とちのき通りのしふ学校〜泥棒しふの挑戦状

■シリーズシナリオ


担当:マレーア3

対応レベル:8〜14lv

難易度:普通

成功報酬:4 G 15 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:11月30日〜12月05日

リプレイ公開日:2006年12月13日

●オープニング

 本格的な寒さの足音が間近に聞こえる、そんな季節。しふ学校の生徒達は冷たい風も何のその、賑やかに騒々しく毎日を過ごしている。今日も今日とて、どってんばってん。
「そんな腕で修行してましただって? 笑わせるな!」
「うう、怪我が良くなったからって元気になり過ぎだよバンゴの兄貴」
 拳法修行のしふ達を、片端からのして積み上げるのは眼帯のバンゴ。さすがに『わるしふ団』の幹部を張っていただけのことはある。
「そのくらいにしといてやんなよ。これでもみんな、毎日頑張ってるんだからさ」
 イーダ先生が仲裁に入るものの、バンゴはふん、と鼻息も荒く。
「師匠の言いつけか何だか知らないが、『何の為に力を求めるのか』なんてまどろっこしいことをウダウダ話してるから、気合を入れてやったんだ。挙句に答えが『自分の力で仲間を守りたいから』ってなぁ。腹がひっくりかえるぜ! だいたいおまえら、皆が住み込みやら弟子入りやらで散ってったらどうするんだよ。それがこの学校の目的だろ? 毎日守りに押しかけてくのか?」
「そ、それはまだ考えてない‥‥けど‥‥」
「おまえらが考えてることなんてのはなぁ──」
 と、そこに転がる様にして数人のシフール達が駆け込んで来た。
「た、たいへんだよ、表にミックの兄貴がっ!」
 ええっ! と一同驚いて、一斉に表に飛び出した。
「よっ、元気そうでなにより」
 屋根の上にどーんと立ち、皆を見下ろす泥棒しふミック。未だしふしふ団の手を逃れ続ける、わるしふの幹部だ。元は猟師を生業にしていたらしいが、その頃に身につけた技で、泥棒家業に精を出しているという。
「いいザマだなぁバンゴ。いまさらの宗旨替えかい?」
「るせー。成り行きで居候してるだけだ。それよか、ややこしい話はこいつらにしろよ。自分のチカラで仲間をまもるー! だそうだからな」
 からかい半分に指差され、拳法しふ達、ちょっと意地になって進み出た。
「み、ミックの兄貴でも、ひどいことをしたら許さないぞ!」
 ふーん、とミック、頬を掻く。
「まあいいや。いいかおまえら、僕はワルダーが預けてった『大切なもの』を貰い受けに来たんだよ。素直に差し出せば良し、そうじゃなければ何日かかってでも全部貰う。ひとつ残らず盗み出すからそのつもりでいてくれよ? ‥‥やっぱ高いとこは寒いな。くそ、鼻水出てきた‥‥それじゃ、まあせいぜい頑張りな」
 さむさむ、と屋根の向こうに消える。慌てて後を追った拳法しふ達だが、その姿はもう何処にも無かった。
「どうしよう‥‥ワルダーさんが預けてったものって何だろう?」
 しふしふ団との勝負に敗れ、行方知れずとなっている『わるしふ団』の結成者ワルダー。彼が、一体誰に、何を預けていったというのか。拳法しふ達、もしかして知っているのでは、とバンゴを見遣る。
「何だよ、分からないのか? お前らも知ってる筈だがな。さっさとしふしふ団でも呼べばどうだ? ミックだって、奴らとの勝負が目的だろ」
 バンゴはすっかり機嫌良く、鼻歌など歌いながら学校へと戻って行った。拳法しふ達はますます分からなくなってしまい、皆して困り果てている。

●今回の参加者

 ea1704 ユラヴィカ・クドゥス(35歳・♂・ジプシー・シフール・エジプト)
 ea3501 燕 桂花(28歳・♀・武道家・シフール・華仙教大国)
 ea5597 ディアッカ・ディアボロス(29歳・♂・バード・シフール・ビザンチン帝国)
 ea5684 ファム・イーリー(15歳・♀・バード・シフール・イギリス王国)
 ea6917 モニカ・ベイリー(45歳・♀・クレリック・シフール・イギリス王国)
 eb0010 飛 天龍(26歳・♂・武道家・シフール・華仙教大国)
 eb1159 クィディ・リトル(18歳・♂・バード・シフール・イギリス王国)
 eb3771 孫 美星(24歳・♀・僧侶・シフール・華仙教大国)

●リプレイ本文

●翅つきのお宝
 わるしふミックの挑戦を受けたしふ学校に、しふしふ団の面々が集まった。
「またまた、なんだか大変なことが起きてるね〜」
 苦笑いの燕桂花(ea3501)に、ミックの兄貴にも困ったもんだよ〜と、もっともらしく溜息なぞついてみせる生徒達。直接啖呵を切られた拳法しふ達を除けば、さして深刻そうでも無い辺り、やはり元仲間のすること、大したことにはならないという気持ちがあるのだろう。
「問題は、彼の狙う『大切なもの』が何かという事ですが」
 ディアッカ・ディアボロス(ea5597)が話を振ると、はいはいっと孫美星(eb3771)が手を挙げた。
「それはきっと、元わるしふの仲間‥‥つまり、みんなのことだと思うアル」
 美星の意見に、目を丸くする生徒達。ざわつく彼らとは裏腹に、しふしふ団の面々は驚かない。ま、そんなとこだろうね、とクィディ・リトル(eb1159)も頷いた。
「ミック達にとっては『仲間』なわけだし、わるしふは連帯感がとても強いようだからね。元わるしふを全員、力ずくででも連れて行こうとしているのかもしれない」
「雇い主との絆や信頼関係、みんなの団結、絆‥‥そういうものを壊してしまう、って意味かもね」
 モニカ・ベイリー(ea6917)の予想は、更に恐ろしい。
「仲間を失いたくない気持ちは理解しますが、だからといって、みんなの夢や生活を壊してしまったのでは本末転倒です」
 ディアッカの言葉に、クィディ、ちらりと横手を見遣りながら、
「前に進む人がいるその後ろで、進む人の足を引っ張る愚か者が後を絶たないね。まあ、その愚者をどうにかするために僕達がいる‥‥と、僕は勝手に思ってる」
 などと答える。バンゴが眉をぴくぴくさせながら睨みつけるが、クィディはすまし顔で知らんぷり。
「大切なことだから、確認しておきたい。つまり、ミック達の狙いが僕らの予想通りだったとして、みんなは彼らのところに戻りたいかどうか、ってこと」
 シフール達は、困ったように顔を見合す。クィディは急かすことなく答えを待った。
「学校は楽しいし‥‥ミックさんは大切な仲間だし‥‥ワルダーさんはみんなを助けてくれた大恩人だし‥‥」
 でも、と誰かが言った。
「もう、街の人達から冷たい目で見られるのは嫌だな」
 わかった、とクィディ。
「そのこと、ミックに伝えられるかい?」
 考え込んでしまうシフール達に、美星が言葉をかける。
「ミックさんが今のまま罪を重ねていたら、いつか重い刑罰を受けることになっちゃうかもしれないアル。そんな事は断じてさせられないアル! どうか協力して欲しいアル」
 ぺこりと頭を下げる彼女を、生徒達は慌てて止める。頼むべきは、どうかんがえても生徒の方。彼らにだって、そのくらいの道理は分かる。
「ワルダーさんやミックさんは、抜き差しならないところに足を踏み入れようとしているのかも知れません。そうならないよう止めるには、みんなの協力が必要です」
 ディアッカにも言われ、シフール達の間からも、わかったよ、協力するよ、と声が上がった。うむ、とユラヴィカ・クドゥス(ea1704)が満足げに頷いた。
「モロゾ殿、トート殿、オークル殿にも知らせておいた方がよいじゃろうな。特に、オークル殿はよくミック殿と行動を共にしておったから手口を読み易いのではないかと思うしの」
 それは良いのじゃが、とユラヴィカ、ちょっと逡巡。
「雇い主の方にも話をしておくべきかのう」
 悩むのも当然。こんな話が雇い主に良い印象を与える筈が無いのだ。せっかく上手く運んでいるのに、無用な波風を立てて皆の立場が悪くなるのは絶対に避けたいところ。
「やはり隠し事はしない方がいいだろう」
 飛天龍(eb0010)の助言に、そうじゃな、とユラヴィカ。確かに、事が起こった時、話を通しておかなければ却って不味い事にもなりそうで。
「元幹部のいる所は、ある程度任せておいて良いと思うのじゃ。イーダ殿には画家工房の方に行ってもらってもよいじゃろうか?」
「分かったよ。そっちは任せときな」
 イーダがどんと胸を叩く。
「ミック殿が街の方々に迷惑をかけてしまった際には、あくまでわしらの身内が仕出かしたものとして謝るつもりなのじゃ」
 ユラヴィカの覚悟表明を、ご苦労なこったと茶化すバンゴ。しかしその表情が憮然としたものであるのを、天龍は見逃さなかった。
 みんなの話を静かに聞いていたファム・イーリー(ea5684)。やおら立ち上がるや、ざわつく生徒達の間を掻き分けて、皆を落ち着かせようと声をかけていたイーダの肩を叩く。振り向いたイーダは、彼女の真剣な表情に何事かと息を飲んだ。
「ねぇねぇ、ミックさんの本当の目的って‥‥」
 耳打ちされたイーダ、はぁ!? と素っ頓狂な声を上げる。
「そういうことなのか? いや、でもまさか‥‥」
「絶対そうだって!」
 ヒソヒソと囁き合うファムとイーダに、周りのしふ達が何事かとしふだかり。聞いた生徒は、ニヤついたり吹き出したり。聞き損ねた生徒が、何? ねえ何? と右往左往。なんだか、ちょっと空気が解れた。こほん、と咳払いをして、桂花が締める。
「ミックがどう動くか分かんないけど、あたい達正義のしふしふ団は揺るがないよ。しふしふっと力を合わせて頑張ろう!」
 桂花の檄に、おーっと皆で気勢を上げるのだった。

●警戒警報発令中
 こうして、ミックに備え動き始めたしふしふ団と生徒達。とはいえ、学びが疎かになったのでは本末転倒。何も知らない人が見れば、いつもと何も変わらない学校の風景がそこにあった。
「こらー、ちゃんと集中しなきゃ駄目だぞー」
 でも、生徒達は何処かそわそわ。桂花はもちろん警戒を怠らないし、学校の周囲はファムが見張ってくれている。出来る限りのことはしているが、それでも彼らにミックを気にするなというのは無理な相談。
(「多分、ミックは誰かをそそのかして、学校を内部から崩していくとかいう考え‥‥のような気がする‥‥」)
 油断も隙も見せてはいけないのだけれど、浮き足立っていてはやっぱり駄目で。
「でも、本当にミックの兄貴、僕らの悪い噂とか流してくるのかな」
 不安げな彼らに、ほーら、と桂花、ぱんぱんと手を叩いた。
「そんなのいちいち気にしない。ちゃんとした働きをしてれば悪評なんか立ち消えちゃうよ。自分が信じた道をひたすら頑張ってれば、自ずと道は広がるんだから☆」
 それより、と彼女は、話を変えた。
「みんな、普段から自分で色々考えて動いてる? いつもはどんなことをしてるの?」
 いきなり話を振られ、生徒達、口々に答えるものだから何が何やら。自分達で気が付いて、代表者が答えることに。
「僕らもお菓子屋も、パン屋の手伝いの他に料理の腕を磨きながらお給金の貰える仕事が出来たらいいなーって色んなところを回ってるよ。けど、なかなかねー。シフールは重い物持てないし、ツマミ食いしたりイタズラしちゃうと思うみたい。‥‥そりゃ、ウズウズすることもあるけどさー」
 うーん、それは困ったね、と桂花。彼らの技はまだまだ未熟だけれど、決して怠けてはいないのがちゃんと分かる。何とか、次のステップに進めてあげたいと思うのだが。

 天龍も、いつもと同様、拳法しふ達の指導に励む。彼は何だか嬉しげだ。自分の問いかけに対する弟子達の答えに、とても満足しているのだ。でも、当の彼らはバンゴにすっかりへこまされてしゅんとしている。天龍は、彼らの肩を叩いて言った。
「常に全員の近くにいて守る事は不可能だが、困った時に手を貸してくれる者がいるならば、それは心の支えとなるだろう」
 その言葉に、拳法しふ達の目が輝く。
「では、基本の型を教えるが、基礎体力作りも怠らない様にな」
 はいっ、と切れの良い返事が返って来る。掛け声と共に型を繰り返す彼らを見ながら、時折、手を添えて矯正する。バンゴはそんな様子を、退屈そうに眺めていた。我流独学のバンゴにとって、こういった集団での練習風景は、あまり馴染みの無いものだろう。天龍は、何気なくバンゴの傍らに立ってみた。並んだ皆の動きが、実に美しく見える。にっと笑ってバンゴを見遣るが、彼はそっぽを向いたまま。
「『自分の力で仲間を守りたいから』か。良い答えだと思わないか? どんな答えでも自らが出した物なら良いと思っていたんだが、こいつらも成長したよ」
「‥‥どうだかな。わるしふ団にも同じようなことを言っていた馬鹿がいたが、何処からか降って湧いたお節介野郎に負け続けた挙句、結局願いも果たせず、今はやること無く街の隅っこで燻ってるぜ」
 お遊戯にはもう飽きた、と何処かに行こうとするバンゴ。
「まあ待て。脚の具合はどうだ? 筋が固くなると、後々厄介だぞ?」
「わ、こら! よせ、くすぐったい!」
 バンゴには常に天龍が付いて、妙な行動を起こさないように見張っている。
 一方、今日も今日とてぶらぶらしている不良しふ達には、美星が声をかけた。
「何だよ、今日はまだ何にもやらかしてねーぞ?」
「そうじゃないアル、暇してるなら警備を手伝って欲しいアルよ。もー、全然人手が足りないヨ、しふの手も借りたいとはこのことアル」
 俺達でいいのかよ、と聞きたげな風ではあったが、美星はどんどん話を進めて一々説明はせず、それが当然のことのように振舞った。何となく断るタイミングを無くしてしまい、あれよあれよという間に警備に加わることになってしまった不良しふ達。二人づつが、美星、モニカ、クィディに付くことになった。
「ミックさんが何処で何を盗んだとしても、必ず取り返すアル。みんなで約束アル」
 その誓いと共に渡されたのは、しふしふ団腕章。何だよだっせーな、などと言いながらも、彼ら、口元が綻んでいる。
「これから見回りに行くけど、誰が付いてくるの?」
 クィディの声に、不良しふ達、何事か話し合いを付けたようで、ういーっす、と何ともやる気なさげな返答と共に二人が駆けて行った。態度はともかく、動くのは早くて実に結構。これに日課の修行を終えた拳法しふも加わって、彼らは街に出かけて行った。

 老魔術師宅。魔術師殿はまたもやお出かけで、留守をシフール達が守っていた。ユラヴィカの話を聞いたオークルは、ミックらしい、と苦笑した。
「ミック殿がどんな手で仕掛けて来るか、予想できないものかのう」
 ユラヴィカの相談に、さすがにそこまでは、と彼。
「ただ、悪い噂を振りまいて皆を困らせるといった、そんな類の攻撃はして来ないのでは、と。何故かといえば彼は、狙いの物が手に入ればそれで良しとする類の泥棒では無いからです。あくまで、自分の盗みの技術を駆使し、できればそれを見せびらかしたいのですよ」
 まあ、少々底意地の悪いところ、自分第一、自分大好きなところはありますが、と付け加える。
「なるほど。参考にするのじゃ。それで、わるしふ時代に使っておった秘密通路の出入り口を教えてもらいたいのじゃがのう」
 ユラヴィカの頼みをオークルは聞き入れ、丁寧な地図を作ってくれた。描き上がるのを待っている間、ユラヴィカは改めてこの家を見渡し、溜息をついた。
「何度見てもすごい本の量なのじゃ。‥‥しかも、なんというか‥‥」
 実にこう、ごちゃごちゃと。棚に入っている本も、良く見ればまるで分類されていなかったりもする。
「先生、片付けるのがすごぶる苦手らしく。おかけで当分お役御免にならず、本を読んで暮らせるという訳です」
 嬉しそうなオークルの表情に、ユラヴィカの顔にも笑みが浮かんだ。

「それじゃ、もしもミックが来たらすぐに報せてね」
 パン屋夫婦に事情を話し、トートに声をかけてから、モニカはとちのき通り界隈の巡回を始めた。と、品物を届けた帰りだろうか、靴屋の旦那、カートンさんと擦れ違う。目を背けて足早に通り過ぎる彼に、不良しふの二人が肩を竦めた。
「あの靴屋、わるしふ団にこっぴどい目に遭わされたもんだから、俺らの顔を見るとそっぽ向いちゃうんだよな」
「誰だっけ、毎日靴屋の仕事を覗き見してんのがいるよな。でも、靴屋のやつ気付くと戸板閉じちゃうんだよ。ほんと、ケツの穴の小さなやつだぜ」
 へえ、とモニカ。そんなことになっていようとは。
「あなた達はどうなの? まだ何をやっても無駄だって思ってる?」
「それはもう思ってねーけどさ。そもそも、真面目にコツコツってのが性に合わないしなぁ。頑張ってる奴らはすげーと思うから、助けてやれたらいいんだけどな。俺らが手を出しても邪魔になるだけだろーし」
 あんまし気にすんな皺ができるぞ、とからかわれて、デコピンで報復。気にならない訳ないでしょうに、と内心嘆息するモニカなのだ。

 夕刻。
「今日は、ミックさん現れなかったアルね‥‥」
 暮れる空を眺めながら、美星はぶるっと小さく震えた。陽の精霊力が衰え始めると、途端に辺りが寒くなる。風を遮るものとて無い郊外なら尚のこと。お疲れさんである、とモロゾが持ってきてくれた只の白湯が有り難くて、皆してふうふういいながら頂いた。
「ねえモロゾさん、ミックさんってどんなひとアル?」
 そうであるなぁ、と考え込んだ彼は、思い出しながらその人となりを語る。
「わるしふ団の中でも、あれはひとりで好きなように行動することが多かったのである。大幹部のように何をしているのか分からないというのではなくて、まあ大体がその辺で盗みを働いていたのであるが‥‥。組むのは精々がオークルくらい。それでもちゃんと稼ぎは出すから、ワルダーも大目に見ていたのであるよ。自由にさせてくれるワルダーを、彼も慕っておったようであるな」
「ひとりが好きアルか?」
「そうではないと思うのである。仲間が楽しげにしているのを、端から見ているのが好きというか‥‥」
「ひねくれものアルね」
「ひねくれものであるな」
 ずず、と白湯を啜って、ふう、と白い息を吐いた。

 学校に生徒全員が戻って来たところで、異変は起こった。
「お店を出る時までは確かにいたのに、いなくなっちゃいました‥‥」
 半ば呆然としながら、警備についていたシフールが申告する。こともあろうに、警備についていた不良しふまでひとりいない。
「はい、番号右からっ」
 ファムの音頭で、いち、に、さんっ。と、点呼の数字は、26で終わってしまった。足りない。全然足りない。探しに出ようとするシフール達を、桂花が止めた。
「もうすぐ暗くなるし、今出て行ったらミックの思うツボだよ。今は我慢して、明日探そう」
 初日は、完全にしてやられる形になってしまった。せめてこれ以上浚われないように、桂花はささやかな罠も仕掛け、学校の警備に当たる。
 すっかり日も暮れた頃。
「う、うわ、なんだこれっ!」
 ぼふっと白い粉が舞って、真っ白けになったシフールがわたわたと目を拭う。
「ミック観念っ!」
 たあっと桂花が飛び掛ったところに、音を聞きつけたファムが大慌てで飛んで来た。
「桂花ちゃん、それ違うっ!」
 へ? とよくよく見て見れば、いつも見慣れた不良しふ。なんだー、と苦笑する桂花に、不良しふも真っ白けのまま、頭を掻き掻き照れ笑い。
「‥‥って、こんな時間まで何処行ってたの、さらわれたんじゃなかったの!?」
「あーっ、なんだかお酒臭いっ!」
 役目を放り出して何処かに消えていたこの不良しふ、ミックと通じていた疑いはすぐに晴れたものの、大いに株を下げることになってしまった。

●盗人は潜伏中
 翌日。明るくなるとすぐに、消えた5人の捜索が始まった。
「ふふーん、どんなに巧妙に隠したとて、このわしの目は誤魔化せんのじゃ」
 オークルの地図を片手に秘密の出入り口を片っ端から調べて回ったユラヴィカは、とうとう使われた形跡を発見した。誇らしげに胸を張る。だが、長らく使われていなかった秘密通路を探りまくった結果、綺麗な装束は埃まみれの蜘蛛の巣まみれ。
「‥‥何だかゴミ臭いですね」
 ディアッカ、そそ、と距離を取る。ひどいのじゃ〜、とユラヴィカの猛抗議は聞き流しながら、その場所の過去を遡った。ぐるぐる巻きにされたシフールを担いで、鼻歌など歌いながら通路に滑り込むミックの姿が、確かに見えた。二人は頷き合い、薄暗い穴の中に踏み出した。
「灯りを借りて来れば良かったのう」
 パーストを使いながらの、ゆっくりとした探索。暗い中をどのくらい進んだだろうか。更に魔法を唱えようとしていたディアッカは、微かな音に気付き、咄嗟にユラヴィカを突き飛ばした。飛来したダーツは二人の間を掠め、遥か後ろで乾いた音を立てた。身を翻す何者かの気配。暗すぎてシャドウバインディングは無理‥‥そう判断したディアッカは、咄嗟に香水『花霞』の小瓶を手に取るや音を頼りに投げつけた。良い判断ではあったのだが、残念ながら小瓶は狙いを逸れ、壁に当たって砕けてしまった。上品で爽やかな花の香りが辺りに漂う。
「あーあ、もったいない」
 薄闇の向こうから、からかうようなミックの声が聞こえた。彼の気配は、急速に遠退いて行く。だが、ユラヴィカは落ち着いていた。
「こっちなのじゃ」
 枝分かれした通路の中から、迷うことなくひとつを選んだ。彼の目はエックスレイビジョンによって、暗闇の中、壁の向こうを駆けるミックの姿を一瞬、捉えていたのだ。

 ユラヴィカ、ディアッカの追跡を振り切り秘密の出口から抜け出たミック。ふん、と笑みを浮かべ、雑踏に紛れようとした彼は、立ちはだかる天龍、モニカ、美星の姿に鼻白んだ。彼らの後ろには、拳法しふに不良しふの姿も。ディアッカがテレパシーでミックの逃亡先を伝え、美星がその息遣いを察知し、待ち構えていたのだ。どやどやと他の生徒達も駆けつけて来る。飛び立とうとしたミックの翅を、石くれが掠め、足下で砕けた。バランスを崩し、膝をつくミック。見上げた彼は、屋根の上に立ち石を弄んでいるクィディの姿を捉えた。
「ここまで来て逃げは無いんじゃない?」
 彼にも護衛がついている。次の一投を避けて飛び掛ったとしても、瞬時の制圧は到底無理だ。
「影虎、絶対に逃がしちゃ駄目アルよ」
 背中からゆっくりと迫る生き物を、ミックは何とも嫌そうな顔で一瞥した。ダッケルの影虎は間近まで来ると、その場に伏せてしっぽをバタつかせながら、はっはっとミックに湿った息を吹きかける。空には鷹の疾鳳が舞い、天龍の指図ある時を待っていた。
「頼むバンゴ。今はただ、見ていてくれ」
 彼にどんな思惑があったにせよ、天龍に張り付かれていてはどうしようも無かった。
「ミックさん、盗みはあなた自身も含めて誰も幸せにしないアル! 生きる為ならどうかそんな事はしないで欲しいアル! ミックさん自身の幸せを望むヒトも大勢居るのアルし、どうか皆を悲しませないで欲しいアル‥‥」
 美星の説得に、ミックは軽く笑って返す。
「それは無理な相談だね。これが僕の選んだ生き方だから。で、お前達はどうなんだ? あの5人と一緒で、僕に大人しく盗まれる気は無いのかな?」
 ほんの僅か、迷いの時を経て、彼らは言った。
「ミックの兄貴もおいら達と一緒に、何が出来るか試してみようよ‥‥」
 その返答に、ミックは肩を竦め、何か言おうとした。
 と、そこに凄い勢いですっとんで来たファム。勢いがつきすぎて着地に失敗、おっとととっ、と言いながら皆の目前を通過、壁にぶつかってやっと止まる。暫し鼻の頭を押さえてもがもがした後に、気を取り直してミックに向き直った。
「ミックさん‥‥、恋愛のことだったら、このファムお姉さんが相談にのるよぉ☆」
 はぁ!? と呆気に取られるミックなどお構い無しに、ファムちゃんの恋愛相談コーナーが始まってしまった。
「そうだよね、恥ずかしくてついついそっけない態度を取っちゃったりするよね。特に男の子はそうなのかな? でも、それじゃだめ。気持ちは素直に伝えなきゃ☆ さあ、勇気を振り絞って大好きな美星ちゃんに告白しちゃおう!!」
「なっ、ちがっ」
 ミックが慌て、ギャラリー達が囃し立てるものだから、ファムはますます絶好調。美星は赤くなって俯いてしまった。
「さあ、ここまで来て逃げるなんて男の子じゃないよね♪」
「だから‥‥」
 ファム、訳知り顔で熱く語るが、実際は恋愛の経験ゼロ。いや、構わない。女の子は誰だって恋愛達人なのだ、多分。
「くそ、今日のところは仕切り直し──ぬわっ!?」
 隙だらけのところにモニカのコアギュレイトが決まり、哀れミックは拘束されてしまった。告白タイムに水を差されてギャラリーは大ブーイングだが、はいはいそういう話は後でね、とモニカ、軽くあしらう。
「恋盗人、星の涙に捕らわるるの巻〜♪」
 ぽろろん、とファムが竪琴を鳴らす。
「だからそういうんじゃないっていってんだろイテテテ」
 妙な格好のまま引っくり返ったミックに、どっと笑いが起きた。

 浚われた5人は、かつてらくがきしふ達が押し込められていたお仕置き部屋に、ぎゅうぎゅうと詰め込まれていた。
「た、たすかった〜」
 扉を開くなり、転がり出てきた彼ら。窮屈な思いはしたようだが怪我もなく、食事も質素ながら与えられていた様子。
「僕らが盗まれるのは嫌だって言ったら、ミックの兄貴、凄く寂しそうな顔で、分かったから食えって、保存食をくれたんだ。‥‥これで良かったのかなぁ」
 クィディは勿論、と短く答えて、彼らの背をぽんと叩いた。

●全ては盗人の作り話
 捕まってもミックは、悪びれる様子もなく、実に伸び伸びと振る舞った。良く食べ、良く眠り、よく喋る。
「何考えてんだ、お前ならもう少し他に遣り様があっただろうが」
 バンゴに責められても、彼は笑うばかり。ただ、
「どうやら、何もかもが上手く行っている訳ではないんだな。行く末を決めかねてる連中もいるじゃないか。ここらが、しふしふ団の限界かな?」
 と、挑発とも取れる言葉を投げかけた時、
「行き詰まったのなら考えればいい。そうすればまた進める。愚かなのは行き詰まることじゃなく、自分から袋小路に留まりつづけることだ」
 クィディがそう答えると、この時ばかりは随分と神妙な面持ちになったという。何か、胸に留まるものがあったのだろうか。
 ミックが落ち着いているようなので、ユラヴィカは彼に質問をした。
「ワルダー殿やシャリー殿はどうしておるのかのう」
「戻ってるよ、以前住んでた土地にね。実は、君らに撃退されてから一度会いに行ったんだ。不覚にも、ワルダーがしふしふ団にふっかけた勝負の意味が、その時になってようやく分かったって体たらくでね。なるほど、ワルダーの読みは見事なもんだよ」
 ミックの表情が曇る。どういう意味ですか? とディアッカ。彼は話を続けた。
「ワルダーが街に住み着くことに拘ったのは、夏頃、都に異変が起きるって占い師ゲールの予言があったからなんだ。つまり、それに乗じて街の隅に、僕らだけの場所を作ってしまおうって、大雑把に言えばそんな計画だったんだけどね」
「あんた‥‥なんでそんなことまで知ってんのさ。そんなはっきりした占いがあったなんて、あたいらには‥‥」
「そりゃ、盗み聞きしたからだよ」
 ミックに平然と答えられて、イーダ、ああ、そう、としか言葉が続かない。
「まあ、そんな計画どだい無理だったのさ。少なくとも、あいつらにはね」
 ミックが見詰めるのは、夕食の準備に追われる生徒達の姿。
「しかし、何も起きてはおらぬ。現に都は今も平穏無事じゃ」
「勝負の前に、ゲールが来たんだ。降って湧いた天界人のせいで、占いが変わったってさ。代わりに持ち込んだのが、憎ったらしいクソ領主のトーエン卿に煮え湯を飲ませてやろうって計画だったらしい。何でも奴の運気が激しく衰退しているから、今が好機とか何とか。あいつが破滅すれば、少しはマシなのに挿げ変わるかも知れないだろ?」
 待って下さい、とディアッカが話を止めた。
「そんなことを本気で‥‥例えそれでトーエン卿が失脚したとしても、次の領主にワルダーさんを始め関係者は皆、断罪されることになるでしょう。死罪以外の罪になることは、絶対に考えられません」
 何て無謀な事を、と彼は首を振った。だからワルダーは仲間を預けて行ったのかと、思い至るが‥‥仲間を安全な場所に置いておき、成果が結実したなら、それだけを受け取れるように。例え過去の繋がりが露見し仲間にまで追求の手が伸びても、冒険者が全力を賭して彼らの無実と善性を証明してくれるだろうから。

 暫しの沈黙の後、ミックがぷっと吹き出した。
「あー、何だかな、本当、揃いも揃って馬鹿正直だなぁ。うそうそ、今の話は全部嘘だって。んな無茶苦茶な話がある訳無いだろ?」
 腹を抱えて笑い出す彼。未だ強張った表情のディアッカとユラヴィカを前に、彼は笑顔のままで呟いた。
「だから、全部嘘つきシフールのヨタ話にしてしまおうと思うんだ。もしも僕がそんな無謀な勝負を挑むとして、誰か乗ってくれる物好きがいると思うかい?」
 イーダがごくりと息を飲む。壁越しに聞いていたバンゴが、くしゃくしゃと頭を掻いて舌打ちをした。

●大切な贈り物
「あんな話の後で何だがのう」
 ユラヴィカが贈った六色のスプレー塗料。うずうずするのをぐっと堪えて鞄に詰め込み、イーダはぶらり、下通りの宿屋に足を運ぶ。そこには、店のシンボルである蜥蜴を象った、青銅製の看板が下がっている。彼女は周りをぐるぐる回りながら、そこに何度も何度も、空想の色を塗る。やがて、うん、と満足げに頷くと、今度は大通りの問屋に向かって歩き始めた。一日たっぷり街を散策して戻った彼女は、出掛けの深刻な顔が嘘の様に、いつも通りの快活さを取り戻していた。
「なんじゃ、使わなかったのか」
 意外そうなユラヴィカにイーダは、願掛けみたいなもんだよ、と笑って答えた。
 お針子修行中のシフール達も、天龍から思いがけない贈り物を貰うことになった。
「え‥‥これ、本当に貰っていいの?」
「貰い物だが人間サイズで使わないし、生地として使ってくれ」
 彼らの目の前に広げられたのは『豪奢なシルクのマント』だった。それも二枚も。
「生地としてって、これ‥‥もったいなくて使えないよう」
「うう、すべすべだ、すっごく偉い貴族様のマントだ‥‥」
 皆してさわさわしている光景はなんとも妙だったが、彼らにしてみればただのシルクにすらそうそうお目に掛かれないのだから、その舞い上がりぶりも当然と言えよう。
「緊急会議を招集しまっす! この大変貴重なマントをどう扱うべきでしょうっ!」
 喧々囂々、意見が纏まらず、未だに使い道が決まっていないという話だ。

 モニカに相談を持ちかけたのは、他でもない薬しふだった。
「バンゴの兄貴を助ける為にと思って教会で治療の仕方を習ってたんだけど、兄貴はちゃんとした治療を受けられたから‥‥でも、勉強するのは楽しかったから、このまま続けようかなって考え中なんだ。ただ、神様云々の話は正直よくわかんないし、あんまり興味も無くて‥‥」
 こんなんでも教会に通ってていいのかな、と彼は悩んでいるらしい。
「色々考えてて偉いね。今のところはそれで構わないと思うよ。そのうちに神様の方にも興味を持ってくれたら嬉しいけどね。どのくらいの事が学びたいのかによっても──あ、バンゴさん、あなたは何か、目指しているものとか、夢とかは無いの?」
 モニカは純粋に彼の気持が知りたくて聞いたのだが、残念ながらバンゴはとてもとても捻くれていた。しかも、少々虫の居所も悪かった。
「そうだな。いつまでもしふしふ団に飼われているのも何だ。怪我の方も概ね治ったし、学校からはみ出してる連中引き連れて、新生わるしふ団でも結成するか? 更生した仲間の邪魔になるってなら、何処か遠くの町ででもな」
 ふふん、と笑う彼。モニカの額に青筋が立った。
「ふうん。あなたにそこまでの器量があればいいけどね」
「なんだと!?」
 ばちばちと激しい火花を散らす。生徒達が間に立って、必死で二人を宥め始めた。
 一方、
「事件は無事解決したけど、みんなが大変なときに抜け出して心配かけるなんて。何をしているのか突き止めてちゃんと叱らないとっ」
 桂花、少々ご立腹。この不良しふがまたもや抜け出すところを目撃した彼女は、その後をこっそりと追跡した。すると、辿り着いたのは街の酒場。覗き込んでみると、彼は奥のテーブルにちょこんと座り、吟遊詩人が歌うのを、真剣な表情で聞いていた。見れば、学校に常備している竪琴を持ち出して、詩人殿からあれこれとアドバイスを受けている様子。
「‥‥遊び歩いてる訳じゃないのは良かったけど、しふしふ団のバード陣が知ったら落ち込まないかな」
 実に悩ましい桂花さんだ。
 前回の残金665G65C。天龍、モニカの寄付250Gを加え、10月8日〜12月5日の生徒31人、生活費1日ひとり5Cの合計91G45Cを差し引いて、12月5日の残金は824G20Cとなる。

「うん、これでよしっと」
 んー、と一回伸びをして、ファムは空を見上げて微笑んだ。竪琴を引き寄せて軽く爪弾くと、んっんーと何度か声を整えてから、出来立てほやほやの歌を歌い始めた。
「しふ学校校歌1番(仮)、歌いまっす!」

♪昨日からつづく今日
 未来をみんなで切り開こう

 空はどこまでも つづいている
 みんなの気持ちも つづいている

 空がつづいて 未来も みんなもつづいている!

 しぃふしふ しぃふしふ
 とちのき通りの しふ学校
 ぼくら・わたしの しふ学校ぉ♪