薬屋開店中2〜願い風に乗って
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■シリーズシナリオ
担当:マレーア4
対応レベル:8〜14lv
難易度:普通
成功報酬:4 G 15 C
参加人数:8人
サポート参加人数:1人
冒険期間:06月13日〜06月18日
リプレイ公開日:2007年06月19日
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●オープニング
疲れていたのだ。巨大ネズミを退治してもらって、片づけして掃除して、何とか薬屋を始められるよう、その体裁を整えて。薬の確保とか薬草の種を植えたり、潰れた家の後片付けもあったし、新しい生活の基盤とか慣れとかそういう諸々の事とか、色々。
‥‥疲れていたのだ、と思う。けれど、それが何の言い訳にもならない事を、アルクは誰よりも痛感していた。
「薬、欲しいんだ」
まだ看板さえ掲げていない薬屋――つい先日まで廃屋だった屋敷だ――に、一人の男の子がやってきた‥‥それがそもそもの発端だった。
「母さん、熱出しちゃって、苦しそうで‥‥だから」
たどたどしい説明から、アルクは子供の母親が風邪で寝込んでいる事を察した。
「そっか。‥‥うん、でも、困ったな。今は熱さましの薬が丁度きれてて‥‥」
まだ薬は揃っていない。早めに薬草を摘みにいかないと、とアルク自身も思っていたのは事実。慌しさと事情もあって、まだ行けてないわけだが。
「‥‥薬、ないのか?」
「うん、今、ちょっとね‥‥あっと、そうだ」
悲痛な顔の男の子。アルクは薬棚に手を伸ばすと、小瓶を取り出した。中には、少量の蜂蜜が入っている。
「これをね、お湯で溶かして飲ませてあげて‥‥あったかくして寝たら、お母さん直ぐに元気になるよ」
「‥‥うん」
「ごめんね。薬草園にいけたらいいんだけど‥‥」
「薬草園ってあの山の?」
「うんそう。普段だったら、簡単に採ってこられるんだけどね」
山というには低い、ちょっと急な丘陵地帯といった場所。花とか草とか豊富なそこは絶好の採取ポイントで、この辺の人たちには薬草園とか呼ばれている。
「早く採りにいけるといいんだけどね」
溜め息まじりのアルクは気づかなかった。男の子が、思いつめた顔をしていた事に。
男の子がいなくなったのが発覚したのは、その日の夜。探しに来た家族により、アルクは事態を知った。
「可能性その1、家に帰る途中迷子になった。可能性その2、誘拐された。可能性‥‥」
「ていうか、もしかしなくてもあそこに行っちゃったんですよ!?」
丁度訪れていたジャクリーヌ・パルティス男爵令嬢は、「まぁ素直に考えればそうだろうなぁ」と感想を述べ。
「しかし、その子供‥‥トムといったか? その子があそこに行ったなら命が危ないぞ」
「‥‥分かってます」
養蜂を営むパルティス領ではこの春、パピヨンと呼ばれるモンスターが大発生した。一見キレイな蝶なのだが毒をもっており、領民や蜂達にとっては大敵だ。なので必死の努力で退治したり追い出したりしたのだが、その残党が丘陵地帯に逃れ巣くっている、というのが最近判明し‥‥結果、アルクも薬草摘みに出かけられなかったのだ。
「大切な人を失う痛み‥‥誰よりも分かってたはずなのに。何よりも考えてあげなくちゃだったのに‥‥」
唇を噛み締めるアルク。
「約束したのに誓ったのに‥‥人の痛みが分かる薬士になるって」
忙しさにかまけてトムの必死さに気づく事が出来なかった‥‥アルクは拳を握り締めると、ジャクリーヌに言った。
「僕、トムくんを探しに行ってきます!」
「まぁまて」
今にも飛び出そうとするアルク、ジャクリーヌはその後頭部にとりあえずチョップを入れた。
「遭難者を追加してどうする。行くなら、彼らの力を借りろ」
元より、ジャクリーヌもパピヨン達を放っておくつもりはなかった。この事態なら、尚更に。
「これを持って冒険者ギルドに寄ってから、行くんだ」
ジャクリーヌはそして、アルクに依頼をしたためた羊皮紙を差し出したのだった。
「依頼:行方不明の子供の保護とパピヨン退治
薬草園に発生したパピヨンの退治、そこに向かっていると思われる子供の保護をお願いします。パピヨンは目撃情報から十数匹ほど、子供はトム君という8歳の男の子です。
トム君の保護を一番に、薬草園は出来る限り保全の方向で‥‥但し、もしもの際は、人命優先でお願いします。
薬屋店主 アルク」
●リプレイ本文
●苦い後悔
「何で、子供はこう無謀な行為に走るのやら‥‥子供だからか」
アルクから事情を聞いた時雨蒼威(eb4097)は、溜め息混じりにぼやいた。
「僕のせいなんです、僕がもっとトム君の気持ちを考えていたら‥‥むぐぐっ?!」
それに対して唇を噛み締めたアルクの頬っぺたに、ルティア・アルテミス(eb0520)の右手がジャストフィットあた〜っく! 勿論、ふわふわぐろーぶを着けたそれは痛くはないが。
ルティアは頬を膨らませ、うじうじ後ろ向きなアルクに教育的指導だ、ビシィィィィッ!
「まだ取り返しがつくんだから、これから如何するかだよ」
「誤りは反省し未来に繋げれば良い」
対照的に諭すように告げたのは、アルフォンス・ニカイドウ(eb0746)だ。
「‥‥が。悔いるだけの苦い経験とならぬよう、急ぎトム少年を助けに行かねばな」
静かな中に、決意を滲ませるアルフォンス。アルクは二人の真剣な眼差しにハッとする。そうなのだ、今はこんな事に割いている時間はないのだ。
「そうだな。とりあえず、子供に利いて副作用もないパピヨンへの特効薬なんてものはあるか?」
そんなアルクの様子に、キース・ファラン(eb4324)は頷きつつ問うた。
「特効薬とはいかないかもですが、解毒の薬なら確か在庫が‥‥直ぐに用意します」
表情を引き締め慌しく準備に走る背中に、キースは口元を緩めた。「とりあえず、自己嫌悪は軽くなったようだな」
実はキースも色々と解毒剤は用意してきた。だけど、出来る事ならアルクに頑張って欲しい、起きてしまったことを嘆くよりも、起きた事に即対処できるようになってほしい‥‥そう願ってやまないのだった。
「とにかく急ごうよ」
準備万端整えてきたはずのアルクを迎え、テュール・ヘインツ(ea1683)は皆を見回した。
「早く到着出来れば、無事に保護出来る可能性が高くなりますからね」
シルバー・ストーム(ea3651)は小さく頷き、駿馬にヒラリと跨る。
「アルク殿孝司殿、乗ってくだされ」
アルフォンスもまた頷くと、アレクシアス・フェザントが用意してくれた馬車を、アルク達に指し示し。巧みに操りながら目的地を目指す。
「パピヨンは蝶です。このくらいの大きさの美しい蝶‥‥但し、毒を持っています」
途中、足並みを揃えながらシルバーは、自分の知る情報を皆に説明した。
「ですから、燐粉を吸わないように気をつけて下さい」
「僕の故郷でも毒を持つ蝶はいたが、こっちのは更に厄介なのか」
説明を受けた篠崎孝司(eb4460)は、やれやれと少し肩をすくめ、布を取り出した。
「聞いた通りだ。これで口元を覆っておくように」
「アルクも気をつけてな、ほいほい毒にかかり治療費で借金がかさんでも俺は知らない」
言いつつ、蒼威は水で浸した布をアルクに手渡し。
「ここからは気合を入れろよ‥‥目的地到着だ」
不敵に、笑った。
●静寂を越えて
「トム君はここに来た事があるのかな?」
山と言うほどの勾配はないが、それでも高低のある野原を前に、テュールはアルクに尋ねた。
「多分。父さん‥‥父は薬草を採りにくる時、近くの子供達に手伝ってもらってたようですから‥‥」
「じゃあトム君はどれが薬になるか、知ってるって事?」
「いえ‥‥ここには色々な薬草やハーブが生えていますし」
「まぁ、そうだろうねぇ」
薬草園といっても、ちゃんと整地されているわけでもないし、ましてや今の季節である。薬草類ではない花々や雑草も、そりゃもう青々と自生している。
「でも、少なくとも目指すはずだよね? いつも薬草を採りにきている場所を」
「あっ‥‥はい、そうだと思います」
テュールは頷くと、意識を集中した。辛うじて分かる道らしき道がある方向を中心に、サンワードの魔法を使う。
皆が見守る中、暫くしてテュールがパッと目を開いた。
「トム君らしき人影が‥‥子供が倒れている、らしい」
「本当ですか?!」
倉城響(ea1466)は思わず、顔を輝かせた。
「うん。やっぱりいつも薬草を採りに行っていた付近だと思う。でも、草か木か‥‥何かに隠れている感じ」
「じゃあとにかくそちらに向かって、探して行くしかありませんね」
響達は二手に分かれて、道を分け入っていく。
「しっ、静かに‥‥この辺りからいますね」
厄介な事に、と呟くシルバーの視線の先には優美なパピヨンの羽ばたきがある。シルバーとテュール、アルフォンスとキースは正規のルートを少し外れ、トムを探している。
それでも、足元に草花はあるしパピヨンの影もあるわけで。
「今は事を起こしたくないな。少なくとも、男の子を無事に確保するまでは」
キースに従い、テュール達は気取られぬよう密かに、その場をやり過ごした。
「幼い子供‥‥こういう所に倒れている可能性もありますね」
響は足元の茂みに目を凝らし、丁寧に探していた。響と蒼威、孝司、ルティアはアレクと共に、正規ルート探索に入っている。
「見つけてあげるから‥‥絶対に見つけるから」
ブレスセンサーを発動させたルティアは、必死で探す。どこかで助けを守っているはずの、幼い命‥‥その微かな呼吸を。
「!? 見つけた!」
祈りが通じたのか、その微かな呼吸を捉えたルティアが歓喜の声を上げる。
「あっ‥‥ここです、ここに‥‥」
ルティアが指し示した場所。茂みを掻き分けた響は倒れた子供を認めた。パピヨンと遭遇し逃げようとしたのか、それとも尚、薬草を目指したのか‥‥突っ伏したトムらしき少年を。
「その子です、その子がトム君です」
果たして、覗き込んだアルクが顔を輝かせ、響もルティアもホッと胸を撫で下ろした。
「ていうか、息してるか?」
「あっ、そうですよね」
「迂闊に触ると此方も鱗粉にやられるぞ」
孝司は響に警告してから、トムの傍らにしゃがみこんだ。
駆け寄ろうとした響は少し距離を取ってから、横笛を吹いた。音高く三回、合図を送る。
「ライトニングサンダーボルト!」
同時にルティアが空に電撃を放つ。一斑の皆を呼び寄せる為に。
「直ぐに気絶したのか、あまり吸い込んでないのは不幸中の幸いだな‥‥発見が早かったのも良かった」
皆を安心させるように言いつつ、用意してきた水で皮膚を‥‥皮膚に付着している燐粉を丁寧に洗い流す孝司。
「とはいえ、多少は毒を吸収しているだろうし、解毒の薬を与えて‥‥暫く休ませないと、だがな」
後を受けたアルクが懐から用意してきた解毒薬を取り出し。
「これで飲ませましょう」
小さな身体を支えた響は、竹筒を差し出した。アルクは解毒剤を溶いた水をそっと口元に当てると、微かな鼓動と合わせるように、慎重に傾けていく。
と。コクン、とノドが小さく上下した。一度二度三度と微かに、けれど、確かに飲み込まれる薬。
「良かった‥‥とりあえず、一安心ですね」
そんなに早く効くはずもなかろうが、それでも浅かった呼吸が少しだけしっかりした気がして、響は安堵を深めた。
アルフォンスもまたトム少年の様子にわずかに頬を緩めてから、アルクへと向き合い、告げた。
「ではアルク殿はトム少年を連れて、馬車にて待機して下され」
先ほどの合図が呼び寄せたのは仲間だけではない。集まりだしたパピヨンの気配に気づいた故に。
「ここからは拙者らの領分ゆえ」
構えた槍、鋭さを増した眼光はヒタと定まった。
●風に舞いて
「幻想的な光景、と言えない事もないな」
薬草や花々が咲き乱れる野原。その頭上を悠然と舞うパピヨン達‥‥ジッと狙いをつけたキースは、呟いてから。
「だけど、薬を必要としている人達の為‥‥薬草を採りにこられるようにしないと、な」
ヒュッ、番えた矢を放った。貫かれた蝶、その身体がふわりと儚く風に煽られゆっくりと落下していく。
アルフォンスはオーラショットで、敵を撃ち落とす。同時に、射落とされたモノにも確実を期して、トドメを刺していく。
「えぇいっ!」
負けじとサンレーザーを撃つのは、テュール。こちらは高い位置を狙い、アルフォンス達に当たらぬよう注意しながらその近くに落下するよう、狙い撃つ。
「はっ!」
ハラリと舞い落ちるパピヨン、響は気合一閃ロングスピアを振るった。体重を感じさせない軽やかさで跳び、今度は手近なモノを貫く。足元で揺れるかそけき命を踏み拉かないよう、気を配りながら。
「大量発生するのは猫だけでいい、猫だけでっ」
言いながら、縄ひょうを放つのは蒼威だ。出来るだけ近づかないように、その燐粉を吸い込まないように。
「ていうか蝶、間近で見たら気持ち悪いよな」
呟きながらも的確に、パピヨンを仕留めていくのだった。
「蒼雷よ! 輝ける槍となり、轟き駆けよ!」
気合と共に、ルティアの指先から電撃がほとばしる。白い閃光は美しく凶悪な残像を残しながら、鮮やかな羽を蹂躙する。
「‥‥ッ」
それを見つめるルティアの顔にはだが、苦渋の色が滲む。可愛いものを屠るのはやはり、辛い‥‥それに人に害を為すとはいえ、命は命、同じ命なのだ。
だけど、それでも。ルティアは唇を噛み締め、再び電撃を放った。
「‥‥」
その横で、無言でライトニングサンダーボルトを放ったのは、シルバーだ。こちらはパピヨンへの感傷はほぼ皆無。シルバーが気にしているのは、薬草たちだ。
勿論、皆気をつけて戦っている。しかし、被害がゼロではないのもまた、確かで。
シルバーは火が発生しないよう、他の者達や薬草を傷つけないよう苦心しつつ、それを感じさせない冷静さでもって、パピヨンの弱点を的確に突いていった。
「きちんと処分しておかないと、来年も‥‥その前に夏あたりに毒毛虫が大量発生するな」
終わった後、蒼威達は触れぬよう気を付けながら、パピヨンの亡き骸を集めた。
「服はちゃんと洗濯しないとな。毒の粉が付いたままだと料理も掃除もできん」
「それが安全だろうな。装備類も忘れずに、な」
蒼威と孝司はとりあえず、服を叩いたり手などを洗ったり。
「‥‥」
その横では響が無言で手を合わせている。
「御免ね‥‥本当に、御免ね」
同じく、ルティアは静かに手を合わせて、冥福を祈ったのだった。
●希望の葉
馬車まで戻ってくると、トムが目を覚ましていた。ただ、命の危険を感じたその顔は青ざめて。
「‥‥とりあえず」
ルティアはお約束としてふわふわあたっく! 親や家族に心配をかけたのだから、きっちり教育的指導だ。
「お母さん達哀しむんだからね‥‥無茶しちゃ、駄目だよ?」
二度と逢えなくなった可能性だって、あったのだから。
「そうだよ、トムくん。お母さんが心配だったのは分かるけど、それでお母さんを心配させちゃったら意味が無いでしょ? もうこんな無茶しちゃだめだよ」
テュールはぽむぽむっとその頭を優しく叩いてやり、
「それじゃあ早いところ薬草摘んで帰ろうね」
そう、微笑んだ。
「アルクくん、これ?」
「あっ、こっちです、似てますけど‥‥でも、それも欲しいな」
「熱さまし以外にも、不足してるのがあったらついでだしとっていこうよ」
「はい。では、そっちのとそれとあと‥‥」
アルクの指示で摘む薬草。と、テュールは気づいた。熱中するアルクとは裏腹に、トムの表情が優れない事に。
「そっか、トムくん早く帰りたいよね‥‥お母さん心配だし」
「確かに。家族もさぞ心配しているであろうし、ならば拙者がアルク殿とトム少年を先に送り届けるとしよう」
そんなアルフォンスの申し出もあり、アルクとトム、付き添いの響とルティア、孝司は一足先に帰途に就く事になった。
「焦らないでも平気ですよ。ゆっくり食べてくださいね」
帰りの馬車の中。孝司の許可を受けた響は、トムの口に注意深く豆粥を運んだ。ちゃんと嚥下するのを見届け、再び乞われるまま豆粥を与え胸を撫で下ろす。
「食欲が出てきたならもう安心、ですね」
「あっ、はい」
頷きつつ、アルクはどこか落ち着かない様子。そしてそれは、トムも同じ。トムは自分の迂闊さと今になっての恐怖に縮こまり、アルクはトム少年への申し訳なさが拭いきれず。
「アルク殿」
暫く見守っていたアルフォンスは、このままでは埒が明かぬと御者台から声を掛けた。ただ名を呼び、目元を優しく細め頷いてやる。多分それだけで大丈夫だと、信じて。
「‥‥すみませんでした、トム君」
その声と眼差しに背中を押されたアルクは、勇気を出し潔く頭を下げた。
「あっ‥‥ううん、俺こそ‥‥俺が悪かったんだ」
「そんな、悪いのは僕で‥‥」
「謝罪の無限ループだな」
言い合う二人に孝司は冷静に突っ込み。ルティアが「じゃあ」と二人の手を取った。
「はい、握手握手。これで仲直りOK!、ね?」
ルティアはその手を繋ぐと、にっこりと笑顔を浮かべた。
「アルク達はそろそろ着いただろうか」
「うん、多分ね。トムくんのお母さんも、早く良くなるといいね」
薬草を摘みながら、頷き合うキースとテュール。
「卵なんか産み付けられてないだろーな」
改めてザッと確認して回ったのは、蒼威。ちゃんと処理しておかないと、笑えない状況になってしまうし‥‥それはマズかろう。
その横ではシルバーが、踏み荒らされた薬草たちを丁寧に起こしている。確かに薬草は必要だが、不必要なものまで全部採取していく必要はない。
これは、この薬草たちはこれからも、たくさんの人達に必要になるだろうから。
「本当にありがとうございました」
「あっそんな‥‥こちらこそ、すみませんでした」
薬のおかげもありベッドに身体を起こしたトムの母は、意外としっかりした様子で頭を下げた。
ぎゅっと抱き合い、互いの無事を喜び合う母子。そんな母子から感謝を受け照れるアルク。けれどルティアはその顔に、一抹の寂しさを感じ取ってしまった。
(「大切な人を喪うって、本当に辛いよね。辛い記憶は、何十年も消えないから‥‥」)
それは長き時を生きるエルフとて、同じ。だけど、だからこそ。
「良かったね、アルク君」
「そうですね。トムさんもトムさんのお母さんも無事で、本当に良かったですね」
ルティアと響はそう、笑んだ。その痛みを悲しみを、この母子に味わせずに済んだ事を喜ぶ。
「生きていれば、そして諦めなければ、救える命がある‥‥僕達のこの手は」
孝司は静かに、自分の手に視線を落とす。同じ思いをする人をなくしたい、少しでも一人でも助けたい‥‥アルク自身そう思っているはずだから。
「‥‥はいっ!」
そうして、アルクは今度こそ晴れ晴れとした笑顔を浮かべたのだった。