希望の虹1〜手を繋いで

■シリーズシナリオ


担当:マレーア4

対応レベル:8〜14lv

難易度:やや難

成功報酬:2 G 49 C

参加人数:12人

サポート参加人数:3人

冒険期間:01月28日〜01月31日

リプレイ公開日:2006年02月03日

●オープニング

「冒険者ギルドに依頼を出してくれ。子供達に様々な事を教えてくれる『先生』を募集しています、と」
 レアン・エヴァンス子爵がそう指示したのは、冬のある日だった。
「施設の子供達に、勉強を‥‥ですか?」
 義父であるエヴァンス子爵のそんな言葉に、リデアは小首を傾げた。義父が親のいない子供を収容する施設を作っている、とは聞いていた。けれど、それは単に避難所とか保護施設とかいう意味合いだとばかり思っていたのだ。
「ああ。彼ら彼女らは様々な理由で、大切な人や居場所を失った。それは同時に、希望や未来への標を失くしたという事でもある」
 24歳という若さの子爵の顔にもチラと影が落ちた。彼もまた、大切な者を喪った過去があるから‥‥気づきながら、リデアは気づかぬふりで微笑んだ。
「お義父さまは彼らが‥‥様々な事情や思いを抱えたその子達が、これからをちゃんと歩いていけるように、その気持ちを持てるように、その為に色々と学ばせてあげたいと、そう考えてらっしゃるのですね」
 微笑を返してくれた義父、その顔に暗い影がない事を嬉しく思いながら、リデアは心を決めた。
「そういう事でしたら、私がお手伝い致します」
 大好きな義父の手助けを、少しでもしたかった。
「お義父さまは色々とお忙しいでしょうし、何より、私は子供達と年も近いですし、先生探しの件もドンとお任せ下さいませ」
 意気込むリデア、子爵はその瞳に一度だけ心配する光を浮かべてから、優しく頷いた。

「ね、ユーグ。早速来てくれた人がいたっていうのは、本当?」
「はい、お嬢様。天界人で、クレリック‥‥とかいう職業で、子供たちの世話には慣れている、という事です」
「そうなの? なら、安心ね」
 リデアはホッと胸を撫で下ろした。義父に大見得切った手前、絶対に失敗するわけにはいかないのだ‥‥そう、子供達の為にも。まぁクレリックというのは聞き慣れない単語だったが、何せ相手は天界人、そういう職業もあるのだろう。
「あんたさ、天界人ってヤツなんだろ?」
 ところが、施設に着いたリデアを迎えたのは、固い声だった。
「おそらからきたんだよね?」
「すごい力を持ってるんだよね?」
 様々な場所から、寄る辺がないという理由で此処に招かれた子供達。その視線を集めていたのは、全身真っ白な‥‥見慣れぬ風体をした女性だった。
「あのっ、確かに私はジ・アース‥‥違う世界から来ました。ですが、皆さんとは何一つ変わらぬ、普通の人間ですわ」
「‥‥でも、クリスさんは先ほどショーンのケガを、なかった事にしましたよね?」
「あれは癒しの魔法で‥‥こちらではまだ馴染みがないと思いますが‥‥」
 真面目な性質なのだろう、女性は真摯に説明しているのだが、何分相手は子供である。その瞳には困惑と不審と‥‥僅かな期待とが入り混じっていた。おそらく、天界人伝説‥‥昔語りに聞いた救世主の話を思い描いて。
「おねえさんは、おかあさんともう一度あわせてくれるですか?」
「いえ、それは‥‥」
 だが、僅かな期待はアッサリと裏切られ、後に残るのは期待を持ってしまったが故の、更なる絶望。
「結局、嘘なんだ。天界人が救世主なんて‥‥俺達を救ってくれるなんて‥‥」
 一番年上らしい男の子が、苦く吐き捨てるように呟いた。やはり子供達の中では年かさらしい少女が取り成すが、その様もやはり元気がない。
「とにかく、俺達はあんたを信用できない。‥‥あんたもだぜ、お貴族さま。寝床を用意してくれた事は感謝するが、だからって俺達が何でもかんでも従うわけじゃない」
 そして、リデアに気づいた少年は、拒絶とも反抗ともつかぬ言葉を投げつけた。だが、リデアはその中に、ヤケッパチや怯えを、悲しみや不安を感じ取ってしまった。
「えぇ、分かっているわ。私達もあなた達に全部を強制したいわけじゃない」
 だから、リデアは子供達に手を伸ばした。精一杯、笑顔を作って。
「学び舎にようこそ。ここで、あなた達には色々な事を学んで欲しいと思っているわ」
 願いは多分、リデア一人の力では叶わない。けれど、手助けしてくれる人がいるならば。
 その手は、その願いは、いつか子供達に届くだろうか?

●今回の参加者

 ea0502 レオナ・ホワイト(22歳・♀・バード・エルフ・イギリス王国)
 ea0907 ニルナ・ヒュッケバイン(34歳・♀・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 ea0941 クレア・クリストファ(40歳・♀・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ea1458 リオン・ラーディナス(31歳・♂・ファイター・人間・ノルマン王国)
 ea1683 テュール・ヘインツ(21歳・♂・ジプシー・パラ・ノルマン王国)
 ea1850 クリシュナ・パラハ(20歳・♀・ウィザード・エルフ・ノルマン王国)
 ea4358 カレン・ロスト(28歳・♀・クレリック・エルフ・イギリス王国)
 ea5068 カシム・キリング(50歳・♂・クレリック・シフール・ノルマン王国)
 ea7095 ミカ・フレア(23歳・♀・ウィザード・シフール・イスパニア王国)
 ea7509 淋 麗(62歳・♀・クレリック・エルフ・華仙教大国)
 ea7511 マルト・ミシェ(62歳・♀・ウィザード・エルフ・ノルマン王国)
 eb4127 ジョージ・パットン(46歳・♂・鎧騎士・エルフ・アトランティス)

●サポート参加者

無天 焔威(ea0073)/ 字 冬狐(eb2127)/ 紅 雪香(eb4060

●リプレイ本文

●はじめまして
「やぁ、みんな! 気持ちの良い朝だね!」
 リオン・ラーディナス(ea1458)が爽やかに足を踏み入れたのは、広い部屋だった。
 おおよそ教室というイメージではない、居心地の良さそうな簡素な広間では、バラバラに座った子供達とクリスティア、責任者のリデアが迎えてくれた。
 とはいうものの、好意的な眼差しはクリスとリデア、それからサナと幼子だけだが。
(「う〜ん、肩透かしだなぁ」) ってくるとかお
 内心でごちるリオン。上からバケツが振約束的な悪戯でもあれば、立派にボケてみせるのに!
 少なくとも、反抗は無関心や諦めよりは良いのに。
「ま、見知らぬ世界の人間にいきなり懐いてくれる程、甘くは無いっスよ」
「子供達からの信頼を得たければ、まずは私達が彼らを信頼すべきではないかね?」
「確かにな」
 クリシュナ・パラハ(ea1850)とジョージ・パットン(eb4127)の慰めに、リオンは苦笑をもらし。
「俺はリオン。先生ってガラじゃないから、兄ちゃんって呼んでくれてもいいぜ。これから、よろしくな!」
 子供達に明るく挨拶した。
「わたくしはクリシュナっス」
 リオンに譲られたクリシュナは、子供達をぐるりと見回した。何はともあれ異世界一発目、ゴーゴーレッツゴー!
「みんなから見たら天界人って事なんだけど‥‥まぁフツーの人間っスよ」
「エルフじゃん」
「む、エルフも人間ですよ」
 リオンとクリシュナの掛け合いに、場がふっと和んだ‥‥気がした。
「はじめまして。私の名はジョージ・パットン。鎧騎士だ」
 キチンと礼を取るジョージに続き、クレア・クリストファ(ea0941)や淋 麗(ea7509)が口々に自己紹介をしていく。
 子供達の反応はやはり、薄い。
「私はカレンと申します」
 そんな中、カレン・ロスト(ea4358)は柔らかな微笑みと共に、子供達一人一人を見回し、穏やかに言葉を紡いだ。
「この世界には馴染みが無いようですが、神様という存在より教わったものを元に、大切な人々を救ったり守ったりするのが私達の務めであり、喜びなんです」
 少し難しいかも、とは思った。だが、クレリックについて、知って欲しかった。
「私は神聖騎士のニルナ・ヒュッケバインと言います。これからよろしくお願いしますね」
 それは、ニルナ・ヒュッケバイン(ea0907)も同じ。
「私は救世主ではありません‥‥貴方たちのお母さんもお父さんも生き返られる事もできません‥‥神の加護と剣がなければ何もできない、ただの女性です」
 少しでもいいから、少しでいいから、伝わって欲しいと。
「でも、貴方たちのこれからの未来を一緒に作ってあげる事はできると思うんです」
 ニルナは慈しむように、笑んだ。
「わしは大いなる父の僕、カシム・キリングじゃ。皆の勇気と知恵を見せてもらいにきた。よろしく頼むのぅ」
 次に進み出たカシム・キリング(ea5068)も神に仕える者。但し、カシムはシフールだ。
「そうそう、ちんまいからと悪戯はしてくれるなよ‥‥おおぅ?!」
 そのちっちゃな身体で重々しく皆を見回してから、ニヤリと釘を刺そうとする前に、だが、その身体は小さな手でパチン、と掴まれてしまう。
 悪戯されたらキツ〜いお仕置き、するつもりだったカシムだが、今、その身体を拘束しているのはパールの小さな小さな手。‥‥勿論、カシムからすれば立派な脅威だが。
「うぐぐっ‥‥っ!?」
 しかも、赤子は力加減を知らないから、微妙にピンチっぽい。いかにカシムとて、いたいけな赤子に攻撃は出来ないし。
「俺はミカ。これから一つ宜しく頼まぁな」
 助け舟ならぬ助け羽根を出したのは、同じくシフールのミカ・フレア(ea7095)だった。
 殊更ゆっくりとパールの前を飛ぶ事で、その興味を自分へと引き付けた。
 小さな悪魔から逃れたカシムが「やれやれ」とホッと息を吐いた。
「初めまして。楽士をやっているレオナ・ホワイトよ。宜しくお願いね?」
 その様子にクスクスと笑みながら、レオナ・ホワイト(ea0502)は肩をすくめて見せた。
「そう堅くならないで。私はあなた達と友達になりたい、ただのエルフなんだから‥‥ね?」
 つられたようにアイカとルリルーが微かな笑みを浮かべてくれたのが、嬉しかった。
「では、皆も先生達に自己紹介しましょうか」
 クリスに促され、子供達が順番に簡単な自己紹介をしていく。
「さて、子供達の笑顔を見る為にも‥‥頑張ってみましょうか」
 レオナは、大部分が固い‥‥暗い表情の子供達を見やり、そう自分に気合を入れた。

●子供達の事情
「おはよう! 早起きとは感心だな」
 ジョージの朝は早い。水汲みをしていたジョージはジェイクに気づき、元気良く声を掛けた。だが、ジェイクはプイッとそっぽを向いて行ってしまう。
「挨拶は、大きな声でハキハキと! それと、何か上に羽織れ、風邪引くぞ」
 ジョージはその背中に呼びかけると、
「やはり躾はちゃんと教えないと、だな」
 一人納得し、再び朝の仕事に戻った。
「月道を通って訪れし未知の大地アトランティス。この地の民は正しき信仰を知らない異教徒じゃった」
 同じ頃、見慣れぬ空を見上げていたのは、カシム。
「伝道されていないからなのか、それとも世界が違うのか‥‥」
 見上げる空は、ノルマンとは違う空。精霊の恵み深きこの大地。言語が違うのに普通に話すのに支障が無いというのが、不思議だ。精霊の加護‥‥神の恵みの代わりにこの異世界を守護する、不可思議な力。
 それでも今、自分はこの大地に立っている。神の教えを胸に‥‥だとすれば。
「斯様な地において、クレリックたる者が為さねばならぬ事は伝道そのものじゃろう」
 神の信仰の‥‥否、神という概念さえ無い地でのそれは決して楽ではなかろう。だが、それは裏返せば遣り甲斐がある、という事。
「早速、神を知らぬ子供達に対して教えを授けられる機会を与えてくれたことに、感謝しよう」
 カシムは黙して、神に祈りを捧げた。

「ん〜、建物は思ったよりイー感じだけど、学校としての体裁はまだまだ整ってないのよね」
 建物の状態をチェックし、クリシュナ。貴族の別宅といった建物は、造りはしっかりしているものの、このままでは授業にはならない。
「何が必要ですか?」
「えとね、先ずみんなで集まって話を聞くための机やイスでしょ? 読み書きの為の筆記具や黒板。後は、各冒険者先生の授業にその都度必要になる教材の調達なんかも必要になってくると思うっス」
 指を折って確認するクリシュナに従い、書き留めていくリデア。
「あ、そうそう。寝泊りするトコっスけど、布団ふかふか過ぎですよぉ。子供達、萎縮しちゃって可哀相っス」
「あ、私も気になってました」
「でしょ? やっぱ普通が一番っス」
 クリスとクリシュナに、リデアが了解する。
「他に何か気になるトコがあったら、また知らせるっス」
「お二方、基本方針についてお話したいのだが」
 クリシュナと入れ違いに二人を訪れたのは、ジョージとクレア、麗だった。
「方法ではなく、目標を指示せよ‥‥そうすれば、驚くべき方法を考え出すだろう」
 そう考えるジョージは『おあしす運動』を提案した。

『おあしす運動』とは、酒場で出会った天界人地球人に教えて貰った物で、地球の日本と言う国の言葉の、
お→「おはようございます」
あ→「ありがとう」
し→「失礼します」
す→「すみません」
をきちんと言える子になろう運動、の略である。

「そうですね。挨拶は大切だと私も思います」
「私は詩に関する教育をしたいと思っているんだ。詩は千変万化、自由な発想や表現力を養えるからね」
 勿論、それにはもう少し時間がかかるだろうとクレアは思う。
 それでも、信じる。思い描く。子供達が生き生きと自由な想像の翼を広げて詩を描き出す、その光景を。
「ね、リデアさん。皆がそれぞれ、どんな理由でここに来る事になったのか、聞いてもいいかな?」
 と、トコトコやってきたテュール・ヘインツ(ea1683)がリデアに問うた。
「皆それぞれに触れられたくない事もあるかもしれないし、知らずに傷つけちゃうのは嫌だからね」
「そう‥‥先生方には知っておいてもらった方がいいですね」
 リデアは首肯すると、脇に抱えた資料を繰った。
「ジェイクとサナとショーンは、家族を流行り病で亡くしました‥‥冬の初めの事です」
「ホンの数ヶ月前、か」
「チコは孤児で、道で行き倒れていた所を拾われたと。アイカとララティカとルリルーのご両親はそれぞれ事故で亡くなられたと」
「ええと、後はノアとパールかな?」
「ノアの家族は盗賊に殺されたそうです。それから、パールは‥‥」
 初めて、リデアが口ごもった。同時に、クリスの表情も曇る。
「捨てられていたそうです。私がここに来る少し前に、ここの前に‥‥」
「捨て子ですか? あんなに可愛い子を、なんてひどい」
 麗は思わず、言葉を失った。
 ミカやカシムと屈託無く戯れていた赤子。その無邪気な笑顔は、自分の状況が把握できていないからだろうが。ただ、そのあどけない笑顔が切なく、胸が痛んだ。
 自分なら、どうだろう? 愛する人との間に出来た子供‥‥自分ならきっと、何があってもその手を手放さないだろうに。
 そこまで考えて、麗は緩く頭を振った。
「どこの世界にも、不幸な子供達がいるのですね」
 世界を渡っても、悲しみはなくならない。
「私、子供達の様子を見てきます」
 ならば、自分の役目は少しでもその悲しみを減らす為に尽力する事。
「リデアさんも不安だと思いますが、努力する事で何らかの結果はでるものと神様も云っています。挫けずに頑張って下さい」
 麗はリデアを励ますと、テュールと連れだちカレン達の下へと向かった。
「私達も行きましょう。最初の授業が始まる頃です」
「あ、クリスティア嬢」
 リデアの後を追おうとしたクリスを、ジョージは小声で呼び止めた。小首を傾げて見上げてくるクリス。その澄んだ瞳にちょっとどぎまぎしながら、ジョージは言い辛そうに「頼み事」をした。
「私の無知を晒すようで恥ずかしいのだが、天界人の事について教えて貰えないだろうか?」
 子供達の前で「天界人なんて変わりないぞ」的に振舞っていた手前、今更聞き辛かったのだ。
「私が知っている事で宜しければ、喜んで」
 恥ずかしさを堪えるジョージに、けれど、クリスは嬉しそうに笑んだ。
「天界人と言っても、ジョージさん達とほとんど変わないんですよ。信仰と世界の構造が少し、違うだけで」
 表情と同じ、耳に優しい声。もう少し聞いていたくて更に問おうとしたジョージは、その背後からにゅっと伸びた手に邪魔された。
「うわっ、古典的な手口だけど‥‥いやいや、手が早いなぁ」
「べっ、別に、妙な下心はないぞ」
 真っ赤になるジョージからリオンはあっさりと手を離し。
「ふ〜ん、そうなの? 俺は子供とも仲良くなりたいけど、キミとも親密になりたいネ〜」
 今度はちゃっかりクリスの手を握るリオンに、思わず口を大きく開けてしまうジョージ。
「私もリオンさんやジョージさんの事、色々と知りたいです。ふつつかものですが、よろしくお願い致します」
 だが、クリスは全く気づかないようで、リオンの手をしっかり握り返してから、二人に深々と頭を下げた。
「ちょっと耳に入れておきたい話があるのだけど」
 一方。リデアと肩を並べながら、クレアはそっと耳打ちした。
「知人からの情報なのだが‥‥」
 それは懸念。杞憂に終わるかもしれないが、心に留めておいた方が良いだろうと、判断したから。
「まっ、もし何か有れば私が何とかするから、そう心配しなくても良いのだけど、ね」
 戸惑うリデアの華奢な背中をポンと一度軽く叩いて、
「私を、信じて頂戴」
 クレアは頼もしげに笑って見せた。

●楽しい授業
「あのね、僕、ずっと考えてたんだけど‥‥」
 授業‥‥というよりレクリエーションと位置づけた催しの前、テュールはコホンと一つ咳払いをして子供たちに語りかけた。
「救世主が現われないのはそれはまだまだできることがあるってことだと思う。救世主だって、何もしないでただ助けを待ってる人よりも何とかしようと自分で頑張ってる人のほうを助けたいと思うよね」
 子供達が期待する、思い描く救世主なんていない。それをテュールは知っている。
 もし、何もかも願いを叶えてくれるモノがあったら、それはやはり違うと思うし。
「僕は、困難な試練に打ち勝って幸せを手に入れた女の人や、ここにいるみんなよりももっとひどい状況にあったけど、自分の道を見つけた子を知ってる。二人とも救世主なんて待たずに、自分で進んだからたどり着けたんだと思う」
 不幸の度合いを比べたいわけじゃない。でも、不幸に浸っていても、その場にただ留まっていても、人は幸せにはなれないと‥‥望む場所にはたどり着けないと、知っているから。
 テュールは自分の精一杯の言葉で語り続けた。
「何をしたらいいか分からないんだったら、今できることを少しずつでもやっていこうよ。‥‥みんなにはここがあるんだから」
 繰り返し繰り返し、今すぐでなくても良い、いつか届く事を信じて。

「さぁ皆、目を閉じてみて」
 クレアがズラリと並べたのは、リデアに用意してもらった楽器たち。しなやかな指先が踊るに合わせて、楽器たちがポロンポンと歌いだす。
「キレイな、音」
「アイカはこの音、好き? じゃあ、こっちは?」
「あ、わたしは今の音が好きです」
「サナもアイカも耳が良いのね」
 暫く音を遊ばせてから、
「ふふ、この音はな〜んだ?」
 子供達を音当て遊びに誘うレオナ。ジェイク達男の子は興味なさげな素振りだが、アイカ達は音に触れ、遊ぶ事が気に入ったようだった。
「こんな寒い中じっとしてたら気が滅入っちまうぜ? 今度は、外行って遊ぶぞ!」
 一段落つくのを待って、今度はミカが外に連れ出す。だが、他の子供達が外へと向かう中、一人ノアだけは部屋の片隅に留まったままで。
「僕の事は放っておいて下さい」
 そんなノアに近づいたのは、ニルナ。明確な拒絶に一度足を止め、それでも、ニルナはもう一歩、踏み出した。
「ノア君、一緒に本を読みませんか?」
 無理強いはよくない、けれど。でも、もしも興味を持ってくれたら嬉しいから。
「私の居たところにあった本を2冊程持ってきたのです」
 果たして、ノアは顔を上げた。ニルナの持つ本と、ニルナとを行き来する瞳。
「私まだセトタ語が読めないんです。だから、教えてくれませんか? 代わりに、こちらの本は私が読みますから」
 暫しの逡巡の後、本の誘惑に抗えなかったノアは溜め息まじりに、応じた。
「これは救世主伝説、子供向けのくだらない本ですよ?」
 バカにした口調を装う頬は朱に染まり。ノアはそして、手垢がついて擦り切れそうな本を開くと、身体をずらした‥‥ニルナの場所を、作ったのだった。

「草木の生命力とは、たくましいものじゃ」
 僅かな雪化粧が施された庭。その片隅、植えられたばかりと思しき緑に目を細めたマルト・ミシェ(ea7511)の耳に、小さな小さな声が届いた。
「‥‥サナとアイカと、植えた」
 聞き漏らしそうになる、声。マルトはララティカのそれに根気良く耳を傾け、目元を和ませた。
「春にはきっと、キレイな花を咲かすじゃろう‥‥楽しみじゃな」
 ララティカはぬいぐるみをギュッと抱きしめ、はにかんだ微笑を浮かべた。
 と、突然大きな泣き声が上がった。
 カレンはその場所に、わぁっと泣き出したショーンに慌てて駆け寄った。
「どうしたの? 大丈夫ですよ」
 右腕だけで器用に抱き上げられ、ショーンの泣き声は少し収まった。代わりに、カレンの服を強い力で掴む。
「すみません。ショーンは側に誰かいないと、不安になってしまうようで」
 庭に積まれた雪が、一時的に皆の姿を隠したのだろうと、クリスが申し訳なさそうに手を伸ばす。
「母ちゃ‥‥会いたい‥‥よぉ‥‥」
 けれど、途切れ途切れな嗚咽と共に、カレンの服を掴む力が弱まる様子はなく。
 ミカはガシガシと頭をかくと、ショーンの頭を小さな手でポンポンと叩いた。
「我侭言ったり泣いたりしてると、お前らの親が困っちまうぜ?」
 言葉とは裏腹に、その口調はとても優しい。
「お前らの親はな、ここにはいなくてもちゃんとお前らのコトは見ているさ。だから、お前らの親は『いなくなった』ワケじゃない、心配はいらねぇよ」
「ミカの言う通りよ。姿は見えなくても‥‥心の中に居てくれる、貴方達を見守って居てくれるのよ‥‥私はそう信じている」
 そして、優しく言葉を重ねるクレア。
「そんなの、キレイ事だろ」
 碧の瞳が、吐き捨てた少年を捉える。
「何言ったって、父ちゃん母ちゃんはいない」
 膝をついて合わせた目線。ジェイクの瞳に宿る暗い影。大切な人達を喪う悲しみと絶望‥‥それはかつてクレアが感じたのと、同じ。
「確かに、そうね。でも、それで思い出の、愛情の全てが消えてしまうわけじゃない」
「それに、代わりとまではいかねぇが俺達もいるんだ、な?」
 ショーンのすすり泣きは止まない。それでも、服を掴む手から力が抜けたのに、カレンは気づいた。
「‥‥」
 ジェイクはキツく唇をかみ締めると、苛々と踵を返し。その後を、オロオロと付いて行くチコ。
「一般的に、女子供の方が環境適応能力は高いと言われておるが」
 カシムと麗はそんな様子を一歩引いて観察していた。レオナ達が上手いとはいえ、サナやアイカは結構気を許しているようだ。
 ララティカも口数こそ少ないものの、意外と打ち解けた感がある。
「しっかりしすぎているサナさんも、心配といえば心配ですが」
「うむ。じゃが‥‥」
 今の気がかりはやはり、男の子達だった。
「興味がない、わけではなさそうじゃが」
 本人は隠しているようだが、ジェイクがレオナの授業を気にしていたのを、カシムと麗は見抜いていた。ただ、それを隠そうと、そんな自分を認めたくないと、頑なに拒んでいるようで。
「皆に混じる事、楽しむ事、‥‥笑う事を、戒めておる。それが罪であるかのように」
 それが何故かは、分からないが。
「本当は素直な良い子なのでしょう。きっとご家族に愛されてきたのでしょうね」
 麗の声は、しんみりとカシムに届き。
「必要なのは、きっかけじゃな」
 皆に背を向ける小さな背中を見やり、カシムは呟いた。

●皆でパーティーを
「仲良くなる為には親睦会! 食事会っスよ!」
 という事で開かれる事になったパーティー。
「でも、わたくし料理はダメなんスよ‥‥ぐは」
「こっちも。何時も従者の子に任せっ放しだからねぇ」
 料理作りに早々に白旗を揚げたのは、言いだしっぺのクリシュナとクレアだったりして。
 代わりに活躍したのはカレンやクリス、リオンやジョージ、そして、リデアとサナも立派な戦力だったり。
 だけど、仕方ない。だって、人には向き不向きがあるからね!
「‥‥会場設置、手伝おう」
 パーティーは屋敷の外に机を出して行われた。少々肌寒かったものの、人数と広さの兼ね合い等で、仕方なかったのだ。
「では、この学び舎の今後の発展やらその他モロモロを願うっスよ」
 大きなテーブルの上に並べられた、心づくしの料理たち。乾杯、と言いかけたクリシュナだが、グラスを掲げたまま眉根を寄せた。
「ん〜、しかし、名前が無いと不便っス。わたくしは『若葉の家』って付けたいと思うんスけど」
「虹夢園っていうのはどうかな?」
「虹花園というのも中々に良いと思わぬか?」
 皆から視線を向けられ、リデアは「えっと」と暫く考えてから。
「では、虹夢園という事で‥‥ここから沢山の夢が広がっていって欲しい、と願いを込めて」
「OKっス。じゃあ、改めまして‥‥乾杯!」
 ジュースの入ったグラスが、空の光を映してキラキラと輝いた。

「‥‥ニャンコ」
 パーティーと合わせて、レオナが持ってきた猫。
「うん。ララティカは猫、好き?」
 コクン、と頷いたララティカ。そういえば、いつも抱っこしているぬいぐるみも猫だ。
「この子、あなた達に飼って貰いたいの。あなた達を信じるからこそのお願いなんだけど、可愛がって貰えるかしら?」
 動物との触れ合いは得るものが大きいと、リデアに許可を得てある。女の子達がコクコクと頷くのを確認し、レオナは笑みを深めた。
「なら、この子はあなた達に任せるわ。とりあえず名前、考えてあげてくれる?」
 意外にも、真っ先に反応したのはララティカだった。
「‥‥ミュー」
「ミューミュー鳴くから?」
 アイカに問われ、もう一度コクリ。
「そうね。じゃあ、ミューにしましょうか?」
 いいかしら?、と問う声に反対はなく。
「猫、ねぇ」
 いじめちゃダメ、とフルフル首を振るララティカにルリルーは「いじめないわよ」と涼しい顔。
「引っかかれて、このビボーに傷でもついたら大変だもの」
「そういえば、園芸にも興味は無いようじゃし、おぬしは何が好きなのじゃ? 何ぞ、夢や目標でもあるのか?」
「趣味はオシャレ、かしら?」
 化粧や服や服飾品、果てはお肌のお手入れまで興味津々聞いてきたのを思い出すレオナに、可愛らしい顔でニッコリするルリルー。
「将来の夢は勿論、玉の輿!‥‥あ、ううん、玉の輿に乗る事、だったのよね」
 だが、年に似合わぬこまっしゃくれた事を言ってから、ルリルーは直ぐに視線を落とした。
 レオナとマルトはじっと、見つめた。静かに、受け止めるように、言葉を待つ。
「‥‥あたしの父さんと母さんは、どうしようも無い人だったの」
 それが分かったのだろう、ルリルーはぼやき混じりに呟いた。
「お人好しで、直ぐ人にだまされて。これはもう、あたしがこの可愛らしさでお金持ちでも捕まえないとね、って思ってたわけよ」
「成る程、親孝行じゃな」
「まぁね。でも、挙句に溺れてる子を助けて自分が溺れ死んじゃうなんて‥‥やっぱり救いようがないと思わない?」
 マルトは応える代わりに、眼差しを優しく細めた。そして、レオナは。
「いいご両親だったのね」
「‥‥うん」
 小さな頷きは、何かを堪えるように。
「だから、正直せんせー達、ちょっと辛い‥‥かも」
 そして、聞き逃しそうな独白に、レオナは気づかれぬよう唇を噛んだ。ルリルーはレオナ達が自分達の為に一生懸命な事を分かっている。だが、考えていなかった‥‥その一生懸命さが、負担になる事もあるのだとは。
 けれど、それでも。
「私はあなた達の先生であり味方であり家族でありたい‥‥ごめんなさい、でも、それが私の本心だから」
 この子の、この子達の手を離す事なんて、突き放す事なんて出来ないから。
 僅かにかげったレオナの表情、顔を上げたルリルーは小さく笑っていた。
「うん。あたし、せんせー達の事、嫌いじゃないわ‥‥あたし達の相手なんか一生懸命してバカだなぁ、とは思うけど、ね」
 ペロッと舌を出した顔は屈託無く。ただ、その瞳だけが名残のように、微かに揺れていた。
「あっ、あっちで何かやってるわよ」
 それを誤魔化そうとするように、ルリルーはララティカの手を引っ張って、リオンの方へと足を向けた。
「はいはい、注目〜」
 リオンが披露していたのは、手品だ。
「タネも仕掛けもありありの、摩訶不思議な手品だぞぉ」
 取り出したるハンカチと金貨。金貨にハンカチを掛けるとあ〜ら不思議、金貨が消えますはいこの通り。
 ルリルーやアイカが目を真ん丸にして、食い入るように見てから、パチパチと拍手を贈る。
「私のは、神聖魔法‥‥精霊魔法、オーラ魔法とは違う種類の、魔法ですよ」
 同じく、麗が魔法で小石を消して見せる。こういう機会に少しずつ、神聖魔法に慣れていって欲しいと思いながら。
 子供達の浮かべた笑顔に、思わず涙ぐみそうになりながら。
「こっちもタネも仕掛けもないよ‥‥フェンには手伝ってもらうけどね」
 更に、テュールが愛犬と共に得意の軽業を披露、子供達の目を輝かせた。
「良かった‥‥最初は心配してたのですけど」
 子供達と冒険者とを優しく見守っていたカレンは、ホッとしたようなリデアの声に、そっと頷いた。
 天界人とアトランティス人と、大人と子供と、人とエルフとシフールと‥‥それぞれ種族も年齢も違う者達が和気あいあいとしているのは、とても嬉しい光景だった。
 今はまだ全員ではないが、いつかは。
「これなら子供達も、きっと‥‥」
「ですが‥‥」
 安堵に自信を混ぜるリデアを、だが、カレンはやんわりとたしなめた。
「夢は与えられるものでなく、自分で見つけるもの‥‥」
 押し付けてはダメだと、それだけは忘れないでいて欲しかった。責任者たるリデアだから、こそ。
 そして、思う。自分は此処で、手伝っていきたいと。リデアの為、クリスティアの為、何より子供たちの為に。
「この学び舎が子供達の希望を照らす明かりになるように、お手伝いさせて下さい」
「ええ。こちらこそ、よろしくお願い致しますわ」
 真摯な眼差しと共に差し出された手を、カレンはしっかりと握ったのだった。

●そして、ここから
「ノア君は何が好きなんですか?」
「別に‥‥」
「じゃあ適当に見繕いますね」
 ポツリとしていたノアに、料理の皿を手渡したニルナ。その時、偶然に触れた、手。
 瞬間、ノアは目に見えてビクリとし、弾かれたように手を引いた。落ちかけた皿を慌てて掴みなおすニルナ。だが、それよりも、眼前の少年の様子が気になって。
「ノア君‥‥?」
 しかし、ニルナが言葉を紡ごうとした正にその時、鋭い怒声が空気を震わせた。

「ちゃんと話、聞いて」
「うるさいっ!?」
「ジェイク君、サナちゃん、少し良いですか?」
 カレンが険悪な二人に話しかけたのは、リデアからの承諾を貰って直ぐだった。
「これから私もここでご一緒させていただく事になりました」
 心を尽くしてひた向きに、二人に告げる。
「私はあなた達の敵ではない。それだけは分かって下さい。そして、どんな些細な事でも相談して下さい」
「はい。こちらこそよろしくお願いします」
 受け止め、サナは微笑み‥‥そして、ジェイクの中で何かが弾けた。
「何で、何で笑えるんだよっ!?」
 楽しい空気を切り裂くような怒声は、どこか悲鳴じみていた。その非難の眼差しを向ける先は、サナ。
「父ちゃんや母ちゃんやおじさんやおばさんや、皆が‥‥皆がいなくなって、何でそんな簡単に笑えるんだよ!」
 嬉しいと思ったり楽しんだり、それは罪だった。みんなはもう、そんな事は出来なくなってしまったのに。
「‥‥っ!?」
 いや、違う、違うのだ、そうではなくて。
 本当に悪いのは、罪深いのは‥‥。
 目を、クレアにミカに向ける。亡くなった家族は居ると、いつも見ていると言っていた‥‥そう、ジェイク自身知っていた。
 死んだ両親や兄や妹、皆が自分を見ている、一人生き残った自分を責めている。
 何故なら自分は喜んだから。助かった事を、生きている事を、喜んでしまったから。
「何で‥‥」
 なのに何故、誰も自分を責めないのか。今も、カレンも麗もマルトも皆‥‥どうしてそんな優しい目をしているのだろう?
「オレは救世主じゃないけど、キミの友達になってもいいかな?」
 そして、リオンが何時になく静かな‥‥真摯な眼差しで、問うた。
「奇跡は起こせないしコインも出せないけど、それでもキミを笑顔にしたい」
 胸が痛んだ。抑えていたものがあふれ出しそうで‥‥笑顔になんて、そんな資格はもう、自分にはないのに。
「ダメ、だよ‥‥俺、俺は‥‥ダメ、なんだ」
 ようやくそれだけを搾り出したジェイク。
 その時、だった。投石‥‥塀の外から、小石が投げ込まれたのは。
 すかさず、カレンやクレア達が子供達を庇い。
「天罰的ジ・アースからの落石スマッシュじゃ!」
 マルトの魔法は残念ながら直撃はしなかったようだが、「うっ」といううめき声と手ごたえは伝えてきた。
「誰の仕業だ!」
 ジョージが走り出た時には既に、犯人の姿はなかったのだけれども。
 そして、緊張の糸が切れたように、ジェイクは崩れ落ちた。意識を手放す瞬間、自分に駆け寄るテュールやミカ、自分を抱きとめるリオンの腕を、その温かさを感じながら。
「暫くよく眠れなかったみたいで」
 突然の騒ぎに青ざめながら、気丈にサナ。
「ここに集った誰も、この子を責めたり疎んだりは、せぬよ」
 頬を伝った一筋の涙を指先で拭い、マルトは皆を見回した。
「子供の心に近づくのに、近道はない‥‥焦ってはならぬぞ」
 やんわりと釘を刺す‥‥否、それは励ましだ。
「先生とは、子供達の夢を叶える道を示す職業じゃ。焦らず、心を尽くして接すれば、きっといつか‥‥笑ってもらえるようになるじゃろうて」
 いつか、今を思い出して。笑ってもらえる日が来る事を信じて。
「はい。どうか、どうか、彼らが幸せになれますように」
 頷き、麗はそれだけを神に祈った。
 見上げた空は、輝いていた。そこにあるはずの太陽はなく。
 それでも、諦めない限り、希望を持ち続ける限り、やるべき事は変わらないと、それだけは変わらない、確かな事だった。