●リプレイ本文
●そろそろプチL?
侍女に導かれてアミエ邸の応接室に案内された冒険者達は、グードルーン達に笑顔で迎えられた。久しぶりの再会にフォーリィ・クライト(eb0754)も笑顔になった。
「お久しぶりです。またよろしくお願いします」
「こちらこそ。またいろいろと知恵をお貸しくださいね」
グードルーンは改めてお願いした。彼女を始め、ダイエットに挑戦した他三人の夫人達は、かなりその効果を現していた。
その様子にシスイ・レイヤード(ea1314)は満足げに頷いてみせた。
「それぞれ‥‥綺麗に‥‥痩せたようだな? まさに‥‥継続は‥‥力なりと言うところか?」
あたたかい微笑で囁くように言うと、グードルーン達も嬉しそうに微笑んだ。
「別人のようだよ。体型以上に、表情が良くなっているね」
と、リオン・ラーディナス(ea1458)が褒めれば、一番年若いソフィアはうっすらと頬を桜色に染めたりする。けだるげだった少し前とは天地の差だ。
そんなソフィアにリオンはさらに続けた。
「この体型のソフィアさんを、いつまでも見ていたいねー」
「おやナンパかい? ソフィアさんも人妻だろ? リオンはそういうのが好きなんだ?」
「なっ、ち、ちがっ。俺はリバウンドの注意を‥‥!」
慌てるリオンへ竜堂姫子(ea4223)は明るく屈託なく笑う。彼女はグードルーン達へ向き直り、改めて自己紹介した。
「竜堂姫子だ。29歳と9ヵ月‥‥オバサン言うなよ。いろいろと気になる年だから‥‥やっぱり女なら美しくありたいものだからね〜」
「そうですねぇ。私も気になってきました‥‥」
グードルーンとガブリエラが同時にため息をつく。二人は姫子より年上だ。
「でも、とりあえずはダイエット成功でソフィア様、それに皆様がお幸せそうで嬉しいわ」
沈みかけた気持ちを盛り立てようと、華岡紅子(eb4412)が華やいだ声を上げる。笑顔が戻ったところで篠崎孝司(eb4460)が夫人達を促した。
「ダイエットは継続中だろう? いつもの健康診断をしようと思うが‥‥」
「ええ、お願いね。これが前に作った体重や各所のサイズを記録した表よ」
と、羊皮紙を差し出したソフィアへ、皇天子(eb4426)が謝罪を入れた。
「この前は間違った間違った知識を伝えてしまって、申し訳ございません」
「あの‥‥? 天子さん、何のことを指しているのかわからないけれど、とにかく顔を上げて。また、私達の力になってね」
ぽんぽん、とソフィアに肩をたたかれる天子。
それから孝司と天子は四人分の記録紙に目を通す。
体重変化を記すと、グードルーン・92キロ→85キロ、ビルヒニア・70キロ→62キロ、ガブリエラ・78キロ→73キロ、ソフィア・84キロ→64キロ。
「ソフィアさんの減り方は凄いですね」
「体が軽くなっただろう。具合が悪いところはないか?」
「大丈夫よ。それよりも、ね‥‥」
ソフィアはそこで言葉を濁した。
●グッとキレイになりましょう
「しわ‥‥ですか? まあ、女の人なら‥‥気にするな‥‥どれ」
言いよどむソフィアの顔をシスイは覗き込む。女性と見間違えそうな美麗なエルフに見つめられ、落ち着かない気持ちになるソフィア。
「こらこら、あんまり見つめちゃいけませんよ」
シスイが天子に襟首を掴まれて引き離されると、ソフィアはやっと息をついた。天子はソフィアから他三人の夫人へと視線を巡らせ、シワの説明を始める。
「シワとは加齢により肌から水分含有量が減り、皮膚の真皮層からコラーゲンが減少するために起こる老化現象です。でも、今回の場合は老化ではなく、急激に痩せたために皮膚が余ってシワになっているだけです。人の体は新陳代謝を繰り返しているので、しばらくすればシワはなくなると思いますが、それでは私達がいる意味はありませんね」
一生懸命聞いていたソフィアだが、初めて耳にする単語ばかりで、やはり全てを理解することはできなかった。同じように難しい顔で聞いていたフォーリィが、何とか自分の中で言葉をまとめる。
「運動とかマッサージで筋肉をつければ、一気に痩せて緩んだ分元に戻ったりするんじゃないかな?」
「じゃあ、もう少し運動量を増やしてマッサージ方法も教えていただければ、シワは消えるのね」
ソフィアは少し安心したようだ。それでもまだ心配顔の彼女へ、孝司が言った。
「シワも自分の一要素だ。美しく老いることとシワの有無は同列にはないはずだ」
要は、気にしないようにということなのだが、ソフィアは首を傾げている。何と言ってもまだ24歳なのだ。シワが出るにはちょっと早い。
「それじゃ、さっそく始めましょうか」
手を打って場の空気を変える月紅蘭(ea1384)。今日の彼女は春らしく花つきチョーカーと、動きやすい裾の広がっていないドレスを着用している。自作のドレスだ。
「これは、皆さんの成功を祈願して、私から贈らせていただくよ」
姫子は一巻きの掛け軸を差し出す。初めて見るものに不思議そうな目をしながら、ソフィアはそれを開いた。そこには。
『火の用心』と、堂々としたジャパンの毛筆で書かれてあった。ジャパン語のわからない者達はきょとんとし、わかる者達は口をぽかんと開いた。
姫子は満足そうにそこに書かれている文字について説明した。
「火の用心‥‥て、関係ないんじゃないの?」
「甘いよリオン君。火の用心は全ての基本だよ」
キッパリと言い切られると、そうかなという気になってしまう。そんなわけで、火の用心を標語にマッサージは始まった。ちなみにその掛け軸は侍女の手によりこの応接室へ飾られた。
まずは手本にするため長ソファにソフィアに横になってもらう。紅蘭は断りを入れてからソフィアに膝枕をする形で腰掛ける。それから細い指をソフィアの目尻の下から中央へとゆっくりと動かしていった。
「目尻の下から中央、中央からまぶた、そして目尻。このようにすることで、目の疲れも取れシワも薄まります」
「力を入れすぎたらダメよ。無理に皮膚を引っ張るとそこがまたシワになるからね」
姫子が付け加えた。熱心に見守る夫人達の中、同じように真剣な目で見ていたリオンがふと呟く。
「俺も女のコにマッサージされてみたいなー。そりゃもう、いろいろと。身も心も」
「粉々に砕いてあげるわ、バーストアターック!!」
すかさずフォーリィの技がシャレで飛び、リオン撃沈。フラレーのお約束で傷は無く精神的ダメージで悶絶。
その横ではハルヒ・トコシエ(ea1803)と篠宮沙華恵(eb4729)がお互いの出身地の化粧品や美容手法について語り合っていた。
昏倒しているリオンをひょいとまたぎ、ハルヒは紅蘭に提案した。
「オイルも使ったらどうかな〜。あ、そうだ。今後のためにハーブオイルでも作っておこうかな」
「うん、オイルはいいかもね。でも香料類は肌に合わない場合もあるから、テストしてからのほうがいいかも。あ、目の周りが終わったら、次は口周りですね」
紅蘭は視線をソフィアに戻す。
「口角を上げるように、こめかみへ向かって伸ばしましょう。この二つを五回ずつ毎日三回繰り返すと効果が出てくるはずですよ」
「トレーニングやサウナの後の、血行の良い時に顔体操をするのも良いですね」
人前では恥ずかしいかもしれませんが、と沙華恵は顔体操について話す。
「百面相のように顔を大げさに動かして、表情筋を鍛えるのです。そうして皮膚を引っ張る力を取り戻しましょう」
グードルーン達は頼もしい指導者達の言葉を頭に叩き込んだ。
●美しく見えるように
シワが取れるにはそれなりに時間が必要だが、その間メイクでわからないようにすることはできる。もちろん、メイクの目的はそれだけではない。
が、その前に、と言い差す紅子。
「マッサージの続きになるけど、メイクの前にスチームパックをしましょう。ローションの浸透がよくなるわ。マッサージには肌の活性化を促進するローズの製油をベースに調合したオリーブオイルよ」
「オリーブオイル‥‥ですか」
グードルーンは目を見張る。オリーブオイルはラン国からの輸入でしか手に入れることのできない高級品である。それを化粧用に使おうというのは、貴族の彼女達にとっても衝撃であった。
「そのオイルでマッサージした後、蒸しタオルを使ってスチームパックをするのよ。それからローションを使うとお肌に張りができるの。オイルは‥‥材料さえあれば作れなくもないけど」
と、紅子が求めたのは鍋と金属のボウルと受け皿だった。
「ボウルとは‥‥フィンガーボウルでもいいのかしら?」
「もう少し大きいほうが‥‥」
難しい顔になってしまうグードルーン。
頷いた紅子は、それから手のひらに意識を集中し、桶の水にかざした。ヒートハンドの魔法である。これでうまく蒸気が立てば‥‥。しかし彼女はすぐに弾かれたように悲鳴を上げてのけぞった。灼熱の手から湯玉が飛んで顔に掛かったのだ。侍女がすぐに水と布を持ってきた。
気を取り直してメイクである。
「フォーリィ君、実験台になってみたらどうだ?」
マッサージの時から興味深そうにしていたフォーリィへ、孝司が勧める。はじめ、逡巡していた彼女だったが、ついには頷いてみせた。フォーリィの正面に化粧道具と共にハルヒが座る。グードルーンが用意したものだ。
「フォーリィさんはシワはないですが、シワを隠すとすれば陰影の付け方でしょうか」
唇に指を当てる沙華恵。
「陰影と言っても‥‥厚く塗っては‥‥怖そうになってしまうな‥‥」
「そうだね。俺の好みが一般的かはさておき、誤魔化すよりは本人を引き立てるようなメイクがいいと思うよ」
シスイに続いたのは復活したリオンである。
「私も同じかな。ナチュラルでありながら気品を感じさせるメイクが一番かなって思うよ。まぁでも、人により好みも違うからね〜」
と、頬をかく姫子。それからふと遠い目になる。
「後は、若い男でも捕まえたいとか思ったり‥‥切実にヤバイ‥‥30で独身はヤバイ‥‥誰かもらって‥‥」
女性陣の目は自然と男性陣をさまよう。視線を受けた男性陣はそれぞれ勝手な方向へ目を向けるしかなかった。
「と、とと、とにかくっ。では、皆さんの意見を取り入れ、いきますっ」
ぐっと拳を握り、ハルヒは化粧道具に手を伸ばした。
一同が見守る中、化粧を終えたフォーリィ。素の彼女のあふれんばかりの健康美は、もちろんそれだけで魅力的だが、こうして薄くても化粧をすると妙な色香が漂う。
「隠したいところがあるなら、そこに何かをするよりも別のところに手を加えたほうが目立たなくなるんですよ〜」
ハルヒの解説に頷くソフィア。それからハルヒはフォーリィに鏡を見せた。すっかり女らしくなった自分の顔に、何故か照れてしまうフォーリィであった。
●魅せるもの
メイクだけでは片手落ち、と続いてドレスへと話題は移る。ファッションと言えば、今日も自作ドレスをまとっている紅蘭である。
「基本は明るい色を取り入れること。もしも似合わないなと思った時は、こう考えて。‥‥どんな色も、これは私に似合う色って思うと、自然と顔がその色に合う顔になるの」
感心するソフィア。紅蘭は頷き、微笑んだ。
「綺麗になりたい女性の力よ。それと衣装は顔回りにポイントよ。例えば大柄な花がついたチョーカーやコサージュを胸や肩口に。良い感情から顔を見られても、見られ続けるとストレスだもの。適度に視線をそらせるの」
「なるほど‥‥。ねぇ、皆さんはどんな色が好み? シスイさんはどう?」
尋ねるソフィアにシスイは考えるようにして答えた。
「やはり‥‥明るめの色かな‥‥。個人的には薄い色が好きだが‥‥」
「リオンさんは?」
「色じゃないけど、アクセサリーならブローチ程度のアクセントがいいかな」
「シンプルなものがいいのね」
「こういうのはいかがかしら」
と、紅子が出したのは婦人用補正下着である。伸縮性に富むが女性ならではの美しいボディラインを整えるには抜群の効果を発揮する下着だ。コルセットが体にかなりの負担をかけるのに対し、これはそういう不便はない。
「コルセットに変わる下着の研究が必要だと思うの」
だが、今のアトランティスではまず無理だ。けれどコルセット以上のものが開発される可能性はあるだろう。
そして、メイク、衣装と続けば次は髪形である。
髪質を見ておきたい、とのハルヒの望みに四人の夫人は快く頷いた。一番髪が長いのはビルヒニアである。豊かなブラウンの髪は、ほとんど枝毛もなくつやつやと健康的だった。
既婚女性は髪を結い上げるので細部まで見るのは難しいが、ガブリエラ以外はほぼストレートであった。ガブリエラは少々髪質も固くくせっ毛のようだ。一番やわらかい髪はソフィアだった。
さすがに髪をほどくことには夫人達が戸惑ったので、引き続きフォーリィにモデルになってもらう。
「髪の結い方一つで印象も変わるんですよ〜。例えば高く結うか低く結うかですね〜」
夫人達はあまり髪型を変えたりはしない。変えるのは髪飾りである。ハルヒの指さばきで次々と変わるフォーリィの髪型に、夫人達は見入った。
不意に思い出したように沙華恵が手を叩いた。
「すみません、シワの話に戻りますが、お肌に良い食べ物として、鳥手羽や魚の皮まで煮込んだスープ、レバー料理、それに果物が効果的ですわ。後は鳥、豚、魚、牛などの皮を煮込んで冷やし、煮こごりにして果汁と合わせてゼリーにするのも良いですね」
それから愛らしく小首を傾げてもらす。
「脂肪もにおいも少なそうなのは豚でしょうか」
「鳥じゃないでしょうか」
答えるのは天子。
「鶏肉の皮で煮こごりで果汁と合わせてゼリー‥‥ですね。ベル、料理長に聞いてみて」
控えていた侍女が主人であるグードルーンの命に従い出て行く。
ダイエットも順調に進み、おしゃれに熱を入れ始めた夫人達へ釘を刺す天子。
「健康で規則正しい生活を送ることが一番の美容ですよ」
患者達が神妙に頷くと、侍女が戻ってきた。煮こごりゼリーをさっそく作るので沙華恵に来て指導してほしいとのことだった。さっそく沙華恵が出て行くと、リオンがうっとりと呟いた。
「俺も食べたいくらいだ」
「リオンさんもダイエットとお化粧‥‥する?」
「そ、ソフィアさん‥‥冗談だよ」
「ふふ。私も冗談よ。みんなでいただきましょうね」
あまり冗談に聞こえないソフィアの声音だった。