●リプレイ本文
●レッツ ヘアメイク
いつの頃からかアミエ邸はとても明るくなった。奥方であるグードルーンが明るさを取り戻したのが一番の原因だろう。そして、彼女が明るくなったのは、個性豊かなこの集団のおかげ‥‥。
グードルーン、ビルヒニア、ガブリエラ、ソフィアの夫人達とそれぞれが今日の授業のために連れてきた侍女四名。そして師となる冒険者達。
広めの応接室で今日のオシャレ研究が始まる。
その前に。
「体の調子はどうかな? ご夫人方」
いつもの医者の顔を崩さず篠崎孝司(eb4460)が問う。
と、グードルーンか少し自嘲気味な笑顔で答えた。
「実は‥‥昨日はあまり眠れませんでしたの。その、今日のことで浮かれてしまったようで‥‥」
正直に答えるグードルーンを何とも言えない表情で見ていた孝司は、他の三人にも視線を向ける。誰もが似たような顔をして、目をそらしていた。
「まぁ、楽しみがあるのは良いことだが‥‥」
この四人にとって髪型を変えるということは、それだけ一大事だということを改めて知った孝司達であった。
「新たな試みに浮き立ってしまうのはわかりますが、今後はまた気を引き締めていきましょうね」
口調は柔らかいが、しっかりと釘を刺す皇天子(eb4426)に夫人達はそろって素直に返事をしたのだった。
気分を変えるようにフォーリィ・クライト(eb0754)は、幾分声のトーンを高くしてソフィアへ向いた。
「そういえばシワはどうなった? 少しは消えたかな」
「どうかしら‥‥少しは消えたかなと思うのだけれど、これもダイエットと同じで地道に行くべきなのよね? 運動もマッサージも欠かさずやっているから、きっと大丈夫よね」
気になる首のシワへ手を当てながら、ソフィアは確認するようにフォーリィを見つめ、それから華岡紅子(eb4412)へ視線を移した。
二人はそろって頷く。
「前に会った時より締まってるわよ。大丈夫!」
元気に微笑むフォーリィ。これは本当のことだ。
すると、ハルヒ・トコシエ(ea1803)がポンと手を叩いて会話に加わってきた。
「ではでは皆さん、そろそろ髪結いしましょうか。あ、ご夫人方には無理を言いませんよ〜。サンプルは私達がやるので、じっくり見ていてくださいね〜。えーと、モデルは天子さんに紅蘭さんにフォーリィさんに真希ちゃん。よろしくね」
呼ばれた女性陣が前に出て夫人達に挨拶をする。
それからハルヒの指示で侍女達が準備を行い、いよいよ『ハルヒの髪結い講座』スタートである。
「では最初は天子さん」
呼ばれた天子は白衣と眼鏡を外し、ハルヒが指した椅子へ腰掛ける。もはや天子を表すものの一つとなっているその二点がなくなっただけで、彼女の印象は一変した。いつもの硬い雰囲気が消え去り、代わりに女性らしいやわらかさと年相応の艶っぽさが現れたのだ。
ハルヒはにこにこと天子の髪にブラシをかけながら言った。
「綺麗なストレートだね。高島田なんてどうかな? 紅蘭さんと黒と銀の対で」
「高島田って娘の髪型だったような‥‥」
複雑な表情になる天子に、ハルヒはきょとんと首を傾げた。
「‥‥娘? 天子さん、結婚してましたっけ?」
「いや‥‥いいです、はい。でもご夫人方は既婚者ですから実践はできませんね」
「あ、そうだった。どうしよう‥‥」
「見てみたいわ、その髪型」
促したのはビルヒニアだった。
ハルヒは恥ずかしそうに頷くと、記憶にあるジャパンの髪型の再現を始めたのだった。
彼女の周りには四人の侍女が集まり、手元を熱心に見つめている。
ハルヒは器用に天子の黒髪を結い上げ、続いて月紅蘭(ea1384)も同じ髪型にしてしまった。
緩やかなカーブを描き高く結い上げられ、頭の上でこれまたふくらみを持ってまとめられた、何とも不思議な髪型に一同は「ほぅ」とため息をもらした。
適度なたるみをもって結い上げられているせいか、どこか儚くも見えるその髪形は、背後から見たときのうなじの線がはっとするほど美しかった。
この世界にもわざとゆるめて結う髪型はあったが、それとはまた違った色っぽさがあった。
「何か‥‥モデルが良すぎるのかしら、妙な気分になりそうね」
「何故こちらを見る」
「だからと言って‥‥こっちに目を‥‥向けられてもね‥‥」
別にどうというつもりはなかったのだが、ソフィアが顔を向けた先の孝司とシスイ・レイヤード(ea1314)は返答に困ったように言葉を濁した。
自分のできに満足したハルヒは、続いてフォーリィの後ろへ移動する。
「フォーリィさんは、二つのおさげなんてどうかな〜? あと、前髪をピコンと一、二本立たせるのも『萌え』だとか?」
「萌え‥‥?」
知らない言葉に首を傾げるガブリエラ。フォーリィは慌てて話題をそらした。
「順番後先になっちゃったけど、ガブリエラさん達はどんな髪型が希望なの? 若返ったように見せたいとか知的に見せたいとか」
「そうですわねぇ。わたくしは年も年ですので若く見せたいですわね。若くと言っても年相応に若く‥‥という意味ですけれど」
若々しく見えつつも品性は損なわずに、といったところだろう。
「体面もありますから、あまり突飛なものは困ってしまいますわ」
「うふふ、さすがにおさげを勧めたりはしませんよぅ」
笑顔で返すハルヒはすでにフォーリィを終え、桜桃真希(eb4798)へと取り掛かっている。
そしてフォーリィはどう変わったかと言えば、いつもの溢れんばかりの活発さが薄れ楚々とした雰囲気が滲み出しているではないか。
「ここまで変わるとは‥‥ね。どうせなら服装も‥‥それらしく‥‥したいね」
「どんなものをイメージしてるのかな」
驚きを隠しきれず呟いたシスイに紅蘭は探るような目を向けた。
しかし特にはっきりしたイメージの浮かばなかったシスイは、フォーリィを見つめたまま考え込んでしまった。
中性的な美貌に見つめられ、落ち着かない気持ちになったフォーリィの頬が染まる。
妙な空間を作った二人はそのままに、真希の茶の髪は頭の両脇で可愛らしくおだんごにされた。
「あらまぁ、お人形さんみたいですわ」
グードルーンが手を打つ。
真希は恥ずかしそうにうつむいた。
「あの、おだんご‥‥は、さすがに無理かと思いますけれど、皆さんも思い切ってどう‥‥かな。何か、やってみては?」
「ええ、ですがやはり人前では少々無礼が過ぎますので、後でじっくり試したいと思います。お気遣いありがとうございます。」
申し訳なさそうにこう言われては、それ以上は言えない真希だった。
●もう一歩前進
シスイの勧めでこれまで紹介された髪形を侍女達が羊皮紙に書き込むことになった。手順を教えているのは当然ハルヒである。おさげとおだんごは案外侍女達の間で流行りそうな気配だった。
その間、先程の紅蘭の話ではないが、モデルとなった四人にそれぞれ似合う衣服を考えようという話になっていた。
「天子やあたしの髪にはジャパンの服が一番よね」
そう言って紅蘭は利賀桐真琴(ea3625)を振り向く。
「お召しになってみや‥‥みますか? 着物もドレスも気付けはあたい‥‥わたくしにお任せを。着物は持参してますので」
渡世人の癖が抜けない真琴の言葉遣い。口上などを言わせればきっと堂に入ってることだろう。
目の前でどんどん姿を変えていく彼女達がおもしろく、グードルーン達はぜひ着替えてほしい、と別室を用意した。
五人が移動すると篠宮沙華恵(eb4729)が自作したあるものを紹介した。
「カツラ、ですか?」
「部分ウイッグといいます。カツラのように頭全体に被るのではなく‥‥付け毛と言えばわかりやすいでしょうか。このように付けるのですよ」
と、シスイの脇に立つと、後ろ頭に毛の長いウイッグを付けた。髪の下の部分がカールしていて軽い雰囲気のウイッグであった。
「孝司さんくらい短いと付けられませんので」
「‥‥いや、遠慮する」
「ふふふ。地球では未婚既婚に関わらず様々な髪型にします。後、後ろからの姿を見るのに複数の鏡を合わせて見たりするのですが、こちらでもそのように見ることはありますか?」
「ええ。侍女の腕は信用してますが、やはり自分でも確かめたいですもの」
グードルーンが頷いて答えた。
その時、着替えに行っていた四人と真琴が戻ってきた。
自ら光を発しているかと思うほどの華やかさに、夫人達は息を飲む。
紅蘭と天子、真希は真琴が見立てた着物、フォーリィはチャイナドレス。化粧もされていて、これからすぐにでもパーティに出かけられそうだ。
「素敵じゃない。どこのご令嬢かと思ったわ」
「紅子さん、そんなお世辞ばっか‥‥あら? そちらの方はシスイさん? でもシスイさんて男の方、だったよね? あれ? 私、勘違いしてた‥‥?」
ウイッグをそのままにしていたシスイの美しさに混乱する真希。
いつも穏やかな微笑みを絶やさない彼も、さすがに少々困ったふうだ。孝司などは顔をそむけて笑いを堪えているように見える。
「それじゃ、おたくさんもお着替えということで?」
シスイは有無を言わさず、楽しげな笑みを浮かべる真琴に拉致されていった。
その後、髪結いの手順を書き終えた侍女達も交え、紅蘭を中心に衣装合わせについてのおしゃべりが始まったのだった。今彼女達が着ている服以外にどんなものが似合いそうか、どんな色がどんな雰囲気を出しそうか。紅蘭が持ち寄った布やレースを実際に合わせて行われた。
夫人達も積極的に参加はたその一時は、まさに女性達の至福の時間だった。
●指先のおしゃれ
さて、すっかりどこぞの貴婦人と化したシスイが戻ると、次は最近耳にした『ネイルアート』の時間である。
「爪のおしゃれ‥‥?」
と、不思議そうなシスイに沙華恵が説明をした。
「私が調べたところですと、ここでは馬油で爪の乾燥を防いだり艶出しをしたりしているそうです。爪は、地球で使うような爪切りではなく、専用の鋏のようなもので切っているそうですよ」
「鋏? う〜ん、爪の美容のためにはヤスリの方がいいわね」
紅子によると、毎日少しずつヤスリで手入れをすれば、爪切りによる爪割れもなく形も綺麗に整えられるという。ダイエット同様、おしゃれにも根気がいるのである。ついでに彼女は地球製のヤスリや甘皮用爪切りを見せ、同じものが作れないかとグードルーンに尋ねた。
「できる‥‥と、思います」
彼女はそう言うと侍女にその二点を模写させた。
「それじゃ、お話しながらネイルアートといきますか」
そう言って紅子はバッグからネイルセットを取り出した。ここに飛ばされた時に持ってきたものである。全員の視線を受けながら紅子は微笑んで続ける。
「その日の服やパーティの雰囲気、季節に合わせるのが基本ね。色を重ねて塗ったり、その上に小さな石を並べたり。モデルさん達から始めようか?」
最初に取った手は真希のものだった。
「本人の雰囲気も考えてね。例えば真希さんと紅蘭さんなら同じ着物でも全然感じが違うでしょ?」
言いながら紅子は専用の刷毛で真希の左の人差し指に艶出し液を塗っていく。
「これ塗った後、しばらく乾かさなくちゃいけないのがたまにもどかしいのよね。うっかり何かに触れると台無しだし」
そんな経験でもあったのか苦笑する紅蘭。
「でも、楽しいよね。全部綺麗に塗り終わった時なんて、妙な達成感があったりして」
真希の言葉に経験者は同意を示し、未経験者はそういうものなのかと不思議そうにする。
「ほら、これだけでも随分違うわよ」
紅子が真希の手を取り、皆に見せる。一本だけ塗られているが、艶やかなそれを見ればすぐに納得できた。
「それから、チップだけど」
と、次に見せたのは爪の形をした小道具。これらにはすでに様々な色が塗られ、石が乗せられている。それらの中から紅子は桃色に黄色の石が二つ並んだチップを選ぶと、フォーリィの手を取り、人差し指にくっつけた。
「それは何でできているのですか?」
「ガラスか薄く削った石か木材ね」
「この世界なら石か木材だけど‥‥どっちがいいかしらね」
グードルーンの質問に答える紅子と紅蘭。
続いて紅蘭と天子にも見本として付けた後、天子が夫人達へ告げた。
「爪も呼吸をしています。長時間はしない方がいいでしょう」
「爪の根元をもむようにマッサージすると健康的な爪が保てるわよ」
ふと、まじまじとその様子を見ていたソフィアが口を開いた。
「全部の指に付けなくても良さそうね。一本だけでも充分綺麗に見えるわ」
「そういえば、私達のところでは小指だけ爪を伸ばしてみたり‥‥なんてのがありましたね」
沙華恵の言葉に感心したように頷くソフィア。
その後も服の時のように、どんなデザインができるかと話に花が咲いた。話ながら夫人達もハルヒや真琴の意見を聞いたりしながらチップを付け、異文化を楽しみだしている。
当然、ここまで来ればこの二人も逃れられるわけもなく‥‥。
もうすでに諦観したのかシスイはされるがままにチップを選ばれ、その魔の手は孝司にも伸びた。
「どういうのが好みですか?」
と、いう問いに、うっかり、
「個人的には派手なのは好みではないな」
と、答えてしまったのが運の尽きだった。純粋に好みを尋ねられたと思っていたら、あっという間に手を押さえ付けられ、控え目な色合いのネイルチップをペタリ。
女とは、男に化粧をしたくなる生き物だということを嫌というほど味わった二人だった。
その後『親しい殿方にしか見せないオシャレ』として、紅子からペディキュアを教わり異様な雰囲気で盛り上がった後、ふと紅蘭がこんなことを提案した。
「せっかくダイエットも順調でいろんなオシャレも知ったんだから、ファッションショーでもやらない? 小規模でいいの。いい刺激になると思うんだけど」
沙華恵とフォーリィの二人はすぐに賛成の意を示した。
そして四人の夫人の中で最初に反応をしたのはビルヒニアだった。
「いいわね、それ。皆さんに教えてもらったことを他の夫人方にも広めて開くと、きっと今までにないパーティになるわね」
「楽しみだね。今日は一緒に勉強できて楽しかった、な」
心からそう思っている真希の微笑みに、ビルヒニア達は同じ笑顔を返したのだった。