とちのき通りのしふ学校〜新年のお楽しみ

■シリーズシナリオ


担当:マレーア3

対応レベル:8〜14lv

難易度:普通

成功報酬:4 G 15 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:01月02日〜01月07日

リプレイ公開日:2007年01月12日

●オープニング

 ウィルの街も年の瀬を迎え、しふ学校も冬休み。‥‥という訳には行かなくて。自活を目指して頑張る彼らに、聖夜もへったくれも無いのです。
「さて、今日皆に集まってもらったのは他でもない」
 とちのき通りの顔役ゴドフリー氏の前には、とちのき通りで暮らす主だった旦那衆が揃っている。
「最初はどうなることかと思っていたが、学校は思いの外に、良い結果をもたらしているように思う。シフール達も、大変真面目に頑張っている。しかし如何せん、彼らに行き場が無い実情は変わっていない」
「十数人、奉公先が見つかっただけでも驚きですよ。わるしふ時代の悪評を知っている者も少なくないでしょうし」
 ふん、と面白くもなさげな靴屋の旦那。わるしふ団にこっぴどい目に遭わされたことを、未だに根に持っているらしい。
「うちのパン屋や、ばあさんとこの仕立て屋を手伝ってくれてる連中も、出来ればもっと箔の付く所に紹介してやりたいもんだって、今話してたんだよ。あいつらここで騒動起こしてたなんて信じられないくらい素直だし明るいし‥‥まあ少々間の抜けたところもあるが、それも愛嬌だ。何処に行っても可愛がられると思うんだがな」
 逆にパン屋の旦那は、随分と入れ込んでいる様子。
「煙突掃除や船着場の日雇い仕事で資金を貯めようとしている子もいるみたいだけどねぇ、ひどく苦労してるみたいですよ。夕方、クタクタになって帰って来るのを見かけますもの」
 仕立て屋のお婆さん、可哀想で可哀想で、と首を振る。
「彼らの将来については、私ももっと真剣に考えてみようと思っているよ。しかし、だ。その前に彼らが挫折し、世を拗ねてくさってしまったのでは元も子もない。彼ら自身の更なる頑張りを期待したいろころだ。そこで‥‥」
 ゴドフリー、こほん、と咳払い。
「新しい年の始まりを特別に考えて、大いに祝う国もあると聞く。彼ら学校のシフール達にも是非とも気持ちを新たにしてもらい、一層の努力でもって、自分自身の人生を切り開いてもらいたく──」
 と、そこにひょっこり顔を出したのは仕立て屋の孫娘。
「あ、まだやってたの? 大の大人が雁首揃えちゃってもう‥‥小難しいこと言って、要はシフール達が楽しく笑ってるのが見たいだけなんでしょ? 最近あいつら、ちょっとくたびれ気味だもんね」
「ああおまえ、そんな風に言うもんじゃありませんよ」
 わたわたと慌てるお婆さんに、旦那衆は顔を見合わせ苦笑い。
「簡単に言うと、そういうことになるか。シフール達のこれまでの努力を労い、新たな一年に挑む活力を与えて欲しい。どんな方法があるか、皆で考えてみよう。彼らが失意の内に元のわるしふに戻ってしまうことを思えば、この程度の骨折りは惜しく無い。そうは思わないかね?」
 露骨に面倒臭そうな顔をしていた靴屋、ゴドフリーに話を振られ、慌てて身を正し、頷いて見せた。

●今回の参加者

 ea3501 燕 桂花(28歳・♀・武道家・シフール・華仙教大国)
 ea3625 利賀桐 真琴(30歳・♀・鎧騎士・人間・ジャパン)
 ea5684 ファム・イーリー(15歳・♀・バード・シフール・イギリス王国)
 ea6917 モニカ・ベイリー(45歳・♀・クレリック・シフール・イギリス王国)
 ea7463 ヴェガ・キュアノス(29歳・♀・クレリック・エルフ・ノルマン王国)
 eb1159 クィディ・リトル(18歳・♂・バード・シフール・イギリス王国)
 eb3771 孫 美星(24歳・♀・僧侶・シフール・華仙教大国)
 eb4270 ジャクリーン・ジーン・オーカー(28歳・♀・鎧騎士・エルフ・アトランティス)

●リプレイ本文

●新年のご挨拶
「あっけまして、おめでとうしふ〜☆」
 どーん、と学校に乗り込んだしふしふ団ご一行様。新たな年への決意も新たに。
「今年もしふ学校は、みんなの力で盛り上げて──あ、あれ?」
 燕桂花(ea3501)が目をぱちくり。そこに広がっていたのは、ぐうぐう眠る生徒達の姿だった。
「これは‥‥見事な寝正月ぶりじゃのう」
 苦笑いのヴェガ・キュアノス(ea7463)。もちろん、彼らが大晦日も元旦も無く懸命に働いていることは知っているのだが。
「疲れてるみたいアルね、寝かしとくアルか?」
 ヒソヒソ相談を持ち掛ける孫美星(eb3771)だが、ヴェガは『不規則な生活は怠惰に通じるゆえ』と手厳しい。
「ではでは、お目覚めのしふ学校校歌1番いきまっす!」
 ファム・イーリー(ea5684)が、竪琴をぽろろんと爪弾いた。

♪昨日からつづく今日
 未来をみんなで切り開こう

 空はどこまでも つづいている
 みんなの気持ちも つづいている

 空がつづいて 未来も みんなもつづいている!

 しぃふしふ しぃふしふ
 とちのき通りの しふ学校
 ぼくら・わたしの しふ学校ぉ♪

 飛び跳ねるように賑やかなメロディを奏でて回る。目を擦りながら起き上がった生徒達が、しふがっこ〜と寝ぼけながらも追唱を。
「さあ起きて起きて〜! みんなで食べるお正月用の美味しい料理を作るよ〜」
 桂花がパンパンと手を叩き宣言すると、食いしん坊達が目を覚ます。
「むにゃ‥‥教会のひとごちそうさまです‥‥」
 妙な挨拶にヴェガは、はいどういたしまして、と笑顔で応じる。そんな風に覚えられているのは、むしろ本望かも知れず。
「あ、真琴の姐さんがいる」
 お久しぶりでやすねぇ、と挨拶を交わしながら、利賀桐真琴(ea3625)は辺りをざっと見渡した。そして、ふふんと嬉しげに微笑む。
「掃除はこまめにやっているようでやすね、感心感心。けど、新しい年の初めにはやっぱり、徹底的に磨き上げておきたいものでやすねぇ♪」
 さ、はやく起きないと埃まみれになりやすよ、とハタキを振る彼女に、まどろんでいたシフール達、わたわたと右往左往。
「‥‥えーと、手伝います」
 寝癖を撫でつけながらも申し出て来る生徒達に、真琴、ますます感心。
「掃除は上から、てなわけで、まずはハタキ掛けから始めやしょう」
 ちょっと遅めの大掃除が始まった。

「うわわ、寝坊しちゃったぞ!」
「えーとえーと、全員が朝稽古遅刻だから往復10周追加だ‥‥」
「ひーっ!」
 自分達で課したルールらしい。へろへろになりながらも誤魔化すことなく走る拳法しふ達を見遣り、ジャクリーン・ジーン・オーカー(eb4270)は、ふっと笑った。
「なるほどねー、妙な遊びを思いつくもんだね」
 彼女のアイデアを聞いたイーダは、俄然乗り気。話はつけておくよ、と請合った。

「むー、この汚れ取れないや」
「こりゃぁカビでやすね。湿気やすいところは気をつけないと‥‥ここは酢に浸した雑巾で覆っておいて、その間に道具箱を動かして裏っかわまで掃き清めてしまいやしょう」
「あの、開校前から同じ場所に鎮座してるという無駄にデカい道具箱を‥‥」
 ごくり、と息を呑む掃除しふ達。今まで、どれだけの物があの裏に吸い込まれて行ったことか。
「えーと、止めない?」
「だめでやす♪」
 真琴、とっても楽しそう。彼女が音頭を取り、ジャクリーンも手伝って、ふらつきながらも何とか道具箱を退ける。覗き込んだシフール達の顔から、すっと血の気が引いた。
「こ、これは‥‥なかなかにヘヴィでやすね‥‥」
 ヤバげな物体は、箒の先っちょで塵取りに乗せ、速攻でゴミ箱へ。息を止め、悶えながらの数十秒。最大の難関も攻略された。
「わ、ぴかぴかだー!」
「おおー!」
 酢雑巾の下はすっかり綺麗になって、シフール達を感動させた。真琴は最後に、可愛い女の子が刺繍されたキキーモラの布巾で学校を磨き上げる。生徒達もこれに習って、あちこちに張り付いて拭き拭きと。
「綺麗にしておけば自然と幸運が舞い込みやすよ、さ、もうひと頑張りでやす」

 学校から漏れて来る賑やかな声を聞きながら、隣の古物屋ではクィディ・リトル(eb1159)とゴドフリーが話をしていた。
「遠いゴールへ向かうには、小刻みに目標地点を設置しておくことが大事だ。『自分は進んでいる』と実感できれば、また先に進む力も出てきやすいだろうしね。だから僕は、技術を披露する場を定期的に用意してやればいいと思ってる」
「ふむ。互いに競い合わせろと?」
「技を競うのが目的なんだ、優劣はつけなくてもいい。それだけでも随分と刺激になるはずだよ。いっそ、通りの毎月のイベントにしてほしいくらいだね」
「なるほどイベントにな。アイデアとしては面白い。通りとしても人を呼べるならば有り難いことでもある。よし、可能かどうか、皆とも相談してみよう」
 それじゃ、と踵を返したクィディを、ゴドフリーが呼び止めた。
「それをやるとして、外からの参加は認めるべきだろうか、それとも純粋に生徒達の技術を披露する場とすべきだろうか。前者の方が多くの経験を得られるだろうが、却って無力を思い知り落胆させてしまうかも知れない」
 そうだな‥‥とクィディ、腕組みをして考え込んだ。

●新年会を企もう
「もう行くのか?」
「まあ、大幹部様に勤勉なところを見せておくのもいいんじゃないかな」
「そうか、俺も後で合流するからな」
 旅支度のミックをバンゴが見送る。重い何かを背負って飛び立つ彼の背を、バンゴはただ無言で見詰め‥‥。
「こら、そこ逃げない」
 いきなりコアギュレイトを食らわされ、ぼてりと墜落したミックがぐえ、と唸る。何の真似だ、と食ってかかるバンゴに、モニカ・ベイリー(ea6917)は、やれやれと首を振った。
「全くもう、今は男手が少ないんだから文句言わずに手伝いなさい。彼らだってちゃんと働いてるっていうのに、仕方の無い」
 モニカの指差す先では、不良しふ達がいそいそと立ち働いていた。こちらも逃亡前に捕らまわれてしまったらしい。
「何たる体たらくだ!」
 バンゴが額を叩いて天を仰ぐ。その頬を抓り上げ、いいから来て! とモニカが強引に連れて行く。
 麻痺したまま放置され、さてどうしたものかと困り果てるミック。その彼を、孫美星(eb3771)が覗き込んでいた。
「ミックさん、たまには皆と一緒に楽しもうアル、皆もきっと喜ぶアルよ」
 差し出された手を、見詰める彼。
「分かった分かった。だからそんな思い詰めた顔するなって‥‥」
 掴んだ手に力を込めて、ミックを引き起こす。伏せを命じられ、尻尾をバタバタさせながら待っているダッケル犬の影虎に彼を乗せ、自分も背に腰を下ろして、通りへと向かわせる。
「その‥‥以前のコトは気にしなくてイイアルからね、もしミックさんがあたしのコトが嫌いだったらズバっとそう言って欲しいアル‥‥」
 暫しの沈黙。
「あたしはワルダーさん達もミックさんもみんな一緒に故郷へムネを張って帰れるようになって欲しいと心から想うアル。だから、力になれるかどうかはわからないアルが‥‥何かあれば話して欲しいアル」
 ミックはやはり麻痺したフリで、何も答えてはくれなかった。ただ、何も言わずに消えることは無かったので、少しは受け入れてくれたアルね、と美星は勝手に思っている。

 掃除がすっかり終わった頃、通りの人達も三々五々集まって来た。ああだこうだと言いながら、テーブルを運んだり椅子を置いたり、賑やかさも数倍増しだ。野菜をお土産に、モロゾ一行がやって来たのもちょうどその頃。
「わ、どうしたのこれ!?」
 桂花は詰め込まれた根菜の瑞々しさに、思わず声を上げてしまった。
「収穫後、土の中に埋めておいたのである。さすればこの手の根菜は、自らの力で新鮮さを保つのであるよ。冬の間はこれで、いつでも美味しく食べられるのである」
 ほー、と一同感心。
「おっひさしー」
 驢馬のヴィッツくんの背に乗って、モロゾに手を振って見せるファム。ヴィッツくんの背に掛けられた袋には、買い集めた食材やら何やらがいっぱいに詰め込まれていた。
「頼まれた食材をそろえておきましたよ。‥‥牛肉はひどく高かったですが、本当に良かったんですか?」
 ゴドフリーから言い付かって来た古物屋の小僧さんは、新鮮な牛肉に興味深々。他にも豚肉羊肉、旬の魚やらお豆やら、調味料やハーブの類も色々と。これは真琴が頼んでおいたものだ。
「あたいの必要な材料はもう取り分けてありやすんで、後は自由にお使いくだせぇ。で、何を作りやす?」
 腕まくりの真琴に、桂花がそうだねぇ、と暫しの思案。
「野菜とお肉の煮込み料理と、後は鶏の岩塩焼きなんかどうかな?」
「うむ、派手やかで良いのう」
 祝いの席にはぴったりじゃ、とヴェガ、楽しげに。
「お魚は新鮮だけどちょっとお塩がしてあるよ」
 大きな魚と睨めっこをしながら、ファムが報告。
「じゃあ、その塩味も生かして軽く粉してからさっと揚げて‥‥」
「こちら風に野菜と一緒にしてサフラン風味に煮込んでみるのも捨て難く思う」
 んー、それもいいね、と桂花、立ち上る芳香に思いを致す。
「あたいの故郷の料理をたくさん味わって欲しいんだけど、醤が手に入らないのがねー。鶏がらでスープを取ろうかな。臭みはハーブで消すとして‥‥」
「肉料理に合いそうな、ちょっと面白い調合を思いついたのじゃが」
「え? どんなどんな?」
 桂花とヴェガが掛け合いをしながらどんどん段取りが出来上がって行くのを、料理しふ達は魔法でも見るかのように眺めている。ファムや真琴が既に動き出しているのは、冒険者ならではの阿吽の呼吸だろうか。まずは全員で下拵え。野菜の下処理から、肉の下味つけ‥‥。料理しふ達も、彼らに倣ってお手伝い。下準備に気を抜かない、は、桂花門下生の鉄則である。
「天界人謹製、万能包丁〜☆」
 彼女の掲げた包丁の眩いこと。まるで、春の日差しを浴びて光る川面のよう。
「はいっ、師匠質問! 美味しい料理を作るのには、やっぱり良い道具が必要?」
 するすると野菜の皮を剥きつつ、桂花は答える。
「んー、良い道具が良い料理を作ってくれるわけでは無いけど、でも、道具は料理人の体の一部みたいなものだから、やっぱり疎かにはできないよね。君は良い道具を使ってる?」
「え‥‥いや、ぼくはあんまりお金ないから‥‥」
 彼がおずおずと差し出した料理ナイフを見て、桂花は満面の笑みを浮かべた。
「手入れもされてて、使い込まれてて、とってもいい道具だよ。頑張ってるね」
 一見して、相当に目減りしているのが分かる。刃を軽く砥石で整えてから、桂花は彼にナイフを返した。もしも中に道具を疎かに扱う者がいたとしても、このやりとりを見て大いに恥じ入ったことだろう。
 ところで、下処理で出た野菜クズ。生徒のひとりが気を利かせて捨てようとしたのを、桂花はやんわりと制止した。
「厨房をよく見てて偉いね。でも、それは捨てちゃ駄目。野菜の皮のところ、芯のところは、また独特の味わいがあるんだよ。細かく切ってさっと炒めたりしても美味しいし、煮込んでエキスを取ってもいいね。せっかくの食材だもの、隅々まで使ってあげなきゃ」
 そうしないと、もったいないオバケの呪いでお店がツブレちゃうんだよ〜と軽口も交えながら。
「うちらしふしふは人より何倍も動かなくちゃいけないから大変だけど、それに負けない行動力があるんだ。だからみんなも頑張って努力して、一人前になってね☆」
 そしてあたいにたらふくご馳走してね! と続けて、皆をどっと笑わせた。良い授業じゃのう、とヴェガ、微笑ましく見守りながら、調理を進める。
「ところで、こっちで煮ておるのと蒸しておるのは何なのじゃ?」
「ふふ、それは後のお楽しみ、でやす」
 真琴は肉のミンチを作りながら、にっこり笑う。
「パンのお届け〜」
 トートとパン屋の旦那も現れて。学校前はますます賑やかに。
「ん? なんかコゲ臭いな。実に嗅ぎ覚えのある、心痛むこの臭いは‥‥」
 旦那が辺りを見回す。トートが、あー、と両目を覆った。ストーンでこさえた即席パン窯とファイヤーコントロールでパン作りに挑戦していた美星さん。その窯から、もこもこと煙が上がっていた。
「アイヤー! ちょっと火力が強すぎたアル!」
「お、落ち着いて、とにかく火を弱め‥‥うわっと!」
 美星とミックが大騒ぎ。駆けつけた桂花が必死で宥める。皆して火種の薪を掻き出したりと大騒ぎ。
「うんうん、仲良しさんで結構結構。みんないい? ミックさんと美星さんを影からコッソリ見守るんだよ」
 ファムからは極秘指令が出ていたり。
 冬の合間の暖かな日和。一仕事終えたヴィッツくんが、汲み置かれた水を舐めている。セッター犬クレモンテインの懐で、子猫のスファルテンが目を覆った妙な格好で居眠りをしていた。

●ささやかな導きを
 こっそり吟遊詩人のもとに通っている不良しふについて。桂花から事の次第を聞いたファムは語る。
「しかたないんじゃないかなぁ、感性の問題だし。歌も人それぞれ違うから、やっぱり合う合わないがあると思うんだ。それに、教えて貰うなら地元の人がいいかもだしね〜」
「へー、やっぱりそういうもの?」
 ファムはうん、と頷いた。
「その土地ごと、お客さんが好む歌も違えば禁句もある‥‥その辺も含めて地元の人から教えてもらうのが無難じゃないかなと、ファムちゃんは思うのです」
 なるほど、と桂花。のほほんと歌っているようで、ちゃんと色々考えているのだ。
「‥‥でも、どんな人が教えてるか気になる‥‥かな?」
 そんな訳で。
 ファムは、話に聞いた酒場へと足を運んだ。詩人殿はいつものようにそこにいて、古今東西の冒険譚から滑稽な寓話、ちょいと悩ましげな大人向けのお話まで、実に表現豊かに歌い上げる。客いじりの上手な壮年の男で、剃り上げたつるつるの頭よりも、低くて柔らかな声と、愛嬌のある笑顔が印象的な人物だった。
 歌い終わりを見計らってファムは彼にワインをご馳走。話を聞いた。
「ああ、毎日来る彼か。歌を好んでくれるのは嬉しいが弟子を取る身分じゃないと断ったら、なら聴くだけでも、と言うんだよ」
 どうやら、彼が一方的に押し掛けているようだ。
「あの子のこと、よろしくお願いしまっす!」
 ファムも頭を下げて頼み込む。詩人殿、腕組みをして考え込んでいたが、はっと気付いて手を打った。
「ははーなるほど、君のことだな」
 きょとんとするファムに、彼は笑って言う。
「凄く楽しそうに歌を歌う人がいて、自分もそんな風に歌いたい、と彼は言うんだよ。ならその人に弟子入りすればいいじゃないかと言うとだね、その人は女性で自分とは声質も性格もまるで違うから同じようには出来ないし、何より恥ずかしくて言い出せない、とこうだよ。いや、何とも微笑ましい話じゃないか!」
 大笑いする彼に、なんだかファム、自分の密やかな思いがバレてしまったような気持になって、顔が熱くなって来た。
「よしよし分かった、不肖ながらこの私の可能な限り、彼を導いてみることとしよう。それで宜しいかな?」
「は、はいっ! あと、あたしが来た事ナイショで〜」
 詩人殿、にいっと笑って大仰な仕草を取り、心得た、と返答した。

 学校の中では、仕立て屋のおばあさんと孫娘が、裁縫しふ達と一緒にテーブルクロスを縫っていた。箒を取りに来た美星さん、これに気付くと取って返し、持って来たお土産を抱えて戻って来た。
「これ、闘技場優勝のお土産アルよ。自分でも信じられないぐらいラッキーだったアル。皆にも幸運があるよう願ってるアルー♪」
 はい、と手渡されたのは『豪奢なシルクのマント』。好きに使っていいアルよ♪ と言い残し、箒を引き摺って出て行った。
「はー、冒険者が珍しいものを持ってるって本当なのねー。こんな上等なシルク初めてお目にかかるわ」
 娘さん、さわさわしながら感心するやら呆れるやら。おばあさんも、見事なマントだねぇ、と縫製など確かめながら驚くこと頻り。
「増えちゃった‥‥」
 前に貰った2着をどうするかもまだ決まっていないのに、嬉しいながらも戸惑う裁縫しふ達だ。
「くれるっていうんだから貰っておけばいいのよ」
「でも‥‥」
「あーもう、分かってないわねー。気遣ってくれるのは有り難いことなんだから、素直に受けておけばいいのよ。恩を返したいなら成功して、あの時はありがとうって言ってあげなさい。それでこそ相手も喜ぶってものよ」
 ホントにねぇ、早く一人前になって言ってもらいたいものだよ、と溜息をついたおばあさん。はっと振り返ってジト目で見据える娘さん。
「最近どうも目がしょぼしょぼしてねぇ‥‥」
 目頭など揉み解した後、運針再開。娘さん、ぷう、と膨れてそっぽを向いた。

 そうこうする内、学校にはオークル達と画家しふ達もやって来て。
「言われたもの、用意して来たよー」
 画家しふ達が持ち出したのは、トランプ程の木の板だ。ざっと見、100枚超。これどうするの? と不思議がるシフール達に、ジャクリーンが説明を。
「ゲームを作るのよ。木の札の片方を読み札、もう片方を絵札にして、しふ用句とそれを表した絵を描くの。読み札が読み上げられる間に、絵札を見つけてタッチすればそれを取れる。たくさん絵札を取れた人が勝ち。どう?」
 シフール達、初めて聞く遊びに喜色満面。
「で、せっかくだからみんなで札から作ろうって話になったんだ。一緒に作るやつこの指とーまれ!」
 イーダが言うや、わっとシフール達が殺到して。彼女は揉みくちゃにされる羽目となった。
「笑う門にはシフ来たる‥‥如何?」
「じゃあじゃあオイラはね、枯れ木もシフのにぎわい」
「シフも歩けば棒に当たる‥‥むう、痛そうだからやめよか」
 オークルとジャクリーンが読み札を、絵札はイーダと画家しふ達を中心に皆でわいわいと描いていった。結果、中には超絶高度な推理力を必要とする札も含まれることとなったが、札作りの過程からして、皆で大いに楽しんだのだった。

●新年会は賑やかに
「ごほん、あー、新年おめでとう。皆集まってこのような会を持てたことを嬉しく思う。今年一年、皆が変わらず健やかであることを祈り、また──」
「ゴドフリーさん話が長い! シフール達、涎流し過ぎて干からびちゃうわよ?」
 仕立て屋の娘さんの突っ込みに、ゴドフリーは呵々と笑った。では、と促され進み出たのは、カットした羊皮紙と首から下げられる様にした小さな袋をたくさん抱えたヴェガだった。
「それでは皆に、新年の抱負を発表して貰おう。それ、おぬしからじゃ」
 目の前のご馳走に涎を垂らしていたこの生徒、突然の指名に慌てて起立。
「え、えーっと、仕立てのお仕事でお金が貰えるようになりたい、かな」
 もじもじしながら答える彼に、なるほど、と笑顔で頷いたヴェガは、さらさらと羊皮紙にペンを走らせ、それを袋に入れて、彼に手渡した。
「そこには、今発表してくれたことが書いてあるのじゃ。皆の前で、自分に課した誓いという訳じゃな」
 これは、自分で掲げた目標を常に思い出し、まっすぐに進んで行く為のおまじないだ。懸命に励んでいれば迷った時も、それまでに込めた想いが支えとなってくれるだろう。
「初心を大切に、今年一年頑張るのじゃぞ。神も、近所のおっちゃんおばちゃん達もきっと見ていてくれるからの」
 ヴェガの言葉に、彼は大きく頷いた。
「では、次は誰かな?」
 生徒達が次々に発表するのを、通りの人々がにこやかに見守る。
「さて、ついでといっては何じゃが、通りの皆様も如何かな? 袋と羊皮紙はほれこの通り、まだ余っておるゆえ」
 ええ!? と旦那方は大焦り。おかみさん達がお尻を叩いて、何やら色々と約束させられているようだ。くわばらくわばら。
 後はもう、新年会を楽しめばそれで良し。テーブルに置かれた白い塊を、桂花がとりゃっと木槌で叩く。と、中からえもいわれぬ美味しそうな鶏肉の香りと、油できらきら光る肉汁が溢れ出た。
「さ、料理は温かいうちに食べてね☆」
 桂花が促すや、シフール達は皆一斉に狙いの料理へと齧り付いた。ヴェガが運んで来た2つの鍋。一方はとろりとしたスープの中より、大きな肉と野菜がごろごろと顔を出す。そしてもう一方は、さらりとした黄金色のスープの中に、つやつやとした魚の白身と野菜達が舞っていた。ハーブの香りが、また一層食欲をそそる。
「これはシフール達でなくとも堪らぬのう」
 ヴェガも運ぶ途中でつまみ食い。
「わ、この箱に入ったお料理、凄く綺麗だ‥‥」
「お節料理と言いやして。新年始まったばかりの時期には竈の神様がお休みになられるんで、日持ちのする料理を予め作っておくんでやすね」
 異国の風習語りに、オークル達が目を輝かせているのが何とも可笑しい。
「何このぷにくにゃした食べ物!」
「カマボコでやすよ。白身魚のすり身を蒸し焼きに‥‥口に合いやせんか?」
「ううん、美味しいよ!」
 他に膾や煮豆なども頑張ってみた。材料がまるで違うので故郷の味と同じに、とは行かなかったが、口に運べばなんとも言えず、懐かしい心持となる真琴である。
「大火事パンは無いのー?」
「な、何を言うアルか! 3個だけは上手く作れたアルよ!」
 見れば、パン屋が提供したパンの中に、ちょいと焦げているのがご愛嬌、天然自然の独創性に溢れた形のパンが混ざっている。
「で? 幾つしくじったのさ」
 ミックにからかわれ、癇癪起こす美星さん。あー、けど味は悪くないかな、とミックのフォローも入りつつ、皆して温かなスープと共に美味しく頂く。
「こ、このジャイアントトードの顔みたいな食べ物は?」
「マーカスバーガーって奴でやすよ、以前作った事があるんでマネてみやした」
 ふおお、とシフール達は見知らぬ味わいに舌鼓。お酒も進むが、今日はなんといってもモニカが提供した発泡酒が大量にあるので、飲み足りない心配は無し。
「まぁ新年だしね、たまには良いでしょ。でも、飲みすぎて明日動けないなんてことにならないように注意しなさいよ」
 はーい、と返事は良い生徒達。辺りを見れば、おかみさんに同じ様に注意されている旦那の姿も見える。こちらも返事だけは良いようで。
「あ、ハピ・ハッピィ・ニューイヤー♪ 新年〜あけましておめでとぉ〜♪」
 ファムの演奏も賑やかに。
「天高くしふ肥ゆる秋」
「はいっっっ!!」
 まんまるシフールの描かれた札に、シフール達がどっと突進。弾き飛ばされた者達が辺りにごろんごろんと転がり出る。しふ用句カルタは、思いもかけずハードな競技と化している模様。その横では、生徒達と通りの人達が福笑いに興じている。目隠しを外した仕立て屋の娘さん、出来上がった珍生物に膝を付く。笑いを堪えていたシフール達は、お腹を抱えて転げまわった。
 一方、真琴が用意しておいた羽根つきも人気となった。負けた者は敗北の証を刻まれるのがルール、ということで、墨の代わりに白粉ででっかく顔に×やら△やら描かれたシフール達が量産されることになった。
「ふふふ、あたいに羽根つきで挑む猛者はもういないでやすか?」
「イーダの姐さん〜仇をとって下さい〜」
「やれやれ仕方ない、真打が出ない訳には行かないようだねぇ」
 ずずいと進み出たイーダ先生。軽くお酒も入ってほろ酔い気分とはいえ、目に宿る自信は侮れない。果たして、羽子は両者の間に紐でも張ってあるかのように、互いの間を飛び交った。途切れることの無いラリーが続く。
「やりやすね」
「そっちこそね!」
 拮抗する勝負の行方に、皆、思わず息を飲む。羽子の軌道はもはや、弧を描いてはいない。
「食らえ、フェイント!」
「甘いっ」
 突然軌道を変え、足下目掛けて打ち返された羽子。それを、真琴はアンダーから抉るようにカチ上げた。羽子は矢の如くイーダのオデコにクリーンヒット。この激しい戦いの幕は閉じられたのである。ほっぺにぐりぐり渦巻きを描き入れられたイーダ先生、ただいまヤケ酒中。
「凍傷アルか? 凍傷っていうのは、熱いものに触れてしまって火傷をするのと同じように、冷たいものに触れてしまって起こる症状アル。そんな時は温めるのアルけど、ただそれだけだと滞っていた血が巡ってしまって──」
 美星は教会で治療術を学ぶ生徒と、応急処置談義に花を咲かせる。ふと気が付くと、ミックは皆が話していたように、そんな様子を杯を片手に眺めている。何をしているわけでもないのに、なんだか実に楽しそう。
 と、やおら平穏な風景を切り裂く悲鳴が。見れば、パッソルくんがシフール達をかじっているではないか。もちろん甘噛みではあるのだが。
「ジャパンでは、『ししまい』に噛んでもらうと縁起がいいんだってぇ〜。さあ、みんなも縁起のいいのをしよ〜☆」
 もちろんファムに悪意は無い。涎でデロデロにされながら、縁起を頂く生徒達。ジャパンというのは随分と妙な風習を持つ土地なんだねぇ、と皆に妙な認識が広がっている様子。そんな中、クィディはひとりぽつねんと酒を舐める靴屋の旦那に気が付いた。このままでは良くないな、と声をかける。
「ちょっと、ここに立ってもらえる?」
 靴屋、怪訝な顔をしながらもクィディに従う。と、クィディは彼の頭の上にリンゴを乗せて、距離を取った。
「まさか、ちょっと、待て、待てって──」
「動くと危ないよー」
 ひゅ、と風を切って飛んだ石が、見事にリンゴだけを弾き飛ばす。拍手が湧き起こり、クィディにも靴屋にも、皆が集って言葉をかける。
「ささ、一杯」
 見事な技を見せたクィディに、モロゾがお酒を勧めた。
「他にも応急手当と声色なら教えられるから、いつでも聞きに来ていいよ。‥‥あ、それからね。随分と無理をして働いてるのがいるみたいだね。頑張るのはいいけど、頑張りすぎて体を壊しちゃ元も子もない。病気になったり怪我をしたりしたら、どれだけの人が心配で心を痛めるか‥‥
 ばた。クィディ、真っ赤になって早くも撃沈。
「で、実際のところ、あなたはどうしたいの?」
 並んで発泡酒を呷りながら、モニカはバンゴに問い掛ける。
「今は、ワルダーを何とかすることしか考えてねえよ。それが終わったら‥‥何か見えて来んのかな。正直良くわからん」
 今、彼は宙に浮いている。着地すべき場所を、自分でも探しているのだろう。
「誰か、一緒に歌おー?」
 ファムが手を取ったのは、竪琴を脇に置いてぼんやりしていた不良しふ。促されて竪琴を手に取った彼は、それがいつの間にか調律されていることに驚いた。
「ほらほら、お客さんを退屈させたら駄目なんだよ〜?」
「え、えーっと、じゃあ、月の隠れ家を探して旅するシフール一座の物語を」
 髭のシフール座長が語るには。きらきら輝くお月さんの隠れ家は、全てが黄金の眩いところ。ひとかけ頂戴したって分かるまい。
「うん、この歌なら知ってるよ♪」
 旅する一座、幾山幾川越えようと、幾年幾才経ようとも、彼らは月に追いつかない。そりゃあそうだと長老は、笑う者らに語ります。真昼のような笑顔の一座、お月さんとて隠れよう。
 滑稽なシフール一座の物語に、皆、膝を叩いて大いに笑う。思いがけずの良い反応に、彼はとても嬉しそうだ。
「うう、寒い‥‥でやす」
 シフール達との雪遊びに興じていた真琴さん、見ればもう唇が真っ青。学校の横丁に消えた彼女が抱えて来たのは、思わずヨタつく程の大きな鍋。美星がストーンで竈を作ると、真琴はその上に鍋を置いた。
「露天と洒落込みやしょうか。今沸かしやすんで、皆で入ってくだせえ」
「ま、まさかそれでボクらを茹でちゃうの!?」
 釜茹での刑なんて嫌だ! と震え上がるシフール達に、違う違う、と真琴、苦笑い。
「これは五右衛門風呂。皆でお湯を頂いて、去年の垢をさっぱり流し温まりやしょう」
 鍋の底にはスノコを入れて足場にするのを忘れない。下に薪をくべ、お湯の具合を確かめながら火を調節して行く。
「温泉でもあれば良かったんでやすがねぇ。ジャパンにはそりゃあもう、あちこちに温泉が湧いてたもんでやすが‥‥」
 彼女の話で、想像の中のジャパン不思議ワンダーランドぶりは更にレベルアップしたが、それはさて置き。
「うん、ちょうどいいみたいアルね」
 手を突っ込んだ美星が、腕を掲げて丸を作る。皆がもじもじしている中、バンゴが進み出てどぶんと飛び込んだ。
「おう、確かにこりゃいい湯加減だ」
 と、その声を聞いて、生徒達も後に続いた。拳法しふ達はお湯の中で、型を組み合わせながら語り合う。ジャクリーンが取り持った伝言に、彼らなりに取り組んでいる様だ。
「ぬるくなったら言うんでやすよ?」
 火加減を見る真琴のそばに、すすっとやって来たのは、裁縫しふ達。
「真琴さん、仕立て屋さんなんだって? ねえねえ、お仕事のお話聞かせてよ」
 そうでやすねぇ、と彼女が語ったのは、容姿に自信を持てずにいる女性のお話。はたまた、心傷つき布地に思いを託せなくなってしまった仕立て屋のお話。
「服ってのは心に通じてるんでやすよ。着る物ひとつで晴れやかになることもあれば、その逆も然りでね。努々手抜きは出来ねぇなと思い知る日々でやすよ」
 ふんふんと真剣な眼差しで聞く彼らに、真琴もなんだか心洗われる気分だ。
「まだ日数もありやす。仕立とか刺繍とか、あたいで良ければ見るでやすよ?」
 お願いしやっす! と彼ら、頭を下げてお湯に沈んだ。
 しふしふ団と、通りの人達との楽しい時間を過ごした生徒達は、また新たな元気を得たようだ。桂花は空になった大皿を片付けながら、生徒達の晴れやかな顔を確認し、満足げに微笑んだ。
「お風呂の前に片付け手伝います〜」
 料理しふ達、声を掛けなかったのにも関わらず、集まって来てお手伝い。後でお風呂なら汚れても平気という訳で、お皿と格闘するような豪快な洗いっぷりだ。冷たい水もなんのその。
(「皆にとって、この一年が良き年となりますよう‥‥どうか、その慈愛を彼の者達にも分け与え下されますよう‥‥」)
 ヴェガは信仰を知らぬ彼らに代わり、女神への祈りを捧げた。

 しふ学校会計。
 前回の残金824G20C。12月5日〜1月6日の生徒32人、生活費1日ひとり5Cの合計49G60Cを差し引いて、1月6日の残金は774G60Cとなる。