テロリストの黒き旗4

■シリーズシナリオ


担当:マレーア3

対応レベル:8〜14lv

難易度:難しい

成功報酬:4 G 98 C

参加人数:15人

サポート参加人数:10人

冒険期間:04月04日〜04月09日

リプレイ公開日:2006年04月12日

●オープニング

 時は暫し遡る。聖山巡礼の船隊がドラゴンの襲撃を逃れ、シーハリオンを間近に臨む山岳地帯で一夜を過ごしたあの時に。
 夜空には満天の星。ただしアトランティスの夜空に輝く星は、昼間の空を満たしていた精霊光の僅かな名残りだ。シーハリオンを囲む嵐の壁は、勢いを減じることがない。今も聖山の方向からは、ゴウゴウと吹きすさぶ風の音が途切れることなく聞こえてくる。
 3隻のフロートシップはそれぞれ、尾根と尾根の合間の手頃な場所を選んで着陸していたが、そこに近づいてきた3人の者たちがいた。一人は長身の男、もう一人は艶やかな黒髪の美しき女性、あとの一人は若い娘。皆、羽根飾りのついた毛皮の服を纏っている。
「我等はおまえ達を守るために、ここに来た。我等がここに留まる限り、ドラゴンはおまえ達に危害を加えない」
「貴方は、何者?」
 マリーネ姫が問う。
「我は『人を監視する者』。シーハリオンを臨むこの地に住む一族の一人だ」
 謎の男は答え、そして3人は寝ずの番をする冒険者達に加わった。
「あれは‥‥」
 ジニール号の甲板で見張りに立つ冒険者たちは、遠くから船を窺う幾つもの人影があることに気付いた。冒険者の中にはリヴィールエネミーの魔法を使える者もいたが、生憎とそれらの人影は魔法の効果範囲の外にあった。しかしその夜は何事も起きず、一行は無事に朝を迎えた。船を窺っていた幾多もの人影は、いつの間にか消え去っていた。
 翌朝。夜が明けて天が虹色に輝く頃。マリーネ姫を乗せたミントリュース号は尾根の合間を離れ、空へと浮かび上がる。
「あの頂きに下りましょう」
 シーハリオンを囲む雪山の連なりの中に手頃な頂を見つけ、マリーネ姫はそこに降り立った。
「この地ではどのようにして聖山を拝むのですか?」
 監視者を名乗る男に国王のそれとはまた異なる畏怖を感じながらも、姫は尋ねる。
「両手を大きく広げ、大地に身を伏せよ。大地を仲立ちとし、聖山と一つとなれ」
 男の言葉にマリーネ姫は従い、付き添う冒険者達もそれに習う。しばし時が経ち、皆が身を起こした時には、3人の来訪者たちの姿はどこにも見当たらなかった。

 時は今に戻る。あれから既に3週間もの時が流れた。王都はシーハリオン巡礼の一行が持ち帰った竜の羽根の話で持ちきり。さらにその話は国境を越え、ウィルと隣り合うハン、リグ、チの3ヶ国は言うに及ばず、さらに遠くのエの国やラオの国、果ては海を越えたランの国の王侯貴族の耳にさえも届いていた。
 諸外国がフオロ王家の為したるこの偉業に注目する中、セレ分国王からも親書が届けられる。それはこの度の巡礼行の成功を祝い、マリーネ姫とその随行者たちを国賓として迎え、分国を挙げての友好式典を開催するというものだった。国王エーガンはこれにいたく感激し、使者を立ててセレ分国王に返信の親書を送り届けさせた。その親書に認められたるは、セレ分国王の招待に応じるとの返答。さらに、さほど遠からず王都ウィルにて執り行われるであろう、エーガン王の即位7周年記念式典にセレの王族を招待する旨が記されていた。
 ジニール号でマリーネ姫に随行した騎士学院の者たちも、セレ分国王からの招待に与っていた。セレ分国への親善訪問を前にして、騎士学生達の抱く思いは様々だ。わくわくした期待感に浸る者もいれば、分国王陛下の招きにいたく感激する者もいる。また、親善使節という大役の背負うべき責任を思い、襟を正す者もいる。しかし騎士学院教官にしてセレ分国貴族リシェル・ヴァーラの親族でもあるシュスト・ヴァーラは、間近に迫りつつある親善訪問のことを気にかける素振りも見せず、相も変わらずの仏頂面。そしてその頭の中では、巡礼行の最中に勃発したドラゴン相手の戦いを思い返しつつ、あれこれと思案に明け暮れていた。
「あの戦いには不手際が多すぎた」
 ナーガの変じたドラゴンが襲ってきたのは、船団が険しい尾根の合間を進んでいた最中。あの時は誰もが全力を尽くしたにも関わらず、たった数分のうちにマリーネ姫の座乗船アルテイラ号は甚大な被害を受けた。両側を山の急斜面に押さえられた地形にあったことも、危急に際しての船の動きを困難なものにした。下手をすれば山の斜面に衝突するか、船同士が衝突する。それ故に慎重な操船を要したのだが、そのことは迅速な回避行動を行う妨げとなり、それがアルテイラ号の被害を増大させる一因ともなった。そもそも王家の有するフロートシップは皆、海で使われていた船を改造して、空を飛ぶための魔法装置を取り付けたものばかり。飛行を前提とした構造でないから、操作性が悪い。
「従来型のフロートシップは空戦に向いていない。ならば、新型のフロートシップを開発する必要がある。最初から空飛ぶ船として設計された、高機動力のフロートシップをだ」
 そもそもあのドラゴンとの遭遇戦は、王家のフロートシップがドラゴンやナーガの住処に乗り込んだが為に発生した事件。国王エーガンもこの事件に懸念を示し、竜とその眷属との和平を進めるための王命を下したという。しかし王国の守りたる者、最悪の時のために戦いの備えだけは為さねばならない。たとえその相手が、敬意を払うべきドラゴンやナーガであったとしても。

 こうして、国王陛下への建白書を出す準備に取りかかったシュストだが、ここへ来て不穏な知らせが飛び込んできた。
「あの黒い旗が見つかっただと?」
 かねてより地球人の冒険者達が警告を発していたテロリスト、そのシンボルたる黒い旗が発見されたというのだ。報告をもたらしたのは、コルベー・ワンドという名の騎士学生だ。
「父よりシフール便にて知らせを受けました。我がワンド家の領地の近くには国王陛下の直轄領が幾つもあり、それぞれの代官が治めているのですが、そこにかの黒い旗を旗印に掲げた盗賊が出没するというのです。代官達は父にも盗賊討伐への協力を要請したそうです」
「君の父君のリボレー・ワンド子爵は、直轄領の代官達とは必ずしも良好な関係ではなさそうだな」
 シュストのその言葉に、騎士学生コルベーはいささか気分を害したようだ。
「フオロ分国の貴族でありながら、父君がトルク分国とも主従の契約を為したことを、教官殿は憂慮なされるのですか? お言葉ながら我が父君は‥‥」
「分かっている。私は国王陛下に対するワンド家の忠誠心を疑りなどしない。この件に関しては、ぜひともワンド家の協力を仰がねばならぬな」

 間もなく冒険者ギルドに、シュストを依頼人とする2つの依頼が出された。

『依頼その1:新型フロートシップ開発のための助言者を求む。希望者は親善のためセレ分国に赴くジニール号に乗船し、実物のフロートシップを参考にしつつ意見を述べよ。なおセレ分国内においては、親善使節の一員として行動すべし』

『依頼その2:ワンド子爵領の近辺に出没する、黒き旗を旗印とした盗賊についての調査を求む。盗賊の主たる出没地は、子爵領に近い国王陛下の直轄領である。ただし現時点では直轄領代官からの正式な要請無き為、調査はワンド子爵領内においてのみ行う』

 依頼に参加する冒険者は、2つのうちのどちらかを選択することになる。

●今回の参加者

 ea4100 キラ・ジェネシコフ(29歳・♀・神聖騎士・人間・ロシア王国)
 eb2259 ヘクトル・フィルス(30歳・♂・神聖騎士・ジャイアント・ビザンチン帝国)
 eb3770 麻津名 ゆかり(27歳・♀・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb4041 エンヴィ・バライエント(34歳・♂・鎧騎士・人間・アトランティス)
 eb4064 信者 福袋(31歳・♂・天界人・人間・天界(地球))
 eb4085 冥王 オリエ(33歳・♀・天界人・人間・天界(地球))
 eb4086 吾妻 虎徹(36歳・♂・天界人・人間・天界(地球))
 eb4097 時雨 蒼威(29歳・♂・天界人・人間・天界(地球))
 eb4139 セオドラフ・ラングルス(33歳・♂・鎧騎士・エルフ・アトランティス)
 eb4183 ダン・バイン(33歳・♂・天界人・人間・天界(地球))
 eb4197 リューズ・ザジ(34歳・♀・鎧騎士・人間・アトランティス)
 eb4271 市川 敬輔(39歳・♂・天界人・人間・天界(地球))
 eb4288 加藤 瑠璃(33歳・♀・鎧騎士・人間・天界(地球))
 eb4289 クーリエラン・ウィステア(22歳・♀・天界人・人間・天界(地球))
 eb4368 験持 鋼斗(26歳・♂・天界人・人間・天界(地球))

●サポート参加者

クウェル・グッドウェザー(ea0447)/ 倉城 響(ea1466)/ アレクシアス・フェザント(ea1565)/ 利賀桐 真琴(ea3625)/ フォーリィ・クライト(eb0754)/ セシル・クライト(eb0763)/ シルビア・アークライト(eb3559)/ 桜桃 真治(eb4072)/ 結城 敏信(eb4287)/ 越野 春陽(eb4578

●リプレイ本文

●出航
 王都ウィルのフロートシップ発着所。ジニール号の出航準備は整いつつあった。
「テロリストの調査に向かう皆さん、頑張ってくださいね。天界じゃ反政府叛乱を企てるような連中ですから」
 別々の道を目指す仲間達に信者福袋(eb4064)は言葉を贈り、吾妻虎徹(eb4086)は見送りに来たゲリーに敬礼で挨拶。
「そちらもがんばってください、隊長」
「また会おう」
 ゲリーも同じく敬礼を返す。
「吾妻〜っ!」
 吾妻の名を呼びながら、フロートシップに向かって駆けてくる年頃の女性がいる。その冒険者の姿を認めてゲリーが訊いた。
「あれは、恋人か?」
「‥‥まあ、そんなところです」
 そしてジニール号はセレ分国に向けて飛び立つ。

●新型フロートシップ建造計画
 セレ分国に到着するまでの間、冒険者達は一切の船内作業を免除された。代わりに彼らは、新型フロートシップ建造に向けての企画会議に専念することになる。
 冒険者達は船内会議室に招集され、会議は始まった。
「新型フロートシップね。ぶっちゃけ現行のフロートシップをモデルにして戦闘空船を作るには限界があると思う」
 発言の口火を切ったのはダン・バイン(eb4183)。先ず地球のジャンボジェットのイラストを、黒板に描いて示した。船に魔法装置を取り付けただけの、アトランティスの普及型フロートシップとは、ずいぶんと形状が異なる。
「アトランティスのフロートシップは、船を無理やり飛ばしてるって感じだけれど、天界では空を飛ぶためにデザインされているんだ。エンジンの代わりがゴーレム機関だというならば、ドラゴンか大鷲のように翼をつけて、そこにゴーレム機関を沢山搭載して空をとぶようにしてみてはどうだろう? 無論、船体は大型化するだろうし、費用も沢山かかるだろうし、トルク分国の全面的協力が必要だろうけれど」
「その通り。新型フロートシップの開発に当たって、トルク分国の協力は不可欠だ」
 教官シュストが答えた。
「現在、ゴーレム技術はトルク分国に独占され、ゴーレムはトルク分国のゴーレム工房でのみ製造可能なのだ。故にフロートシップの開発は、トルク分国と交渉することから始めねばならない。交渉が成ったとしても、船の建造には時間がかかる。従来の船に魔法装置を取り付けるのではなく、空を飛ぶために設計された船を一から造り出すのだ。月単位の製造期間を要するのは間違いあるまい。そのことを先ず、心に留め置かねばならぬだろう」

●高機動力の新型
 次は虎徹。席から立ち上がってまず敬礼。
「私は天界において、騎士団のようなものに所属しておりました。吾妻虎徹二等陸曹です」
 今日の吾妻は、アトランティスに召喚された時に来ていた迷彩服。
「ゴーレムではありませんが、天界でも空を飛ぶ兵器は存在していました」
 あらかじめ羊皮紙に描いておいたアパッチ攻撃ヘリやF−16戦闘機のイラストを、書記の騎士学生が黒板に大きく書き写す。それを示しながら、虎徹は説明した。まずアパッチ。
「アパッチには2つのローターがあります。この剣のような形の羽根を、車軸のように組み合わせたものです。大きなローターは機体を浮遊させ推進させるためのもの。小さなローターは機体を安定させ方向を変えるためのもの。この2つを組み合わせることで、アパッチは自由に空中で停止し、また移動することができるのです。その動きはゴーレムグライダーによく似ています。形状はかなり異なりますが」
 続いてF−16。
「F−16のポイントは、その機動力の高さです。例えて言うなら、ほんの僅かな時間に国と国とをまたぐような距離を移動し、敵軍に攻撃を加えることができるのです。地上攻撃用の爆弾を装備すれば、一瞬にして砦を丸ごと破壊することも可能です」
 この説明に、会議に同席する騎士学生達が息を飲む。うち、一人が訊ねた。
「バクダンとは?」
「魔法のファイヤーボムのように、爆発を起こして敵を倒すアイテムです。当地の兵器でこれに匹敵する威力のあるものは、エレメンタルキャノンでしょう。新型フロートシップには、エレメンタルキャノンを搭載することを提案します」
「しかし、エレメンタルキャノンはまだ製造された数が少ない」
 シュストが言う。
「新型フロートシップと合わせて製造するなら、さらに費用もかさむだろう」
 一人の騎士学生が躊躇いがちに手を挙げ、訊ねた。
「虎徹殿は天界の騎士団に所属していたと聞きましたが、なぜそのようなごちゃごちゃした色の服を着ているのですか?」
「戦場で敵に目立ちにくくするためです」
 答を聞いて学生はぽかんとしていたが、やがて納得した顔になる。
「天界でも騎士団が賊相手の戦いをすることが多いのですね。最近はウィルもそうですが」

●流線型の新型
 続いては加藤瑠璃(eb4288)。黒板に飛行船と潜水艦の絵を描き、説明を始めた。
「フロートシップって船とも飛行機とも違って上下移動ができるから、動きだけをみたら飛行船や潜水艦に近い気がするの」
 飛行船は空中に浮かぶ船。潜水艦は水の中に沈み、浮力のバランスを取って水中を進む船だと説明した上で続ける。
「だから、フロートシップも甲板を減らして全体の形状を葉巻き型やタル型に近づけるの。甲板上に人が居ると、機動性が制限されてしまうわ。地球の航空機も、機体の外へ出られる物がもう無いように、フロートシップも航行中は外に出られないようにした方がいいと思うの。平面より凸面の方が強度も高くできるから、甲板が無ければその分防御力も上げられるわね。その代り、機体内で全ての移動や作業を行えるように構造を整理しないといけないわ」
 ここで瑠璃は流線型の船本体の形を描き、そこに潜水艦の艦橋のような出っ張りを書き加える。
「それに普通の船のブリッジのように、甲板の目線と近い場所で操縦するのは危険だわ。海の上と違って、空では立体的な動きをするし、360度全てに視界を行き届かせなければならないから。だから機体の操縦と物見を行なう艦橋を作って、鉄板などで補強した方がいいわね」
 さらに、船の上部に砲の形を描き込む。
「上部の装甲を強化して、エレメンタルキャノンの砲座を設置するの。空戦の場合、下からの攻撃だと地面の森や建物が障害物になるから、空以外に何も無い上から攻撃した方が有利。だから、下よりも上からの攻撃に気を付ける必要があるわ。さらに上部の装甲を強化すれば全体の被害を減らせるし、上方への攻撃力を上げるのも有効でしょうね。砲台は機体の外に設置するしかないけど、露出する場所が少なくなるよう、砲座という形にした方がいいと思うわ」
 最後に、船の下部にハッチを描き込む。
「このハッチは荷物の出し入れや、ゴーレムグライダーの射出用。上よりも下が攻撃を受けにくい以上、下にハッチを作れば射出直後の危険を減らせるわ。物資の搬入搬出も下の方がやりやすいし」
 説明全てが終わると、シュストがコメントした。
「興味深いアイデアだ。しかし、全体が流線型をした船の建造は、このウィルでは例が無いはず。実現にはそれだけ手間と費用がかかろう。まさか樽職人を雇って船を造らせるわけにもいかぬだろうしな」

●新型の武装
 お次は電卓片手の福袋。
「まあ、色々なアイデアを皆さんお持ちみたいなので、それらに対して具体的にどれくらいのコストがかかるか、船体の材料や特注品を発注する場合の費用を算出しようとしたのですが‥‥諦めました」
 福袋は電卓をポケットに引っ込めた。
「あまりにも価格の変動が激しく、不確定要素が多すぎるもので」
 中世レベルのアトランティスは、一定品質の生産材がほぼ一定価格で供給される現代の地球とは違う。材木ギルドから材木を仕入れるにしても、材木の相場は時の状況次第で大きく変動する。たとえ十分な金があったとしても、発注者に権威と権力が無ければ、材木を提供する材木ギルドも、船大工を提供する船大工ギルドも、首を縦に振るとは限らない。モノを言うのは金にも増して、コネと権力だ。材木を金で買うより、賦役を命じて森の木を切り出させた方が遙かに安上がりな場合もある。
「では、本題に入ります。新型については船そのものだけでなく、専用の弓や砲など、装備の面も充実させる必要があるでしょうね。それも、用途を考えないといけないと思います。対人兵器ならば中弓くらいで大丈夫そうですが、対ドラゴンや対同型艦、攻城戦を想定すると、もっと威力のある武器が必要です」
「タイドウカンガタ?」
 聞いていた騎士学生が質問する。
「将来、ウィルの国の技術が他国に流れることもありえますし、同じ発想をする者がいるかもしれません」
「成る程」
 騎士学生は福袋の言葉に納得した。
「では話の続きを。接近戦ならラム(衝角)でしょうが、船そのものがそもそも高価な代物ですから、船体保護の点でも長射程の武器は欲しいですね。それと、乗員の安全対策になる装備などはあるのでしょうか? 低空飛行だとパラシュートを使うには地面が低そうですし」
「バラシュート?」
 再び騎士学生が質問したので、福袋は黒板に図を書き、高空から飛び降りて地面に着陸するためのアイテムだと説明した。そして話の続き。
「戦闘艦や航空母艦くらいになると、ゴーレムグライダーを含んだ運用の仕方、戦術概念そのものを確立しないといけません。将来的には、グライダー同士、フロートシップ同士の戦闘などもありえますし、今から研究をしておくべきですね」
「大変参考になった」
 シュストの短いコメントに続き、時雨蒼威(eb4097)が意見する。
「俺は船の機能全てを理解してるわけではないが、まずラムについて言わせてもらう。正直、既存の船についてるヤツはお飾りに過ぎない気がする。前に船を点検した時に見たが、あまり良い部品とか使ってないし。海水という緩衝材やささえ無しに高速度でぶつかったら自壊するか、敵が突き刺さった時にかかる重みで一緒に墜落しそうだ。他に良い改良手段が無いなら、船前方はアロースリットか鉄板で補強した方がいい。そもそも地球人の俺としては、金属部品の鉄の質が気に喰わない。あんな代物、地球の航空機では絶対に使わない。サンソードとか見るに、この世界ではもっと質の良い鋼が作れないわけではないのに。玉鋼のたたら製法とかやればできそうな気がするが‥‥」
「そのタタラセイホウだが、君は知っているのか?」
 シュストに問われ、蒼威は口ごもる。
「いや。俺も話に聞いただけで、詳しくは知らない。砂鉄を原料として、加熱と鎚打ちをくり返して良質の鉄に鍛える、古来からのやり方なのだが‥‥。ともかく、今すぐどうこうしろというわけでもないが、将来を考えて新たな製法や改良を研究する価値はないものかと思う」
 ここで蒼威は話の対象を変え、搬入口の改良を提案。
「浮遊船は水に浮いてるわけではない。わざわざ荷物や人を船体上に持ち上げる手間を考えたら、船体下腹部辺りに巻き上げ式で開閉するハッチを付けた方がいい。開くと出入り用のスロープになるから便利だ。飛んでる分には外部から潜入されにくいし、兵を下に下ろすときも大量かつ一気にできるだろ? あと今後、グライダーで船から脱出とかよくありそうなので、グライダーに食料とか詰め込んだ避難袋を備え付ける事も提案しておく」

●特化された新型
 次は験持鋼斗(eb4368)の番だ。
「俺からは、用途別に特化した船の開発を提案する」
 箇条書きにまとめた具体案を述べ、書記の騎士学生に頼んでそれを黒板に書き出してもらった。

・風の影響を極力受けないように、高速シップは小型化する。
・推進装置を一つのシップに複数載せて、移動力を強化する。
・浮遊装置を複数載せ、速度よりも輸送能力を重視した、ゴーレム運搬用巨大シップを作る。
・シップ内にキャノンや推進装置の移動用線路を設け、一つのキャノンをシップの前後左右から出せるようにする。推進装置を動かす事で、風の噴射方向を変え、カーブ等をしやすくする。
・エレメンタルキャノンの連射能力によるが、空輸能力を完全になくした『エレメンタルキャノンによる対地攻撃専用の高機動小型シップ』を作る

「では、私も」
 次なる発言者はクーリエラン・ウィステア(eb4289)。
「地球では色々な種類の軍艦があるけど、フロートシップも色々な種類のものが作れると思うの」
 地球の空母などのことをさらっと説明した上で、鋼斗の箇条書きの後に自分の意見の要点を続ける。習いたてのセトタ語で書き表せる内容ではないから、やはり書記の騎士学生の手を借りて板書してもらった。

・高機動型
 10人〜30人ぐらい乗れる大きさぐらいでグライダーを大きくした感じに。
 搭乗数減らす代わりに小型化して機動性、風の影響をダウン。
 武器は射撃席を設けてボウガン機構で大きめの槍を打ち出す。
 エレメンタルキャノンを小型化して搭載。
・空母型
 多重構造三段甲板空母など、多段式で搭載量を多く。
 一段目がグライダーで二段目、三段目にが上記の高機動型フロートシップを搭載するなど。
・大巨砲艦
 速度も小回りも無視してとにかく大きくて攻撃力のあるエレメンタルキャノンを搭載。
 高機動船で敵の動きを止めた所に、一発叩長距離から叩き込む。
・突撃型
 小型で形状は三角形。
 構造上、搭乗員数はかなり少なめ。
 羽の部分を頑丈かつサンソードのように切れ味鋭い形状に鍛え上げる。
 武装はずばり体当たり。

「で、高機動型に搭載するエレメンタルキャノンだけど、可能なら威力と射程短くする代わりに発射回数を多くして。それも短い発射間隔で。地球の戦闘機に搭載するバルカン砲のように」
 ここでクーリエランは、会議には出席できなかった仲間の意見も述べる。
「話は変わるけど、船の中には応急手当ができる一室も作ったほうがいいかもしれない」
 最後の発言者は市川敬輔(eb4271)。その意見は主としてフロートシップの形状について。
「フロートシップ自体はゴーレムグライダー同様、垂直離発着が可能ではあるが、やはり飛行用の翼が無い事には、機体の操作性と安定性に不安が残る。とは言え、その翼があまり大きくては被弾面が増えるだけとなる。よって、その辺りを踏まえて、船体及び翼を含めたデルタ型の船の設計を提案する。その役割上、成るべく被弾面を減らす為、可能な限り平べったく設計する」
 地球のジェット戦闘機に似た形状の、三角形の船体を黒板に描いた。
「また、それとは別に、ゴーレムグライダーを多く搭載可能な母艦の製作も提案する。この母艦についてはその大きさから搭載量が限られる為、寧ろ旧来の船を改造して使うのが良いと思う。小回りこそ効かないものの、新型フロートシップと連携して運用することで、相当な戦力となるはずだ」
 冒険者全員が発言を終えると、シュストは彼ら全員に礼を述べた。会議での発言は書記によって、その全てが記録された。会議が終わって参加者が退出する最中、シュストは書記から受け取った記録を手にして、一人その心に呟く。
「(地球人達の発言を聞いて、地球の戦争のレベルの高さが分かった。‥‥侮れぬな)」

●セレ分国にて
 セレ分国のフロートシップ発着所は、森を流れる川の岸辺に設けられていた。既に先行していたアルテイラ号とミントリュース号が停泊しており、ジニール号はそれら2隻と並んで着陸する。
「この3隻を同時に見比べてみると、技術の変遷がよく分かる」
 発着所を歩き回り、蒼威が口にした。初期型のジニール号、標準型ともいうべきミントリュース号、そして現在では最新の設備を備えたアルテイラ号。いずれも普通の船を改造した物だが、それらを順に見るていくと改造のやり方にも年を追ってさまざまな創意工夫が取り入れられたことが良く分かる。しかしこれから建造されるであろう新型は、これらのはるか上を行くものだ。
「ゴーレム機関は『特定の精霊力を集める部分』と、『集めた精霊力を浮遊力や推進力などの形にする部分』から成るんじゃないか?」
 船の魔法装置に近づいて観察しながら、鋼斗が言う。
「もしも風の精霊力に関係した魔法装置の近くで、同じ風系の魔法を用いた時にどうなるのか? 俺、この前ライトニングサンダーボルトを覚えたし、もし許可を出してくれるなら、そのうち実験してみるぞ」
 話をするうちに、セレ分国の騎士が迎えにやって来た。
「では、行くか」
 歩き始めた虎徹は足を止め、礼服に身を包んだ己の体を見つめてぽつりと一言。
「やっぱり、着慣れないな‥‥」
 セレの騎士にも本当は敬礼で挨拶したかったのだが、虎徹も当地の流儀に従い、右手を胸に当てて会釈する騎士のやり方で挨拶を交わした。
 すかさずダン、その姿をデジカメのフレームに収めて‥‥パシャリ。

●ワンド領への道
 セオドラフ・ラングルス(eb4139)は貴族街のサロンでの聞き込みに苦労した。
「鎧騎士のセオドラフ・ラングルス殿? はて、どこのどなたでしたか?」
 名声はまだまだ低く、貴族達から軽くあしらわれることもしばし。それでも貴族達の話から、次のようなワンド子爵家の内情を知った。
 まずワンド子爵家は領地経営が巧みで資力がある。領内には優れた陶器職人の働く陶器工房があり、そこから生み出される優れた陶器は、王都の貴族達にも人気がある。おかげでワンド子爵は各方面の貴族にコネを有している。トルク分国の貴族にもワンド子爵領で作られる陶器を愛好する者は少なくなく、トルク分国にも少なからぬコネがある。
 陶器職人の住む村に加え、領内にはドワーフの住む村もあるという。土中から粘土を採取するには、穴掘りに携わるドワーフの手を借りねばならないからだ。
 近年になって結ばれたトルク分国とも主従契約については表向き、荒廃したルーケイの賊に備えてトルク分国の力を借りるというのが理由だ。フオロ王はその契約を認めたが、引き替えに相当な金額の保証金をワンド子爵から召し上げた。いかに裕福な子爵家とはいえ、家計は以前よりも苦しいはずである。
 しかし、中には不穏な話もある。
「土地の代官が殺された後、王家により行われたルーケイ平定の際には、謀反に加わった農民達が多数、トルク分国へ逃げ込んだらしい。その裏ではワンド子爵が逃亡の手助けをしていたと、そう噂する者も多いがな」
 サロンに出入りする騎士の一人が、そんなことを話してくれた。
「ただし、今のところ国王陛下がワンド子爵を誅する動きは無い。子爵が毎年、王に多額の上納金を支払っているからな。今のワンド子爵は殺すよりも生かしておいた方が、陛下の利益になるのだ」
 ワンド領に向かうに当たり、正体を隠すためセオドラフは庶民に身をやつした。そしてワンド領に向かう馬車を求める。丁度、チャリオットレースが開催されようという時期。町は多くの馬車で賑わっていた。荷馬車、寄り合い馬車、貴族の馬車、しかし何といっても一番多く目立つのは、山と薪を積んだ馬車だ。街を流れる川を見れば、川にはウィルやセレからやって来た川船がいくつも見える。
 さて、ワンド領方面に向かうという馬車を見つけ、便乗を願ったセンドラフだが、御者は言う。
「そうさねぇ。片道4日はかかるかねぇ」
「そんなにかかるのか!? 馬なら2日もあれば行ける場所ではないか」
「いや、それが‥‥一番近いルーケイの街道は盗賊が多くて通れない。それより少し遠回りのアーメルの街道も、土地の代官がひでぇヤツでね。べらぼうな通行料をふんだくられるのさ。だから、うんと遠回りしていくしかないんだ」
 しかし時間がないからとセオドラフは頼み、御者に金貨1枚握らせる。そして王領アーメルの街道を通ってもらった。
 しかしアーメルの入口に着くと、
「通行料は片道2ゴールドだ」
 横柄な関所番から要求され、セオドラフはしぶしぶ支払った。往復4ゴールドだから、庶民にとってこれは痛い。

●ワンド子爵領での調査
 ここはウィルの街ですか? 王都と見紛う屋根の波。しゃれた造りの店が並ぶ。
 ワンド子爵の領主館は、ワンド領内で一番大きな村にある。
「村と言うが、王都をそのまま切りとって来たみたいだ」
 リューズ・ザジ(eb4197)は、鄙には稀な都市の姿に驚き、お上りさんのようにきょろきょろ。実際、土地の者は誰もがここを『町』と呼んでいるようだ。

「うぉうおぅ〜」
 思いも掛けない凄く素敵な小間物を見つけ、吠える冥王オリエ(eb4085)。精巧な銀細工に、磨かれた美しい石の欠片がセットされているアクセサリー。よく見ると宝石ではなくありふれた河原の石のようだが、石英に浮かぶ雲母の粒が、光を受けて黄金のように輝く。あちらの陶器の小皿の絵付けも見事だ。
「地の利が良い場所よね。川が近いから交易にも便があるし」
 キラ・ジェネシコフ(ea4100)が眺める賑わい。河を降る筏の群はどこへ行くのだろう。ワンド領の物であることを示す小旗が風にそよいでいる。小麦の袋を積み込んだ川船を綱で引く人々の姿。豊かな町の日常があった。
 トントトト トントトト トントトト トントトト。太鼓の音がリズミカル。人々が道を開けるのは警邏隊の行列だ。腰に帯剣、肩に小振りなハルバード。鼓手を先頭に旗を捧げ持ち、美々しい若き騎士達が進む。人々は町を護る勇士達に頭を垂れて敬意を表す。
「皆様。探しましたぞ」
 出迎えるワンド子爵の態度は自信に満ちている。
「ワンド子爵。町を見れば領主の名君ぶりがはっきりしますわよねえ」
 キラはお世辞混じりに言ったのだが、自負する彼はにこやかに笑うのみ。政治向き、平たく言えば件の山賊の話を振る。
「山賊ですか。怖いものです。私は臆病ですから、願わくば関わりたくありませんなぁ。ルーケイですか‥‥トルクに対する要の土地で、王も重視為さっているとか。救世主である天界人に、夥しいゴーレム機器を付けて送り込んだとも伺っております。天界人様がいらしたら、私なんぞに出る幕はございませんな」
 話を持ち出す前に予防線を張られた。迷惑が掛かるのも御免なら、協力するつもりもない。と言うことなのだろう。敵に回したら面倒そうだ。

 賑わいを見せる町の一角、木々に囲まれて目立たぬ場所には、殿方のお楽しみを供する館もある。その入口では着飾って媚を振りまく厚化粧の貴婦人の姿。
「あれは何?」
 麻津名ゆかり(eb3770)に説明を求められ、ワンド子爵の息子である騎士学生リボレーは、真っ赤になってたじたじ。
「子どもの頃から父上には、『あの場所に近づくな、お前にはまだ早い』。としか言われていなかったから‥‥」

「なんだか良く分らないけど黒い布を見せびらかせてる変な奴らがいるって話じゃないか。‥‥おたくも聞いたことないかい?」
 村の者に聞き込みを行っうエンヴィ・バライエント(eb4041)。
「立ち話もなんだし。そう言えば喉が乾いたな」
「じゃあ、酒場に行かないか?」
 酒壷になったような男の相手をしながら、冒険者達は聞き込みを続ける。多くの金が費やされたが、ともあれ、噂話を入手した。
 黒い旗を掲げて近場の王領を荒らし回る盗賊は、次のような言葉を食い詰め者達に吹き込み、手勢として取り込んでいるという。
「フオロ王朝はまもなく滅び、新たなる王朝が起こる。我等はその魁となる」
 それが本当ならば由々しき事態だ。だが所詮街の噂。新たな王朝の担い手と目される者はいるにせよ、謀反の証拠など無い。

「この情報収集で大事なのは、現地に溶け込むこと。‥‥でも私達、何かと目立ち過ぎね」
 何かと背景の怪しいエブリー・クレストとペアを組んだオリエだが、二人して酒場で飲んでいるだけで、目ざといナンパ男どもにやたらとからまれ、こちらから訊ねる前に向こうから根ほり葉ほり質問攻め。
「あら? 私ってばそんなに魅力的?」
 などと相手しながら酒を奢るが、相手は結構な酒豪だったりで。これで結構な金が飛んでいったと観念したオリエだが。
「お勘定、これでお願いできるかしら? 王都では値打ち物なの」
 いざ勘定という時になってエブリーが酒場の主人に差し出したのは、額面2ドルの米ドル紙幣。主人は相場を知っているとみえ、にんまり笑って受け取った。
「釣りはいらないわ」
 エブリーは豪快に言ってのけ、オリエにウインク。
「東南アジアでの仕事柄、低額のドル紙幣を大量に持っていて、本当に助かったわ」

「んー。こんな酷い結果はそうないわ」
 ゆかりがテーブルで施したタロットの占いは、宜しくない。
 王領ルーケイ、結果は『悪魔の逆位置』
 王領アーメル、結果は『皇帝の逆位置』
 ロメル子爵領、結果は『塔の正位置』
 フォロ王家、結果は『審判の逆位置』
 そして、ワンド領を示すカードを裏返そうとした時。ぽむっと肩を叩かれた。
「何をしてますか?」
 ぴっくりして床に落としたカードはチャリオットであった。
「このチャリオットは援軍? それとも敵軍? どちらなのかしら?」

●森で見た子ども
 ワンド領とその周辺に広がる豊かな森林。それは豊かな恵みをもたらすと共に、盗賊にとっては絶好の隠れ蓑にもなりうる。ワンド子爵の許可を得て、ヘクトル・フィルス(eb2259)は森の探索に当たった。土地で働く猟師達を一人1ゴールドで雇い、自分の手伝いをさせる。
 しかし猟師は騎士とは違う。
「騎士様、あまり森の深くまでは行きたくねぇ」
 猟師達は言う。最近、森に入ったまま帰って来なくなる猟師が相次いでいた。行方知れずだった猟師が森で見つかり、帰ってくる事もある。身につけた全てをはぎ取られ、体中を切り刻まれた死体となって。
 そういうわけで、ヘクトルの探索はワンド領のごく近辺の森に留まった。
 猟師と共に歩いていると、色々な森の獣を目にする。兎に栗鼠、時には若い鹿が木々の合間を走り抜けて行くことも。
 ガサガサ‥‥。不意に近くの茂みが揺れた。
「誰か隠れているな?」
 剣を手にして近づく。盗賊でも出てきたら、有無を言わせず振り下ろすつもりだったが。
「うわっ! 助けて!」
 茂みから飛び出してきたのは、子どもだった。
「坊主、どうしてこんな森の中にいる?」
「オレ、隣のロメル様のところの木こりの子どもなんです」
 ロメルとは、ワンド領の隣に領地を持つ領主の名。
「森で働いているうちに道に迷って、気がついたらこんな所に‥‥」
「家はすぐお隣か。なら送ってやろう」
 子どもを連れ、ヘクトルはロメル領に向かって進んだ。
 ところが‥‥。森の終わりが近づくと、子どもは言う。
「ここまで来たら、自分だけで帰れます。騎士様も、戻った方がいいです。剣を持って森の中をうろついてるのを、領主様に見つかったら大変なことになりますから」
 そして子どもは逃げるように走り去った。
 猟師の一人が訝しげに言う。
「俺は長いことこの森で猟をしてきたが、さっきの子どもは一度も見かけたことがねぇ。ありゃもしかすると盗賊の手先で、ワンドの殿様の土地に探りを入れていたのかもしれませんぜ」

●王領ルーケイ
 ワンドとルーケイの地境に連なる八重の柵。空掘と土塁逆茂木に護られたそれは、さながら巨大な蛇が横たわるようであった。旗を振れば連絡が取れる間隔で櫓が建てられた長城。これを造った費用だけでも相当なものであろう。まして常に見張りを張り付かせるなど、交易で豊かなワンドでも重い負担に為っているはず。
「まあ、伯の許可が下りている以上、立ち入ることには文句は着けぬ。だが‥‥死ぬなよ。柵から先は毒蛇の穴だ。否、悪賢い人の知恵を持っているだけに始末に負えぬ。いっそオーガやオーグラのような蛮族のほうが、エサをくれてやれば大人しくなるだけ可愛いものだ。度々領内へ侵入し、領民に仇を為す。奴らを深追いしてルーケイに入り、行方知れずになった兵も何人になったろうか。毒蛇どもめ!」
 それでも行くというリューズに、物好きだなと注意する警備兵。一人では無謀と兵士を伴いルーケイに踏み出した彼女であったが‥‥。
 弓音が響いた瞬間、たまたまセブンリーグブーツで加速していたお陰で、矢はリューズの後方へ逸れた。兵士は既に伏せている。見張り櫓から打ち出される矢玉。大盾を構えて応援に駆けつける援軍に助けられ、リューズは後退する。森の中で目を光らせている盗賊がいるのだ。戦の用意をしてきている訳ではないリューズは、これ以上奥へ進むのを断念した。

「及第点をいただけると良いのだが」
 報告書を携えたリューズに、恩師シュストは諭す。
「出来映えとしては及第だ。だが、一人で功を焦るなよ。学院の試験では、失敗しても落第するだけだ。しかし戦場での戦いにおける失敗は、命取りになる。自分の命のみならず、友や部下の命を巻き添えにすることもある。心せよ」
 一つ間違えば、彼女は生きてここに居なかったかも知れないのだ。