薬屋開店中1〜薬屋始めます?

■シリーズシナリオ


担当:マレーア4

対応レベル:8〜14lv

難易度:普通

成功報酬:2 G 49 C

参加人数:8人

サポート参加人数:1人

冒険期間:05月20日〜05月23日

リプレイ公開日:2007年05月25日

●オープニング

「君のお父上は立派な薬士だった」
 アルクはジャクリーヌの言葉に呆然と、我が家‥‥かつて我が家であったモノを見つめた。アルクが遠方へと出かけている間に、ホンの半月ばかりの間に、家はなくなっていた。そう、老朽化により崩れたのだ。父の命を道連れにして。
 まだその事実を実感できないアルクを見、ジャクリーヌはコホンと一つ咳払いをしてからおもむろに一枚の羊皮紙を差し出した。
「まぁ、私もこんな時になんだと思うのだが、それはそれ、これはこれという事でだな」
 そこに書かれていたのは、アルクが見た事もないほどの0の数。
「お父上が我が家から借りていた金‥‥平たく言えば借金だな」
「借金‥‥」
 父は立派な薬士だった。母を亡くした後、病気の人達の為に必死に力を尽くしてきた。病に苦しむ人あれば、効果がある薬草があると知れば、それを求めた。しかも、貧しい人には、「代金はいつでもいいから」と無理な取り立てはしなかった。そんな父をアルクは尊敬していた、尊敬していたのは確かなのだが。
「えっと、こんなに、ですか‥‥」
「あぁ、こ〜んなになんだ」
 ジャクリーヌ・パルティス男爵令嬢は、青ざめるアルクに艶やかに笑んだ。
「お父上は亡くなった。となれば返済はアルク、お君にしてもらうしかなかろう」
 ‥‥今度こそ、アルクの目の前は真っ暗になった。
 ‥‥。
 ‥‥。
 ‥‥。
「‥‥分かりました」
「おっ、意外と立ち直りが早いな」
 本気で意識を失っていたアルクは、からかい混じりの言葉に反応する余裕なんてものはなく。
「必ず‥‥何年かかっても、お返ししますから‥‥」
 いや、一生かかっても無理で、子供とか孫とかひ孫とかの代までかかるかもしれないけど‥‥脳裏を掠める不吉な予感を必死で振り払い、言い募る。
「ですが、その、直ぐというわけには‥‥」
 言っている間に泣きそうになってしまう。だって、住む所も働く場所も何もかも、失ってしまったのだから。
「勿論、私もアルクの事情は分かっている。なので借金については無利息、返済は無期限としよう。更に、住む家兼店を用意しようじゃないか」
 そんなアルクにかけられた優しい言葉、というか、破格の条件。飛びつかずにおれようか‥‥いや、もう選択の余地は残されてないわけだが。
「ですが、店‥‥というのは?」
「アルクお前、半人前とはいえ薬士だろ? 我が家が所有している建物を一軒貸してやる、そこで薬屋を開きたまえ‥‥あぁ、これも家賃はタダにしてやる」
 ニコニコニコ、キレイな笑顔を向けられ、だが、アルクは直ぐに頷く事が出来なかった。
 多分これはジャクリーヌの好意なんだろうな、と思う。しかし、本当に自分に店を‥‥薬屋をやっていく事が出来るのだろうか? まだまだ半人前のこの、自分に。
 それでも、答えは一つだった。即ち、やるしかないのだ。
「‥‥よろしくお願いします」
 そして、アルクは運命の扉を開いた。多くの苦難が待ち構えている、扉を。

 ギ〜‥‥バタンっ!
 ちなみに、比喩でなく開いた扉をアルクは即行閉めた、ああっ閉めましたとも!
 問題の店(予定建物)は、郊外に佇んでいた。随分と放置されたらしく、薄汚れた外観と荒れ果てた庭が目立ちまくっている。とはいえ、造りは頑丈っぽいし、大き過ぎず小さ過ぎずで申し分ないし、人通りは多くないけどそこら辺は要努力で何とか。
 考えをめぐらせていたアルクが玄関の扉を開けると、そこにギラっと光るモノが‥‥。
 それは、目。巨大なネズミと目が合った瞬間、アルクは無言で扉を閉めていた。
「ジャっジャっジャクリー‥‥あのっ、今っ、何かネズミがっ‥‥!?」
「ふむ。暫く放っておいたから、モンスターが住み着いてしまったようだな」
 困ったと、大して困ってなさそうなジャクリーヌに、アルクの顔から再び血の気が引いた。ムリだムリ、これはもう自分がヘタれとか何とか言うレベルじゃない、中に入る事さえムリだ。
 パニックに陥るアルクとは対照的に、「ふむ」と呟くジャクリーヌ。
「これは薬士の領分でも貴族の領分でもない‥‥これは冒険者の領分だな」
「冒険者、ですか‥‥?」
 勿論、その単語は知っている。そう呼ばれる人達がいる事も。だが、アルクのような一般庶民にとってはまだまだ住む世界の違う者達、ではある。
「そうだな。これから世話になるだろうし、先ずは巨大ネズミ退治を依頼するか。ついでに後始末や掃除もやってもらえれば尚良いのだが‥‥」
 依頼の内容を考えるジャクリーヌ、アルクはただ頭を下げるしかなかったのだった。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「依頼:ネズミ退治
 屋敷(そう大きくはないです)に巣くった巨大ネズミを退治して下さい。
 数は不明。但し、3匹以上はいると思われ、またどんなに多く見積もっても二桁は
 いない模様です。
 退治する中、調度品等の多少の破損はOKとします。
 但し、屋敷そのものを破壊したり、住めなくするのはNGです。

 退治後、後始末やお掃除を手伝ってくれたら嬉しいです。

                        薬屋店主(予定) アルク
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

●今回の参加者

 ea1466 倉城 響(29歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 ea1565 アレクシアス・フェザント(39歳・♂・ナイト・人間・ノルマン王国)
 ea1683 テュール・ヘインツ(21歳・♂・ジプシー・パラ・ノルマン王国)
 ea3651 シルバー・ストーム(23歳・♂・レンジャー・エルフ・ノルマン王国)
 eb0520 ルティア・アルテミス(37歳・♀・ウィザード・エルフ・ビザンチン帝国)
 eb4097 時雨 蒼威(29歳・♂・天界人・人間・天界(地球))
 eb4324 キース・ファラン(37歳・♂・鎧騎士・パラ・アトランティス)
 eb4460 篠崎 孝司(35歳・♂・天界人・人間・天界(地球))

●サポート参加者

導 蛍石(eb9949

●リプレイ本文

●トラップトラップ
「治療院勤務の篠崎だ。医者としては薬屋は重要な位置づけなのでな。参加させてもらう」
 問題の屋敷――外からではちょっと寂びれた屋敷にしか見えない――の前、依頼人にそう挨拶したのは、篠崎孝司(eb4460)だった。医者として薬屋を放っておくわけにはいかない、静かな面持ちの中にそんな使命感をにじませ。
 対するジャクリーヌは鷹揚に、アルクの方はガチガチに緊張しつつぎこちなく頭を下げる。
「僕、ルティアだよ! 宜しくお願いするんだよ♪」
「なんか話を聞くだけでも大変そうな状況だね‥‥。どれくらい役に立てるかは分からないけど、できる限り頑張るから元気出してよ」
「俺も、これから薬屋として歩みだすアルク君の成長の手助けを、精一杯したいと思っている」
 だが、元気一杯な笑顔を向けてくれるルティア・アルテミス(eb0520)や、励ましてくれるテュール・ヘインツ(ea1683)とキース・ファラン(eb4324)の姿に、アルクは少し肩の力を抜いた。自分とそう変わらない年頃(に見える)に、安心した為だろう。
「冒険者ってもっと怖い人達かと思ってました。ルティアさんみたいな可愛い女の子が冒険者なんて、正直ビックリしちゃいました」
「‥‥むぅ〜、言っとくけど僕、キミより全然お姉さんなんだよ? 子ども扱いしたらぷんぷんだぞ?!」
「ちなみに俺もナリは小さいが、随分とお兄さんだ」
「えっ、えぇ〜!?、そうなんですか?」
 頬を膨らませたルティアと、笑みを含んだキース、「僕は見たまんま」というテュールを見比べ目を白黒させるアルク。緊張はどこかへ吹っ飛んでしまったらしい。
 そんなアルクを微笑ましげに見つめていたアレクシアス・フェザント(ea1565)は、
「‥‥冒険者のアレクだ」
 こちらをじっと見つめていたジャクリーヌにただそれだけを、名乗った。ルーケイ伯としてその名を轟かせているアレクシアスである。気づかれて遠慮されたり、後々厄介な事になっても困るしそれに、たまには一冒険者として自由に動きたいというのもある。そう今回のように、純粋に前途ある若者を手助けしてやりたい、と。
 そんな内心を酌んでくれたのか、単に気づかなかったのか。
「では皆様、後の事はよろしくお願いします‥‥アルク、しっかりな」
 ジャクリーヌは貴族令嬢というより騎士の礼を取り、後をアレクシアス達へと任せて行った。

「先ずは屋敷内の個体数を確認、だな」
 孝司に「はぁ〜い」「うん」と元気良く返事を返したのは、ルティアとテュール。魔法の発動と共に、ルティアの身体は緑の、テュールの身体は金の、淡い光をまとう‥‥ブレスセンサーとエックスレイビジョンを使ったのだ。
「そこに居るんだね、鼠さん‥‥捉らえたよ」
 確かに感じる、たくさんの息吹。
「1、2、5‥‥わ、結構いるね。12・3匹ぐらい?」
「ここに大きなテーブルがあって、暖炉と‥‥うん、ここの壁に穴が開いてるみたい」
 ルティアは鼠の数を確認し、テュールは自分が『視た』モノを、簡単な図にして皆に見せた。家具の配置と、鼠の様子。
「鼠はおそらく、ジャイアントラットでしょうね」
 頷き、レンジャーであるシルバー・ストーム(ea3651)は皆に説明した。二人が魔法を使っている間、周囲を見回り確認もしておいた、おそらく間違いないだろう。
「廃墟や洞窟などに人知れず住みつき、迷い込んだ小動物や人間などを集団で襲いかかります。但し、毒などは持っていませんので、その点は安心して良いでしょう」
「‥‥っていっても、放置していた空家とはいえ、こんなのが大量発生してるがこの領地、衛生環境とか防疫とか魔物とか大丈夫かね。これから梅雨、夏と続くしカビやら獣やら色々と沸きそうだが」
 懸念を口にしたのは、時雨蒼威(eb4097)。
「近くで病気が流行ったって話はなかったけど、まっ、今の内に駆除しとくにこした事はないだろうがね」
「或いは、鼠の住み心地の良い何かがこの建物にはあるのだろうか。人が住むようになればまた変わると良いが」
 ふと、屋敷を見上げ呟いたアレクシアスに、シルバーは小さく頷いた。アレクシアスに、というより、青ざめたままのアルクに向かって。
「人が住み定期的に出入りがあるようになれば、大丈夫でしょう」
 そして、シルバーと蒼威は、導蛍石の助言を受けつつ、ネズミが出入り出来る箇所に毒餌や罠を仕掛けていく。足音を忍ばせ静かに、迅速に。
 その間にアレクシアス達は庭に誘き出しの餌を設置。強烈な匂いの保存食を中心に、餌を仕掛けていく。
「怖いですか?」
 餌の散布を手伝っていた倉城響(ea1466)は、段々と緊張の度合いを強めていくっぽいアルクに、優しく笑んだ。
「‥‥はい」
「もし怖ければ‥‥いえ、これからの光景を見たくなければ、見なくても良いのですよ? 全部終わったら呼びに行きますし」
 アルクは暫し逡巡してから、小さく首を振った。
「‥‥いえ。邪魔でなければ、ここにいさせて下さい。僕は、僕には何も出来ないけど‥‥何も出来ないからせめて、見届けなくちゃ」
 震える拳を握り締めるアルクに、響は知らず笑みを深め。
「では、私はアルクさんを守ります。大丈夫、私たちはプロですから」
 安心させるように、告げた。

●チュウチュウバスター
「いい? じゃ‥‥せ〜のッ!」
 作戦開始の合図は、裏口からルティアが上げた。孝司の愛犬・友司に吠え立ててもらい、自らも鼠を追い立てるべく音を上げる。
 そして、室内から慌しい音が、上がった。

「‥‥」
 シルバーは無言で、縄ひょうを構えていた。準備は整った。後は自分と仲間を信じて行動するのみだ。
 果たして、裏口から上がった声と共にお化けネズミ達が飛び出してきた。強烈な餌の匂いにも惹かれ、唯一つの出口‥‥即ち、シルバー達の待ち構える場所へと殺到する。
 ある程度ひきつけてから、無言のまま一匹の急所に縄ひょうを放つシルバー。先端のナイフは狙い違わず、ネズミの眉間へと突き刺さり、ドウッという音と共に獲物は地に倒れ伏した。
「フェン、ムリはしちゃダメだよ」
 テュールは愛犬フェンを傍らに、飛び出してくるネズミに、サンレーザーをお見舞いしていた。とにかく足を狙い、動きを止める。シルバーとテュールは距離を取りながら、確実に倒していく。
「トドメを刺してやるのも情け、か」
 蒼威の方は出口を中心に、トラップにかかったネズミを手際よく屠って行く。響は万が一に備えて、後衛二人とアルクの警護だ。
 四人はそれぞれ互いに補い合いながら、危なげなくネズミの数を減らしていった。

「ん、と‥‥うん、何匹か足りないようだね」
 一方。再び意識を集中していたルティアは、シルバー達屋外班とネズミ達とを確認してから、アレクシアスとキースと孝司に合図した。
 四人は裏口から室内に侵入する。中に残ったままの、ネズミを退治する為に。孝司の愛犬・友司が鼻をヒクヒクさせ「おん!」一声警告を発した。
「御免! 恨むなら、此処に棲んじゃった自分達の不運を恨んで!」
 こちらに気づいて敵対行動をとる巨大ネズミに、ルティアは思わず手を合わせてしまう。だって可愛いモノが大好きなのだ。大鼠だって良く見れば可愛い‥‥ルティア的には。
「そうも言っていられないぞ」
 言いつつ、キースは構えたショートボウから矢を放った。ヒュッと鋭い音を立て、矢はネズミへと真っ直ぐ向かい、その動きを鈍らせた。
 その援護を受けつつ、孝司は巨大ネズミに臆する事無く真っ向勝負‥‥右からダガーは、左からはバタフライナイフ、ダブルアタックを繰り出す。
「方向が悪いから処置が出来ないと言って、いちいち立ち位置を変えるのは時間の無駄だからな。訓練して左右同等に使えるようにしただけだ」
 本業が医者である孝司は、キースの視線にただ冷静に応え。新たな敵へと再び動いた。
「‥‥」
 傍らではアレクシアスもまた冷静に剣を振るっていた。斬るというより突き刺す‥‥出来るだけ屋敷内を血で汚さぬよう、アレクシアスは急所を狙い、一撃で屠っていった。

 やがて。
「隠れている奴はもういない、か?」
 孝司は「おん!」と応える友司をねぎらってから、掃討作戦終了の合図を送った。
「これで全部、ですね」
 応え、響は積み上げられた麻布を見つめた。元々、ネズミに恨みはない。一つ一つ丁寧に包まれた死体を、だから、響達は弔った。
「衛生面の問題もあるし、念入りに、ね」
 点った炎、煙がゆっくりと空に昇っていく。
「せめて安らかに眠るんだよ‥‥」
 見送り、ルティアは小さく祈っていた。

●薬屋始めます
「では、掃除を始めましょう」
 散らかった室内、響は着物の袖を襷で縛った。裾が置物に触れて破損しないように、だが、同時に自然と気合が入る。
 窓という窓を開け放ち、バケツと箒と雑巾を用意、頭と口に布を巻き、いざお掃除開始!、である。
「出せるものは出して、それから掃き掃除だね」
「どうせなら一緒に模様替えもしてしまうか」
 テュールに頷くアレクシアスは、力仕事担当。
「あー家の中に入るなら、壊れてる家具とか金属類とか運び出して、家の破損箇所もチェックしといて。後で俺が直す」
 先ほど蒼威から言われた要請である
「ダメになっちゃってるのは処分で、売れるものは売って開店資金かな?」
「あぁ。可能な限り、修繕して使えるモノ・売れそうなモノを増やしたいな」
 かじられた調度品などは蒼威と協力して修繕出来るだろう。けれど、元々ここは屋敷だ。これからここで薬屋を営むのなら、それ仕様に家具などを配置し直した方が良いだろう。
「そうですね。では協力、連携して手早く終わらせましょう♪」
「汚れた薬屋さんじゃ信用に関わるもんね」
 頷き合いつつ、響とテュールは早速掃き掃除‥‥天井の埃を落とし、埃やゴミを掃き、鼠の糞などを素早く駆除していった。

「そもそも薬を扱う場所で不衛生な生物が出るのはどうかと小一時間問い詰めたいっ。というわけで猫を飼うべし!」
 庭では、強固に主張した蒼威が、アルクの返事も待たずに庭にマタタビを植えちゃいました。その横ではシルバーが黙々と、雑草を抜いたり土を整えたりしている。
「ね、此処で薬草を植えられないかしら?」
「育てられたら良いのですけど‥‥」
 同じく荒れた庭を少しでも、と綺麗にしていたルティアとアルク。
「‥‥キチンと整地すれば、可能でしょう」
「薬を作るなら原材料からだよ♪ 僕も、お手伝いするからね!」
「はいっ! 何だか希望が見えてきました!」
 淡々と返ってきたシルバーのお墨付きに、二人は手を取り合って喜んだ。
「そういえば、潰れた家の無事な家財道具や薬売ったときの借金の証文とかは回収したのか?」
 蒼威が尋ねたのは、浮かれるアルクに釘を刺す意味も込めて。のん気に飛び上がってる場合じゃないんですよ?
「家財道具はあんまり無事じゃなかったんですけど。証文‥‥というか書付はある分だけは一応発掘はしました」
「あのな、証文類は重要だぞ。貸した金もいずれは返してもらうんだろ? 借りてる金、貸す金問わず、この辺は非常に大事だ‥‥つうか、借金て具体的に幾ら?」
「え、と‥‥1566G13Cです」
 溜め息まじりの回答に、蒼威は少し考える。実は蒼威にとっては全然手が届かない、といった額ではない。ただ、一般庶民にとってはやはり、法外と言える金額ではある。
「計画的に返さないと本気で一生、奴隷状態になるぞ」
「はぐっ、分かってます‥‥といっても、」
「‥‥まぁ、ジャクリーヌさんもそう非道な取立てはしないだろうし、肩に力を入れすぎない方が良いと思うけどな」
 家具の配置についてアルクに聞きたいと呼びに来たキースは、ぐっと唇を噛み締めたアルクの肩をポンと叩いてやった。
「多分、ジャクリーヌさんも、アルク君の父君には領民を救ってくれる存在として感謝していたんだ。だからアルク君を縛って逃げられなくすることで、大成を目指してもらいたいと思ったところじゃないかな?」
 去り際の、弟を見るような眼差し‥‥キースは、気づいていたから。
「だからこそ、廃屋とはいえ屋敷を貸し出すといった事も行っているんだろうから」
 振り返る屋敷。使っていないとはいえ、無償で貸すのは勿体無い大きさだ。
「期待もしてるんだろうな。ジャクリーヌさんも、それから俺も」
「‥‥はい。とにかく今は、出来る事からやっていくしかないのです、よね?」
「ああ。さし当たっては、薬屋の開店準備だな」
 キースは励ますようにもう一度、勢い良く肩を叩いてやった。


「これで完了‥‥えへへ、立派なお店の出来あがり、だね」
 空がゆっくりと暗くなる頃。見違える程キレイになった室内‥‥最早店内を見回し、テュールが満足げに笑った。
 それは蒼威や孝司達も同じ。どの顔にも疲れと共に満足そうな色が浮かんでいる。
「‥‥あれ、アルクくんは?」
 と、小首を傾げたルティアに、口に人差し指を当てた響がそっと、視線で示した。カウンター部分、寄りかかるようにして寝息を立てている、半人前薬士を。
「無理もない。慌しくてそれどころではなかっただろうが、彼は父親を亡くしたばかりだ‥‥気落ちしていないといったら嘘だろう」
 閉じた瞳にうっすらと浮かんだ涙の影。アレクシアスはさり気なく払うと、その寝顔を優しく見下ろした。
 その時、アルクが飛び起きた。
「‥‥はっ、すみません今、僕、寝てましたか」
「アルク君はこれから、どんな薬師になりたいんだ?」
 気にしないでいい、と言外に伝えつつ、キースはふと問うた。借金返済‥‥それは確かに今のアルクの目標であり、ある意味支えでもある。
 だが、キースとしては、金の為に貧しい人達から薬代を容赦なく取り立てるような‥‥そんな薬士には、なって欲しくなかった。そして多分それは、アルクの亡き父親やジャクリーヌも同じだと思うから。
「‥‥人の痛みが分かる、苦しむ人の助けになれるような、そんな薬士になれたらと。あっ、全然具体的じゃありませんね」
 すみません、恥じ入るアルクにキースは「いや」と微笑み。
「君ならばきっと良い薬士になれるだろう。苦労は多いかもしれないが、頑張って欲しい」
 アレクシアスもまた、言葉と表情でもって力づけた。これから始める、ここから始まる若者に、心ばかりのエールを贈る。
「‥‥はいっ! 精一杯頑張ります!」
 皆の見守られる中、アルクは噛み締めるように、大きく頷いた。
 こうしてこの日、この地に一軒の薬屋と一人の薬士が、誕生したのだった。