招かれざる来訪者3 

■シリーズシナリオ


担当:マレーア4

対応レベル:8〜14lv

難易度:普通

成功報酬:4 G 98 C

参加人数:8人

サポート参加人数:1人

冒険期間:06月27日〜07月04日

リプレイ公開日:2006年07月04日

●オープニング

 その日の朝、一際強い風がウィルを駆け抜ける。
 春の突風にはもう遅い。夏告げの風と人々が髪や服を押さえながら歩いた日の夕方‥‥。

 冒険者ギルドに一人の子供が駆け込んできた。
「おねえちゃんを、おねえちゃんを‥‥助けて!」
 疲れきったのかそれだけ言うとパッタリと倒れてしまった子供を係員は慌てて抱き上げ、椅子へと運ぶ。
 見れば、手は引っ掻き傷でいっぱい。
 足は素足で、血が滲んでいた。
「どうしたんだ? 一体。身元も解らなきゃ‥‥助けようが‥‥ん」
 椅子の上に毛布をかけ、寝顔を見つめながら考える係員の背後で
「あの! ここにトーマス君は、来ていませんか?」
 扉が開き、青年が顔を出した。
 明らかな心配顔は、ギルドの中で寝息を立てる男の子を見つけてやっと微笑に変わる。
「トーマス君! 良かった。本当に心配したんですよ‥‥。ありがとうございます。お姉ちゃんを助け手貰うんだ! って飛び出していって‥‥本当に心配しました」
 コリンと名乗った青年が告げた名前に、係員は記憶の糸を手繰り寄せる‥‥。
「トーマス‥‥! ひょっとして、バラ園の子供? じゃあお姉ちゃんってのは‥‥」
 青年の首が縦に動く。
「僕達がいない間に、ジェシカお嬢さんはこちらに何度か依頼を出していたようですね。‥‥もしできればお力をお借りしたいのですがよろしいでしょうか?」
 依頼となれば断る必要も無い。
 頷く係員に彼、コリンは自分はバラ園で働く庭師見習いであると説明し、今、バラ園にはモンスターがいるらしい、と言ったのだった。
「僕と、家政婦の婦人。二人共用事で暇を頂いていたのですが、もう直ぐバラの収穫時期ですから急いで用事を済ませ戻ってみたら、‥‥トーマス君の泣き声が聞こえて、その足元でお嬢さんが倒れていて‥‥一生懸命、必死でトーマス君がお嬢さんを家に運ぼうとしていたんですよ」
 慌てて彼女を家に運び、同じように戻ってきたばかりの婦人と二人で看病したが、ジェシカの意識はまだ戻っていない。
「どうして倒れたのか、それさえも見当がつかないんですよ。だから、手当てのしようも無くて困っていたところにトーマス君がいなくなってしまって」
「蝶々だよ! でっかい、すげえでっかい蝶々!」
「「ええっ?」」
 二人は振り返る。そこには毛布を跳ね飛ばし、身体を椅子から起こしたトーマス少年がいた。
「蝶々? こないだのパピヨンとは違うのか?」
 係員の問いに力いっぱいトーマスは首を振る。
「違う! こーんなでっかいの! お姉ちゃんよりもずっと大きくて、羽根がキラキラしてて、粉がばほばほ飛んでた。それが二匹もいたんだよ!」
「お姉ちゃんよりって、人間よりもでかい‥‥パピヨンってか?」
「トーマス君? そんなのが本当に?」
 疑われたと思ったのだろうか? 膝をついたコリンにトーマスは驚くほど大きな声を上げて反論する。
「嘘じゃない! 一緒に花を見てたら、頭の上を粉が飛んでったんだ。お姉ちゃんはそれを吸い込んで倒れたんだから!」
「疑っている訳ではありませんよ。トーマス君は、そんな事をする子ではないですから。でも‥‥だとしたら、大変なことに‥‥」
「ラージパピヨン‥‥か」
 考え込む係員に、やはり考え込んでいた青年は先に顔を上げて言った。
「やはりお力をお借りしないといけないようです。もし、そんなモンスターがいるとしたら僕達だけの手には負えません。それに‥‥おそらくは今週中にでも花は摘み頃を迎えるでしょう。花から一番いいオイルを採る為の摘み頃を見計らうにはやはり経験とカンが必要で、それを今、一番持っているのはお嬢さんですから‥‥」
 だから、農園のモンスターを退治して欲しい。ジェシカが回復するまでに、なんとか‥‥と。
「お兄ちゃん、お姉ちゃん。お願い。助けてよ!」
 トーマスは泣きながら言うと、コリンと共にジェシカの待つ家へと帰っていった。

 呪われたように災難に襲われ続けた農園。
 ならば、せめてこれを最後に。
 きっと、今頃農園のバラは満開の時を迎えているだろう。
 満開のバラにこれ以上の不幸は似合わないのだから。

 虹色の羽根の悪魔は、どんなに花に相応しかろうとも‥‥。

●今回の参加者

 ea0244 アシュレー・ウォルサム(33歳・♂・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea1683 テュール・ヘインツ(21歳・♂・ジプシー・パラ・ノルマン王国)
 ea2066 ヴァイエ・ゼーレンフォル(19歳・♀・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 ea2564 イリア・アドミナル(21歳・♀・ゴーレムニスト・エルフ・ビザンチン帝国)
 ea3892 和紗 彼方(31歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ea4426 カレン・シュタット(28歳・♀・ゴーレムニスト・エルフ・フランク王国)
 ea9387 シュタール・アイゼナッハ(47歳・♂・ゴーレムニスト・人間・フランク王国)
 eb4257 龍堂 光太(28歳・♂・天界人・人間・天界(地球))

●サポート参加者

イコン・シュターライゼン(ea7891

●リプレイ本文

●花の香りと眠り姫
「おねえちゃん。大丈夫?」
 弟の声に答えることなく、少女は眠り続けていた。
 時折苦しそうな様子を見せる姉の手を握り、弟は放そうとしない。
「トーマス君。お嬢様は大丈夫です。少しお休みなさい」
「コリン‥‥」
 声をかける青年に向けて上げたトーマスの顔は、涙を必死で堪える顔、だった。
「だって、おねえちゃん、ずっと起きないんだよ。このまま目を覚まさなかったら、僕、僕‥‥」
「こおら! メソメソ泣いてるのはだあれだ?」
「えっ?」
 扉の開く音と、一緒に聞こえてきた明るい声に、トーマスは瞬きした。
 ぼやけた目元を擦るとそこには、暖かい笑顔がある。
「あっ! 冒険者のお兄ちゃん、お姉ちゃん!」
 頷く和紗彼方(ea3892)の横からついと進み出てヴァイエ・ゼーレンフォル(ea2066)は膝を折った。
「トーマスくんも突然の事に驚いて恐かったでしょうに。頑張ったわね。偉いわ。知らせに来てくれてありがとう」
 優しい笑みと、優しい眼差し。我慢していた涙がぽろん、と雫になってこぼれる。
「大丈夫。皆で必ず何とかするから、心配しなくていいんだよ」
 指でそっと涙の雫を拭い龍堂光太(eb4257)は笑いかける。つられてトーマスの頬にもほんの少し笑みが浮かんだ。
 そうそうとテュール・ヘインツ(ea1683)もトーマスに全開の笑顔を向ける。
「パピヨンは僕達が頑張って退治するからジェシカさんと一緒に待っててね、怪我してるんだからトーマス君もおとなしてなきゃダメだよ」
「そうそう、お土産があったんだ。お見舞い。解毒剤! えーっと、どこに入れたっけ? 普通の解毒剤でいいのかな?」
「とりあえず、普通のもので良いと思います。試してみましょう」
 バックパックをかき回す彼方の前でヴァイエも用意してきた解毒剤を差し出した。ジェシカの口元にそっと流し込む。
「飲んでくれた、かな? あっ!」
 彼方が嬉しそうな声を上げる。まだ瞼は動かないが頬に赤みが差し、呼吸も静かになっている。効果があったという印だ。
「解毒剤? お嬢様は毒に犯されていたのですか‥‥」
 ジェシカの様子と一部始終を心配そうに見つめていた青年コリンは息をつく。
 トーマスを保護し、家に戻った後はろくに外へも出れなかった。何がジェシカを昏倒させた原因かも解らなかったからだ。
 医者も呼べず、できるのは時折やってくるラージパピヨンに怯えながら、花の様子を確認することくらい。
「トーマス君が言うとおり、ラージパピヨンは確かに農園の近辺にいるようです。農園を何度か飛び回っているのを見ました。周囲には濃厚な燐粉が舞っていて‥‥」
 とても、近寄れなかった。情けないと頭を下げるコリンの肩をぽぽんとシュタール・アイゼナッハ(ea9387)は叩く。
「心配はいらぬ。困ったときはお互い様じゃ。わしも、このような虫の被害は他人事ではないしな」
「荒事は任せて。乙女の祈り、切なる思い、美しき花園に託されたその思いを守る為、招かれざる者を、葬ります。水の氷使いイリアの魔術、ご覧有れ」
 優雅に礼をとるイリア・アドミナル(ea2564)の横でカレン・シュタット(ea4426)も冒険者達も力強く頷いた。
「トーマス君や、コリンさんは家から出ないでね」
「ジェシカさんも二人が一緒にいてくれれば心強いでしょ?」
 冒険者達は窓の外に眼をやった。閉じられた戸の向こうからでも漂ってくる花の深い香り。
 満開の花畑が見えるようだ。
「この花園はジェシカさんの笑顔そのもの。必ず守って見せるから。ジェシカさんも頑張って。お花達があなたを待ってるのよ」
 ヴァイエの祈りにも似た誓いは、まだ眠り姫には聞こえない。
 だが、確実に伝わったはずだと冒険者は信じていた。

●美しい羽根の悪魔
「ふう、またパピヨン、しかも巨大なときたか」
 農園の上空を高く飛ぶグリフォン。その背に跨り地上を見下ろしながらアシュレー・ウォルサム(ea0244)は呟いた。
「‥‥あれか!?」
 花と緑のコントラスト美しい地上に、輝く虹色の羽根。それを取り巻く黄金の空気。大きな翼は広げればトーマスの言ったとおり数メートルには達しよう。
「お前らには恨みが有るわけじゃないが、ジェシカまで害したとなれば完膚なきまで叩き潰さないとね‥‥」
 哀れむように、決意するように自分に告げるとアシュレーはグリフォンの首筋に手を当てて、降下を命じた。
 敵は農園に有り。ならば、やるべきことは決まっていた。

 ‥‥雨が降る。
 本来なら満開のバラ園に歓待されるものではないが、今は我慢してもらおう。雨の雫に身体を濡らしながら、冒険者達は待っていた。
「どうです? 蝶の様子は?」
 心配そうなヴァイエの呼びかけにテュールは魔法のかかった目の、瞼を擦って頷く。
「今回は、上手く行ったみたいだよ。蝶が二匹、こっちに向かって飛んでくる! 流石アシュレーさん、タイミングバッチリだ!」
「できれば、一匹ずつ、といきたいけど、そこまで望むのは無理か‥‥」
 彼方はギュッと剣を握り締める。それは決意も一緒に握り締める行為だった。
 前回は、自分はサポートに撤することができた。だが、今回はそうはいかない。今回の参加者の半数以上が後衛職だ。彼らを守り、その力を発揮させるのが自分の仕事‥‥。
「前回はまるで役に立てなかったけれど、だからといって後ろで震えてるわけにもいかない。僕も囮くらいにはなってみせるから!」
 横に立つ光太の言葉に、彼方は小さく笑って、ピン! 指で額を弾く。
「囮なんて無理しないんだよ。できる事をすればいいの! あんな大きなパピヨンじゃ、キミが食べられちゃうかもしれないよ」
 それは自分にも言った言葉。光太の少し驚き、少し膨れた顔が照れくさそうに笑う。
「僕なんか食べても美味しくないと思うんだけどな。まったく、何でも大きくなればいいというわけじゃないと思うよ‥‥良く見えると不気味なものってけっこうあるし〜」
 ‥‥仲間達の笑み。
 そして、周囲の花々から、心を高揚させ幸福感を与えてくれる香りがする。
「油断せずに行きましょう」
 丁度いい具合、恐怖を感じていた手の震えも取れた。キリリと彼方は顔を上げる。
「よし! 一気に行くよ! 援護お願い!」
 言葉と同時に踏み込んで行った彼方と、光太、そして冒険者の前には大きく、美しい敵が立ちふさがっていた。

 敵との戦いは思った以上に苦戦を強いられた。
 第一にその巨体が繰り出す燐粉が冒険者の目を奪うこと。眼鏡にヘルメットで防御しても、空気が金に染まって見えるほどの粉は、直接間接冒険者達の動きの邪魔をする。
 第二に思った以上に素早い動き。武器を使い分けながらの攻撃を彼らは、ひらりひらりとかわす。空へと上がることも。
「くっ! 剣が届かない。やばっ。逃げられる?」
 駆け寄ろうとした彼方の背後から声が奔った。
「射線を! 走れ雷の矢!」
 声に咄嗟に反応して、身を交わした彼方の真横を、光の矢が駆ける。
 それは丁度パピヨンの一匹、その羽の真中を貫いて空に散った。羽根が揺れて燐粉が舞う。
「うわっ!」
 数歩退きながら彼方は舌を打った。あの燐粉はあまりにもうっとうしい。
「あの粉なんとかならないかな? あんなに大きくなければ袋とか被せるんだけど‥‥う〜ん、後は水?」
 アシュレーの魔法が促した雨はもう止んでいる。あの羽根をもう少し濡らせれば燐粉の飛沫が抑えられるのではと思う彼方の声に
「ならば、このイリアにお任せを!」
 イリアとその呪文が答えた。呪文を詠唱する。青い光に包まれた手が水の弾丸をはじき出した!
 真っ直ぐに天に向かっていたパピヨンは羽根を止めた。止めざるを得なかった。
 そこに第二撃。ウォーターボムで濡れた羽根に追い討ちをかけるように、高い角度に向けた氷の突風がかかる。羽根に氷がまとわりつく。
 パピヨンが地面に落ちた。すかさず光太が羽根の付け根に武器を立てる。まるで腕を切り落とすような感覚。だが、その一撃は確実に美しき悪魔の翼を奪ったのだ。
 蝶は泣かず、声も出すことは無い。だが言葉では無い何かで、仲間に思いを伝えるのかもしれない。
『お前は逃げろ!』
 そんな言葉でも聞こえたのだろうか? 一匹の聞こえない断末魔を確かめるように空で舞った後、残された一匹は空に向かって飛ぼうとした。
 だがそれを天から一筋の矢が、地から行く筋もの輝きが阻む。そして、それは地上に堕ちた。天から地へ。
 図らずも、そのパピヨンが落下したのはもう一匹の隣、ほぼ真横。重なるように着地し崩れ落ちた。彼らを包んでいた金の輝きはもはや無い。シュタールはクリスタルソードを地面に立てた。
 戦いはもう終わりだ。
「止め、任せるよ!」
 彼らの頭上で旋回するアシュレーの言葉に
「解った!」
 口元を押さえてていた布をずらして彼方は答えた。横に息を荒げながら光太が近寄ってくる。
「僕も、やるよ。この世界に生きる以上、命に向き合う事から逃げるつもりは無いから」
 うん、と頷いて彼方は、光太は、パピヨンに向けて剣を掲げる。
「もう、ジェシカちゃんの思いは曇らせない!」
 かすかに抵抗するように、パピヨン達は羽をはばたかせた。
 だがそれが最後。
 首を落とされたパピヨン達の羽は、暫くの間、ぴくぴくと動いていたのだが、やがて‥‥完全に静止した。
「‥‥もし、できるのなら、今度は人のいない花園を飛べますように‥‥」
 ヴァイエは静かに目を閉じた。心からの願いを込めて。

●香りの花束
 香りの歴史は人類の歴史と共に有ると言われている。人に鼻があり、側に花が咲いていた時から彼らはその香りを愛でて来たのだろう。
「急いで! でも丁寧に! 花をできるだけ傷つけないで!」
 朝露の消えぬ内に摘み取らねばならない。
「ジェシカさん。まだ貴女病み上がりなんだから無理しないの!」
 ヴァイエが気遣うが、そんなことは彼女の耳には入らないようだ。
「こんなに綺麗なのに摘んじゃうのは、もったいない気がするわね」
 大きく丹精された美しい花を指先でつまんで、手折る。イリアの呟きは最もであるが
「花の摘み取りは時間との勝負なんです。タダでさえ‥‥摘めなかった花もあるから、せっかくの花たちを無駄にはしたくないんです」
 真摯な目で、薔薇を見つめる少女の思いに、冒険者達は微笑んで、従う。
 昨夜、ラージパピヨンを倒し、家に戻った夕方、ジェシカは目を覚ました。弟の涙と、冒険者の笑顔に迎えられた彼女がその直後飛び起きて翌朝の摘み取りの準備を始めたのには流石の冒険者達も驚いたものだ。
「もう、花の最盛期が過ぎちゃいます。このままだと、折角丹精した薔薇達が、立ち枯れて無駄になってしまう! お願いです。摘み取りに力を貸してください」
 まだ寝てなきゃ、という思いが喉元まで出かかったが、それを飲み込んで冒険者達は協力することにした。元よりここまで関わってきて、そのまま帰るつもりは無かったからだ。
 集まった冒険者はほぼ総出で花を摘み、籠に入れる。その籠が一杯になるたびコリンの待つ作業場へと運んでいくのだ。
 本来なら門外不出であるというその製法をコリンは、冒険者達に覗かせてくれた。人の高さほどの大きな蒸留窯。その窯の中に水と薔薇の花びらを入れる。そして、煮るのだ。
 窯の上部は蓋がしっかりとしてあり、そこから細い管が出ている。そして横には冷たく冷やされた水と、器が。
「な〜るほど。蒸気で蒸留するわけなんだ。‥‥薔薇のオイルと薔薇の香りの水が分離していく‥‥」
 感心するようにテュールは呟いた。以前マチルド農園で見たのと同じ仕組みであるが、機材はより洗練されている。彼が一番香りの仕組みを理解しているので、ここの手伝いを任されたのだ。
「この技術がもっと広まれば、香りがもっと多くの人に楽しんでもらえそうなのになあ〜」
「確かに。でも、薔薇のオイルも薔薇水も半端ではない、手間と時間がかかっています。香りを楽しめるのがごく僅かな人でしかないのは仕方ないことでしょう。けれど‥‥」
 けれど、とテュールにコリンは囁く。
「僕も思いますよ。もっと多くの人が自分の為の香りを楽しめるようになったらいいのに。と。花の香りは人の心と身体を癒してくれる。いつか、誰もが自分の香りを纏うことが出来るようになったら、どんなにステキだろうって‥‥」
「そだね。あ、出てきた。ちょっと嗅いで見てもいい?」
 とろとろと、ゆっくり出始まった薔薇のオイルにテュールは鼻を寄せた。
「うわあっ、凄い!」
 陳腐だが、他に言葉が出なかった。
 無色透明なのに、甘く、優しく、高貴で、穏やかで、薔薇のありとあらゆる美しさを集めて作った‥‥それは花束のような香り。
「ジェシカさんが、無理してでも頑張って作ろうとしたのが、解る気がするよ‥‥」
 そこには花園で感じたむせ返るような香りは無い。
 ただ、深い愛情の詰まった思いが広がっていた。

●思いの咲く園 
「もう少ししたら今年の薔薇と、ラベンダーの香水が出来上がりますから、また来て頂けませんか?」
 ジェシカはそう言って、冒険者達を見送った。
 収穫の最盛期は冒険者の力で何とか乗り切った。じき両親も戻ってくるというし、後は自分達でなんとかできると笑ってくれたので、冒険者達もひとまずほっとした。
「香水のお土産、ずっと欲しかったんだよね。うん、ぜひ来たいな。お土産に持って帰ったら、きっと、喜んでくれるぞ!」
 新妻の笑顔が頭に浮かんで、アシュレーの笑みは止まらない。
「香水の調合はあそこでは、やっておられませんのね」
「近くの調香師に任せてるって言ってたよ。あ、でもコリンさんは調香の勉強してるって‥‥」
 いつか大事な人に、彼女だけの香りを贈りたい。との思いを聞いたのはテュールだけ。だから、それはまだ口にはしない。
「摘み取りをしながら裏表、根元まで調べた。今後あの花園で同じようにパピヨンが孵り、花を害することはあるまい」
「そうであって欲しいよね。ジェシカさん、頑張って来たんだから」
 話しながら光太は仲間と花園を見つめる。そこはまだ薔薇の色が感じられるものの、満開の華やかさは無い。だが‥‥それでも、美しく思えた。
(「それは、きっとあの場に生きる、生き物の、人々の、そして花たちの思いが咲いているからだろうな」)
 
 だから、心から思う。今度こそ、二度と招かれざる来訪者がやってこないように。
 彼女の笑顔が、曇ることの無い様に。と。