救護院創始4〜掃き溜めの町の大掃除
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■シリーズシナリオ
担当:マレーア3
対応レベル:8〜14lv
難易度:やや難
成功報酬:5 G 47 C
参加人数:9人
サポート参加人数:1人
冒険期間:07月06日〜07月12日
リプレイ公開日:2007年07月25日
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●オープニング
●討伐令
『鉄壁の守護者』に『鉄壁の女傑』、この通り名を持つ2人の冒険者は、ワザン男爵領での救護院創設に長らく関わって来た。『鉄壁の守護者』は救護院事業の中心人物として。『鉄壁の女傑』は貧者を食い物にする悪党団に探りを入れる密偵として。
その2人が剣を交えたのは去る3月26日の夜。長らく悪党の側にいた『鉄壁の女傑』は『鉄壁の守護者』の剣に倒れたふりをして、仲間の元に舞い戻って来た。
悪党の方では、彼女が死んだものと思っている。
そして3ヶ月余りが過ぎたある日、2人は冒険者ギルド総監のカイン・グレイスに呼び出された。
「至急、確認を取って欲しいものがあります。これを見て下さい」
と、カインは1枚の地図を示す。『鉄壁の女傑』は、一目でそれがベクトの町の見取り図だと分かった。悪党の一人としてあの掃き溜めの町によく出入りしていたから、町の地理にもそこそこに通じている。
地図にはあちこちに印が付けられている。その印の一つは『鉄壁の女傑』が出入りしていた無法者達のアジトにも付いていた。
「この地図はテロリストのシャミラから渡されたものです」
ここでテロリストのシャミラについて簡単に説明しよう。地球からやって来たテロリストのシャミラは、暴政を振るう先王エーガン・フオロを敵と見なし、処刑場襲撃など数々の事件を引き起こして来た。しかし先王の退位と新ウィル国王の即位を契機としてその態度を変え、国王側に味方する姿勢を示している。その恭順の意を示す証拠の一つとしてシャミラが差し出したのが、このベクトの町の地図であった。
「この地図に示されているのは、ベクトの町に存在する悪党どものアジトです。シャミラは悪党どもと手を組み、国王陛下との戦いに利用して来たのですが、もはやその必要は無くなりました。そこでシャミラは自身の立場の保障と引き替えに、悪党どもを我々に売り渡したというわけです」
これら悪党どものアジトには、シャミラと協力関係にあった盗賊『毒蛇団』の者達も頻繁に出入りしていたという。『毒蛇団』の甚だしき勢力拡大を王国への脅威と見なしたウィル国王ジーザムは、毒蛇団討伐の王命を発令。ベクトの町に対しても、町に潜む毒蛇団を悪党もろとも根絶やしにする討伐戦が敢行されることとなった。
カインは言う。
「そこで、あなた達に頼みがあります。あなた達もベクトの町での討伐戦に参加して下さい。相手とする敵は裏世界の周旋人と、その用心棒のバーロック。並びに彼らの手下達です。そして、彼らが犯した悪事の証拠を確保して下さい」
『鉄壁の女傑』は周旋人のアジトに幾度か出入りしたことがあるから、そこに盗品の保管庫や人質の監禁部屋があるのを知っている。実際に部屋の中へ入ったことは無かったが、入口の場所には見当がついていた。
そして、カインは『鉄壁の女傑』に言葉をかけた。
「アジトに一番詳しいのはあなたです。アジトまでの案内を頼みます」
なお、ベクトの町の討伐戦はルーケイ水上兵団を主体として行われる。他のアジトの攻略はルーケイ水上兵団の者達が行うが、この依頼においても冒険者が必要とするならば、ルーケイ水上兵団から最低1人、最高10人までの戦力を借りることが出来る。
●ワザン男爵の決意
冒険者達に貧民村の貧民救済事業を任せたベージェル・ワザン男爵の元に、その上位領主であるエーロン分国王からの密書が届いた。密書は来るベクトの町の討伐戦に対する協力要請。さらにもう一つ、密書にはフオロ分国にとってもワザン男爵領にとっても重大な事柄が書かれていた。
「陛下がそこまでのご決意であるならば‥‥」
密書を一読した男爵は呟き、暫し黙考する。
「お館様?」
男爵に使える執事が、気掛かりな面もちで男爵の顔を覗き込む。
男爵は口を開いた。
「時に貧民村だが、あの冒険者達の行状はあまりにも目に余る。彼らは貧民どもを甘やかしすぎだ。そろそろけじめをつけさせねばな」
「‥‥と、言いますと?」
「冒険者達が集まったら、私は貧民村についての重大な決定を下す。今度ばかりは、彼らにも覚悟を決めてもらおう」
●リプレイ本文
●たかが貧民の為
ワザン男爵領の領主館で、王都救護院の事業責任者クレア・クリストファ(ea0941)は男爵と対していた。但し、彼女一人ではない。クレアには護民官リオン・ラーディナス(ea1458)が付き添っていた。
「これはどうしたことかな? 何故に護民官の貴殿がここにいる?」
丁寧な口調ながらも、ワザン男爵は警戒の色を隠さない。
「分かっています。自分は立場上、男爵殿の領地のことに口は出せません。ただ、クレアの友人としてここにいます」
「それだけの理由でか?」
訝しく思いながらも、男爵は厳しい面もちでクレアに向き直る。
「単刀直入に言おう。長いこと貧民村の貧民どもを君達に任せて来たが、君達の考えは甘すぎる。我が領地には怠け者をタダで養う余裕は無いのだ。君達には不本意だろうが、今後は私のやり方に従ってもらう。嫌だと言うのなら、今すぐ我が領地より立ち去るがよい」
「では、私からも男爵に要求を」
クレアの顔に浮かんだ大胆な微笑み、それは男爵の目には傲慢と映ったかもしれない。
「私は貧民村周辺一帯の全権を要求します。その対価として5千ゴールドを今すぐ支払う用意があります」
「な‥‥!?」
その言葉を聞いた男爵の顔ときたら。驚きのあまり、ぽかんと口を開いたまま言葉が出ない。
「ご不満ですか? では、対価を倍の1万ゴールドに‥‥」
「‥‥バカも休み休み言いたまえ!」
やっとのことで、男爵は荒っぽく怒鳴った。
「君は本気なのか!?」
「本気です。何となれば、さらに4千ゴールドを上乗せしましょうか? 勿論、即金で。但し、条件があります。今後の食料難を改善するため、男爵にも食料増産に協力して頂きたく‥‥。これでもまだ足りぬというなら、自分の片目の光を奪っても構わないわ」
「‥‥いや、待ってくれ」
男爵はすっかり困惑顔。
「君が対価を支払ったからとて、私の一存で領地を切り売りすることは出来ぬ。領地についての決定権を有するのは、我が上位領主たるエーロン分国王陛下だ。だが、一つ訊きたい。何故に君は、たかが貧民にそこまでこだわるのだ?」
「何故? そのたかが貧民の為、ただそれだけよ」
●村人達へ
ベクトの町での討伐戦を目前に控えた冒険者達だが、貧民村のことを忘れたわけではない。イシュカ・エアシールド(eb3839)は約1週間分の食料を持ち寄ってルスト・リカルム(eb4750)と共に貧民村に立ち寄り、仲間の手を借りて炊き出しを行ったついでにルストともども村人達に願った。
「私達がいない間は、開墾の準備をしていただけませんでしょうか? 農夫経験者の方には晴れた日には畑を耕してもらうことと井戸と用水路の整備を、家族単位でやっていただければ。農業未経験者の方や雨の日には、近隣の村に鋤を引かせるための牛や馬の余剰があるかどうか調べていただきたいのですが‥‥」
最初に答えたのはみすぼらしい姿の老人。
「私どもはしがない貧民にすぎませぬ。ですが、騎士様がお求めになるのであれば‥‥」
と、深々と頭を下げる。残りの者達も老人に倣ったが、誰もが見るからに自信なさげだ。
果たしてうまく行くのだろうか?
●いざ敵のアジトへ
討伐戦の決行日が来た。作戦開始は夜中。冒険者の別隊による悪代官シャギーラの捕縛作戦と時間は重なる。
「物事には必ず終わりがあるものです‥‥ここで1つピリオドを打っておかねばなりません」
と、ニルナ・ヒュッケバイン(ea0907)はアジト攻略に加わる冒険者達を前にして決意を表明。
「敵はなにを仕掛けてくるか分かりません。慎重に参りましょう」
一行は貧民に身をやつし、ボロ服の下に各自の獲物を忍ばせて、掃き溜めの町ベクトに踏み入った。アジトへの案内役はフィラ・ボロゴース(ea9535)。ルーケイ水上兵団からは10人を借り受け、アジト近辺を封鎖すべく配置を済ませた。
クレアの知人、チカ・ニシムラ(ea1128)はとても張り切っている。
「んふふ、久しぶりにクレアお姉ちゃんと一緒の依頼にゃ〜♪ 気合入れて頑張るにゃ♪」
「しっ!」
フィラが手振りで仲間達を制する。アジトの前にゴロツキどもがたむろしていた。
「何だ、てめぇらは? ここに何しに来た?」
ぞろぞろと現れた貧民達の姿を見て、おかしいと思ったのだろう。ゴロツキどもは手に手にナイフやダガーをちらつかせる。
ニルナは顔を覆い隠すボロ布を取り払う。凛々しい素顔が露わになった。
「貴方達にはまだ利用価値があります。ですが、手加減はできないので痛い目にあってもらいますね」
「何だと‥‥」
ゴロツキの言葉は最後まで続かなかった。ニルナが剣の背でしたたかに男をぶちのめしたのだ。それも武術の急所となる体の中心線を狙って。一人倒せばまた一人。脳天、眉間、さらに背後から背骨を打つ。ゴロツキ共は気絶し、地面に伸びて動かなくなる。
「こいつらは見張りだ」
と、フィラが言う。今ならまだアジトの中の者達は気付いていないはずだ。
「待て、誰か来る」
ニルナは怪しい人影の接近に気付く。油断なく身構えていると、人影は両手を上げて小声で呼びかけてきた。
「待て、俺だ」
現れたのは、別行動を取っていた雀尾煉淡(ec0844)だった。
「パッシブセンサーのスクロールで調べてみたが、敵が魔法でこちらを探知している様子は無い。突入するなら今だ」
●強襲
アジトの間近まで接近すると、
「うみ、中の様子は、と‥‥」
チカがブレスセンサーの魔法で内部の様子を探る。
「敵は表口側に3人、真ん中の大部屋に5人、裏口に2人だにゃ」
「大部屋に5人? 俺のバイブレーションセンサーでは6人なのだが?」
「確かに5人だったにゃ」
その会話で、フィラは思い当たる。
「うち1人、息もせずに動いているヤツがいるということだね」
「誰だそれは?」
「バーロック、ヤツしかいない。魔物みたいなヤツだと前から思っていたけど、やはり魔物だったようだ」
煉淡が続ける。
「それから、大部屋に隣り合う小部屋には、全部で13人の者達が閉じこめられている」
「数は合ってるにゃ」
と、チカも同意。そして一行は表口と裏口とに分かれた。アジトの両側から攻め入るのだ。アジト内部の構造、部屋や通路の繋がり方は、アジトに出入り経験のあるフィラから予め伝えてある。念のためニルナとイシュカは仲間達にグットラックの魔法をかけて、彼らの身の安全を高めておく。
「これで、やっと決着をつけることができるな」
呟くと、フィラは深い呼吸で気持ちを落ち着かせる。呼吸3回、そしてフィラは獲物に飛びかかる豹のように動いた。扉を蹴破り駆け込む。中にいた賊3人が驚愕の目でフィラを見る。敵が剣を抜く前にフィラは正邪の槍を叩き込む。手応えあり。薄明かりの中に飛び散る黒い飛沫は敵の血だ。
1人はあっさり倒れたが、手傷を負ったもう1人は執拗にフィラに反撃。さらに別の1人がフィラに襲いかかる。だがそのダガーがフィラを突き刺す前に、ソード・エアシールド(eb3838)のレイピアが敵の体を突き、手元を狂わせた。
「があああっ!」
獣のように猛り狂う敵。だが、大口開けてダガーを振りかざしたまま、突然その姿が硬直した。さらにもう1人も。ルストがコアギュレイトの魔法で動きを封じたのだ。
大部屋にいた連中が動く。うち4人が剣を抜いて身構える。と、いきなり建物の中が煙に包まれた。煉淡がスクロールでスモークフィールドを張ったのだ。
「前がまるで見えないぞ!」
仲間が怒鳴る。
「敵の足止めにと思い」
だが、これは明かに失敗。アジトの内部に不慣れな冒険者の方が、行動を制限されてしまう。
幸いなことに、裏口から攻め入ったチカはブレスセンサーを使えた。濃い煙の中、ぞろぞろと列を為して手探りで通路を進み、裏口から逃げようとする敵を探知。
「うみぃ、邪魔なのにゃ! 裁きの雷、ライトニングサンダーボルトにゃ!」
1発、2発、3発、4発、5発。
「ぎゃあああ!」
「ぎゃあああ!」
強力な雷撃に撃たれて敵が絶叫。その絶叫で敵の居場所の目星をつけ、リオンが煙の中に飛び込み、ワンハンドハルバードを振り回し投げつける。敵1人が辛くもその攻撃をかいくぐり、よろよろと煙の中から出て来たが、それを待ち受けていたのはニルナの剣。裏口の敵全員が、冒険者に倒されるのにさほど時間はかからなかった。
「片付きましたね」
「だね。でも場所は狭いし煙で見えないし、やりにくかったよ」
表口を固めていた3人の敵は、既に冒険者の剣に倒れていた。
「煉淡! バイブレーションセンサーで敵の位置を!」
「十歩先の左よりに一人! じっと動かない! 物陰に隠れているようだ!」
その言葉を頼りに煙の中を進むフィラ。そしてテーブルの下に身を隠した賊を見つけた。
「ひぇぇ! 命だけは‥‥!」
ぐさっ! 有無を言わさず聖者の槍で一突き。すると背後から煉淡の叫び。
「敵が変な方向に動いている! 隠し通路だ! そこから外へ逃げる気だ!」
「煉淡! 出口に先回りするんだ!」
アジトの外へ駆け出す煉淡。バイブレーションセンサーで探知した敵の動きから、隠し通路の出口の当たりをつけ、スクロール魔法でライトニングトラップを仕掛ける。やがて、壁に設けられた隠し扉が開いて敵が現れた。外へ一歩、足を踏み出した途端、トラップは集う。
「があああああっ!」
電撃に撃たれて倒れる敵。よろよろと立ち上がったところへ、隠し通路から後を追ってきたフィラが現れ、聖者の槍をその喉元に突きつける。
「観念しろ」
敵の顔をよく見れば、それはフィラの見知った闇世界の周旋人だった。
●人質
ソードは煙の中を手探りで進む。壁をまさぐっていた指が、大きな錠前を探り当てた。
「人質が閉じこめられているのはここか」
錠前に神聖魔法ディストロイを1発。錠前は砕け、開いた扉から中へ踏み込むと、閉じこめられていた13人の人質達が怯えた目でソードを見る。その多くは若い娘達。恐らく商品として他国に売り飛ばされる予定だった者達だ。彼女達は被害者であり、賊どもの悪事の証人でもある。
「安心しろ! 君達を助けに来た!」
「そこを動かないで!」
背後から声がかかった。
「キラルか!?」
首だけをゆっくり動かして背後を見ると、果たしてそこにキラルが立っていた。その手は既に印を結び、いつでも高速詠唱で魔法を飛ばせる体勢にある。
「やめろキラル。悪党どもは倒された。君は自由なんだ」
「まだ、あいつがいる。僕は一生、自由になんかなれない」
ガン! キラルの後頭部に打撃。背後から近づいたニルナの一撃で、キラルは気絶して倒れた。
「これで片付きましたね」
「ああ。彼も証人になってくれればいいが‥‥」
●死闘
人質13人、全員救出。賊は1人を除いて倒すか捕縛するかした。
最後に残った一人は、冒険者にとって因縁の宿敵バーロック。
「ヤツはどこだ!?」
姿を探し求めても、室内にはまだスモークフィールドの煙が満ちている。その煙の奧の奧から嘲るような笑い声が。
「ウワァハッハッハッハ! ウワァハッハッハッハ!」
「ヤツだ!」
すかさず煉淡の探知魔法が居場所を突き止めた。
「ヤツは地下だ! 震動の場所からして、ここから約10m先! 入口は恐らく、この部屋のどこかに‥‥!」
「これか!」
床の隠し扉をフィラが見つけ、持ち上げる。
「うっ!」
途端、扉の奧から流れて来たのは凄まじい臭気。
まずフィラが、続いてクレアが、現れた地下通路へと足を踏み入れる。残る冒険者達もその後に続く。
通路の奧には大部屋があった。部屋は盗品と思しき数々の品で埋め尽くされ、中には羊皮紙の束もある。恐らく盗みの記録だ。だが、それだけではない。部屋には数多くの死体が詰め込まれていた。壁に吊された腐乱死体に、床に積み上げられた白骨死体。ただならぬ臭気の原因はこれだ。この大部屋は死体の隠し部屋でもあったのだ。
「うわっ! 悪事の証拠がこんなに!」
思わず言葉を漏らすリオン。正しく身震いするような証拠の山だ。
宿敵バーロックは部屋の中央で待ち構えていた。髑髏の眼窩のように落ちくぼんだその目が、冒険者の先頭に立つクレアを睨む。
「ウワァハッハッハッハ! 貴様、クレアだな? 散々仕事の邪魔をしてくれた挙げ句、ここまでやって来たか!」
「私は貴様を許さない。たとえ地の果てに逃げようと、永劫の追跡者の二つ名にかけて何処までも追い詰める。‥‥といっても、もはや逃げ場は無いようね?」
「ばかめ! 足下を見ろ!」
敵から視線を逸らさず、クレアは煉淡に尋ねる。
「煉淡、足下に何か見える?」
「油が撒かれている!」
「何っ!?」
バーロックが手にしたランタンを床に放り投げる。
ぼうっ!
床は一瞬にして火の海と化した。
「しまった! 悪事の証拠が!」
咄嗟にリオンが炎の中に飛び込み、羊皮紙の束に幾つかの盗品を掴んで戻って来た。
「あちちちちちちち!」
服についた火を叩き消す。
「みんな下がって!」
クレアの叫びに冒険者達は炎の届かない場所へ後退。しかしクレアとフィラだけは炎の中に留まった。燃え盛る炎もクレアとフィラの足下にだけは届かない。煉淡が発動させたファイヤーコントロールのスクロール魔法が、炎を制したのだ。
バーロックは炎をものともしない。服に火がついて炎上しているというのに、その体はまるで傷つかない。
「貴様! やはりカオスの魔物か!?」
フィラの叫びに嘲るような答えが。
「その通りよ! こんな炎で俺の体は焼かれねぇ! だが、おまえらは違う!」
しかしクレアは炎の海など眼中にない。数多の民の無念を背負い、その心は闘鬼と化していた。
「貴様が弱き者に見せた地獄、私が見せてあげるわ‥‥執行、開始!」
「笑わせるぜ! か弱い人間ふぜいが!」
バーロックの斧が襲って来た。2人を囲む炎を盾とし、その動きは変化自在。クレアとフィラは必死でかわそうとするも、2人の動ける場所は限られている。フィラは回避術において劣っており、それをバーロックは見逃さなかった。攻撃はフィラに集中し、その体に一つまた一つと傷が増えて行く。
「クレア!」
「フィラ!」
向こうから仲間達の呼ぶ声。しかし煙と炎のせいで、2人の姿は仲間達には見えない。クレアとフィラの動きが次第に鈍くなる。とても息苦しい。炎は空気中の酸素を奪ってもいた。
「ウワァハッハッハッハ! 苦しいか? 苦しかろう! ではそろそろ奥の手を使わせてもらうぜ!」
バーロックの腕が青白い輝きを帯びる。その腕でバーロックはフィラの腕をぐいと掴んだ。フィラの腕から聖者の槍がぼとりと落ちた。
「フィラ」
フィラの顔から表情が消えている。まるで生きた屍と化したかのように、立ち尽くしたまま動かない。バーロックはデビルハンドの魔法を使い、フィラの思考力と行動力を奪ったのだ。
「ウワァハッハッハッハ!」
哄笑と共にバーロックの斧がフィラの首筋に叩き込まれる。
ぶしゅうっ! 首筋から激しく吹き出す血潮。フィラは炎の中に倒れる。
「フィラ!」
フィラに注意を奪われた次の瞬間、バーロックの斧がクレアの肩に! 斧は肩の骨を砕き、肉を深々と切り裂いた。
「うっ!」
クレア、大きくよろめく。したたり落ちる鮮血と共に、腰にぶら下げた人形が落ちた。それは持ち主の災禍を肩代わりする身代わり人形。クレアの手が人形を掴み、木の板を荒削りしただけのその人形をぼきりとへし折る。瞬時にして体の痛みが消えた。
「ウワァハッハッハッハ! トドメだぁ!!」
頭上からバーロックの炎が襲い来る。しかし、クレアはすんでのところでその凶刃を回避。斧は目標を失い、虚しく空を切る。だが、クレアの手にする聖剣「アルマス」デビルスレイヤーは、バーロックの体を大きく切り裂いていた。
「うがっ‥‥!?」
バーロックの動きが止まる。その機を逃さずクレアは聖剣を引き抜きもう1撃、さらにもう1撃。
「がっ‥‥おま‥‥」
バーロックが最後に何を言おうとしたのかは判らない。何故なら言葉が最後まで出る前に、聖剣がその体を深々と貫いていたからだ。
バーロックは立ったまま絶命した。やがてその体がぼろぼろと崩れて灰と化し、その灰は空気の中に溶け込むように消滅した。
それから後のことはクレアもよく覚えていない。とにかくクレアは瀕死のフィラを肩に担ぎ、必死になって炎をくぐり抜け、気がついたら仲間の所にいた。
「これを、早く!」
ルストの差し出すヒーリングポーションを手早くフィラの口の中に注ぎ込み、瀕死のフィラは辛くも一命を取り留めた。そしてクレアとフィラは、共に仲間の治癒魔法で癒された。
●書簡
悪党どもの討伐には成功したが、護民官リオンにはまだ仕事が残っていた。クレアからの書簡をウィル国王ジーザムに手渡すという仕事が。
「この度の働き、真に見事であった」
ジーザムはリオンを労うと、書状に目を通す。そして幾つかの点についてリアンに尋ね、リオンも的確にこれに答えた。そして王は書状に託されたクレアの意志を理解した。
「クレアは真に、勇敢にして義侠心厚き騎士なり。遠からぬうちに会うとしよう」
《次回OPに続く》