●リプレイ本文
●銀の輪の向こうの夢
「夜、眠るのが怖いの」
少女は涙を流した。
「そうだよね。殺される夢を毎晩見るなんて、精神的に参っちゃうよね。うん、大変だったね」
自分より少し年上の相手にする態度ではないかもしれないけれどもメレディス・イスファハーン(eb4863)はうんうん、と頷いて少女の頭上にそっと手を置いた。
髪を、頭を優しく撫でられた彼女は顔を上げて上目遣いでメレディスを見た。
「信じて‥‥くれるんですか?」
勿論。そう頷いてエデン・アフナ・ワルヤ(eb4375)は微笑む。
「ご安心下さい。この依頼を受けた冒険者は皆、キャロル様を信じております」
「ありがとうございます」
少女キャロルが流した涙はさっきまでの怯えたものとは違う、安堵の涙だ。
「これが、その指輪? じゃあ、僕がちょっと預かっていいかな?」
「え? あの‥‥でも」
「貴女は少しこれから離れた方がいい。十分な睡眠と休養をとって心と身体を休めて下さい」
ひょいと指輪を掴んだメレディスに戸惑うキャロル。だが二人はニッコリと微笑んで見せた。大丈夫、と目が言っている。実際、心も身体も限界に近い。気にしながらもはい、と彼女は頷き頭を下げる。
「どうか‥‥お願いします」
「ええ、このまま放っておけません。街の安全の為にも、想いを遺した被害者の為にも」
だから、貴方はどうか良い夢を‥‥。優しい笑みに癒される気持で彼女は部屋に戻っていく。エデンはそれに付き添った。その背中を見送りメレディスは指でピンと指輪を弾いて空に飛ばした。
「さて、何が見えるのかな?」
何も飾り気の無い銀の指輪はある意思を湛えたメレディスの手の中にキャッチされた。
●情報収集
階段の下に薄い灰黒色の染みが見える。
「ロバートさん、こっちこっち!」
フォーリィ・クライト(eb0754)は階段上にいるロバート・ブラッドフォード(eb4464)を手招きした。
「ねえ、これ、ひょっとして‥‥」
「うむ、そうだろう」
頷くロバート。これは明らかに血の跡と思われる。
「ここで、血の流れる『何か』があった。それは恐らく‥‥」
「うん。きっと彼女が夢で見た殺人事件だね」
二人は顔を見合わせた。キャロルは知らずここを通り、指輪を拾った。路地の隅に落ちていたという指輪は被害者のものなのかもしれない。二人の想像はちょっとした聞き込みで裏付けられる。今から二週間ほど前の朝、階段の下で一人の女性の遺体が発見されたのだと、近くの住民が話してくれたのだ。
身元も直ぐに判明した。名前はミザリー。彼女は場末の酒場で歌う歌姫だった。
この近辺は夜になると極端に人通りが減る。まして深夜となれば灯りも無い真の暗闇だ。だから、最初は酒に酔った彼女が足を滑らせて階段から落ちた事故だろうと誰もが思い。そして次には物盗りの犯行だろうと推察された。
美しい女性の哀れな最期を気の毒に思いながらも、日常の事件の一つとして流して行く。
「だけど、一人彼女の遺体に泣き縋っている男の子がいたな。姉さんは誰かに殺されたんだ〜! って。可哀想な話だよな」
周囲の仲間達がベアリーと呼んでいた彼の声が忘れられないとその人物は唇を噛み締めて言っていた。
「ああ、そいつはミザリーだろう。明るくて、いい歌い手だったぜ」
聞き込みを始めて割と直ぐ。数件目の酒場でリーン・エグザンティア(eb4501)はその情報を手に入れた。情報料代わりにケンイチ・ヤマモト(ea0760)がリュートを爪弾く。
聞きながらマスターは深いため息をついた。
「ミザリーの親は俺の知り合いでな。‥‥ちょっと訳ありでうちで働かせてたんだ。女癖の悪い父親を嫌い、母親が死んだ事をきっかけにミザリーは家を出た」
そしてこの店で歌を歌い始めた。場末のそれほど大きくも有名でもない店だが、最近少しずつ客は増えていたと言う。
「弟がいるって話を聞いたんだけど?」
「ベアリーとは血は繋がってない。親に捨てられてたあいつをミザリーが引き取って姉さんって呼ばせてた。いろいろあったがそれなりに幸せにしてたんだぜ。少し前まではな‥‥」
今はもういない、歌姫を思い出すようにマスターはさらに深いため息を吐き出す
「彼女は最近トラブルに巻き込まれていたの? 恋人との恋愛関係の問題などは無かった?」
冒険者達の問いに、マスターはああ、と頷く。
「最近、行き帰りに変な男が付けてくるって不安そうにしてたな。熱烈なファンも結構いたしその一人だったのかもしれんが‥‥」
マスターとパートナーである吟遊詩人がその相談を受けた矢先の事件、あの時もっと親身になってやればと悔いが残る。と、彼は言った。
「じゃあ、そのパートナーとやらは? 彼がその恋人なの?」
ああ、再び彼は頷く。ケンイチのリュートが止まった。彼の前に優雅にお辞儀をする黒髪の吟遊詩人が一人。
「あいつがそうだぜ。ヒース。ミザリーの元恋人さ」
ケンイチに礼を言って遅れてきた吟遊詩人が竪琴を奏でた。
寂しげなメロディーは鎮魂の歌。陽気な酒場には似合わないと解っていても、彼の第一曲目を止める者は誰もいない。彼の指には銀の指輪が静かに光っていた。
その出現に、屯(たむろ)していた少年達は顔色を変えた。慌てて立ち上がり、蜘蛛の子を散らすように逃げていく。ある程度予想してた事とはいえ困ったような顔で、陸奥勇人(ea3329)は頭を掻いた。
「逃げるな逃げるな。別に前にも言ったが取って喰う訳じゃねぇさ。ちょっと聞きてぇことがあるだけだって」
言われても疚しいことがある人物達は素直にはいそうですかと答えられない。だから
「少し、話を聞きたいだけです。お願いします」
路地の向こうからイェーガー・ラタイン(ea6382)が逃げ道を封じるように出てこなければ、逃亡していたことだろう。
決まり悪そうな顔をする子供達に膝を折り、目は真剣なまま問う。
「‥‥そうか」
暫くの話の後立ち上がった勇人の後をイェーガーは追う。
「どうですか?」
「ああ、少しは話らしいものが聞けた。後で皆と一緒に説明するから」
解りました。と頷いた後、イェーガーは忘れないうちに
「勇人さん?」
声をかけた。
「何だ?」
勇人は答える。微笑みながらイェーガーはさっき、子供達から受けた伝言をそっと耳に打った。
「‥‥そうか。ありがとう」
微かに笑ったとイェーガーは思う。
『もう、あいつらに手を出さないって、伝えてくれ』
少年達はそう、言っていた。あまりにもシンプルな伝言。だがきっと彼には‥‥伝わったろう。
●散らばる情報達
夕刻、冒険者酒場<騎士の誉れ>
テーブルの一つに同じ依頼を受けた冒険者達が集まっていた。
「で、最初に確認するが、やっぱり『事件』はあったんだな?」
勇人の問いに仲間達は全員が首を前に倒した。
「被害者はミザリーさん。闘技場近くの酒場で歌う歌姫だそうです。美しい容姿と伸びやかな歌声で人気の女性だったとか」
「恋人で吟遊詩人の恋人の名がヒース。弟の名がベアリー。容姿も合うし間違いないと思うわ」
それに、とリーンは続ける。あの時吟遊詩人の指に嵌まっていた指輪は間違いなくそれと同じものだった、と。言われ填めていた指輪を外して、メレディスはテーブルの上に置いた。
「まず言っておくよ。『この指輪』にゴーストか、怨念かは解らないけど、何かが取り付いている。だからこの指輪を借りた昨晩、僕も夢を見たんだ」
「逆にキャロルさんは昨夜は夢を見ないで眠れたそうです。ただ、どうも姿を現してはくれないようですがね‥‥」
昨晩エデンが見守る中、メレディスは指輪を填めて寝てみた。夢は見たが、エデンが言うには怪しい雰囲気などは見られなかったらしい。
「夢の内容は殆ど同じ。弟と貧しいながらも仲良く暮らし酒場で歌う彼女。場面が変わって仕事帰り暗闇の中、カンテラの灯りが足元を照らす。歩いているうち階段の上で突然灯りが止まった。そして衝撃と身体が宙に浮かぶ感覚。最後に何が起きたのか解らないうち細い指が自分の首を絞めた‥‥。確かに自分が殺された夢ってのはゾッとしないよ」
身体をすくめてメレディスは笑った。無理矢理に。
「指輪はしていましたか?」
ふと、思いついたようにロバートが口にした問いに、メレディスの動きが止まった。
「‥‥い‥‥や? 首を絞められたときは‥‥してた‥‥かな? あれ? おかしいな? 下に落ちたときに転がったんじゃない?」
首を傾げる彼の指と、指輪を見比べロバートはそこで問いを止める。
「彼らはさ。どうやら普通の強盗殺人だと思ったらしいよ。こんな事件良くあるとは言わないけど珍しくは無いから、本気で調査とかもしないってさ!」
だんだん口調が荒くなる。フォーリィは情報を聞きに行った騎士団の態度に怒り顔だ。だから、事件を調べている詳しい理由は言わなかったらしい。
「‥‥まあ、情報は聞いたけどね。直接の目撃者はなし。階段の上に争ったような跡があり。被害者は上を向いて死んでいた。金目の物は全て奪われていた。衣服の乱れは無し。外傷は頭の後ろと、首筋のみだってさ」
「聞き込みで得られた情報も、大体そのような感じでしたよ。深夜だったので目撃者はなかったようですが、事件を覚えていた人は多かったですね」
ここは地球ではなく、自分達も警察ではない。冒険者の信用で得られた情報で調べるしかないのだとロバートは解っていた。
(「だが、なんだ? この違和感は‥‥」)
そんな彼の耳の横で情報交換は続く。
「店主と、ヒース。吟遊詩人の話では最近ミザリーを付ける怪しい影があり粘着質なファンじゃないかと不安になっていた。ということだったわ。でも詳しい事を聞くより早く彼女は殺されてしまった‥‥」
「‥‥ってえことは、だ。やっぱり弟が、一番何かを知ってるんだろうな。あいつに話を聞かねえと‥‥」
腕組みをした勇人にイェーガーも同意の頷きを返す。
「ええ、姉の仇を討つと夜の街を彷徨っているそうですしね‥‥」
もう、外は十分に暗い。昼は見つけきれなかったが、一刻も早くあの少年、ベアリーを見つけなくては。勇人は立ち上がり、外へと向かう。
「悪いが調査は頼む。俺はとりあえずベアリーの確保に専念するから」
「一人は危険です。僕も行きます。彼女が何を望んでいるのかがこの事件の鍵のような気がするんです」
よろしくお願いしますの言葉を残し後を追うイェーガー。冒険者達は頷いた。
「じゃあ、僕たちはもう少しキャロルさんに話を聞こうか?」
「ええ、彼女の心のケアも考えたい所ですし‥‥」
「クライトさん、では、こちらももう一度現場を調べてみましょうか」
「こっちこそ、お願いね。ロバートさん」
それぞれに動き始めた冒険者達。集めた情報は、まだそれぞれが一つずつのバラバラに散った石に過ぎない。それを繋いで一つの輪にする何かが見つかったとき、きっと『彼女』の意思も見えてくるだろう。
●影と影と影
深夜の街を徘徊する少年は、背後に気配を感じ振り返った。手に持ったナイフを構えたまま、殺気を隠さず。
だがその気勢は
「あんたは‥‥」
カンテラの灯りと、それに照らされた人物の顔を見て完全に削がれていた。
「やっと見つけたぜ。まったく、早まるなって‥‥」
「捜しましたよ。無事でよかった」
細い路地の前と後ろを巧みなコンビネーションで封じる勇人とイェーガー。間に挟まれ退路を失い、ギリと少年は唇を噛み締めた。
「何だよ。俺の邪魔をする気かよ! 放っておけよ! 盗みをした訳じゃないぜ。俺は今、お前らなんかに構ってる暇は‥‥」
「姉さんの仇を探さなきゃならないから‥‥か?」
暗闇の中でも少年の顔色が変わったのが見て取れた。
「どうして‥‥」
「やっぱり。君はお姉さんを殺した犯人に復讐しようとしているのですか? 多分、君のお姉さんは君自身が復讐を行う事を望んでいない、と思いますよ」
「そうだ。むしろ一人で無茶をしてお前の身に何かあれば、姉さんは悲しむんじゃねか?」
「お前らに何が解るって言うんだよ!」
悲鳴に似た声が路地に響き渡った。
「俺にとって、姉さんはたった一人の家族だったんだ。一人ぼっちの俺に手を差し伸べてくれたたった一人の。それを殺した奴を俺は絶対に許さない!」
それは、強がりも偽りも無い真実の少年の思い。
「判ってるさ。俺たちが来たのは彼女の願いあっての事だからな」
「えっ?」
意味が解らないという顔をする少年にイェーガーは優しく笑いかけた。彼に見えなくても心が伝わるように、と。
「‥‥説明するのは難しいので、陸奥さんや俺と一緒に来てくれませんか?」
「悪いようにはしない。俺を信用するなら、行動を以って応えよう。それに、一人より、人数が多いほうが人探しもはかどると思うぜ」
ニッと勇人も笑う。まだ少年の警戒は解かれていないが、ナイフは自然、下に向く。
「よし、一緒に来い。まずは犯人の手掛かり捜しだ。行くぞ。ベアリー」
差し出された手は、まだ握られなかったがベアリーと呼ばれた少年は小さく頷き、前を行く光に従った。
「何?」
その光景を見ていたリーンは思わず小さな声を上げる。酒場での調査を切り上げようとした時、マスターと話をしていた男が何故か目に止まった。
だから、帰路とはいえ少し後を追ってみようと思ったのだ。彼は、誰かを捜すように路地を歩き、一人の少年を見つけたようだった。だが少年に誰かが近寄っていくのを見て、距離を離し、後を戻り去っていく。これは、明らかに尾行。そして尾行されていたのは‥‥
「あれは、勇人さんとイェーガーさんですね?」
ケンイチの言葉にリーンは頷いた。
「ええ。でも、一体なんなの?」
答えは誰からも返らなかった。
「あれ?」
階段の上にカンテラの明かりが見えた。フォーリィは誰だろうと、目を擦る。黒髪の青年は何かを思うように下を見つめると、踵を返し去っていった。
「あれ誰かなあ? ひょっとして、彼女の恋人の吟遊詩人さん? あれ?」
人影。フォーリィはもう一度目を瞬かせる。今度は灯りを持たない黒い影。だが、歴戦の戦士である彼女はその影に背筋を微かに振るわせる。
『彼』が纏っている気配には覚えがあった。殺気と狂気と呼ばれる種類のもの。それが、一体、誰に、何に向けられたものなのか。
まだ知る者はいない。