招かれざる来訪者2 緑の鎌の悪魔

■シリーズシナリオ


担当:マレーア4

対応レベル:8〜14lv

難易度:普通

成功報酬:3 G 98 C

参加人数:8人

サポート参加人数:2人

冒険期間:06月10日〜06月17日

リプレイ公開日:2006年06月15日

●オープニング

 閉じていた蕾が、徐々に色を帯びてきた。
 強奪のパピヨン達が消え、今、青いバラ園の空を舞うのは例年より、ほんの少し多いくらいの蝶達。
 そして、それを狙う鳥。ツバメに鷹がヒュルリと空に弧を描く。
 やや賑やかではあるがこれくらいなら、許容範囲。
 ジェシカはいつものとおり、農園に足を向けた。
 ちらほらと、開き始めた花もある。
 あと2〜3週間もすればこの花園は満開になり、収穫の最盛期を迎えることだろう。
 一年間の苦心が実ろうとする直前。
 最後の手抜きは許されない。
 ムシがついていないか、病気は出ていないか‥‥。
「いい感じで育っているわね。あ、こっちはもう開き始めてる。うん、色合いもまずまず、ムシがつかなければいいオイルが取れるわ」
 努力に答えようと懸命に咲いてくれるバラの花を、
「お父さん達に届けてあげようかな」
 一本、手折ろうとしたその時。
 ぽとん。花が手の中に降りてきた。
「あれ? まだ、折ってないのに‥‥なん‥‥で‥‥えええっ!」
 見上げた茂みのさらに上を、ジェシカは震えるように見上げた。
 頭上をジャキ! と音を立てて交差する薄緑の鎌。
 三角の顔に、不思議な目の悪魔がこちらを睨んでいる。
 ジャキン!
 再び頭の上を、何かが通った。
 とっさに頭をおさえ、しゃがみ込む。
 落ちてくる葉っぱ、咲く前に切り取られた花。そして、濃紺の羽。
「キャアア!」
 思わず悲鳴を上げたくなるのを必死で堪えて、彼女は走った。走って、走って家に飛び込む。
「どうしたの? お姉ちゃん?」
 首を傾げる弟に、答えないまま、荒げた息を整えて彼女は呟く。
「なんなのよ。もう‥‥呪われてるの?」
 家にいるのは独り言に首を傾げる弟のみ。
 この危機的状況から助け出してくれる存在を、ジェシカは一つしか、思いつかなかった。

 街外れのバラ農園から、また依頼が来たと係員は言う。
「バラの収穫にはまだ早いんだが、助けてくれとそりゃあもう、必死な顔してたぜ」
「どうしたんだ? 一体? ジェシカの身に何かあったのか?」
「ジェシカの身、じゃない。何かあったのは農園。農園にキラーマンティスが出たんだとよ」
「キラーマンティス!」
 冒険者達は声を上げた。驚くのも無理は無い。
 キラーマンティス、大型カマキリと言えば背丈3m、鎌のある両手を広げればやはり横も3mはあろうというインセクトだ。
 この間のパピヨンとはレベルが違う、本物のモンスターである。
 これがどこからやってきたのかは解らない。
 だが、近くの森から迷い出てきたその単体は、バラ園に出る蝶やパピヨン、あげくにはそれを求めてやってくるツバメなどの鳥でさえその巨大な鎌は切り裂き、食べてしまう。という。
 バラ園は残念ながら餌が豊富である。ことにムシや鳥には不自由しない。
 そのせいか、楽を覚えたかキラーマンティスは、今、森で過ごすよりもバラ園で過ごす時間の方が増えていると言う。
「人間や、バラを食うわけじゃないが、こんなのがいたらおちおち仕事はできんわな。まあ、良ければなんとかしてやってくれ」
 
 この間の依頼の時には、まだ花はほとんど咲いていなかった。
 もう少しすれば、あと一月足らずで、一面に花開くと、ジェシカは教えてくれたがもう咲いているだろうか?
 どんな花と出会えるだろうか?

 仕事もさることながら、冒険者達にはこれから迎えてくれるであろうバラの花園が楽しみだった。

●今回の参加者

 ea0244 アシュレー・ウォルサム(33歳・♂・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea1683 テュール・ヘインツ(21歳・♂・ジプシー・パラ・ノルマン王国)
 ea2066 ヴァイエ・ゼーレンフォル(19歳・♀・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 ea3329 陸奥 勇人(31歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea3641 アハメス・パミ(45歳・♀・ファイター・人間・エジプト)
 ea3892 和紗 彼方(31歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 eb4257 龍堂 光太(28歳・♂・天界人・人間・天界(地球))
 eb4482 音無 響(27歳・♂・天界人・人間・天界(地球))

●サポート参加者

アッシュ・クライン(ea3102)/ 越野 春陽(eb4578

●リプレイ本文

●花の香りの中の喜劇
 冒険者を迎えたのは、爽やかに香る芳香と、緑のブッシュに散る鮮やかな色彩。
「なかなか、いい感じに咲いてるじゃないか。満開まであとちょっとってところか。これは‥‥いい光景が見られそうだな」
 本心からの思いをアシュレー・ウォルサム(ea0244)は口にした。続く言葉も勿論本心だ。
「前回はパピヨンの大群、今度はキラーマンティスか‥‥弱り目に祟り目もここまでいくといっそ喜劇だねえ」
「どーかん! 確かに、このバラ園って呪われてるかも‥‥。可哀想に‥‥」
 和紗彼方(ea3892)の感想に邪気も悪意も無い事は解っていた。だが
「アシュレー。彼方。それ、ジェシカやトーマスの前では言うなよ。二人が落ち込む」
 顔を顰め陸奥勇人(ea3329)は二人を諌める。膨らんだバックパックをゆっくりと注意深く降ろしながら。
 竦めていた肩をさらに竦めて、二人は勿論と頷いた。
「災難と言うものは続くのね。きっと二人共心細くしていますわ。早く行って慰めてあげたいの」
 ヴァイエ・ゼーレンフォル(ea2066)の急く思いに頷く冒険者達を
「ちょっと待って!」
 遠くを見つめていたテュール・ヘインツ(ea1683)は制した。
「何か見えたの?」
 同じ方向を見ようと音無響(eb4482)は背伸びする。視力は悪くないはずだが何も見えない。
「望遠鏡とかあればいいんだけどね。ホント、地球のありがたみが身に染みるよ。で?」
 何が見えた? と同じ方向を見つめる龍堂光太(eb4257)がさらに問う。ちなみに彼にも何も見えない。
「森の方に帰っていくキラーマンティスが今、見えた気がしたんだ。あのバラの茂みの端から向こうに」
「あそこ‥‥ですか。うむ、森とバラ園との間は無いに等しい。うむ‥‥」
 魔法で見ているテュール程ではないが、その視力で遠くを見つめるアハメス・パミ(ea3641)はもう既に戦地を計っているようだ。
「まあ、俺達にできることは、どっちにしろ一つだ。この喜劇を悲劇にならないうちにとっとと終らせる」
 確認は終ったか? とテュールの肩を叩いた勇人は頷きが帰ったのを見て、仲間達を促す。
 バラの園は五分咲き。だが、冒険者の鼻腔に届く香りはもう香水を思わせる鮮やかさを秘めていた。

●託された願い
 窓の外から見える農園は花がだいぶ開いている。
 本当なら嬉しい光景なのに、今は、ただ見るのも辛かった。
(「父さんと母さんから託されたのに、どうして、こんなことになるの!」)
 机に突っ伏して顔をあげようともしない姉の服の裾を、小さな弟はくい、くくいと引いた。
「おねえちゃん。おねえちゃんてば!」
「うるさわね! 放っておいてよ。どうせこのままじゃ‥‥」
「トーマス君に当たるのはよくありませんよ。貴方らしくも無い」
「えっ?」
 ふと思考が停止した。
「このままじゃ、どうだってんだ? ジェシカ。まさか、俺達に依頼したことも忘れてんじゃないだろうな?」
「ええっ?」
 背後から聞こえた声に自分の名を呼ばれたことに気付いて、彼女は立ち上がり振り返る。
 足元にはニコニコと笑う弟。そして、扉の前には‥‥
「皆さん!」
 以前助けてくれた救い主。心から信頼を寄せる冒険者が笑顔で立っていた。
「またお手伝いに来たの。いいかしら?」
「こないだのバラオイルの分は手伝うよ〜。こう見えてもちょっとは役に立てると思うし〜」
 テュールもニッコリと微笑みかけた。
「ついこの間の冒険でね、蟷螂と戦ってきたばかりだから、その経験でも力になれるかなって思うんだ!」
 Vと指を形作って響は言う。
 冒険者達を見つめるジェシカが懸命に言葉を捜しているのが解る。その揺れる細い肩にそっと近づき‥‥
「2人だけできっと心細かったわよね」
 テュールはしっかりと抱きしめた。
「立て続けで大変だったな。ま、後は俺たちに任せろ」
 と父親のような笑顔で励ます勇人に
「ジェシカちゃん、負けちゃ駄目だよっ。強く生きよう。ボク達もついてるし」
 ぽぽん、と肩を彼方も叩く
 呼応するように前に歩み出た光太は
「何ができるかは解りませんが、全力を尽くします。海でやってきた特訓の成果をお見せしますよ」
 自分の胸の前で、手を強く握り締め、確約した。
 ‥‥正直、他の冒険者達のようにそこまで言える実力が自分にある、とは思っていない。
 それでも、今、彼女を支える者には必要なのは安心させるための自信なのだと解っているから胸を張る。
「でも、本当に‥‥いいんですか? キラーマンティスは本当に‥‥大きくて強くて」
「おそらく、なんとかなると思います。我々を信じて頂けませんか?」
 初めて出会った存在だが‥‥アハメスと名乗った女性は真っ直ぐに揺るぎ無い目でジェシカを見ている。
「いいえ、信じています。ですが、皆さんだけを、危険な目に合わせて‥‥」
 おや、と冒険者達は顔を見合わせた。悪い意味ではない。
 さっきまで弟にあたり、落ち込んでいた少女が前を向き‥‥自分達を気遣ってくれたことが嬉しかったのだ。
「じゃあ、俺達が仕事してる間、こいつらの世話を頼む。霞丸と霧丸って言うんだがな」
 勇人は大きなバックパックを降ろし、蓋を開けた。
 ぷ‥‥は!
「うわ〜♪ ねこさんと犬さんだ〜」
 大喜びのトーマスは、カバンから飛び出しころころと部屋の中を動き回る小動物たちを追い掛け回していた。
 一緒に連れてきたのだが途中であまりにも動き回るので、一時的に押し込んできたのだ。
「頼めるか?」
「あ・はい。必ず!」
「そうか。助かる。いい子にしてるんだぞ〜」
 飼い主の言ってることがあの子達に聞こえているかどうかは解らない。理解できているかも‥‥。
 だが、駆け回る仔猫と子犬に歳相応の笑顔を見せた姉弟に冒険者は安心と決意を固めていた。
 自分が守るべきものは何か。を再確認するように‥‥。

●エゴと願い
 目の前に広がる光景は、冒険者達にとってさえ、息を呑むものだ。
「うわ〜、食べてるよ〜」
 新緑の緑の中、それは、さっきまで冒険者達と戦った強敵を大きな鎌で切り刻み、咀嚼していたのだから‥‥。

 冒険者達はジェシカとトーマスから事情を聞いた後。キラーマンティスの誘い出しと、おびき寄せの為に調査をしていた。万が一にも突然出くわすことのないように距離を置き、慎重に。
「蟷螂の生態‥‥蟷螂は肉食性の昆虫であり、今回の場合は植物に擬態できる体色をしていると思われる。狩りの仕方としては擬態してじっと待ち、獲物が来たら鎌で捕え、あごでかじる、と。基本的に飛ぶには飛ぶけれど得意でなく、短時間で直線的‥‥う〜ん、そんなもんか‥‥」
 自分で言葉にしながら光太はため息をついた。今まで、学校で学んできた知識というのが、いかに表面だけのものか。アトランティスに来てから思い知った気がする。
 良く知っているはずの蟷螂ですら、その特性や行動習性等、今、この場で本当に必要な情報がまったく思い浮かばないのだ。
「それですら、こっちのものとどれだけ共通点があるかもわかんないしね‥‥」
「んなの気にしてたらキリが無いって。今は、自分にできることをするのみ!」
「ん? ‥‥響さん」
 振り返った光太に響が笑いかける。
「俺だって、なんだか今回スベリ気味だしね〜」
 その笑顔は苦笑気味だ。虫除けのハーブは見つからず、虫除けネット作成も行き詰っていた。ホームセンターに行けば何でも簡単に手に入って揃った日本とは、ここは違うのだ。
「でも、‥‥さ。また力になって上げたいし‥‥」
 彼は顔をあげて目線で指差す。そこには茂みに開きかけたバラの蕾たちがある。
 そこに、かしこに‥‥。
「それに、薔薇が綺麗に咲いた所を見せて貰いたいから。頑張ろう!」
「餌の用意できた〜。始めるぞ〜」
 遠くからの声に頷き合い動き出した彼ら。
 その思いは真実で、一時間後、冒険者達を襲う恐怖の中でも消えることは無かった。

「鬼さんこちら、って! 完全に無視かい! コラ!」
 本来おとりとなるはずだったアシュレーは空から、下の様子を見つめて小さく舌を打った。敵の行動範囲と時間帯を計算し、足取りを追って完璧に練ったはずの待ち伏せとおびき寄せは、半分失敗していた。
『キラーマンティスを匂いでおびき寄せるのには、無理があるのではありませぬか? 私はかの敵に造詣は深くありませぬが、どうも花よりも目を使う敵では‥‥』
「ちっ! やっぱり簡単には釣られてくれねえかよ!」
 アハメスの危惧どおり、強烈な匂いが誘う広場ではなく、出会い頭、森と、バラ園のブッシュの丁度中間地点で戦端は開かれてしまった。
 蟷螂は獲物を捕食をするとき、眼で餌物の動きを追う動眼視を行う。前回別のモンスターに通じた匂いのおびき出しが、殆ど嗅覚を使用しないキラーマンティスに通じる訳も無い。
 しかも複眼は驚異的に発達している上、頭部がかなり自由に動くことにより、その視野はたいへん広い。
 故にイニシアチブは紛れも無くキラーマンティスにあった。
 においおびき寄せとは別の囮役を申し出た動く餌、光太に迫る緑の鎌が!
「危ない!」
 ヴァイエのウォーターボムがキラーマンティスの目を塞ぐ。その隙をついて光太は懸命に身を交わす。
 背にしていた木の枝が一閃で落ちて地面に散る。
「下がれ! 危ねえ!」
「は・はい!」
 怒鳴り声と懸命の突進。
 位置が入れ替わり喉の鳴る音と共に、勇人は自らの倍あろうかという背丈の、緑の鎌の悪魔と対峙したのだった。
「みんな、クリティカルヒットに気を付けて! 昔から、兎と忍者には気を付けろって言うし、きっと蟷螂だって」
 響は大声を上げる。だが頷く余裕も無く冒険者達は勇人とキラーマンティスを見つめていた。本来なら響も前に出ようと思っていた。だが、キラーマンティスの動きと、あの鎌は強烈過ぎる。
 下手に間合いを狙えば今は、紙一重で攻撃をかわす勇人の邪魔になりかねない。だから彼らに今、出来るのは光の線や、水の弾。魔法で援護し足と動きを止めることくらいだ。
「危ないよ! 後ろ!」
 アイスチャクラムがキラーマンティスの鼻先を掠めていく。足元をサンレーザーが焼く。
 その間に勇人は崩れかけていた体制を立て直して、剣を握りなおした。
「くそっ‥‥。思ったよりも手強いぜ!」
 息が荒くなる。彼の剣と手の長さ。その倍以上のリーチをもつキラーマンティス。スピードと、身軽なジャンプをかわしながら奴を討とうと狙うならば一人では無理だ。魔法の援護があってもまだ無理。それをする為にはせめて
「右へ! 私は左を攻めます!」
 同等に近い力を持つ戦士が必要だった。そして今、彼女はここにいる。アハメスのスピアが細い左足を狙い、頭上を奔る鎌をすり抜けて、勇人が反対側の足を切った。
「ーーーー!!」
 音無き悲鳴に勇人は剣を掲げながら嘯く。
「悪いがそう簡単に首はやれねぇな!」
 振り上げた剣が降ろされる。だが敵も手の鎌で反撃を試みる。その時、
「ダメだよ! やらせない!」
 上空からの風を切る一矢。それは足を失った敵の動きを地面に結びつけ、そして‥‥
「カタつけさせてもらう!」
 槍と剣がその命を切り取る。
「このような生き物を養えるというのは、森が豊かな証拠でもあるのでしょうし、パピヨン等を食べてくれるのはありがたいのでしょうが、流石に‥‥。許して下さい!」
 倒れたキラーマンティスの背中には広げられた薄様の羽根。
 地面に結び付けられたままのマンティスは何かを見つめるように森をその複眼で見つめたまま、命を完全に飛ばしたのだった。

 そして
「みんな! 気をつけて。森から何か出てくる!」
 空の上の、アシュレーの言葉から暫し、冒険者達はその光景から目を離すことができずにいた
 森の奥からやってきたもう一つの影。
「ちっ! もう一匹、いやがったのか!」
 剣を構える勇人の横をすり抜け、そのキラーマンティスは倒れた同胞の下へと近寄った。
 果てしなく好戦的と言われるキラーマンティスが戦わぬ理由は冒険者のみ、天界人のみならず、誰の目にも明らかだった。
「うわ〜、食べてるよ〜」
 その言葉どおり、現れたキラーマンティスは、同じ色の身体を切り刻み、食していた。
「つがい‥‥か」
「そう言えば蟷螂は交尾のあと、メスがオスを食べるって聞いたことが‥‥」
 光太は思い出し、響も息を呑んだ。ほんのさっきまで死闘を繰り広げていた相手の末路がこうであることが、少し哀れに思え‥‥同時に何故か尊いものに思える。
 ‥‥キラーマンティスも生きるために必死だったのだろう。
 餌をとり、未来に子孫を残す。生物のそれは基本的行動であり、誰であろう、それを否定する権利は持たない。そして、ここでそれを邪魔するのは人間のエゴであるとも解っていた。
 人は花が無くても生きていける。それなのににパピヨンといい、キラーマンティスといい彼らは確実に、命を奪っているのだ。ここでこのつがいの命を奪ってしまったら、一つの種族の大きな打撃になるかもしれない。
 だが‥‥。
「悪いけど後悔はしない。しちゃいけないんだ。俺達が選んだ道だから。俺達が守りたいものの為に‥‥」
 ギリリと、アシュレーは弓を引き絞った。冒険者達もそれぞれに、武器を、魔法を構える。
「‥‥さよなら!」

 重なり合った緑の身体の上に、どこからかバラの花が一輪手向けられていた。

●ばらいろの願い
「此花一輪、想いと一緒にあの人に送れたらな‥‥」
 帰り間際、微かなリズムと共に、夕暮れの空の下で響は口ずさむ。一日中、ジェシカと共に遅れた畑の仕事を手伝い、身体の奥まで花の香を帯びたようだ。
「でも、この光景は送れないか。‥‥凄い綺麗。これでまだ満開じゃないんだってさ‥‥」
 今でさえ、ため息が出るほど美しいこの光景はもうじき見納めだと聞いた。オイル作成の為に来週には花を摘み取ってしまうと‥‥。
「だから、しっかり心に刻んでおきましょう。いつか、この光景を見ていない人たちに伝えたいと願って‥‥」
 言葉で、絵で‥‥そして思いで。

 振り返った農場は、今は静かに少女の歌声と笑い声が響き、美しい花々が咲き乱れる野を心の土産に帰る。
「それにしても蝶に螳螂か。これで終わりならいいがな」
 帰り際に誰かが口にした小さな予言。
 それが真実にならない事を願って‥‥。