【招かれざる来訪者】4〜花の香りの騎士

■シリーズシナリオ


担当:マレーア4

対応レベル:フリーlv

難易度:易しい

成功報酬:5

参加人数:8人

サポート参加人数:4人

冒険期間:07月12日〜07月17日

リプレイ公開日:2006年07月18日

●オープニング

 古い、石造りの貯蔵庫がある。
 もう100年近く昔。この家が花を作り始める前に穀物倉庫として使っていたものだと師匠は話していたっけ。
「う〜ん、あと少し、あと少しなんだけど何かが足りない気がするんだよな」
 暗い部屋の中に灯りはランプだけ。そしてテーブルと、香料、アルコール。
 余分なもの排除し、香りだけに集中していると時間さえ解らなくなってしまう。
 トントン。トントントン。
 ノックの音に気がついて、顔を上げたのはどのくらい経ってからのことだろうか。
「あ、今開けます!」
 そう言って彼は内側から閂を外し、扉を開けた。
「お嬢さん。何か御用ですか?」
「もう、ここに篭るとコリンは何にも聞こえないんだから! 夕御飯の時間よ。早く出てきて」
 ふくれっ面の少女に、青年は慌てて頷いた。
「すみません。今、行きます」
 ランプを消し、香料を閉じて扉を閉める。少女はその様子を扉の向こうから黙って見ていた。
「上手くいってる?」
 扉を閉めて、鍵をかけ横を歩く青年の顔を覗き込むように少女は聞いた。
「あと少し‥‥だと思います。店で売っている香水レベルならもうここでも製造は可能なんですよ。でも、新しく売り出すのなら特別な、何かがいる‥‥それがあと少しで‥‥」
「ふう〜ん。確かにうちの香料を直に香水にできたら最高よね。あそこ、代替わりしてから香料の扱い悪くなったし、彼、私に言い寄って来るんんだもの」
「ジェシカお嬢さん‥‥」
 隣を歩く少女の肩に手を伸ばそうとする、だがその手は触れる直前に止まった。
「私はコリンの作る香り好きよ。うちの花が大好きって行ってくれてるもの。できれば、もうよそにいかないでね!」
 華やかに笑って少女は自分の方を見ている。それが、心臓が止まるほど嬉しくて、そして‥‥辛かった。
「早く行きましょ。お料理冷めちゃう」
「あ、はい!」
 伸ばしかけた手を、握り締めて青年は前を行く少女を追う。その足元で。
「やれやれ」
 誰にも気付かれなかった男の子が、小さく肩を竦めたのだった。

 冒険者ギルドの扉が開いた。入ってきたのは少女一人。
「それじゃあ、ジェシカ。その日には俺も顔を出させてもらうからな。親父さん達によろしく」
 端整な顔立ちの青年は、彼女が中に足を踏み入れたのを確認すると手を振って帰っていった。
 その影が通りの向こうに消えたのを確認し、ジェシカと呼ばれた少女はふうと、ため息をつく。
「やっと帰ってくれた。まったくもう、しつこいんだから!」
「どうしたんだい? 随分とつれないな。恋人とかじゃないのか?」
 冗談めかした係員の口調に、本当に、冗談は辞めてと彼女は身体を震わせた。
「あいつは、うちが香料を降ろしてる店の若旦那! 嫁になれってしつこいの! 彼は趣味じゃないし、私が結婚したら農園を継ぐ人いなくなっちゃうじゃない。でも、取引先だから無碍にもできなくて‥‥」
 はあ、とため息をつく。だが、気を取り直したようにその少女は一枚の羊皮紙を、ギルドの係員に差し出した。
「依頼か? ん? 快気祝いパーティのご招待? なんだこりゃ?」
「あのね、療養に出てた両親が、治療を終えて帰ってくるの! 花の摘み取りまだ忙しいけど、ピークは乗り越えて香料の生産も、出荷も順調。これも皆さんのおかげだから!」
 だから、お礼をかねて両親の快気祝いのパーティに招待する。と少女は語った。
「たいした事はできないけど、料理と宿は保障するし、それに頼まれてた香水も、今年最初のものを貰って欲しいから‥‥」
 普通に店に卸している物では有るが、感謝の気持ちだけは一杯に込めて用意しておくと、彼女は言う。
「もし、良ければ友達誘ってもいいから来て。待ってる! あと、トーマス捜さなくっちゃ。まったく、宿で待ってなさいって行ったのに!」
 明るい笑顔の元気な少女。あれが、本来の彼女なのだろうと係員は少し嬉しくなった。
 災難と招かれざる客に襲われ続けた薔薇園は今、本当の花盛りを迎えているのだろう。
 関わった冒険者達に教えてやろうと、依頼書を丸めながら、カウンターの下に隠れていた男の子にウインクする。 
「そろそろ、姉さんのところに戻ってやんな。心配してるぞ」
「うん。じゃあお願い。さっきの話、冒険者のお兄ちゃんや、お姉ちゃんにも教えてあげて」
「いいのか? 人の恋路なんてあんまり邪魔するもんじゃないと思うが?」
「いいの。だってあの二人にぶにぶなんだもん。少しくらい誰かが突付かないと先に進まないよ。僕、あの馬鹿旦那は絶対お兄ちゃんなんて呼びたくないし」
 ひゅるんと身軽にカウンターの下から身体を出し、トーマスは小さく舌を出す。
「んじゃね! 待ってるからね〜〜」
 手を振りながら姉を追いかけるトーマスの顔にも笑顔が咲いている。

 鮮やかな姉弟の笑顔は、冒険者達が守った薔薇よりも輝いているように思えてならなかった。


 自分の役目は、あの人の笑顔と、この花の香りを守ることだと思っていた。
 でも、肝心の時に役に立てなかった自分にその価値はあるのだろうか? そう思わずにはいられない。
「なら、せめて完成させたい‥‥」
 彼女の騎士にはなれなくても、どうかこの香りが彼女の笑顔を守ってくれるように‥‥と。

●今回の参加者

 ea2066 ヴァイエ・ゼーレンフォル(19歳・♀・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 ea2564 イリア・アドミナル(21歳・♀・ゴーレムニスト・エルフ・ビザンチン帝国)
 ea3892 和紗 彼方(31歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ea4426 カレン・シュタット(28歳・♀・ゴーレムニスト・エルフ・フランク王国)
 ea6145 柾木 崇(32歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea9387 シュタール・アイゼナッハ(47歳・♂・ゴーレムニスト・人間・フランク王国)
 eb3490 サクラ・スノゥフラゥズ(19歳・♀・ナイト・エルフ・イギリス王国)
 eb4257 龍堂 光太(28歳・♂・天界人・人間・天界(地球))

●サポート参加者

アシュレー・ウォルサム(ea0244)/ アルメリア・バルディア(ea1757)/ 深螺 藤咲(ea8218)/ 山下 博士(eb4096

●リプレイ本文

●一面の薔薇の花
 広がるのは一面の花園。
 毎朝摘まれて、数が減っていると思ったら大間違い。
 次から次へと開く花は止まることを知らないかのように咲き誇る。
 美しく、美しく。この園に愛情を注いだ庭師に感謝の気持ちを捧げるかのように。

「やっほ〜! ジェシカちゃ〜ん!」
 鮮やかな笑顔でやってきた和紗彼方(ea3892)は花園の向こうに見えた人影に向かって思いっきり手を振る。
 遠くまで響く楽しげな声に、茂みに向かっていた人影のうち、一つの影が、動きを止め走り出す。
「あ、彼方さん! 皆さん! いらっしゃい。ようこそ来て下さいました」
「お招きありがとー。お言葉に甘えてやってきたよ〜。体の具合はどう?」
 心配そうに顔を覗き込む彼方に、大丈夫です。とジェシカは言葉通り、元気で明るい笑顔を向ける。
「薬が効いて、もうあの後はすっかり良くなりました。コリンや、お父さん、お母さんも戻ってきてくれたんで、仕事そのものも、前よりずっと楽になりましたし」
「ああ、そうだっけ。お父さん、お母さんも戻ってきたんだよね。お父さんの全快もおめでとう。あ・これお土産の祝い酒!」
 バックパックからとっておき、と差し出したシェリーキャンリーゼを受け取るジェシカの背後から冒険者達も始めてみる人物が、近づいてくる。
 あら、と声を上げカレン・シュタット(ea4426)は優雅にお辞儀をした。
「ひょっとしてジェシカさんのお父様とお母様かしら。はじめまして。お会いできて光栄ですわ」
 カレンの問いに頷き、細身の男性と、ふくよかな笑顔の女性は頭を下げた。
「この度は、娘と息子と、この農園が皆さんに大変お世話になったそうで、なんとお礼を申し上げていいのやら」
「皆さんがいらっしゃらなかったら、今年の収穫はおろか、農園そのものがダメになっていただろうと娘から聞いております。本当にありがとうございました」
「ジェシカさん。そしてお父様、全快おめでとうございます。心から嬉しい気持ちですよ。その姿が正直、最高の報酬です」
「それに私達がしたことはほんの僅かのお手伝いだけ、この農園を守ったのはひとえにジェシカさんの頑張りあればこそ、ですから」
 イリア・アドミナル(ea2564)やヴァイエ・ゼーレンフォル(ea2066)はそのお辞儀をかわすように、手を横に振り微笑んだ。
 率直な賛辞に、ジェシカの顔が赤くなる。その頭をぽんぽんと撫でながら父親は優しく笑う。
「本当に、ジェシカは頑張ってくれました。でも、やはり、皆さんのおかげあればこそ、だと思うのです。我々の感謝の気持ちに変わりはありません」
「もうじき、朝の摘み取りが終わります。家ではもう準備が始まっていることとは思いますが、私も手伝って夜のパーティの準備をいたしますわ。大したことはできませんが、せめてものお礼を受け取って下さいませ」
「お父さんのかいき祝いだよ〜! お母さんのお料理、と〜っても美味しいよ〜」
 そういう両親の足元にじゃれついている小さな依頼者を見つけ
「おや?」
 冒険者達の顔がほころぶように咲いた。
「やあ、トーマス君も久しぶり。元気そうで嬉しいよ」
 膝を折り、トーマスと目線を合わせる龍堂光太(eb4257)は小声と指先で小さくおいでと手招きする。
 視線の関係でその様子を良く見たものはいないだろうがその招きに答えたトーマスは、光太の耳に寄せた囁きに嬉しそうに、うんうんと 頷く。
 幸い、ジェシカはそれに気付かない。
「では、お言葉に甘えてお邪魔させて頂くとしようかの。それまでよければ薔薇園を見せて頂いていいか?」
 シュタール・アイゼナッハ(ea9387)の言葉にもちろん、とジェシカは頷く。後ろの二人も同様の笑顔だ。
「後ほど、私も準備お手伝いさせて頂きますわ。でも、その前にやはり、この花園を堪能させて頂きたいですわね」
 ヴァイエは軽く後ろを見て、柔らかく微笑む。その視線の先には、腕を組んで無言で佇む柾木崇(ea6145)の姿があった。
 今まで依頼に関わっていなかったから余計な口出しは避けるつもり、という様子の崇に同調するようにサクラ・スノゥフラゥズ(eb3490)も控えめに告げる
「私も‥‥、この依頼において私自身は門外漢に過ぎませんが、私の敬愛する方からこの花園と皆様のお話は伺っておりますので、どうか、間近で見せて頂きたいですわ。本当に美しいです。あの方にも‥‥見せて差し上げたかった」
「少しでも、見て頂けるなら花達も喜びます。この光景が見れるのも後ほんの僅かの事。もう数日中には完全に摘み取ってしまいますから」
 ジェシカは手に持ったままだった摘み取り籠と薄紅色の花を交互に見る。
「本当は、傲慢なのかもしれませんが‥‥美しく咲く花を人の勝手で、摘み取ってしまうのは‥‥。こんなに美しいのに‥‥」
「ジェシカさん‥‥」
 俯く少女の思いに込められたモノが何か、冒険者達はしばしその顔に言葉を失う。だが‥‥
「そうそう、僕の知り合いが香料つくりの場面を見せてほしいって言うんですけど、やっぱり門外不出ですか?」
 話を聞いて新しい技術に興味をもったらしい、とイリアとサクラは一人の知り合いを紹介する。
 山下博士と名乗る彼は小さいながらも只ならぬ様子を感じさせる人物だった。
 それに気付きながらも、花園の主はにっこりと微笑む。
「いえ、貴方方ならかまいませんよ。向こうには丁度コリンがいるはずです。トーマス!」
「うん、解った〜。こっち、こっち!」
 駆け出し手を振る少年。まだ仕事中のジェシカから大事そうにビンを預かり抱えて走る。
「トーマス君! そんなに走ったら転ぶよ。気をつけて! じゃあ、ジェシカさん、また後でね」
 少年を追う彼方や冒険者達の言葉に、
「はい!」
 と咲く薔薇のような笑顔でジェシカは答えたのだった。

●本質を知る瞳
 見かけは頑丈だが無骨な作りの建物の中にこれほどの設備と、花の香りがあふれているなど、誰も思わないに違いない。
「なるほど〜。凄いですね」
 イリアは案内してきた博士と共にしばし、その見事さに圧倒された。
「単式の蒸留釜、ですね。それを、ふむ‥‥こちらに花びらを入れて、水蒸気を吹き込む。本来水溶性ではない薔薇の花弁からオイルを抽出するのには確かに理にかなっていますね」
 少年の純真と冒険者のまじめさで真剣にその仕組みを考察する彼は、だが同時にあることにも気付く。
「しかし、この方法、単機ではあまりにも効率が悪くありませんか? また操作などもかなり難しいように思います」
 中世のそれも個人プランテーションに思うには難しいことだと知りつつも、彼は問う。
 この香りが素晴らしいゆえに。だ。
 コリンはふと作業の手を止め、冒険者達を見た。
「香料卸の方にもそのようなことを言われたことがありますよ。もう少し、効率を重視できないものか? って。まあ仕方ありませんね。最高のローズオイルは、ラベンダーオイルもですけど、この農園1年間全ての収穫を集めて作っても大瓶一本になるかならないか、ですから」
 しかも、蒸留や温度の具合、薔薇の花びらと水の割合。それらは全て職人の経験とカンが重要なファクターとなる。
 一つ間違うとローズオイルの質、量共にがた落ちになる。コリンでさえ、ここに努めて10年になるがこの技術を任されるようになったのはごく最近のことだという。
「人手を増やしたり、釜を多くしたりそうすれば、確かに今よりも量を得ることはできると思います。そうしないか、とのお誘いは引きもきりませんよ」
 それをどうこういう権利は自分にはありませんけどね。あくまで自分は雇われの身だから、と控えめだが寂しそうに笑うコリンにかける言葉は正直なかなか見つからない。
「そうですね。余計なことを言いました。技術革新や、大量生産が決してよい結果だけを生む、とは限らないと知っていたつもりなのですが‥‥」
 苦笑しながら素直に謝罪すると、博士は自分から頭を垂れて言う。
「一つ、お願いがあります。この香料と、貴方の香水のサンプルを分けて頂く事はできませんか?」
「えっ?」
 逡巡の顔でコリンは目の前の人物の顔を見つめた。
「決して、悪いようには致しません。どうか‥‥」
 ローズオイルは一滴が銀一枚。一本が金一枚とされる貴重品だ。指の先に摘めるほどの小さなビンでさえ単純計算でも薔薇の花数百本分の香りが凝縮されているのだ。
 躊躇うのも無理は無い。だが‥‥
「香料が認められれば、他の買い手を選ぶ事ができ、その香料を材料にするコリンさんの香水も認められる気がします。彼を信じて下さい」
 イリアの言う『彼』は、真摯なまでの目をしている。
 その目を見つめていたコリンが答えを出すのに要した時間はそれほど長くなかったと後でイリアは思う。
 あの時は長く感じたけれど。
「解りました。僕の責任と代金で、後でオイルと香料をお渡しいたします」
「ありがとうございます。このお礼は必ず」
 少年だというのにその仕草にコリンは、思わず瞬きした。何故だか、時々不思議な何かを感じずにはいられない、と。
「コリンさん。貴方には多分、モノを作り出すのに一番必要なものが備わっているんですね」
「えっ?」
 どういう意味? と問う瞳にイリアは微笑んだ。
「人の本質を見抜く瞳。それが、きっと役に立つときがきますよ」
 改めて蒸留システムに目を輝かせる博士と、コリン、そして、今ここにいない、少女を見つめて心から、楽しげに。

●薔薇色恋模様
「なにをしているの? 崇?」
 丘の上から黙って花畑を見下ろしていた崇はかけられた声に振り返った。
「ヴァイエ‥‥。いや、何でもないよ。花畑を見ていた」
「そう‥‥」
 静かに笑うとヴァイエは彼の横にスッと腰を降ろした。誘われるように崇もまた草の上に座る。
 見下ろす丘の下にはまだ満開と呼べる花が広がっている。
 広い花園の中では、忙しそうに働く親子が見える。
「いつか見てみたいと思っていたから、こうして訪れる事ができたのは正直嬉しいよ。ここは‥‥美しい所だな」
「ええ、ここのお花、崇に見せたかったの。本当に綺麗でしょう?」
 頷く崇は横のヴァイエの顔を見つめる。彼女の頬は薔薇の花と同じ色のように上気している。
「ここの花が綺麗なのはね、ここの人達の思いをいっぱいに受けているからだと思うの。自然に咲く花もとっても綺麗。でもね、人の手と、愛で咲いた花はその思いも、私達を感動させてくれるのよ」
 美しいと、思う。この花園が、人の思いが、あり方が。そして‥‥
「家族で一緒に何かできるって、今回のように大変な事もあるでしょうけど‥‥いいなぁって思ったわ」
 肩を抱きしめる。腕の中の彼女が美しいと‥‥思った。
「ヴァイエが守りたかったのは、この美しい花達と、そして‥‥あの人達の笑顔なんだな。ここに来てみて、よくわかったよ」
 彼女を労うように、優しく、優しく抱きしめる。
 甘く柔らかな香りが美しい二人を包み込むように香っていた。

 花園を歩くシュタールはふと、あるものを見つけた。
「おや!」
 何をしているのだろうと、瞬きを三回。そっと近寄ってみる。
「ふーん、やっぱりそうだったんだ。うん、看病してた時からそんな気はしてたんだ」
 ニヤニヤと楽しげに笑う彼方の後ろではその様子を苦笑するように光太が見ている。
 彼らの視線の先には‥‥。
「何をしているのかな?」
「「!!!」」
 驚き、振り返った二人は、それがシュタールであることに気付いてホッとした表情を見せた。
「ああ、びっくりしたあ。脅かさないでよ。コリンさんや、ジェシカちゃんかと思ったじゃない。そっちこそ何してたの?」
「そういえば、農園の見回りをする、とおっしゃっていましたね。どうでした?」
 二人の質問にそちらは大丈夫。言ってシュタールはニッコリ笑った。
「農園をざっと見てきたが、小さな害虫レベルの毛虫などはともかく、パピヨンやキラーマンティスの気配は無かったな。無論、ラージパピヨンも、だ」
「「そりゃあよかった!」」
 異口同音に二人は頷く。
「これ以上、ジェシカちゃんが困る姿見たくないものね」
「折角のパーティにまた戦いなんてことになったら、どうしようか、と思ったよ」
 浮かぶ微笑。それを
「でさあ、きょーりょくしてくれるの?」
 足元からの声が引き降ろした。視線を下に。そこには頬を膨らませた男の子が立っている。
「トーマス君?」
「ああ、ゴメンゴメン。もちろん力になるよ。でも、見たところ、彼はけっこう堅物さんっぽいんだよね〜。どうしたらいいかなあ?」
 ぽりぽりと、額を指で掻く彼方と同じ思いで光太も腕を組む。
「そうなんだよね〜。コリン兄ちゃんかたぶつだから〜。もうちっと気軽になってくれるか、なんかきっかけがあればいいんだけどな〜。あのばかだんなをお兄ちゃんとだけは絶対呼びたくないし〜」
 見ればトーマスも、腕組みして立っている。思わず、無意識に唇が歪んだ。
「あまり、人の恋路に関わるべきではないのだろうが、多少の介入は許されるであろうな」
「そうだね、馬に蹴られない程度にはちょっと突付いてみようよ」
「馬? ‥‥‥‥うわっ!」
 瞬きする冒険者の頭上を風が通り抜けていく。正確には風を巻き起こすグリフォン。その背中にはどうやらアシュレー・ウォルサムが乗っている。
「あの! 待って下さい〜」
 地上からグリフォンを追うのはジェシカ、手には小瓶を抱えている。後ろからはその様子を見つけて追いかけてくるヴァイエと崇。カレンまでが走ってくる。
「どうしたの? ジェシカちゃん!」
 丘の切れ目、息を切らせてやっとジェシカは足を止めた。
「いえ、あの‥‥! アシュレーさんが、お祝いに来てくれて‥‥、でも直ぐに帰ってしまわれて、香水持って行って頂きたかったのに」
「それは、後でわしが届けよう。だが、どうなされた? それでも頬が赤いようだが?」
 走って来たのを差し引いてもまだ紅い。それをさらに紅くしてジェシカは俯いた。
「アシュレーさん。私とコリンが話してたら‥‥恋人なの?って。そしたら、コリンは調合室に戻ってしまって‥‥」
 さらに俯くジェシカ。肩をすくめるコリン。
「ここはひとつ‥‥、うん!」
「見守ってあげたいところだけど‥‥」
 冒険者達は、少し手伝いをしてあげるべきだろうと思っていた。
 多少、馬に蹴られることになったとしても。

●ホントウの騎士
「コリンさん? 何をしておいでなのか? もうパーティが始まろうと言うのに‥‥」
 呼びに来たシュタールと崇の呼び声に、だが、コリンは振り返ろうともしない。
「あと、もう少し、何かが足りない気がするんです。それが、解らなくて‥‥」
 二人は沈黙する。
 香水の調合は門外漢。いい匂いとそうでない、くらいは解ってもそれ以上の差は解りはしないのだから役に立てそうにも無いのだから。
 だが‥‥煮詰まった顔の青年。その真剣な目にシュタールは馬に蹴られる事を覚悟で問うた。
「率直に伺うが、ジェシカさんに思いをよせているのでは?」
 コリンは手を震わせる。その動揺が、返答だ。
「そ、そんな! お嬢さんは、お嬢さんには‥‥。僕にできるのは、ただ‥‥側にいることと、お手伝いをすることだけで‥‥」
 二人はふと、思った事を口にする。
「貴方は、何のために香水を作っているんです?」
「香水はつける方があっての物。おぬし、それを忘れてはおらぬか?」
「えっ?」
 その瞬間、コリンの動きがピタリ止まった。イライラと動き回っていた足も、瓶を何度も持ち上げていた手も。
「なんだか、余裕が無くなっている様に見えたので。やっぱり好きだったから、じゃないんですか?」
 振り返ったコリンにニッコリと崇は笑いかけた。
「俺が刀を手に取ったのは大切な人の笑顔を守りたかったから。いろいろ失敗もあって自分には何も守れない、無力だと思った事もあったけど、それでも守りたいと思い守ろうとする事をやめたくないと思って、今ここにいます。コリンさん、失敗を恐れたり、自分の気持ちに囚われすぎちゃダメですよ。自分を見失ってしまいます」
「わしもかつて、自分に自信が無く、愛する人に思いを伝えることができなかった。陰から守ることでしか愛を表せなかった。無論、不幸せではなかったが、その方と結ばれることも無かった」
 胸にあるのは後悔だけではない。だが‥‥
「今の話は反面教師にでもされるとよかろう。忘れても良い。だが、忘れてはいけないこともある。何事にも遠慮する思いがそなたの翼を狭めているかもしれんと、いうことをな」
「パーティの準備、できたわよ〜。そろそろ皆さん。集まりましょう〜」
 ほらほら、とシュタールはコリンの手を引いて、強引に外へと連れ出す。
 強引ではあるが、コリンはそれに抗わなかった。そして、外に出てきた彼らに、いやコリンにヴァイエはニッコリと微笑んだのだ。
「ねえ、コリンさん。今日はご両親の快気祝いのパーティだけどそれ以上に、頑張ってきたジェシカさんの慰労会だと思うの」
 くるり、回った彼女の視線の先には薔薇の花園。
「ここのお花を守ったのは冒険者ではなく、ジェシカさんね。彼女の思いが守ったの。私はそんなジェシカさんの、ここの人達の思いを守りたかった。貴方の思いも守れたかしら?」
 だから。手招きして膝を落としたコリンの耳元でそっと囁く。
「大切な思い、閉じ込めたりしないでね‥‥さあ、行きましょう!」
 駆け出すヴァイエを肩を竦めて崇は見送る。そして振り向いたコリンの顔の変化を確かめて、彼もまたその後を追ったのだった。

 服装を整えて、光太は杯を上げた。
「なんか、緊張するけど‥‥この農園の幸せに。乾杯!」
 カップのぶつかり合う音と共に、パーティは幕を開ける。
 どこの国でもあまりこういうのは変わらないなと思うものもいたかもしれない。
 パーティと言っても大したことは無い。
 焼きたてのパンに、フルーツのジャム。トーマスが取ってきた摘み立ての野いちごに、チキンや豆、野菜のサラダ。母親が作ったというシチューに木の実の焼き菓子。飲み物は果汁とアルメリア・バルディア謹製ハーブティ、ワインにシェリーキャンリーゼ。発泡酒。
 一つ一つはありふれた料理だが、丁寧に作られた料理に冒険者達は舌鼓を打つ。
「笑顔と、一緒の料理こそが何よりのもてなしですわ。そうそう。伝言を預かっておりますの」
 ジェシカの良く知る名前をあげ、サクラは微笑みながら伝言を伝えた。
「その場で祝えないのが残念だが同じ空の下、薔薇の実りが皆に幸せを運ぶ事を祈っている。もし困った事があったら、また遠慮なく声を掛けてくれ。だそうですわ」
「ありがとう。嬉しいって伝えて。本当にここまでやってこれたのは皆さんのおかげだか‥‥ら‥‥!」
「なんだ。ジェシカ。パーティって言う割には随分しけてるなあ〜。言ってくれれば料理くらい、うちの料理人に持ってこさせたのに!」
「「「「「「「「〜〜〜〜!」」」」」」」」
 突然の来訪者に、一瞬その場の、明るく、楽しかった空気が沈む、まではいかないものの止まってしまった。
 その男は、軽くジェシカの父親、母親に挨拶したとはジェシカにべったり離れない。
 家の自慢、自分の自慢をぺちゃくちゃぺちゃくちゃ。
 あの男のことを「ばかだんな」と証したトーマスの表現が的確だったと冒険者は今更ながらに確信した。
 そして、一応取引先。忍耐を総動員して我慢していたジェシカと冒険者達だったが、やがてそれも終る時が来た。
「なあ、ジェシカ。今年はサボったのか? 花のオイルと香料、量が少なくて需要に追いつかないぜ。質なんかどうでもいいんだから、量を寄越せよ」
 その時、カチリと音がしたような気さえしたとその場にいた誰かは語る。
 空気読み機能の無い彼は、ついに地雷を踏んだのだ。
「まあ、俺と結婚すれば人手も増えるし、お前が苦労する必要なんて、どこにも‥‥ないからな? ああ、そうか。ついに農園たたんで俺と‥‥って、ぐあっ!」
「馬鹿アアア!!」
「‥‥えっ?」
 ばかだんな、基、若旦那に蹴りをかましてジェシカは走り闇に消えた。
「ジェシカちゃん。待って!」
 彼方が後を追いかける。それ以外の冒険者は若旦那を無視して、和やかなパーティを続けるフリをした。
「あ、そうかあ! 照れて逃げちゃったんだな。うん、そりゃあ、仕方ないか‥‥ハハハハハ」
 両親は、彼をさりげなく拾い上げパーティに誘う。
 笑う若旦那は、だから気がつかない。彼だけは気付かない。
 その場からいなくなった、もう一人の人物を。

 丘の上でジェシカは一人、膝を抱いて座り込んでいる。
「大丈夫? 夏でも寒いよ、風邪ひくよ?」
 心配そうにかけられた声に、ジェシカは顔を上げた。
「ありがとう‥‥ございます。ごめんなさい。彼方さん。折角のパーティを台無しにして」
「いいんだよ。ジェシカちゃんのせいじゃないもん。‥‥ねえ、ジェシカちゃん?」
 横に座り、彼方は隣の少女を見つめた。
「ジェシカちゃんが怒ったのは農園のことと、苦労を馬鹿にされたからだろうけど、それ以前にあの人のこと、好きじゃないんだよねひょっとして、好きな人‥‥いる?」
「あ‥‥あの‥‥」
 その言葉にジェシカは顔を一瞬で朱に染めた。
「それって、ひょっとして、コリンさん?」
 さらに、顔が上気する。もう、薔薇園で一番の薔薇よりも真紅に染まった頬が、言葉にできない彼女の思いを答えている。
「な〜んだ。なら、もう問題解決じゃない。コリンさんと一緒になれば、もうあのばかだんなも手出しできないし、農園も続けていける。香水も自分達で作れれば無理に卸の強引さに従うことも無い。ね?」
 彼方の全開の笑顔が、我ながら名案と告げるが
「でも、彼は‥‥私の事なんか‥‥コリンには縁談があって、ひょっとしたら戻るかもしれなくて‥‥」
 ジェシカはか弱く首を横に振る。そういえば、縁談があって彼は家に戻らされていたと言っていた。
「でも、好きなんでしょ?」
 真っ直ぐに見つめる彼方の目に、ジェシカは今度は首を縦に振る。
「なら、諦める前に試してみなくっちゃ。後悔するのも、諦めるのも、それから。まず二人がお互いどう思ってるのか伝え合う事、いーい? コリンさん!」
「えっ?」
 後ろ向きにかけた彼方の言葉の先、立ち上がったジェシカの視線の先に、コリンがいる。
「コリン?」
「お嬢さん‥‥。大事な、話があるんです」
 コリンは胸の上で、強く拳を握った。さっき、ジェシカを見送る前と、後、冒険者が語ってくれた言葉を思い出す。
『私には好きな方がいます。でもそれは祝されぬ厳しい道です。だから自分の気持ちを蕾のまま封じてしまおうと思ってました。でもここの花々や香りを失わない香水の「強さ」が勇気をくれるんです。道は険しくとも、皆様の様に手を差し伸べてくれる方が私にもいるから』
 サクラは自分の気持ちを語りながら、そのままではいけないと教えてくれた。そして光太は
『僕の生まれはこの世界ではない。当然元の世界に生活の基盤はあって、今までの全てはそこにあった。家族、友人、知人。好きな人も‥‥。ずっと隣に有ると思っていたものは今は届かないほど遠い。だから‥‥少し後悔している』
 寂しげに、自分よりももっと辛い思いをでも、笑顔で隠して言ってくれた。
『欲しい存在があるなら手を伸ばす、届かないなら届くようにしなければならない、ということだ。それがいつまでもあるとは限らないことは今回の件でわかったと思う。なら、今、貴方がするべき事は決まっているだろう?』
『それに、あの方が好きだという、自分に素直でいたいですし、ね。頑張って下さい』
 二人、いや、自分達を助けてくれる、励ましてくれる冒険者達の思い。何より自分の思いから逃げてはいけない!
 微かな調べが勇気をくれる。
 唾を飲み込んで、コリンはジェシカの手を取った。
「お嬢さん。僕は‥‥」
「コリン‥‥」
 彼からは、ほのかな薔薇の香りがした。
 そして、二人は幸せな花の香りに包まれた‥‥。

 パーティ会場で、彼方は自分の持ち込んだシェリーキャンリーゼを喉に流した。
 向こうの隅では、皆で酔い潰したばかだんなが、ゴーゴーいびきを掻いている。
 その下手人の半分はあの親子であり、彼らは冒険者に笑顔と、ウインクをしたものだ。
 微笑んで様子を見守りながら、冒険者達は月を仰ぐ。
「上手くいっているでしょうか?」
「大丈夫でしょ。これだけ後押ししたんだもの!」
「わしと、同じ過ちを繰り返して欲しくは無いな」
「私も、勇気を貰いました」
「僕も、まだ諦めないよ。彼と話しててそう思った」
「ああ、確かにここの人達を見ていると、故郷に帰りたくなるよ。故郷の家族が懐かしくなる。ヴァイエ‥‥いつか」
 夜のパーティを照らすのは月光。
 冒険者達は、静かな夜を、花の香りと共に心から楽しんだのだった。
 この夜生まれたであろう、小さな愛を肴にして‥‥。

●薔薇の花籠
 冒険者達は道を歩きながら、小さな瓶の口をそっと開けた。
「ああ〜。いい香り。なんだか、心の中の疲れや、思いが全部溶けていく感じだね」
 彼方の呟きに一人残らず同感の顔をする。
「僕らまで、貰えるなんて‥‥な。なんだか悪い気もするよ」
「コリンさんは、約束を守ってくれた。私も‥‥頑張ります。預かったこれを渡すのも‥‥きっかけになるかもしれないし‥‥」
 大事そうに瓶を握り締めるサクラや崇の向こうで、
「割らないように、気をつけないとね! 折角のお土産だもの」
「アシュレーさんにお渡しするまでは、気をつけんとな」
 瓶のぶつかる音に神経を集中させるカレンやシュタールもいる。
 お土産がいっぱいだ。
 今までお世話になったお礼にと、母親が作ったというブローチまで貰ってしまった。
 ヴァイエは振り返る。
 茂みは最初に来た頃の色に戻り始めていた。
 花の時期は短い。花の香りは薄れつつあってやがて消えるだろう。
 だが、残るものがある。花の香りは消えても心の奥底に爽やか何かが残るように。
 あの恋人達の試練はこれから。農園の苦労はこれから先も消えることは無い。
 だが、彼らはきっと、乗り越えていくだろう。
「家族が、大切な人がいるんだから大丈夫よね」
 どうしても困ったときはまた、冒険者を頼ればいい、と言ってきた。
 寂しげなヴァイエの肩を崇はまた抱きしめる。ヴァイエはその胸にそっと頭を寄せた。
「ヴァイエ‥‥」
「家族に会いたくなって、でもすぐには会えなくて、寂しいと思う事もあるけれど一人じゃないから大丈夫。家族同然の仲間がいるから‥‥」
「確かに、ね。失ったものもあるけど、得たものも確かに有るよ」
 共に歩き、共に笑い合うそれは、仲間。そして‥‥人々との出会い。
「まったね〜!」
 彼方は大きく手を振る。見れば、まだ、向こうで手を振っている家族の姿が見える。
 彼らの笑顔がいつまでも消えることの無いように、もう二度と招かれざる来訪者の来ることが無いように改めて祈りながら、冒険者達は天国ではなかった花の園を、思い出の庭を後にしたのだった。

 後に、ある香料問屋が潰れたと冒険者は聞く。
 跡継ぎの若旦那に才が無かったとか、農園の娘に手を出しかけて優良な取引先を失ったとか、その腹いせに農園に圧力をかけたら、やんごとない方からさらに圧力がかかったとか、かからなかったとか。
 噂は山ほどあったがそれを惜しむ者はあまりいなかった。
 そういえばもう一つ。話題がある。
 最近売り出された新しい香水が、静かな人気を得ていること。
『薔薇の花籠』
 それは、鮮やかな青空の下の女性の笑顔に似合うと言われている。
 冒険者にはその笑顔が誰か、なんとなく解る気がした。