薔薇のしらべ1

■シリーズシナリオ


担当:マレーア4

対応レベル:フリーlv

難易度:易しい

成功報酬:4

参加人数:15人

サポート参加人数:-人

冒険期間:01月28日〜01月31日

リプレイ公開日:2006年02月03日

●オープニング

「天界人‥‥天界人、ねぇ」
 うろうろそわそわと落ち着かなく自室を歩き回るのは、フラウ家当主フィデールの妻アレクサンドラ(28)である。さきほどから「天界人」と呟きながらうろつく様を、侍女であり幼馴染でもあるネリーが心配と呆れの入り混じった顔で眺めている。幼い頃からアレクサンドラを知っているネリーは、次に彼女が言い出すことなど簡単に予測できた。
 はたしてアレクサンドラはぴたりと足を止めると、ドアの側に控えているネリーへ振り向き、
「天界人達を招いてパーティをしましょうよ!」
 と、手を打った。
「はぁ‥‥」
 と、気のない返事をする幼馴染などまるで眼中にないように、アレクサンドラの計画はふくらんでいく。
「こちらの人数もそろえないといけませんよね。あの方とあの方と‥‥そうだ、商人の人達も呼びましょう。彼らにとっても新しいお客になるかもしれませんし、天界人にとっても彼らと繋がりが持てれば何かと得になりましょう」
「楽しそうですね‥‥」
「あら、あなたは楽しくないの?」
「私は‥‥少し怖いです。別の世界から来た人達なんでしょう? 大丈夫かしら」
「同じ人間じゃないのですか? フィデール様はそうおっしゃってましたが‥‥」
 天界人に対する警戒心の強いネリーは、このパーティを止めるなら今だ、と意気込んだ。
「奥様、よくお考えください。別の世界から来たということは、別の習慣、別の常識の世界から来たということですよ。殴りあうのが挨拶だったりしたらどうします?」
 とたん、アレクサンドラははじけたように笑い出した。
「考えすぎですよ、ネリー。慎重すぎるところは昔と全然変わりませんね」
「奥様が呑気すぎるんですっ」
「彼らは救世主‥‥なんでしょう? 大丈夫ですよ」
 言い切るアレクサンドラの自信の出所は不明である。
 もはやパーティの開催は止められない、と諦めたネリーは、せめてこれだけはと念を押した。
「お願いですから、妙なお友達は招待しないでくださいね。たとえば‥‥あの方とか」
「ああ、あの方‥‥ですね」
 誰に対しても寛容に接するアレクサンドラに友人は多い。その中には少々変わった夫人もいる。ネリーが指したのはそのうちの一人である。
 その夫人は知識欲が旺盛でいろんな生き物を見つけては捕まえて解剖などをしているらしい。
 ネリーはその夫人が天界人を解剖してしまうのではないか、と心配したのだ。
 アレクサンドラは無邪気な笑みを見せてやはり自信たっぷりに言った。
「いくらなんでも、そこまではしないでしょう」

●今回の参加者

 ea0324 ティアイエル・エルトファーム(20歳・♀・ゴーレムニスト・エルフ・ノルマン王国)
 ea0760 ケンイチ・ヤマモト(36歳・♂・バード・人間・イギリス王国)
 ea1384 月 紅蘭(20歳・♀・ファイター・エルフ・華仙教大国)
 ea4665 レジーナ・オーウェン(29歳・♀・ナイト・人間・イギリス王国)
 ea5989 シャクティ・シッダールタ(29歳・♀・僧侶・ジャイアント・インドゥーラ国)
 ea8765 リュイス・クラウディオス(25歳・♂・バード・ハーフエルフ・ロシア王国)
 ea9693 セレス・ホワイトスノウ(27歳・♀・バード・エルフ・ロシア王国)
 eb2805 アリシア・キルケー(29歳・♀・クレリック・人間・ノルマン王国)
 eb4039 リーザ・ブランディス(38歳・♀・鎧騎士・人間・アトランティス)
 eb4078 辰木 日向(22歳・♀・天界人・人間・天界(地球))
 eb4097 時雨 蒼威(29歳・♂・天界人・人間・天界(地球))
 eb4113 塚原 明人(25歳・♂・天界人・人間・天界(地球))
 eb4141 マイケル・クリーブランド(27歳・♂・天界人・人間・天界(地球))
 eb4191 山本 綾香(28歳・♀・天界人・人間・天界(地球))
 eb4257 龍堂 光太(28歳・♂・天界人・人間・天界(地球))

●リプレイ本文

●パーティが始まる前に〜礼儀作法とは
 冒険者を招いてのフラウ邸で催されるパーティへ赴く前に、彼らはリーザ・ブランディス(eb4039)を中心に礼儀作法について一通り教えてもらっていた。
「まぁ、こっちもそっちもそれほど違いがあるとは思えないんだけどねぇ」
「でもやっぱり、ちょっと心配だよ。こんなことなら、礼儀作法ちゃんと習っておけばよかったなぁ」
 ノルマン王国から来たティアイエル・エルトファーム(ea0324)が軽く息をつく。生来、物怖じなどという感覚とは縁遠い彼女も、未知の土地となると多少は気にかかるようだ。
「じゃあまずはジ・アースの礼儀を教えてよ。それからこっちとの違いを出したほうが、あたしが全部言うよりやりやすいと思うんだけど、どう?」
 と、リーザはレジーナ・オーウェン(ea4665)を見やった。イギリス王国から来た彼女が祖国の礼儀について詳しいことを、最初にそれぞれ自己紹介した時に聞いていたのだ。レジーナは頷くと、自分が知る限りのことを全員に話し、時には身振りも交えて説明した。
 聞き終わるとリーザは軽く微笑んでレジーナに礼を言い、指で輪っかを作ってみせた。
「やっぱり、たいして違いはないみたいよ。そのままで大丈夫。自信持っていこ」
「礼儀の作法は相手を思いやる心だ、とは師の言葉でした」
 アリシア・キルケー(eb2805)が静かに言う。彼女もティアイエルと同じ、ノルマン王国の出である。その言葉にリーザも大きく同意する。
「その通りだよ。国をあげての堅苦しい式典じゃないんだから、自分がされて失礼だと思うことさえしなければ、誰も咎めたりはしないよ。まぁ中には気取った人もいるだろうから、ちょっとガマンしてこっちが下手に出ていればそうそうトラブルは起きないと思うよ」
「もしも、皆さんの中で冒険者としての品格を著しく損ないかねないような振る舞いをする方がいらした場合、私が排除しましょう」
 あまりに静かなアリシアのその言い方は、かえって背筋にひやりとしたものを感じさせた。どう『排除』されるというのか。『排除』に気を付けつつ、冒険者達はフラウ邸へ向かった。

●パーティが始まる前に〜身支度
 一行がフラウ邸に着くと、門前に執事がすでに出迎えに出ていた。フラウ家の爵位は子爵である。それほど大きな土地を持っているわけではないが、それでも貴族の端くれだけあり門構えは立派であった。
 初老の彼はにこやかに一礼して冒険者達を邸内の控え室に案内する。
「時間になりましたらお呼びいたしますので、それまでどうぞおくつろぎください」
 案内された部屋は着替えのためも兼ねていたので、男女別となった。暖色で内装された部屋で、冒険者達はしばらく時を過ごすことになる。すぐに侍女が入ってきて人数分のハーブティを用意していった。
「日向さん、大丈夫ですか?」
「は、いえ、まぁ何とか」
「交わりもまた、御仏のお導き。楽しみましょう」
「御仏? なんだか馴染みのある言葉です‥‥」
「チーキュにも、御仏が?」
「信仰している人はいます」
 シャクティ・シッダールタ(ea5989)は
「そうですか」
 と微笑んだ。
 つられるように辰木日向(eb4078)も頬を緩める。地球から突然アトランティスに飛ばされた彼女は、混乱のままにここにいる。
「そういえば、綾香さんもチーキュの人でした‥‥あら」
 ここにいるもう一人の地球人、山本綾香(eb4191)に視線を向けたシャクティは、いつの間にかチャイナドレスに着替えていた彼女に少し目を丸くした。体のラインがはっきりと出るチャイナドレスを着た綾香は、急に色っぽく見えたからだ。バストがあるため余計に艶っぽい。
「あらステキね!」
 月紅蘭(ea1384)に褒められ、綾香は恥ずかしそうに笑う。
「ドレスを持っていなくて困っていたら、ケンイチさんがくれたのです」
「あ、あのバードの彼ね。えぇ‥‥?」
 納得しかけ、すぐに戸惑う紅蘭。
「プレゼント‥‥よね?」
「はい」
「そうよね。あはは、一瞬自分で着るつもりだったのかと‥‥」
「え、それは無理があるでしょう」
「でもほら、あの人、やわらかい雰囲気だし品もあるから、案外‥‥」
 ケンイチ・ヤマモト(ea0760)の姿を思い浮かべ、会話に加わるティアイエル。
「いやいや、背が高すぎだって。さすがに無理よ」
 と言いつつも、やはり想像してしまう紅蘭。こうなると女の妄想は止まらない。ずっと黙って竪琴の点検をしていたセレス・ホワイトスノウ(ea9693)もその手を休めて参加してくる。
 着替えをすませた後も、誰の女装が一番似合うか、という話題に花が咲いたのだった。

 隣の部屋の男性陣に会話の内容が聞こえていたわけではないが、楽しそうな笑い声が途切れ途切れに漏れ聞こえていた。
「隣はにぎやかですね」
 まさかその賑やかの発端になったとは露とも思わないケンイチが、壁越しに伝わる笑い声に表情をやわらげる。
「何の話をしてるんだろう」
「女の子達は余裕だなぁ」
 どちらも地球から飛ばされてきた龍堂光太(eb4257)と塚原明人(eb4113)は少々緊張している。
「何なら行ってみたらどうだ?」
 パーティでひとつ演奏を披露しようと思っているリュイス・クラウディオス(ea8765)が何気なく呟く。
 が、光太と明人はひどく慌てた。
「ここってそんなにおおらかな土地なの!?」
 16歳思春期真っ只中の明人の頭に暴走しかけた想像が駆け抜けていく。逆にリュイスは二人が何を慌てているのかわからず、不思議そうに見ている。そんな彼の様子がますます二人の混乱に拍車をかけた。
 それを静めたのは、同じく地球から来た時雨蒼威(eb4097)だった。
「あのさ、普通に考えてそれはないだろ」
「あんたいい人だなぁ。放っといたらおもしろいことになったかもしれないのに」
 大げさなほど残念そうにマイケル・クリーブランド(eb4141)がため息をついた。
「だってさ、帰ったら留年かなと思うとつまらないツッコミも入れてみたくなるんだよ」
 留年。その言葉に地球人の男達はもれなく意気消沈。いきなり暗いオーラに包まれた四人に、ケンイチとリュイスはいったい何なんだと顔を見合わせたのだった。

●異世界の宴〜はじまり
「本日はようこそお越しくださいました」
 主催者であるアレクサンドラの挨拶で今夜のパーティは始まる。冒険者達が招待されていることは先刻承知だが、アレクサンドラは改めて彼らがいることを他の招待客に告げた。彼らは本日のゲストなので、彼らが本来の作法に縛られない事も改めて告げられた。
「やっぱり華やかな席っていいわ」
 着飾った女性達にうっとりとした視線を向ける紅蘭。お洒落好きであり自ら仕立て屋として腕をふるってもいる彼女としては、こういう場はとても刺激になる。紅蘭の隣ではティアイエルもウキウキとした様子だった。
「あたしもこういうところ好きだよ。ドレスは着慣れないから、あんまり動けそうにないけど」
 ティアイエルは明るい若草色を基調にしたドレスで来ていた。対して紅蘭は華仙教大国風のデザインで、さらにこの国の流行などを取り入れた自作のドレスである。
 健康美あふれるティアイエルと艶やかな紅蘭はすでに会場で目立つ存在となっていた。
「あんた、もしダンスに誘われたらどうすんのよ‥‥まぁいいわ。あたし、ちょっと回ってくるね」
 ティアイエルの肩をポンと叩いて、紅蘭は人の中に紛れていった。

 パーティ開始の宣言の後、レジーナはまずアレクサンドラへ挨拶へ向かう。こういう場のための振る舞いを学んできていただけあり、さすがに歩く姿も凛としていた。シルクのドレスの胸元に光るローズ・ブローチがレジーナのもともと持つ品の良さをさらに高めている。
 アレクサンドラはちょうど会場内のことを侍女のネリーに指示した後だった。フラウ夫人と向き合ったレジーナは優雅に一礼すると、まず名乗った。
「わたくしはレジーナ・オーウェン。お見知り置きください」
「ようこそ。わたくしがアレクサンドラ・フラウです。楽しんでいってくださいね」
「ありがとうございます。今日はこのような席にお招きいただいたことに心から感謝いたします。この国の作法に慣れずご不快な思いをさせてしまうかもしれませんが、どうかご容赦くださいませ」
「そんなに心配なさらないで。あなたは立派よ」
 レジーナのとった礼の仕方は祖国のものである。それに対しアレクサンドラはまったく違和感を覚えていないようだ。リーザの言っていたとおり、礼儀作法にそれほどの違いはないらしい。少なくとも、不快に感じるほどには違っていないようだ。
 ホッとした微笑を浮かべたレジーナは、最後にまた一礼してアレクサンドラの前を辞した。

「日向、リラックスリラックス」
 カチンコチンの日向に、苦笑するリーザ。13歳の日向に緊張するなと言うほうが無理かもしれない。すれ違うウィルの貴婦人の華やかさにすっかり圧倒されてしまっている。
 マイケルがそんな日向の顔を覗き込んでこう言い聞かせた。
「いいか、これは夢だと思うんだ。ファンタジー小説くらい読んだことあるだろ? ほら、あの魔法学校のやつとか。夢でもいいから行ってみたいと思ったとこないか? その夢の世界がここだ」
「いくらなんでもそれは無茶では‥‥」
 蒼威は言いかけたが、
「そっか、夢ですね。どうせ夢ならいつか目が覚めるまで楽しまないと損ですねっ」
「そのとおりだ」
「信じるんだ‥‥」
 まんまと言いくるめたマイケルとついに現実逃避をした日向に、蒼威はそれ以上何も言わなかった。リーザもあえて言う言葉はない。そして四人はアレクサンドラの前に着いた。ネリーはいないようだ。
 まずリーザが夫人に挨拶をし、三人を紹介した。夢と思い込むことで肩の力が抜けた日向がドレスをつまんでお辞儀をする。控え室で練習したとおりの動きだ。
「本日はお招きいただきありがとうございます。この世界の礼儀作法だけでなく、自分がいた世界の礼儀作法にも疎い者のため、ご無礼ありましたらお許しくださいませ」
「あら、かわいらしいレディね。こちらこそあなたがいらしてくれて嬉しいわ。ゆっくりしていってくださいね」
 やわらかいフラウ夫人の返事に日向の頬がみるみる染まっていく。続くマイケルはそれなりに知識があっただけ、そつなくこなした。
 最後に蒼威が一礼する。
「お招きいただき、ありがとうございます。つまらないものかもしれませんが、私の世界では『親交』の意味を持つ花です」
 と言って、カモミールの花束をそっと差し出した。アレクサンドラは驚いたように目を丸くし、
「どうもありがとう。きれいなお花ね。わたくしも皆さんとは仲良くしたいわ。もしよかったら、あなた達の故郷の話など聞かせてくださいね。‥‥でもその前に皆さんとお話したがっている方々がいらっしゃるわね」
 フラウ夫人はそう言って周囲の貴婦人達に目を向けて微笑んだ。

●異世界の宴〜奏曲
 その大半が未知の世界から来た冒険者達に強く興味を持ちつつも、会話のきっかけを掴めずにいる貴族達へ、お近づきの印に、とリュイスとセレスは曲をプレゼントすることにした。
 まずリュイスがパーティ主催者のフラウ夫人に挨拶をする。
「本日はお招きいただきありがとうございます。自分は、蒼穹楽団の楽団員をやっております。ただ今、人数はそろっておりませんが、各団員の演奏や歌唱技術は一般より高いと自負しております。ご縁があればこれからもお付き合いのほどを‥‥」
 礼服に顔の上半分を覆うマスク、そして黒の手袋という姿の彼は、フラウ夫人や他の貴族達から見てかなりミステリアスだった。その隣には年齢不詳の輝く金髪のエルフがいる。顔立ちが幼く見えるため、いったいどれくらいの年齢なのか見当がつかないのである。
 そのエルフであるセレスが続いて一礼した。
「皆様、お初にお目にかかります。私、しがない楽士のセレスと申します。今宵はご招待いただき誠にありがとうございます」
 基本的に好奇心旺盛な貴族達が、二人がどんな曲を奏でるのか興味津々に見守る中。リュイスもセレスも竪琴を扱う。二人は視線を交わし呼吸を合わせると弦を弾きだした。
 事前に軽く打ち合わせをしただけの、ほとんど即興曲である。こういうことができてしまうのも、二人の技術力が高いからである。
 時には同時に、時には掛け合うように曲を重ねていく。その音色に会場は一時話し声が途切れた。
 彼女達の反応を見て、リュイスは少しだけ歌も交えた。まだセトタ語をそれほど使いこなしているわけではないので、簡単な言葉を用いてつなぐ。セレスもそれに合わせる。
 言葉と曲が清浄な世界を作り出したかのようだった。
 静かに、セレスが曲を締めくくると、一拍おいて割れんばかりの拍手が巻き起こった。
「すばらしいわ。この国の音楽とは似ているようで違うのに、とても心地よいの」
 アレクサンドラは惜しみない拍手を送りながら二人の楽士に賛辞を惜しまない。その様を少し離れたところから眺めていたケンイチに、一人の夫人が声をかけてきた。
 イリーナ・バースと名乗った40代前半の男爵夫人は、ケインチの持つリュートに目をとめ、
「あなたも音楽をやってらっしゃるのね。よかったら一曲お願いしてもいいかしら。異国の音をもっと聞きたいわ」
「よろこんで」
 快く答え、ケンイチはリュートを抱えた。
 どこか切なく、郷愁の香りがする音色が流れる。竪琴とはまた違った素朴な響き。激しく、あるいは穏やかや旋律がケンイチの指先から次々と生まれてくる。
 イリーナは目を閉じ、とても満足そうに耳を澄ませていた。
 空気に溶けるような高音で曲が終わると、リュイスとセレナの演奏に負けないほどの拍手が起こった。
 イリーナにいたっては感激のあまりか目がうるんでいた。
「なんて素敵な曲かしら。子供の頃のことを思い出してしまったわ。やはり音楽はいいわね。すばらしい音楽の前では誰もが良き隣人だと思わない? もしも私がサロンを開く時はぜひいらしてね。そして皆さんを楽しませてちょうだい」
 後で聞いた話だが、この夫人は人より少し心が弱く、貴族社会にありがちな暗く陰湿な面にはほとほとうんざりしているらしく、それを慰めるために家に楽士を呼んだりして心身を癒しているということだった。

●異世界の宴〜言葉
 冒険者三人による演奏の後、貴族達との距離は急速に縮まった。
 もともと人懐こい紅蘭やシャクティはすでに貴婦人達の輪の中で談笑をしていた。特にシャクティの十二単は珍しがられ、どういう作りになっているのかなど質問攻めにあっていた。
 また紅蘭自作のドレスもこの国の流行色などを織り込んでいるせいもあり、もしかすると新たな流行の兆しになりそうな勢いであった。
 その輪の中にはバンゴ商会の代表でやって来たエルネストもいて、二人の衣装の生地や織り、柄やデザインなどを新鮮な目で見つめていた。
「あら、そういえばシャクティ様はさきほどから何もお口にされていないのではありませんか?」
 気付いた一人の夫人が給仕を呼んだ。ちょうどグラスの交換に来ていた侍女の一人がワインを運んでくる。グラスに注ごうとする彼女を、慌ててシャクティが止めた。
「あ、わたくしは僧侶。野菜や果物以外、口にいたしません。般若湯もダメです」
「はんにゃ‥‥?」
「アルコールのことです」
「失礼しました。それでは果物などをお持ちいたします」
 侍女はすぐに下がっていった。
 その間、紅蘭は話のついでを装って探し人のことを尋ねていた。
「全身黒ずくめで短いハルバードが武器の男性の噂などはないでしょうか。あたしが来る前にはこの国に来ているはずなんですが‥‥」
 婦人達もエルネストもそれぞれ顔を見合わせたが、みんな首を傾げるばかりだった。
「その人、あなたのお知り合いですか? 残念ながらそういう人の話は聞いたことがありませんねぇ‥‥」
 申し訳なさそうにエルネストが紅蘭へ言った。

 わっ、と一瞬声が上がった中心にいたのはマイケルだった。
 彼が持っていた携帯電話のカメラで写した写真画像に、貴族達が驚きの声を上げたのだ。
「これ私ではありませんか? 私はここにいるのに‥‥えぇ?」
 マイケルの手の携帯電話を食い入るように見つめる女性の名はユリアナ・クォン。エレーナ・クォンの娘である。母親はお洒落の方に興味があるので紅蘭やシャクティの方の輪に混じっている。対して娘のユリアナは16歳という若さゆえか、天界人に強い興味を持っていた。マイケルに声をかけたのもユリアナの方からだった。
「他は何かありませんか?」
「他? そうだなぁ‥‥」
「こういうのはどうかな」
 マイケルの横からすっと二枚の紙幣が差し出される。蒼威だった。
 彼は天界の紙幣をユリアナの目より高く掲げ、天井から吊るされているシャンデリアの明かりへ向けた。そして真ん中のあたりを指差し、
「ほら、ここに人の顔が見えるでしょう? 私達の国の『透かし』という技術です。マイケルさんも同じものを持っているはずですよ」
「‥‥あ、本当です。男の方のお顔がありますね」
「後は、簡単に手元を照らす時などはこれを使っています」
 蒼威はさらに手回し発電ライトを点けてみせた。
 ユリアナは小さく悲鳴のような声を上げて一歩引いてしまう。まん丸に見開かれた目は、一瞬の怯えからすぐに興奮の輝きに変化する。
「それで、このライトとたいがいセットにされているのがこれです」
 と、続けてヘルメットを出したのだった。
 それを目にしたとたん、ついにユリアナの手が出た。が、直後どうにか自制してその手を引っ込める。人のものに気安く触れるのははしたないことだと躾けられていたからだ。
「か、か、かわいいです‥‥っ。これは飾るのですか?」
 どうやらヘルメットの曲線部に可愛らしさを見出したようだ。
「これは被るのですよ。頭を守るものです」
「あ、騎士様のヘルムですね。‥‥あら、あなたも不思議な箱をお持ちですね」
 ユリアナが目ざとく日向の携帯電話に気付く。
 日向は少し残念そうに苦笑し、答えた。
「私のはこの世界に来た時に混乱して使ってしまい、バッテリーが切れて使えなくなってしまったのです」
「バッテリー?」
「あ、えーとえーと‥‥」
 基本知識がまるで違う相手にどう説明したものかと日向が迷っていると、
「これを動かすための特別な力のことだよ」
 と、光太が助けた。
「魔法‥‥でしょうか」
「まぁ、そんなようなもの、かな」
「では、マイケル様のもそのうち動かなくなってしまうのですね‥‥」
 再び自分が写った画像を見ながら、寂しそうにユリアナが呟いた。それは周りの貴族達も同じ思いだった。
「いつかその仕組みを理解して使えるようになりたいものですわ」
 不意に響いたよく通る声はロキサーヌ・コロンのものだった。彼女がネリーが気にしていた知識欲旺盛な夫人である。切れ長の目が知的な印象を与える。
「もしよかったら記念に何かと交換しませんか?」
 蒼威が持ちかけると、ロキサーヌはしばらく考えた後にわずかに首を横に振った。
「大変珍しく興味を引かれるものばかりですが、私達はまだその真価をわかっておりません。そんな状態で交換をすれば品も悲しみましょう。あなた方の技術力を理解するまで、もう少しお手元に留めておいてくださいませ」
 その後は主に天界にはどんなものがあり、どんな生活が営まれていたかについてが話題になった。
「活版印刷ならこちらでもできるかも‥‥」
 それまで光太が話した電気・ガス・水道・コンピュータ・自動車・鉄道などは貴族達にほとんど理解されなかったが、ぽつりと漏らしたこの言葉にまずロキサーヌが食いついた。
「どのような仕組みのものなのですか?」
「えーとね‥‥」
 光太は自分が知るかぎりのことを夫人に話して聞かせた。
 そのうち話は太陽や星のことに移り、両者は改めて世界の違いを認識したのだった。
 説明しきれない部分もあったが、光太は彼なりにここの人達との会話を楽しむことができたし、相手も同じであることは顔を見れば充分にわかった。
 日向とマイケルはユリアナに天界の話をねだられていたが、そのうち日向が時代劇の話をはじめ、ついには「やってみせてほしい」とせがまれる羽目になった。
「よいではないか、がこれだ」
 と言ったマイケルが日向相手に悪代官がよくやる『帯くるくる』をやってみせた。もちろん帯などないから、その説明をした後でである。

 思った以上の会場の熱気にあてられ、少し涼むためにティアイエルはこっそりとテラスに出た。
 給仕のアリサという女の子とのおしゃべりに花が咲き、ついでにワインもかなり進んでしまっていた。話したのはクォン親子のことだった。
 二人は親子だけあってよく似ていたが、性格はまるで反対なので実は衝突が絶えないのだとか。ユリアナはかなり活発な性格で馬にも乗るし剣の稽古もしているらしい。母のエレーナは「男の子じゃないんだから」と眉をひそめている。ふだんは言葉遣いももっと砕けたものだそうだ。
「噂では平時は殿方のような格好をしているそうですよ」
 男装する女性はいるにはいるが、やはり珍しい。アリサも見たことがないため半信半疑だった。しかし、エレーナが娘の活発さに手を焼いているのは本当らしい。
 そんなことを思い出しながら、ティアイエルは何気なくオカリナを吹き始めた。
「きれいな音色ですね」
 曲の半ばで不意に声がかかる。振り向くと二十代半ばと思われる男性がいた。
「驚かせてしまいましたか。どうしたんです、お一人で」
 彼はオデッセアス・メイシと名乗った。
「えと、少し酔いを覚まそうかと思いまして‥‥」
「そうですか。ご一緒してもよろしいでしょうか」
「あ、はい‥‥どうぞ」
「ありがとうございます。先ほどの曲、もう一度聞かせていただけますか?」
 要望に答え、ティアイエルは再びオカリナを吹いた。
 その様子を、一回りして戻ってきたアリサが見ていた。そして彼女は別の給仕の女の子に二人を示してみせる。二人はいいものでも見たような顔でグラスを片付けて会場を出て行った。

「あの方、メイシ男爵家の嫡男よね」
「そうそう、あんまり浮いた噂のない方だったけど、そうかぁ、ティアイエル様のような方がお好みだったのかぁ」
「なに、もしかして自分が‥‥とか思ってた?」
「そんなわけないでしょ。そこまで夢見がちじゃないわよ」
 キャッキャッとはしゃいでいると、窓を鏡替わりに襟元を直している蒼威に出会った。
「あら蒼威様、どうかなさいましたか?」
 アリサが声をかけると、蒼威はふとやわらかい笑顔を見せた。
「恥ずかしながらこういう服は着慣れないもので、乱れてはいないかと気にしていたのです。私の服装はどうかな」
 尋ね、さりげなく眼鏡を外す。とても知的なイメージを出していた眼鏡のない素顔は、それはそれで貴公子も負けてしまいそうな気品に満ちていた。
 そのギャップにアリサ達の頬が紅に染まっていく。滅多にないほど端麗な容姿の男性に見つめられ、ドキドキしてしまうのは仕方がないだろう。
 しかし、まれにそれが通用しない人物もいる。
 その人物は蒼威の後方から近づき、横に立つと冷めた目で彼を見上げて言った。
「申し訳ありませんが、使用人にはお構いくださいませんようお願いいたします」
 今夜、侍女達の管理を任されているネリーだった。
 アリサ達はそそくさと仕事に戻っていった。

 油断も隙もないわね、とネリーが会場へ戻ると、主人のアレクサンドラは冒険者達と談笑していた。今はレジーナと話している。この国の風土のことからはじまり、ワインの製造法にまで及んでいた。
「果実酒はわたくしの国と同じように作られるのですね」
「そうみたいですね。特に年に6回ある精霊祭では足りないほど飲みますから、毎年確保に大変なのよ」
「精霊祭‥‥ですか」
「ええ。6精霊を祭る大きなお祭りです。中でも竜精祭は雨の日が多くて、いつもみんなびしょぬれで騒ぐの」
「お祭りにはゴーレムも出たりするのですか?」
「塚原様はゴーレムに興味がおありですか?」
 明人は大きく頷いた。
「僕達の世界ではゴーレムのような凄い乗り物に乗るっていうのは、男の子の浪漫なんですよ」
「わたくしもゴーレムのすばらしさは認めますが、兵器として扱うのにはどうかしら‥‥」
「そうですね‥‥人を傷つけるのは悲しいことですね。できるなら、正しいことのためだけに使われてほしいです」
「そうね。そうそう、今のところお祭りにゴーレムは出ませんよ」
「それは残念です」
 明人は肩をすくめて笑った。
「ところで、どこかに良い仕立て屋さんはないでしょうか。これと同じデザインの服を何着か欲しいのです」
 明人は着ている制服を指した。それが天界での自分の身分の正装であることはすでに告げてある。
 アレクサンドラは彼の制服を上から下まで眺めた後、ぽつりと答えた。
「どうかしら‥‥仕立て屋の仕事は手があくことがないと聞いていますわ。異世界の服となると相応に時間もかかるでしょうし、なかなか引き受けてもらえないかもしれないわ。でももしもみんながあなたの着ている服を着たいと思ったら、引き受けてくれるところが出るかもしれないわね。ごめんなさいね、お力になれなくて」
「いいえ、お気になさらないでください」
 そこから衣服についての話に移行し、レジーナの祖国イギリス王国と明人のいた地球、そしてこの国のものの特徴を話し合っていった。
 話の途中、不意に明人が待機していたネリーを「美しい方ですね」などと素で褒めたため、ネリーは言葉もないほど驚き、アレクサンドラはからかうような笑みで幼なじみの彼女を見やった。

 エルネストと妙に気が合ったアリシアは、バンゴ商会がフラウ家以外にもクォン家やコロン家にも懇意にしてもらっていることを聞いた。
「エルネストさんのところは美術品も扱っているのですか?」
 アリシアと一緒に彼の話を聞いていた綾香が尋ねた。
 エルネストはにこやかに頷く。
「もちろんございますよ。お求めのものでもごさいますか?」
「あ、いえ、その、私の絵は売れるのかなと思いまして」
「おや、山本様は絵をお描きになるのですか。今、何かお持ちで?」
「いえ、今はないのですが‥‥」
「それではどうにも判断できませんが‥‥もし、身分ある方に召抱えてもらおうとお考えでしたら、一度完成品をどなたかに見てもらうことをお勧めしますよ。もちろん、また私とのご縁がありましたらいつでも拝見いたします。ただ、私一人では取り引きできませんので、最終報告まではお時間がかかってしまいますがね‥‥」
 彼はバンゴ商会の代表でここに来ているだけで、実際に采配するのは商会の主である。
「それよりもお二人とも。ここは何も商談や人脈作りのためだけの場というわけではございませんよ。思わぬ殿方に見初められることだってありえるのですよ」
 今までの人当たりの良い営業用の笑顔から、あやしげな笑顔に変わるエルネスト。
「たとえばどのお方ですか」
 アリシアが顔を寄せる。つられて綾香も。
「オデッセアス・メイシ様がいらしてますね。たしか今年で26歳になるメイシ男爵家のご嫡男でございますよ。よく気のつくできたお方です。とても人当たりもよく社交的でもあるのですが、なかなか警戒心の強い方でもありましてね。私も何度かお話させていただきましたが、どうにも本心の掴めぬお方です」
「なるほど‥‥品のない言い方をすれば、落とすには手ごわい相手ということですね」
「ええ。ご婦人とも気さくにお話なさいますが、噂にならないのはそのためでしょうな」
 三人は貴婦人達に混じって歓談しているオデッセアスに目をやった。少し前まで姿が見えなかったのは、どこかへ行っていたからだろう。
 どこそこ家の子息は他にも呼ばれていたが、エルネスト一押しの人物だけあり、一見しただけで素養の高さがうかがえた。
「今日はそろそろお開きの時間ですが、今後も機会があれば他の良き殿方とお近づきになることができましょう」
 エルネストは静かにそう言った。

「そろそろいい時間になってきましたね‥‥」
 名残惜しそうに呟いたアレクサンドラに、最後に、とリーザが聞いた。
「この国における天界人達が来ることの伝説は存じております‥‥」
 そのことを、アレクサンドラの夫であるフィデールはどう思っているのか、また他のもっと身分の上の人達にはどう捉えられているのか、そのことだった。
 とたん、それまでの笑顔を引き、アレクサンドラは難しい表情になった。
「町の様子をご覧になりましたか?」
「ええ‥‥その、えぇと」
 リーザは素直にそれを口にすることをためらった。そういう内容だったからだ。フラウ家が任されている領地は平和な方だ。それでも庶民の生活は厳しいと言える。全てはフオロ家の暴政による。
「申し訳ありませんが、主人の考えていることは私の口からは申し上げることができません」
 そう言ったアレクサンドラの表情は、必ずしも現状を許しているとは言えないものだった。