庶民の学校2〜学校が始まる
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■シリーズシナリオ
担当:マレーア3
対応レベル:フリーlv
難易度:普通
成功報酬:4
参加人数:5人
サポート参加人数:2人
冒険期間:01月23日〜01月28日
リプレイ公開日:2007年02月03日
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●オープニング
これは、王都ウィルに庶民の学校を開き、庶民の子ども達を教育しようと欲する冒険者達の物語である。
学び舎に選ばれたのは平民街に建つ倉庫。さる商家が所有する物件で、家事で半焼けして使われずにいたのを冒険者が100Gで買い取った。半焼けのままでは使えないから修繕を大工に頼む。それが去年の話。
年が明けて修繕も終わり、倉庫は新築同様に生まれ変わった。庶民の学校の校舎として。
「いや、我ながら惚れ惚れする出来だねぇ」
建物の出来上がり具合を確かめ、大工の親方はほくほく顔。修理代100Gのうち半額は既に冒険者から頂いてあるし、これで残りの50Gも目出度く懐に入る。
「それと、例の物はどうした?」
「はい、こちらで」
大工の一人が親方に手渡したのは、やはり冒険者から製作を頼まれていた学習用教材。
「頼まれていた50個、全部仕上がりやした」
「ほぉ、上出来じゃねぇか。おまえにしてはいい仕事だ」
教材1個につき2Gで、50個の注文を受けたから全部で100G。こちらも前金で半額を頂いていた。発注品を冒険者に引き渡せば残り50Gを頂けるから、倉庫の修理代も合わせて100Gの金が入ってくることになる。
「さあて、まとまった金も入ることだし。久々にたっぷり酒が飲めるぞ」
「へい、楽しみでやす」
「おお、そうだ。俺はちょっと余所へ行って来る。戻って来るまで留守番を頼むぞ」
「へい、親方」
親方が出て行くと、大工は手元の教材をしげしげと見つめる。
「こんなおもちゃみてぇなもので、字の勉強をねぇ」
教材は弁当箱くらいの大きさの木箱。蓋を開けると、セトタ語のアルファベットと数字を描いた木札のセットが収まっている。箱は二重底になっていて、さらに上の底を取り去ると、文字の練習用にサラサラした砂を敷き詰めた下の底が現れる。
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「ん〜、文字か」
大工は読み書きが出来なかった。
「文字、文字ねぇ‥‥」
ふと、子ども達の間で流行っている遊びを思い出す。聞くところによれば天界人が広めた遊びだとか。
「へのへのもへじ、へのへのもへじ‥‥」
大工の指が箱の中の砂をなぞる。
┏━━━┓
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┃の■の┃
┃■も■┃
┃■へ■┃
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「これが天界の文字ねえ‥‥」
消してはなぞり、消してはなぞり。
「あ〜、何やってんだ俺。ガキの遊びじゃあるめぇし」
ヒマなので校舎の外に出て一歩き。隣には立派な館が建っている。館は倉庫と一緒に売りに出されていた物件だが、こちらは買い手がつかず空き家のままだ。以前は一つの敷地内にあった館と倉庫だが、今は塀一つで区切られている。
「あんな立派なお屋敷が空き家かよ。勿体ねぇなぁ」
大工はぼそっと呟いた。
●失業
王都の南、大河の畔にある船着き場の町ガンゾ。元騎士アージェン・ラークはここで仕事をしていた。彼は港町で働く荷運び人達の束ね役。その日の仕事を終えると、雇い主の旦那から声をかけられる。いやな予感がした。
「悪いが、おまえは今日でお払い箱だ」
予感は的中。
「どうしてクビになる!? 仕事は手を抜かず、しっかりやっているぞ!」
「働きぶりのせいじゃない。悪いのはおまえの名前だ。世を騒がせた謀反人のアーシェン・ロークを知っているだろう?」
それはウィンターフォルセ事変に荷担し、ルーケイの地で戦死した元騎士の名。
「おまえの名前もそいつにそっくりだから、うるさ型に目をつけられてるんだよ。聞けばお前も国王陛下に楯突いた元騎士だったな? なにせ、国王陛下が病で隔離されたり、処刑場で死刑囚が奪われたりと物騒なご時世だ。おまえみたいな何するか分からねぇヤツをいつまでも置いておけるか。さあ、持っていけ。今日までの給金だ」
「こんな金、いらん!」
手渡された金袋を地面に叩きつけ、アージェンは雇い主に背を向けて振り向きもせずに立ち去った。
●求職
ここは冒険者ギルド。
「あの‥‥庶民の学校に関わっていらっしゃるご老公様はこちらでしょうか?」
カウンターにやって来たのは若い女性。なぜか、その後ろには街人達がぞろぞろと。
「あのお方にご用件があれば、私から伝えましょう」
対応に出たギルド職員に、女性はためらいがちに用向きを告げた。
「こんな事‥‥頼んでいいのか分かりませんけど‥‥私を学校で雇って欲しいんです。私‥‥セリーナ・ラークと言います。アージェン・ラークの妻です」
「ああ、ラークさんちの」
アージェンの父のラーシェン老人が庶民の学校の教師を引き受けたことが切っ掛けとなり、冒険者達はラーク一家と面識が出来ていた。
「実は‥‥夫が逮捕されました」
「何ですって?」
「仕事をクビになったその日に酒場で荒れて、店のお客に怪我をさせて衛兵に逮捕されてしまったんです。当分、牢屋から出て来れません」
「なんと‥‥それはお気の毒に」
「ですから‥‥逮捕された夫に代わって、私が働きに出なければならなくなりました。幼い息子のためにもお金が必要なんです。どうか私を学校で雇って貰えないでしょうか? 下働きでも何でもします」
「分かりました。そのように伝えておきましょう」
すると、セリーナについて来た街人達も口々に言う。
「どうか俺達にも仕事をくだせぇ」
「学校で働かせて貰えませんか?」
「薪割りでも掃除でも何でもやりますだ」
事務員は内心呆れた。肝心の生徒達が集まる前から、職を求める者ばかりがこんなに押し掛けるとは。
●街の声
「そうか、校舎が出来たか。そりゃあ目出度い」
「ところで爺さん、今度のご町内読み書き計算大会はいつじゃろうな?」
「今月か来月にもまたやるのではないかのぉ?」
「わぁい、またビスケットが食べられるよ」
「お食事券だって貰えちゃうしな」
暇つぶしに広場で話に興じる街人達は、学校そのものよりも寧ろ、学校の宣伝のために冒険者が開いたイベントの方に関心が行っているような。
「ふおっふおっ、今度の大会でもわしが優勝じゃ!」
●ルルン商会より
「さて、目出度く校舎も完成したわけだが‥‥」
庶民の学校の後援者、ルルン商会の会長は頭の中であれこれ考えを巡らすと、学校に対する要望を羊皮紙にすらすらと書き出した。
《庶民の学校への要望》
・学校を卒業した者はルルン商会で奉公させるか、ルルン商会が斡旋する仕事に就かせる。
・学校はルルン商会に対して、商会が学舎を商売に使用する権利を認める。
・学校で使用する物品はルルン商会を通じて購入する。
・学校内ではルルン商会に対する批判や悪口を禁ずる。
・学校内ではルルン商会の商売敵を利する行為を禁ずる。
「差し当たってはこんなものでよかろう」
使用人を呼び、会長は書いたばかりの書状を手渡して頼む。
「この要望書を冒険者ギルドに届けてくれ。冒険者達の返事が聞きたい」
「畏まりました」
使用人が部屋を出て行くと、再び会長は考え事。
「次はいよいよ生徒募集だな」
冒険者の建てた学校だろうに、会長は自分の学校のようなつもりでいる。
●どうなる学校?
冒険者達の最初の意図を離れ、周りの者達の勝手な思惑で事態はどんどん動いて行く。果たして冒険者達はこの事態をうまく乗り切れるだろうか?
なお現在、ギルド預かりとなっている学校運営資金は533G。ここから大工への報酬の残り100Gが差し引かれ、使用可能な預かり金は433Gとなる。
●リプレイ本文
●水時計
ここは庶民の学校。倉庫を改造した学舎の中。
「大工道具を売る店でございますか?」
店の場所を尋ねられ、大工の親方は思わず目の前のイシュカ・エアシールド(eb3839)に尋ね返す。
「ああ、時間を計る為の仕掛けを作りたいんで、道具を揃えないと」
「はぁ? 左様な仕掛けを?」
イシュカは板きれに炭で絵を描いて説明してやった。
「2つの水桶を組み合わせて、上の水桶の底に小さな穴を開ける。で、上の水桶に水を貯めれば水は少しずつ下の樽に落ちて行くだろう? 上の水桶が空になるまでを目安として、時間を計るんだよ」
「ああ、成る程。合点がいきました。この仕掛けを学校でお使いになるので?」
「そうだよ。これで授業の時間を計るんだよ」
「授業の時間でございますか」
相づちは打ったが、親方はどうもピンとこない。基本的にアトランティス人の時間感覚は大雑把である。とりあえず朝、昼、晩で区切りをつけ、後は物事の自然な流れに任せる。そんな感じだ。
「ところで、旦那様は大工道具の使える者をお雇いでございますか?」
「いいや、自分でやるさ。雑用で修繕をこなす程度の腕はあるんだ」
「とんでもございません! 旦那様がお手をお煩わしになるなど! こういう仕事は手慣れた者にお任せになるのが一番! 仮にも学校でお使いになる大切な仕掛けでごぜぇましょう? 旦那様がご満足頂ける物をあっしらが私どもが作って差し上げやしょう」
親方が強く言い張るのでイシュカは渋々了承。これでまた仕事にありつけたと、親方は心でにんまり。
仕事が決まれば、その後は早々と段取りを組んで仕事にかかる。そして2つの水桶を木枠に取り付けた試作品が出来上がった。
「旦那様、こんな物で如何でしょう?」
「では早速、時間を計ってみるか」
どれくらいの時間で水が無くなるか、正確に計るためにイシュカが用意したのは、仲間から借りてきた懐中時計。
「おや、また珍しい品をお持ちで」
親方にとっては物珍しい機械。
「天界のお方は物持ちですなぁ」
そして時間の計測が始まった。
上の水桶に桐で開けた穴から、下の水桶に向かってつうーっと水が流れて行く。下の水桶が一杯になるまではひたすら待つ。ただ待っているのも退屈だから、その間はお喋りしながら過ごす。
「ところで、新しい国の王様ももうじきお決まりになるそうで」
「ああ、選王会議が開かれるらしいね」
「これであっしらの暮らし向きも、少しは良くなるといいんですがねぇ‥‥」
やがて上の水桶が空っぽに。時間を見ると17分とちょっと。
「いやに中途半端な時間だな。それに短すぎる。この3倍は欲しいよ」
「水桶の穴が大きすぎたんですな。この穴は栓で塞いで、新しく穴を開けやしょう」
試行錯誤を繰り返すうちに時は過ぎ、腹時計がお昼を告げる。
「旦那、そろそろ飯にしましょうや」
「そうだな。‥‥ああ、そうだ。実はまだ作るものがあったんだ」
水時計の他にイシュカが作ろうと思っていたのは掲示板。学校の出入り口に設けて、お知らせを掲げるのだ。
「旦那、自分で作ろうなんて水くさい事は言わないでくだせぇよ」
「これでも私は学校の用務員なんだが‥‥」
「ヨウムイン様で? 偉そうなお役職ですなぁ。とにかく大工仕事はあっしらにお任せを」
何か誤解しているようだが、親方はこっちの仕事も貰ってしまう。
「あともう一つ。それぞれ音が違う鐘を幾つか購入したいんだ。鐘の音を学校の先生それぞれの目印にして、だれだれ先生担任の授業はこの音色、というようにはっきり分かるようにしたいんだ」
「分かりやした。あっしらにお任せを」
金になる仕事なら貰って損は無い。
●採用試験
「聞いたかい? 学校で働き口を世話して貰えるそうだぞ」
「ダメで元々、一度顔を出してみっか」
一体、どこでどう話が伝わったものか。学校の責任者マルト・ミシェ(ea7511)が学舎に足を運んでみると、職を求める者が50人以上も学校の前に集まっているではないか。
「やれ、目が回るのぅ‥‥」
他にもやる事は山ほどあるのに。
「どいた、どいた、どいたぁ!」
人混みをかき分けて真っ先にやって来たのは大工の親方。
「これはこれはご老公様」
「おお、お仕事ご苦労じゃった」
「ではお約束通り、修理代の残り50Gを頂きやす」
「おお、そうであったな」
50Gの金袋を受け取り、親方はにんまり。
「今後も是非ともご贔屓に」
続いてやって来たのが、礼服をビシッと着こなした男。物腰柔らかそうだけど、集まった連中の中では一番偉そう。
「ルルン商会の使用人で御座います。会長の代理として参りました。以後、お見知り置きを」
「そちらの話でしたら、この私が‥‥」
早速、商会との交渉担当の信者福袋(eb4064)が対応に出たが、
「おい、何だありゃ?」
「あんな物まで連れて」
妙に周りがざわつき出す。何事かと福袋が振り返ると、
「あ‥‥!」
自分の後ろにペットの小熊がくっついていた。人混みを警戒して福袋に寄って来る。
「困りましたねぇ‥‥」
自分も面接官をやるつもりだったのに、これでは。
「おやおや、可愛い熊ちゃんでございますね。こんなゴミゴミした場所で話も何です。ささ、熊ちゃんと一緒にこちらへどうぞ」
会長代理の使用人は愛想笑いを浮かべ、福袋と小熊を余所へ引っ張って行く。
集まった求職者達は学校の中に通され、マルトの説明が始まる。
「採用の条件は、読み書き計算の出来ること。かつ先生として相応しい品格であることじゃ。これから採用試験を致すが、合格したら職員として採用。不合格となった者も希望があれば生徒として読み書き計算の授業に加わり、大人の目から見て教え方が適切かどうかを判断し、間違った点や改善すべき点があれば意見を出して欲しいのじゃ。では早速、テストを始めると致そう」
マルトは用意した大きな板に、セトタ語で大きく『学校』と綴って皆に示した。但し、スペルはわざと間違えてある。
「ここに『学校』と書いてある。この綴り方が正しいと思う者は教室の右に、間違っていると思う者は左に移動なされよ」
求職者達はぞろぞろと移動し、教室の右と左に分かれる。
「この綴り方は『間違い』じゃ。右の者は教室の外で待たれよ」
こんな調子で読み書き計算の能力がテストされ、適格者として残った者は14人。
「では次に面接試験じやが‥‥」
ごほっ、ごほっ。咳の音。残った求職者のうち2人が咳き込んでいる。校医を自認する篠崎孝司(eb4460)にとっては気掛かりだ。
「街で風邪が流行っているのか?」
たかが風邪とは馬鹿にできない。風邪がこじれて肺炎になることもあるし、同じ風邪症状でもインフルエンザだったりしたら大変だ。
どん! 求職者の1人がいきなり倒れた。
「どうした!?」
孝司が駆け寄る。
「腹が‥‥腹が‥‥」
男は腹を押さえて呻いている。
「僕は医者だ。手当ては任せろ」
男は下痢をしていた。食中毒の症状だ。孝司は率先して指示を下す。
「感染症の疑いがある。近くに隔離できる場所は? そうか、物置があるか。ではそこへ運び込んでくれ。服を脱がして、体を拭き清めてから着替えを。汚れた服は熱湯で消毒した方がいいな」
しかし皆に指図するうちに、孝司は重大な事に気付く。
「何だって? ここに井戸は無いのか?」
元々は隣のお屋敷に付属していた倉庫である。人が居住できるよう、改築に際してトイレや炊事場は設けられたが、井戸は塀を隔てたお屋敷の敷地内。水を得るには遠く離れた公共井戸までわざわざ汲みに行かねばならなかった。
「やれやれ。早々に問題が出たか」
●掲示板
学校の入口に作られたばかりの掲示板に、張り出された羊皮紙の通知書が一枚。
「おい、なんて書いてあるんだ?」
「誰か文字の読めるヤツいねぇか?」
集まった人々が口々に騒いでいると、そこそこに文字の読める旦那がやって来た。
「どうやら読み書き計算大会はしばらくやらないらしいぞ」
通知書を読んでの旦那の言葉に、皆は残念がる。
「なんだよ、楽しみにしてたのに‥‥」
夕暮れが来て人通りが少なくなった頃。一人の男がこそこそした足取りで掲示板の前にやって来た。男はしばし通知書に見入っていたが、
「こいつは羊皮紙じゃねぇか。書いてある字を削り落とせばまだまだ使えるぜ。しめしめ、こいつを売っ払えば金にならぁ」
やにわに通知書をひっ掴んで剥がすと、自分の懐にしまい込み、そそくさとその場から立ち去った。
庶民の学校、早くも盗難事件発生。
●教育法と計算法
ラーシェン老人が様子を見に学校に立ち寄った折り、山下博士(eb4096)は学校の授業について提案してみた。
「文字の覚え方を、イメージ的に出来ないかと考えます。文字の形を具体的な何かに例えれば覚えやすくなるでしょう?」
博士はセトタ語を習い始めたばかり。教材の砂箱を使い、セトタ語のアルファベットを色々と書いてみる。
「たとえば、何に見えますか?」
「剣じゃな」
「これは?」
「角の生えた獣じゃ」
「これは?」
「立っている人に見えるのぉ。しかし、面白いものじゃ。上手く工夫すれば、勇者が剣で獣を退治する話が出来そうじゃな。そんな歌が作れたら子ども達の覚えも早かろう」
この提案にラーシェンは乗り気だ。
「読み方を教えるのは素読でいきませんか?」
「ソドクとな?」
「教えるべき文章を一行毎に先生が読み、生徒が復唱する方法です。文字が判別つかなくても音で覚えていけます」
「それは良いやり方じゃ。儂も子どもの頃、言葉を何度も繰り返して覚えたものじゃ」
「最初は商売で使う契約書とか、商人同士の決まり事などを‥‥」
「なんじゃと!?」
それまで上機嫌で話を聞いていた老人が、にわかに嫌な顔をする。
「いきなりそんな事を覚えさせてどうする? 商売事よりも先に教えることがあろう。まず子どもに教えるべきは物事の道理、そして人間として恥じぬ生き方じゃ。儂が真っ先に父から習ったのは、我がラーク家の家訓であったぞ」
江戸時代の寺子屋では、いわゆる往来物を使い山下のような事を学ばせていたが、元騎士であるラーシェンの考えは藩校のような方針であった。
計算法についても博士は提案。地球と違って近代的な学校教育がしていないアトランティスでは、足し算に比べて引き算の苦手な者が多いのではないかと考え、その欠点を補う為の計算法を示してみた。
「例えば、『3678』引くことの『258』を計算する場合ですが‥‥」
【手順1】
元の数と引く数の桁を、少ない方を0で埋めて合わせる。
『3678』、『0258』
【手順2】
引く数の全ての桁ごとに足して9になる数字に変換。
0→9 1→8 2→7 3→6 4→5
5→4 6→3 7→2 8→1 9→0
『3678』、『0258→9741』
【手順3】
足し算をしたあと+1する。
『3678』+『9741』=『13419』
『13419』+『1』=『13420』
【手順4】
一番上の桁を外して数字を読む。すると足し算で引き算がされている。
『13420』→『3420』
各桁を足して9になる数に変換し1を加えた数は、元の数と足し合わせると有効桁内が全て0になる。つまり、ゲタを履かせたマイナス表現を作ってそれを加えると言う話である。
前もって木板に記した対応表の助けを借りて説明したが、ラーシェンは妙な顔に。
「ずいぶんとややこしい勘定のやり方じゃな。儂ならこれを使うぞ」
と言って手元に取り出したのは、格子縞の模様のハンカチと、鉄製の模造コイン。
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┣╋╋╋╋┫
┣╋╋╋╋┫
┣╋╋╋╋┫
┣╋╋╋╋┫ ●●●‥‥
┗┻┻┻┻┛
格子縞の升目の一列が数字の一桁に相当する。卓上計算機が普及する以前、一昔前の日本では算盤による計算が日常的に行われていたが、これも算盤に類する計算器具だ。ラーシェンは手際よくコインを並べては取り去り、やがて博士と同じ答を導き出した。
「どうじゃ? やり方を覚えるまではちと難しいが、馴れれば簡単なもんじゃぞ」
福袋は近くで会話を聞いていたが、ほほうと頷いた。
「博士くんのやり方だと会計計算で手形とか買掛とかを足し算だけで処理出来ますね」
足して桁あふれが生じなければ負債である。有効桁数を十分に大きくしておけば、足し算の連続計算で会計処理が出来る。博士がそのことを指摘すると、
「ばかもん! 途中経過だろうがなんだろうが、負債という物を作らぬのが肝要じゃ」
二人の立脚点が違っていることに、福袋は気が付いた。
●ルルン商会にて
ルルン商会から送られて来た要望書に、篠崎孝司はカチンときた。
「僕の意見としては、受け入れられるのは3番目くらいだ。
──学校で使用する物品はルルン商会を通じて購入する。
これである。
「2番目は論外」
──学校はルルン商会に対して、商会が学舎を商売に使用する権利を認める。
「学校を私物化したつもりにならないで欲しいものだ。そして4番目と5番目」
──学校内ではルルン商会に対する批判や悪口を禁ずる。
──学校内ではルルン商会の商売敵を利する行為を禁ずる。
「なにか疚しい事でもしているのか? 学校とは基本的に中立だ」
評価は手厳しい。
「必要ならばこの地の人達に、学校というものが如何なる物かの説明を行うが」
「いや、商会との交渉は私とマルト様とで行いましょう」
と、信者福袋。孝司と会長を直接話させたら喧嘩になりそうなので。
で、福袋とマルトと孝司の3人で、ルルン商会の商館へ出向いた。
「冒険者3名様と小熊1匹、お見えになりました」
商館事務員の案内で3人は会長の前に通され、
「あ、小熊はお預かりしますので」
小熊は事務員が一時預かり。
「して、要望書の件じゃが‥‥」
と、挨拶を済ませたマルトがにこにこ愛想良く切り出す。
「悪口についてはそれ自体が悪いことなので、ルルン商会に対する物に限らず全面的に禁止じゃ」
「名誉と信用も教育の内容ですので」
福袋も言い添える。
「それはそれは、結構なことですな。流石は国王陛下の覚えもめでたき冒険者殿、お志が高い」
多少形は違えども、自分の要求が通って会長も満足。
物品購入や就職斡旋に対する答は、角を立てないようやんわりと。
「購買部や就職、斡旋に関してはこちらからお願いしたいところです。実績第一ですから」
「但し、出来合いの物は商会から購入できるが、一から作る物については信頼できる大工さんの知遇がいるので、できればそちらをお願いしたいのじゃ。また、大人の生徒も受け入れる予定なので、学舎は弾力的に活用したく思う」
こちらも思惑に沿った答を得られて会長は満足。
「分かりました。そちらの希望にもなるべく沿うよう、取り計らいましょう」
「但し、この学校にネバーランドや他の生徒も受け入れる以上‥‥?」
「ネバーランド?」
「王都の子ども達の互助組織です。子どもギルドと言えばお分かりかと」
過去の依頼でネバーランドにコネのある福袋は、そこの子ども達も学校に関わらせるつもりでいた。
「ああ、先王陛下がお墨付きを与えたという、あれですか。少しだけ話を耳にした事があります。しかし最近はとんと話を聞きませんな」
「それはさておき。一定の入学枠は設けますが、生徒をルルン商会の方ばかりに限るわけにも行きません。他の商会参入も考え、現場と出資者の折衝の場として『理事会』設立を提案いたします」
「ふむ」
会長は暫し沈黙し考え込んでいたが、やがてにこやかに返事を返した。
「前向きに検討致しましょう。ところで、今日は時間が空いています。これから学校の様子を見に行きたいのですが、宜しいですかな?」
「勿論です」
「歓迎致しますぞ」
そして冒険者達は会長と共に学校へ。しかし、まさかその後で冒険者達にとっては予想外の事件が持ち上がろうとは‥‥。
《次回OPに続く》