●リプレイ本文
●定例健康診断
しばらく見ない間にダイエットL夫人達の表情は初めて会った時に比べ、見違えるように明るくなっていた。冒険者達の助言通りに実行した成果が出てきているからだろう。
さらに今日はガブリエラの夫も来ていた。妻が何をしているのか気になったらしい。
「はい、皆さん特に異常はないようですね」
皇天子(eb4426)が四人の夫人の健康診断を終え、一息ついた。
四人とも風邪はもちろん、内臓疾患等の症状も見られない。天子達に言われた通りの限度を守って励んでいるようだ。
「悩みや不安があったら遠慮なく言ってくれ。どんなに小さな事でもいい」
「大丈夫よ。おかげ様で気持ち良く毎日を過ごしているわ。最近はグードルーンさんと林道を歩いたりもしているのよ。とても気持ちがいいの」
篠崎孝司(eb4460)へビルヒニアが上機嫌に答えた。
今のところ、彼女に一番効果が現れているように見える。機嫌が良い理由にはそれもあるだろうが、何より同じ悩みを抱える者と一緒に目標に向かって努力する事に心強さを感じているのかもしれない。
「毎日が楽しいというのはいい事だ」
「それにしても、これからいろいろして頂くというのに、このように時間を割いて下さって、ありがとうございます」
グードルーンが天子と孝司に改めて礼を言った。
「ここに来る時は必ず診ると決めているからな。医者としての義務だ」
と、孝司はニコリともせず答えた。
愛想がないと言ってしまえばそれまでだが、そんなところにももう慣れてしまっている。
その様子にアマツ・オオトリ(ea1842)がかすかに口元をほころばせる。
「貴殿達は以前とは見違える程に肌の張りも良くなっている。体型も若干であるが締まってきた。これも努力の賜物だな」
「あなたの勇気のおかげかしら」
と微笑んだのはガブリエラである。腕の傷を気にし、夏でも長袖の彼女だがサウナには仲間の三人と入っている。前の彼女なら考えられない事だ。
その言葉を聞いたレイヴン・クロウ(eb3095)がやや心配げに尋ねた。
「サロンではドレスを着るんだろ? それに体重計はともかくサウナのお披露目は‥‥」
しかしガブリエラは不思議な力強さで頷いてみせた。
「ドレスは長袖ですが、いつかはと思ってます。不思議な事にサウナでは腕の事も気にならないのですよ」
「そうか。ならいいが。それはそうと、いつまでも室内の昇降運動だけでは飽きてしまうだろう? グードルーン嬢のように林道を歩いてみるのも悪くはないんじゃないか? ‥‥まぁ、無理強いはしないが」
「そうですわね。いつまでも引っ込んでばかりもいられませんものね」
外に出る事などほとんどなかった彼女が、ずいぶんと変わったものである。
「最近は昇降運動と柔軟体操くらいか?」
「ええ。他は庭を歩いたりかしら」
「そうか。それと神聖魔法を使える知人にクローニングについて聞いてみたんだが‥‥」
言いにくそうにレイヴンはいったん口を閉ざした。
その様子にガブリエラはだいたいを察した。
「傷跡を消す事はできないのですね」
「力になれなくてすまない」
「そんな、気になさらないで下さい。それよりも、尋ねて下さった事にお礼を言いますわ。その知人の方にもお礼を言っておいて下さい」
とは言うものの、ガブリエラも残念そうである。
が、そこに華岡紅子(eb4412)が明るくこう言った。
「諦めるのはまだ早いわよ。お化粧次第で傷跡なんていくらでも隠せるのだから」
そこでさっそくグードルーンは侍女に化粧道具を用意させた。
紅子はガブリエラに腕を出してもらい、化粧道具を使って傷跡をすっかり目立たないようにしてしまった。
ガブリエラの腕の傷は、肘から手首にかけてとかなり大きいが、これなら大丈夫、と本人含め夫人達も納得した。
一番喜んだのはもちろん当人で、紅子から方法を学び何度も感謝の言葉を述べた。
「これで痩せれば堂々とパーティに出かけられます」
あんまりガブリエラが喜ぶものだから、ついに夫が口を挟んだ。
「おいおい、あんまりパーティに出席されると私との時間が減るのではないか? それは困るなぁ」
「ちょっと、あなた‥‥」
「ふふ、ごちそうさま」
夫婦の仲むつまじい姿に、紅子は茶化すように笑った。
和やかな笑いが流れ、話は再びダイエットへと戻る。
「ふむ‥‥夫人の悩みは万国共通なのじゃな。妾も甘物は好物じゃ」
しみじみと呟く龍宮殿真那(ea8106)。彼女のほっそりとした体型も努力の賜物なのだろうか。
健康診断が終わったグードルーンへ山田リリア(eb4239)が遠慮がちに相談を持ちかけた。
「知的好奇心の満足が報酬‥‥という自分自身の言葉に背くようで本当に恥ずかしいのですが、もしよろしければ来賓の方々に医者として紹介して頂けないでしょうか」
「もちろんかまいませんよ。あなた方には本当に感謝してますので、どうか恥ずかしいだなんて言わないでくださいな」
グードルーンの快い返事にほっと息をついたリリアは、
「私はどのような手段を使っても故郷に帰還するつもりですが、それまでにこの世界のため、私の持つ技術と知識をウィル国に広めるつもりです。そのために、まずはそれらの価値を知らしめるために上流階級向け医師として自分を売り出したいのです」
と、気持ちを打ち明けたのだった。
その頃エリシーナ・ヴェルトハイム(eb4389)は、皆から少し離れたところで携帯電話の画像に見入っていた。前に来た時に撮ったグードルーン達と今の彼女達をこっそり見比べているのである。
「ぱっと見はあんまり変わらないよね‥‥まぁ、まだ始めて少しだから当たり前だけど」
「何が変わらないの?」
画面に集中するあまりエリシーナは人の接近に気付かなかった。叫びそうになるのをこらえて声の主を振り返ると、フォーリィ・クライト(eb0754)が立っていた。
「えと、前に撮った画像と今のあの人達、ぱっと見た感じは変わってないなぁって」
エリシーナが差し出した画像をフォーリィも覗き込む。
「そうね。ま、これからだよ。ところでさ、あたし何かしたかなぁ?」
「どうしたの?」
「さっきちょっと庭を回ってたら、何か手伝いの男の人達の視線が気になってね‥‥」
「見とれてたんじゃないの?」
「それなら嬉しいんだけど‥‥そういう雰囲気じゃないのよ。あ、ベルさんだ。聞いてみようかな」
フォーリィは通りかかったグードルーンの侍女ベルを呼び止めた。そしてその話をすると、何故かベルはクスクスと笑い出したのだった。
「すみません、笑ったりして。ですがフォーリィ様が心配しているような事ではないんですよ。サウナを作っている時の勇姿が忘れられないのでしょうね」
「ゆ、勇姿? そう聞くといい事のようだけど、それってつまりは‥‥」
女の子としてはその先の言葉は伏せたい。
「え、えっとカッコイイねって事だよね、ベルさん!」
「もも、もちろんですよ! 筋肉とか鉄とかそういうんじゃないです」
「ベルさん!」
「うわぁぁ〜ん!」
伏せておきたい言葉を慌てるあまりうっかり口にしてしまったベル。エリシーナが止めようとしたが手遅れだった。そして傷心のフォーリィは泣きながらどこかへ走り去って行ってしまったのだった。
●当日の持ち場決定と準備
応接室の一室を借りた冒険者達は、サロン当日の役割分担について話し合いを始めた。グードルーン達も同席しているが、基本的には話し合いには参加しない。確認と把握のみである。
「やるべき事はいろいろあるだろう。まずはそれぞれ意見を言ってみてはどうだろうか? ちなみに私は全体の流れを管理しようと思う。貴殿達が披露する講習会や公開実験の段取りを女中の方々と打ち合わせよう」
というわけで、アマツが総責任者のような立場になった。
続いて当日集まるであろう料理人達への講義はリリアと天子達数人が受け持つ事になった。
「我が輩は体重計に関する説明と、勉強会での『地球式肥満理論』の解説であるな」
それまでは体重計のメンテナンスをしていよう、とディーナローゼ・メーベルナッハ(eb4107)が言った。
「手伝おう」
と、短く孝司が告げた。
体重計のメンテナンスと聞いて紅子がぽんと手を打ちグードルーンを見やる。
「サウナが広まるのは嬉しいけど、間違った作り方や使用方法で事故が起きたら大変。今後のためにサウナに関する規格を作って、徹底させる準備をしたいの。そこで、工事指導内容や設計図、使用方法をセトタ語で記録したいのだけど、ご協力願えるかしら」
「よろこんで力になりますわ。後で字の達者な者を呼んでおきましょう」
グードルーンは快く引き受けた。
「僕は健康に関する話として、ラジオ体操の事でも話そうかな」
塚原明人(eb4113)の提案に、地球出身者以外の者が不思議そうな顔になる。
「音楽に合わせて体操をするんだよ。激しい動きはないから、適度なストレッチと運動量でお子様からご老人まで、寝起きの運動に最適なんです」
「体操のたびに楽士を呼ぶのですか?」
首を傾げるグードルーンに、明人はラジオについて説明しようとしたが、夫人達には理解できなかった。
が、ともかくその体操は音楽がなくても問題ないと言って納得してもらった。
「自分は‥‥お客様のお相手や‥‥給仕などをしようか。人手は‥‥多いほうがいいだろう‥‥?」
呟くように言ったシスイ・レイヤード(ea1314)は、ふと自分の背に隠れるようにしているフォーリィに気付いた。
「どうした‥‥フォーリイ」
「何でもないよ‥‥。あたしはどうしようかな。知識も腕も料理は壊滅的だし。下準備の手伝いでもしようかな‥‥」
またそういう意味で注目されるのかと思うと落ち込みそうになるが、気遣わしげなシスイに彼女は無理矢理笑顔を返した。
下準備の手伝いとしては他にレイヴンも加わった。
「私もアマツ殿に協力するとしよう。今回は普通のサロンと部屋割りや区画整理が違うだろうから、家宰の方と相談して席次やエスコートの順番を決めたいと思う」
「アリア殿、もしお手すきの時間があればこの世界でのサロンの服装や立ち居振る舞いなどを教えてくれんかの?」
真那や他の天界人達の要望で、アリア・アル・アールヴ(eb4304)は一通りの礼儀作法を教える事も引き受けた。
「ガブリエラ嬢達に恥をかかせるような事はしたくないからな」
「先ほども言ったが今回は普通のサロンとは違って、場の移動や私達による説明なども入るからそんなに固く考えることはないが‥‥そうだな、笑顔はあったほうがいいだろうな」
レイヴンへアリアが答えたが、何故かレイヴンは押し黙ってしまった。
思い返してみれば、今日まで誰もレイヴンの笑顔を見た者はいない。
難しい顔になってしまった彼に、アリアとアマツが追い討ちをかける。
「愛しい女人の事でも思えば、自然と笑みもこぼれよう。 一人くらい、いるだろう?」
「貴殿の笑顔があれば、成功間違いなしだと思うぞ」
「まあまあ、そのように追い詰めては気の毒というものじゃ。レイヴン殿の笑顔はとっておきということで。な」
真那が仲裁に入るが、むしろますますプレッシャーをかけている。
(「これもタロン神の試練か‥‥」)
笑顔ができるかどうかはともかく、レイヴンは密かに観念した。
●健康的食事献立とは
招待される貴族達と共に健康的食事に興味のある各貴族の家の料理長達が、勉強会のための一室へ案内されてきた。
グードルーンは講師となる冒険者達をどう紹介するか悩んだ結果、リリア、ディーナローゼ、天子を医者と紹介し、紅子、エリシーナ、明人を補佐と紹介することにした。
アマツが用意した黒板と白墨に、この中で一番セトタ語が堪能なディーナローゼが要点を書き記していく。
ディーナローゼは、地球式肥満理論を展開していった。最初にここに来た時にグードルーン達に説明した内容である。
「肥満とは、供給されるカロリーが消費されるカロリーを上回る事で起こる現象である。カロリーとは、食べ物が体内で消化される事によって生み出される、体を動かすのに必要な力の源である」
さすがに長年料理長を務めるだけあり、なかなか飲み込みが早かった。カロリーという初めて耳にする単語にも、すぐに馴染んだ。
ディーナローゼは、彼らが羊皮紙に板書を書き写していくのを見届けてから先を続けた。
「体を動かすのに使われなかったカロリーは『脂肪』に変わって体の各所に蓄積されるのである。その脂肪が過剰に蓄積される事で、やがて肉体そのものが肥大化する。それが肥満である。‥‥ここまでで、何か質問は?」
手を挙げたのはビルヒニアの家の料理長ダリオだ。
「奥様からの指示で今は野菜中心の献立ですが、実は前々から気になっていた事がありまして、それぞれの野菜がどんなふうにダイエットに良いのかという事なんです。最近の奥様は以前よりも運動量が増えています。それなら精のつくもののほうが良いように思うのですが、肉料理は控えてらっしゃるのです」
「私が説明しましょう」
ディーナローゼに続き、シワ一つない白衣をビシッと着こなした天子が、色とりどりの積み木をテーブルの上に置いた。
「まず、痩せるためではなく健康面から話を進めたいと思います」
そう前置きしてから、天子は積み木を色別に分けていく。
「食物にはそれぞれ健康を維持するための効果があります。それぞれ栄養素というものがあり、炭水化物、たんぱく質などなくてはならないものです」
白い積み木が炭水化物、赤い積み木がたんぱく質、と説明していく。
「これらのどれが欠けても、人の体は不調をきたします」
「え? それなら今の献立は‥‥」
肉に含まれる栄養素を欠かしているのではないか、とダリオは心配顔になった。
天子は「大丈夫です」と頷く。
「失礼ですがあのご夫人方はすでに体に脂肪分をたくさん抱えていらっしゃいます。今は外から摂る必要はありません。料理に使うくらいの少量で充分なのです」
ディーナローゼのカロリーの話を思い出したダリオは、なるほどと安堵した。
続いてもっと具体的な話に移る。参加している料理長の中には、ダイエットとは関係のない家からの人もいるからだ。
リリアは天子の積み木を借り、今度は食材に当てて分けていく。
「食材は、大きく分けて六つの種類があります。魚・肉・卵・大豆、牛乳・乳製品・小魚・海藻、緑黄色野菜、緑黄色野菜ではない野菜・果物、パン・麺、米にイモ‥‥はこの国にはありませんね、それから油・バター」
それぞれ六種が円形にまとめられた。
「これらをバランス良く料理に使うことが全ての基本です。食される方により最適な量とバランスは異なってきますが、これは実際に毎日調理される皆さんが、体重や体調の変化を見つつ調整されるのが最も確実です」
積み木はどれも均等な個数を振り分けられている。料理長達は今日までの自分の献立を振り返った。主人の命令は絶対だが、ここまでの三人の説明を聞くと抑えるべきところは抑えないとそれこそ主人の健康に関わるとつくづく思うのだった。
「若い時はいいけど、だんだん年を重ねると脂っこいものって良くないんだよね。年を取っても健康を維持したいなら、肉より野菜、穀物を主食にしていったほうがいいと思うの。あ、でもいくら体に良いからって偏りすぎは良くないよ」
エリシーナが補足する。
「しかし野菜ばかりだと味気ない食事になりそうだなぁ」
呟いて考え込んだのは、招待客の家の料理長だった。
「ダイエットをする必要がないなら絶つ事もないよ。でも、あなたが見て多いかなと思ったら少し減らせばいいんじゃないかな」
エリシーナが答えると、彼は「ふむ、ふむ」と何事か考えながら頷いた。
話はもう少し細かい部分へ移る。
リリアが分けた積み木を指差し、紅子が言った。
「野菜の中には食物繊維というのがあって、根菜類や海藻に多く含まれているのね。この食物繊維はお腹の中をキレイにしてくれるのよ。つまり、便通が良くなるのね。便秘が健康に悪い事は知ってるわよね?」
「根菜類というと、ニンジンやカブですね」
また別の招待客の料理長である。
紅子は頷き、話を続ける。
「細かく切ってスープにしたり、海藻も塩とビネガーでサラダにしてもいいわね。ただ、やっぱり摂り過ぎは他の栄養素の吸収を阻害するから気をつけて」
「適量とは、どれくらいなのでしょうねぇ」
「家の人が皆肥満でも痩せすぎでもなければ、偏りのないようにメニューに入れればいいのではないかしら?」
「うぅん‥‥難しく考えないほうがいいかもしれませんねぇ」
どうやら考えすぎて混乱し始めているようだ。
思考の堂々巡りに陥りそうになった彼らの気をそらそうと、明人はもうじき採れるだろうヨモギについて話し出した。
「ヨモギはアクが強いからあまり口にする事はないと思いますが、健康という事を考えればとても効果のあるものなんですよ」
ヨモギは肉料理などの消毒のように使われていたため、明人がお茶として飲んでもいいと言ったので、料理長達は少し信じられないような顔をした。
「ヨモギはほぼ全ての臓器の活力を高めます。効能は多すぎて説明にキリがないから省くけど、主なものとして増血作用や婦人病全般への効果があるのが有名ですね。あと、料理に使うオイルだけど、オリーブオイルを勧めるよ」
それから‥‥と、明人は疑問顔になって料理長達を見た。
「僕から質問するのも変なんだけど、根野菜ってどの程度食べてます? 風習的に嫌われてたり、専門職の人件費が入って高かったりします?」
「どれも普通に食べているよ。まぁ、高価なものもあるがね」
答えたのはグードルーンの家の料理長だった。
「じゃあ、ギムネマやアカザ、カンゾウにケツメイシなんかは? この国にはないのかな」
「ふむ‥‥ギムネマはメイの国で、カンゾウとアカザはランの国で採れると聞いたが‥‥この国に入ってきたという話は聞かないねぇ。ケツメイシに関しては全くわからないよ。採れる量が少ないか、この国に需要がないか‥‥」
「そうですか‥‥」
最後に、ディーナローゼがここまでのまとめをして、勉強会は終わった。終わってしばらくの間、冒険者と料理長達はどんな料理ができるかという事について話し、有意義な時間だったと冒険者達に礼を言ったのだった。
●大人気? サウナ&体重計
勉強会が行われている頃、庭ではサウナと体重計の披露がされていた。
体重計は室内にあったが、シスイやレイヴン、孝司らの協力により庭へ出されていた。
案内はアリアが受け持ち、警護としてフォーリィが後についた。
アリアは青と黒を基調とした軽鎧に天界渡りの赤マント、フォーリィは騎士訓練校女子制服に聖剣アルマスを帯びるという、二人して凛々しい出で立ちであった。
体重計披露担当のディーナローゼが勉強会に出ていていないので、アリアはまずサウナの前に来賓客達を連れて行った。
移動がてらアリアはグードルーン達が天界の未知の知識を受け入れ、飲み込んでいったかを説明した。もちろん、それだけではなく貴族達を楽しませる会話も欠かさない。
その時一人の婦人が尋ねた。
「レースには参加なさらないのですか?」
「こちらの依頼が先約だったのです。それと‥‥実は恥ずかしながら不祥事を起こしてしまいましてね、ここは初心に戻って従士のごとく積み重ねなければと思ったのですよ」
と、自嘲気味に答えた。
また、貴族の列の最後尾にいたシスイは、サウナについていろいろと聞かれていた。
「長時間使用は‥‥きついらしいですね。もうじき‥‥担当の者が説明をしますので‥‥どうぞ前へ行って‥‥お聞きください。丁寧に教えて差し上げると‥‥思いますよ」
ちょうとそう言い終わった頃、アマツと共にグードルーン達四人が前に立った。
貴族達の意識がそちらに向いたところでシスイは場を外し、飲み物等給仕のためいったん屋敷へ戻っていった。
それからグードルーン達四人の夫人は、これまでサウナを使用してどのような変化があったか等の体験談を、アマツの司会に沿って話して聞かせた。
そこから話はダイエットへと移っていった。
サウナには普通に運動した時と同じくらいのカロリー消費があるらしい、という事を話したガブリエラへ、彼女と同じくらいの年齢の夫人が質問をした。
「‥‥つまり、それだけ疲れるという事ですわよね。急にそんなに疲れて大丈夫ですの? かえって体に悪そうですわ」
ガブリエラに代わって答えたのはレイヴンだった。
「早く痩せようと運動量を極端に増やすとかえって体を痛めてしまうだろう。どのくらいがちょうどいいかは個人差があるだろうから、何とも言えないが、自分で無理してると思ったらそこまでにするといいと思う。それで、ガブリエラ嬢が続けている昇降運動はその点調整しやすいだろう」
と、レイヴンは昇降運動の説明をした。
「この運動は腹筋背筋と各所を鍛えることができるが、特に足が引き締まる」
「脚線美を保つには最適というわけじゃ」
わりと質素なドレスでまとめて控えていた真那が付け加えた。
体を美しく保ちたいと思うのは女性なら当たり前の事。その夫人は昇降運動に必要な器具についてより詳しい説明をレイヴンに求めた。ついでではないが、彼は色によって食欲を抑えるマジナイの話も聞かせた。
それが終わる頃、シスイが飲み物や軽い料理を運び侍女のベル達と庭へ戻ってきた。一息ついた頃には勉強会に出ている冒険者達もこちらに駆けつけるだろう。
食べ終わった食器類をシスイ達が片付け始めた頃、白衣の一団が邸内から現れた。
その先頭を歩いていた紅子がさっそくサウナについて話を始める。
彼女は実際に中に貴族達を案内し、正しい使用方法や構造と効果を説明した。
「ご希望の方がいらっしゃれば、後でお試しになられてはいかがかしら」
そう勧めると、グードルーン達がそうだったように裸になる事に抵抗を示す反応が返ってきた。この場には男性もいるからなおさらだったのだろう。
「私もご一緒しますよ。体にタオルを巻いたり薄い布をはおって入るのもありです」
天子の言葉に「それなら‥‥」と興味を見せる夫人が出た。
フォーリィが安心させるように微笑み、
「万が一の不届き者には、あたしが容赦しませんから」
と宣言する。騎士学校の制服と帯剣姿に夫人達は少し安心したように微笑みを返した。
「それから、お肌に良いマッサージはご存知でしょうか。マッサージというとたいていはマッサージ師にやってもらいますが、今日はご自分でもできるフェイシャルマッサージをご紹介いたしますね」
紅子はそう続けて、貴族達にもっと近くに来てもらいマッサージ法を伝授していった。
「では、お次は体重計へご案内しよう」
夫人達はマッサージ法を復習しながらアマツの後を進んだ。
やたらと大きい天秤に目を見張る貴族達へ、ディーナローゼが体重計として紹介を始めた。
「使用法としては、まず片方の座席に測定者が座る。次に反対側の樽に水を注ぎ、双方を釣り合わせる。釣り合うまでに注いだ水の量の合計の重さが、測定者の体重というわけであるよ。実際に量ってみるである。篠崎殿、よろしいかな」
うむ、と短い返事と共に礼服姿の孝司が現れ、測定者席にゆっくりと腰を下ろした。
樽に入れるための水はシスイや家人がすでに用意しておいた。後はディーナローゼが一リットル枡で孝司と釣り合うまで水を注ぐだけだ。
「今回は見本という事で服を着たままだが、本来なら測定者はできるだけ薄着になってもらいたい。服の重量も体重に加算されてしまう故。‥‥と言っても、全裸になる必要はないであるよ」
と、注意点を言いながら水を移し続けるディーナローゼ。
しばらく後、孝司の体重が出された。
「うむ、51キロであるな。後は身長を測れば肥満度を計算で出す事ができるであるよ。えーと、式は‥‥」
「体重÷身長÷身長ですね。身長はミリメートルで」
「おお、そうだったな。すまない皇殿。それで、算出された数値で肥満度がわかり、それが標準を越えていれば食事を気をつけるなり運動するなりと、対処できるのであるよ。どうだろう、試しに体重を量ってみようというお方はいらっしゃるかな」
夫人方は顔を見合わせた。皆、興味はあるのだが、どうにも気恥ずかしさがあるのだ。
それならば、とアマツが進み出た。いつかのサウナの時を彷彿とさせるシーンである。
「自己管理のためにもぜひ、正確な体重を知りたいと思う。剣を振りぬくには、体重が軽すぎても重すぎてもいけないからな」
アマツは剣士である。それでもやはり女性が大勢の前で体重を量ってみせるというのは、本人の気持ちはどうあれ夫人達にはとんでもない勇気に思えた。
孝司の時と同じように作業が進み、
「出たぞ。69キロである」
「かたじけない。これからの修行に生かそう」
アマツは平然としたものだった。
「僕も量ってよ」
と、地球の制服で出席している明人が続く。
「そういえば今日はダイエットが中心だが、その反対という話もあるな」
水を入れながらディーナローゼが言い出した。
どういう事かと首を傾げる明人へ、
「太りすぎも問題だが痩せすぎも問題という事であるよ。よし、40キロである」
明人は決して背が低いわけではない。体質だとしたら、女性達にとってはうらやましい話だが、痩せすぎも問題と言われると少し微妙な気持ちになる。
その後、被験者達に勇気付けられたか、一人の夫人が「量ってくれ」と出てきた。
ロキサーヌ・コロンという夫人であった。彼女は知識欲旺盛な女性で特に今は天界の知識に強い関心があるという。
「ここに座ればいいのですね。これは実におもしろい器械ですね。やはり自分で体験するのが一番と、思い直しました。よろしくお願いします」
しばらく後、体重が出された。
「こっそりお教えしようか?」
と、ディーナローゼは気を遣ったが、ロキサーヌは公表してかまわないと言った。
「では、54キロである」
「ありがとう。あぁ、何だか家の者の体重も量ってみたくなってしまいました。私も作ってみようかしら。よかったら設計図を見せていただけませんか?」
設計図を見たとたん、アミエ邸を飛び出しそうな勢いである。きっとロキサーヌは体重計を作るだろう。
そんな中、エリシーナは体重計に乗りたそうな夫人を見つけた。
「体重は秘密って事で、どうですか?」
と、思い切って勧めてみると、その夫人も決心がついたようでディーナローゼに願い出た。
そんなかんじで、全員が量ったわけではないが、今後サウナ共々貴族界に広まりそうな感触であった。
「何か質問はあるお方は?」
アマツが貴族達を見渡すと、ロキサーヌが手を挙げた。
「ダイエットというのは、いったいどれくらいの期間続ければいいのですか? 目安がわからないと続けられないと思うのですが」
これには明人が答えた。
「実はグードルーンさん達も今はまだ準備期間なんだ。最初の二ヶ月が準備期間で生活習慣の改善。次の三ヶ月が第一期間で脂肪燃焼体質への体質改善と筋力強化。続く四ヶ月が第二期間で個人別の目標に合わせた体型調節。最後の三ヶ月が調整期間で体型と体重の維持状態の確立。大まかにこんな感じだよ」
「けっこう長期戦なのですね。ありがとうございました」
「他に質問のあるお方は‥‥いないようだな。では、最後に塚原殿から健康に良いという体操を教えて頂こうと思う」
改めてアマツに紹介され、明人は地球のある国でお馴染みのラジオ体操第一を、実際に貴族達にもやってもらいながら教えたのだった。
夕方になり、サウナを体験した貴族達も帰っていくとグードルーン達も冒険者達も少し呆けたように息をついた。招待した貴族達の反応は上々。健康についてかなりの興味を持ったように見えた。今後、いろんな健康法が出るかもしれない。
●最後の授業
翌日、真那とフォーリィがグードルーン達に勧める最後の項目として乗馬を提案した。
馬に乗ることは四人ともできるが、普段の移動には馬車を使う。
「まず、横乗りではないぞ」
と、真那が切り出す。
「ヒザを締めることで歩くこととは別の太腿の筋肉を使うのじゃ。揺れる馬体の上でバランスを取るので、背中や腰の体幹筋肉が鍛えられる。乗馬服はお持ちかの? それを着る事で身も心も引き締まるかもしれぬの」
「もうだいぶ乗ってないですね‥‥」
「それなら、感覚を取り戻すまであたしが同乗しましょうか?」
不安げなグードルーンにフォーリィが言うと、彼女はぜひにとお願いした。
「あの乗馬服、もう着れないわね。新調しないと」
一番興味なさそうだったソフィアの口からこのような言葉がもれた。
こもりがちな彼女もこれで少しは外に出る機会が増えるのでは、とフォーリィは期待した。
フォーリィの軍馬はさすがに夫人達が乗るのを怖がったので、馬はアミエ家の大人しい馬を使うことになった。四頭用意された馬にそれぞれ冒険者が付き添い、春の日差しの中、庭をゆっくりと回った。