ。それも只の泣き様ではない。殺される者の叫びのような、ぞっとする声を張り上げて。
「大丈夫。怖くない、怖くない」
 気持ちを落ち着かせようと、子どもを強く抱きしめるエブリー。ふと、ゲイリーは子どもの手に握られた物に気付く。
 それは忌まわしきテロリストのシンボル。あの黒い旗だ。
 記憶がフラッシュバックする。爆発炎上する兵員輸送車。殺される仲間。絶叫する敵を殺した瞬間、空に翻った黒い旗。
 気がつけばゲリーは子どもの手から旗をひったくり、食い入るように旗を見つめていた。
「ゲリー、大丈夫?」
 耳元で、エブリーの囁く声が聞こえた。
「私は馬車に拾われるまで、あちこちの村を訪ねて歩いて、そこで色々な話を聞いたわ。今、この国では恐ろしい事が起きているの。この子の村は国王への反逆という嫌疑をかけられて滅ぼされ、この子はその村のただ一人の生き残り。でも、その事が公になると、この子が国王の手の者に連れ去られる危険があるから、私の子どもという事にしてあるの」
「だったら何故、この旗がここにあるんだ!?」
「国王の兵士に追われていたこの子を、シャミラという天界人の女性が助けてくれたそうよ。この旗はシャミラからのプレゼント。シャミラと別れた後、この子は近くの村人に拾われて、その村で私と出会ったの」

 冒険者ギルドに到着し、食事と寝所を与えられたものの、ゲリーは落ち着かない。
「危険なテロリストがこの世界に侵入したんだ! そのテロリストが冒険者の中に混じっていたらどうする!?」
「落ち着いて、ゲリー。まずはこの世界で信頼できる人物の助力を仰ぎましょう」
「伝はあるのか?」
「ウィルの騎士養成学院あたりはどうかしら? 近々開かれる宮中晩餐会にもその教官が参加するという話だし、私たちもコネ作りのために晩餐会に参加しましょう」
 かくして、エブリーとゲリーは冒険者ギルドに依頼を出した。

『当方はいささか厄介な事情を抱える天界人なり。その問題解決のため、宮中晩餐会にて騎士養成学院とのコネ作りに協力してくれる冒険者を求む。なお、この依頼で見聞きした事柄については、部外者への口外を固く禁ず』

●今回の参加者

 ea1922 シーリウス・フローライン(32歳・♂・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ea3475 キース・レッド(37歳・♂・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea4100 キラ・ジェネシコフ(29歳・♀・神聖騎士・人間・ロシア王国)
 eb0131 アースハット・レッドペッパー(38歳・♂・ウィザード・人間・ノルマン王国)
 eb2259 ヘクトル・フィルス(30歳・♂・神聖騎士・ジャイアント・ビザンチン帝国)
 eb2479 シルヴィア・エインズワース(23歳・♀・ナイト・ハーフエルフ・イギリス王国)
 eb4064 信者 福袋(31歳・♂・天界人・人間・天界(地球))
 eb4085 冥王 オリエ(33歳・♀・天界人・人間・天界(地球))
 eb4086 吾妻 虎徹(36歳・♂・天界人・人間・天界(地球))
 eb4097 時雨 蒼威(29歳・♂・天界人・人間・天界(地球))
 eb4139 セオドラフ・ラングルス(33歳・♂・鎧騎士・エルフ・アトランティス)
 eb4183 ダン・バイン(33歳・♂・天界人・人間・天界(地球))
 eb4288 加藤 瑠璃(33歳・♀・鎧騎士・人間・天界(地球))
 eb4289 クーリエラン・ウィステア(22歳・♀・天界人・人間・天界(地球))
 eb4368 験持 鋼斗(26歳・♂・天界人・人間・天界(地球))

●サポート参加者

無天 焔威(ea0073)/ 桜桃 真治(eb4072

●リプレイ本文

●鷲狩り作戦
「まずは、『いささか厄介な事情』から伺いましょう」
 地球人、信者福袋(eb4064)が言った。
「無理にとは申しませんが、『厄介な事情』とやらをお聞かせ願えますか」
 鎧騎士、セオドラフ・ラングルス(eb4139)も同じように言う。
 ちょっと待ってくれ──。ゲリー・ブラウンは、片手を上げたジェスチャーで伝える。こんな時にタバコの1本でもあれば落ち着くのに。そう思ったが、生憎と持ち合わせがない。いや、タバコのことなどどうでもいい。今や賽子は投げられたのだ。ゲリーは意を決し、唇から一気に言葉を押し出した。
「実は、国際的武装テロ組織アルタイルのテロリストがこの世界に侵入した」
 ‥‥なんだってぇーっ!?
 その言葉を聞いた地球人の冒険者一同、ある者は大きく目を見開き、ある者はぽかんと口を開けて絶句した。
「これがその証拠だ」
 ゲリーは冒険者たちの前に、あのテロリストの黒き旗を大きく広げて示す。
「断定はできない。だが、この旗がこの世界に持ち込まれた以上、テロリスト侵入の可能性は高いと見なければならない」
 続いて、エブリー・クラストが詳しい経緯を説明する。いきなり飛ばされた先のアトランティスで出会った少年が、この旗を手にしていたこと。少年にこの旗を渡したのはシャミラと名乗る女性であったこと。今、その少年はエブリーの元で保護されていることを。
(「普通に考えれば、シャミラがテロリストだよな。しかし‥‥」)
 口には出さぬが、話を聞いていた時雨蒼威(eb4097)の心中に疑念が湧く。
(「容赦無いテロリストが異世界に来て、余裕が無い時に子供助けたり、自分の正体明かす物を残したりするものなのか?」)
 疑念はどんどん膨れあがる。恐るべきテロリストの姿を空想するうちに、どんどん実体的な形を取り始め、その言葉が頭の中に聞こえてくる。
『異世界に来たらアメリカ兵とばったり。たまたま拾った子どもを、王から助けるから言うこと聞けと言い聞かせて手懐けてお芝居させて、ひとまずアメリカ兵の信用は勝ち得たわ。後は自分もウィルの騎士達に取り入って、テロリストを探す側になってしまえば、ばれないわ〜!』
 邪悪にほくそ笑むテロリストは、エブリーの顔をしていた。
「いかん‥‥ドラマの見過ぎだ」
 うっかり口に出し、セオドラフに訝しがられる。
「ドラマ? ドラマとは?」
「‥‥いや、何でもない」
 答えて、再び頭の中で独り言。
(「根拠も無く失礼にも程がある。自制しよう」)
 そういえば知人の冒険者からも、色々とワケアリな連中の話を聞いていた。空想が妙な方向に行ってしまうのは、そのせいか? だが、疑心暗鬼は程々にせねば。度の過ぎた警戒は墓穴を掘る。
「旗を良く見せてください」
 福袋が言い、ゲリーから旗を受け取る。旗の黒地には交差した2本の赤い剣と、白い星が描かれている。テレビニュースで何度か目にした旗だが、福袋がその旗に感じた第一印象は奇妙に日常的な安っぽさだった。
「中東某国では人気商品らしいですね」
「そうです。反米感情の高い国々では、よく露天などで売られている量産品のテログッズです。現地の若者たちがファッション感覚で身につけることも、よくあります。この旗の持ち主が、そうした若者の一人である可能性も捨て切れません」
 そうエブリーは説明するが、すかさずゲリーがそれに付け加える。
「だが、何も知らない若者たちを取り込んで、テロリストに育て上げるのが奴らのやり口だ。油断はできない」
「成る程。大方の事情は分かった」
 地球人ダン・バイン(eb4183)がゲリーに近づき、握手を求めた。
「俺の名はダン、しがないブン屋(記者)だ。未だに、なんでこういう状況にいるのかよく分らないが‥‥アルタイル? ブン屋魂が燃えてきたじゃないの」
「協力してくれるな」
「もちろんだとも」
 握手を求めてきた男がもう一人。地球人、吾妻虎徹(eb4086)である。
「俺は吾妻虎徹。地球では自衛隊の二曹だった」
 告げた途端、ゲリーの表情がガラリと変わる。
「そうか! ジャパニーズ・アーミーか! こんな所で我等が友軍の軍人に出会えるとは、心強い限りだ! サマワでの評判は耳にしていたぞ! ジエイタイの規律正しさは世界一だと、俺の上官も褒めていたくらいだ!」
 気恥ずかしくなるほどの褒めっぷり。買いかぶられ過ぎな感がしないでもない。
「ジャーナリストに軍人が私達の仲間になってくれて、とても頼もしいわ」
 エブリーもダンと虎徹に手を差し伸べ、固い握手を交わす。彼らの姿に倣うようにして、残る地球人たちも順繰りに二人の依頼人と握手を交わす。
 しかし地球人たちの理解の早さに比べ、ジ・アース人や鎧騎士達は話についていくのに苦労気味。そもそも地球人たちの会話には、自分たちには馴染みのない概念が多く入り交じる。地球の国名や地名もピンとこない。もっとも地球人達の言うテロリストという言葉の語感には、誰もがとてつもなく忌まわしい響きを感じていた。
「もう少し詳しく説明してもらえませんか? 恐るべき敵がこの世界に侵入したらしき事は分かりましたが‥‥」
 セオドラフに頼まれ、ゲリーとエブリーは、彼らのためにもっと噛み砕いて説明してやる。地球人と比べて、納得行くまでの理解にはかなり時間がかかったが、何とかジ・アース人たちと鎧騎士たちも事情を飲み込んだ。冒険者達全員が十分な理解を示したのを見計い、ゲリーは次のステップに移る。
「まずは作戦名と指揮官を決めたい。作戦名はとりあえず、オペレーション・イーグルハント(鷲狩り作戦)としよう。アルタイルは鷲座の星に由来する名だからな。作戦の目的は、この世界に侵入したテロリストないしその容疑ある者の捕獲だ。指揮官は当面の間、俺が務めよう。俺が戦死するか、より適任な者が見つかるまでの間だ。勿論、個々の局面においては、その任務を遂行するに最も相応しき者をリーダーに立て、その指示を仰ぐ。そして最初に言っておくが、これは危険な任務だ。共に行動することを望まぬ者は、この場で辞退してくれ」
 しかし集った冒険者の中に、その場から立ち去る者はいない。
「OK。では早速、最初のアクションに取りかかろう。我々はまず、王城で開催される晩餐会に参加し、そこに出席しているであろう有力者と接触。その支援を取り付ける。接触すべきターゲットは、騎士養成学院の教官だ」
「で、今回はコネ作る所まで目指すの? それとも顔見知り程度?」
 地球人の女の子、クーリエラン・ウィステア(eb4289)からの質問である。
「今の我々のレベルまで状況を理解させ、協力を得る必要がある」
 続いて、地球人の験持鋼斗(eb4368)が進言。
「露骨に協力を仰ぐのも引かれるかも分かんねえけど、向こうも軍人なら、異世界の軍事について興味があるんじゃないか? そう言う話をしながら、テロリストの話をすれば自然と食いついて来ると思うんだ」
「その線で行こう。ただし、話がこちらの世界の軍事機密に触れぬよう、慎重に」
「あと、テロ組織の人間が銃火器の作動しないこの世界にバラバラに召喚されたのなら、組織としての纏まりに欠けるはず。逆に対話のチャンスになるのではないか?」
「生憎、俺にはテロリストと対話した経験が無い。そもそも対話が成立する相手なのかも分からない。最初に為すべきはテロリストの発見。対話はずっと先の話だ」
「それで晩餐会に出たら、最初に誰に話そうか?」
 クーリエランが再び訊ねる。
「貴族の奥様とかに話しかけたら、質問攻めにされて本題に入れなくなりそうだし‥‥」
「冒険者から、貴族の奥方に話しかけることはできません。それが王宮でのマナーです」
 セオドラフが釘を刺す。
「え? それじゃ、どうすれば‥‥」
「相手が格上の貴族の場合、最初に頭を下げて一礼を。それを見て相手が話しかけて初めて、こちらからも言葉を返すことができるのです。あなた方はまず、当地の礼儀作法を知らねばなりません。それについては、このセオドラフが教授しましょう」
 宜しく頼むと、ゲリーは同意。
「では、これを」
 蒼威はゲリーとエブリーの二人に、携えてきた予備の礼服とブルー・スカーフを貸し出す。
「一応、多少は格好にも気をつけたほうが良いかと」
 サンキューと、二人は礼を言った。

●王宮でのマナー
「今、アトランティスは動乱の時代を迎えているようです。おそらく次の時代を切り開く鍵となるのは、ゴーレムや神聖魔法を例に出すまでもなく、天界人からもたらされる知識と技術、そして新しい考え方だと思います。天界人の方々と接する事で、ウィルの国もそして私自身も、新たな次代を生き延びるための知恵を手にする事ができるでしょう。これより私が教授する礼儀作法は、新時代への一歩を踏み出すための大切な足がかりです」
 セオドラフによる天界人たちへの礼儀作法教授は、いくぶん長めの前置きから始まった。
「先ず、この度の晩餐会の主催者であるマリーネ・アネット姫ですが‥‥」
 マリーネ姫を語るにおいて、あの事件を避けて通るわけにはいかない。セオドラフはエーガン国王の治世の初期に起きた、国王襲撃事件のことを明かした。下町を視察中の国王を狙ったその事件で、国王の命は助かったものの、代わりに王妃とマリーネの母が巻き添えとなって亡くなったことを告げる。
「それ以来、国王陛下は王都の下町に決して足を向けず、下々との対話は閉ざされています。悲しむべき事ではありますが‥‥。では、具体的な王宮での礼儀作法に移りましょう」
 セオドラフの表情に明るさが戻る。礼儀作法の説明は子細に及んだ。挨拶の手順から、お辞儀の仕方、テーブルへの着き方、果ては乾杯の作法まで。特に依頼人であるゲリーとエブリーの二人に対しては、徹底的に特訓した。肝心の二人が失敗すれば、今後に障る。その甲斐あって、ゲリーとマナーの礼儀作法は一段と磨かれた。他の冒険者たちについても、まず合格点の出来だ。
 礼儀作法の最後になり、セオドラフは大事なことを言い添えた。
「我々冒険者は、特別な称号無き限りは騎士身分として遇される存在。国王陛下はもとより格上の貴族に対しての礼儀作法には大いに気をつかわねばなりませんが、相手が騎士身分の者であれば対等の立場となる故、細かい礼儀はさほど気にすることはありません。なれど、相手への誠意と礼節だけは、常に忘れずに」
 その言葉を聞き、ジ・アース人のヘクトル・フィルス(eb2259)が色めき立った。
「ということは、主賓であるルカード・イデル卿とも対等に話が出来るわけだな? なにせ、向こうは海戦騎士。海戦騎士っていやぁ、ウチのネフィリム姉ちゃんもドレスタットで海戦騎士しているんで、ルカード卿には興味津々な訳よ」
「勿論。しかし、ルカード殿がお目当てでやって来るお偉方も多いのです。早く行かねば、話しかけるチャンスを失いますよ」

●コネ作り難航中
 宮中晩餐会のその日が来た。
 目論むところあって、ジ・アース人キラ・ジェネシコフ(ea4100)は馬車と御者を雇い、王城へと行き先を告げる。その道の途上、
「ここで止めて。道の真ん中で」
 御者に頼み、さも道の途中で馬車が立ち往生して故障しているように見せかけた。これで、晩餐会に向かう貴族の誰かが声をかけてくれることを期待したのだが、早々に現れたのは怖い顔をした衛兵である。
「ここで、馬車を止めて何をしている!?」
「このお方のお頼みで‥‥」
 御者がおずおずとキラを示し、キラは咄嗟に誤魔化す。
「周りの町並みが綺麗だったもので、つい‥‥」
 衛兵は怒鳴った。
「通行の邪魔だ! さっさとどかせ!」
 そんなわけで目論みは失敗。王都ウィルがただならぬ警戒下にあることを、身をもって知った。
 王城の入口手前では、ゲリー達が待っていた。
「その様子だと、失敗だな? では、行くか」
 城門では番兵の誰何を受ける。
「お前達はギルドの冒険者か? ジーザム分国王陛下のお達しある故、城内に通す。用事が済んだらすぐ帰れ」
 こうして城内には入れたものの、晩餐会の会場の入口でまたも番兵に誰何された。
「お前達はマリーネ様の依頼を受けた者か? それとも貴族の誰かの連れの者か?」
「俺達は冒険者ギルドの依頼で来た。依頼人はこの俺とエブリーだ」
 ゲリーが告げるが、番兵は彼らの入場を認めない。
「招待も受けずにやって来た者を通すわけにはいかぬ!」
 こうなる事は予想もついていたが、セオドラフが衛兵の前に進み出た。
「この鎧騎士セオドラフ・ラングルスに免じて、通していただけませんかか?」
「セオドラフ? そんな名は知らんな」
 鎧騎士とはいえ、セオドラフは王宮ではまだ無名に等しい。
「だが、鎧騎士のそなたが保証人になると言うなら、そなたとあともう1人に限り入場を認めよう」
 番兵が譲歩したのはそこまでだった。しかし、たった2人では話にならない。
(「後はルカード殿に掛け合って、全員の入場を許可してもらうしか方法が思い浮かびません。ルカード殿ほどに高名な海戦騎士であれば、それも可能でしょう。しかし、ルカード殿に何と言えば‥‥」)
 考えあぐねるうちに、先にヘクトルと交わした会話を思い出した。
(「ヘクトルがいましたね。ルカード殿と会うことを強く望んでいた彼の熱意があれば、或いは‥‥」)
 セオドラフはヘクトルに手招きした。
「一緒に来てください」

 晩餐会の会場は『琥珀の間』の名で呼ばれる大広間。先王エーガンの代から使われているという由緒ある場所だ。内装は琥珀色の銘木で施され、壁には見事なレリーフの数々。置かれたテーブルは皆、ドラゴンの形を象った意匠となっている。
 大広間には既に、海戦騎士ルカード・イデルとその戦友の騎士たちがいた。既に幾人もの貴族達が、ルカードと歓談している。
 お歴々の話に間が空くと、その機会を逃さずセオドラフはルカードに一礼。そして告げる。
「ルカード殿。貴方に切に会いたいと願う天界人をお連れしました」
「そうか。だが鎧騎士殿、失礼を許されよ。私は忙しく、ゆっくり話を聞く余裕はない。その者の相手は我が信頼する戦友に任せるが故、それでご容赦願いたい」
 そしてルカードは、傍らの海戦騎士に命じた。
「ティース、相手を頼む」
「はっ!」
 海戦騎士は一礼し、セオドラフに歩み寄って名乗った。
「俺は海戦騎士ティース・バレイだ」
「俺はヘクトル・フィルス。ジ・アース人だ。此方に来たばかりで学ぶことも多く、難儀している。宜しければ、騎士養成学院とのコネを作る力添えをしていただきたい」
「分かった。近日中に手配を‥‥」
「いや、この晩餐会に来られる騎士養成学院教官への口添えを、今日この場でお願いしたいのだ」
「それはまた急な話だな。だが、俺は貴殿とは初対面。こう言っちゃ悪いが、信用できるかも分からない相手にそこまでしてやることはできない。万が一のことがあったらどうする?」
 この答にヘクトルは焦った。ここで門前払いされたら後がないのだ。
「俺では信用できないと? 頼む、俺の仲間のためにも‥‥」
「俺だって戦友たちの命を預かる身。駄目なものは駄目だ」
 両者の間に、しばし沈黙が流れる。ややあってヘクトルから口を開いた。
「騎士の流儀で決着をつけるか?」
「良かろう。貴殿が勝てば、その頼みを聞き入れる」

 大広間でそんな会話が行われているとはつゆ知らず。
「何でもいいから、中に入る口実を作れないかな? ‥‥そうだ」
 虎徹は連れてきたペットの犬、幼いダッケルを放った。ダッケルが大広間へ駆け込んだら、犬を連れ戻すという名目で中に入れるだろうと期待して。ところが、ダッケルが辺りを駆け回り始めた途端、素早く衛兵に拾われてしまった。
「無礼者が! ペットには行儀良くさせろ!」
 自衛官の虎徹も後込みするほどの大目玉。思わず首をすくめると、大広間からティースとヘクトルが姿を現す。
「必ず勝つからな」
 通りがけにヘクトルは虎徹に声をかけ、二人して広い廊下の向こうに消える。
 その言葉の意味を虎徹が理解するのに、しばし時間がかかった。

●騎士の流儀
 場面は城内の武闘訓練部屋に変わる。ヘクトルとティースはどちらも右手に剣、左手に盾を構えて向き合っていた。
「俺の剣か盾のどちらかを落とせれば、おまえの勝ちだ」
 挑発的に言い放つティース。ヘクトルは無言でにらみ返す。
「この金貨が床に落ちた時が、勝負の始まりだ」
 ルカードが金貨を放り投げる。
 ‥‥チャリン。
 澄んだ金属音が響いた次の瞬間には、激しい打ち合いの音が部屋の空気を奮わせていた。剣を交えて初めて、ヘクトルは目の前の海戦騎士が強敵であることを知った。ものの1分と経たぬうちに、自分は一方的に押しまくられている。
 変幻自在なティースの剣の動きに惑わされた隙を突き、強烈な打撃がヘクトルのライトシールドを叩き落とした。
「負けを認めろ。次からは手加減しない」
 言葉を放つが早いかティースの剣が脇腹をかすめ、ヘクトルは思わず大きく身を逸らす。回避したはいいが、ティースの姿は視界から消えていた。
「冒険者ギルドの依頼で来たというのも怪しいものだな。さては正体を隠した刺客か?」
 背後からティースの声。振り向くと、隙もなく剣を構えたティースの姿がそこに。
「おまえはどちらの手先だ? 国王派か? それとも反国王派か? 狙いはマリーネ姫の命か? それとも騎士学院の誰かの命か?」
「俺はどちらの手先でもない! 誰の命も狙いはしない! 俺がここに来たのは依頼人のためだ!」
「ほざけ!」
 閃くティースの剣。必死で回避するや、またもティースの姿が視界から消え、続いて背後から強烈な体当たりを食らった。突き飛ばされて床に倒れ、上体を起こした時には喉元にティースの剣が押し当てられていた。
「今すぐこの城より立ち去れ! 抗うなら、この剣がおまえの喉を切り裂く!」
 言葉で答える代わりに、ヘクトルは剣を振り上げた。ティースの盾に狙いをつけ、雄叫び上げて渾身の力で振り下ろした。瞬間、金属同士のぶつかる派手な音が響く。ティースの盾は激しく床に叩き落とされた。
「貴殿の勝ちだ」
 先とはうって変わって、穏やかに告げるティース。その剣は一寸たりとも動くことは無かった。
「疑った非礼をお詫びする。こうでもしなければ、貴殿の本心を確かめられなかった。だが、貴殿は命を張ってまでして自分を貫いた。だから、俺は貴殿を信じよう」
「大広間の外で、俺の仲間が待っている。冒険者ギルドからの依頼を果たすためには、彼らを騎士学院の教官に引き合わせなければならないんだ。この依頼は決してやましいものではない。俺のこの剣にかけて誓う」
「俺からルカード殿に口添えしよう。許可は間違いなく下りる。だが晩餐会で不作法をやらかして、俺に恥をかかせるなよ」
「もちろんだとも」
 ヘクトルの顔に微笑みが浮かんだ。

●晩餐会
 かくして、冒険者たちは晴れて晩餐会の会場へ。
「こういうかしこまった場はあまり慣れていない‥‥」
 呟く虎徹の正面には、騎士の礼服で男装した可憐なる娘。
「騎士学生のミローゼ・クリンです。お会いできましたことを嬉しく思います」
「ダンスと本来ならば行くべきでしょうが、生憎とダンスは得意ではありません。時間があるようでしたら、少しお付き合い願えませんか?」
 馴れぬ言葉使いで誘うと、ミローゼは年頃の少女らしくくすっと微笑む。しかしその言葉使いは騎士そのもの。
「騎士の礼服で装った私が、同じく礼服姿の貴方と踊っても滑稽なだけ」
「いつも、その恰好を?」
「騎士の本分を全うせんがため、女であることを忘れねばならぬ時もあります。でも貴方がお望みになるなら、次の機会にはドレスで着飾って参りましょう」
 そこへ通りかかった貴族がミローゼに声をかける。ミローゼは失礼しますと一礼して、貴族の話し相手を務めるべく去っていった。
 礼服を窮屈そうに着た虎徹は、所在なげに壁を背にして客達を眺める。『住んでいる世界が違う』ことが例えではないと、切に感じた。
(「まったくもって、異世界か‥‥。ここで骨を埋めるか、それとも‥‥」)
 すぐ目の前のテーブルには、ウィルの騎士養成学院から来た者達がいた。エルフの騎士シュスト・ヴァーラとその教え子達だ。学院の教官であるシュストは歴史の授業を受け持っており、この世界での先の大戦争であるカオス大戦にも詳しいという。
「この『琥珀の間』に飾られているレリーフは、カオス大戦を題材にしたものだ。このセトタ大陸の東に位置するアプト大陸にカオスの穴が開いたことが、カオス戦争のそもそもの発端だった‥‥」
 その他色々、カオス戦争のさわりをさらっと語ると、シュストは冒険者たちに求める。
「君たちも話があるのだろう? 私はそれを聞くためにいる」
 何ともぶっきらぼうな物言いである。
「俺はジ・アースから来たばかりで、まだアトランティスのことについては詳しくないんだ」
 アースハット・レッドペッパー(eb0131)がそう告げるや、
「では、詳しくなるまで学びたまえ」
 いきなりそう言われ、出鼻をくじかれた。
「だが、俺が住んでいたジ・アースの世界の話は出来る」
 気を取り直し、知っていることを話しまくった。自分がいたドレスタットの町、海や港、活気ある街の様子、冒険者たちのことやギルドの依頼、等々。話すうちに、アースハットはスピーチの出来を教官に採点されている生徒の気分になってきた。
 不意に、シュストがシーリウス・フローライン(ea1922)に訊ねる。
「君の付けている勲章の由来を話したまえ」
「これは先祖より受け継いだアキテーヌ水竜勲章。先祖の偉業の証だ。今だ未熟な己だが、いずれはこのような存在になりたい」
 するとシュストは、アキテーヌとは何ぞや? 先祖の偉業とは具体的に何ぞや? などと質問を連発。シーリウスも記憶と言葉の表現力を振り絞ってこれに答えていたが、
不意にシュストはテーブルから立ち上がって号令をかける。
「全員起立! 整列してマリーネ姫様に敬礼!」
 マリーネ姫がお供をぞろぞろ引き連れてご入場してきたのである。
 騎士学生たちがさっと整列。冒険者たちもあたふたしながら整列。さっと頭を垂れて一礼するその前を、輝く太陽のごとくに着飾ったマリーネ姫が通り過ぎてゆく。去りゆくその後ろ姿を見ながら、クーリエランが呟いた。
「マリーネ姫ってとても綺麗。でも、こっちを見向きもしないで素通りしちゃったね」
「大貴族とはそういうものだ。では、私は挨拶があるので失礼する」
 シュストはそのまま、すたすたと歩いて行ってしまった。
(「根は真面目なエルフのようだが、しかし‥‥」)
(「果たして頼りになるのだろうか?」)
 そんなアースハットとシーリウスの心中の思いを見透かしたように、騎士学生の一人が言った。
「心配いりません。あれでも先生は何かと用意がいいんです」
 
 残った者達は再びテーブルについて話の続き。
「貴方も騎士学校にいたんですか?」
 シルヴィア・エインズワース(eb2479)の話に、若い騎士学生が関心を持った。
「ええ。ジ・アースのイギリスという国の、学園都市ケンブリッジの学校です」
「このウィルの国の騎士学校は、このすぐ近くのウィルディアという学院街にあるんです。よかったら、ぜひ訊ねてみてください。最近は衛兵たちがうるさいですけど」
「ええ、機会があればぜひとも」
 会話の背後に流れるのは、宮廷楽師の奏でる優雅な音楽。
「一緒に踊りませんか?」
 騎士学生はシルヴィアの手を取った。
「ええ、ぜひとも。そういえば、お名前を伺っていませんでしたね」
「マイオー・ロイといいます」
 二人は手を繋ぎ、広間中央で踊る人々の中へ歩んで行った。

 キース・レッド(ea3475)は皆とは少し離れた場所から、仲間や他の来賓たちを観察。
「ふむ‥‥文化や習慣の溝は当たり前だが、種としての基本的なメンタリティーは変わらないようだ。まあ、極端な思想はどこにでもあるし、僕も弱い一個の人間だ。依頼主の怒りも分かる。アルタイル、ね‥‥」
 ヘクトルはと見れば、ルカードの戦友達と共に別のテーブルにいる。向こうですっかり意気投合してしまい、こちらに来る閑もなさそうだ。

「無礼者め! 下がれ!」
 ダンがデジカメを向けた途端、衛兵に怒鳴られた。マリーネ姫に取材しようにも取り巻きが邪魔する。ルカードも偉そうな大勢の客に囲まれ、近づけない。仕方なしに、ダンは別の被写体を探すことにした。見れば、冥王オリエ(eb4085)もクーリエランも騎士学生にエスコートされている。そのうちオリエは連れの騎士学生と共にどこかへ行ってしまい、残されたクーリエランは騎士学生の耳に何事かを囁く。一瞬、騎士学生が怪訝な顔になった。
 挨拶回りをしていたシュストが戻って来た。キラとアースハットが共にシュストに近づき、何事かを会話しているのが見えた。浮かれた話か、それとも深刻な話だろうか? シュストの表情からはその内容を推し量れない。キラとアースハットがシュストの前より退くと、先ほどクーリエランと話していた騎士学生がシュストの所にやって来て、固い表情でその耳に何かを囁いていた。

●アルタイル
 その日の晩餐会での出来事を書き連ねていけばきりがない。晩餐会に姿を見せたジーザム分国王が馬車を牽くという椿事もあったし、乱入者による騒ぎもあった。とにかく晩餐会は色々な意味で盛況だった。
 晩餐会の終わりにシュストが言う。
「話は冒険者たちと話の続きがあるので、冒険者街に向かう。一緒に行きたい者はついてこい」
 騎士学生の多くも同行を希望した。
 道すがらも会話は続く。晩餐会の間は挨拶やらダンスやらで忙しく、馴れないうちはその場で多くを語れないものだ。
「瑠璃様は天界では、ゴーレムグライダーを操る鎧騎士だったんですね?」
 自分が航空会社で働いていた事を告げた加藤瑠璃(eb4288)に、相手の騎士学生は熱い眼差しを送る。
「いいえ、地上勤務でしたから。でも、元々はパイロットを目指していたんですよ。小さい頃からずっと空が好きだったから‥‥」
 地球人・福袋の話にじっと聞き入って歩いている騎士学生もいる。福袋が語るのは経営の話。経営術を戦国武将の軍略に例えて話しているが、相手の騎士学生には理解が難しい様子。それでも熱心に聞き入る態度は見上げたものだ。
 鋼斗はゲリーと一緒になって、天界の軍事関係についてシュストに語っていた。無人飛行機、大陸間弾道ミサイル、そんな言葉がぽんぽん飛び出す。シュストは相変わらず仏頂面だが、立て続けに何度も質問を繰り返すその数の多さから、並々ならぬ関心を抱いているのが分かる。
「楽しくてちょっと飲みすぎちゃったかしら?」
 オリエが連れの騎士学生に囁く。二人は恋人同士のように寄り添って歩いている。
「家に着いたら改めて、貴方と私の出会いに乾杯ね」
 そんな二人に瑠璃は自分の携帯を向け、カメラモードでその姿を撮影する。今日の記念だ。
 ダンは自分のデジタルカメラのメモリーを呼び出して、何やらほくそ笑んでいる。キースがその画面を覗き込んだが、途端に口を半開きにした。
「いつの間に、こんな物を‥‥」
「あの馬車牽き騒動のどさくさに紛れてシャッターを切ったら、見事に写ってたんだ。ここが地球なら、ピュリッツァー賞ものかもな」
 デジタルカメラのメモリーには、阿修羅のごとき形相で馬車を牽くジーザムと、馬車の上で真っ青になって絶叫するマリーネ姫の姿がしっかり残されていた。
 やがて一行が冒険者街に着いた時、オリエは騎士学生と共に姿を消していた。
「まったく。二人してどこへ行ったんだか」
 ゲリーが呆れて呟いた。

 冒険者たちの住む家々が立ち並ぶ冒険者街。その家の一つに皆で入ると、シュストが促す。
「では、ここで肝心の話を聞かせてもらおう。君たちの言う狂信的な集団についてだ」
 晩餐会の間に、クーリエランとキラとアースハットの3人で、さりげなくその事を伝えておいたのだ。
「俺が話そう」
 ゲリーが口を開いた。
「その狂信的な集団は、アルタイルと言う」

 こうして冒険者たちは、騎士養成学院の重要人物の一人であるシュスト・ヴァーラとの接触を果たし、このアトランティスに潜入したかもしれないテロリストについての理解を求めた。話は長時間に及んだが、結果は極めて実りあるものだった。
 シュストと騎士学生たちが引き上げた後、虎徹はゲリーにタバコを勧める。
「貴方とこれを吸いたいとおもいましてね‥‥口がさびしくはなかったですか?」
「禁煙中なんだが。‥‥まあいい。一本だけだぞ」
 ゲリーの受け取ったタバコに火を点けようとして、ライターが無いことに気付き苦笑する。
「敵を倒したら‥‥吸いましょうか。勝利を得るための願掛けとして」
「そうだな。勝利のために」
 ゲリーの顔に浮かんだ笑いは、戦士が戦友に見せる笑いだった。