ショア城の宴 終焉〜ウィル別邸での音楽会
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■シリーズシナリオ
担当:マレーア3
対応レベル:8〜14lv
難易度:やや易
成功報酬:4 G 98 C
参加人数:12人
サポート参加人数:1人
冒険期間:03月07日〜03月12日
リプレイ公開日:2006年03月13日
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●オープニング
●少年よショアの海へ‥‥ 四日目の朝
「あの『天界人マイケル』を知らない奴なんて、このショアの町じゃもぐりだよ!」
「そ、そんなにか!?」
「ああ、あったりまえさぁ〜っ!」
軽妙な身振り手振りで噂の尾ひれ足ひれを語って聴かせるジムとその仲間達、ぶらっくあくあく団のメンバー、10才になるかならないかの浮浪児ら10人をぞろぞろと引き連れ、三人の冒険者は港の桟橋を歩いた。先頭を行く猫のアマンダが、ピンと伸びた尻尾を、左右にゆら〜りゆらり。
漁師や船乗り達は、この珍妙な行進を船の上からニヤニヤ。
「おめ〜ら、みせもんじゃね〜ぞ〜!」
「旦那〜! これから海賊退治ですかい!? それとも、そいつら悪ガキどもの縛り首でも!?」
ボロボロの歯茎でにっかり笑う漁師。
「ば〜か! そんなんじゃないやい!」
「ば〜か!」
「ば〜ぁっ!」
一斉に飛び跳ね、口々に叫び出す子供達。
「はっは〜っ! 海賊退治もいいなぁ!」
黒い顎ヒゲを撫で、やおらひゅんと空を斬り、白刃が閃く。
掲げ持つは緩やかな反りのサンソード。流麗な刃紋に、ショアの風が飄々と鳴いた。
「海賊はどこかな?」
にやりと笑む。そして切っ先を、ゆっくりとボロボロの歯茎へ。
「ひぃっ!?」
慌てて縮こまる漁師に、ぶらっくあくあく団はやんややんやと大喜び。更に目をまん丸にして、大人の武器を憧憬の想いで見つめた。
「すっげー! 本物のサンソードだ!」
「兄ちゃん、これ、おいらにくれよ〜!」
「俺にも!」
「ボクも〜‥‥」
「オラース殿!」
「あぶねぇあぶねぇ。こいつぁお前等にゃまだ早ぇー!」
パチリと鞘へ納めた悪漢は、わざと大股で進む。すると、ばたばたと群がる様に、子供は追いかけた。
きゅっと唇を噛み締め、振り向いてニヤリと笑む悪漢を睨む。
子供達は、仲間のジョンが死んでいるとは思っていない。それをどう説明するのか、問い掛ける黒い瞳に、穏やかな黒い瞳が俺に任せておけと語る。
その足元を、猫のアマンダがいつの間にか丸々太ったネズミを咥え、しずしず進む。カモメがキイキイと歌った。
伯爵の持つ軍船の一隻、ディアーナ号は街の桟橋へと、朝の内に移動していた。
城内の港では、ぶらっくあくあく団のメンバーが、捕まって罰を受けるのではないかと警戒するだろう、とディアーナ嬢の考えによる。そして、船のはしけ前に立つ騎士は、黙ってこの行進を通した。
初めて乗る軍船に、子供達は興奮を隠しきれず、ちょこまかとあちこちを覗いて回る。流石にマストへ昇ろうとするのは船乗りが止めるが。
ジョンの骨は、白い麻布に巻かれていた。
甲板にはその為の台座が用意され、その上に小さくなって。
冒険者達はそれぞれの想いを胸に、それを黙って見つめている。子供達は、ジョンに気付く事も無く、出航の合図に一斉に動き出した何十人という大人達を、ただただ興奮して見入った。
船が港を出、帆が風をはらむ頃、団長のジムが尋ねた。
「なぁ。で、ジョンはどこにいるんだい?」
「カツドンカツドン‥‥それはです‥‥」
「タイラス様、それは私がお話しますから」
しょんぼりする大きな背をさすり、ディアーナ嬢が一歩前に進み出る。その後ろには、俯く侍女のメグも。二人とも、動きやすい男物の白いシャツとズボン姿に、膝下まである黒革のブーツを履いていた。
「嘘だ!! 嘘だ嘘だ嘘だ嘘だぁーっ!!」
「嘘ではありません。ジム。それに他の子供達も。ジョンは最初からここに居たのですよ」
ディアーナが促すと、目を潤ませたメグがそっと麻布を解き、子供達にジョンの真っ白な骨を見せる。一年もの間、暗い洞穴で波間に洗われ、すっかり骨だけになっていたジョンの姿を。
「畜生!! よくもあいつをこんな姿に!!」
わっと飛び掛る子供達。周りの大人たちが慌てて引き離す。
「あっ!?」
短い悲鳴。見る間にディアーナの二の腕辺りが真っ赤に染まる。
甲板に押さえつけられたジムの手から、青銅の短い刃が転がった。何十年も使い込まれ、砥がれ、すっかり小さくなった刃が。
慌ててリカバーを唱える冒険者。傷口は魔法で塞がるが、ジムは本気の大人達に襲い掛かられ、割って入る冒険者達。
「お止めなさい!!」
鶴の一声。船乗りや兵士達はサッと後ろに下がった。
「畜生! 畜生っ! 何が領主の娘だ!」
パン!
乾いた音が響く。
立ち上がりかけたジムが頬を押えた。
「こんな事をして、ジョンが喜ぶと思いますか!?」
きっと睨み返すジムは、目の前で見下ろすディアーナに、その赤く染まったシャツに、頬にぬめる血の感触に、言葉を失う。
「こんな事をされては、お前を罰せねばなりません! そんなに死にたいのですか!? 精霊にかけて、誰も望んではいません!」
流れ出た血を滴らせ、その手を天に掲げる様に振り上げた。
「ジム、お前は選ばねばなりません。リーダーとして。ジョンと共に、全員でこのショアの湾に沈むか、それとも真面目に、誰の物も掠め取る事無く、その手で自分達の食べる物を得る為に働くかを」
ジムを追い詰める様に、ディアーナはにじり寄る。するとジムは、困惑して左右を見た。大人達に持ち上げられ、呆然とする仲間達を。その様を、目を細めてディアーナは眺めた。
「話に聞いていますよ。お前達がやっている事を」
「ど、どうすれば良いってんだよ‥‥」
「さて、どうしましょう?」
ふてくされるジムに、ディアーナは口の端をニヤリ、周囲を見渡した。すると、様々な提案が持ち上がる。
「船で鍛えてやろう! 立派な海の男にしてやるぜ!」
「お城の下働きで雇っちゃ如何ですか? 兵士にゃ無理だがそれくらいなら」
「船大工にゃ見習いは要らんかね?」
「鮫の餌や牢屋で無駄飯食わせるぐれぇなら、どっかの商家や工房で仕込んでもらっちゃぁどうでぇ?」
「さて、どうします?」
腕を組み、満足げに頷くディアーナ。観念したように、ジムはあぐらをかいてうな垂れて見せた。
暫くして、メグの服に着替えたディアーナが二人して船室から戻ると、ジョンの水葬がしめやかに執り行われた。
ディアーナの吹く笛の音が、はかなげにショアの海へ。その音色を潮風が運び去る。そして、ディアーナが静かに母の形見である縦縦笛から唇を離すと、ぶらっくあくあく団と冒険者達、そして大勢の乗組員と兵士達が見守る中、湾で最も深い海に骨と重石を包んだ白い固まりが、たぷんと小さな音をあげて沈んでゆく。
「ジョン‥‥ジョーーーーーーーーン!!!」
感極まった子供達の叫びは、沈み行く水底へ、ワンワンと響いていた。
●ディアーナのお願い
冒険者達がショアを発つのは、随分と遅れてしまった。
桟橋でゴーレムチャリオットに皆が乗り込むと、見送るディアーナは一人一人に礼を述べ、最後に少し恥ずかしそうに微笑んだ。
「皆様に精霊の加護があります様に、ディアーナは願っております。もし機会がありましたら、ウィルにある別宅を訪ねて下さいませ。この笛も見つかった事ですし、私のお披露目も兼ねて音楽会を開こうと思いますの。ギルドの方にもお手伝いの方を募集致します。手伝って戴ければ嬉しいですし、招待状をギルド宛に送らせて戴いても構いませんわよね?」
●リプレイ本文
●花の香り
ふんふふん ふんふふん
鼻歌に薄紫の蜆蝶が舞う緑の芝生をサクサク踏み、庭師の老人と侍女のメグを従え、ショア伯の娘ディアーナが白磁のスコップを手に歩む。春めいた日差しの暖かな庭先。
王都ウィル、貴族街のショア伯別邸。手入れが行き届いた裏庭には、天蓋付きの白い大理石で出来た小さな舞台があり、更にそれを覆う様、人の歴史の数倍を経た木々が精一杯枝葉を伸ばす天然の天蓋がそのままにある。
ディアーナもメグも、網状の袋に結った髪を込め、木綿のぶかぶかした袖長で襟も高い上掛に、ふわりと膨らみ足首で窄まるズボンと、ほぼ全身を白で統一し、唯一茶色い革のサンダル履き。
「まぁ、とても動き易そうですね、ディアーナ様!」
「あら、もう始めてらしたんですか、マリーナ様!」
既に花壇の前にしゃがみ込んでいたマリーナ・アルミランテ(ea8928)。立ち上がって声を掛けると、ディアーナもくったくの無い笑顔で手を振った。慌ててマリーナの傍らにしゃがんでいたルーシェ・アトレリア(ea0749)も立ち、その向こうナサニエル・エヴァンス(eb3860)も作業の手を休めて頭を下げた。
「よっこいしょ」
メグが手に持った籐の籠を下ろすと、中は大きな白い貝殻で一杯。カチャカチャとお話をしている。
すると、わ〜っと叫び声。ぶらっくあくあく団の少年達とタイラス・ビントゥ(eb4135)がガラガラと数台の手押し車を押しながら、建物の脇から転がる様に現れた。
まるで今度開催されるゴーレムチャリオットレース。
「任務完了なのです!」
「任務完了あのです!」
「にぃむかんろうあぁのれすっ!」
次々と急停止。ころがりそうになる一台を、タイラスのおっきい腕がひょいと支えてあげる。ケラケラ笑うタイラス達。
「やあ、元気いっぱいなのです」
「まぁ、タイラス様。ありがとうございます」
青い瞳が涼やかに輝く。
そして小さな手が、ぽんとタイラスの腰を叩く。
「サンキューな、タイラス」
「これ! ジム! タイラス様ですよ!」
メグが目を吊り上げると、ジムはタイラスの影にさっと隠れ、タイラスは手を合わせ恭しくお経を唱えた。ジムの真似をしようとした、他の子達は慌てて逃げた。
「カツドンカツドン。構わないのです。僕だって、ジムたちと同じ位の歳‥‥だと思う‥‥たぶん‥‥」
「では、宜しければお友達になってあげて下さいまし、タイラス様」
「お嬢様ぁ」
「ま、ちいっと説教くさい所が、おっさんくさいけどな。あたたたた‥‥」
ひょいと顔を出し、二カッと笑うジム。その耳をメグが引っ張った。
手押し車の中には、赤、黄、オレンジ、紫と見事なまでに花開いた色鮮やかなパンジーやプリムラ、ゲンゲ、ゼラニウム、数種のラン等々の鉢がどっさり、水滴がキラキラと輝き、華やいだ甘い香で楽しませてくれる。
青々とした葉に触れると、肉厚で瑞々しく、ひやりと冷たい。マリーナはその感触を楽しみながら、ディアーナへ問い掛ける。
「ディアーナ様のお好きなお花は何ですの?」
「あら、マリーナ様はこの中ではどのお花が一番お好きですの? 天界にも同じお花がおあり?」
鉢を一つ一つ陽光に掲げて見ると、葉や花びらの葉脈が浮き出て、えもいわれぬ美しさ。
「ええ、どの花も私の故郷とあまり変わらない様に想えますわ」
「そう。私はこちら」
「うちはこちらに」
二人して思い思いの花を手に、顔の横に掲げてにっこり。
「ルーシェ様はお好きなお花はおありです?」
「私ですか?」
ディアーナからの問いかけに、マリーナの後ろに立つルーシェはそこから覗き込む。すると、横合いからぬっと手が差し出され、ランの鉢を手にした。日焼けした大柄な女性。ウェーブのかかった肩まである金髪を無造作に束ね、艶のある革鎧からはつんと獣脂の匂い。
「あたしは矢張りランが好きだね」
「まぁ、フリッカ様。今、お戻りですの?」
目を瞑り、すぅっと花の香を肺一杯に吸い込んでみせる。それから茶目っ気たっぷりに片目を開けた。青い瞳が楽しそうにキラキラと輝いている。
「ああ、うちの大将とね。こんにちは、あたしはフリッカ・コッド。スカロップ号の艦長を任せて貰ってる。ランの黒海豚海戦騎士団の騎士だ」
「私はルーシェ・アトレリアと申します。歌を歌っております」
「ほほう。どうりで綺麗な声だ。庭いじりしているんだろう? あたしも手伝うよ」
「宜しいのですか?」
「ああ、何か手伝える事があったらって、うちの団長殿からさ」
あっはっはっはと高笑いするフリッカは鉢を戻し、ぶらっくあくあく団の子供達に後ろからさっと駆け寄り、両手いっぱいに広げて滑り込み、膝を着いて思いっきりはぐをする。
「よおっ、悪がき共! 元気か!? くぬくぬぅっ、土作りをするぞ〜!」
「ぎゃ〜っ、お酒臭い〜!」
「臭い! 臭い!」
「ば〜か、今日はまだ飲んでないよ! そらっ、デカブツも手伝え!」
「ぼ、僕ですか?」
「お前が一番でかいだろぅ? よぉっ、そこの色男も箒なんか持ってないで、そこのハンマー持ってこっちおいで!」
ひゅ〜と口笛を吹き、ナサニエルは箒を傍らの椎の木に立てかけた。
「色男とは私の事かな?」
「そらそら、男どもはそこの石を砕いてな、ちびどもはみんなで篩(ふるい)を持て」
見ると、子供の頭くらいはあるくすんだ薄茶色い石がハンマーや篩の横に転がっている。タイラスは手に取って匂いをかぐと、磯っぽい変な臭い。
「この石、何ですか?」
「グアノだ。海鳥の糞さ」
「糞!?」
「ばっち〜い!」
「ばっちくないさ〜、まぁ飲んだりしたら後は知らねぇ〜けど。石になってるから、それを砕いて土に混ぜると花実が良いんだよ。何倍も綺麗になるのよ〜」
「やるしか無い様だな。タイラス」
「お困りなら、僕一人でも良いですよ」
「馬鹿野郎〜、色男はこういう時に手は抜けないんだよ」
「カツドンカツドン、では参りますです」
二人して、ハンマーを手によろけながら、石を大きな庭石の上に載せ叩き始めた。あっと言う間に埃が舞い、口の中がじゃりじゃり。子供達は三組になって、花壇から引っこ抜く係りと、土を篩に掛ける係り、砕いたグアノを集めて篩に掛ける係りと、はしゃぎながら老人を手伝っている。
たちまち、自分の船よろしく男手と子供達を指揮してしまうフリッカ・コッド卿に、呆れと驚き半分。
「では、ディアーナ様。私達は、あの花壇の淵を直しましょう」
「特にアイデアはありませんものね。ではメグ、お前の選んで来た貝殻の出番よ」
「はい、お嬢様! 選りすぐりの綺麗な貝殻をショアよりお持ちしました!」
張り切ってメグが幾つもの大きく形の良い2枚貝の貝殻を取り出して見せた。その一つをルーシェは手に取って眺め。
「ディアーナ様、これで花壇をお作りになるのですね?」
「昔、母と一緒によく‥‥もう、当時の名残はあそこしか残っていませんが‥‥」
そう言って寂しそうにディアーナが指差す庭の端には、遠目で白い縁取りの花壇があった。
その様を、少し離れた位置からリール・アルシャス(eb4402)が何枚もの羊皮紙と木炭を手にじっと眺め、時折、羊皮紙にちょっと描き足してはパンで手直しをする。
ふと口元に笑みを浮かべ、洩らす。
「プリムラに‥‥と‥‥」
パサリ、芝生の上へ羊皮紙を置き、また一枚スケッチに取り掛かる。この日の状景をくり貫く様に。
●招待状作り
「招待状に絵を?」
「はい、出来ればディアーナ様のお好きな花を‥‥」
穏やかに尋ね返すディアーナへ、リールは鉢植えの花を手に差し出した。その様を、ペンを手にグレナム・ファルゲン(eb4322)は黙って見上げる。
「グレナム様は構いませんか?」
「ディアーナ様さえ宜しければ」
静かに答え、再びペンを走らせる。ディアーナはその言葉に頷き、リールへも頷いた。
「お二人にお任せしますわ。グレナム様の達筆な文に、お花の絵を添えて贈るなんて素敵ですわ」
「それでしたら‥‥」
「おいら達の出番だな!」
リールの言葉が終わるより早く、扉を開けてばば〜んと、ジム達が現れた。後から、息を切らせたメグがよたよたと‥‥。
「それ!」
「お、お待ちなさい‥‥」
「い、いかんのである!」
慌てて書き上げたばかりの羊皮紙に手を伸ばし護りに入るグレナム。だが、ぶらっくあくあく団の嵐は、それを通過し、先日仕上げたばかりの花壇の方へ。
「いけない! 違う! そっちは違うのだ! 失礼する!」
「ま、お待ちなさ‥‥」
慌てて彼等を追って駆け出すリール。それに続くよろよろのメグ。そんな様を暖かく見送るディアーナ。
「花壇は死守して下さいませ! うふふ‥‥それでは、私は音合わせをしませんと。こちらは宜しくお願いしますね、グレナム様」
「心得たのである。あくあく団の子供達にも色々役に立って貰うのである」
胸に手を置き、恭しく頷くグレナム。それに安心したか、ディアーナは部屋を出て行った。
暫くすると、上の階から楽の音が聞えてくる。グレナムは、僅かの間、それに耳を傾けながら筆を滑らせた。するとナサニエルがセシリア・カータ(ea1643)と共に顔を出す。
「よう、手伝いに来たぞ」
「私に出来る事がありますか?」
雑然とする空気に、グレナムは幾つかの頼み事をした。
●練習からティータイムまで
不思議な風貌の男は、ケンイチ・ヤマモト(ea0760)と名乗った。二つの民族の血が交わり、独特の雰囲気を生み出しているのだ。
「私はどのパートを担当しましょうか?」
名器リュート「バリウス」を手に、穏やかに微笑むケンイチ。ディアーナは、母の形見の白い笛を手に、頷いた。
「それでは、お互いに一曲披露して見ませんか?」
「いいですよ。では、私から‥‥」
ケンイチは、か細い指でバリウスを掻き鳴らす。故郷のイギリスの曲だ。先ずはと、楽しげな音を奏で始めた。
2階の一室。窓を開け放し、風通しを良くしていた。ここにはケンイチの他、ルーシェやヴルーロウ・ライヴェン(eb0117)と言った当日の出演者達が顔を合わせている。
ケンイチの曲が終わると、わっと拍手が沸き起こった。三人だけだったのが、いつの間にか家人やら、別室でお話をしていたマリーナ、ラース伯のグロック、フリッカ、ヴァルダック、それに警護の下見をしていたスニア・ロランド(ea5929)、ロバート・ブラッドフォード(eb4464)、賽九龍(eb4639)らも壁際に置かれていた椅子に座り込んでいた。
「先ずは小手調べ、ですか? ケンイチ様」
「いえいえ。とんでもありません。先ずはご挨拶がてらです」
にっこりと微笑むケンイチ。いきなり難易度の高い曲を弾いては、相手に無駄なプレッシャーをかけてしまう、との想い。それが判っているのか、ディアーナも微笑を返す。
「では、私も失礼して、私のお国柄を披露致しますわ」
ディアーナはすうっと息を吸い、徐にその縦笛に息を吹き込む。始めは低く、徐々に高く、うねる波の如く、そこにある物語への情感を込め。それは海の物語。波間に漂うはかなき乙女。胸に染み入るその調べに、これは加減は必要ないのではと思える程。
「成る程、ディアーナ様のイメージが伝わって来ます‥‥」
ケンイチの中で、ある意味ディアーナの奏者としての像が産まれつつあった。だが、それは完全なものではない。それを確固たるものにしなければならない、そんな使命感にも似た感慨を深く覚えた。
曲合せに数曲奏でた頃には、メグが花柄が鮮やかな茶器を手押しのトレイに載せて現れ、ティータイムに移る。
「成る程、幼少の頃からお母上と笛を」
(「本職とエルフにゃかなわねーよ、ちきしょ〜!」)
「はい、気が付いた頃には、もうお母様の笛は半分、私のものみたいな感覚でおりましたわ」
青一色の鮮やかな衣装。ヴルーロウは竪琴を爪弾きながら、これまで見聞きしたディアーナ嬢のプロフィールに、すぐ様上書きを行ってゆく。何しろこれまで見た中でも、とびっきりの美女の一人に違いない。語り甲斐があると言うものだ。ふつふつと湧き上がる意欲に、今すぐ披露して反応を見たい気分に駆られるが、今はまだその時では無い。
興奮冷め遣らぬ華やいだ雰囲気に、他の者達も会話が弾ませていた。
「嬉しいですわ。うちとの約束を覚えていらして」
「忘れようがあるまい、赤き瞳のマリーナよ」
ティーカップを手に、壁際の椅子で談笑を続けるマリーナとラース伯。マリーナは、衣装合わせもかねてイブニングドレスにお色直し。
「この邸宅のお庭作りにも、参加なされたとか。成る程、品の良いお庭だ。マリーナ嬢のお人柄が良く出ていらっしゃる」
「まぁ、お上手な事。伯爵様、うちはただ草や木が美しくある事が好きなだけですわ。このお庭の土や風、水と木々が素直で健やかでいるから、そうお感じになられるだけですわ」
少し頬と耳先を赤くして、微笑むマリーナ。
「いやいや、それをお感じになり、目に映る程に引き出されたのは、マリーナが美しい感性をお持ち故」
「まぁ」
すると、ラース伯と向かい合う形のマリーナの背後から、少しふざけた口調で言葉尻を捕らえた者がいた。
「まぁ、でしたらあたくしの感性も美しいって事ね。おほほほほ‥‥」
「こらこら、妬くな妬くな」
ラース伯が苦笑しながら、たしなめる。そっと振り向くマリーナの眼前には、男物の服を着たフリッカがニヤニヤからかう様に笑い。そして、バルダック男爵がその肩に腕を回し、諭す様に話し掛ける。
「そうだぞフリッカ。剣の腕なら間違いなくお前の勝ちだ。多分、飲み比べでも。俺が保障する。きっと大食いでもだ」
「ちっとはマシな勝負、無いのかよ‥‥」
うろんな目で、フリッカはバルダックの肩に回した腕を抓りあげる。
「いててて‥‥仕方なかろう。元から争う領域が違う」
「まぁ、ご馳走様ですわ。お二人とも、と〜っても仲が宜しいのね」
にっこりとお返しをするマリーナ。うっと顔を赤くするフリッカは満更でも無い様子。だが、バルダックはどこ吹く風。
「あははは! こいつとは飲み友達、ケンカ友達ですよ! なぁ?」
「がさつで悪かったな! そんな風に言ってると、海に落ちても助けてやらんぞ!」
「なぁ〜に、その時には海の精霊が助けてくれるさ」
「ああ、きっとサーペントが口を開いて待ってるさ」
「残〜念。その背中には美しい海の乙女が俺を待ってるのさ」
「はん! じゃあ、そのまま海の底へ行って還って来なくて結構! 艦隊の指揮権は、あたしが引き継いでやるよ!」
「お前等、いいかげんに外でやれ。ガキどもの前で悪い大人の手本でも見せてこいや」
笑いながらラース伯は二人を部屋から退出させた。
●準備OK
丸めた羊皮紙にリボンを巻き、赤い蜜蝋でショア伯の家紋により封をして貰う。リールは、絵に目を留められ、ちょっとどきりとした。デカール・ショア・メンヤード伯爵は、内容を一瞥した後に、黙々と銀の指輪で刻印を捺してゆく。グレナム、リール、ナサニエル、セシリアの四名は、ショア伯の執務室で、それをいそいそと鞄の中へと詰め込んだ。
表玄関のホールへは、ショア家の遣いとして正装したリールとセシリアが少し緊張した面持ちで現れると、何故かグレナムとナサニエルの他に子供達も待ち構えていた。
「おいら達も、手伝うよ」
「なぁ、いいだろう〜?」
「駄目なのである! 諸君には、私が作成した単語帳でお勉強なのである! ナサニエル殿、ご助力願う」
「判りました。さっ! この絵が何だか判るかな〜?」
徐に取り出した羊皮紙には、大きな魚の絵が描いてある。
「ちっ、しょうがないな〜。おいら達が、何年ショアの港に住んで居たと思ってるんだい?」
「お魚だ!」
「黒鯛!」
そこでナサニエルが尋ねた。
「では、どう書くかスペルが判るかな?」
「である」
グレナムとナサニエルはアイコンタクト。答えをグレナムが教え、ナサニエルが次の問題を出す。グレナムの大きくて綺麗な文字と、リールの鮮やかな色彩の絵が、そしてテンポの良い進行が、子供達の興味を釘付けにするのだ。
「じゃあ、次は何ていう動物さんか判るかな? 判る人〜!」
「えっと〜‥‥」
「であるである」
車座になる様に、グレアムが身振り手振りで座らせる。さながら、玄関ホールはどこかの学校の教室の様。
「わ〜い。僕も混ぜて欲しいのです」
いつしかタイラスも混じり、一緒になってセトタ語を学ぶ。
「カツドンカツドン、何ですかこれ?」
「わっかんないのかよ〜!?」
「これこれ、言葉使いは丁寧に、である」
この様に微笑を浮かべ、リールとセシリアはそっと表玄関から外へと出た。そこには、伯爵家の馬であろう二頭の駿馬が待っていた。栗毛と、黒毛、どちらもたくましく、家紋入りの鞍が取り付けてある。
家人が恭しく手綱を差し出した。
「おお、よしよし。いい子だ。今日は宜しく頼むぞ。では、参りますかセシリア殿?」
「ええ、リール様」
二人はにっこり、鐙に脚をかけひょいと飛び乗って、蹄の音も軽やかに馬首を巡らせる。
「今日中は無理かしら?」
「この近辺だけだから、案外早く終わるかもな」
「では、招待状配布してきます」
ゆっくりの並足、徐々に速度を速めた。二人のマントが風をはらむ。ショア家の家紋が、三角帆が大きく波打つ。
「二手に別れ!」
「頑張ろう!」
そう言葉を交わした二人は、門を出ると左右に別れ、ウィルの貴族街を颯爽と駆け抜けるのであった。
●音楽会
あれから数日の後。とうとう音楽会当日を迎えた。庭先にはクロスの敷かれた丸い白木のテーブルが幾つも並び、銀の燭台が一つずつ置かれている。
今日は誰しもが失礼の無い様に正装し、ほのかな緊張感が漂う。夕暮れには、ランプや燭台に火が灯され、ほんのりとした暖かな光が揺れる中、ようやく一台の馬車が訪れた。
「はい、こっちだ」
門前で誘導する賽は、ランプを片手に、大きく手を振る。馬車はスニアとロバートが警護する玄関前に止まると、ほっそりとしたエルフの貴人が降り立った。珍しい銀の瞳がキラリと輝く。
「いらっしゃいませ」
「いらっしゃいませ」
手渡された招待状に目を通し、その名を読み上げるよりも早く、玄関より姿を現したショア伯とディアーナ嬢が恭しく歩み出た。
「これはこれは、ベルゲリオン・ア・ハトゥーム子爵殿。ようこそおいでになられた」
「ご招待にあずかり、光栄に存じます。デカール・ショア・メンヤード伯爵様。そちらの美しいお嬢様がディアーナ様ですか?」
「お初にお目にかかりますわ子爵様。ディアーナと申します」
「今宵の調べ、楽しみにしております」
恭しく礼を交わす。すると、その後ろからぞろぞろと10人程の子供のエルフが降り立ち。
「まぁ、何て可愛らしいのでしょう」
「ありがとうございます。ご紹介致します。先ずは長男の‥‥」
「す、凄い‥‥」
「お見事です‥‥」
スニアとロバートは口の中で感嘆の念を洩らして、この子爵家を見送った。
次にはやたら大きな8頭だての馬車が。そこから降り立ったのは身の丈2m以上は軽く越える大柄な、でっぷりとした巨人の男。首からは巨大な銀色のスプーンをぶら下げ、茶色いチョッキでものすごい胸毛を露にし。
ずしん。ずしん。
「ウィエ分国、ボボガ・ウィウィ男爵様のお着き〜!!」
ロバートの声が裏返る。
続いては、ピンクの髪をした愛らしいシフールが、アゲハチョウの様な綺麗な羽をパタパタさせ、小さく開いた馬車の窓から飛び出した。
「ほらほら、イッチ〜! 先、行っちゃうよ〜!」
「お、お待ち下さい! ああっ、何でこんなトコに結び目が!? プ、ププリン様!? ププリン様ぁ〜っ!」
「ト、トルク分国、ププリン・コーダ男爵様のお着き〜!!」
「では、あちらで‥‥」
ガタガタと何やらお付きの騎士がなかなか出られない様子。スニアはさっさと馬車を先に進ませた。御者も心得ているらしく、ニヤリと笑う。
「どうも、いつもの事らしいですね。しかし、シフールとは、初めて見ました。まるでアキバ系ヘンタイショップで売ってる、いかがわしいフィギュアの様な‥‥」
「? それは幸せな事だな、ロバート」
困惑を隠せないロバートに、スニアは一瞬、遠い目。
この次の来賓に、スニアとロバートは、ほっとため息をつく。淡く落ち着いた雰囲気の緑のイブニングドレス姿。銀の髪をアップにまとめ、華美な飾り立てはせずに清潔感を醸し出す。その女性が、侍女と共に三名の小さな子供達を馬車から降ろす様は、何とも微笑ましい。
「ササン分国はレイ・ケン男爵様とそのご家族のお着き〜!」
スニアは、子供が驚かない様に、少し声を抑えた。
「マ、ママ‥‥」
「さ、行きましょう。皆さん、ご苦労様です」
「い、いえ‥‥」
レイは暖かな微笑みで会釈し、子供達を引きつれて伯爵へと挨拶へ向かう。その様をロバートはぼ〜っと眺める。ズキリと胸が痛む。今ごろ地球の家族はどうしているのだろうか? と‥‥涙を堪えた。
それから次々と馬車が玄関前に着き、そこから様々な背格好をした貴族達が降り立つ。
「セレ分国はアレックス・ウッズ男爵様のお着き〜!!」
「ウィエ分国はアクツーク・スピンドル男爵様のお着き〜!!」
「トルク分国はボルゲル・ババル男爵様のお着き〜!!」
「イムン分国はメーア・メーア男爵様のお着き〜!!」
「ササン分国はチップス・アイアンハンド男爵様のお着き〜!!」
「イムン分国は天界人、黒子衆のさ、沙羅影(さらかげ)様のお着き〜!!?」
エルフやパラ、人間以外の貴族達にようやくロバートがなれた頃、最後に現れた人物に、ぎょっとせずには居られなかった。
全身黒尽くめ、まるで忍者アニメか歌舞伎のそでから現れた様な怪人は、真面目な素振りで招待状をロバートに差し出した。
「いやぁ〜、ご苦労様でござる」
「あの〜、失礼ですがお顔を拝見したいのですが」
「拙者、伝統ある黒子衆で御座る故、顔をお見せする訳には参らぬので御座る。ご免!」
すっと音も無く歩き出す。その出で立ち、気配からして只者では無い。
立て続けにゴーレムチャリオットレースの関係者が降り立つと、それからはさほど驚く事も無く、来賓の足も一段落だ。
「おや、もうこれで打ち止めかな?」
屋敷の周囲では、賽が馬車をなるたけ間隔を置いて並ぶ様に案内していたが、仕事が少なくなって来た。
「さてさて、では俺様のクールな演舞をお見せするか!?」
ニヤリ、ほわちゃ〜!とやると、居並ぶ御者達が何だ何だと集まって来て。
「よお、その動きは何だい? 踊りかなんかか?」
「天に竹林、地に少林! 少林寺拳法だ! ほわっちゃぁ〜っ!!」
妙に注目されて、次々と歩法から型を披露すると、最初は面白がって見ていた男達が、ほんとに強いのかと挑戦して来た。
「はい! はい! ははい! はいっ!」
どんがらがっしゃ〜ん! 素人相手だ。受け、崩し、突きと日頃のクンフーが見事に決まる。
「よ〜っし、次は俺だ!」
「はい〜〜っ!!」
いつの間にか、屋敷の横で勝ち抜きのトーナメントが開催された。
時至れりと、礼装に身を包んだショア伯が舞台の上に立つ。既に夕闇が過ぎ、星明りが天を包んでいた。上等なワインと海の幸。子供向けには甘い焼き菓子にフルーツジュース。簡単な食事と会話を楽しんでいた貴族とその子女達が、すっと注目する。
ショア伯は、よく通る太い声で挨拶する。
「今宵は、私の娘であるディアーナの為に大勢にお集まり戴き、父親として心の底から嬉しく想っております」
すると、パチパチと拍手が沸き起る。それが鳴り止むのを待ち、ショア伯は誇らしげに言葉を繋げて行く。
「お陰で娘は大した病気も無く、健やかに、そして美しく成長する事が出来ました。その感謝と喜びを精霊へ捧げるべく、ささやかながら今宵の宴を催させて戴きます。どうか皆様からも、私の娘を祝福して戴きたい」
華やいだ拍手の中、ショア伯が恭しく舞台を降りると、袖に立つディアーナが恭しく歩み出る。薄いピンクのシルクに、花柄の刺繍が見事なまでに散りばめられた、ラン製のイブニングドレス。ほっそりとした腰まであろう銀の髪は、艶やかな赤い組紐で、後ろへ一本にまとめている。
ため息の漏れる中、たおやかな物腰で大人びた雰囲気を演出し、ディアーナは朗らかに微笑み。スカートの裾を摘み、レディらしく一礼。
「只今、父より紹介に預かりましたディアーナで御座います。この度は当屋敷へと脚をお運び戴き、胸が潰れそうに嬉しく想っております」
舞台の袖には、涙でくしゃくしゃになったメグが、リールやもうすぐ出番というルーシェに支えられ、この光景を見つめていた。
「ほら、もう変な顔よ」
「そうだぞ。それでは見えないのではないか?」
「ふえええ、お嬢様ぁ〜」
「もう、仕方ないわね」
ルーシェは水色のワンピースタイプのあっさりとしたドレス姿。懐から同色のハンカチを取り出し、涙を拭いてあげていると、舞台から呼ばれて慌てて身を翻す。
「じゃ、行って来ます」
「行ってらっしゃい」
「い、行ってらっしゃいませぇ〜‥‥」
薄暗がりから、数十本の燭台に照らし出されたステージに静かに踊り出たルーシェは、恭しく一礼。
湧き上がる拍手に、肌がぴりぴりと痺れる。高まる気持ちを抑え微笑を浮かべ、大きく開いた口より、お腹の中から突き抜ける様に頭の天辺へ向かって静かに、ゆっくりと、自信をもって高らかに、最初の音を発した。
各テーブルに着く、貴族達の目線を痛い程に感じ、ルーシェはあくまで淑やかに、それでいて大胆に淑女の歓びを歌いあげる。
マリーナは、ラース伯やそのお供の二人と同じテーブルに着き、ほろ酔い気分に談笑を交えつつ、この美しい声に耳を傾けている。
タイラスは子供達と一緒に、庭の片隅に集まり、グレナムやナサニエルも周囲に警戒しつつ遠目にこのイベントを眺めた。セシリアは舞台の反対側の袖にあり、この音楽を楽しむ。
次には、全身真っ青な衣装に身を包んだ、ヴルーロウの出番だ。
湧き上がる拍手を背に、舞台から降り立つルーシェと入れ替わりに、マントを翻し舞台へ立った。ぽろろ〜ん‥‥竪琴を奏で。
「ふっ、この俺に歌ってもらえるとは、ディアーナ嬢は幸せだ〜♪」
ぽろぽろぽろろ〜ん
「旋律のブルー、この俺が、ディアーナ嬢が如何にして産まれ〜♪」
ぽろろろ〜ん
「美しくも淑やかに、ショアの海の如く煌びやかな青い瞳と〜♪」
ぽろろ〜ん
「ショアの砂浜に打ち寄せられ〜、洗われた貝の如き白い肌と〜♪」
ぽろぽろろ〜ん
「聖なる山の頂きに積もる、白銀の煌めきをその髪に宿し〜♪」
ぽろぽろぽろぽろぽろぽろぽろろ〜ん‥‥
「アルテイラの再来とも思しき美貌を湛えるか、お話致そう〜♪」
ぽろろ〜ん
かくしてヴルーロウの名調子が始まった。
割れんばかりの拍手と、ヴルーロウの詩吟による紹介を受け、ディアーナと一歩下がったケンイチが舞台へ進み出た。鳴り止まない拍手に、ケンイチとディアーナはいたずらを企む様に目線を交わす。それだけで何をすれば良いか二人には判ってしまった。
二つの調べが、溶け合う様に、片や流れる清水の如くリュートを爪弾き、片や白き貝の笛に荒ぶる風の如き息吹を吹き込んだ。
何者をも圧倒する楽の音。何者をも魅了する楽の音。それが拮抗する事無く、共に手をとり、軽やかな音のロンドを虚空へ描き出す。
飛び散る汗も、胸の脈動も、所作の一つ一つがリズムとなり、眩しい程の目眩を産み、夢の夜は終わりを告げた‥‥
●それぞれの別離
それは再び会うまでの約束。翌朝、全てが終わった館は静けさを取り戻していた。二台のゴーレムチャリオットが、いつぞやの光景の再来かと、かつてそこに居た者達の心に微かな旋律となって響く。
「あ、なんか俺にも動かせそうだな‥‥」
何も知らない賽は、かつてのグレナムがそうであった様に。
ラース伯とその一行は、ショア伯と共に一旦港へ戻り船出する。見送るマリーナとリールは、ここで一言二言、言葉が交わされた。
「いつでも我が城を訪ねるがいい、赤き瞳のマリーナよ」
「はい、いつかきっと」
マリーナは曇りの無い笑顔で答え、リールも頷き次々と握手を交わす。
「自分も一度この眼でランの国をみてみたいものです」
「おう、待ってるぜ」
「このリール・アルシャス、ディアーナ様のお呼びがあれば、どこにいても必ず」
「リール、きっとまた会いましょう。マリーナもね!」
ディアーナも涙を浮かべ、互いに手を取り合った。スニアも子供達へ最後の言葉を残す。
「日々の仕事を確実にこなし、身心を鍛えるのを怠らず、好機があれば必ず掴みなさい」
「何だか良く判らないけど、そういう事なんだね。俺達、頑張ってみるよ、スニア姉ちゃん」
そして、それぞれがそれぞれの道を歩み出す。再び交わるまで‥‥。