庶民の学校1〜学校開き・生徒募集

■シリーズシナリオ


担当:マレーア3

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:4

参加人数:7人

サポート参加人数:4人

冒険期間:11月14日〜11月19日

リプレイ公開日:2006年11月24日

●オープニング

 これは、王都ウィルに庶民の学校を開き、庶民の子ども達を教育しようと欲する冒険者達の物語である。
 物語は精霊歴1039年9月5日、フオロ城内にて開かれた賢人会議より始まる。
「私は王都にて、読み書きのできる者達をもっと増やしたく思う。しかし民の働く邪魔をしたくないし、徴収した税は別の事に使って欲しいので、従来の学校とは別の方法での学校運営を奏上致す」
 御前で斯くの如く奏上を為したのは、冒険者ギルドに籍を置くエルフの老女。彼女は異世界ジ・アースよりこの世界に訪れし天界人であった。
「庶民のための学校か? 詳しく聞かせよ」
 王は問い、老女は答える。
「目標は、年齢問わずやる気のある者が、基礎学問を習得できるようにすることじゃ。文字を読み書き出来る者が増えれば、文字による確実な伝達により、流言蜚語による騒動を防ぐこともできよう。騒動の時など、対処法を伝達することで冷静に行動できるようにもなろう。
 方法としては、学習希望者を募り、学習用具を貸し出して自宅で自習をしてもらうことを考えておる。また、商家の休日および農閑期に『教室』を開き、集中講義をすることもな。支出を減らす為、学習所は既存の建物や教会を利用したり、一時借用したりするのが良かろう。教会はこのような利用法もありますよ、ということの周知も兼ねてな。習得しやすいよう、仕事の一部に組み入れるのも手じゃ」
 その奏上を王は良き物と認め、裁可を下す。
「なれば、その方の手近より始めよ。その方には、その方の提案する庶民の学校を主催する権限を授ける」

●これまでの経過
 提唱者たる老女の元に集いし冒険者達は、学校設立に向けて動き始めた。机上の計画では次のようになっている。

【1】学習希望者を募り、生徒名簿を作成した上で、学習用具と「木の板に書いた課題」を貸し出して自宅で自習をしてもらう。申しこみ時に使い方をレクチャー。なお、自習とはいえいつでも質問は受けつけられるようにする。一定期間の自習を終えたら結果を披露。合格したら次の課題へ進む。
【2】学習時間は奉公の合間など、各々の生徒にとって都合のいい空き時間を使わせる。また商家の休日および農閑期に『教室』を開いて集中講義を行う。 開校時間帯は、防犯上の理由で夜明けから暗くなるまでとする。
【3】支出を減らす為、学習所は既存の建物や教会を利用・及び一時借用。教会はこのような利用法もありますよ、ということの周知を兼ねて。
【4】セトタ語のアルファベットを習わせ、生徒の名前をきちんと書けるようにすることを、第一の課題とする。
【5】習得しやすいよう、仕事の一部に組み入れることも考慮する。
【6】最初のうちは試用期間ということで、学費は無料。 将来的には収益の見込める内容を組み入れ、採算が取れるようにする。

 学習用具の試作品も作られた。全体としては弁当箱くらいの大きさの木箱で、2重底となった上の底の部分にはセトタ語のアルファベットと数字を描いた木札のセットが収まる。上の底を取り去ると、文字の練習用にサラサラした砂を敷き詰めた下の底が現れる。 試作品は早速、大工の所へ持ち込まれた。
「こういうのを安く作れんかのう?」
 ついでに学校のことも説明するが、金にならぬことに大工は興味なさそう。
「読み書き計算? んなもんが出来なくたって、働いて食っていく分には困らねぇと思うが。まあ、このガキのおもちゃみてぇなもんについては、引き受けましょ。見習い大工の小遣い稼ぎにはなるだろうしね。だけど、安く作ればそれだけ仕上がりも雑になりますからね」
 と、大工は念を押す。

 学校の先生候補に上がったのは、船着き場の町ガンゾに住むアージェン・ラークという名の元騎士。しかしアージェンは冒険者の求めを拒む。
「エーガンが認めた学校のための仕事だと!? お断りだ!」
 アージェン・ラークは決して筋を曲げぬ性格故に国王エーガンの不興を買い、その親ともども身分と領地を剥奪された騎士だったのだ。
 しかし、代わりにその求めに応じたのは、アージェンの父のラーシェン・ラーク。
「話は聞いたぞ。わしでよければ子ども達を教えてやろう」
「父上! あの悪王エーガンの為に働くというのですか!? しかもそのお体で!」
 老体を気遣うアージェンに、ラーシェンはきっぱりと言う。
「わしが働くのは世の為人の為、そして何よりも子ども達の為だ。このよぼよぼの体でも、まだまだ教えてやる事は出来る」

 街の人々への呼びかけも熱心に行った。
「文字が無くても生活は出来るのは確かながら、しかし文字を学ぶ事で可能になる事は様々です。
 例えば、注文を文字として形に残す事で間違いを防ぐために。
 例えば、書を読み、先人の残した知識を得るために。
 例えば、恋人へ愛の言葉を手紙に乗せて届けるために。
 そう、様々であり、文字を学ぶ事でまた違った物が見えてくる事もあるでしょう。
 自分達は、『学びたい』という意欲のある方を募集しております。老若男女貧富に関係なく、学びたいという思いは皆平等であり、誰であろうと拒む事はありません」
「読み書き計算を覚えることが今すぐには役に立たずとも、将来的にはより大きな利益が得られるでありましょう。例えば、計算が出来るようになれば、家計の収支としてどれだけの金を得たらどのように使って良いか、計画が立てられるようになります。また、しなくていい借金をしなくても済むよう、算段を立てることもできるようになります。
 さらに、文字が読めるようになれば新たな情報を得やすくなり、仕事をするのに有利な方法を知ることも出来るようになります。
 いま少し我慢して子供を教育すれば、やがては家族全員が幸せになります。そのことを理解して頂きたく思います」
 しかし人々の反応は芳しくない。遠い遠い先の事を夢見ることよりも、この1日この1週間この1ヶ月の稼ぎを得て、食べて行く方がよっぽど大事。庶民の生き方とはそういうもの。
 協力を呼びかけた教会からの返事はまだ無い。しかしルルン商会というところの商人が興味を示し、協力を申し出た。
「子ども達の中から賢い者を見いだし、読み書き計算を覚えさせる仕事には馴れております」
 もっともそれは人々の為にというよりも、自分達の利益を考えての申し出のよう。

●やるべきこと
 学校を開く場所として候補に挙がったのは平民街。この近辺には向学心ある子どもも少なくない。さて、平民街のどこに学校を開くべきか?
 平民街には使えそうな物件が色々ある。上は大商人が新たな家主を求め、売りに出している邸宅から、下は今にも倒れそうな廃屋まで。また、建っていた家が取り壊され、更地になっている場所もある。そのどれを学校として利用するかを決めるのだ。
 それが済んだら生徒の募集だ。どんな生徒をどのくらいの人数でどんな形で募集するか決めるのだ。
 学校の場所決めと生徒の募集、その2つが済んでから、冒険者による子ども達の教育は本格的にスタートする。
 ちなみにギルドに預けてある学校運営の資金は現在、633ゴールドだ。当座の経費はここから下りるが、足りない分は依頼に参加する冒険者の持ち出しとなる。

●今回の参加者

 ea7511 マルト・ミシェ(62歳・♀・ウィザード・エルフ・ノルマン王国)
 eb1182 フルーレ・フルフラット(30歳・♀・ナイト・人間・イギリス王国)
 eb3839 イシュカ・エアシールド(45歳・♂・クレリック・人間・神聖ローマ帝国)
 eb4064 信者 福袋(31歳・♂・天界人・人間・天界(地球))
 eb4263 ルヴィア・レヴィア(40歳・♀・鎧騎士・人間・アトランティス)
 eb4375 エデン・アフナ・ワルヤ(34歳・♂・鎧騎士・人間・アトランティス)
 eb4460 篠崎 孝司(35歳・♂・天界人・人間・天界(地球))

●サポート参加者

アシュレー・ウォルサム(ea0244)/ サー・ブルクエルツ(ea7106)/ カイル・クラフト(eb4374)/ アルジャン・クロウリィ(eb5814

●リプレイ本文

●学舎決定
 平民街に向かう道すがら。
「んと。一番重要なのは、この企画が継続可能であることかな? 『庶民も学べる、それはいつか必ず役に立つ』──そういう事実があれば、徐々にでも浸透していくと思うんだ。今は『何の役に立つんだ?」と言われたっていい。有ると無いとじゃ大違いって事を知った人が、いつか来てくれるさ」
「うむ。尤もじゃ」
 話し手は鎧騎士ルヴィア・レヴィア(eb4263)。事業責任者のマルト・ミシェ(ea7511)は専ら聞き役だ。
「でも、学校で教えられる人数には限りがある。1人の先生が基本形で教えるのは30人、1人の先生がつきっきりで重点的に教えるのは5人が限界だろう? どの道、しばらくはこの人数が限界なのさ。この学校に入れれば学べる、独力より安上がりで確実だっつー連中や、自分も本を読みたい知りたいって物好きから初めて、評判と実績をあげつつ、予算と理想で生徒も先生も増やしてくしかないだろうね」
「そうじゃな。最初は生徒30人か」
「でも、人ってのは現金だから、学校に居れば就職や出世なり騎士学校への足がかりになるかも? ──と思えば生徒も集まるし、ここで先生として働けば最初のうち稼げるのは小銭でもいずれ増えるとか、人を導くのは名声を稼げると思えば、先生のなり手も余るくらいにくるさ。貝はその身にあわせて穴を掘るとか言うさね」
 そうこう話すうちに、冒険者一同は目星をつけた物件の場所までやって来たが。
「これって‥‥半焼けじゃない?」
 火事で半焼した倉庫だ。半分は元のままだが半分は焼けてボロボロ。
「これはこれはご老公様。お待ちしておりました」
 待っていたのは倉庫を管理する商家の主人。
「ご覧の通り、酷い有様で放置されておりましたが、修理致しますれば支障無くご使用頂けます」
「ふむ」
 マルトはその目で物件の有様を確認。土台はしっかりしているし、修理すれば50人は収容できる教室になる。
「これは良さげじゃ。して、値段の方は如何ほどかのぉ?」
「そもそも売りに出していたのは、今は空き家となっているあちらの館でして」
 と、商人は隣に立つ館を指す。
「同じ敷地内にあるこの半焼け倉庫も合わせて、しめて500Gで売却‥‥と思っていたのですが。宜しい、ここは倉庫を館と切り離して100Gの売値としましょう」
「うむ。それなら良いじゃろう」
 マルトの予算内で売買交渉はまとまった。契約書が交わされ、100Gの金袋が商人に手渡される。

●教材セット
 倉庫の修理を頼んだ相手は、先の依頼でマルトが教材について問い合わせた大工。
「して、ご老公様。ご予算は如何ほどで?」
「修理代に100G見込んでおるが」
 それを聞いて、大工はほくほく顔。
「100Gも頂けましたら、新品同様に作り直して差し上げやしょう。この仕事はあっしらにお任せを」
「では、とにかく頑丈に、しっかりと修理を頼みますぞ。体の弱い人も利用するので、すきま風など吹き込まぬように」
「承知いたしやした。前金で半額を頂きやす。残り半分は修理の終わった後に」
「それと、以前に話した教材もお願いしたいのじゃ。数は50個程。子供も使うので、できるだけ丁寧に頑丈に仕上げてほしい」
「では、教材1個につき2G、50個全部で100Gで如何でしょうか?」
 サカイ屋で売っている商業関係の各種セット物の値段を考えると、妥当なところだろう。
「では、それでお願いします」
「では、こちらも半額50Gを前金でお願い致しやす」
 こうして大工に手渡されたのは100G。こちらは貯えておいた資金から出す。

●先生候補
 冒険者達が訪ねたその家は、町はずれに立つ粗末な家。
「治療院勤務の篠崎孝司だ。一応、治療院の創設にも関わっている。高齢の方が教師として参加すると聞いたのでな。万一に備えて協力することにした」
 自己紹介が済むと、篠崎孝司(eb4460)は庶民の学校の教師候補、老いたるラーシェン・ラークの診察を始める。まず打診と触診、次いで簡単な問診。
「呼吸器系統に難ありだな。冬場は特にご注意召されよ。風邪をこじらせて肺炎にならぬよう」
 それでもこの世界の人間としては、年齢に比してかなりの健康体と言うべきかもしれない。
「本来ならばこちらが礼を尽くしてお願いせねばならないところを、そちらから先生を引き受けてくださって本当にありがとうございます」
 マルトは篤く礼を述べ、次いで給料の話に。
「このような庶民の学校はこの世界では前例が無く、相場というものが分からぬ。まずは月5G程とし、追々昇給ということでどうじゃろうか?」
「月5Gだと?」
 ラーシェンの顔が険しくなる。
「そなたは相場という物を知らんのか? それとも、わしに生徒を百人も二百人も預けるつもりか?」
「いいえ、生徒は最大で30名といったところですよ。それにまだ募集もかけてないし、学舎に使う倉庫も修理が始まったばかりだし」
 と、イシュカ・エアシールド(eb3839)が教えてやる。
「ならば、月1Gもあれば十分。庶民にとってはそれでも大金じゃぞ。金のかけ所を間違えてもらっては困る」
「では、生徒が集まった時のために、宿題として渡す課題を作り置きしておきましょうか」
 と、イシュカは誘ったが。
「また、気が早いのぉ。それよりも先にやるべき事があろう?」
 言って、ラーシェンはそそくさと身支度を始める。
「どこかへ行かれるのですか?」
「学舎を見に行く」
「でも、修理はまだ‥‥」
「今のうちからでも見るべき所は見ておかねばならん」
「では、私がお供を。それと、別の方が思いつかれていた事ですが。他の方が教える先生となった時の為に指導要領を作成したら、という案が出ていたんですが‥‥」
「そんな物は後でよい、後で」
「でも、今のうちから作っておけば、先生が増えた時に‥‥」
「先のことより今なすべき事を考えよ。では、参るぞ」
 外へ向かおうとする二人の背後から、マルトの声がかかる。
「学校には子供だけでなく、大人も来るかもしれないので」
「うむ、心得た」
 やたら大まじめにラーシェンは返事した。

●計算大会
 地球の主要国では『月・火・水・木・金・土・日』と1週間の日は巡る。アトランティスではこの日の巡りが『月・火・水・竜・風・地・陽』となる。地球の日曜日と同じく、陽の日は休日だ。残念ながら今回の依頼期間に陽の日は含まれていなかったが、平日でも暇している者はいる。午前中は忙しくても昼を過ぎれば暇になる者もいる。
 そういうわけで、フルーレ・フルフラット(eb1182)が平民街の広場にて主催した催し物には、そこそこに人が集まった。

『庶民の学校開校記念、ご町内読み書き計算大会』

 と、大きめの板に炭で書いた立て札を立てておいたが、
「これ、何て書いてあるんだい? ここで何か始まるのかい?」
 そう訊ねてくる者は多い。庶民の間での文字の普及率はまだまだ低い。
「これは庶民の学校を広く身近に知って貰う為の催し物ッス! どれだけ上手に文字を書けるか、どれだけ計算が早く正確に出来るかを競うッス! 誰でも参加できるッス! 書き取りと計算、各部門の優勝者には1G相当のお食事券を、賞品として差し上げるッス! 大会が終わった後にはビスケットとお茶が振る舞われるッス!」
 お食事券はこの近くの料理屋さんに協力をお願いし、自分の懐から2Gを払って用意。羊皮紙は高いから布を使って作った。偽造防止のために自分のサインを記入。
「字が滲むなぁ‥‥」
 布だから仕方ない。
 ビスケットとお茶も自腹を切って調達。
「へい、毎度あり! 高級ビスケット100人分、お持ち致しやした!」
 と、注文を受けた地元のパン屋さんが、ビスケットをどかっと持って来た。
「ご注文の高級ハーブ茶葉、100人分お持ちしました!」
 地元のハーブ屋さんもも、ハーブ茶葉をどっさり持って来た。
「‥‥すごい量ッスね」
 いささか気圧され気味のフルーレに、パン屋さんとハーブ屋さんは営業スマイルでにっこり。
「だって、大会と言うからにはねぇ!」
「せめて100人分は用意しませんと!」
「ましてや冒険者様のお開きになる大会ですからねぇ!」
「やはり高級の品を用意しませんと!」
 金になるチャンスは逃さない。ビスケットとハーブ茶葉、しめて3G。
「さあさあ、今日は楽しい大会だよ! おいしいビスケットはいかがかな!?」
「おいしいビスケットにはおいしいハーブティーがよく似合いますよ!」
 景気づけとばかり呼び込みまで始める有様。大会の趣旨をどれだけ理解しているかはさておき、集めには結構に役立った。
 フルーレが協力を頼んだ冒険者も、一部がやたら張り切っている。
「レッツ・ビギン! とにかく何か始めよう! 字が読めるとイイよ! モテるよ!!」
 白い歯キラリ☆
「また、妙な事を考えたもんだな」
 ラーシェン老はそう言いながらも、セトタ語の読み書きがキチンと出来る方ということで、フルーレに頼まれて大会の審査員を引き受けている。筆記用具となるのは文字を記す薄めの板と、書く為の木炭。これは仲間達に頼み、廃材を利用するなどして調達してもらった。
 そしてフルーレは大会の進行役を勤める。
「最初は書き取り部門ッス! これから見せる物の名前を板に書くッス!」
 最初に取り出したのは、おいしそうな大きなパン。提供は地元のパン屋さん。
「これは何ッスか!?」
「パン!」
「パン!」
「パン!」
 競技参加者からも、見守る観衆からも口々に答が返ってくる。
「そうッス! これはパンッス! では参加者の皆様! 木の板に『パン』と書いて下さぁ〜い!」
 パンに続いて金槌、鍋、フライパン、靴などが問題に出され、参加者は一問また一問と書き取りに挑戦。書き終わるとラーシェン老が、セトタ語で板に書き出された単語のスペルをチェック。問題は全10問で、正誤の結果はフルーレが集計。そして問題全てが終わり、優勝者が決定した。
「では、発表するッス! 優勝者は平民街にお住まいの、ロジャー爺さんッス!」
 賞品のお食事券を受け取り、優勝者の爺さんはニコニコ。
「ふおっふおっ。孫達にいい土産が出来たわい。長生きはするもんじゃのぅ」
 続く計算部門では商家に奉公する12歳の少年が優勝。
「本当に‥‥もらっていいの?」
 どぎまぎしつつお食事券を受け取り、照れ笑いしながら言う。
「父ちゃんや母ちゃんや2人の兄ちゃんや妹に、美味しい物食べてもらうんだ」
 競技の後はビスケットとハーブティーの大盤振る舞い。
 こうして、大会は意外と盛況で終わった。街の人々に対しては十分な宣伝になったことだろう。
「今後も大会は定期的に続けていくつもりッスよ!」

●ルルン商会
「ま、理想を語るとキリがないですが、教育が成り立つかどうかは、結局は産業との関係抜きには言えないようです。ぶっちゃけ金になるから勉強するわけですな‥‥おっと」
 丁度、街中の十字路に差し掛かり、信者福袋(eb4064)の目の前を馬車が横切って行く。少し離れた所に『ルルン商会』の看板が見えた。案内人のエデン・アフナ・ワルヤ(eb4375)と話をしながら歩んだ短い行程も、もうじき終わり。
「この依頼が終わったら、エデン様はメイの国行きですか。ウィルの街もちょっとばかり寂しくなりますね」
「でも、それまではきちんと仕事をこなしますよ」
 会話を続けながら、二人はルルン商会の建物の中へ。案内人に来意を告げると、ルルン商会の会長自らが応対に出た。
「おお、我が商会によくぞいらっしゃいました。学校の話は以前より伺っております」
 眩しい程の営業スマイル。物腰は柔らかいが、その目は抜け目無い商人の目。こりゃ手強そうだと思いながらも、福袋は交渉を始める。
「私どもとしましても、後援者となって頂けることは大いに歓迎します。しかし、学校を特定個人の利益にしてしまうのはどうかというご意見がありまして。その辺りを牽制して妥協‥‥いや、発展的解消ということで、この学校計画にルルン商会のみならず商人ギルド全体の協力が得られないかと考えているのですが」
「流石は天界人殿だけあって、志が高い」
 営業スマイルはそのままで、会長は言ってのける。
「一商会の利益のみならず、ウィルの国全体の利益を見通した上で、学校を運営するわけですな? しかし、物事には順序というものがありますぞ。いきなり話を商人ギルドに持っていくのは拙いやり方ですな」
「できればルルン商会にもお口添えを頂ければいいのですが」
「勿論、協力致しますとも。但し、その為には我々だけの間で前もって、今後の計画の大まかな枠組みだけでも決めておく事が必要です。さて、今日は時間もあることです。これから一緒に商人ギルドへ参りますか。今後の為に、せめて挨拶だけでもしておかねば」
 ルルン商会会長は福袋を引っ張るようにして、商人ギルドの会館へ連れて行き、居合わせた商人達に紹介した。
「この度、平民街に庶民の学校を開かれるという天界人の方です」
「宜しくお願いします」
 福袋がぺこりと頭を下げると、商人達の言葉が見事な営業スマイルと共に返ってきた。
「それはそれは、ご立派な事で」
「今度、商売に立ち寄らせて頂きましょう」
 簡単な説明を済ませて会館を後にすると、会長が福袋の耳元で囁く。
「さあて、大変なのはこれからですぞ。たった一度きりの挨拶では、ろくに顔を覚えられはしませんからな。商人達を引っ張るには、何よりもまず美味しい設け話を持って行かなくては。さて、学校の件ですが。近日中に我が紹介からの要望を纏めて、そちらに送り届けましょう。次に会う時にはその返事を聞かせて頂けますかな?」
「事業責任者の方とも相談しなければなりませんので、時間はかかると思いますが、出来るだけ早く返事しましょう」
 福袋は約束し、会長と別れた。
 次いで、福袋は子どもギルド『ネバーランド』の拠点にも立ち寄り、情報収集を行った。

●別れの紅茶
 依頼の最終日。エデンは冒険者ギルドの総監室にて、現在のエデンの役職である護民官の交代手続きを行った。後任をリオン・ラーディナスに任せるとの誓約書を認め、最後に自筆でサイン。その日をもって、エデンは護民官から元護民官となった。
「引き継ぎについては、私が責任をもって行います」
 エデンが力を尽くして実現させた賢人会議が如何なる成果を生むか、それをカインは最後まで見届ける立場である。
「ところで時間もあることですし、一緒に紅茶でも飲みませんか?」
「有り難く頂きます」
 月道を超えてメイの国、そこから海路はるばるジェトの国。カインはこの貴重な紅茶でもてなすことでエデンへの餞とした。
 その後の暫くの時間は、多忙なカインにとってはその日何度目かのくつろぎのひととき。エデンにとっては慣れ親しんだウィルの冒険者ギルドの、最後の思い出となった。彼自身は気づいていないが、護民官エデンが民のために成した事跡は大きい。

《次回OPに続く》