●リプレイ本文
●まずは健康診断から
冒険者達がアミエ邸に着くと、夫人達はすでに集まり彼らの到着を待っていた。どこか気まずい空気のまま。皇天子(eb4426)は、そのことに触れる前にまず四人の健康状態を確認することから始めた。
グードルーン、ガブリエラ、ソフィアと続き、最後のビルヒニアの診察の時にふと手が止まる。
「少し目が赤いようですが、夜はちゃんと寝てますか?」
「ええ‥‥いつもどおりよ」
答えるビルヒニアの声には、いまいち精彩さがない。しかし天子は「そうですか」とだけ言って診察を終えた。それから四人に向かって艶やかな微笑みを見せ、
「問題ありません。ダイエット効果も充分出ています」
と、告げた。
瞬間、ソフィアが不審そうな視線を天子に投げかける。そうくることを予測していた天子は落ち着いてそれに対応した。
「しばらく間を置いた私達だからわかるのです。まず、皆さんの肌の状態がとても良くなっています。甘いもの、脂分を多く取ると肌は荒れるのですよ」
言われたソフィアはしげしげと自分の腕を見つめたのだった。全体の診察が終わると、個別の診察である。小広間の中に、特にカーテンなどで区切りはしないがそれぞれが間隔をあけて冒険者達へ今日までのことを報告した。
天子はガブリエラの担当である。天子と並んでレイヴン・クロウ(eb3095)も椅子に腰掛けている。前回会った時よりもガブリエラの表情は明るい。が、ドレスはやはり長袖だった。天子はレイヴンの代わりにガブリエラの足の診察をしていた。レイヴンが勧めた昇降運動により足を傷めていないか診るためだ。
「最近、主人が綺麗になったと言ってくれましたのよ。天子様とレイヴン様のおかげですわ」
「それは良かったですね。ところで、もう一つ良い話があります」
「何かしら」
「ガブリエラさんの腕の傷のことです」
「あ‥‥このことは、いいのです」
「まぁ、まずは聞いて下さい。確かに、天界の医学でもその傷は治りませんが、この世界の神聖魔法にクローニングというものがあり、高度な術士はその傷を治せるそうです。天界にもあなたと同じ悩みを持っている方がたくさんいます。ガブリエラさんは治すことができるので幸せなんですよ」
ガブリエラは信じられないことを聞いたように、返す言葉もなく天子を見つめていた。やがて、服の下の醜い傷跡を見るように視線を落とし、呟いた。
「高度な術士‥‥神聖魔法のクローニング、ですか‥‥」
「よし、足に異常はありません。足首が引き締まって綺麗になってきましたね」
「何か不安に思うこととかはあるか? 何でも言ってくれ。疑問でもいい」
身体に異常はなさそうなので、レイヴンは精神面の診察に移った。
「わたくし自身は特に何も。ですが‥‥」
と、ちらりとソフィアとビルヒニアを見やる。
「あれから一言も言葉を交わしませんの。お互い、この状態をやめにしたいと思っているはずなのですが‥‥」
「言葉にしなければ伝わらぬことは多いからな。俺など愛想もなければ口も回らんから誤解され放題だ。‥‥特別怒ったり挑戦したりしているつもりはないのだが‥‥」
ため息混じりのレイヴンの言葉に、ガブリエラは思わず笑みをこぼす。
「どんな人に対しても真剣でいらっしゃるのでしょう。レイヴン様の良いところではありませんか?」
ガブリエラに不安があればそれを解消するつもりでいたのだが、逆に慰められてしまったレイヴンだった。
そしてレイヴンにため息をつかせた原因はというと、篠崎孝司(eb4460)に細かい診察を受けていた。主に、問診・触診・打診である。天子の診察の時に「目が赤い」と言っていたことは聞いている。ビルヒニアは夜はちゃんと寝ていると言っていたが‥‥。
「これは‥‥ひどく肩が凝っているな。頭痛がしないか?」
「ええ、少し。でも、何てことないわ」
「食事制限と慣れないことの連続で心身共に落ち着きがなくなる時期だろう。無茶や焦りは禁物だ」
孝司に咎められ、ビルヒニアは黙り込んだ。
「肩こりの原因は‥‥もっと別のところにある‥‥のではないかな?」
診察の様子を見ていたシスイ・レイヤード(ea1314)が、遠まわしにソフィアと喧嘩したことを指した。
そのことに気付いたビルヒニアは顔をうつむける。
「言い過ぎた‥‥自分が悪かった‥‥そう思っているなら‥‥早く謝ったほうがいいぞ? 時間が経つと‥‥言いにくいし」
「私はただ‥‥」
そう呟いて、ビルヒニアはまた口を閉ざしてしまった。謝ったほうが良いことはわかっているのだが、気位の高さが邪魔をしているようだ。素直になるにはもう少し時間を置いたほうがいいのかもしれない。シスイも孝司も、それ以上は何も言わなかった。
その頃別室では、侍女達の控え室でフォーリィ・クライト(eb0754)がビルヒニアの侍女マノンと話をしていた。内容はもちろんビルヒニアのことである。
ソフィアと喧嘩をした後の主人の様子について、マノンはこう答えた。
「食事量も運動も指示通りにこなしています。ビルヒニア様は、そういうところは意志の強いお方ですから。けれど‥‥最近全然笑って下さらないのです。いつもため息ばかりで。あの、これってあまり良いことではありませんよね?」
グードルーンの侍女との関係とは違い、マノンとビルヒニアは完全に仕事の関係なのだろう。だからマノンも踏み込んだ発言はできないでいるようだ。
どうにも沈んでいる様子のソフィアに、塚原明人(eb4113)はダイエットの段階を話すことにした。
「今、ソフィアさんがやっているのは初期準備段階です。ダイエット効果より生活習慣の構築に力が入っています。まずは運動する習慣を身に着けていたたぎ、それから本格的な減量に入っていただきたいんです」
「準備段階‥‥。でもガブリエラさんは少し痩せたみたいって‥‥なのに、私は‥‥」
「それは個人差がありますから。でも、目に見えて痩せたわけではないでしょう? 準備期間である最初の1、2ヵ月は目に見える効果は出ません。出てくるのは本格的実践期間である3ヵ月目以降のカリキュラムからです。運動し、脂肪を燃焼する体勢を整えた効率の良い脂肪燃焼法をもって搾ります」
「ということは、これからということなのね?」
「そうです」
ソフィアは少しホッとした顔になった。
上の三夫人同様、グードルーンの表情も浮かない。これは良くない状況と見たリオン・ラーディナス(ea1458)は、励ますように笑顔で言った。
「グードルーンさんまでも気を落とさないようにね。俺達が何とかするからさ」
「ありがとうございます。そうですね、私まで気を落としたらどんどん暗くなってしまいますね」
「そう、その調子。ジ・アースには神聖魔法っていう術があってね、傷を癒したりできる魔法なんだ。で、俺は『心性』魔法を使って、女性のココロの傷を癒したり‥‥」
「はいはいはい、『心性』魔法で女性のココロを惑わすのはここらへんにして、と」
エリシーナ・ヴェルトハイム(eb4389)がリオンを突き飛ばすようにして割り込む。
「どう? 毎日ちゃんと続けてる?」
グードルーンは二人の様子に微笑みをもらしながら頷いた。
「まだ少し寒いけれど春になればもっと運動しやすくなりそうですね」
「そうだね。何事も根気良く。極端な話だと、減らすには増えたのと同じ時間をかけないとダメだっていう話もあるくらいです」
「え‥‥そんなに? そうなの‥‥でも、今更やめるわけにはいかないわね。でも、ソフィアさんは‥‥」
グードルーンが若い夫人を思って顔を曇らせた時、別室からフォーリィが戻ってきた。彼女は巻尺を手にしている。
「せっかくだから測量しましょう」
というわけで、前回のように二の腕周り、ウエストなどを順に測り、前に記した羊皮紙の数字の横に今回の分を書き込んでいく。四人とも特に劇的な変化は見られない。彼女達は少し気落ちしたようだが、冒険者から説明は受けていたので取り乱すようなことはなかった。
「これからも定期的にこれをやろう。そのうちハッキリと効果が出るはずだ。それとエリシーナ、あんたが持ってるなんとかってやつで簡単に絵を残せるんだろ?」
レイヴンに呼ばれたエリシーナは、思い出したように携帯電話を取り出した。
グードルーン達の視線が集まる。
「あ、コレは即席写生機だとでも思って下さい。すごく鮮明なんですよ」
エリシーナはシャッターボタンを押して、どういう物かを簡単に説明する。初めて見るそれに夫人達は声もなく見入っていた。
「こうすると変化がひと目でわかりますよ」
小広間にシャッター音が四回響いた。
●サウナとは
カメラ付き携帯電話への興奮が収まると、華岡紅子(eb4412)はサウナについての詳しい説明をはじめた。
「サウナというのは、水に浸かるのではなく空気を熱して身体を温めるお風呂よ。中で石を熱してその上に水をかけると高温の蒸気が発生するからそれを使うの」
新しい試みということで、グードルーン達は熱心に紅子を見ている。
「とっても汗をかくから、血の巡りも良くなるし、運動するのと同じようにカロリーも消費されるの。サウナの後は、普通のお風呂で身体を流すことをオススメするわ」
四人の夫人はここまでは理解したようだ。ただ、現物を見ていないので実感はできない。その第一歩として、どこにサウナを作るかを話し合うため、彼女達は庭へ出ることにした。
●サウナ建設にあたって
午前中のやわらかい日差しの中、アミエ邸の広々とした庭を眺め渡し、紅子はサウナがどういう構造のものか話した。
「まずは密室に近い部屋が必要ね。蒸気を逃がさず温度を保つためにね。薪を燃やすから場所は煙突用に外に面しているほうがいいわ」
「この庭ならどこに作ってもいいですよ」
答えたグードルーンに、アマツ・オオトリ(ea1842)が尋ねた。
「新しく建てるのもよいが、サウナに転用できる小屋や部屋はありませぬのか?」
「屋敷の中で大量の蒸気が立つのはちょっと困るから‥‥やっぱりお庭がいいですわ」
少し考えた後にグードルーンが答えた時、屋敷の外が何やら騒がしくなった。
何事かと駆けつけてみると、赤いマントの男が白馬を連れて門前で衛士と何やら話しているようだ。
青と黒を基調とした軽鎧に赤いマント、仮面、白馬。とても目立つ出で立ちのその男を、グードルーンがじっと見つめていると、紅子が「彼も仲間よ」と教えてくれた。
それと知ったグードルーンは門へ進み衛士に説明して、門を開けさせる。
白馬の男‥‥アリア・アル・アールヴ(eb4304)は、肩膝をついて丁寧に挨拶の口上を述べた。馬を厩番に預けるとアリアを先ほどの庭へ案内し、紅子は今の状況を簡単に話して聞かせた。
「ふむ。こちらの庭には休憩のための東屋などはないのですかな?」
「ありますわ。でも屋根がある程度ですけれど‥‥?」
「まずはサウナがどんなものか掴んでもらうために、テスト用として簡単なものを作ってはどうだろう。木を荒く組み合わせて、複数の布である程度密閉し‥‥」
「なるほど。それでグードルーンさん達が納得できれば本格的に建設ってことね」
アリアの案に紅子は頷き、グードルーンの反応をうかがった。グードルーンにしても、できるだけ早くにサウナを見たかったので、この案には賛成である。
「それじゃアリアさん、来て早々だけどお願いしてもいいかな」
「なんなりと」
「焼き石に強い石がほしいの。サウナの装置として、薪を燃やす窯とその熱で石を焼く鉄板の二重構造を考えているのよ。煙を外に逃がす煙突付きで」
「ここらへんの地理に詳しいのは私だろうから、すぐにでも行こう。その前に‥‥」
と、アリアはグードルーンに向き直ると、事を早く進めるために紹介状を書いてほしいことを頼んだ。グードルーンは快く引き受け、アリアを少し待たせて屋敷内に戻ると封書を持って戻ってきた。他の夫人達の署名入りのものもある。
「良い香りの花も探してこよう。どうせなら、いい気持ちで入りたいでしょう? それでは失礼します」
マントさばきも鮮やかに、アリアは再び白馬を連れてアミエ邸を出て行った。それを見送ると、ふとアマツが思いついたように紅子を振り返った。
「サウナ本体だけでなく、ご夫人方の個別脱衣所は作れないものだろうか?」
「できるわよ。資材とコレさえあれば」
と、紅子は人差し指と親指で輪を作ってみせた。
「心配しないでくださいな。必要なものは何でもおっしゃって下さい。私達のためのものですもの、それくらい当然ですわ」
グードルーンのこの言葉で、個別脱衣所の作成が決定した。恒常的な物でなければテントでも良いのだ。サウナも中を密閉できる程度の造りであれば高度な技術は必要としない。
●テスト用サウナを作る
それからは、冒険者とアミエ邸の下働きの男達を動員して、テスト用サウナの作成に取り掛かった。指揮を執るのは当然紅子である。
「よし、俺も手伝うぜ」
と、劉蒼龍(ea6647)が腕まくりをする。シフールの彼が言い出せば、他の者がやらないわけにはいかない。
「ま、力仕事はちょっと得意だぜ?」
何でも言ってくれ、と指示をあおがれた紅子はリオンやフォーリィが「マジで?」という顔をしているのをよそに、まるで動じることもなくにっこりと笑顔を見せた。
「頼りにしてるわ。それじゃあ侍女の方達がもう用意してると思うから、壁代わりの布を運んでくれるかしら」
「任せとけ」
本当にいいのかオイ、と周囲が引き止める間もなく蒼龍は邸内へ飛んでいった。
「それじゃ、他の方々は木材を運んでくれるかしら」
紅子的にはまったく問題ないようだ。リオンとフォーリィは、アミエ家の下男達と共に木材の調達に向かった。向かった先ではすでに切断された木材が積まれており、それを運ぶことになる。
「これね」
と、ひょいと太い木材を担ぎ上げたフォーリィに、リオンは衝撃を受けた。
(「ぅは、女のコよの力ない俺って‥‥」)
彼女のような芸当はリオンにはできない。見れば周囲の下男達も目を丸くしていた。
突き刺さる視線に気付いたフォーリィが男達を振り返る。彼らは一斉に「何でもありません」と首を振ったのだった。
そんなかんじでフォーリィの魅惑的な肢体は実は筋肉でできているのかもしれない、などと噂されながら必要な木材はそろった。蒼龍はと言えば、何故か侍女達に囲まれながら布と一緒に運ばれてきた。どんな話をしたのか、妙に気に入られてしまったようだ。
紅子とエリシーナで集まった材料をチェックする。特に布は水気を弾くものがいい。
「うん、いいわね。それじゃ、組み立てようか」
これには木工経験のあるアミエ家の技師が加わり、作業が進められた。
「これは蒸し風呂と考えていいのだろうか」
木材を支えながらレイヴンが問うと、紅子から肯定の返事がきた。
その返事にレイヴンは故郷の公共浴場を思い出した。同時にあることわざも。
「風呂の空気は自由にする‥‥だったかな」
「え? 何?」
「いや、これが仲違い修復のきっかけになればいいと思って」
「そうね‥‥」
紅子は夫人達を見やった。
特にすることのない彼女達は、山田リリア(eb4239)からある杯を見せられているところだった。スウィルの杯である。
「同職種で同じような年齢と体型の使用人の方二人に、次の依頼があるまで同じ種類で同じ量のお酒と食物をとらせていただきたいのです。そして、一人はこの杯を使って甘く感じられるお酒を飲んでいただきたいのです」
そう言ってリリアはスウィルの杯をグードルーンに渡した。よくわからず、夫人は不思議そうに杯を見ている。
「仮に二人の体重や体型が同じように変化するなら、この杯は『摂取カロリーを増やさず甘味を摂取できる』アイテムということになりますので」
「それが本当ならこれは奇跡の杯ですわ。そのような貴重なものを良いのですか?」
気遣わしげなグードルーンに、リリアは花が咲くような笑顔で答えた。
「知的好奇心の満足が報酬です」
それからテスト用サウナ建設作業は夕方まで続いた。アリアが戻ってくるのはおそらく明日になると思われるので、今日の作業はここまでとなった。
●体重計への道
時間は少し戻り、リリアがスウィルの杯の話を終えた頃、孝司はディーナローゼ・メーベルナッハ(eb4107)にある相談を持ちかけていた。
「体重計か‥‥なるほどな。確かにそれがあれば効果がひと目でわかるであるな」
「錘は樽に水を入れることで代用して、釣り合いがとれた水の量で重さを計算する」
「ふむ、となると、けっこう大きくて頑丈な造りでないと‥‥」
ディーナローゼはしだいに声を低くし、何やら考え込んでいった。かと思うと、次の瞬間にはスウィルの杯を様々な角度から眺めているグードルーンの元へ駆け寄り、体重計製作について打ち明けた。
「縦、横、高さが10センチの容器には1リットルの水が入る。1リットルは1キログラムだから、こういう升を製作して加える水の量を量れば、より正確な体重がわかりダイエットの目安にもなるであろう。人の重さに対応できる水が入る大樽も必要だ」
「大掛かりなものになりそうですが、作れるのですか?」
「それはグードルーン殿しだいである」
グードルーンは二人をその場に待たせ、三人の夫人のところへその話を持っていった。たいして時間もかからずに戻ってきた彼女は、資金を出すことを承知すると告げた。
「それでは我が輩はさっそく鍛冶屋に赴くとしよう」
「あ、ちょっと待ってください。手紙を書きましょう。その方が事も運びやすいでしょう?」
「これはありがたい」
「少しお待ちになっていてね」
グードルーンはアリアの時のように、いったん屋敷に戻り封書を持って帰ってきた。受け取ったディーナローゼは、グードルーンから紹介された鍛冶屋の場所を教えてもらうと、アミエ邸を後にしたのだった。
●初めてのサウナ
翌日の昼過ぎにアリアは引き受けた物資を運んで戻ってきた。ディーナローゼはまだ戻ってこない。そこでアリアと入れ違うように孝司が様子を見に出かけたのだった。
アリアは物資だけではなく、人をひとり連れてきていた。壮年の男性である。グードルーンは彼を見て目を丸くした。
「あら、石工屋の‥‥」
男はアミエ家が懇意にしている石工屋の主人であった。紹介状を書いた先でもある。
「サウナ建設に協力したいと言うので、連れてきたのですよ」
アリアが紹介状を持って石工屋を訪れた時のことを話した。サウナに興味を持ち、勉強のためにも建設に参加したい、とすごい熱意を示し半ば強引についてきたとのことだった。
未知のものを作るとはいえ、石工職人である。きっと力になってくれるだろうとグードルーンは快く石工屋の主人を受け入れた。
「後は焼き石で蒸気を立てるだけよ」
紅子が言い、調達してきた資材をサウナ装置のところへ運び、仕上げに取り掛かった。
準備が整うまでの間、フォーリィはそっとビルヒニアの側に寄りサウナの中でソフィアに謝罪してみては、と勧めてみた。
「まぁ、自分から謝るのはしゃくかもだけど、このままが嫌なら素直になるのが一番だよ」
「ええ‥‥」
ぎこちなく頷いて、ビルヒニアはソフィアをちらりと見た。彼女は石工屋の主人の仕事ぶりを珍しそうに見ていた。
「考えて‥‥おくわ」
まだ決心はつかないようだが、フォーリィの言うことももっともだとわかってはいるようだった。
そうこうしているうちに、テスト用サウナ室内の準備は整ったようだ。
さっそくどうぞ、と勧める紅子へガブリエラは聞きにくそうに言った。
「あの、着替えは個室でも中は一つの部屋なのですよね?」
やはりそのことが気に掛かるらしい。特にガブリエラは自身の腕の傷のことがある。
と、アマツが突然その場で着ていた礼服を脱ぎ始めた。
「ちょ、ちょっと!?」
我に返ったフォーリィが止めに入った頃には、すでにアマツは六尺褌のみの姿をさらしていた。
「服のままでは入れないのだろう? 何か問題があるのか? ‥‥私は、貴殿らを信じているから、気にすることなど何もないぞ」
微笑すら浮かべ、アマツは出入り口用の布幕を押し上げて中へ入っていった。
四人の夫人はアマツの大胆で衝撃的すぎる行動にしばらく石像のように立ち尽くしていたが、やがてビルヒニアが脱衣所へ一歩踏み出した。
「せっかくだから、入ってみるわね」
一人が動き出せば後は簡単だった。一番ためらっていたガブリエラでさえ、脱衣所へ向かったのだから、アマツの行動は最大の効果を発揮したと言えよう。
「‥‥あたしも、後で入りたいなぁ〜なんて」
ぽつりと、フォーリィが呟いた。
アマツと夫人達がサウナを体験している頃、孝司が戻ってきた。グードルーンが紹介した鍛冶屋は体重計のパーツ作成を引き受けてくれたが、ちょうど別のところからの仕事も入っており、完成は3日後だという。
その後サウナから出てきた五人は、皆さっぱりとした顔をしていた。
近づいてきたフォーリィへ、ビルヒニアは渋い表情で首を振った。言い出せなかったようだ。四人の夫人達が本格的なサウナ建設へ意欲を示したことで、そのための打ち合わせに紅子と石工屋の主人はしばらく話し込んだのだった。実際の作業は明日からになりそうだ。
グードルーンが落ち着いた頃を見計らい、リリアがサウナ建設後、その保守管理を行う者と、利用者の世話をする者を紹介してほしい旨を告げた。
「保守管理は執事に、利用者への対応は侍女長に任せようと思っているわ」
そう言って使用人に二人を呼ぶように言いつけた。すぐにやって来た二人に、リリアはサウナ利用の注意点を伝えた。
「清潔さは病を防ぐのです。清掃が良い影響を与えるのはご存知かもしれませんが、作業を行う方が手足を充分に洗ったり清潔な服装でするのも有効です」
さらにリリアは下着の着用を強く勧めた。
「それから、運用の経験が蓄積されるまでは、グードルーン様達が長時間サウナにこもるような事態は避けるべきです。また、万が一の湯あたりに備えて、一度煮沸した後に冷やした水に少量の砂糖や塩を加えた飲み物を用意しておいて下さい」
「承知しました」
執事と侍女長は確かに頷いた。
●本格的サウナ建設とヒマな夫人達
昨日の打ち合わせ通り、本格的サウナ建設が始まった。紅子との話し合いの結果、必要となりそうな石材を持ち込むため、石工屋の主人は一度工房へと戻っていった。その間に冒険者側でテスト用サウナを解体しておくのである。
その作業が終わった頃、石工屋の主人も弟子達と石材を積んだ馬車を引いて戻ってきた。いよいよ冒険者達も交えて建設が始まる。場所は、テスト用サウナと同じところを使うことになった。
リオンもフォーリィも一昨日以上に働いた。蒼龍も同じである。アミエ家の下男達も混じり、庭に活気のある掛け声が飛び交った。その間、することがなくなった夫人達へ、シスイが運動への付き添いを申し出た。工事の邪魔にならないことろでやろうと言うのだ。
「私も付き合いましょう」
と、さっきまで紅子ら現場の人と何やら話していた天子が加わってきた。
「あちらは‥‥よいのか?」
「ええ、危なそうなところに柵を設けてはどうかとか、そういうことを話していただけですから」
尋ねるシスイにそう答えると、天子は白衣を脱ぎ眼鏡を外した。ふだんはいかにも優秀な女医然とした彼女だが、それらをイメージさせるものがなくなると女ざかりの色っぽさが漂った。
「私も最近は運動不足なんです。さ、行きましょう」
そのことに自分では気付いていないのか、天子は屈託なくシスイと夫人達を離れたところへ導いた。アミエ家の敷地内の散策に出て一時間ほど過ぎた頃だろうか、シスイと天子が休憩を入れようと言うので、夫人達も元したところへ戻ると、リオンが手を振りながらやって来た。
「リオンも‥‥休憩かい? 自分達も‥‥ちょうど休もうかと‥‥思ってたとこなんだ」
シスイが穏やかに声をかけると、何故かリオンは落ち着かなさそうに視線をさまよわせた。
彼の心の中はこうである。
(「つ、疲れた‥‥とは、言えない!」)
そんなリオンの様子に首を傾げていると、駆け寄ってきたフォーリィがリオンの襟首を引き掴んだ。
「ほらほら、何サボってんの! やることはいっぱいあるわよ」
「ちょっ、くっ、首っ、首絞まって‥‥!」
気付かずにリオンを引きずっていくフォーリィ。蒼龍に指摘されて慌てて手を離した頃にはリオンは失神寸前だったとか。
●サウナと体重計は希望となるか
翌日も変わらずサウナ工事で終わり、その次の日となった。朝食を終えるなり工事に取り掛かる冒険者達と職人達。それを追うように朝の運動である散策へ出かけようとする夫人達を、明人が引きとめた。
「外へ行く前に、そろそろ違ったメニューを加えたいと思うんだ」
というわけで、席を立ちかけた夫人達は、明人と共に再び腰を下ろした。
「運動メニューのことじゃないよ。いつも飲んでるハーブティーってミントが主体だよね。それを代謝促進効果のあるものに変えたいんだ」
「どんな種類でしょうか。うちにあればいいのですが」
「ローズマリーやリンデンかな。他はローズヒップ、ハイビスカス、フェンネルがあればいいんだけど」
「あ、それならありますわ。ハイビスカスはありませんけれど、それ以外のものならそろえられますわよ」
「良かった。では、今度からそれらを主体にしてみて。運動も続けているし、きっと効果があるはずだよ」
「ええ、ありがとうございます」
頷いたグードルーンがさっそく侍女長にそれを伝えようとした時、侍女がディーナローゼの帰還を告げた。鍛冶屋から戻ったディーナローゼは、物々しい器材と一緒だった。グードルーン達がそれらの置かれた庭へ着いた頃、孝司と協力して組み立てているところだった。
見た目は、やたらと大きいシーソーである。シーソーと言っても本来人が乗るべき場所は天秤のように広く台になっている。夫人達が見守る中、作業は着々と進みみるみる間に体重計は完成したのだった。試しにディーナローゼと孝司が少し弾みをつける感じに乗ってみたが、具合が悪いという箇所はないようだった。
「よし、これでいいはずである。さっそく使うであるよ。すまぬが水を用意してもらえないか? たくさんあるといい」
ディーナローゼの求めに使用人がすぐに走った。
しばらくすると水の満たされた樽がいくつも用意された。
「では、どなたからいくであるかな?」
「私が‥‥」
と、進み出るグードルーン。彼女はディーナローゼに示されたシーソーの位置におそるおそる腰を下ろした。反対側の、ディーナローゼがこの体重計のために作った樽には、釣り合わせるために予めそれなりの水が入っている。グードルーンが乗ると、孝司が釣り合うように升で水を追加していき、ようやくバランスが取れた時の量は‥‥。
「‥‥ふむ。92杯ってことは92キロ、と」
こんな感じで他三人の体重も出すことができたのである。
結果、ビルヒニア・70キロ、ガブリエラ・78キロ、ソフィア・84キロであった。
ついでにディーナローゼと孝司の体重も知った夫人達が現実を思い知った頃、ついにサウナが完成した。
冒険者も職人達も下男や使用人達も、初めて作ったサウナに興奮し、一時庭は喜びの歓声にあふれ返った。が、それはすぐに違う歓声に変わる。
嬉しくて仕方なくなった紅子が、協力した人達にキスをして回ったからである。
そんな中、ビルヒニアがみんなの前でソフィアに謝罪をした。
「‥‥私も、つまらないことを言って悪かったわ。また‥‥がんばりましょう」
まだぎこちないけれど、ソフィアがこう言ったことで二人の諍いは終わった。
紅子のキス乱舞事件、サウナ、体重計はアミエ家をはじめ他三人の家でもしばらく話題の中心となった。