救護院創始5〜王城への召喚
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■シリーズシナリオ
担当:マレーア3
対応レベル:8〜14lv
難易度:普通
成功報酬:4 G 98 C
参加人数:8人
サポート参加人数:9人
冒険期間:10月13日〜10月18日
リプレイ公開日:2007年10月25日
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●オープニング
●ワザン男爵の決意
話はおよそ3ヶ月前にさかのぼる。ここはワザン男爵領の領主館。
「‥‥何たることだ!」
ベージェル・ワザン男爵はそう口にしたきり、深く眉根を寄せて沈黙した。
目の前の机には、男爵を沈黙させる原因となった書状が広げられている。
大ウィル国王ジーザム・トルクとフオロ分国王エーロン・フオロの連名で、ワザン男爵宛に送られて来た書状だ。
書状はつい先日の、隣領の王領バクルで行われた捕り物の顛末を男爵に伝えるものである。だが、内容はそれだけではない。書状は男爵に登城を命じるものでもあった。そう遠からぬうちに男爵は大ウィルの王が住まう王都の城に赴き、ジーザム王とエーロン王の査問を受けることになる。
無理もない。領内に流れて来る貧民たちを貧民村に受け入れて来た男爵だったが、人減らしのために大勢の貧民を、隣国ハンの商人に引き渡して来たのも男爵である。貧民たちをハンの国での奉公につかせるという、ハンの商人の言葉を信用しきっていたのだ。ハン国王の印章が押された認可状を商人が携えていたことも、男爵が商人を信用した大きな理由となっていた。
だが、善人づらしていた商人は、実は悪徳商人。王領バクルの悪代官シャギーラと手を組み、甘い言葉でかき集めた貧民たちを奴隷としてハンに売り飛ばしていたのだ。しかも悪事を取り仕切っていた悪党どもの中には、人の姿をしながら実は人に在らざる者も存在したのだ。人々が恐れ忌み嫌うカオスの魔物である。
悪事の全てが白日の下にさらされたのも、王領バクルで悪党どもの討伐に力を尽くした冒険者達が、しっかりと悪事の証拠を押さえたからに他ならない。
そして、知らなかったとはいえ結果として悪事に荷担し、カオスの魔物の片棒を担いでしまったワザン男爵の立場は? 事によったらジーザム王やエーロン王から厳しい叱責を受けかねず、累が一族の者にまで及ぶこともあろう。
「‥‥お館様?」
男爵の沈黙があまりにも長いので、傍らにいた執事になって声をかける。
「外に出かけるぞ。館に篭もりきりでは良い智恵も湧かぬ」
早速に馬が用意され、男爵は僅かに2人の騎士だけを連れて館の外に出た。
領内の視察は領主の務めと心得る男爵は、毎週これを欠かしたことがない。ことに領内でも特に重要なガンゾの町には、週に2回も3回も足を運ぶこともある。ただし貧民村とその近辺だけは、月に1度も訊ねればまだいい方。時には視察の無い月が3ヶ月にも及ぶことさえあった。
「男爵様がお越しになったぞ!」
急な男爵の来訪に、村の警備にあたる衛兵たちが慌てて村の入口に並び、男爵を出迎えた。村に住む貧民達も平身低頭して精一杯の礼を示す。
馬を貧民村に乗り入れた男爵は、馬から下りると周りの貧民たちの間を縫い、村の家の一軒一軒を見て回る。どれもこれも粗末な家ばかりだ。しかも以前には悪党の焼き討ちに遭い、焼かれた家もある。それでも焼かれた家は真新しい木材できちんと補修が為されていた。それを行ったのは、貧民達を気遣う冒険者だ。
「今回のご視察は、また随分と長いな」
衛兵たちが不思議そうな顔になる。いつもだったら貧民の事など考える暇もなしとばかり、さっさと帰ってしまう男爵なのに、今日は何故か訳が違う。
長引いた視察がようやく終わると、男爵は近くの丘の上へと馬を飛ばす。そして丘の上から貧民村を眺めつつ、しばらく考えに耽っていた。
お供の者たちは、男爵の口から言葉が放たれる時をじっと待つ。
そして、言葉は放たれた。
「貧民村と長らく呼んで来たあの村を、我が所領から切り離して別領となし、そこに冒険者の領主を迎えるのも良いかもしれぬ」
「その領主とは、事ある毎に男爵殿にの言葉に抗ってきた、あの生意気な女冒険者ということになりますか?」
訊ねた騎士に、男爵は穏やかな言葉で答えた。
「それが、最良の選択だと私は思う」
貧民村も元々は隣接する男爵領の領地だったが、先のウィル国王エーガン・フオロの暴政下でその男爵領は取り潰され、領地は分割されて周辺の諸領地に吸収された。一部はシェレン男爵領、一部は王領バクルに。そして、貧民村の近辺がワザン男爵の領地に吸収されたのだった。ワザン男爵領にとっては、いわば付け足しの土地だったのである。
「近々、私が王都に赴きジーザム陛下とエーロン陛下に拝謁する時には、領地割譲の件についても我が上位領主たるエーロン陛下にお伺いを立てねばならぬ。その時には王領バクルでの悪党討伐に功績あった冒険者達も呼び寄せ、陛下の御前に参じさせよう。勿論‥‥」
と、男爵は言葉を切り、顔を綻ばせて一言付け加えた。
「あの小生意気な女冒険者も一緒だ」
そして3ヶ月後。ワザン男爵は王城からの正式な召喚を受け、男爵は冒険者ギルドに使いの者を送る。共にジーザム並びにエーロン両陛下の御前に立つ冒険者達を呼び集めるために。
「一つ、依頼書に書き留めて欲しいのですが‥‥」
と、使いの者は冒険者ギルドの事務員に求める。
「お館様の領地が割譲となり、冒険者の方がその領主となるからには、エーロン陛下も土地の視察に訪れるはず。その時に恥ずかしい思いをせぬよう、今のうちからでも準備できる物は準備しておくよう伝えておいて下さい。‥‥ああ、それからもう一つ。いつまでも貧民村などという惨めったらしい名前で呼ぶことはありません。これを機に、何か新しい村の名前を考えていただけるようお願いします」
これは以前より、ワザン男爵がエーロン王からの書状で知らされていたことだが、そう遠からぬうちにフオロ分国内で大がかりな諸領地の再編が行われるという。これはエーロン王が陣頭指揮を取る、フオロ分国内における改革の手始め。先王の暴政により荒廃した諸領地の復興だ。今だ荒廃した土地は数多く、分国は恒常的な食料不足にある。今は各分国からの支援で何とか持ちこたえているが、ゆくゆくは自力で立ちゆかねばならない。
●忌み嫌われる娘
貧民村の一画に一軒のあばら屋がある。そこに住むのは、カオスの魔物絡みの騒動で王都から逃れて来た鼻つまみ者の一家。
「おねえちゃん、どうしていつも黙って座ってるのさ?」
家の前にすわったまま、ずっとうつむいている娘に村の子どもが声をかける。それを見た子どもの母親が、慌てて娘から子どもを引き離した。
「近づいちゃいけないよ! あの娘は魔物憑きだったんだよ! うっかり近寄って、おまえまで魔物に取り憑かれたらどうするんだい!?」
●特別扱いの囚人
先の捕り物で冒険者達に引っ捕らえられた悪党どもは、全員が牢の中にぶち込まれていた。その中に特別扱いの囚人がいる。名前はキラル。背中にカオスの魔物の入れ墨を彫られ、悪党どもの言いなりに生きてきた若いエルフのバード。
「ほれ、食事だ」
牢番が差し出す食事を、キラルは手で受け取ることが出来ない。両手は固く縛られている。仕方ないから器に口を突っ込み、犬のように食事にありつく。顔の汚れを手で拭うことさえ出来ない。
「いつまでこうしていればいいのさ?」
溜まりかねて牢番に文句を言っても、こんな答が返ってくるだけ。
「てめぇは魔法が使えるバードだよな? 両手を自由にしたら、魔法を使って何やらかすか分からねぇじゃねぇか」
「でも‥‥」
「やかましい! 手を縛られるのが嫌なら、代わりに喉を潰してやってもいいんだぞ!」
●リプレイ本文
●村の再興
「最近、依頼で農場に通いつめて、そこに就職したあいつと同じ事してる気がしてならないんだが」
呟きつつ、ソード・エアシールド(eb3838)の顔に浮かぶのは苦笑い。貧民村を訪れるのは久々だが、今回は多くの仲間が連れ添っている。皆、村の仕事を手伝いに来たのだ。
貧民村の周辺は相変わらず、雑草ばかりが生い茂る野原。
「相変わらず酷い荒れようだな」
「いや、それでも改善の跡は見られるぞ」
今は使われなくなった井戸や用水路を見れば、ところどころに補修の跡。さらに、猫の額ほどの土地だが、畑として耕された場所もある。
「村には生真面目に働いている者もいるようだな」
「で、紅貴殿。作り置きした肥料はどこだ?」
「水路の近くの、確かこの辺り。‥‥ああ、ここだ」
かつて、枯葉と土とを混ぜ込んで寝かせたその場所には、畑の肥やしとなる腐葉土が出来ていた。
以前に手を貸してもらった貧民村の元農夫達を呼び集め、話を聞いてみた。
「俺達がいない間、どんな様子だった?」
元農夫達は恐縮した表情で、口々に答える。
「騎士様のお言いつけ通り、細々と仕事をこなしてきましたが」
「衛兵達が何かと口うるさく」
「余計な仕事をするなと叱られることもしばしばで」
「畑を耕したとて、収穫の全てを取り上げられるやもしれず」
「これではなかなか働き手も集まりませぬ」
一体、どうなってるんだ? ソードは村の警備責任者である衛兵隊長を呼んで問い質す。
「村周辺の土地については使用許可を貰ったはずだが?」
「冒険者への使用許可は出ているが、村の貧民どもへの使用許可は出ていない」
これでは、仕事がはかどらないはずだ。
「では今回、村の仕切りを任された冒険者の俺達で、村の人々の人手を借りる。やってもらいたい仕事があるのだ。これなら問題はないな?」
「男爵殿から許可が下りている以上、問題はない」
こうして人手が集められ、仕事が始まった。
もうじきこの村は、冒険者出身の領主が治める村となるはず。その時への備えを為すのだ。とはいっても村人達にとってはいきなりのこと。なかなか事情がつかめない。冒険者達に呼び集められたはいいが、これから何をやらされるのだろう?
「これは、賦役でございますか?」
恐る恐る訊ねた村の男に、ルスト・リカルム(eb4750)が答えた。
「やってもらうのは井戸と用水路の復旧、それに村の区画整理よ」
あちこちから盛大に漏れるため息。重労働になりそうな嫌な予感に、何人かの者が懇願した。
「あっしらは体が弱いもので‥‥」
「力仕事はとても‥‥」
すると、すかさずソードが言う。
「ならば、力の無い者にも出来る仕事をやっともらおう」
その仕事は肥料作り。まずソードが実演してみせる。落ち葉を集め、穴を掘って落ち葉を詰め込み、埋め戻す前にミミズを放り込む。
「これならできるか?」
「ええ、まあ‥‥」
返って来たのは生返事だが、とりあえずは良しとしよう。
続いてソードは村人達に問う。
「この中で、植林の経験ある者はいるか?」
幾人かの老人が手を上げると、ソードは指示を下した。
「森の中から苗木になりそうな小さい木を見繕い、集めて来て欲しい」
●井戸浚い
村人達の人手に加え、冒険者仲間も手伝ってくれたお陰で仕事は捗る。野の草を刈り、土を掘り起こしての畑作り。ある程度の広さに仕上がると、ソードは最も真面目に働いた村人の9人に、自分の所持品である農民セットを贈った。
村の区画整理も順調な滑り出し。冒険者の手による絵図面が出来上がり、これから建てることになる集会所や倉庫などの大まかな位置が決まった。
水路の復旧ではルストが工事監督になり、川から村の近くを通ってまた川へと戻る水路の位置が定まった。
お次は井戸だ。かつて井戸の上を覆っていた屋形は、今は朽ち果てている。井戸の底を覗いてみれば、土砂やら瓦礫やら板や材木の残骸やらで埋まっていた。
「まずは井戸を浚って、邪魔なゴミを取り除かなければ。この中で井戸浚いの経験者は?」
尋ねると、年配の男が手を挙げたので、中の掃除を頼む。男は井戸の内壁を伝って降りていったが、
「うわあーっ!!」
うっかり足を滑らせ、悲鳴と共に落下。
「まあ! 大変!」
急ぎ、ルストは仲間を呼び集め、男を井戸の中から引っ張り上げた。怪我はルストの魔法で手当てした。ついでに井戸も浚ってみたが、それでも井戸の水は嫌な臭いのする濁り水。
「こんな水、とてもじゃねぇが飲めねぇ」
村人達はため息混じりに呟いた。
●お仕事は楽しく
イシュカ・エアシールド(eb3839)が村の女達に呼びかけたのは、お裁縫の手伝い。
「冬に向けて衣服の準備をする予定ですが、村人の分全てを準備するには手が足りません。時間がある方はご協力していただけませんでしょうか?」
冬支度とはいっても、豊富な衣類が用意されている訳ではない。これまで着ている古着やボロ着を縫い直して使うことになる。
衣類には使えないようなボロ布は、ずだ袋に改造。
そんな仕事だったが、村の女達は時間だけならたっぷりある。指導にあたる冒険者には裁縫の得意な者もいる。
「縫い目の終わりはこう糸を結んで‥‥」
いや、教わる方にだってそれなりに得意な者もいる。
「ああ、何だかやってるうちに、昔の勘が戻ってきたよ」
そういえば、村の者達が一つになって同じ仕事に励むというのも、この貧民村では初めてのことではないだろうか?
イシュカは村の子ども達にも仕事を頼む。
「良かったら、ご飯作りの手伝いしていただけませんか?」
「手伝ったらおいしいもの、いっぱい食べさせてくれる?」
「勿論ですよ」
最初、求めに応じたのは5人の子。最初は火の番や巻き運びなど簡単な仕事をやってもらい、その合間にイシュカは子ども達に色々と訊ねた。
「新しく村に来た人はいますか?」
「いるいる。いっぱいいるよ。冬が近くなると、この村は人が増えるんだ」
これもイシュカにとっては村の現状を把握するための方便。だが、和気あいあいの雰囲気は端で見ている子ども達にも伝わり、一人また一人と話や手伝いに加わる。やがて料理のいい匂いが辺りに広まると、裁縫に励む村の女達も顔をほころばせる。
「おや? 今日はご馳走かい?」
「何だか今日は楽しいね」
お昼時になると村の男達も野良仕事から戻り、皆は村の広場に一同に会して共に食事に与った。
「いやあ、今日は馬みてぇに働いちょるなぁ」
と、苦労話を語る男の顔も笑っている。陰気だった貧民村が、少しずつ明るくなっている。
食事が終わり、後片づけの仕事が済むと、イシュカは子ども達を呼び集めて訊ねる。
「この中で文字を覚えたい人は?」
突然、思いもしない事を訊かれ、誰もがきょとんとした顔。
「それじゃあ、これを見てごらん」
取り出したのは、冒険者が設立した『庶民の学校』の後援者であるルルン商会から買い取った学習用教材。セトタ語の数字やアルファベットを書き記した文字板一揃いと、文字書き練習用の砂箱のセットだ。お値段は3ゴールド。庶民には高価な品だが、作りは小綺麗で丁寧。子ども達は好奇心を刺激された。
「これは、ウシ。これは、ネコ」
試しに文字板でいくつかの単語を作ってみる。子ども達も真似して文字板を並べたり、砂箱の砂の上に文字を書いたり。とうてい教材一つでは間に合わないけれど、教材を手に取れない子ども達は代わりに地面の上に文字を書いてみたり。
学ぶ切っ掛けを作り、教え方を工夫してやれば、子ども達はどんどん覚えていくものだ。
その日の仕事が終わると、ソードとイシュカは働いてくれた村人達に賃金を支払った。最初は自分達の生業報酬を参考に賃金を決めようと考えていたが‥‥。
「おいおい、金を払うなら男爵殿の許可を取ってくれ。将来はともかくとして、この村はまだ男爵殿のご領地なんだからな」
と、衛兵隊長に突っ込まれる。
仕方なく領主館に出向いて男爵にお伺いを立てる。その結果、村人への報酬は1日の労働につき1人あたり銅貨1枚となった。
●清め
明るくなった村。とはいえ、暗がりに取り残されている者もいる。
魔物憑きと忌み嫌われる娘がそうだ。
今日もいつもと同じように、あばら屋の前に座ってうつむいていた娘は、人の気配に気づいて顔を上げた。
目の前にニルナ・ヒュッケバイン(ea0907)が立っていた。
「貴方が噂になっている娘ですね。‥‥私、冒険者のニルナ・ヒュッケバインと言います」
娘は何も言わず顔を伏せる。しかし、放っておく訳にはいかない。ニルナの言葉は続く。
「貴女には今、何が見えていますか? あのときの甘美な夢ですか? 貴女はもう魔物に振り回される女性ではなくなっているはずです‥‥この世でたった1人の立派な人間なんです! 食べて、泣いて、笑って、愛されて、そして死んでいくんです!私も手伝いますから、希望を捨てないでください」
「‥‥‥‥」
なおも黙り続ける娘。ニルナは半ば無理矢理、娘の手を引っ張った。
「‥‥あっ!」
「一緒に来て下さい」
連れて行ったのは村の広場。何が始まったのかと見守る村人達に、ニルナは呼びかけた。
「村の皆さん。私は冒険者のニルナ・ヒュッケバインです。ここに皆さんが忌み嫌う女性がいます。この女性は以前魔物に憑かれていました。‥‥でも、今は違います! 彼女は私たちと同じ血が流れる人間です! 今それを証明します!」
手荷物の中から『清らかな聖水』の壺を取り出し、人々の目の前に高々と示す。
「これは清めの聖水です。カオスの魔物を打ち負かす力があります」
言って、聖水を娘の頭上から注ぐ。
「これで、この女性は清められました。だから、皆さんが忌み嫌う必要はもうありません」
村人達は戸惑っている。
「魔物は、この娘さんが以前に住んでいた所でもう退治されていますよ」
言葉を発したのは、傍らで見守っていたイシュカ。
「憑かれた人に酷い扱いをする事、それが新しい魔物を呼び寄せてしまうんです」
その言葉に村人は互いの顔を見合わせる。ニルナはさらに一押しした。
「カオスとは村人の皆さんが憎しみ合い、傷つけ合ったりすることで発生するものです。村人の皆さんがこの娘を忌み嫌うことで、カオスが貴方達を襲うこともあるのです。この村のためこの娘の将来のため‥‥お願いします!」
抗いの声は上がらなかった。やがて村人の一人が答える。
「騎士様の仰せのままに」
村人達は次々と頷く。ニルナは安心し、娘に問う。
「貴方の名前、教えていただけませんか?」
「‥‥リーサ」
小さな声で返事があった。
その場に村の子ども達も居合わせていたので、イシュカは教え諭す。
「誰でも酷い事をされたら『こんな所嫌だ』って思うでしょう? 優しくされたら嬉しいと思うでしょう?」
「うん」
小さな頭がうなづき合った。
「あのお姉さんは今どうすればいいか迷っているだけ。普通の人と同じように話してあげて下さいね」
見れば、家の陰から不安そうに様子見している子どもが2人。リーサの2人の弟だ。イシュカはもう一つ、子ども達にお願い。
「あの子たちのことも頼みますよ」
●ワザン男爵領の調査
ここは冒険者ギルド総監室。
「総監‥‥ワザン男爵は貧民達を怠け者と罵った。しかし貧民達に何もせず、何もさせずに怠け者にしたのはワザン男爵ではないか?」
問うたのは時雨蒼威(eb4097)。
「領主としては、男爵はよくやりましたよ。過去の報告書をじっくり読めば分かることですが」
過去の報告書を手にしつつ、カイン総監は冷静に答えた。
「蒼威殿はこの依頼に関わるのは初めて。まずは現地の実状を知っておくべきでしょう」 カインに言われずとも、元から蒼威はそうするつもりだった。早速、トルク家の男爵という身分を隠し、ワザン男爵領に出向いて調査を始めた。
「いやあ、うちの殿様は立派なお方だよ」
ガンゾの町で人々に尋ねても、返って来るのは概ねそんな肯定的な返事だ。とはいえ、面識もない余所者相手に領主への不平不満や悪口を吹聴する領民など、よっぽど日頃の暮らしが悪くなければ出てくるわけもない。
見たところ、男爵の領地経営は上手くいっている。
時には貧民村の近くで、人々の声に耳を傾ける。
「貧民村の奴等は使い者にならねぇ!」
そんな不満の声が聞こえてきた。
「奉公人に雇っても、すぐ仕事はさぼるわ手を抜くわ」
「まったくだよ。お館様のお慈悲に感謝もせずに。あのタダ飯喰らいどもが!」
男爵とて貧民達をただ遊ばせていた訳ではない。奉公先があれば世話してやったのだが、貧民達の評判は地元の領民の間で非常に悪い。
(「どうも、想像していたのとは違うような‥‥」)
自分の推測と現実とのギャップに悩みつつも、蒼威はワザン男爵領内で見たこと聞いたことを報告書に纏め、カインの所へ持っていった。
「カイン総監、この書類に署名か何かくれ」
報告書には自分が見聞きした以上の事は書いていない。カイン総監は快く署名に応じた。その報告書を蒼威はエーロン王とジーザム王に送る。
「ワザン男爵が本当に自らを省みて領地分割をするのであればいいが‥‥カオス討伐の手柄ついでに、貧民達をクレアに押し付けて厄介払いするのなら容赦すべきではない」
●王城での査問
召還を受けたワザン男爵に同行し、王城へ出向いた冒険者はクレア・クリストファ(ea0941)とフィラ・ボロゴース(ea9535)の2人。通された謁見の間で、ウィル国王ジーザムは男爵に問い質す。殊更に非難するでもなく淡々と事実の確認を求め、男爵も畏まって答えていたが、最後にクレアを示して『賞賛すべきは彼女とその配下の冒険者であります』と明言した。そして、
ジーザム王は続いてクレアに問い質す。
「クレアよ。かつてそなたの書状を受け取ったことがあったが、こうして会うのは初めてだな」
「陛下‥‥私もまた、今この時をお待ちしていました」
畏まり、答えるクレア。
「カオス討伐におけるそなた達の見事な働き、我はそれを聞き感服した」
「有り難きお言葉」
クレアは頭を垂れて礼を示す。
「ここで何か伝えおくべき事があれば、聞こう。遠慮なく申せ」
一瞬の間を置き、クレアは心中の思いを王に明かす。
「私は己が意志に従い、己が理想の為に行動してきたまで。誰に命じられたからと言う事ではなく、それは過去も現在も未来も変わりはしません。この度の件で、結果的に悪事に荷担することになった領主達を責めるつもりも裁いてもらうつもりもありません。ただ‥‥今も私には聞こえます。救えなかった民の魂の慟哭が‥‥」
クレアの頬を一筋の涙が伝う。
自分の力及ばず、無辜の民をハンの国に連れ去られた口惜しさ。悪を滅す為とは言え、己が従者を悪事に荷担させた心の痛み。
涙とともに溢れる思いを振り切り、最後にクレアは王に告げた。
「私の命は総て、弱き者達の為に」
王は静かにクレアの言葉を受け止め、後のことはエーロン王と話すがよいと告げて、クレア達を下がらせた。
●ホープ村の領主
エーロン分国王はワザン男爵の上位領主。男爵がクレアへの領地割譲を申し出ると、王はクレアの意志を問う。クレアは異存無きことを明かし、さらに王に願う。今も囚われの身であるキラルの釈放を。
「罪を犯したとはいえ、それは彼が望んだ事ではありません」
その事を証明させるべく、悪党どもの内情を知るフィラに証言させた。
「キラルがやった事は許せないけれど、逆らえば下手すりゃ命を奪われてたかもしれない。悪者どもの中にいた頃にも酷い扱いを受けていたし‥‥」
と、フィラは潜入操作中に見たままの通りを話す。
「それに、あいつは背中の刺青のせいで忌み嫌われて居場所がないんだ」
エーロン王はクレアに問うた。
「なぜ、そうまでしてあの者を庇おうとする?」
「それは、彼もまた証人であるが故に。キラルと同じく悪の手中に落ちて苦しむ者が、彼の証言から判るかもしれません。私はその命を自分に預けてもらいたく。そしてキラルに問いたく思います。忌まわしき証を、痛みと共に消す覚悟を」
王の顔に得心の笑みが浮かぶ。
「堅苦しいことは抜きにして、ざっくばらんに話そう」
エーロン王は砕けた口調で言葉を続ける。
「領地の件は了解した。俺はクレア、お前を見込んでかの地の領主に任じよう。ただし、当分の間は試用期間だと思っておけ。暫くの間は領主としての権利は制限されるが、領地経営の実績に応じて権利を与えよう。キラルの身柄はお前に預ける。ところで、貧民村に代わる村の名前は決まったか?」
「はい。我が治める地の名前はホープ」
ホープ、それはクレアの生まれ故郷では、希望を表す言葉。
「では、簡単だがこの場で任命式だ」
ワザン男爵、並びにフィラを立会人とし、立て膝ついて身を屈めるクレアの肩にエーロン王は剣を当てて宣告した。
「天界人クレア・クリストファよ。我、フオロ分国王エーロン・フオロはワザン男爵領のホープ村とその周辺の土地をクリストファ男爵領となし、汝をその領主に任命する」
ここにまた、新たなる天界人の領主が誕生した。
●尋問
「ベクトの町に巣くうカオス勢力の頭を潰し、組織の大半を捕えたのは幸いですが、カオス信奉者の根が少しでも残っていれば災いの種になりかねません」
そう危惧するからこそ、白銀麗(ea8147)は捕らえられた悪党どもの尋問を熱心に続けていた。彼らが別のカオス勢力と繋がっていた可能性もある。カオスの根を根絶しなければ、この国にさらなる災いがもたらされよう。
決して口を割ろうとしない悪党に対してはリードシンキングの魔法さえも用いる。その結果、銀麗は一つの手がかりをつかんだ。
それはフオロ分国内に存在する、とある代官領。先王エーロンによって追放された本来の領主に代わり、エーロンの覚え目出度かったさる人物が統治する土地だ。
その事をカイン総監に報告すると、彼はこう言った。
「あの辺りはフオロ分国内でも最も荒廃した土地です。カオス勢力が潜むなら、もってこいとも言えますが‥‥。時を見て討伐依頼を出すべきかもしれませんね」
《次回OPに続く》