ショア城の宴 後編〜悲しき笛の音

■シリーズシナリオ


担当:マレーア3

対応レベル:8〜14lv

難易度:普通

成功報酬:4 G 15 C

参加人数:12人

サポート参加人数:1人

冒険期間:02月25日〜03月02日

リプレイ公開日:2006年03月01日

●オープニング

 ショア城。4日目の朝
 小高い丘地にあるショア城と城壁の間には、武器庫、家畜小屋、燻製小屋、貯蔵庫、城付きの騎士や兵士達が寝泊りする建物等が幾つも点在する。この中でも城付きの騎士や兵士達が寝泊りする二階建ての建物群。その食堂に、騎士や兵士に混じり冒険者達は集っていた。
 今日の昼前には、このショア城を発たねばならない。今回のギルドとの契約では、移動時間を含めて五日間。一旦報告に戻り、契約の延長手続きか、それをせずにそこで終了となる。それは個々の判断。
 窓からは湾の潮風がそよそよと。陽光明るく、出立にはもってこいの日より。
 今朝は港の様子も落ち着いた様で、連日の太鼓や鐘の音も静まり返り、何やら嵐の前の静けさと言った雰囲気でもある。

「この度は、本当にありがとうございました」
 皆が食事を済ませる頃、ディアーナ嬢が侍女のメグを伴い、ここに姿をみせていた。
 左の腕に巻いた包帯も痛々しく、昨日とは違うベージュのドレスに、白銀の髪を左右に編み上げ、それをサンの国の物らしき朱色の塗箸でカンザシの様に留めている。
「皆様の働きには、本当に感謝の言葉もありませんわ」
 謝辞の言葉を終え、一人一人の表情を覚えていくかの様に微笑むディアーナ。その後ろに控えるメグは少し緊張している様子。
「もし、貴方がたにこの件をお願いしていなければ、あの笛の云われの事も、お父様とお母様の事も、そしてジョンと言いましたね? その可哀想な少年の事も、何一つ知らずに過ごしていた事でしょう」
 その少年の名を口にした時、ディアーナは少し表情を曇らせた。
「もしかしたら、母はその事を私に伝えたかったのかも知れません」
「そうかも、知れませんね。ジーザスよ、少年の御霊に救いを‥‥」
「カツドンカツドン、全てはカツドン菩薩様のお慈悲です‥‥」
 冒険者達はそれぞれの信仰に祈りを捧げた。
 ディアーナは精霊と母に祈り、メグはそれを悲しそうな顔で見つめていた。
 それが終わると、ディアーナは真剣な表情で話を切り出した。
「私と致しましては、皆様に引続き城の地下の探索をお願いしたいのですが、宜しいでしょうか?」
「城の地下とは?」
 ディアーナの言葉を契約の更新と受け取り、一同訪ね返した。
「はい、タイラス様が踏み割ったあの石は、地下の古い通気口の蓋らしいのです。元々城の地下には、雨水を貯める貯水池や、捕らえた罪人を閉じ込めた牢屋等があるらしいのですが、この数百年、牢屋から下は使われていないらしいのです」
「何故だい?」
 いたずらめいた光を帯びる黒い瞳がじっと尋ねる。
「何故、俺達を雇ってまで調べようとするんだい? 城の兵士で充分じゃねーの?」
「それは駄目です! あ、いえ。私達は地下が恐ろしいのです。そこがカオスの穴に通じているのではないかと、もしかしたらカオスが‥‥」
「カオスねぇ〜‥‥」
 ジ・アースや地球から来訪した天界人達にとっては馴染みの無い言葉だが、アトランティス人にとってはカオスとは恐怖の対象なのである。
「この城を建てる時には、きちんと山小人が礎を築いている筈ですから、問題は無いとも思うのですが、やはり専門家である冒険者の皆様に調べて戴いた方が良いと、私は思うのです‥‥」
 唇をきゅっとすぼめ、ディアーナは目を伏せた。
「ふ〜ん、城の兵士や騎士の方々も、暗い地下には怖くて入れないか‥‥」
「オラース!」
 注意する仲間の冒険者に肩をすくめ、男は席を立った。もう時間なのだ。
「まぁ、向こうに着くまでに考えとくわ。それで良いだろ、お姫様?」
「はい、宜しくお願いします」
 ガタガタと他の冒険者達も立ち上がる。
 最後に、先程仲間を諌めた女の鎧騎士が、苦笑しながら仲間の非礼をわびた。
「あいつは口が悪いは、色々あるが、根は優しくて良い奴なのだ」
「はい、判っていますわ、リール様」
「様はよしてくれ。そうだ、ディアーナ様はランに留学されていたとか。今度、城をお訪ねする機会があったなら、ランの国の話‥‥お伺いしたいものだ」
「是非に。お待ちしておりますわ」
「メグも元気でな」
「は、はい!」
 三人はにっこりと微笑み、食堂から表へと出て行った。

 内壁の城門を抜けると二台のゴーレムチャリオットが待っていた。
 一人の鎧騎士がどっちに乗るかでもめていた。二交替になるか三交替になるかで、ウィルまでの疲れが大きく違って来るらしい。何しろ夜通し走るのだ。
「こほん! ショア城から出るのである」
 制御球に置く手がじっとりと汗ばむ。いきなり任せるとは人がいいのか悪いのか。ニヤリと笑む。
 外門をゆっくりと抜けた。
 鯨退治の準備にごった返すショア城下。
 その人ごみに紛れ、幾つもの小さな瞳が刺す様な視線を送って来る。
 軽く手を振ると、小さな影がパタパタと、最初は小さく、そして街の外門を抜ける頃にはないふり構わず駆けて来るぶらっくあくあく団のメンバー達。
 裸足の音は、外門を抜けるとピタリと止んだ。
 門を抜けるには、税が必要なのだ。冒険者の依頼料には、その移動の際に必要な税も含まれている。
 そこが一つの境界線。
 その一線が、ある者には余りにも深く、高く、大きかった‥‥

●今回の参加者

 ea1643 セシリア・カータ(30歳・♀・ナイト・人間・ノルマン王国)
 ea3486 オラース・カノーヴァ(31歳・♂・鎧騎士・人間・ノルマン王国)
 ea5929 スニア・ロランド(35歳・♀・ナイト・人間・イギリス王国)
 ea8928 マリーナ・アルミランテ(26歳・♀・クレリック・エルフ・イスパニア王国)
 eb3336 フェリシア・フェルモイ(27歳・♀・クレリック・エルフ・ノルマン王国)
 eb3860 ナサニエル・エヴァンス(37歳・♂・ウィザード・ハーフエルフ・イギリス王国)
 eb4086 吾妻 虎徹(36歳・♂・天界人・人間・天界(地球))
 eb4135 タイラス・ビントゥ(19歳・♂・僧侶・ジャイアント・インドゥーラ国)
 eb4227 リゼッタ・ロウ(30歳・♀・鎧騎士・人間・アトランティス)
 eb4322 グレナム・ファルゲン(36歳・♂・鎧騎士・人間・アトランティス)
 eb4402 リール・アルシャス(44歳・♀・鎧騎士・人間・アトランティス)
 eb4464 ロバート・ブラッドフォード(44歳・♂・天界人・人間・天界(地球))

●サポート参加者

山下 博士(eb4096

●リプレイ本文

●ショア城、再び 2日目
 今回の道程は人数も増え、三機のゴーレムチャリオットで、向かう事となった。チャリオットには、操手、予備の座席に交替員の操手、そして機体の後部に儲けられた座席に冒険者達が4名、計6名が乗った。

 ショアの港町へ。
 街の白い門に、色鮮やかな旗のなびく様が望める頃、この街が二度目となる冒険者達は、道を行き交う人々の和やかな表情に、何かが良い方へと大きく変った事を感じずにはいられなかった。
 以前の帰りと同様、交替で2台目の操縦席を任されていたグレナム・ファルゲン(eb4322)は、数頭の荷馬が塩漬けの魚を目一杯突っ込んだ樽を左右に下げ道を大きく塞ぐ様に、手綱を引く商人を厳しく叱り付けたくなるものの、時折のぞく白い歯に人心の安寧を感じ、ぶつけてくれるなと、微妙な操作でチャリオットを横へスライドさせてゆく。
 門に差し掛かると、先頭を行くチャリオットがギルドの書類を提示。兵士が急ぎ、門に詰め掛けていた馬車をどけさせ道を開きにかかる。
「むう。これはどうした事であるか?」
 折角早く着いたと思ったところに、思わぬ時間を喰ってしまい、気を揉むグレナム。
「風霊祭は終わってしまったみたいですね」
 リゼッタ・ロウ(eb4227)は幼げな面差しを少し曇らせ、港へと抜ける街並みを見渡した。吹き抜ける穏やかな潮風が頬をくすぐり、自然と頬が緩む。そこには既に春の気配。

「ど、どろぼ〜!!」
 街中を抜ける途中、一斉に小さな影が幾つも人ごみの下を駆け抜ける。荷馬のまたぐら、荷車の下、追いかける大人達をあざ笑うネズミの様にちょこまかと。
「あいつら、旨くやってやがる」
「おや? どろぼうにお知り合いで?」
 振り向いて苦笑するオラース・カノーヴァ(ea3486)は三台目の最後尾。隣りのロバート・ブラッドフォード(eb4464)もつられて振り向くと、その反対側、チャリオットの左側舷後方からいきなり子供が転がり込む。二人の足元に仰向けに転がる小汚い少年は、ボロ服を着、両手に3〜40cmはあるぐんなりとした生魚、ウマヅラハギとシマダイを左右一匹ずつ握りしめてニヤリ。
「オッス。兄ちゃん、ちょっとかくまってくれよ」
 すると、二人の後ろを金切り声を上げながら、何人もの町人達が駆け抜ける。目を細くしてそれを見送ると、少年は悪びれる風も無くあぐらをかいて二人を見上げた。
「まぁ、この子はどちら様?」
「おお!? ジム殿ではないか!?」
 前の座席からマリーナ・アルミランテ(ea8928)とリール・アルシャス(eb4402)が覗き込む。すると瞳をくりくりと輝かせ、ぱちりとぎこちないウィンク。
「や、姉ちゃんも元気そうだね。やぁ、こっちのお姉ちゃんも、とびっきりのシャンだねぇ〜♪」
「まぁ」
「お前なぁ、捕まえちまうぞ」
 呆れた調子の良さにオラースがとんとおでこを押すと、ジムはそれを嫌って笑いながら逃げた。
「丁度良かったよ。兄ちゃん達は城へ行くんだろ? 実はさぁ、城に仲間が捕まってるかも知れないからさ、ちょっとだけ牢屋を見て来てくれよ」
「おい、それって‥‥ぐ!?」
 口ごもるロバートの脇腹を、オラースが肘で突く。
「ジム殿、それはジョン殿の事か?」
 リールは強張る頬を、両の掌で隠す様にして尋ね、マリーナはそんなリールの膝にそっと手を置いた。
「ああ、姉ちゃんは判ってるだろ? まぁ、一年も捕まっていたら、こ〜んなにヒゲボウボウで見分けもつかなくなっちゃってるかも知れないけどさ!」
 二匹の魚をヒゲに見立ててぶらぶらと、思いっきり目を見開いた変な顔を、四人に見せて回るジム。大人達の表情に、怪訝そうに眉をひそめ、それから大切な事を思いついたらしく苦笑い。
「もちろん、ただって訳は無いぜ!」
 ジムは一瞬、真剣な表情で左右を見比べ、ちょっとだけ悩み、思い切った様子で右手のシマダイを差し出した。

 ひと通り、話を済ませたジムは、城の城門を前にチャリオットから飛び降りようと、オラースとロバートの間からウマヅラハギを片手に身を乗り出す。
「じゃあな、宜しく頼むぜ!」
「きっとジム殿の仲間を見つけだしてみせる」
 頭の中のキャンパスに、ジョンの姿を描き出してみるリール。
「おい、ジョンの両親はこの事を知ってるのか!?」
 オラースの一言に、ジムはきょとんとしてから、にっこり。
「おいら達『親』いないんだ‥‥」
 その言葉を残し、ジムの小さな身体は風の様に消えた。

●城内へ
 二度目は城の兵士も心得ている様子で、内門に降り立った一行を一礼し城内へと迎え入れた。

 雲の影が緑の傾斜を舐める様に走り抜ける。
 一行の下を荷物持ちの少年従者が12名続く。
「なるほど、これならすぐには攻め込めないわよね‥‥」
 内門を見下ろし、本丸を見上げた。マリーナは左右ジグザグに曲がった階段をゆっくりと昇りながら、そこそこの高台に本丸を置く山城の形質を持つショア城を冷徹な技師の目で眺めていた。
 昇れない程の急な斜面では無い。
 その分、本丸の周りに置かれている岩が、急時には盾にもなり、転がり落とせば武器にもなる。色々と想像出来る。
 それらを携帯電話で撮影しつつ、ふと思った。空には、ゴーレムグライダーやフロートシップに対してはどうなのだろうかと。

 侍従長のヨハンの案内で城内へ入ると、以前に伯爵と謁見した二階の広間に、白木のテーブルが用意されていた。その上には数枚の古びた羊皮紙があり、その向こうにインディゴブルーのマントを羽織ったデカール・ショア・メンヤード伯爵が、薄紅色のドレスを纏うディアーナ嬢と共に立っていた。ディアーナの腕に包帯は無く、肘まである白い木綿の手袋をしている。
「そろそろ到着する頃だろうと待っていたよ、冒険者の諸君。ようこそ、ショア城へ」
 伯爵はにこやかに一行を迎え入れた。
「街の様子を見て驚かれたのではないかな?」
「賑やかなので、とっても驚いたです。カツドンカツドン‥‥」
 シャランシャランと錫杖を鳴らしながら、にこにこと歩み出たタイラス・ビントゥ(eb4135)は、カツドン経を唱え、ペコリと頭を下げた。すると懐から子犬がひょっこりと顔を覗かせ、舌をぺろりと出し、つぶらな瞳をくりくり、はぁはぁと周囲の様子を見渡した。
「まぁ、愛らしい」
「けんけんです。ほら、ご挨拶するのです」
 タイラスの大きな掌にすっぽり収まる子犬をそっと差し出すと、ディアーナは青い目を大きく見開いて、それを抱え込む様にして受け取った。小さなしっぽをふりふり、けんけんは首をめぐらしてタイラスを見る。
「あら? やっぱり、タイラス様の方が好きみたいですね」
 クスクスとディアーナはけんけんの頭を撫で、そっとタイラスの掌へと戻す。そこで、会話が一段落するのを待っていたリゼッタが、改めて伯爵へと話を戻した。
「過日、お邪魔させて戴いた時には、港は物々しい様子でしたが、今は領民達の活気に満ち満ちておいでの様ですね」
「実は先日、湾に迷い込んでいた鯨の群を、領民総出で沖へとおいやったのだが、何とその騒ぎに、近海の海の精霊達が様子を見に集まって来たらしく、それ以来、余り捕れなくなっていた魚が急に豊漁続きとなり、湾全体が活気に満ち溢れている、という状況なのだよ」
「精霊が?」
 そこへ、メグを始めとする三名の侍女が、いそいそと白磁のカップとワインで満たされた銅のボールを運び込む。カップを赤ワインで満たし、一人一人に手渡すと、静かに伯爵達の後ろへ下がる。
 ふわりと芳醇な甘い香が屋内に漂い始め、伯爵もカップを片手に、それを軽く掲げて見せた。
「初めてお会いする方もおいでの様だが、先ずはショアの為に杯を空けて欲しい。飲めない方は、口を付けるだけで構わないがね」
 伯爵は軽くウィンク。そこへ吾妻虎徹(eb4086)が真っ先にカップを掲げた。
「ショアの繁栄に!」
「「「ショアの繁栄に!」」」
 伯爵は一息にあおると、にっこりと空になった杯を皆に見せた。
「ありがとう、諸君」

「セシリア・カータ(ea1643)と申します。ジ・アースのノルマンより参りました」
 恭しくも華麗に、騎士としてノルマン流の礼を示すセシリア。軽い悲鳴と共に侍女が一人失神し、奥へ運び込まれてゆく。
「これは、またお美しい方だ。それでいて騎士位で居られるとは」
 初めて顔を合わせるセシリア、スニア・ロランド(ea5929)、フェリシア・フェルモイ(eb3336)、虎徹の四名がかわるがわるに伯爵とディアーナへ自己紹介を行った。最後に回った虎徹はまた一風変った自衛隊式の敬礼を行ってみせる。
「自衛隊の吾妻と申します。今回笛を見つけた場合、報酬はいりませんがお願いが一つあります。お聞き入れ願えませんか?」
「なるほど、地球からいらした天界人殿は何を望まれるのかな?」
 静かな伯爵の問いに、虎徹は己の胸のうちを語った。
「騎士学校へ? 天界人ならばエーガン・フォロ王陛下にお頼み申し上げるのが筋であろう。陛下に誠の忠節を尽くすと言うのであれば、陛下もお考えあそばされるかも知れぬ。学者としてならいざ知らず。一介の伯如きがゴーレム兵器を動かし得る天界人を、武人として召抱えたいなどと言わば、陛下にありもせぬ腹を疑われる。そうやって幾人もの高潔な貴族が死に追いやられてしまった」
「では‥‥」
 じわりと背筋に冷たいものが走る。戸惑う虎徹の問いかけに、伯爵はため息をつく様に言葉を続けた。
「入学する為には、何の後ろ盾も無い天界人殿が学ぶには、この度の報酬など問題にならぬ額が必要となるであろう。しかし他の貴族も‥‥陛下以外にそれが可能な人物となると、お二人の王子、それ以外にはゴーレム機器製造の秘密を一手に握っておられる、分国王ジーザム・トルク陛下以外に居りますまい」
「ジ、ジーザム・トルクですか?」
 虎徹が問い返すより早く、オラースのカップを握る指が、ピクリと反応していた。目を細め、オラースはじっと伯爵の表情を盗み見る。これまでに無い、鋭い目線で。
「私に出来るのは、虎徹殿に紹介状を持たせて差し上げる程度。それも、この度の働きに応じてな。それを持ち、どこへ行き、どう己を売り込むか、それは虎徹殿の才が物を言う。それで宜しいか?」
 虎徹の中で、ぐるぐると思案が渦を巻く。泥沼にはまり込んでしまったのではないか、そう思える程に。伯爵は、その青い眼でじっと値踏みする様に虎徹を見据えている。何故、王と二人の王子の引き合いに、比肩して一人の人物を持ち上げたのか、ゴーレム機器製造の秘密を一手にする、という事がどういう事なのか‥‥そして虎徹はニヤリと野心に満ちた笑みを漏らす。
 伯爵は素知らぬ顔で手をあげ、侍従長のヨハンを招きよせた。すると侍従長のヨハンは、恭しく卓上に用意されていた数本の古びた羊皮紙を紐解いて見せる。話が本題に移った様だ。全員がそこに集まった。

「こちらが当ショア城の地下に関する記録で御座います」
「見取り図も御座いますかしら?」
 マリーナの問いかけに、ヨハンは一枚の羊皮紙を手渡した。早速広げてみると、地下には貯水槽と牢屋の下に、更に二つの大きな空間がある様子。そして、一番下には薄い青インクで水面らしい波の文様が描かれていた。
「フロートシップ、ゴーレムグライダー、それらの力をもってすれば、この小さな田舎の城などあっという間に制圧出来るだろう。時代が変りつつあるという事だな。だが、これに関しては、一切口外無用に願いたい。海賊などに知れてはやっかいだからな」
 軽い伯爵の言葉に、頷く一同。一応、応と答えておかなければ厄介な事になるであろう。
「では、調査を円滑に進めるために地下の地図をお借りしたい」
 自然と緊張感を帯びるリゼッタの言葉に、伯爵は頷いた。
「必ず返すと約束するのであれば構わないですよ、リゼッタ嬢。それと、地下への入り口らしき、漆喰で塗り固められた箇所は、漆喰とレンガを取り除いたところ、鉛で封がされた青銅の扉が出て来ました。後で見て戴きたい」
 リゼッタは頷き、騎士の名にかけて誓う。
「では、なぜ封印したのか、使われていない理由は?」
「それに関しては、何かモンスターが出た様子です。これをご覧下さい」
 ヨハンが差し出したボロボロの羊皮紙には、黒い不定形の化物が大量に発生して、慌てて空気穴から何から全てに蓋をしたらしい顛末が、ところどころネズミにでもかじられ穴だらけの文脈から辛うじて読み取れた。
「なるほど‥‥ならば、あとは環境の変化に弱い小鳥と、その小鳥を運ぶための籠を調達して戴きたい」
 リゼッタからスニアはその羊皮紙を受け取り、軽く目を通すと傍らのグレナムへと手渡した。
「どれほどの勇者であろうと、毒が充満した閉鎖空間に踏み込めばその時点でお仕舞いです。残酷と思われるかも知れませんが、有毒ガス警戒のため、使わせていただきたいのです」
「小鳥か‥‥籠は城内で使われてない物を使って構わないが‥‥」
「でしたらば、この私目が」
 言い淀む伯爵に、ナサニエル・エヴァンス(eb3860)が胸を張って一歩前に出る。その腕には一匹の猫が。
「この猫のアマンダにお任せ下さい」
 紹介された当のアマンダはナサニエルの腕で大きく欠伸をした。

●ディアーナ姫の部屋
 そろそろ夕刻が近付いていた。
「リール」
 以前と同じ部屋を用意したとのヨハンの言葉に、ひとまず城の本丸から出ようと、一行が中庭に出たところで、二階のベランダからディアーナが声をかけてきた。
「どうなさいました、ディア−ナ様!」
 するとディアーナは素早く引っ込み、階段を駆け下り、息を弾ませ中庭へと姿を現した。
「ディアーナ様?」
「リールのこれからのご予定は? お見せしたい物もありますし、ランのお話をする約束でしょう?」
「そう‥‥ですが‥‥」
「ランの話ですか、それは面白そうですね」
 セシリアが話しに加わると、フェリシアやスニア、マリーナとリゼット等女性陣は、連れ立って城の一室へ。そこはディアーナに与えられた一室、当の笛が盗まれたという寝室だった。

 天蓋付きのベッドには、華美な装飾は無いものの、清潔そうなシーツにふんわりとした布団が、レース地のカーテンの向こうに透けて見えていた。
 既に暖炉は火が入り、部屋は暖かだった。
 赤レンガで出来た暖炉脇の壁には色鮮やかなタピスリー。窓からの赤い光に照らされ茜色に染まるものの、白い山に、白銀の竜が描かれ、蔓バラの咲き誇る中を無数のシフールが楽しげに舞い踊り、空は虹色の光に満たされている。
 リールを始め、みなその美しさにため息をついて眺めた。
「これは見事な‥‥」
「うふ‥‥伝説の丘ですって。御伽噺に出てくるもので、これは想像で描かれたものですけど、それは強い竜が護っていて、悪い存在が立ち入るのを決して許さないそうですわ。もし、この丘が荒らされる様な事があれば、世界は暗黒のカオスに犯され、平和は失われてしまうそうです」
 ディアーナの話は、ジ・アースや地球から来た天界人にとっては聞き慣れない話。話をしている内に、侍女のメグが茶器を一式載せたトレイを押し、しずしずと部屋へ入って来た。
「お嬢様、お茶のご用意が出来ました」
「ありがとう、メグ。あなたも関係あるから残って頂戴」
 最早あきらめの境地。メグはただ頷くだけ。

「見ていただきたい物とは、これです」
 部屋の中央には、二組の鎧具足が立てられていた。厚手の布で作られた、キルテッドメイル。胸元や小手には、二匹の蛇が絡み合うランの国旗に似た文様。そこかしこに、花や蝶、小鳥と言った可愛らしい刺繍が施されている。足元には小さな丸い盾と、レイピア。
「これは留学先の学園で、武術の訓練で使った物です。これを明日は着て、皆さんと一緒に城の地下へ入ろうと思います」
「あぶのうございますとお引止めしても、お嬢様はお聞き入れ下さいません! どなたかお嬢様を説得して下さいまし!」
 メグは口を尖らせ、一人一人に磁器のティーカップを勧めて回る。カップには茶色い琥珀色の液体が、湯気と共に爽やかな香を立ち昇らせている。
 ディアーナは微笑みながら一口。
「ランで良く飲んでいたハーブティーですわ。ランの国は大地の精霊力が強い国。緑に覆われた肥沃な大地。特に王都のダーナとなりますと、春になれば一面色鮮やかな花々が咲き乱れ、蝶や小鳥、シフールが戯れます。あと一、二月、帰国を延ばしてもその価値はありましてよ」
「まあ、素敵な所なんですわね」
 相槌を打ちながら、セシリアは香を楽しみ、器に描かれた花や蝶の鮮やかな文様に目を細めた。
「これはカモミールをベースにバジルも‥‥この酸味はローズヒップが少しと‥‥香はラベンダーも‥‥」
「凄い! 良くお判りに。でも、隠し味にあと何を使っているか、お判りになります?」
 瞑想する様にフェリシアは、その鋭敏な味覚と記憶とを結び付けようとする。
「ペパーミントは簡単です。この舌先ですっとする感じはペパーミント特有の‥‥」
 少し長くなりそうなので、リールはそっとディアーナの耳元で、声を押し殺す様に囁いた。
「父君には言われたのか? 我々と共に行く事を」
「勿論、ご存知ですわ、多分‥‥」
 と、ディアーナはすまし顔でハーブティーを一口。
「今回の件は、全権を任されておりますの。それに、次にショア城を管理するのは私ですから、地下の有様はきちんと把握しておかなくては」
 先日の別れ際の一言が気になり、リールは更に食い下がる。
「他に何かあるのではないのか? それを聞いても自分はこの依頼を降りるつもりはないが」
「他にですか?」
 ディアーナは少し想いを巡らせ、カップをメグに渡してからリールに向き直った。
「やはり私は夢を見ましたから。そこにいかなければならない、そんな気がしてなりませんわ。私が言い出した事ですし、誰かに全部任せて、全てが終わってからこちらへどうぞ、なんて事は嫌!」
 最後に激しく首を左右に振り、そっと乱れた髪を撫で上げた。
「ディアーナ様」
「ごめんなさい。ちょっと外の空気を吸って来ます。フェリシア様、配合の秘密はメグが知っておりますけれど、それはまたお会いした時に再チャレンジという事で宜しくて?」
「はい、構いませんわ」
 にっこり頷くフェリシア。
「では、もう少し難易度を上げておくように、メグには申し付けておきましょう。メグ、宜しくて?」
「はい、お嬢様」
 少し困った顔で頷くメグ。フェリシアは、そんなディア−ナの手を取り、真剣な面持ちで何事かを唱えた。
「先日、お腕に怪我をされていたとか。地下にどうしても、という事でしたら、そのお怪我の何倍も危険な目に合うかも知れませんよ」
「フェリシア様、ご忠告ありがとうございます。ですが、どうやら私やメグにも海の精霊達の加護がある様です。それに、皆様が護って下さるんでしょう?」
 微笑み全員を見渡すディアーナに、リゼッタが自分の胸に右手を置き、左手を掲げて宣誓する。
「騎士の名にかけてディアーナ様もメグ様も必ずお守りする事、を誓います」
 すると、その場に居合わせた誰しもが、宣誓をせずには居られなかった。

●地下探索 3日目
 地下の貯水槽は雨水が流れこむしかけになっていた。従者が当番で掃除をしており、その水量はかなりのものだが、特に異常は見られない。
 問題の地下牢へ通ずる青銅の扉は、巨人のタイラスでもかがめばくぐれる程で、錆び付いた閂と溶かした鉛で封じられていた。
 それぞれがそれぞれの灯りを手に、14名は作戦通りに待機する。
 先ずはタイラスが二本のスクロールを続けて読み上げる。
「カツドンカツドン。動くものは波かな? ずっと下の方ですね。確かに、水が吹き上がって、小さな蟹みたいなのが‥‥」
 皆、こくりと頷き、最後にディアーナが大きく頷いた。
「オラース様、お願いします!」
「よお〜し、じゃあいこうじゃんか! みんな下がってろ!!」
 軽くウィンク。ざっと肩幅に足を広げ、すっとオラースは腰だめに剣を抜き放った。オラース以外は少し離れてそれを眺める。
「どっせい!!」
 裂帛の気合。斜め十文字に。ガランガラランと金属片が飛び散り、途端に舞い上がる埃とかび臭い臭気が、どっと地下から吹き上がってきた。オラースは口元を押さえ、数歩あとずさる。
 慌ててナサニエルが、籠の中で暴れる小鳥を、それごと持って前に出るが、小鳥は倒れる様子も無く痛んだ翼で羽ばたきを繰り返す。暫くすると埃も収まり、風が、まるで呼吸する様に吹き抜ける。
「波です。波の振動とこの風は同じです。カツドンカツドン‥‥」
 タイラスは恭しく手を合わせ、錫杖と数珠を静かに鳴らす。
 ぽっかりと暗い、長きに渡り誰も足を踏み入れないでいた空間が、目の前に存在していた。
「もし、それくらいの少年が穴に落ちたとして、どうしたかだ‥‥不安だろうし、どこかでひっそり隠れて待ったか明かりを求めてむちゃくちゃに動くかだと思うが」
 虎徹の言葉に、フェリシアは静かに語る。
「人はアトランティスにても同じですが、怪物も同じだと良いのですが。記録によると、ブラックスライムかグレイウーズの様に思えます。皆さん、お気をつけ下さい。壁や天井や、足元の水溜りがモンスターという事がありえます」
 屈み込み、手にした扉の破片は、片側が少し溶けている。随分昔の痕跡だ。細かな埃がかなり積もっている。
「どうやら、間違いの無い様ですね。ですが、かなり古いです」

 扉の向こう。牢屋跡は、腐った木の扉の残骸しかなかった。
 左右に並ぶ、二畳ほどのくぼみがその名残。それを一つ一つ確かめて進む。荒削りの壁。床には、トイレらしき小さく浅い穴一つ。
 隊列は、セシリアとオラースが左右の最前列、その次にグレナムとフェリシア、ナサニエルとリゼッタ、そしてメグとディアーナが中央。その後ろに、マリーナとリール、虎徹とロバート、そして最後尾にタイラスとスニアが続いていた。
「この階にはいねぇなぁ〜‥‥」
「の様ですね‥‥」
 剣を手に、セシリアとオラースが顔を見合わせ、振り向くと最後尾のタイラスがこっくりと頷く。突き当たりの戸口からは、更に下へと向かう階段。それらを手早くリゼッタが真新しい羊皮紙に書き込んでゆく。
「内側からも閂がかけられる様になってましたね。これは、攻め込まれた時にここへ逃げ込む気だったのでは‥‥」
 マリーナは入り口だけ特別の扉だった訳を考える。
「こういう光の無い世界にはびこる怪物は、振動や熱に反応してくる事が多いわ」
 フェリシアは、思い出した様に告げる。それを黙って聞き、一行は右回りに下がる削り出しの螺旋階段を、慎重に音を発てない様に降りてゆく。時折停止しては、タイラスに振動を確認して貰う。今の所は変化無い。

 長い螺旋階段を抜けると、少し開けた空間に出た。
「どうやら自然の洞穴を利用した様ですね」
 振動を探知してから、オラースとセシリアに続き、一行はゆっくりとこのフロアへ抜け出る。
 誰かしら灯りを掲げてみると、ゆうに6mはあろう高みに裂け目の様な天蓋が浮び上がった。ここに来ると濃厚な磯の臭気が、カビ臭と共に鼻腔を満たす。
 ナサニエルは籠の中の様子を確認すると、小鳥は落ち着いた様子だ。足元のアマンダも、特に変った様子は無い。
「ここも空気は問題無さそうだ」
 木箱や樽の残骸がバラバラに散らばっている。
 床、天井、壁と濡れた痕跡に警戒するが、それらはただの水溜りだった。上を見ると、空気穴が幾つか空けられている様子。
 その空気の動きを、オラースが一番敏感に感じていた。
「あそこから転がり落ちたんじゃね〜の?」
 あの高さから、この石床に叩きつけられたら、想像するだに胸が痛む。暗がりが皆の表情をいっそう険しく浮び上がらせる。
「皆さん、参りましょう‥‥」
 ディアーナが最下層へと続く、暗い闇を指差した。
 14人が囲む足元を、砕けた木片が、その上を何かが這いずった跡が、木片に付着する、赤黒い古い血の様な跡が、そこへと続く。
「光の届かない暗がりで、音を頼りにか‥‥」
 唇を噛み、虎徹は苦々しく呟く。誰もが苦く想う。
 そこからは、波の音が、大きく、はっきりと響いていた。

 果たして、そこを抜けると、更に巨大な空洞の中腹へと出た。
 切り立った崖。掘り出しの階段は、その途中で2m程が崩れ落ちている。ここの高さは4〜5mと言ったところか。
 遥か下方。僅かな光が、岩壁を濡らす水面をうっすらと浮び上がらせていた。波が、勢い吹き上がり、泡立つ潮が引く。
「空気は大丈夫です」
 ナサニエルが搾り出す様に、かすれた声で囁いた。
「あそこに、何か見えませんか?」
 フェリシアが目を凝らし、皆に告げた。そこの波間に何か白い物が。骨の様な。
 その時である。
 大音量の悲鳴が、一行の真ん中、メグの口からこの洞穴全体へ響き渡った。
「お嬢様ぁっ!!」
 誰しもがはっと息を呑んで振り向くと、メグが抱き付くディアーナのすぐ後ろに、何やらぼんやりとした白い影が、まるで少年のそれの様に立っているではないか。
「危ない!」
「ディアーナ様!」
 転落しそうになる二人を、リゼッタとリールが支え、ナサニエルは素早く術を組み立てかけ、余りの近くに慌てて他所へ投げ捨てる。
「おおジーザス!!」
 赤い目を見開き、マリーナも信仰による一撃を加えんと、高らかに神への祈りを唱和し、胸の聖印を掲げ持つ。
「よせ! 幽霊が、必ずしも敵対的であるとは限らない!」
 静止するスニアの叫びは、虚空で破裂するファイアーボムの大火球に半ば消し去られ、この時、波間で幾つもの黒い物体が蠢き始める。縮動を繰り返し、最も音のする方へ一斉に。

 その聖なる黒い輝きは真っ直ぐに、ぼんやりとした白い影に放たれた。
「あっ!」
 タイラスが思わず、一本のスクロールを取り落とす。
 転がり出る様に、その間へディアーナが、メグに抱きつかれたままに割って入った。まるでその影を庇う様に。
 そのまま岩肌に激突すると、二人と白い影は階段の上へ崩れ落ちた。
「ディアーナ様!?」
 よろける様にフェリシアが近付くと、ディアーナとメグは眉をしかめ、薄っすらと目を開いた。それを白い影は四つんばいで、不思議そうに小首を傾げて覗き込む。
「判っていましたよ。お前が私を呼んだのでしょう? そう? お母様が‥‥」
 そう言って弱々しく微笑むディアーナの頬を、白い影がぺちぺちと叩くよう。
「いけない。ジョン少年は既に不浄なるもの‥‥」
 制止するマリーナを、背後からロバートが引き止める。それを見て頷くフェリシアは、白い影の頭を撫で、ゆっくりと語りかけた。
「大丈夫ですよ。さあ、ジョン君。お姉さんは、手当てをすればすぐ元気になりますよ」
 すると、白い影はキャッキャと笑う気配を残し、静かに消えた。

「来るです! 下から10匹です!」
 タイラスの声に、並び立つ騎士達は一斉に身構える。
「ふむ、ようやく騎士としての努めを果たす時が来たのである」
 ロングクラブを大きく振りかぶり、グレナムは真下より迫り来る不気味な気配に不敵な笑みを浮かべる。
「今の僕には精霊に祈るほかありません」
 やれやれと言った風情で、ランタンを片手にリゼッタはグレナム同様、ミドルクラブを大きく振りかぶった。
「こんなモンスター、ザコよ! 一匹だって通さないわ!」
「おい、スニア。お前さんとこうして肩を並べるなんて皮肉だな?」
「あはは〜ん‥‥何なら、後で一戦交える?」
「えっ? スニア殿とオラース殿は、そういったお知り合いなんですか!?」
「あなた! 余所見をしていると、持っていかれますわよ! 来たわ! 騎士として!!」
「そ、そうだ、僕にはビントゥ家に代々伝わる退魔術があるのでした! 物理的退魔の法、悪霊退散、喝!!」
 タイラスのおっきな数珠が、いきなり跳び上がる黒い波を撃つ。と同時に、嵐の如き連撃が一斉に風を切って振り下ろされた。

●悲しき笛の音
 一戦を終え、手当てを済ませると、一行はロープで最下層に降り立った。じゃぶじゃぶとくるぶし程の海水を歩き、14名は傷一つ無く、その場に立つ。
 僅かに衣服の名残が白い小さなしゃれこうべにまとわり付いていた。
 波が揺れる度に、洞穴の様な頭骨の中を端切れが行ったり来たり。
 そして、その細い腕にはこの薄暗がりにあって、なおまだ白い貝の縦笛がしっかりと握られていた。
「お嬢様‥‥」
「大丈夫、メグはそこに居なさい‥‥」
 皆が見守る中、ディアーナはジョンの骨へ歩み寄り、しゃがみこむとそっとその頭骨と母の形見の笛を手にとり、徐にそれを抱き締めた。
「可哀想に‥‥一年もの間、さぞ寂しかった事でしょう‥‥」
 頬を寄せ、はらはらと涙を流すディアーナ。
 そこへロバートがバックパックを手に歩み寄り、その口を差し出した。
「ありがとうございます、ロバート様」
 泣き笑いするディアーナは、その骨をそっと中へ納めた。すると皆、黙ってそれにならい、ジョンの骨を拾ってはロバートのバックパックへ入れてゆく。
 あらかた拾い集めた頃、ディアーナはその笛に口を付け、ゆっくりと吹いた。
 静かな、何とも物悲しい調べが、この洞穴の隅々まで染み入った。