●リプレイ本文
●ジニール号へようこそ
地球人ダン・バイン(eb4183)。しがないブン屋を自称するが、目の前にでんと横たわる格好の被写体を見ると、ブン屋魂がむくむくと頭をもたげてくる。
「こいつは案外いいネタになりそうだ」
まずはデジタルカメラに画像を1枚。‥‥ボタンをぽちっとな。
ここは王都ウィルの城壁外に設けられたフロートシップ発着所。ダンの目の前に並ぶ3隻のフロートシップのうち、これから乗船する騎士学院の練習船は他の2隻と比べて、格段に年期が入っている。
「この船の名は‥‥ジニール号か」
覚えたてのセトタ語で、舷側に書かれた船名を読みとった。
「では、行くか」
連れの時雨蒼威(eb4097)が乗船を促した。甲板から下ろされた梯子段に足をかける前、蒼威は手の中のお守りにちらりと目をやり一言。
「しかしフロートシップって、船乗りのお守り効くのかな?」
マリーネ姫の視察行に随行するだけあって、船は飾り布やモールなどで華々しく飾り立てられている。船の両側に垂れる大きな紋章旗に描かれたるは王家の紋章。この船が王家に属することを示す。騎士学院の設立は先王レズナーによるものであり、時代を経て国王は子のエーガンに変われども、騎士学生の中に王家に忠誠を誓わぬ者は皆無。この度の随行は、乗船を許された騎士学生にとって大きな誇りだ。
「よもや、自分がこの船に乗る日が来ようとは‥‥」
冒険者の一人として甲板に立つ鎧騎士リューズ・ザジ(eb4197)は、感無量の思いである。このジニール号は最も初期に作られたフロートシップの一つ。海の上で長年使用された軍船に改造を施し、浮遊装置や推進装置や操縦席を取り付けてフロートシップとしたものだ。この船が出来た当時、最先端の魔法技術を取り入れたこの船に自分が乗り込むなど夢のまた夢と思ったが、技術の進歩は早い。今ではゴーレム技術にも磨きがかかり、さらなる改良を加えられたフロートシップが次々と作られ、かつては最新鋭のジニール号も今では騎士学院所属の練習船という地位に収まった。だからこそリューズもこの船に乗ることが出来たのだ。
船の甲板では騎士学生たちが、格闘訓練やゴーレムグライダーの発着訓練に励んでいる。 その姿にふと、自分の昔の姿を重ね合わせるリューズ。彼女も騎士学生として修練を重ね、鎧騎士となった身である。
学生たちの訓練を見守る恩師の姿を見つけ、リューズは挨拶した。
「お久しぶりです、教官」
「久しぶりだな、リューズ」
恩師シュスト・ヴァーラは無愛想な面もちで言葉を返す。が、昔からのことなので気にはならない。
「再会、嬉しくおもいます。しかし、一つだけ訊ねて宜しいでしょうか?」
「何だ?」
「今回の随行に天界人を参加させたのは、如何なる理由によるのでしょう?」
「私の教え子なら察しがつくだろう。答は自分で考えたまえ」
こんな答を返すところも、昔と変わらない。
そこへジャイアントの冒険者、ヘクトル・フィルス(eb2259)がやって来た。
「この度、同行することになった冒険者のヘクトル・フィルスであります!」
姿勢を正し、敬礼して告げる。
「早速ながら、色々と教えて頂きたいことが。私はアトランティスの事情について、あまり詳しく知らぬので‥‥」
「私は忙しいので失礼する。リューズ、教えてやりたまえ」
それだけ言い残し、シュストはすたすた歩き去って行く。ぽかんとした顔のヘクトルに、リューズは言った。
「昔からああいう方なのだ。気にするな」
しばしヘクトルは、甲板で訓練に励む騎士学生たちの姿に見入っていた。
「俺と同じジャイアントもいるのだな」
ジャイアントの学生も2人ほどいる。リューズは教えてやった。
「ウィルの王都で道行く者の中から10人を適当に集めれば、うち7人は人間、2人はエルフ、残る1人はパラかドワーフかジャイアント、といった感じになろうな」
「で、ジャイアントの教官はいないのか?」
「あれを見ろ」
リューズは船縁から指さして示す。見送りに来た大勢の者たちの中に、どっしりした体格のジャイアントの男がいた。その男は船上のリューズの姿に気付き、手を振って大声で叫ぶ。
「うおおおおおーっ!! ワシじゃああああーっ!!」
「教官殿! お久しゅうございます!」
リューズも手を振って答えた。
「あの方は?」
「武術師範のジンバ・アゼッペ殿だ。学院の名物教官として学生達からも慕われている」
「一度、手合わせ願いたいものだな」
「間違いなく貴公が負ける」
あっさり答えられたので、ヘクトルはリューズの目をまじまじと見つめてしまった。リューズは続ける。
「ジンバ殿はかつて先王レズナー陛下に仕え、数え切れないほどの一騎打ちを勝ち抜いて引退なさり、今は後輩の育成に尽くされるお方。実際に手合わせしてみれば、その強さが分かる」
●船上の訓練
吾妻虎徹(eb4086)が初めて目にする騎士学生の訓練風景は、剣道場での集団稽古を連想させた。それぞれ相手を選んで剣を打ち合う対戦者たちに、それを離れて見守る者たち。しかし学生たちの気迫は凄まじい。その目つきその形相、その掛け声にも真剣勝負の荒々しさが滲み出ている。しかも剣を振るうのは虎徹より遙かに年下の、少年といってよい者ばかり。中には年若き娘の学生さえいる。しかも振るう剣は刃のない模擬剣とはいえ、生身の体で受ければ手酷い打撲傷を与えるであろう代物。試合中は軽量の防具で身を守るとはいえ、打撃の衝撃は凄まじい。当たれば相当に痛いはずだ。
「天界人殿。貴方とお手合わせ願えませぬか?」
学生の一人が願い出る。
「天界の騎士団のようなものに所属はしていましたので、大抵のことはやりきれますよ」
虎徹は快く応じた。
「では、貴方の剣を選んで下さい」
「剣は使いません。素手でいきましょう」
「素手で?」
相手の学生は不思議そうな顔をする。このアトランティスでこそ剣は武器の主役だが、銃器の発達した地球では、完全に時代遅れの骨董品である。
「分かりました。剣なしで勝負しましょう」
「お手柔らかに。CQCというものを少し披露させてもらいますよ」
「CQC? それが貴方の流派ですね?」
クロース・クウォーター・コンバット、自衛隊で虎徹が仕込まれた近接格闘の技術を、相手はそう理解した。
両者は保護具を付けて向かい合い、一礼。学生が最初に動いた。
(「‥‥速い!」)
攻撃に手加減なし。本気を出さないとヤバい! 一発、二発と突き出される拳をかわしざま、相手の肩に手刀を喰らわせる虎徹。相当に効いたはずだが学生は怯まず、低い姿勢で虎徹の腹を狙って打ってくる。素早く身を引き、逆に拳を打ち込む。学生が身をそらせて拳を交わし、反撃する姿勢。咄嗟に両腕で上体をガードするや、守りの薄くなった腰に強烈な蹴りが入る。避けきれなかった。
「うっ‥‥!」
体勢が崩れたところを狙い、虎徹の顔を狙ったパンチが! 同時に虎徹も拳を突きだし、拳は学生の顔の保護具にめり込む。カウンターが決まった! 学生は大きくバランスを崩し、甲板に倒れた。
拍手と喝采が湧き起こる。
「大丈夫か?」
倒れた学生に駆け寄ると、相手は笑顔を見せた。
「強い貴方と戦えて光栄です」
その言葉に微笑みで答えながらも、虎徹は内心で思う。
(「危ないところだった。本気を出さなきゃ、こっちがやられていた」)
「なんか、すごい世界に来ちゃったみたいな‥‥」
すっかり目の前の試合に心を奪われてしまったクーリエラン・ウィステア(eb4289)。
「貴女も訓練に参加するんですか?」
近くにいた学生から訊ねられたが、複雑な表情。
「う〜ん、訓練は‥‥。私もこの世界で生きていくなら、鍛えたほうが良いなとは思うんだけど。でも体力がないからなぁ、付いていけるかが心配。邪魔にならないかなー、ってね」
すると学生は畏まり、騎士らしく答える。
「ご心配には及びません。レディを守るのが騎士の務めです」
会う学生ごとに名刺を渡していた信者福袋(eb4064)も、学生から一勝負を申し込まれたものの辞退。
「得意分野が違いますので」
体験取材と称して勝負を受けて立ったダンも、回避ばかりで攻撃の一手が出せず、ついに足払いをかけられて転倒。
「‥‥避けるのはうまいけれど、殴るのは得意じゃないのよね」
体の痛みに呻く始末。
ここで強いところを見せねば天界人の名折れ。ヘクトルが名乗り出る。
「俺と勝負したい者はいるか?」
大勢の者が手を上げた。
「よし。まずはお前からだ」
早速、対戦相手を選ぶヘクトル。勝負が始まるや、騎士学生たちはヘクトルの繰り出す大胆な技にうなる。その巨体を盾として攻撃を受け止め、決めは頭上からの突き下ろし。一人また一人と対戦相手が敗れるごとに湧き起こる賞賛の喝采。その有様を眺めつつ、肉弾戦ではジ・アース人に叶わぬと地球人たちは思い知った。
●初めてのフロートシップ
視察団の出発の時が来た。騎士学生と冒険者たちは、マリーネ姫の乗艦であるアルテイラ号の前に整列。マリーネ姫とお付きの者たちの乗船を見届けるや、急ぎジニール号に乗り込んだ。
ジニール号の指揮官を任されたのは女丈夫として名高いレアーデ・カゼリ。ティース・バレイと並び、ルカード・イデルの信任厚き海戦騎士である。
アルテイラ号が動き、続いてジニール号も動き出す。巨大な船体が宙に浮かび上がり、地面との隔たりが家の屋根ほどになると、アルテイラ号に付き従う形で街道に沿って進み始めた。
「へー。こんなに大きいのに、静止したままでも空中に浮く事ができるのね。これなら長い滑走路が必要ないから便利でしょうね」
甲板に立ち、流れる景色を見やっていた加藤瑠璃(eb4288)だが、
「あ、でもゴーレムって動かすと精神力を消耗するのよね。操縦者の精神力が尽きたらどうなるの? もしかして落ちる、とか?」
訊ねられ、側にいたリューズは答える。
「安心せられよ。そうならぬよう、複数の鎧騎士で操縦するようになっている。万が一の落下事故に備え、そう高い所は飛ばぬのだ」
フロートシップ内での訓練を共にするに当たり、まずは冒険者たちへの教育が必要となる。最初に指揮官レアーデは告げた。
「フロートシップは画期的な発明ですが、運用の歴史はまだまだ浅く、不測の事態が発生する危険もあります。そこで冒険者諸氏には、主に船内の見回りを担当してもらいます。何か異常を見つけたら、直ちに報告して下さい。分からないことは、近くにいる騎士学生に聴いてください」
富裕貴族の出身だけあって、その口調は柔らかい。勿論、船一隻の指揮を取るに足る決断力も備えている。
冒険者たちが最初に案内されたのは、船の操縦室となるブリッジだった。
「私はこれが浮く事からして驚きなんだけど‥‥」
やはり好奇心は尽きない。シルヴィア・エインズワース(eb2479)は興味津々で、ブリッジに足を踏み入れる。内部はかなり狭苦しい感じがした。ブリッジの大部分は多数の操縦席で占められており、その全てに訓練中の学生が座している。
「本来はもっと少ない人数で運航できるのですが、訓練用に座席を増設してあります」
解説するレアーデ。各操縦者の真正面には大きめの水晶球が備えつけられ、そこには外の景色が映っている。
「あの水晶球で外の様子を見ながら操縦するのね。でも、あれじゃ見えにくくない?」
訊ねた冥王オリエ(eb4085)に答えたのは、鎧騎士エンヴィ・バライエント(eb4041)。
「そう思うでしょ? だから最新型では水晶球の中から外を見るんだよ」
「え? 水晶球の中から?」
「あ、これは例えの話ね。正確には制御胞って言うんだけど、まるで水晶球の中に入って操縦するような気持ちになるよ。だって制御胞の壁に、外の風景がそのまんま映るんだから」
今ではゴーレムの操縦席として普及している制御胞だが、このフロートシップは初期型だけに、古い技術が残されているのだ。
ブリッジ見学の後は、質疑応答。皆は船内会議室に集まった。シュスト教官と、学生代表として選ばれたシャート・ナンもこれに立ち会った。
「要点をまとめると、こんな感じかな?」
騎士学生時代の経験を元に、エンヴィがよくある質問とその回答を大きな筆記板に書き記す。
【質問】フロートシップ操縦に必要な技能は?
【答】ゴーレム操縦と航空のスキルがあれば、とりあえず浮かして飛ばす事は出来る。ただし国から操縦資格を貰うまでが大変。時には他の技能も要求される。
【質問】訓練用のフロートシップと普通のフロートシップの違いは?
【答】訓練用は多数の訓練生を収容できる作りになっている。その分、一人あたりのスペースは狭い。
【質問】フロートシップの最大の利点は?
【答】地形に左右されず、相当量の物資や人員を空輸できる。
最後にエンヴィは一言。
「ゴーレムへの近道はコネを作ること。なんだか白々しい気もするけど、鎧騎士としては必要なことだよね」
続いての質問は地球人・験持鋼斗(eb4368)からだ。
「船の精霊力機関を見たいのだが?」
「機関? ああ、船を動かす魔法装置のことですね。これがそうです」
レアーデは略図を書いて示す。船底にくっついた制御装置に、船体から突きだした浮遊装置と推進装置。
「木材や金属の覆いを被っていますが、要は魔法を付与された金属の塊です」
あまりにも単純すぎて面食らった。この船を動かすのは機械仕掛けの機関ではない。空飛ぶ魔法の絨毯に乗った船とでも理解するのが、一番手っ取り早そうだ。
「それで、これらの装置の近くで精霊魔法を使うと、魔法装置の働きや精霊魔法の発動に問題が生じたりするのか?」
「実際に実験したわけではありませんが、その危険を指摘する者もいます。ですから魔法装置の近くでは極力、精霊魔法を使用しないほうが無難でしょう」
飛行機に乗る時には、パソコンや携帯電話の使用を避けるのと一緒だな。──と、鋼斗は理解した。
「それからこういう船ってこの国に今、何台ぐらいあって、どのぐらいのペースで量産されているんだ?」
「それは国家の機密ですので、回答はご勘弁を。ですが強大な力を持つ最新鋭のフロートシップの完成時には、国を挙げての華々しい祝賀会が催されることでしょう」
続いては蒼威の質問。
「グライダーやフロートシップで、石や釘を敵上空から投下するとか、油樽を火炎瓶のように爆撃するとかやらんのだろうか? ‥‥騎士道に反するか?」
レアーデは顔色も変えずに答える。
「騎士はそのような戦いをしません。騎士は戦う相手に敬意を払います。ですが、敵が盗賊・山賊・カオスニアン・モンスターの類であるなら話は別です」
さらに市川敬輔(eb4271)が質問する。
「フロートシップには空母としての性能があるのか?」
質問にあたって地球の空母を例に取り、その運用法を噛み砕いて説明してやる。
「微妙な質問ですね」
先ずレアーデはそう答えた。
「貴方のおっしゃる空母の話、私個人としては非常に魅力を感じます。ですが、フロートシップをいかに運用するかをお決めになるのは、あくまでも国王陛下です」
妙にはぐらかされたような答。この国の軍事機密にでも抵触するのだろうか?
次なるダンの質問は、騎士学院に関してのもの。
「学院にはどんな階級の人が集まっているかな?」
これには学生代表のシャートが答えた。
「騎士学院で学ぶためには、相当な額の学費が必要です。ですから学生の大部分は裕福な貴族たちの子弟、もしくは裕福な貴族をパトロンに持つ者たちです。貴族の中には庶民の中から才能ある者、努力する者を見いだして養子に取り、お抱えの騎士として育てるために騎士学院の門をくぐらせる方々もいます」
ここで虎徹が挙手し、シュスト教官に訊ねる。
「天界人の自分は、こちらの世界の知識不足を補うために騎士学校へ入校したいのですが、いかがでしょうか?」
「ならば、学費の面倒を見てくれる貴族を見つけたまえ。そして卒業後はその貴族に仕える騎士となるのだ」
虎徹がこの答に面食らっていると、オリエが発言する。
「でも、自分のような冒険者のための研修の場は必要だと思うわ。ゴーレムに乗って腕前を鍛える場も、まだまだ少ないと思うし。ジ・アースからやってきた者には戦上手も多いと聞いているし、彼らを学院の特別講師として招くことはできないかしら? 剣技に長けた者を呼べば学生達の刺激になるだろうし、癒しの術を持つ者が来れば、気兼ねなく実戦訓練ができるはず。多少なりとも考慮して頂ければ‥‥」
「多少なりとも考慮しよう。他に質問は? 無ければ解散」
シュストが質疑応答の終わりを告げ、皆はぞろぞろ会議室を出て行く。
「あの‥‥」
あまりにも素っ気ない返事に、オリエはシュストの後を追おうとする。それをシャートが止めた。
「大丈夫ですよ。先生はちゃんと分かってくれています」
●実地訓練
動く船の上での実地訓練が始まる。甲板掃除を希望した敬輔は、甲板の見張り要員に組み込まれた。万が一、船に攻撃を仕掛ける者が現れたり、空飛ぶモンスター等が接近したりしないとも限らない。早期発見のためにも見張りは多い方が望ましい。
先行するアルテイラ号とそれに続くジニール号。2隻の船は街道に沿い、地面から3mばかりの高さを飛んでいる。
「空飛ぶ船というより、宙に浮かんで陸を走る船だな」
高度を上げるのは、街道が森の中に入った時などに森を飛び越える場合のみ。飛行機のように高く飛ぶ必要性を、この世界の人間はまだまだ感じていないと察せられた。
同じく虎徹も見張りを担当。地球から持ち込んだ双眼鏡を使っていると、早速に騎士学生が目をつけた。ちょっとだけ見せてというので手渡したら、それが順繰りに仲間に手渡されてなかなか戻って来ない。皆、大きく見える景色に夢中になっている。
「珍しいのは分かるけどな」
ようやく戻ってきた双眼鏡を苦笑とともに受け取り、虎徹は偵察続行。もしやと思い目を光らせていたが、あの黒い旗を視界の中に見いだすことはなかった。
格納庫から甲板へゴーレムグライダーが引き出された。先行する船に手旗信号で合図が送られる。飛行訓練の始まりだ。道行きの安全のための偵察飛行も兼ねるが、訓練の様子はマリーネ姫の船からよく見える。ヘマは許されない。
学生の中には緊張でガチガチになっている者もいる。その肩をぽんと叩く者がいた。学生がびくっとして振り向くと、卒業生の鎧騎士リューズであった。
「適度な緊張は必要だが、気の重さで船が沈んでしまうぞ」
「はい! 大丈夫です!」
声一つかけるだけでも緊張は解れるもの。その後、きびきびと動き出した学生を見て、これなら大丈夫だとリューズは思う。
「うおっ! 飛んだ!」
厨房の窓から外を見やっていた鋼斗は、甲板から空へ飛び立ったゴーレムグライダーを見て、ついつい大声を出す。
「‥‥っと、いけね。仕事、仕事」
気を取り直して、肉の塊の切り分けを続ける。大人数を収容する練習船だけに、大量の食材や数々の調理用具がそこかしこにでんと置かれ、厨房の中はひどくせせこましい。
「痛っ!」
手元を誤り、調理用ナイフで指をぐっさり。それを見て調理手伝い中のクーリエランが大騒ぎ。
「きゃあ、大変! 誰か!」
その声を聞いて、食事当番の騎士学生たちが笑い出す。
「どうしました? まるでオーグラでも出たみたいに」
騒ぎを聞きつけ、シルヴィアがリューズを連れて来た。
「おや、早速に名誉の負傷か。水で洗って布で縛っておけば、すぐ血は止まる」
アトランティスの人間は、この程度の傷など意に介さない。
「俺、料理は苦手だ。見張りに行ってくる」
早々に厨房から出て行く鋼斗。続いて下がろうとしたリューズを、シルヴィアが呼び止めた。
「リューズさん、料理はなさらないの?」
「いや‥‥その、何だ。航行中の貴重な食料を無駄には出来ないからな」
大人数の訓練生に対して手狭な食堂なので、食事は交代で取る。
食事にやって来た虎徹は、晩餐会の時に会ったミローゼを見つけ、その隣に席を取って話しかけた。
「先日は声をかけていただきありがとうございました」
その言葉に彼女も一礼して微笑む。
「ドレスを私が所望すればといいましたが、それはありません。貴女が男としてこの場にいるのであれば、私は同じ男として貴方と対峙しましょう」
続く言葉を聞くと、ミローゼは口に指をやって黙るように合図。ふと虎徹が周囲を見回すと、騎士学生たちの興味津々な眼差しが集まっている。狭い食堂に多人数、二人だけの会話も筒抜けだ。
「男と男の間柄なら、無駄口は無用」
つっけんどんに言って席を発つミローゼ。後に残された虎徹は呆然。
「話の場所が悪かったか、それともタイミングが悪かったか‥‥」
ぽちっ。デジタルカメラのシャッターの音。見れば給仕役の格好をしたダンが、カメラを構えて笑っていた。
「いい写真をありがとう」
そう言って、ダンはカメラを騎士学生たちに向ける。
「はい、ポーズ」
好奇心も手伝って、カメラの前にわっと集まる騎士学生たち。ボタンをぽちっ‥‥とな。もはや記念写真のノリだ。
●交流会
王都ウィルから宿場町ウィーまでは、やろうと思えばフロートシップで半日もかからずに行ける距離。しかしマリーネ姫の都合で、旅程は2日に跨ることになった。その分、船内での交流の時間は増える。
シュストの計らいで、冒険者たちと騎士学生それぞれの知識を披露し会う交流会が、船内会議室で持たれた。
「まずは、ウィルの経済状況についてお尋ねしたいのですが」
質問する福袋だったが、質問の範囲が広すぎた。ここはテレビや新聞などのマスメディアが存在せず、情報伝達の密度が低い世界。騎士学生といえども、国レベルの経済活動の実態を地球人ほどに把握しているわけではない。それでも幾つかの質問を通じて、断片的な知識ながらも次の事が分かった。
【1】ウィルはセトタ大陸の6国の中では後発国だったが、今やゴーレム技術にかけては世界の最先端。しかもゴーレムを世界各国に輸出している。
【2】海上交易では隣国ハンの国と関係が深い。
【3】ウィルの国は3つの月道を持ち、月道によってチの国、リグの国、ジェトの国と結ばれている。チの国には巨大な銀鉱山が存在し、ジェトの国で産する紅茶はウィルの貴族の間で人気が高い。
次の質問はクーリエランから。
「内容は騎士及び騎士道につい教えてもらいたいかな。私の祖国にも昔はいたけど、今じゃね‥‥。私も全然知らないし」
なんの気なしに発したその言葉に、学生たちは動揺する。
「あなたは騎士道を全然知らないの!?」
「国に一人も騎士がいないなんて!」
あまりにも不条理で信じ難いという思いが、反応に如実に現れている。クーリエランは思わずたじろいだが、地球人エブリーが助け船を出した。
「私とゲリーとで話します。地球にはかつても騎士と騎士道が存在しました。騎士たちは国、民、そして自らの名誉の為に剣を取って戦い、民は騎士を敬い騎士を支え、数々の苦難を共にしつつ歴史を歩んできたのです。しかし、銃の発明がその関係を一変させました」
ゲリーが腰のホルスターから銃を取り出し、説明する。
「これが銃だ。原理は弓矢と同じだ。銃の中には火薬が詰められる。火薬とは──いわば強力な力を持った魔法の粉だ。火薬は銃の中で爆発し、銃の中に仕込まれた弾丸を矢の何倍もの速さで撃ち出す。操作は簡単だ。相手に向けて引き金を引くだけでいい。ほんの瞬きするほどの間に、弾丸で頭を貫くことも心臓を貫くこともできる。ちっぽけな弾丸でも威力は強力だ。急所に当たれば、相手は一瞬のうちに死ぬ」
銃に集まる学生たちの視線は、呪われし武器をを見つめるかのよう。ゲリーは言い添えた。
「心配はいらない。この世界では火薬は使えず、弾丸も撃ち出せない」
再びエブリーが話し始める。
「この銃が発明され、大量に出回った結果、人殺しはあまりにも容易く行われるようになりました。戦争では騎士と騎士とが剣を振るうかわりに、銃を手にした民同士が殺し合うようになり、そうした中で騎士は次第に姿を消し、騎士道の時代は終わったのです。続いてやって来たのは、かつてないほどの大戦争が繰り返される時代です」
話が終わった時、その場はすっかり重たい雰囲気に包まれていた。ややあって、騎士学生の一人が言った。
「クーリエランさん。騎士道のことを知りたければ、騎士道に生きた英雄たちのことを学んで下さい。まずは、この世で知らぬ者はない大英雄・竜戦士ウーゼル・ペンドラゴンのこととか‥‥」
「ウーゼル・ペンドラゴン?」
その名を聞いて色めき立ったのは、ジ・アース人のシルヴィア。
「もしくして、私の知っている人かもしれない」
ええーっ!? 学生たちが大きくどよめき、重たい雰囲気を吹き飛ばす。
「その話、聞かせてよ!」
「ええと、ウーゼル・ペンドラゴン様は私のいたジ・アースの国の‥‥」
始まった話はどんどん盛り上がる。シルヴィアが話を終えるや、今度は学生たちが先のカオス戦争の話を次々に語り始め、終いには出所不明の怪しげな情報まで飛び交い始める。
「カオス戦争に敗れたバの国が、また戦争を始めるって噂だぞ」
「今度は恐獣たちがウィルの国まで攻めてくるかもな」
「そのためのゴーレムだろう! 恐獣なんてイチコロさ!」
頃合いを見てシュストが宣告。
「そろそろ次の話題に移ろう」
「では、改めてスタンガンの解説と実演を‥‥」
クーリエランがスタンガンを取り出すと、先のゲリーの話があっただけに、学生たちがぎょっとした。
「人を殺す武器じゃないから大丈夫だよ。でも、不用意に触らないでね」
簡単に使い方を教えると、次は瑠璃が話す番。内容は飛行の技術について。その手の知識は豊富だ。それが終わると、次は鋼斗。鋼斗は携帯電話の音声メモ機能やカメラ機能を実演で説明しつつ、地球の通信技術についても言及。
「携帯電話は地球規模の広いエリアで使用できる個人用の通信機器だが、これと基礎を同じくする通信技術は大陸間弾道ミサイルや、ロボット戦車の遠距操作など、軍事にも応用が利いている」
学生からも質問が相次ぎ、交流会が終わった時にはすっかり日も暮れていた。
●カオスの闇の兆し
乗船する騎士学生たちにとって、日が暮れてから就寝までの時間は慌ただしく過ぎる。しかし寝支度を終えると、話をする余裕も出てくる。
「この旗を見たことありますか?」
例の黒い旗を示して問う福袋に、学生たちは一様に首を振った。
あえて詳しく説明はしなかったが、テロリストは地球人が地球で解決できなかった問題。異世界の人間たちをも巻き込んでしまったことに、福袋は地球人としての責任を感じていた。
「話は変わりますが、ミハイル・ジョーンズというご老人を知りませんか? ジ・アース出身の方ということですが」
「ミハイル・ジョーンズ? 知らない名だね。でも、僕たちも探してみるよ」
学生の幾人かは協力を約束してくれた。
闇の帳が降りた後も、ジニール号は舳先に篝火を焚いて航行を続ける。甲板にはゲリーと話をするキラ・ジェネシコフ(ea4100)の姿がある。
「テロリストはなぜ戦うのでしょう? 意味の無い戦いはありませんわ。きっと理由があるはず」
「それが知りたければ‥‥」
言いかけてゲリーは言葉に詰まり、やがて途方に暮れて吐き出す。
「ああ、この世界にテレビや週刊誌があったらな! 君の知りたがっている理由が、洪水のごとくに垂れ流されていたんだが! だが、このことはしっかり心に留めてくれ。俺達が最優先してやらねばならぬことは、テロリストを理解することではなく、テロリストの凶行を阻止することなんだ。なまじ理解しようとすれば、奴らの側に引きずり込まれるぞ」
ゲリーの言うテロリスト、そしてアトランティス人の言うカオス。話を聞くうちに、二つの言葉がキラの中で結びつく。テロリストもカオスも世界の秩序にとって対になるもの。別の見方をすれば、秩序こそ停滞を生む根源とも言えまいか?
(「まずは、それらがどれ程の物か。知っておくべきですわ」)
その頃、シュスト教官は鎧騎士セオドラフ・ラングルス(eb4139)の話を聞いていた。場所は船内の相談室。密談するのに適した部屋だ。
「シュスト殿は『テロリスト』を『カオスの手先』と評されましたね。もしそれが比喩でなく現実となれば‥‥。『テロリスト』が本当にカオスと接触し、手を組んでしまったなら‥‥。天界の知識と技術に加えてカオスの力をも身に付けた敵が生まれ、それどころか天界の知識や技術がモラルも騎士道も持たぬカオス勢力に流れてしまう、そういう危険もあるのではありませんか? これは予想以上に深刻な事態と申せましょう」
語るうちに、セオドラフの握る拳に力がこもる。
「シュスト卿ならば、既にお気づきの事とは思います。一介の鎧騎士の分を超えた問題であるとは思いますが、『テロリスト』を燻り出すだけでなく、カオス勢力に対する警戒も強める必要も出てくるでしょう。そのように、あえて進言致します」
「貴公の話は理解した。私も早急に手を打とう。貴公には引き続き、協力を願う」
簡潔に答え、セオドラフを下がらせるシュスト。その言葉は短かったものの、セオドラフは確信した。自分が訴えたことに対して、シュストがそう遠からぬうちに行動を起こすであろうことを。