闇に煌く光1
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■シリーズシナリオ
担当:マレーア4
対応レベル:8〜14lv
難易度:普通
成功報酬:4 G 15 C
参加人数:8人
サポート参加人数:2人
冒険期間:06月01日〜06月06日
リプレイ公開日:2007年06月06日
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●オープニング
少年は、門の前で立っていた。最初に彼に気づいたのは、デュボワ男爵家の令嬢エリシアだった。
「何か御用かしら?」
笑顔で彼に話し掛けたエリシア、その瞳が不意に見開かれた。彼の首から下げられたモノ‥‥男爵家の家紋を模したペンダントを認め。
「‥‥ノイル、なの?」
震える声で呼ばれ、少年は小首を傾げた。と、その表情が驚きに変わる。エリシアの瞳から溢れ出す涙によって。
「ああっ、ノイル、ノイルなのね! やっぱり無事だった‥‥帰ってきてくれたのねっ!」
そして、歓喜と共に抱きしめられた少年は、ただぼんやりと、困ったように立ち尽くしていた。
「行方不明だった息子が、帰ってきたのです」
「あら、それはおめでとうございます」
冒険者ギルド。受付嬢の言葉に、だが、デュボワ男爵は「‥‥はぁ」と曖昧に笑った。息子が帰ってきた万歳!、という感じではない。その理由は、続く言葉から知れた。
「息子がいなくなったのは10年前‥‥3歳の時です」
「‥‥それは‥‥また‥‥」
思わず口ごもる受付嬢に、男爵は一つ頷いた。
「手を尽くして探しても見つからず、正直覚悟していました‥‥それが」
現れた‥‥帰ってきた。証である、ペンダントを持って。
「でも、失礼ですがその、ご子息は本物の‥‥?」
「問題はそこなのです」
男爵は深く溜め息をついた。髪の色も瞳の色も同じ、顔立ちも男爵達と似てると言えなくもない。正直、男爵には判断がつかない‥‥しかも。
「本人は、何も覚えていないというのですよ。一切の記憶を失い、気がついたら門の前に立っていた、と」
「それは‥‥」
つられたわけではないが、受付嬢の表情も曇る。
「ですが、妻も娘も喜んでおります。半病人だった妻は笑顔を取り戻しました。結婚が決まっていつつも、そんな妻を心配していた娘も、それはそれは嬉しそうで‥‥」
俯いていた男爵はそして、受付嬢に頼んだ。
「確かめていただけないでしょうか、息子が本物か‥‥そうでないかを」
「分かりました。では、現れた息子さんの調査、という事ですね」
「それと、申し訳ないのですが我が家は今、微妙な時期でして。その、先ほどお話した娘の結婚もありまして‥‥」
「冒険者が大手を振って出入りすると外聞が悪い、ですか?」
「‥‥お願いしておいて本当に申し訳ないのですが。結婚式の支度等の為、使用人を雇い入れております。冒険者の皆様には、それに紛れていただけたら、と‥‥あっ、それと、どうぞこの件は内密に‥‥」
しきりに恐縮し頭を下げる男爵に、受付嬢は気づかれぬよう小さく溜め息をもらしてから、頷いたのだった。
●リプレイ本文
●ただ今仕事中
「おっと、まだ少し汚れが‥‥」
玄関の吹き抜けホール。二階から一階へと降りる手すりを、真剣に磨いていたリーン・エグザンティア(eb4501)は、ふと我に返った。
(「って普通に掃除に精を出してどうする私」)
突っ込みは心の中でだけ。そう、今のリーンは慎ましくも可憐なメイドなのだから。目的は潜入捜査だが、家事は好きなので、ついつい力が入ってしまう。ここはリーンにとって良い職場だし。
「リーンさんは本当に仕事熱心ですわね」
一緒に掃除していたメイドさんの可愛い笑顔、あぁ至福。
「メイド服も可愛いしね」
「着慣れていないので少し、妙な感じですが」
もらしたのは本多風露(ea8650)。いつもは巫女装束の風露からすれば、フリルミニのスカートはホンの少し気恥ずかしい。
「いやいや、眼福眼福♪」
やはりモップを手にしたルクス・ウィンディード(ea0393)は風露を上から下まで見、ご満悦。正直「かしこまりました。なんなりとお申し付け下さいませ」なんて苦手だが、この環境はよろしい。
「‥‥からかわないで下さい」
頬を染めモップを握る手に力を込める風露。続く行為を止めたのは、先輩メイドの声だった。
「新しく入った方々が働き者で、助かります」
「いや、助かったのはこっちですよ」
応じたアシュレー・ウォルサム(ea0244)は、ルクスと同じく若くてカッコいい執事さん、といった装いだ。
「ここのお嬢様が結婚なさるそうで、おかげで仕事にありつけて幸運でしたよ」
にこにこにこと笑みかけられたメイド達が、ポッと頬を染め。アシュレーは何気なさを装い「そういえば」と言葉を繋ぐ。
「ここのお坊ちゃまも戻ってきたそうで順風満帆ですね、ここのお宅は」
「‥‥ええ、まぁ」
「そうなんですけどね」
けれど、返ってきたのは歯切れの悪い言葉。表情にも、困惑と少しの意地悪さが滲んで。
「違うんですか?」
「ここだけの話ですが、坊ちゃまは本物かどうか」
「もし本物でも、どこでどんな風に暮らしてきたのか‥‥」
声を潜めるメイド達。
(「10年前にいなくなった子供が帰ってきた‥‥美談だといえば美談だろうけど、やっぱりなんかきな臭いよね」)
アシュレー達もそう思っていたわけだが、周囲も同じらしい。
「ですが、ソニア様もエリシア様も、とても喜んでらっしゃるのですよね?」
風露は小首を傾げて見せた。
「そうだけど、あの品の無い振る舞いを見てるとねぇ」
「貴族の方々の前に出せないでしょ」
「ご結婚に、差しさわりがないと良いけど」
「そういえばお嬢様の相手、どんな方なんですか?」
結婚式前、事を出来るだけ穏便に済ませたい‥‥そう願っている風露である。
「カッコ良いわよ。何より、財産と領地持ちなのが魅力よね」
やはり手を休める事はないまま、四人はメイド達のひそひそ話に、そっと耳を傾けた。
「お手紙ですよ、お手紙ですよ〜」
「まぁ、ありがとう」
空飛ぶ小間使いさん、シフールのギルス・シャハウ(ea5876)が差し出した手紙。
「噂の婚約者さんからですね」
指摘すると、エリシアは頬を染めて頷いた。今、領地に戻っているという、婚約者。
「ノイルの事を知らせたら、喜んでくれて‥‥」
「でも弟君とはいえ、あまり仲良くするとヤいちゃうかもです」
「そういうものですの?」
「男ってのはそういうものです」
とりあえずノイルの正体がハッキリするまで、距離を置かせたいところだ。
「ノイル様もまだ新しい環境に戸惑ってるでしょうし」
ギルスの進言で、食事や寝室は別という事に落ち着いたのだが。
「でも、お茶を一緒にするくらいは良いでしょう? お母様も楽しみにしてらっしゃるし」
上目遣いの悲しげな懇願には、さすがにギルスも「ダメ」と言う事は出来なかった。
●『ノイル』
「わたくし、ここで暫くの間、お世話になるアミィ・エルですわ」
「私、天野夏樹。ノイル君付きのメイドです、よろしくね」
対面したアミィ・エル(ea6592)と天野夏樹(eb4344)に、緊張した面持ちで頭を下げるノイル。
(「というより警戒している、のね」)
アミィは察し、殊更軽い口調でその胸元へ視線を落とした。
「あら、そのペンダント素敵ですわね」
「ありがとうございます」
硬い声、緊張が増したのがアミィには見て取れた。
「騙しについては、お任せなさい。おっほっほ!」
と宣言するアミィである。ノイルの内心など手に取るように察せられるというものだ。
「もうすぐお茶のお時間だし、着替えましょうか。ノイル君はどの色が好き?」
「‥‥白です」
「あら? 青の方が好きなのではなくて?」
「‥‥そんな事、ありません」
アミィが指摘すると、一瞬だけ驚いた顔になった。が、すぐにそれは頑なな拒絶に覆われる。気づいた夏樹は、そっと微笑んだ。
「大丈夫。こうやって生活していれば、その内に思い出せますよ。だから、無理に思い出そうとしたり、思い出せない事を気にしたりしないで」
夏樹は考えていたのだ。もしノイルが本当に記憶喪失だったら、どんなに不安だろうか、と。
「あ、りがとう‥‥ございます」
いたわりの言葉と眼差し。ノイルは少しだけ、微笑みに似たものを浮かべた。
「着替えは自分で出来‥‥ます、から」
「まぁまぁ遠慮しないで」
服を引っぺがしにかかる夏樹。ノイルは真っ赤になって抵抗を試みるものの、二人がかりでは分が悪い。
「あら? 変わったアザですわね」
「‥‥そうですか?」
肩口に見つけたそれ。隠されるようにシャツの前が合わせられ。それ以上の追求を避けたい様子のノイルを救ったのは、玄関ホールから響いたエリシアの声だった。
「ノイル、お茶にしましょう!」
弟と過ごせる大切な一時。エリシアはいつものように、嬉しそうに声を弾ませた。
「思い出すのも辛いかとは存じますが、『ノイル』さまがいなくなられた日の事を、お話いただけないでしょうか? 無理にとは申しません」
庭に広げられたテーブル。既にお茶の準備を済ませた導蛍石(eb9949)は、ソニア夫人にハーブティーを勧めながら尋ねた。
「よく晴れた日でしたわ。‥‥そう、後から思えば数日前からノイルが妙な事を言っていました。塀の外、知らない人がいたと」
「知らない人ですか? それは‥‥」
「はい。主人は当初、誘拐を疑っていました‥‥結局、そういった要求はありませんでしたが」
握り固められた手が、白く‥‥小刻みに震えて。
「一口飲んで心を落ち着かせて下さい‥‥そう、ゆっくり」
ハーブティーを飲ませながら、蛍石は察する。ノイルがいなくなった日からずっと、夫人は自分を責め続けてきたのだろう、と。それが心と身体を弱めていったのだと。
「いなくなる前のノイル君ってどんな風だったの?」
暗く沈みかけた雰囲気を救ったのは、ギルスだった。
「大人しい子でしたわ。でも、気がつくととんでもない所にいたり、元気な所もありました」
「そして、とても優しい子でしたわ」
母娘にニコニコ笑顔を向けられ、ノイルは居心地悪そうだ。それから、ソニアはノイルが生まれた時や、初めて発した言葉、歩いた事などを愛しげに語った。
ギルスが気づかれぬよう観察すると、ノイルは興味深げに嬉しそうに話を聞いていた。常の張り詰めた雰囲気はナリを潜め、年相応の顔がそこにはあった。
「そういえば奥様、ノイル様には肩の所に変わった‥‥特徴的なアザがありますのね」
「はい。ですから、私どもにはこの子がノイルだと、確信できたのですわ」
ただ、アミィが切り出した時だけ、その表情は硬くなったのだが。
「ノイル君は、人間だよ」
お茶会の後、仲間達にギルスはそう断言した。屋敷にきて真っ先に、デティクトアンデットを使っておいたのだ。
「そうですね。デビルやアンデッドに憑依されている、という線もないようです」
それは蛍石も認めるところ。
「ん〜でも、やっぱり様子は変だよね」
表情を曇らせながら、夏樹。
「あのアザ」
「生まれつきにしては、新しかったわね」
まるで、少し前にわざわざつけたみたいに‥‥アミィは唇の両端を少し吊り上げた。
彼は嘘をついている。実を言えばそれが、アミィの結論だ。嘘をつき、何かを隠している。心に、何かを秘めて。
今分かるのは、それだけだ‥‥だから。
「さぁて、彼がわたくしの美学にそう嘘ならいいのですけど」
アミィはどこか楽しげに、呟いた。
●夜に忍びて
(「これはちょっと可哀相、かな」)
広いテーブル。ポツリと一人食事を取るノイルの姿に、夏樹は同情を覚えていた。勿論、ノイルの正体や目的が分からない以上、エリシア達と距離を取らせるのは正しい判断だ。けれど、一人ぼっちで食事をとる姿はやはり、物悲しい。
思った時、カランと小さな音を立ててナイフがノイルの手を離れた。見守るメイド達から失笑の気配が漂う。夏樹がやんわり咎める視線を送る中、リーンが動いた。
「‥‥どうぞ」
落としたナイフを拾い、直ぐに代わりのものを手渡したのだ。「大丈夫」、安心させるように励ますように、優しく目で伝えつつ。
(「マナーはペケ‥‥本物か偽者かはともかく、少なくともそういう環境にはなかった、って事ね」)
リーンは内心冷静に、判断していた。
「気にする事、ないと思うよ」
気詰まりな食事後。部屋に送りながら、夏樹は慰めた。
「記憶をなくしてるんだし、作法とかこれから覚えていけばいいんだし」
俯いたままの顔。そういえば、この子が笑ってる顔なんて見てないなぁ、ふと思う。多分嘘をついている、何か嘘をついている少年の横顔を見つめながら、夏樹は口を開いた。
「自分が誰だったか思い出した時、もしそれが本当のノイル君じゃなかったとしても‥‥‥‥今の君がそんな気にする事は無いよ。男爵さまはそんな悪い人じゃ無い。君を責めたりはしないから」
優しい瞳で告げる。ノイルは反射的に顔を上げ、そこに在る微笑みに、自分を案じる光に、思わず口を開いた。
「‥‥あの、あのさ‥‥おれ‥‥」
「あらぁ? ノイル様、こんなところにいらっしゃったんですか? もうそろそろお休みになられる時間ですよぉ」
と、その時。メイドの声にハッと我に返った様子で。
「‥‥ごめん、何でも無いんだ‥‥です」
小さくそれだけを告げ、パタパタと自室へと駆け去った。
「あのぉ、私何か‥‥?」
「あっいえ、別にそんなわけじゃないの」
心配顔のメイドにひらひら手を振ってから、夏樹はノイルの背中を、その姿を呑みこんだ部屋をじっと見つめた。思いつめた顔をしていた、とても真剣な‥‥追い詰められたような。
あのまま二人きりだったら、彼は‥‥あの少年は何を告げていたのだろうか?、夏樹はそれが気になって仕方がなかった。
「おやノイル様、どうなさいました?」
「ひゃっ!?」
夜。ノイルの部屋を中心に巡回していたルクスは、シンと静まり返った廊下で声を掛けた。突然の声にノイルは驚き‥‥慌てて両手で口を押さえた。
「‥‥ノドが乾いて」
「なら、何かお持ちしましょう」
ルクスは有無を言わせぬ笑顔で、ノイルを部屋に追い返した。
「夜の散歩は危ないですよ?」
「‥‥っ!?」
少し後。庭の見回りをしていたアシュレーと蛍石は、手すりから身を乗り出すノイルに声を掛けた。
「ああっ、ほら、気をつけて」
ビクッと震えた拍子に落っこちかけたノイルは、蛍石の注意に青ざめながら何度もコクコク頷いた。
「どうしました?」
「‥‥ちょっと外の風を吸いたくて」
(「逃げ出そう、って顔じゃないよな」)
まだ青ざめながら、気丈に告げる‥‥ヘタなごまかしを打つノイルを観察し、アシュレーは思う。
「そうですか。くれぐれも気をつけて‥‥おやすみなさい」
「‥‥おやすみ、なさい」
ノイルは悔しそうに、同時にホッとしたように、そう言った。
「‥‥誰っ!?」
「はわっ?!」
同じく屋敷を見回りしていた風露は、ビックリ顔のメイドを確認し、息を吐いていた。
「すみません、驚かせてしまったようですね」
「いいえ〜。こちらこそ、ごめんなさいです。やり忘れた仕事があって、こんな時間になってしまってぇ‥‥見回りですかぁ?」
「念のためですが」
「それはご苦労様ですぅ」
ぺこっ、深く頭を下げるメイド。風露はその姿が使用人部屋に消えるのを目で追ってから、ふと気づいたように、懐の小太刀から手を放した。
●潜む刃
「ノイル様、お暇で御座いますか? よければ散歩などはよろしいでしょうか?」
事件は、午後に起きた。庭仕事がてらルクスがノイルを誘い、アシュレーや蛍石達が昼食の後片付けや午後のお茶の支度をしていた時。
「ノイル、お茶にしましょう!」
エリシアがいつものように、ノイルを呼んだ。玄関ホール、二階の手すりから身を乗り出すようにして、外のノイルへと声を掛けた‥‥その時。
「危ないっ!?」
気づいたギルスが悲鳴を上げる。ギルスの眼前、手すりと諸共に傾くエリシアの身体。
「‥‥ッ!?」
リーンは咄嗟にモップを放り出し、前に傾いていく身体へと左腕を伸ばした。腕がエリシアの華奢な胴回りを捉える。だが、勢いのついた身体を腕一本で支える事は出来ない。
「くっ‥‥ッ!?」
逡巡している暇は、無かった。これだけは手放せなかった懐のバタフライナイフを、床に突き刺す。
「捕まって下さい!」
同じく、事態を察したもう一人のメイドさん‥‥風露が、エリシアへと手を伸ばす。間一髪、だった。リーンと風露に支えられる形になったエリシアは、辛うじて落下を免れたのだから。
ガコンっ。
大きな音を立て、手すりが床へと落下した。
「老朽化の為、ちょっとした衝撃で外れてしまったのでしょう」
表面上だけ冷静に、エリシア達を安心させるように言いながら、リーンには分かっていた。それは有り得ない、と。何故なら昨日リーンはこの手すりをキレイに磨いたのだから。そして勿論、その時は何の異常も無かったのだから。
裏付けるように、アシュレーが小さく頷いた。落下した手すりには、鋭い切れ目が入っていた。
「妙な雲行きだな」
騒ぎに駆けつけたルクスは、傍らのノイルをチラと伺い思う。エリシアの無事な姿に、ノイルは確かにホッと安堵の溜め息をもらし‥‥だが、直後、そんな自分を戒めるように唇を噛み締めたのだから。
「やはり今回の件には、何かしらの意図が働いているようですね」
ソニアやエリシアを落ち着かせるべく、ハーブティーを振る舞いながら、蛍石は確信を強めたのだった。