招かれざる来訪者1 美しき羽根の悪魔
|
■シリーズシナリオ
担当:マレーア4
対応レベル:8〜14lv
難易度:普通
成功報酬:3 G 32 C
参加人数:8人
サポート参加人数:5人
冒険期間:05月25日〜05月30日
リプレイ公開日:2006年05月31日
|
●オープニング
偶然なのだから仕方ない。
それは最初から解っていた。
農園の主である父が病で倒れ療養に出なくてはならなくなったのも、母が付き添いで家を空けることになったのも。
住み込みの青年が縁談の為に家に帰ってしまったのも、家政婦に来てくれていた婦人が、娘に子供が生まれると実家に帰ってしまったのもだ。
まるで呪われたようであるが、そこに陰謀も何も無い。ただ純粋な偶然が続いただけなのだ。
最悪の方向に。
元々家族と、数人でやっていた薔薇の農園。
青々とした葉っぱが茂り、小さな花芽も出始めている。
5月そして、6月7月、農園の一番忙しい時期がもう目の前に迫っていた。
今、家にいるのは自分と、5歳になったばかりの弟だけ。
でも、畑は待っていてくれないのだ。一刻も早く世話をする為の人手がいる。
だから、街に求人を出そうと考えていた矢先のことだ。
「ジェシカ姉ちゃん。見てみて、畑がすっごくきれいだよ〜」
「トーマス。どうしたのよ。綺麗って‥‥えっ!」
弟の指差した先を見て、ジェシカは思わず口元を押さえた。
吐き出しかけたのは悲鳴と、
「まったく、何なのよ。一体。本当に呪われてるんじゃないでしょうね‥‥」
深い深いため息。
「どうしたの? お姉ちゃん」
「これじゃあ、普通の人には‥‥。‥‥仕方ないわね。行く先変更よ」
「お姉ちゃん?」
言って、彼女は貼り紙を持ったまま、くるりと振り返った。
彼女と弟の背中の向こう。広がる緑の畑の上に、無数の美しいパピヨンが踊っていた。
依頼内容は畑の手伝いだ、と係員は言った。
「場所は、ウィルの街外れの農園だ。そこは薔薇やラベンダーを栽培している」
「花を栽培?」
「ほら、知ってるだろう? ローズウォーターや、ラベンダーウォーター。香水に使う花のエキスを作ってるんだよ」
「なるほど」
頷く冒険者に彼は、その農園から出された求人を指し示す。
病で倒れた両親が復帰するまでの間、農園を手伝って欲しい、というものだ。
「でも、なんで冒険者ギルドにその求人が出るんだ? 普通に農園の手伝いというのなら普通の酒場にでも‥‥」
もっともな疑問、と頷いて、
「だがな‥‥」
係員は続ける。
「今回はモンスター退治が入ってるんだ。なんでも畑にパピヨンが大発生しているらしい。その数は下手したら3桁に届くかもしれないって程だとか‥‥」
「パピヨンが? そんなに?」
今度は冒険者が頷いた。それならば、間違いなく冒険者の仕事だ。
報酬は大したことは無いが、収穫まで手伝えば土産は期待できるかもしれない。
そして、何より、陰謀も何も無い、純粋な労働はなかなか楽しそうにさえ思えた。
「まあ、パピヨンも単体ならそう怖いことは無いが、集団で襲ってこられると結構怖いもんがあるぜ。甘く見てると燐粉にやられて痛い目に合うからな。受けるならせいぜい気をつけろよ」
係員の言葉に頷きながら、冒険者達は外を見る。
今は、まだ花期には早いだろうが、瞼の裏に満開の花園と、その上を舞うパピヨンの姿が見えたような気がした。
●リプレイ本文
●招かれた救い主
農園は広く、冒険者が見渡すと緑の若葉の香りが迫ってくるようにさえ感じた。
その合間から色づき始めた花芽。微かに漂う甘い匂い。
そして、その上を舞う色様々なパピヨン達。
「うわ〜。きれ〜〜だ〜〜」
カシャ!
そんな明るい声と耳に慣れた音、桜桃真希(eb4798)は小首を傾げて隣を見た。
そこには携帯を広げてカメラを農園に向ける音無響(eb4482)の姿が‥‥。
「何をしてるんです?」
「あ・ごめん、怒られそうだけどなんだか感動して。あんまり綺麗だから」
「まあ、気持ちは解るけど。とりあえず、俺達の仕事はあいつらの駆除だ。魅入るのはほどほどに‥‥な。だが、なるほど、こりゃまた沢山いるなぁ」
ぽん、と軽く叩かれた頭を響は押さえた。
苦笑しながら畑を見つめる陸奥勇人(ea3329)は結構大変になりそうだ。口調は笑いながらも真剣な眼差しを畑に向ける。
「‥‥そうだね。真剣にやらないと」
携帯を閉じて響は頷く。
「さて、じゃあ、行こうか!」
軽い口調で手招きするアシュレー・ウォルサム(ea0244)と共に冒険者は蝶の舞う農園を横に見て歩き出した。
「今回は、よろしくお願い‥‥ね」
「すごくついてない時、ってあるよね。でも、困ってるときはお互いさまだよ。さあ、早く農園を取り戻して香りを待っている人たちの下へ届けよう!」
自分と同じくらいの少女や、年下の少年に言われて依頼人であり、臨時の農園主ジェシカは微かに目を瞬かせた。
冒険者と言う言葉から想像していたものと明らかに違う。
だが、礼儀正しい真希や、トーマスを腕の中で遊ばせながら笑いかけてくれるテュール・ヘインツ(ea1683)の言葉は何故か、心を安らがせてくれる。
「バラは私にとって大好きであると同時にとても大切な花でもあるのです。思いいれというのかしら」
部屋に飾られてあったバラの絵や装飾品をうっとりと見つめヴァイエ・ゼーレンフォル(ea2066)は微笑んだ。
「さすが、バラ農家の絵ですわね。部屋の中も花園のよう。本物はどんなに美しいのか‥‥。一面に咲く光景をぜひ、見せていただきたいですわ」
「大丈夫。久しぶりのお仕事だから張り切っちゃうよ。どーんと任せて!」
元気一杯の和紗彼方(ea3892)もポンと胸を叩いて明るく笑いかける。
いろいろと困難続きで落ち込んでいると言うジェシカを少しでも励まそうと言う意図がそこにはあった。
背筋を伸ばし、ジェシカは冒険者を見つめた。
「私にできることは何でもしますから。でも、今は本当に人手が無いんです。もうじき花期なのに」
顔は汗にまみれ、手は土で汚れ荒れている。そんなジェシカを見て、ポン、とヴァイエは手を叩いた。
「そう、それでお願いがあるの。農園のお手伝いを私、してもいいかしら。専門家の栽培のコツを知りたくて‥‥」
「僕も手伝っていいなら手伝うよ。僕らの花壇の手入れにも役立ちそうだし」
「えっ?」
「花期が収穫期ってことは、収穫を終えたら香水の基を作るんだよね。いろいろ手伝うし報酬はいらないから、できたら少し分けてもらえないかな? ル‥‥いや、ちょっとね」
「手伝って、頂けるんですか?」
勿論と、積極的に手伝いを申し出た者ばかりではない。他の冒険者達も笑顔で頷き、ジェシカを見る。
「足手まといにならないように頑張るからね」
龍堂光太(eb4257)が笑いかけた。
ここしばらく、一人で、一人だけで誰も頼る者無く農園と、弟を守り続けていた少女は堅い顔を、少し綻ばせ‥‥それを隠すように頭を下げた。
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
「おねがいしまっ!」
テュールの足元で姉の真似をする弟、そんな二人を冒険者達は微笑ましく見つめていた。
●惹きつけられるもの
農園は街外れ、周囲に木々も余り無く、日当たりのいい平原にあった。
「うん、いい景色だ。花が満開になったらさぞかし綺麗だろうな」
時折強い風が冒険者の髪、とバラの蕾と、そして蝶達を掻き乱していく。
「ふ〜む、やっぱり風‥‥かな?」
指を立て風向きを確かめながらアシュレーは呟いた。
『蝶達は、まだ開いていない花に無理矢理取り付こうとするんです。そして、薔薇の葉に卵を産みつけ、幼虫は薔薇の葉をボロボロにしてしまう‥‥あれだけの数がいると、もう、本当に悪魔のようなものです!』
ジェシカが言ったとおり、ほんの少し見ただけでも、蝶達が薔薇の花や、葉に悪影響を与えているのは見て取れた。
だが、退治の前にどうしていきなり蝶が大量発生したのか調べてみる必要があると考え、仲間であるクレア・クリストファやグレリア・フォーラッドの力も借りていろいろあたってみたのだ。
今年の春、例年よりかなり強い風が山の方から吹いたと言う。
その風に運ばれてやってきた蝶が、この近辺をコロニーにしてしまったのかもしれない。と証拠、確証があるわけではないが、いくつかの情報からそんな現状が推察及び理解できた。
「ねえ、以前にもこれほどでなくても発生した事はあったのかしら?」
と聞いたヴァイエの質問に、ジェシカは首を横に振ったから、おそらくはそうそう繰り返されることではあるまい。
「で、パピヨンが群れてる原因のアテは付いたか?」
「蝶達は、風に乗りながら基本は、この近辺を中心に飛んでるよ。この辺はね特に香りの強い一季咲きの花が多いんだって、まだ蕾だけど香りは結構強いよ〜」
ざっと書いてみた畑の配置図のここ、という場所をテュールは軽く指で丸を書く。
「花の香りに引き寄せられてるんだな。おびき寄せは難しいとなると‥‥」
「あのね、これ、分けてもらったんだ」
ほら、と会話の中で差し出したテュールの手の中の小瓶にくん、と響は鼻を向けた。
「うわっ! 凄い、濃縮されたバラの香りだ!」
「‥‥これが、蝶々が惹かれて来ているエキスなのかしら‥‥。でも、確かにいい匂い。現在の地球の香水よりも香りはいいかも‥‥しれないですね」
「多分ね。とりあえず、これを使っておびき出しかけてみようよ」
うん、冒険者達の頭が前に動く。
「火気厳禁、なるべく花は傷めない。それから‥‥燐粉を吸い込まない。だよね?」
確認するような光太に、ああと勇人は頷いた。
「マスクとかで口を押さえるのだけは絶対やっておけよ。必要なら予備があるから貸してやる」
もう一度、冒険者達の首が前に動く。
いよいよ行動開始だ。
「農園‥‥植物って好きだから、蝶々も可哀相だけど‥‥今回はごめん、ね」
囁くように、謝るように外を見て呟いた真希の言葉を、今は、誰も聞かないフリをした。
●美しき羽の悪魔達
「なんだか、随分過剰装備だな。動けるのか?」
何かを含んだような口調で勇人が隣を見る。そこには響が立っていた。
ただ、立っているのではない。レジャーシートを頭から被り、首元を紐で結んでいる。
まるで、てるてる坊主、と口に出さないが誰かと誰かは思っただろう。微かに忍び笑う声が飛行兜の上からでも聞こえて‥‥
「わっ、笑わないで下さい、俺なりに必死に考えたんですから!」
響は俯いてしまった。完全防備の下の顔が赤くなっていることは、きっと皆にも解るだろう。
「いや、悪かった。別に馬鹿にした訳じゃないんだ。それくらい用心した方がいい」
ぽん、とてるてる坊主の頭を叩いて、勇人は軽い口調を空に向けた。
それに、他の皆もじっくり見れば怪しい扮装だ。自分でさえ防塵マスクに友人サクラ・スノゥフラゥズから借りた兜。笑われても、というより子供が見れば怪しまれても不思議ではない格好だ。
だが、そんな事を気にしている暇は無かった。
周囲に立ち込める鮮烈で濃い香り。これが、バラから抽出した貴重なローズオイルだとはジェシカから聞いた。
そして‥‥その花の香に誘われるように、花畑の上に屯していた蝶達がゆっくりと、でも確実に移動を始めている。
こちらに向かって。
「さあて、いよいよ本番かね」
「はい、こちらの準備はOKです」
髪を纏めヴァイエが頷く。
「風下に立たないようにね。燐粉は吸い込むとやっかいだからね!」
アルメリア・バルディアに教えてもらったことを、彼方は背後に立つ地球人達に教える。三人とも真摯に頷いた。
今の風の状況なら当分こちらが風上に来る。
ひらひらひら。
「来たよ!」
テュールの声と光が、頭上を走り最初の一匹を射抜いた。
それが合図。冒険者達の動きが奔っていく。
足元には蝶の死骸が重なる。だが‥‥
「ひ、ふ、み、っと、うわあっ、まだ減った感じしないや。きりがないねこれは」
アシュレーが軽口のように呟いた。だが、真剣な眼差しは崩れてはいない。
半分以上は倒したと思うのに、まだまだ蝶達は空を支配している。
シュン!
空気を切る音。投げた縄ひょうに音も無く蝶が刺さった。舞う燐粉を手で落としてまた握りなおす。
向こうでは勇人が両手に握り締めたメイスを奮い、蝶達を叩き潰していた。
冒険者達を取り巻く、吐き気がしそうなほど濃い燐粉が冒険者達を取り巻く。
「‥‥気を抜いたら、その場で倒れそうだ‥‥」
見た目は白だったり、黄色だったり、あるいは虹色だったり、とても美しいのに一瞬たりとも油断は出来ない。
「さすがはファンタジー世界ということかな。‥‥うわあっ!」
後方で、前線の冒険者達が撃ちもらした蝶を狙っていた光太の眼前に、数匹の蝶が纏まって広がった。
キラキラと光の粉が顔にかかってくる。とっさに剣をふりまわし、手で蝶を払おうとする時
「‥‥あっ!」
「大丈夫?」
微かに風が鳴り、同時にぱらぱらと羽を切られた蝶が地面に落ちる。
「あ、ありがとうございます」
氷の輪を手に取り駆け寄ってきた彼方に、光太は頭を下げた。今、助けてくれたのが彼女であることは一目瞭然だ。
響や真希、そして自分自身もがんばっているつもりだが、手練揃いの冒険者達からしてみれば足手まといだろうと思わずにいられない。
「気にしないで!」
そんな彼の思いを読み取ったように彼方はニッコリと笑った。
「皆で頑張れば、どんなことでもなんとかなるからね」
気がつけば、確かに蝶の数は目に見えて減ってきた。
「皆さん、避けて下さい。一気に‥‥行きます!」
ヴァイエの詠唱と同時、右と左に冒険者達は避ける。
ゴウ!
微かな音と共に、蝶達が散る。
「さ、あと少し、頑張ろう!」
「はい!」
叩かれた肩に信頼を感じながら、武器を握り締めて、走り出した。
昼過ぎから始まって、戦いが終ったのは夜も間近な夕方。
100とも、200とも思われていた蝶達は全て、地面に落ちた。
「なんとか、終ったな」
「はあ、はあ、まあ‥‥少し逃げたりもしたかもしれないけど‥‥、これだけの数が、‥‥一気に襲ってくることは‥‥多分、もう‥‥無いよね‥‥」
「ご苦労様でした。これで、明日から、畑に出られます。もう少しで花が始まるのに、本当に、どうしたらいいかと、思って‥‥ました」
肩で息をする冒険者達は、ジェシカが差し出した飲み物を呷りながら、無言で頷く。
「本当にありがとうございます」
第一の仕事の完了に満足そうに頷く冒険者は、ジェシカに促され歩いていく。
その最後、真希はそっと立ち上がり、足元の蝶を手のひらに乗せた。
つぶれ、羽も引き千切られた蝶は命はとうに消えているのに‥‥微かに風に羽をばたつかせる。
「パピヨンさん達も、次は‥‥仲良くできる場所で会いたい、ね」
そして、そっとその蝶を風に乗せた。昼と夜の交換の時、一際強く吹いた風は、蝶を空高くへと運んでいった。
きっとこの地に蝶達を導いてきたように。
蝶達にとってこの地は楽土では無かったろう花の為に蝶を潰すと言うことはある意味、人のエゴであると解っている。
だが、それでも祈りたかった。
蝶達に魂があるとしたら、どうか安らかに。
彼らの一族がいつか、悪魔と呼ばれるこの地でなくどこか、その美しさを称えられる場所で幸せになれるように、と。
●気高き花の女王
「バラの花は、病気になりやすいんです。だから、シーズンには一日たりとも休めなくて‥‥」
翌朝、まだ日の明け切らないうちに着替え外に出るジェシカの言葉と行動に冒険者は感嘆の声を上げる。
「私達にも手伝わせて下さい」
一宿一飯の恩、と言うわけではないが依頼期間中、冒険者はジェシカの家に泊まり、食事を食べさせてもらった。
元より農園の手伝いも依頼のうち。できることはする、と冒険者達も疲れる身体に気合を入れて外に出た。
台車を運ぶグリフォンを興味深そうに、でも怖そうに遠巻きに見つめているトーマス。
目線が合うと、パッと隠れてしまった。小さく肩をすくめてアシュレーは指を動かす。忠実なグリフォンは後に従った。
車の中には沢山の蝶の死骸。
これは今後の為にも完全に焼いておくひつようがあるだろう。
はさみで痛んだ葉を切り、株と株の間を適正に保つ。
水をやり、一株づつ様子を確認していく。病気や
「肥料はやらないの?」
「花期に、あまり肥料が多いと花は大きくてもしまりが無かったり、色合いが悪くなったりするんです。この時期は一番肥料を押さえて、その代わり虫や病気に注意して‥‥」
「なるほど、さすがに手馴れたもんだな」
ジェシカのバラに対する専門的な処置、剪定をヴァイエやテュールも見つめている。今後に生かしたいと真剣だ。
「剪定は‥‥!」
「皆、来て! こっちこっち!」
バラの株に虫の卵や幼虫が残っていないか、チェックをしていた響が、突然声を上げた。林の中から手招きする。
大きな声に冒険者達が畑のあちこちから集まってくる。
「どうしたんだ?」
「ほら、あれ!」
響が指した先、広い畑の緑の中、一輪の色があった。
「キレイ‥‥ですね」
紫を帯びた不思議なローズピンク。現代人達の思い描く、剣先の大きい大輪の花とはそれは違っている。
柔らかい花びら。八重に重なってバラと言うより牡丹のイメージだ。
だが、素晴らしかった。香りも、形も、色も、目を離せないほどに、美しい。
原初の強さを持った花。まさに花の女王の如く。
「この花を守れた、それだけでも来たかいがあったかな? それに‥‥」
冒険者は思っていた。
もうじき花がこの緑のブッシュ、全てに咲くと言う。
その光景を想像するだけで、心が踊るような気分になる。
実際に見たら、どんな思いを抱くのだろうか。
‥‥とても楽しみだった。