希望の虹2〜みんなでお茶を

■シリーズシナリオ


担当:マレーア4

対応レベル:8〜14lv

難易度:普通

成功報酬:3 G 32 C

参加人数:12人

サポート参加人数:-人

冒険期間:02月13日〜02月18日

リプレイ公開日:2006年02月20日

●オープニング

 少年は自分の家族が好きだった。けれど、大好きな家族は皆、少年一人を残して死んでしまった。家族がいなくなってしまった喪失感と絶望と、それでも、自分が死なずに済んだ安堵は、少年の心に重く重く圧し掛かった。

 別の少年も自分の家族が好きだった。そりゃあ母ちゃんは美人じゃないし口やかましいし怒るとすごい恐いが、それでも、笑ってくれると嬉しいし、いつも笑っていて欲しかった。
 けれど、最近近所に妙な連中が集まりだしてから、家族から笑顔が消えた。いつも暗い、不安そうな表情をするようになった。それは少年には辛い、とても辛い事だった。

 少年達はそれぞれ、子供だった。自分の思いを人に上手く伝える術を知らず、そもそも、人に伝えて良いのかどうかさえ知らぬ、子供だったのだ。

「ご近所の皆さんを招いてお茶会をしたいと思うのですが‥‥」
 リデアが先生達に話を切り出したのは、虹夢園が開校して数日経った頃だった。
 数日しか経っていないにも関わらず、小石が庭の隅に投げ込まれたり、靴が隠されたり、猫のミューに眉毛が描かれていたりと、取るに足らないけれど見過ごせない事件が、起きていた。
 それに、近所の人たちがよそよそしい‥‥目が合って挨拶すると視線を外されたり、話しかけようとするとそそくさと立ち去ったり、な事にも気づき、疑問に思っていたリデア。
「どうやら近所の方々は、皆さんに対して不安を抱いているようなのです」
 特に、神を信ずる者たちに対して。
「ご存知の通り、この地には神という概念がありません‥‥だから、だと思うのですが」
 身寄りの無い子供たちの施設、と説明した時は皆、快く承諾してくれた。手が必要な時は声を掛けておくれ、と申し出てくれたおばちゃんもいたのだ。
 しかし、いざふたを開けてみたら子供たちだけでなく、怪しい術(神聖魔法)を使う者たちやお偉い騎士様たちが出入りしていたわけで‥‥その辺りで戸惑っているのだろう、というのがリデアの見解だった。
「私達は‥‥多分、子供達も、皆さんが私達と変わらないという事は分かっています。けれど、天界人と接した事のない人々はやはり畏怖を抱いてしまうのではないでしょうか?」
「つまり、お茶会を開いてご近所の方々を招待し、私たちへの不安や警戒を失くす‥‥少なくとも減らそうという事ですね?」
 自身がクレリックのクリスの確認に頷く、リデア。
「子供たちの事も気になりますが、ご近所の方々との軋轢は、子供たちにも良い影響を与えないでしょうし‥‥」
 段々声が小さくなっていく、リデア。子供たちは一部を除き、少しずつ慣れてきてくれているようで。だが、信頼関係を築くにはまだまだ時間がかかるだろう事が、分かっているから。
「ですが、お茶会を通して、一緒に準備したり楽しんだり‥‥そうしたら、子供たちとも今よりも仲良くなれないかなぁ、って」
 そんなリデアに、クリスや世話役の先生は微笑みながら、頷いた。
「はい、きっと。お茶会を楽しく、成功させられれば子供たちもきっと喜んでくれますわ」

●今回の参加者

 ea0502 レオナ・ホワイト(22歳・♀・バード・エルフ・イギリス王国)
 ea0907 ニルナ・ヒュッケバイン(34歳・♀・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 ea0941 クレア・クリストファ(40歳・♀・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ea1458 リオン・ラーディナス(31歳・♂・ファイター・人間・ノルマン王国)
 ea1683 テュール・ヘインツ(21歳・♂・ジプシー・パラ・ノルマン王国)
 ea1850 クリシュナ・パラハ(20歳・♀・ウィザード・エルフ・ノルマン王国)
 ea4358 カレン・ロスト(28歳・♀・クレリック・エルフ・イギリス王国)
 ea5068 カシム・キリング(50歳・♂・クレリック・シフール・ノルマン王国)
 ea7095 ミカ・フレア(23歳・♀・ウィザード・シフール・イスパニア王国)
 ea7509 淋 麗(62歳・♀・クレリック・エルフ・華仙教大国)
 ea7511 マルト・ミシェ(62歳・♀・ウィザード・エルフ・ノルマン王国)
 eb4191 山本 綾香(28歳・♀・天界人・人間・天界(地球))

●リプレイ本文

●セッティング
「ここが虹夢園‥‥ですか」
 幾分緊張を含んだ声音で、山本綾香(eb4191)は眼前の建物を見上げた。平民街の一角、外観からだとお屋敷にしか見えない。看板や立て札が掛かっているわけではないし、病院や教会や施設とも違うし。
「あの‥‥」
 いざ一歩、門をくぐった綾香はそこで、ぬいぐるみを抱えた少女と出会った。だが、少女は綾香が話し掛ける前に建物の中へと逃げてしまった。
「あら、どうかなさったの?」
 途方に暮れる綾香の背に声を掛けたのは、(綾香の感覚で)チャイナドレスを着た淋麗(ea7509)だった。更に凛々しい鎧姿のクレア・クリストファ(ea0941)達の姿もある。
「私、お茶会の準備を手伝いに来ました」
「お仲間ですわね。なら、入りましょう」
 麗にニッコリと笑まれ、ようやくホッとする綾香。
「麗さんと‥‥新しい先生ですね? よく来て下さいました」
 更に、先ほどの少女が呼んできたらしい、カレン・ロスト(ea4358)が嬉しそうに迎えてくれた。その背に隠れるように、先ほどの少女も小さく微笑んでくれていて。
(「良かった‥‥恐がられたわけじゃなかったのですね」)
 綾香は天界人‥‥地球と呼ばれる世界からやってきた。今までと全く違う世界、抱いていた戸惑いと不安がふっと軽くなった気がして。
「はい、よろしくお願いします」
 綾香は声を弾ませた。
 しかし、カレン達に続いて階段を上がり、足を踏み入れた教室はどこか重く沈んでいた。取るに足らない、けれど、決して気のせいではない嫌がらせと、近所の人々の余所余所しさと。
 カレンやクリスは努めて明るく振舞っているものの、敏感に感じ取っているのだろう子供たちの表情はやはり、浮かないようで。
「あっはっは、皆元気にしてたわね」
 これではいけない、クレアは殊更朗らかに挨拶した。
「こんにちは、サナ。今日もお手伝いしてくれてるの?」
 一人一人の名を呼び、視線を合わせ言葉を交わしていく。
「ジェイクは相変わらず難しい顔? 眉間のシワ、取れなくなっちゃうわよ」
 男の子達は相変わらず素っ気無いが、それでも、クレアの微笑みが曇る事はなく。
「じゃ、早速お茶会の打ち合わせをするっス」
 頃合を見計らってクリシュナ・パラハ(ea1850)がリデアに了承を得る。
「会場は広さを考えて、この教室が良いと思うっス。敢えて机をこう、くっつけて‥‥教室の様子を見てもらうっス」
 真新しい机と椅子と黒板と、順調に揃えられている機材に目を細め。
「ふむ。料理は蒸しパンと惣菜パンを中心に、反発を避ける為にも高級なものは避けた方がよかろう」
「此処でやるなら匂いでつるというか、門や玄関は開放した方が良いと思うな」
「そうね。料理もそうだけど、あまり堅苦しくならないようにしないと」
 マルト・ミシェ(ea7511)やリオン・ラーディナス(ea1458)、レオナ・ホワイト(ea0502)達も意見を出し合い、お茶会を詰めていく。
「ミカせんせ、お茶会って何するの? 何でするの?」
「あのな、アイカ。近くに住んでるヤツらのコト、ちゃんと知っておいた方がいいモンだぜ。色々とな」
 ミカ・フレア(ea7095)は簡単に説明した。
「今回のパーティの意義は、とかく内向きになりやすい視線を外に向ける事にある」
 その後を引き継いだのは、カシム・キリング(ea5068)。カシムは考えていた。冒険者は基本的に余所者であり、ここで暮せない‥‥それ故、依頼先である園内だけに注意が向いてしまう。
「しかし、周囲にも暮している人がおる。園内と園外の者で当地の社会は形成されている‥‥となれば、園内を大切にするなら園外にも配慮せなならん」
 園外の者達が余所者を不審に思うのは当然だと、冷静に判断していた。そして、
「それは有り難い事じゃ」
 と。
「何故なら、不審に思うているという事はつまり、気に掛けている訳じゃから」
 皆を見回し、重々しく告げる。
「無視されてないならば、こちらの振る舞いで状況はいくらでも変えられよう」
 励ましと、苦言と。
「今は、わし等が試されているわけじゃ。父よ、斯様な試練に感謝いたす」
「まぁ、小難しい理屈はさておき、だ」
 神に祈るカシムに苦笑し、ミカは早速子供達を誘った。
「人を呼ぶには、相応の持て成しってヤツをしなきゃいけねぇ。そういうワケで、これから早速その準備をしようぜ」
「人を迎えるなら、ちゃんとお掃除してキレイにしないとですね」
 ニコニコと応えたのは、綾香。
「よぉし、いつもよりもっと綺麗にできるように頑張るぞ〜!」
 気合を入れるテュール・ヘインツ(ea1683)に、パールが「あぅ〜!」と声を上げた。
「ノア君、一緒にお手伝いしませんか? 知ってます? 体を動かすのはとても良い事なんですよ」
 そんな中ニルナ・ヒュッケバイン(ea0907)は、抜け出そうとしたノアを引き止めた。
「そういうの、苦手ですから」
「お掃除すると気持ち良いじゃないですか、ノア君もやりましょう?」
 ニコニコニコ、無敵な笑顔にノアも抗えなかったようで。溜め息をつくと、ハタキを手にし。
「ルリルー!、キミはどうしてそう雑なんですか。掃除の基本は上から順番に、ですよ!」
 しかし、いざ始めてみると妙に手際が良い‥‥うるさかったり。
(「意外と掃除好き‥‥というより几帳面なのでしょうね」)
 その横で箒をかけながら、ニルナは口元をほころばせた。
「眉毛、綺麗に消してあげないとね?」
 同じ頃、レオナはララティカを誘い、イタズラで描かれた猫の眉毛を消していた。
 キュッ、服の裾を握り締めたララティカに、様子を見に来たクレアも「大丈夫」と安心させるように笑んだ。
「悪戯の事、聞いたわ。でも、それは誰かを‥‥ララティカ達を傷つけようってものじゃないの。きっと、ちょっと戸惑ってるだけなのよ」
 子供の悪戯、と笑みを崩さないクレアにレオナも同意すると、ララティカはようやくホッと息をついた。人が傷つく事、傷つけられる事‥‥それがどれほど悲しい事か、子供ながら知っているのだろう。
「だから、ね。お茶会は無事に終わらせるわ」
 クレアは言った‥‥その子の為にも、と。

●招待状
「材料はこちらを使って下さいね。コレで色を付けたり装飾したりして‥‥口に入れたらダメですよ」
 案内状‥‥周囲に配る招待状の指導を買って出たのは、クリシュナやテュール。
「四隅はこう、少し切り取って‥‥面取りすると、手触りがよくなるだろう?」
 カード状にした廃材の木版を、器用に整えていくテュール。
「テュール兄ちゃん上手だね! すごいや!」
 珍しくジェイクから離れたチコは、その手際に興奮した様子だ。
「へへっ。細かいところだけど、招待状だろ? だから、こういうところで歓迎の気持ちを伝えられればいいな、って思ってね」
 得意で、後は招待の言葉を書いて‥‥と、テュールの手がハタと止まった。
「って僕こっちの言葉書けないや」
「俺も字、書けない」
 見ると、チコもシュンとうな垂れ。
「自分に出来る事をやればいいんだよ。文字は、書ける子にお願いしようよ」
「うん。俺、面取りやってみたい。ヘタだろうけど」
「それはそれで味があって良し! 一緒にやろう」
 チコは恥ずかしそうに嬉しそうに頷く。
「こういうのって本番も楽しいけど、準備も楽しいよね」
 これで沢山の人が来てくれたらサイコーなんだけどな、テュールは小さく呟いた。
「ノア君は本を読んでいるんですから、文字は良く知っていますよね。一緒に案内状を作りましょう?」
「‥‥仕方ありませんね」
 文字書きを担当したのは、ニルナ‥‥というか、ノアだ。
「ノア君は字が上手ですね」
「ニルナ先生はこっちの文字は分からないのでしょう?」
「はい。ですが、分かりますよ。キレイな字だって事」
 整然と並んだ文字は、素直に感じられた。
「‥‥褒めたって、何もでませんけどね」
 うそぶくものの、ノアは満更でもない様子で、招待状を仕上げていった。
「わたくしから見ても素晴らしい出来栄えですよ」
 誇張でなく、クリシュナが褒めた通り、招待状は素敵な出来栄えだった。確かに所々いびつだったり歪んでいたりするが、それもまた味があって。そして給仕する子供達の絵。
「何より、一生懸命さと楽しい気持ちが伝わってきますから」
 技巧より何よりも、それが一番大切だとクリシュナは笑った。
「じゃ、配りに行こうか」
 テュールは自然と、チコと手を繋いだ。
「一緒に来たい子はいるかな?」
 リオンに応え、ニルナが手を上げた。ちゃっかり、ノアの手も一緒に。
「私もご一緒させて下さい‥‥ほら、あなたも来るの」
 そして、幼馴染みを半ば引きずるように、サナ。
「あぁ、一緒に行こう。ほら、ジェイク」
 躊躇いなく、何度拒まれても伸ばされる手。躊躇するジェイクの手を、サナが自分とリオンとに繋がせる。ジェイクは一度口を開きかけ‥‥結局、何も言わないまま口元をむっつりと引き結んだ。
 そんなリオン達が足を運んだのは、ただ今井戸端会議真っ最中、なご近所のおば様達の所だ。それまで賑やかだったお喋りがピタリ、と止む。そそくさと場を離れようとした素振り、その前にリオンは意を決して招待状を差し出した。
「この子達と一緒に作った料理をテーブルに並べる予定です。その時、事のついでにオレ達も皆様に一つご挨拶を‥‥って思ってます」
 子供達と一緒にペコリと頭を下げる。おばちゃん達の視線が注がれているのを、感じた。差し出した手が、招待状を持つ手が震えそうになるのを、堪え。
 やがて、一人の‥‥貫禄のあるおばちゃんが動いた。そのふっくらした手で、招待状を取ったのだ。
「‥‥カワイイ招待状だねぇ」
 文字は読めなくとも、一生懸命書いた筆跡の可愛らしさは充分に解る。
「はい、それもこの子達と一緒に作ったんです」
 顔を上げたリオンに、おばちゃんは目元を優しく細めてくれて。
「別にとって食われるわけじゃなし、ただで美味しいものを食べさせてくれるなんて良い話じゃないか」
 仲間達をグルリと見回し声を張るおばちゃんに、他のご婦人達が噴き出した。
「そりゃそうか。一食分浮くとなりゃあ、大助かりさね」
「なら、バカ亭主も引きずっていかなきゃ」
「あっでも、そんな高級料理は出ない、かも」
 と、そこでテュールは思わず口を挟んでしまった。期待させておいてガッカリさせるのは心苦しかったから。
「でも、味はバッチシ保証済みだから!」
 懸命に力説するテュールに、とうとうおばちゃん軍団が爆笑した。
「そんな高い料理、あたしらにゃ必要ないさ」
「そうそう、却って何食べてんだか分からないもの」
「質より量ってのが我が家のしきたりでね」
 ひとしきり笑ってから、おばちゃん達は此処に来た時からは考えられない朗らかさで、テュールやリオン、子供達に告げた。
「ぜひ、行かせてもらうよ」
「心から、お待ちしています」
「待ってる、から」
 先生達と子供達は口々に応え、その場を後にした‥‥胸をほっこり温めおばちゃん達に手を振りながら。
「そうだ、忘れてました」
 足取り軽く帰り着いた家路。一番最後に門をくぐったニルナは、ふと思い出したように小走りで、直ぐ前を歩いていたノアの前に回り込んだ。
「‥‥何ですか?」
「色々手伝ってくれてありがとう、ノア君」
 頭を撫でようと伸ばした手に、瞬間ビクリと身をすくませたノア。
「私が‥‥人が恐い、ですか?」
「‥‥いえ。ただ‥‥手が‥‥」
 ニルナはじっと待った。けれど、ノアがそれ以上何かを語る事はなかった。呼ぶテュールの声がするまで、二人はただ黙って立ち尽くしていた。

「クリシュナさん? どうかしたのですか?」
 教室からそれを見下ろしていたクリシュナは、リデアの声にふと、表情を改めた。
 カレン達が作っている料理の良い匂いと、試食という名のつまみ食いを試みたらしいテュール達の声とが不思議と遠く‥‥幸せな日常の欠片に何故か泣きたくなってしまったから、だったかもしれない。
「‥‥わたくしがこの依頼を受けたのは、前の世界でも子供達の面倒を見る依頼に参加したからです」
 誰にも話すつもりの無かった『理由』が、口をついて出たのは。
「もっともそれは、貴族の捨て駒として魔物の群れの中に置き去りにされた少年兵。最後は‥‥悪魔の生贄にされました。生き残った子も、口封じで」
 いっそ静かに、クリシュナ。けれど、淡々とした中に滲むのは、抑えきれない激情。
 リデアは思わず、両手で口元を覆った。惨状と、何より、クリシュナの気持ちを察して。
「今でも夢に出てくるの。体を八つ裂きにされたあの子たちが、救いを求めてくる‥‥」
「クリシュナさん‥‥っ!?」
 思わず、袖を掴んできたリデアは、何度も何度も頭を振った。その温もり。あの子たちが持っていたはずの、永遠に失われてしまった‥‥温もり。
「あはは、ゴメン。結局、仇も討てずじまいなのが心の傷になっちゃってて」
 後悔は消えない、痛みは胸の奥くすぶって‥‥それでも。クリシュナは今、生きているから。立ち止まる事は出来ないから。助けられなかった命、せめて彼らに出来なかった事を誰かに‥‥もう誰も、泣かなくていいように。
 ノアやジェイクやリデアや、みんなの為に力を尽くしたかった。それが、彼女の心の中で積み上げられた贖いの想い。
「さーて、愚痴も終わったし、お仕事っスよ!」
 大きく伸びをしていつもの調子に戻ったクリシュナは、
「あ、皆さんには黙っててくださいね」
 悪戯っぽくウィンクして見せた。
「あのっ、クリシュナさんっ!?」
 そのまま掴まれた手を外そうとしたクリシュナを、思いがけず強い力が引き戻した。
「私、上手く言えませんけど、上手くは言えませんけど、その子たちはきっと感謝してると思います」
 リデアはもどかしく、必死に言葉を紡いだ。
「クリシュナさんが、誰かが自分を自分達を思ってくれている事‥‥覚えていてくれる事、それはきっと証だからっ」
 祈るように願うように。クリシュナは一度目を見張ってから‥‥小さく微笑んだ。おぼろげな光が優しく、二人を照らしていた。

●ようこそ虹夢園に
「よぉし良いなお前ら、これを使って部屋を飾るぞ」
 会場にミカの元気な声が響く。綾香や子供達がキレイに掃除した教室はどこもかしこもピカピカで、そこに最後の仕上げを施すのがミカ達の役目だった。
「飾るっつーより、綺麗に見えるようにする、だな」
「こう、壁に貼り付けてドレーブをつけるってのはどう?」
「でも、それだと壁を傷つけるんじゃ?」
「じゃあその辺を注意して、だな。色はどうする?」
 運びこまれた布を手に、ミカはルリルーやチコとアイデアを出していく。
「そこはちょっと高いわね。チコ、私が手を貸してあげるわ」
 クレアが抱き上げたチコは、はにかんだ笑みを見せ。それを嬉しく感じながら、クレアは年齢より軽い身体を支え続けた。
「天井はおぬしらでは届かないじゃろう。高い場所はわしに任せるが良い」
「あ、お願いします」
 出来る事を出来る範囲で‥‥カシムの申し出に、ホッとした綾香は手にしていた布を気をつけて渡す。
「‥‥?」
 途中、気になった事があった綾香が、作業が終わった所で聞いてみると。
「少し臭うかの? そういえば着たきりじゃからのぅ。たまには‥‥」
 洗濯しなければ、とみなまで言う暇もなく。
「それを早く言って下さい! パーティーまでに乾くかしら」
 カシムは服を剥ぎ取られ、洗濯された服と共に物干し竿に干されたのだった。
「‥‥待てぃっ!?」

「蒸しパンはお菓子風、惣菜パンは小さめに‥‥ちゃんと手洗いはしたかの?」
 マルトとカレン、クリスが主となった料理の準備も佳境に入っていた。頷いたサナとララティカ達にも手伝ってもらい、次々と料理を作り上げていく。
「ショーンはおねむかの? よいよい、子供は沢山食べて寝て大きくなるのじゃ」
 ショーンとパールの面倒を一手に引き受けたマルト達は、気を配りながら的確に手際よく作業を進めていった。
「重いから気をつけて。落としたら危ないからね?」
 キレイに飾り付けられたその下。リオン達が運んだ大きな机達に、アイカと共に皿やらコップを運ぶのは、レオナ。そうして、皆の力を合わせたお茶会の支度は無事に終わり、とうとう本番の時間が近づいてきた。

「折角のティーパーティーなのに、ドレスじゃないなんてつまんない」
 過度な期待を抱いていたのか、ルリルーが可愛らしく唇を尖らせた。
「ほら、普通の服でも着こなし次第ではドレスにだって負けないのよ?」
 レオナは言いながら、ルリルー達の服に器用にリボンを飾った。
「クレアさんや麗さんだって、普段どおりだけどとっても素敵でしょう?」
 白い上着に青いロングスカートな出で立ちのクレアも、華国の服を来た麗も確かに素敵で、ルリルーもそれ以上ごねたりしなかった。
 何より、センス良く飾られたリボンはとても可愛いし。何やかや言って楽しそうな女の子達とは対照的な雰囲気の男の子達に気づいたリオンは、
「ほら、チコ。リラックスリラックス、だよ」
 緊張を和らげようと、冗談めかした口調でチコの肩を揉み解し、ジェイクにも。
「女の子達だけ働かせたらダメだぞ?」
 殊更軽い口調を装い、声を掛けたのだった。
「確りね、お客さんの対応ができたら淑女として一歩前進よ」
「じゃあ頑張らなくっちゃね」
 ポツリポツリと‥‥恐々と足を踏み入れてくる人々。レオナに背中を押されたルリルーは、軽やかな足取りで人々へと向かった。
「楽しいお茶会になるといいですね」
 頑張った子供達の為にも、麗は楽しそうに笑みを形作った。

●ティーパーティー
「私らは此処におるからの」
 隅に作った休憩所を指し示したのは、年少組を連れたマルトだった。
「特にアイカ、ララティカ、疲れたら迷わずおいで」
 言い含めて、マルトは二人に付け足した。
「但し、ちゃんとお客さんに挨拶してからじゃ。『いらっしゃいませ、本日はようこそおいでくださいました』これだけでもいい。挨拶は人間関係の基本中の基本じゃからの」
 笑顔で送り出されたララティカとアイカが、コクリと頷きルリルーの後を追った。
「皆様、ようこそおいで下さいました」
 そつなく挨拶したルリルー達に続き、アイカとララティカも頑張ろうとする。手を繋ぎ励まし合って、ちゃんと挨拶しようと。
 カレンもクリスも、正直飛んで行って助けてやりたかった。だが、それをマルトが留めた。二人を信じて、カレン達は待った。
「いらっしゃいませ」
「‥‥どうぞ、ごゆっくり」
 実際過ぎた時間は、僅か。二人が小さな声で告げた時、カレンは思わず涙ぐみそうになった。
「まぁ色んな奴らがいるが、根は気のいい奴らばかりさ。気軽に話してやってくれな」
 頑張った子供達に「偉いぞ」と褒めてやりながら、ミカ。それを皮切りに、ぎこちないながらもお茶会は始まったのだった。
「ようこそ。私は楽士のレオナです。どうぞ楽しんでいって下さいね」
 そんな人々に、軽やかに声を掛けていくレオナ。さり気なく、抱えた楽器をアピールしつつ。そして、目当ての少年‥‥壁際でつまらなそうな顔を装うジェイクにニッコリと頼む。
「ジェイク、すまないけど楽器を支えるの手伝って貰えるかしら? この細腕じゃ、少し重くて辛いのよ‥‥駄目?」
「俺は‥‥」
「難しいコト考えるのは、もうちょっと皺が深くなってからいいんじゃないか?」
 躊躇うジェイクの頭をポンと叩いたのは、リオン。
「折角の機会だから、楽しもう?」
 ジェイクは先生達の顔をじっと見つめ、仕方なく‥‥と手を出した。
「‥‥うあっ、結構重っ?!」
 途端、ビックリした子供らしい顔になったジェイクに一つ笑んで、レオナは本領発揮‥‥軽快な曲を奏で始めた。
「さぁて、お立会い」
 リオンもまた、アピールせねばと声を張った。皆の意識が自分に向いた事を確認し、何も置いてないテーブルに大仰にハンカチを置く。そして、アイカが持つ、蒸しパンの乗ったお皿を示しながら口上を述べる。
「此処にあるは、そんじょそこらの蒸しパンではございません。今日の為に用意したる、ハーブティーに最適な甘さを追及したものにて」
 更に、サナが持つハーブティーを示した所で、ハンカチをパッと取ると‥‥そこには、先ほどまで無かったスプーンやフォークが!
「是非一緒にご賞味下さい」
「「召し上がって下さい」」
 会心の笑みを浮かべ、流れるような動きで料理に誘うリオンとサナ達。勢い、手にした人々は子供達の期待に満ちた眼差しに、最初は恐る恐るといった風に口にし。
「あっ、美味しい」「変わった味だけど、イケるね」「これ、材料は何を使ったの?」
 口々に驚きと感嘆を表されたリオン達は小さくガッツポーズを交し合った。
「こちらの惣菜パンには、このお茶も合うかと‥‥試してみて下さい」
 機を逃がさず麗が用意してもらった貴重な華国のお茶や他の料理を勧めながら、それをきっかけに会話を紡いでいく。
「天界人と言っても、私とリオンさんでは国が違うのですよ。綾香さんに至っては、世界さえ違うのですから」
「そうなんです。私も神聖魔法やこの世界の魔法には興味があります」
 相手の様子を伺いながら巧みな話術で相手を引き込んでいく麗に、綾香も興味津々で耳を傾けた。
「皆様に馴染みのない神聖魔法も、実は地域によって色々と特徴があるんですのよ」
 途中、さり気に神聖魔法を織り交ぜる事も忘れない。
「これら、神様の力を借りているのが、神聖魔法になるわけですね」
 丁寧な説明を、綾香だけでなく集まった人々も熱心に聞いてくれた事が、麗は嬉しかった。
「私は騎士でもあり、神聖魔法を使うものです‥‥でも、それ以上に人間です」
 ニルナもまた、率先してご近所の人々に話しかけていた。
「何よりも食べたり、人と話をしたりすることが好きです。血の色だって赤なんですから」
 屈託無く、押し付けがましくない姿勢に、人々は戸惑いながら‥‥いつしか怯えを消して。
「特にここに来て驚いたのは、この国が綺麗なことでした」
「そうかい、この国はキレイかい」
 特に自分の故郷を褒められて悪い気がする者はいない。
「その、お前さんの国はどんな所なんだい?」
 会話のアヤかもしれないそれを素直に嬉しいと、ニルナは笑顔で受け答えした。
「何も変わらぬ。世界が変わっても、人と人の付き合いは変わらぬのじゃ」
 そして、それは喜びだと、和やかな風景を見守るカシムは目を細めた。

「どした、疲れたか?」
 その中、ミカは顔色の良くないサナの耳元に飛んだ。
「いえ。まだお手伝いできます」
「おまえちょっと頑張りすぎだぞ。先生の命令だ、少し休め。長丁場だ、また後で手伝ってもらわなきゃならないからな」
 急かして、ほぼ無理やり休憩スペースに連れて行く。
「大丈夫ですから」
「ならサナちゃん、ショーン君とパールちゃんのお世話をお願い出来ますか?」
 サナを引き止めたのは、カレンとマルト。
 特にカレンはずっとサナを案じていた。努めて明るく振舞っているように見える、サナ。けれど、カレンは知っている。夜中、突然飛び起きるサナを。手を握ってやると安心したように再び眠りに就くけれど。
 考えてみたらサナもジェイクやショーンと同じ、家族を亡くしたばかりの子供なのだ。まだ季節さえ越えていない、その苦しみや悲しみは小さな胸にあるに違いなかった。
 張り詰めた糸が切れないように‥‥カレンの左手がサナの手をそっと引き寄せた。

 一方、テュールは料理の追加を手伝ったりしながら、時折そっと匂いを嗅いだり味を確かめたりしていた。
「あ、テュール兄ちゃんいけないんだ」
「だってお腹がすいちゃったから」
 サラリと言うが、勿論嘘だ(半分くらいは)。だが、こうして異変を‥‥嫌な考えだが、異物の混入を確認しているのは、事実だ。そうして、頃合を見計らいテュールはそっと教室を出た。周りに人がいない事を確認し、意識を集中する。
(「もしご近所の人みんな光って見えたらどうしよう‥‥それより、他の子が光って見えたらもっとショックかも‥‥」)
 少しの不安を、意思の力で押さえ込む。思い出す、レオナの旋律を楽しげに聞く人々の顔と、チコ達の笑顔と。
「大丈夫、だから‥‥」
 発動するはリヴィールエネミー。閉じた目が、何かを捉えた‥‥その一欠片の悪意を。

●言葉と言葉 心と心
 少年は、困っていた。服の中に隠した虫の籠。刺さないが蜂に似た虫が詰まっている。ブーンと羽音を立てて飛び回れば皆ビックリするだろうし、そうしたらお茶会は台無しになるはずで。それで此処の連中が出て行ってくれる‥‥その予定だったのだ。
 だが、今、見知った人々や友達、何より両親が楽しそうにしている事が、少年を迷わせていた。
「よ〜し、捕まえたわよ」
 そして、テュールから連絡を受けたクレアの手がやんわりと、少年を拘束した。
「あの、この子が何か‥‥?」
 最初は回りも状況が分からなかったらしい。だが、青ざめた少年の懐から虫の詰まった籠が出てくると、母親らしき人は真っ青になった。
「ご両親の驚きが、悲しみが分かるかの? ご両親に恥じる事無く言える行いかどうか、考えてご覧」
 マルトは静かにそれだけを告げるが、少年は口を引き結んだままで。
「これは推測ですが‥‥」
 今にも手が出そうな両親をいさめ、少年をじっと見つめていた麗がここで口を開いた。
「彼はご両親の為に、こんな事をしたのではないでしょうか?」
「そんな‥‥あたしらは、別に‥‥」
「子供は
 慌てて弁解した母親は、麗の言葉に言葉を濁した。心当たりがあるのだろう。
「人は生まれながらに善、悪の心を持ち、生まれた環境がどちらかを強くしてしまうと考えています」
 それは麗が信ずる仏教の考えだ。
「ですから、彼を責めるのではなく、彼に正しく道導くことに注力しませんか」
 麗は仏教の教えを織り交ぜながら、訴えた‥‥彼を叱らないであげて下さい、と。
「気持ちは分かるけど、ちゃんと話をしないと駄目なのよ‥‥判る?」
 そして、クレアは少年の手を取り、近くにいたジェイクの手と握らせた。
「ほら、仲直りの握手」
 それで終わり、とばかりに笑顔で。心得たとレオナが再び軽快な‥‥それでいて優しい旋律を奏でる。息を呑んで成り行きを見守っていた人々も皆一様に安心した風で。
「ごめっなさい、俺‥‥っ! 俺、ごめんなさっ‥‥」
「おぬしがやった事は褒められた事ではないが‥‥私もな、先だっては驚かせてすまなんだ」
 そうして、マルトは泣き出した『犯人』に頭を下げ、チラリとカレンを見た。その意味を察したカレンは屈みこむと、その左手を少年の肩口の傷にかざした。ほどなくしてポウッと灯る、白き光。
「これが、魔法‥‥神聖魔法というものなんですね」
 綾香は感心した風に、もらした。
「本当に傷が治るんですね、驚きました」
 カレンの祈りに応え、傷が瞬く間に治っていく様は、目を疑うほどに不思議で。
「でも、何て優しい‥‥暖かな光」
 おそらくそれは、綾香だけでなく。人々の瞳に宿る優しい色に、カシムは満足げに頷いたのだった。

 お茶会が無事に終わって。
「皆、お疲れ様。頑張ったわね‥‥見てて凄く嬉しかったわ」
 レオナは子供たちを労うと、竪琴を爪弾いた。
「何か聞きたい曲、あるかしら?」
「んとね、あの曲が良い! レオナせんせーが一番最初に弾いてくれた、あの曲」
「このような機会、これからも出来るだけ作りたいですね」
 やり遂げた安堵と喜び、疲れた顔をキラキラ輝かせる子供達に、カレンは笑みを深めていた。いや、それは何も子供たちの為だけではなく。
「お互いを知る為に‥‥本日来れなかった方々もいらっしゃるでしょうし。私達自身も別の世界での新たな生活に不安が無いとはいえません‥‥」
 それぞれが理解を深め合う為に、助け合って支え合って、一緒に歩いていけるように。
「皆様のお力添えがあると、大変嬉しく思います」
 カレンは皆を見回し、穏やかに微笑みながら優美に頭を下げた。
「ね、ジェイク。今のジェイクの姿をこそ、お父さんやお母さんは悲しいと、辛いと思うのではないかしら?」
 そうして。クレアは膝を折ると、俯くジェイクの肩をそっと抱き寄せた。泣き出した『犯人』を「バカだね」と言いながら、やっぱり涙をこぼして抱きしめた母親。それをじっと見つめていたジェイクの表情を見てしまったから。
 伝えたい、思い出して欲しい‥‥どれほど愛されていたかを。
「心の中、常に共に居てくれる‥‥誰も、責めていないわ」
 責めているとしたら、それはショーン自身だけ。
「‥‥もし‥‥本当にそうなら‥‥」
 いいのに、と吐息がもれた。信じ切れない‥‥でも、信じたくて。
 それが分かるから、クレアは断言した。
「うん。絶対、絶対よ。私を信じなさい」
 抱き寄せた小さな肩、抱く腕にそっと力を込める。やがて漏れ出した嗚咽が途絶えるまで、クレアはずっとずっと優しく抱きしめ続けたのだった。