救護院創始1〜候補地選び

■シリーズシナリオ


担当:マレーア3

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:4

参加人数:6人

サポート参加人数:-人

冒険期間:11月16日〜11月21日

リプレイ公開日:2006年11月26日

●オープニング

●建白〜救護院の創始
「国王陛下、奏上申し上げますわ」
 賢人会議の席上。凛と響いた神聖騎士の声が奏上を為す。王に訴えるその言葉は、さながら詩を吟ずるが如く。

 両親を亡くし、或いは捨てられた哀れな子供達。
 その多くの末路は、悪に穢されるか、骸を晒すのみ。
 そして、老いさらばえ身寄りも無き者達。
 その多くの末路は、独り哀しく朽ちて逝くのみ。

 子供は、後の時代を担う存在。
 老人は、先の時代を創った存在。

 子供達には可能性が、老人達には培われて来た経験・知識が在る。
 この両者を蔑ろにする事は、未来の希望を断つ事に他ならず。

 老人達は培われて来たものを後世に、子供達に伝えながら安らかな余生を過す。
 護られ得難きものを得た子供達は、国の発展と安寧を齎す人材の原石に育つ。

 人は永劫には生きられぬ者‥‥だからこそ、後世の希望を育てる事に意義がある。
 最初はどれだけ小さな施設でも良い。
 それで救える命が在る。
 小さい事の積み重ねが、山の如く聳える為の礎となる。
 事が成せば、国王陛下も賢王として更に名を馳せる‥‥。

 奏上は王の心を動かした。
「褒美は、何を望む?」
「富でも地位でも無く、護る為の力を。未来在る者達を、救い求める者達を‥‥地獄から救える力を。だだその力だけを望みます。それが‥‥私の生きる道で御座いますわ」
 真摯なるその言葉に王は決意する。この者に任せてみようと。斯くして、王の言葉は下された。
「その方にはこの王都にて、救護院を創始し子どもと老人を救済する権限を与えようぞ」

●最初の一歩
 これは救護院の創始を志す冒険者達の物語。彼らは先ず、王都とその近辺の調査に乗り出した。
 王都の実状を調べてみれば、いつの間にか余所から流れてきて住み着いている者の多さに驚くことだろう。その多くは王都の城壁内にある、貧民街と呼ばれる区画に住んでいる。
「で、結局、貧民街の人口は何人なの?」
 一通り調査はしてみたものの、冒険者達は頭を悩ませることになった。
「子ども達に手伝わせたのは不味かったかな?」
 貧民街の子ども達に報酬を与えて、住民の数や年齢などを調査させた者もいた。しかし貧民街の子どもには、満足に数を数えられない者だって多いのだ。満足の行く結果を期待するのが無理というもの。
 しかし調査の手応えからすると、貧民街と呼ばれる区画には、村を5つも6つも合わせた程の人間が住んでいる。人口比では若者が多く、壮年、老人と年齢が増すに従って、その数は少なくなる。種族は大多数が人間だ。手に職のある者よりも、物売りや下働きの力仕事などの単純労働に従事する者の方が多い。もっとも仕事は常にあるとは限らず、貧民街では路上で暇つぶしをしながら日がな一日過ごす者の姿が多く見られた。
 しかし貧民街に住処のある者達は、王都の城壁外に暮らす不法滞在者と比べたら、境遇ははるかにマシだと言えた。城壁外にあったスラムが大火で焼けた後も、王都に流入してくる流民は絶えず、彼らは城壁近くの森の中などにあばら屋を建てて暮らしている。仕事にありつける機会は貧民街の住人よりもなおさら低く、その日一日の食べ物を得るのにも苦労する。
 王都近隣の男爵領に流れ込む流民も多い。冒険者達が訪れたワザン男爵領では、廃村を丸々一つ、流民の住処としてあてがっている有様だ。
 しかし王都に近いワザン男爵領は、救護院を設立するに相応しい適地ともいえる。早速、冒険者達は男爵の領主館に向かい、事情を話して協力を求めた。
 話を聞いて男爵は言う。
「君たちが計画している救護院の使命についてはおおよそ理解できた。君たちの計画に私は大いに関心をそそられた。その計画を支援するに、私は吝かではない」
 色好い返事が得られた、と思いきや。まだ続きがあった。
「但し、支援に当たっては条件がある。それは、我が領内に流れ込んだ貧民全ての面倒を見ることだ」
 また、とんでもない条件が付けられたものだ。
「貧民全て‥‥ですか!?」
「その通り。我が領内には貧民を住まわせている村があるが、その村を君たちに任せよう」
 領主館に来る途中で立ち寄った、貧民村の光景が冒険者の脳裏を過ぎる。
「村の外に迷惑をかけず、村に住む貧民達の最低限度の生活が保障される限り、村では何をするのも君たちの自由だ。村に救護院を設けることも認めよう。だが、子どもと老人だけを特別扱いという訳にはいかぬ。引き受けるからには貧民全てを引き受け給え」

●掃き溜めの町
 ワザン男爵領には船着き場の町ガンゾがある。その隣町であるベクトの町は別の領地に属する町だが、ベクトの町の治安は王都の近辺でも特に悪い。
 そのベクトの町の街に出向いたのは『鉄壁の女傑』の異名を取る女戦士。
「あ! 泥棒、待て!」
 早くも財布を盗まれ、逃げる泥棒少年を追いかけて行くと案の定。女戦士は人相の悪い連中に囲まれた。
「げへへへ! 俺達の縄張りに迷い込んだのが運の尽きよ!」
 しかし何人集まっても、ごろつきはごろつき。戦いの場数を踏んだ女戦士の敵ではない。数分後には全員、ぶちのめされて地に転がっていた。
 泥棒少年はといえば、女戦士のあまりの強さに立ち尽くし、怯えた目を向けている。
「財布、返してもらおうか」
 少年に声をかけると、別の誰かからも声がかかる。
「返してやれ。小僧」
 誰かと思って見ると、この辺りを仕切っている顔役らしい男だった。少年はおずおずと財布を返し、男は女戦士に尋ねる。
「おまえ、ただ者じゃねぇな。この掃き溜めに何用だ?」
「ここに住んでる子どもやお年寄りの暮らしぶりが知りたくてね」
 その答を聞いて、男はにやりと笑う。
「面白い答え方しやがるな。まあ、今回はそういう事にしてやろう」
 そして男は女戦士の耳元に囁いた。
「もしも仕事を探しているなら、紹介してやってもいいぜ。おまえ程に腕の立つ女なら、引く手あまただ。この町に流れて来たところを見ると、どうせワケアリの身だろう?」
 どうやら男は女戦士のことを、裏稼業で稼げる仕事を探している人間だと勘違いしているようだ。
「子どもにお年寄りと言ったが、そっちの仕事にもコネがある」
「もしや、その仕事とは‥‥」
「子どもは色々と役に立つし、金にもなる」
 と、男は泥棒少年を目線で示し、さらにもう一言。
「老人は金にはならねぇが、使い方次第で結構役に立つ」
 男の言葉には後ろめたい犯罪の臭い。貧民に救いの手を差し伸べようとする者達がいる一方で、貧民を食い物にしようとする者達も存在するのだ。
「考えさせてくれ」
「いいとも。俺はいつでもこの町で待ってるぜ」

●次なる一歩
 冒険者ギルド総監カイン・グレイスは、賢人会議にて為された数々の建白を実現すべく、冒険者を指導する立場にある。救護院の創始についても然り。
 冒険者達の調査が一段落すると、カインは彼らを呼び集めて告げた。
「調査の結果、救護院を設ける場所は、王都の貧民街かワザン男爵領の貧民村のどちらかになりそうですね。勿論、他の候補地を探すことも出来ますが、最初から高望みはしない方がいいでしょう。全ての点において申し分ない場所は、限られていますから。先ずは落ち着くべき場所を定め、計画を次の段階へ進めましょう」

●今回の参加者

 ea0907 ニルナ・ヒュッケバイン(34歳・♀・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 ea0941 クレア・クリストファ(40歳・♀・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ea9535 フィラ・ボロゴース(36歳・♀・ファイター・人間・ノルマン王国)
 eb3033 空魔 紅貴(35歳・♂・浪人・ジャイアント・ジャパン)
 eb3838 ソード・エアシールド(45歳・♂・神聖騎士・人間・ビザンチン帝国)
 eb4750 ルスト・リカルム(35歳・♀・クレリック・人間・イギリス王国)

●リプレイ本文

●裏世界の危険
 どんな苦難が立ち塞がろうとも
 驕らず急がず、だけど確実に
 往こう、これが私が選んだ道‥‥他に進む道は無い

「良き報告を期待しています。では、解散」
 事前の顔合わせ終了。冒険者ギルド総監カインのその言葉で、冒険者達は一人また一人と総監室を後にする。ただ一人、クレア・クリストファ(ea0941)だけが残った。
「お話があります。その前に、探知の魔法で周囲の確認をさせて頂きます」
 デティクトライフフォースの魔法を唱え、自分とカインの他に生命ある存在が近くにいるかどうかを確認。何者かが聞き耳を立てていたりしたら事だ。
 窓の下に生き物の存在を感知。窓から下を覗くと、カインに雇われたお手伝いシフールのリルが猫と遊んでいる。
「悪いけど、暫く遠くへ離れていてね」
「は〜い!」
 まさかとは思ったが、用心のためリルと猫を遠ざけ、クレアはカインに報告する。従者のフィラ・ボロゴース(ea9535)がベクトの町で体験した事を。
「裏世界の情報を得る恰好のチャンスです。彼女には暫く汚れ役を担ってもらい、裏世界の人間との接触を続けさせるつもりでいます」
「貴女もフィラもベテランの冒険者。何が起きるか判らない危険を承知の上で、それを背負い込む覚悟は出来ていることでしょう。しかし、密偵として裏世界の人間に成りすまし続けるという事は、二重の危険を背負い込む事なのですよ。即ち、正体が露見して危害を加えられる危険と、自らが裏世界の深みにはまって身を滅ぼす危険です」
 カインの声は穏やか。しかし、語られし中味はあまりにも深刻。
「裏世界の人間は新参者を試すため、悪事への荷担を要求するでしょう。最初はこそ泥、次には大金狙いの泥棒、さらには人攫い、そして最後には人殺しを命じられかねません。当然ながら、悪事の全てに最後まで付き合う訳にはいかないのです。どこで一線を引くかを見極め、引き際を見定めねばなりません。しかも相手に気付かれぬように。これは難しい芸当です」
「判っています。しかし‥‥闇祓い悪討つもまた、我が宿命‥‥」
「最後までやり遂げる意志はありますね?」
「はい。この名と誇りに懸けて‥‥。あと一つお願いが。安全の為にも、この件に関しては暫くの間は完全機密事項として扱って欲しく思います」
「そのように計らいましょう」
「有り難うございます」
 クレアの表情は始終、引き締まったまま。最後にカインは微笑みを向け、言い聞かせる。
「いざとなったら、貴女がフィラを守りきりなさい。それが、フィラの主人たる貴女の使命です」

 カインとの話を終えたクレアは総監室を辞す。外では仲間達が待っていた。
「どうだった?」
 と、空魔紅貴(eb3033)が訊ねる。
「総監の許可は戴いたわ」
「そうか‥‥。じゃ、始めっか」
 言って、紅貴は韋駄天の草履をニルナ・ヒュッケバイン(ea0907)に差し出す。
「予備のヤツだ。これ、使いなよ」
「ありがとう」
 王都の城壁の外へ出ると、紅貴とルストは靴を韋駄天の草履に履き替えた。
「それじゃ、一足先に」
 紅貴とルストの姿はあっという間に遠ざかっていった。
「ルストは私の後ろに乗って」
 と、馬上のクレアがルスト・リカルム(eb4750)に手を貸し、引っ張り上げる。
「振り落とされないように、しっかり掴まって」
 クレアとルストを乗せた軍馬コロナもまた、紅貴とルストの後を追って駆け出した。その後には若い戦闘馬オニキスを操るソード・エアシールド(eb3838)が続く。彼らが向かうその先はワザン男爵領。

●ワザン男爵との契約
 ワザン男爵邸に入り、男爵の前に通されるや、クレアは静かに微笑みながら開口一番に告げる。
「貴殿の条件を呑みましょう‥‥。貧民全ての面倒を見ます。正式に支援をお願い致します」
「そうか! 君たちに感謝する!」
 クレアのこの返事を待っていたかのように、張りのある男爵の言葉が返ってきた。
「ただ、今直ぐに貧民全てを引き受ける訳にはいきませんので‥‥。村での態勢が整い、行動を始めるまで暫しのご猶予を」
「勿論だ。無理はさせない。早速、村の衛兵達にも君たちの事を伝えおこう。彼らは村の有様を良く知っている。君たちの大きな助けになるはずだ」
「では最初に、村の実態ならびに周辺状況調査の許可を。そして、村の詳細な情報を戴きたく」
「許可しよう。これまでの村の記録も至急、手配する。時に‥‥」
 男爵はクレアに付き添うルストに目を向けた。
「君の付き添い人は教会と縁ある者かね?」
 クレアが身に纏う聖者の法衣を見て、男爵はそう推察したのだ。王都の近辺に住む貴族であれば、ごく最近になって天界人により伝えられたジーザス教のことは多少なりとも耳にしている。
「彼女はクレリックのルスト・リカルム。神聖騎士の私と同じく、冒険者ギルドに籍を置く冒険者です」
 クレアに紹介され、ルストは男爵に軽く会釈。その静かな物腰とは対照的に、男爵の顔は驚きを露わにしていた。
「なんと! 貴女がクレリックの方だったとは! して、貴女も貧民救済の仕事に加わるのであろうか?」
「はい」
「勿体ない‥‥。貧民ごときに」
 男爵は眉を顰める。
「貧者や困窮者の救済は、聖職者の勤めなれば」
 ルストはただ静かに言葉を発した。
「しかし貧民にかかずらう余り、身分高く地位と責任ある者達のことを疎かにされては困る。救済を為すにしても優先順位というものがあるはずだ。もしも我がワザン家の者やその縁者、或いは我が領地を訪れし賓客に大病や大怪我など万が一の事あらば、貧民は後回しでよい。先ずはより重きを為す者の救済に当たって戴きたい」
 男爵のその求めに対して、ルストは次の言葉で答えた。
「全ては主なるジーザス様の御心のままに」
 この後、救護院の事業責任者であるクレアとワザン男爵との間で、文書による正式な契約が交わされた。クレア達冒険者は通称・貧民村に住まわせられた貧民全ての面倒を見る代わりに、貧民村において救護院を設立し運営に当たることを許される。ワザン男爵は冒険者に対して物資の提供など必要な支援を行う。
 これは即ち、それまで男爵が行っていた貧民救済事業が冒険者に委託され、今後は冒険者の主導で執り行われることを意味していた。

●貧民村の貧民達
「では早速、貧民街の調査を‥‥」
「貧民村でしょう?」
「‥‥そうだった、貧民村だ」
 ニルナに言われて、紅貴は言い間違いを訂正。
 旅人を装うニルナは仰々しい騎士の恰好ではなく、白のブラウスと青いロングスカートの私服を着込む。ルストも相手と話しやすくなるよう地味な服を選び、紅貴とソードも彼女達に合わせて平民っぽく装っている。
「今、あのときの約束を果たすときです‥‥救護院がこれからの未来を築く場所になることを願って、私は手となり足となりましょう」
 村の入口で自分自身に言い聞かせるように呟くと、ニルナは皆と共に貧民村へ足を踏み入れた。
「あの、ちょっといい‥‥? ここらへんは初めてなんだけど、人が多いわよね‥‥どれくらいいるのかしら‥‥」
 最初に声をかけたのは、道端にたむろする男達。しかし、返ってきた答は、
「あんたには関係ねぇだろ?」
「あんたらも余所から流れて来た口か?」
「食えなくなって、ここで暮らそうってかい?」
「金がねぇなら、その服売っ払っちまえ」
 ニルナはため息ついて頭を振った。その耳に紅貴が囁く。
「これでは、先が思いやられるな」
 ルストも出来るだけ明るい口調で、出くわす者達に何度も話しかけてみたが、嫌味や悪口を言われたり、何も返事が返って来なかったり。
 それにしても、まったくもって活気の無い村だ。所在なげにしゃがみ込んだり、寝っ転がっている者がやたら目立つ。
「でも、この辺りにいるのは男ばっかりね」
 歩くうちに村の中央広場まで来た。そこに見張り台と番小屋があり、数名の衛兵が詰めている。
「まったく、あんたらも物好きだな。こんなうんざりする連中の面倒を見たがるとはな」
 冒険者達を見て、衛兵が言った。
「仕事は捗ってるか?」
「村の事を知りたいのに、誰も協力してくれなくて困ってるの」
 と、ルスト。
「そりゃ、こいつらはろくでなしの貧民だからな。最初から村の番人の俺達に頼めば協力してやったのに」
 そして、衛兵は貧民村の大まかな説明を始める。
「この村は西と東とに分けられ、西半分には男どもを、東半分には女と子どもを住まわせている。村の入口からここまでが西半分で、ここから先が東半分だ」
「男を、女や子どもと分けているのか?」
 と、紅貴が訊く。
「ああ。所詮、この村の住民はあちこちから流れてきた流民の寄せ集めだ。だから、誰もがお互いを信用してないのさ。男と女子どもを一緒にしておくと、男どもが食い物を奪って独り占めにしたりとか、色々と厄介な問題が起きるんでね。余計な手間がかからぬように分けてある。それからこの村では、酒も賭博も禁止だ。騒ぎの元になるんでな。勿論、武器になる物の携帯は厳禁だ。貧民どもにはナイフ1本たりとも持たせない。違反者は鞭打ちの後、さっさと村から追放する」
 話を終え、村の東側に向かおうとすると、後ろから衛兵の声が。
「気をつけなよ! 相手が女や子どもでも、手癖の悪い連中が多いからな!」
 そうしてやって来た村の東側では、子ども達が何やら騒いでいる。
「やっぱり子どもは何処でも元気‥‥」
 微笑んで言いかけたルストの表情が凍り付いた。子ども達が夢中になっているのは、虐めだ。同じ子どもをよってたかって虐めている。
「こら! やめろ!」
 大柄な紅貴が怒鳴って駆け寄ると、子ども達は蜘蛛の子を散らすように逃げて行った。一人、残されたのは虐められていた子ども。
「君、大丈夫? ‥‥ああ、これは酷いわ」
 確かめると、子どもの体は傷だらけ。放っておくわけにもいかず、ルストはリカバーで傷を癒してやる。回りを見れば大人の女達の姿。女達はいきなり現れた冒険者に、不安げな眼差しを送っている。
 ふと、ニルナは女達の中に、ほっそりした独特の顔立ちを見つけた。
「貴女、エルフよね。‥‥貴方達の仲間って、このへんにもいっぱいいるの?」
 近づいて声をかけると、エルフはいきなり逃げ出した。
「おい! 何で逃げる!?」
 紅貴が追いすがり、取り押さえる。
「ん? こいつ、男じゃないか?」
 ほっそりしたエルフ顔で女の服を着ていたから誤魔化されたが、よくよく確かめてみれば男のエルフ。
「ぼ‥‥僕を殺しに来たのか?」
「そうではない。まずは話を聞かせてもらおうか」
「頼むから見逃してくれ。僕は‥‥その‥‥逃げて来たんだ」
「逃げて来た? どこから?」
「‥‥ベクトの町」
 冒険者達は顔を見合わせる。とんだ拾い物をしてしまったようだ。

●貧民村の実体
 その日、冒険者の泊まり場所になったのは、村の広場に設けられた大テント。兵隊の野営に使われる本格的なもので、設営は衛兵達が行った。
「悪いが、当分はテント暮らしで我慢してくれ。隙間風が吹き込まないだけ、貧民どものあばら屋よりずっとマシだ」
 冒険者達に告げて衛兵達は自分達の番小屋に引き揚げ、冒険者達は大テントの中で、今日一日の調査結果を報告し合う。
「王都の貧民街とは、かなり勝手が違うな」
 紅貴を始め、誰もがそんな印象を持った。
 王都の貧民街には貧しいとはいえ、生活の基盤となる我が家がある。生活を支え合う人間関係がある。
 しかし、この貧民村にはそれもない。貧民達の住む家は衛兵達が勝手に割り振り、勝手に決めた人数分だけ貧民を押し込める。家族が一緒になることに考慮は払われず、異境の者同士が一つ家に押し込められるから、誰もが相互不信でギスギスしている。
 ここは貧民を留めておくためだけの場所、有り体に言えば収容所だ。
 この村に流れてきた貧民達は基本的に、さっさと村から出て行くことを要求される。だから、村ではいい目を見させない。与えられる家はろくに修理もされていないあばら家。支給される食事は、家畜の餌の方がマシと思える代物。そして村には仕事の周旋人が不定期に訪れ、仕事にありつけた者達は村から追い出される。しかし仕事が無くなれば、彼らはまた村に戻って来る。それが、貧民村での生き方だ。
 村の人口は現在、200人強。種族は大部分が人間だ。しかし冬が深まるこれから先、食い詰め者や仕事にあぶれた者達が流れて来るから、人口はもっと増える。それは春まで続くだろう。
 丸腰の貧民達を武装した衛兵達が厳しく監視しているから、治安は良い。しかし、このやり方は人々の意欲を削ぐ。慢性的な飢餓状態にあることも手伝って、村にはまるで活気がない。

 翌日。ソードとクレアは馬に乗り、貧民村周辺の調査に出かけた。
「村の外は気持ちがいいな」
 馬上でしみじみ呟くソード。あんな村に閉じこもってばかりでは、こちらまで陰気になってしまう。
 村の周囲には平野が広々と広がっていた。
「この辺り、以前は畑だったのかしら?」
 村の周囲には畑が作られるもの。景色を眺めるうち、クレアは家畜小屋の跡と思しき物を見つけた。
「何年も前は、立派な村だったのでしょう」
 その立派な村も、現国王エーガンにより本来の領主が排されて横暴な代官が置かれ、人々は暴虐に耐えかねて逃散し、村は廃村と化した。挙げ句、代官は領地経営の失敗で雲隠れし、村はワザン男爵領に組み込まれ、貧民のたまり場となって現在に至る。それが貧民村の歴史だ。
 エーガンの志がどうであれ、このような結果を招いたのは事実。故にエーガンの暴政と呼ぶものも多い。政治とは結果で評価される物。それは、救護院創始と言う冒険者達の大いなる企ても例外ではない。

●裏稼業
 掃き溜めの町ベクトで、フィラは裏世界の周旋人と再会した。
「ほら、手土産だ。ちゃんと儲かる仕事を用意してくれるんだろうな?」
 再会の場所は怪しげな酒場。テーブルの上に手土産の発泡酒をどんと置く。
「まずは、乾杯といこうぜ」
 周旋人は2人分の杯に発泡酒を注ぎ、2人で乾杯。さらに、酒場の主人を呼びつけて何やら耳打ち。やがてフィラの目の前に、見るからに不味そうな料理が並ぶ。食べてみると、やっぱり不味い。
「しけた店だな」
「まあ、最初はこんなもんさ」
 暫くして、ドブネズミを思わせるみすぼらしい風体の男どもが、フィラの前に並ぶ。
「お前さんの仕事仲間だ。早速だが今晩、一仕事してもらうぜ」
 周旋人が紹介した男どもは、王都を荒らし回る窃盗団。その日の夜の仕事は、王都の平民街にある質屋の襲撃だった。

 その翌日。質屋襲撃さるとの知らせが、平民街を駆け回った。何でも質屋に押し入った窃盗団には手強い用心棒がついており、質屋の者達は誰1人として歯が立たず、倉の中の一切合切を奪い去られてしまったという。幸いにして店の者に死人は出なかったが。
 そして窃盗団の用心棒ことフィラは、周旋人より報酬を渡された。
「これが、お前さんの取り分だ」
 質屋の倉に収まっていた首飾りに耳飾りに宝石の指輪。
「足がつかねぇように売っ払えば、結構な金になるぜ。次の仕事もよろしくな」

《次回OPに続く》