●リプレイ本文
●再開への扉
その日、現在休業中の宿屋兼食堂『グローリー・デイズ』は久しぶりにお客を迎えた。
いや、客と言うのは語弊がある。何故ならまだ店の扉は閉じられ、閉店を表している。それなのに彼らは扉を開けて中に入ってきたのだ。
「こ〜んにちわ〜〜!」
明るい声とざわめきに、何事かと奥から出てきた少女は目を瞬かせた。
一体どれくらいぶりだろう。この店にこれほどの人が集まるのは。
「うわっ、流石にちょっと埃っぽいなあ。あんまりお掃除している暇、無かったでしょ?」
こほんと小さく咳払いして美芳野ひなた(ea1856)と名乗った少女は嫌味の無い笑みで笑いかける。
「あの‥‥貴方方は?」
戸惑いがちの少女に
「キミがシャルロットさん?」
少女に呼びかけ手を差し伸べながらニッコリ笑う青年が一人。
「俺はカルナック・イクス(ea0144)。冒険者だ。こっちにいるのも仲間。あんたの兄さん。アレフの依頼を受けてこの店の新装開店の手伝いに来たんだ」
「お兄ちゃんが‥‥頼んだ‥‥冒険者さん? お母さ〜ん」
驚き顔のまま少女シャルロットは店の奥の奥へと消えていく。確か一階が食堂で、二階が宿屋だとアレフは言っていたか‥‥。
なら、一階の奥がおそらく家族の住居、なのだろう。
「話が通っていなかったのでしょうか? 驚かせてしまったようですね。‥‥でも、あの子より少し年下というところでしょうかね。ソード?」
「そうだな。力になってやりたいものだ‥‥ん?」
古くからの知人であり家族、イシュカ・エアシールド(eb3839)と話をしながらソード・エアシールド(eb3838)は首を傾げた。
「どうしました?」
気遣うイシュカに首を振るソード。別に会話に疑問点があった訳ではない。ただ‥‥
「あの子の言葉‥‥ちゃんと聞こえた‥‥。何故だ?」
この国の言葉をまだ覚えていないのに。そんな疑問が顔に書いてあったのだろうか?
「あんまり気にしなくていいんじゃない? 僕も貴方たちの会話、ちゃんと解るし。彼女の言葉も解ったよ。文字は読めないけど‥‥万能通訳さんでもいるのかな?」
横で見ていた黒峰燐(eb4278)が明るく微笑んだ。不安を吹き飛ばすように。
「ふむ、会話はさほど不自由せずにすむということか、なかなか便利だな。神の国、とやらも」
とりあえず、重要なのはそこではない。無理に状況を追求する必要も無いだろうと、ソードは考えを放棄した。その間にも奥からぱたぱたという軽い音と共に、さっき消えた影が倍になって戻ってくる。
「‥‥失礼致しました。私はこの店の主人の妻。シャロンと申します。‥‥見たところ冒険者の皆様、しかも、天界人とお見受けいたしますが‥‥何の御用でしょうか?」
「おや? あの兄さん、家族に無断で依頼出したのかい? 困ったもんだ」
大げさにため息を付く真似をしてパトリアンナ・ケイジ(ea0353)は母親の後ろに隠れてこちらを伺う少女に向けて膝を折った。
「怖がらせるつもりは無かったんだ。許しておくれ。あたしらはここの息子。アレフ‥‥だっけ? 彼の依頼を受けてここに来たんだよ。新しいメニューを作りたいから知恵を貸して欲しいってね」
「新しい‥‥メニュー? あの子が‥‥?」
まだ戸惑いの消えぬ顔の母親と、少女を見つめる冒険者。その背後から、扉の開く音と
「あれ? もう来てくれたんだ。冒険者ギルドっていや、凄いなあ〜」
妙に明るい声がする。冒険者達が振り返り、声の主を確かめるより早く、顔色を変えた婦人シャロンは眉根を上げた。
「アレフ! 一体何をしていたの? いいえ、そんな事より一体貴方何をするつもりで、この方達を呼んだの?」
「何をって、店を再開する準備だよ。父さんが死んだからって、いつまでも店を閉めている訳にはいかないだろ? 俺達には父さん達のような天才じゃないんだから借りれる力は全部借りて、工夫しなきゃいってけねえよ!」
「貴方がそんな心配をしなくていいの! ここはお父さんの店なんだから、続けていけないなら閉めても‥‥」
「俺はもう子どもじゃないんだぜ。母さんこそ黙って見てろよ。俺は、絶対に父さんを超えてやる! 絶対にだ‥‥あ、悪い。せっかく来てくれたんだ。良ければ二階の部屋、使ってくれ。シャルロット。部屋の掃除と案内頼む。俺は、厨房を開けるから‥‥」
「あ‥‥‥‥、うん」
「アレフ!」
親子喧嘩に口を挟む訳にも行かず、呆然と見ていた冒険者達だったが、促してくれる少女の手に、瞬きをして歩き出す。婦人も、冒険者を止めはしない。ただ、立ち尽くすだけ。
横をすり抜け二階へ上がるジノ・ダヴィドフ(eb0639)は階段の途中で立ち止まって、一度振り返る。部屋の窓を開かれ、空気が入れ替えられ、明るくなっていく部屋。その中央でパタパタと軽快に動く息子を見つめる母親。その様子を見たジノは、当分忘れられそうに無いと思った。
「もう‥‥勝手にしなさい‥‥」
折れそうに細い、寄る辺を無くした女の姿を。
●買い物の達人?
翌朝、まだ比較的早い時間。道を歩く一団があった。総勢11人。
ウィルの街の市にもいろいろあるが、食料品を中心に扱う朝市が今日、近くで開かれるというので冒険者達はついて行くことにしたのだ。
その道行きで
「いや、あんたも、きっついこと言うじゃねえか。ああ、悪い意味ばっかじゃないぜ。気にすんな。結構気が合いそうだってことさ」
「‥‥別に母さんをないがしろにしてる訳じゃない。でも、まあ、母さんは、父さんにベタぼれだったからなあ。二言目には、父さん、父さんって。まったく困ったもんだよ」
ケラケラと笑いながら話しかける巴渓(ea0167)の横を歩きながらアレフはため息を付く。
「‥‥それだけお父さんが、‥‥慕われていた、という事では?」
「そうそう。悪いことなのかな? それって?」
富島香織(eb4410)の横を歩きながら燐は相槌を打つ。
「いや、悪いってわけじゃあないけどさ。いつまでも子ども扱いってのも困るんだよ」
「親は、子どもが心配なものです。そう悪く言うものでもありませんよ」
「それは、解ってるんだけどさ‥‥」
イシュカに諌められ、もぞもぞとアレフは口を濁す。彼自身はちょっと自意識過剰な所はあるものの根は真面目な青年だと、一晩の付き合いだが冒険者は理解していた。
腕も、悪くは無い。朝出された豆のスープとキャベツと腸詰の煮込みは粗末な素材の割には、なかなか美味かった。
「‥‥ああ、ほら見えてきたよ。あれがこの辺で一番の市だよ」
話を変えるようにアレフは前を指差す。細い小路にいくつかの露店が並んでいるのが見てとれた。一種の青空市場なのだろう。結構人も多くてお祭りのようでもある。
「いや、やっぱり食べ物の市は活気があるね。こっちにもスクリーマーとかの食材あるのかなあ?」
言いながらカルナックは興味深そうに品揃えを眺める。魚のにおい、肉の匂い、野菜や果実の匂いが入り混じる不思議な生臭さがある。
「今は冬だから、野菜とか食材の量とか質はかなり悪いけどね。蕪とかキャベツとか、タマネギとかはいい感じだよ」
「おや、イギリスの食材と似てるねえ、っていうか同じなのかな?」
「はあ、タマネギに蕪にキャベツかよ。どこであろうと人の喰うもんはそう変わらんと言うことか。つまんねえと言えばつまんねえかな?」
異世界と言ってもそれほど食材の違いは無さそうだ。見慣れない食材はそう多くは無い。
「あの‥‥みなさ‥‥ん。こっちにキノコ‥‥見つけましたよ」
控えめな呼び声に冒険者達の何人かが顔を向ける。
アイリス・ビントゥ(ea7378)の背は高い。何せウィルでは20人に一人しか居ないジャイアント。文字通り頭一つ違うので人が多くても発見は容易だった。
「ひ、ひどい‥‥。こ、これでも小柄なほうなのに‥‥」
彼女に言えばきっとそう言って落ち込むことだろう。実際、市に来てからも注目を浴びっぱなしだ。
もっとも、それが悪いばかりではない。香辛料を調べて
「もうちょっと安いもの、ないかしら」
と呟けば
「何かお探しですか? サービス致しますよ!」
と返ってくる。その反応の速さは一般人のそれと比較しても明らかだった。
「‥‥こいつは、‥‥俺たちは引いてた方がいいのかもしんねえなぁ〜」
市場調査に動いていた渓は呟く。市の楽しさに夢中になっている仲間達は気付いているだろうか?
こういう市では値切るのが基本とはいえ、冒険者達へのサービスは明らかに普通より過剰に思えた。アレフはごく普通に話しかけてくるので忘れていたが、どうやら天界人と呼ばれる自分達冒険者はアトランティスにおいて地位が高いらしい。
「あんまり甘えさせちまうのは、あいつの為にならん‥‥」
アレフの夢、宮廷料理人への道はそう易々とは叶うものではない。店をやっていくなら原価やコストの計算は絶対必須。
「今回はアレフさんの買い物なんですよ。もし、うまくいかなくてもそれはアレフさんが損するだけです。手出しは無用にしましょう」
「しかし、あいつにそれができるのか‥‥。ん?」
香織に釘をさされたが、どうしてもの時には渓も口を出すし、力を貸すつもりだったが、当のアレフはと言えば‥‥
「やあ、お姉さん。いつも綺麗だね。うん、野菜も綺麗だ」
「あら、アレフ。久しぶりじゃない。いつも上手なんだから♪」
冒険者の心配などよそに生き生きと店々を回り、人々に声をかけ、必要な品物を買い揃えている。
「これ、ちょっと傷んでるから少しまけておくれよ」
「これと、これと、あれとそれ、纏めて買うから〜」
「せっかく買おうと思ったんだけど、あっちの方が安かったよなあ〜」
その手腕と話術はほれぼれとするほどだ。
「いや、見事なもんだ」
お世辞抜きで、ジノは心の中から喝采をおくる。残念ながら両手は荷物で一杯なので拍手はできないが。まさに水を得た魚のごとく、彼は人ごみを泳ぐ。彼が魚なら、人は水。アレフを受け入れる人々の笑顔が彼が好かれているのだと冒険者に教えてくれる。
「口だけでは、無いということですね。なかなか頼もしいかも‥‥ん?」
つんつんと背後から何かが香織の髪を引く。誰が何をと思って振り向けば‥‥
「コケエエエ!」
「キャアア!」
0距離で轟く声に、思わず背後に飛びのいた。支えてくれた燐と一緒に香織は目を瞬かせる。
「に・わ‥‥とり?」
籠の中に閉じ込められた鶏が睨むようにこっちをじーっと見つめている。
「大丈夫かい? そういえば鶏も使うって言ってたね。燐さん、どれがいい?」
「どれがいい、って‥‥ああ、これ‥‥食べる用?」
気丈な燐も思わず息を飲み込んだ。そうだ、ここは自分達の国とは違う、中世の国‥‥。
「おじさん、うちの大事なお客を驚かしたんだから、罰としてだね〜」
「いや、まったく大したものだ」
ククと笑いながらパトリアンナは少女達に手を差し伸べ、アレフの背中を見る。そこに、係員がかつて感じたと言う彼なりの強さを見たような気がしていた。
●新しい店 新しいメニュー
「‥‥お兄ちゃんは、子どもの頃から、人付き合いが‥‥上手なんです。お母さんから、計算とかも習ってるし、要領いいから‥‥仕入れだけはお父さんも、最近はお兄ちゃんに任せることが‥‥多かったです」
「なるほどねえ。あ、シャルロットちゃん。これ、そっちに持っていっていいかい?」
テーブルを持ち上げたパトリアンナにシャルロットは、はいと慌てて頷いて、身体を避ける。
「ありがとよ。よいしょっっと! これでよし、食べながら外の風景を楽しむ、ってのもいいだろう?」
入口側にあったテーブルを窓の側に持っていく。アレフと、シャロンの許可が出たのでちょっとした店の模様替え実験中だ。さっきまで、ひなたの指揮でみんなで店の大掃除をしていた。竈や厨房が温まったので今頃、向こうではお料理大会が始まった頃だろう。
「パトリアンナ様とジノ様は‥‥、向こうには行かれないのですか?」
「様は、よしとくれ‥‥まあ、その‥‥ね」
賑やかになってきた厨房とは反対に静かな食堂で、力仕事にいそしむ冒険者二人。
どちらも顔を合わせ、苦笑して‥‥軽く手を挙げ、頭を掻いた。
「アタシは手先は器用だが、料理は上手じゃないのだよ。まあ、プロがいらっしゃるし、アタシ如きは手伝いに専念した方が邪魔じゃなくていいんじゃないかと」
「右に同じ。希望は伝えてきたから、後はできることはあまりないんで、力仕事なら任せてくれ。やる気はあるみたいだし、そういう若人は好きだ。だが‥‥な‥‥」
「どうしたんだい? ジノ」
急に言いよどんだジノにパトリアンナは首を捻る。何でもない、と言いながら彼は厨房と、それを見守る一人の人物に交互に目をやった。
(「いきなり、新メニューか‥‥。これで、本当に‥‥」)
「これ、そっちへ運びたいから手伝っておくれ」
「ああ、解った」
かけられた声に忘れたフリをして、彼は考えを手放す。思いは、まだ口に出す時ではない。と。
厨房の血の匂いはようやく消えつつある。
「やっぱりプロだな。手つきが良い」
感心したようなソードに包丁を拭ってアレフは苦笑した。
「肉はちゃんとしたところでないとヤバイからな。こうやって一羽丸ごと買ってきて自分で捌くのが一番安全なんだよ。で、とりあえず捌いたぜ。これを、どうするのか、教えて貰えないか?」
「いくつか候補は考えておきました。後は‥‥それぞれのレシピをお持ちの皆さんに作って貰うのが一番でしょう。及ばずながら私もお手伝いをさせて頂きますから」
「紅茶はダメ、値段が高すぎる。果物やベリーなんてのは今の季節は少ないし、高すぎ。材料がかかりすぎるのは庶民の料理屋としちゃあ失格だぜ!」
アレフの腕と渓の睨みで、今回の買出しは質と量の割には予算内に収まっている。
鶏肉、野菜、卵、牛乳、小麦粉、乾燥キノコに、乾燥ハーブ。蜂蜜に魚まで、基本的なところは揃っている。
「魚は‥‥これくらいですか。マスの親戚のようですね‥‥」
巨大な魚を指で突付きながら香織は確認する。いろいろ回ったがウィルは内陸に位置するらしく、見つかった魚は川魚が殆どで、イメージしていた白身魚は見つからなかったのだ。
「でも‥‥フライとかあるし‥‥うん、結構いけるかもしれません」
香織が呟いて考えをまとめている間に
「イ、インドゥーラの家庭料理ならお任せください」
「じゃあ、こっちはジャパンの家庭料理で行こうか!」
アイリスとひなたがそれぞれ、小麦粉を使って料理を始めている。鶏肉も魚も切り分けられ、それぞれの手に渡っていた。
なれない調理器具に戸惑う冒険者を助けながらもアレフは冒険者の一挙一足を射る様な目で見つめている。見られる調理に緊張しながらも、彼らはそれぞれに自分の得意料理を作り始めていた。
出来たものから順番に試食を始める。
一番手はアイリス。くるりと肉を巻いた柔らかいパンのようなものが差し出される。
「まずは‥‥私から。これはナンというパンの一種です。‥‥ナンは焼きたてが一番です。さ、冷めると固くなってしまいますから‥‥どうぞ」
戸惑いがちに差し出された料理を手で掴み、アレフは一口齧ってみた。
「あ、香ばしくて美味い」
「ありがとうございます‥‥。中は塩味の鶏肉。それに朝のスープの‥‥残りの豆をゆでて添えてみました。ちょっとしたつまみにもなるのではないかと思うんですが‥‥どうでしょうか?」
香辛料がもっと使えて、中の肉をインドゥーラ風味にできたらもっと美味しくなるのに、と少し心残りはあるが、少なくとも故郷の料理を美味しいと行って貰えた事は満足だった。
「パンは自分たちで作るとギルドが煩いけど、これだったら手軽だ。夜に丁度いいかも。あ、良かったら皆も食べてみて」
もぐもぐと頬張るアレフの促しにパトリアンナやジノ達も相伴に与る。
「次は僕。と、言っても大した事はできないんだけどね。はあ〜、日本での生活がどれ程良かったか実感するよ」
差し出されたのは小さく切った鳥肉を木の串に刺して焼いたもの。肝臓、砂肝、カシラに、もも肉、胸肉‥‥。味付けは塩だけである。
「文字通り『やきとり』だよ。鳥肉を焼いただけだけど、これが結構美味しいんだ〜」
他にもいろいろとアイデアはあるのだが、正直技術が伴わない。
「しっかりと料理も習って置けば良かったかも‥‥」
でも、完成した『やきとり』は試食した燐が一番驚くほど、美味しくできていた。
「材料がいいからかなあ。あ〜、こんな美味しいのならタレもあれば、もっと美味しいだろうに‥‥」
悔しさに舌打つ燐の言葉はアレフには聞こえていない。
「メインの料理に使った残りをこうして使えば、コストを下げられるな」
「確かに‥‥美味しい。こう言うのは戦場食とかにも使えるんじゃないか‥‥?」
真剣なアレフに渓は肝臓のやきとりを頬張りながらニシシと笑う。以外に盲点であったろう。こういうタイプの食べ方は。
「は〜い、次はひなたの方、注目! 手打ち麺は失敗しちゃったけど、こっちは苦労しただけあって大成功だよ〜」
差し出された皿の上で白く、つややかな光を放つ小さな蒸し料理。
野菜と肉を混ぜ合わせ、小麦粉で作った皮に包んだのだと言う。
「作るのは手間だけど難しくないんだよ。一番大変だったのはこっちの鍋で蒸し物をすること。あ〜、大変だった」
だが、大変だっただけの味はしっかりとした。噛み締めると、じんわりと肉汁が口の中に広がっていくような感じがした。
「お味噌と、醤油があればなあ〜」
「ミソ? ショーユ?」
「あ、どっちも豆の加工品。でも多分再現は不可能だから、気にしないで‥‥」
「で、その野菜の残りでブイヨンを作って、炒めた肉と野菜をワインで煮込んだこれの名前は鶏肉の狩人風。オムレツはあるらしいけど、キノコを入れたオムレツも美味しいから」
二品を並べてカルナックはニッコリと笑う。今までの軽食系とはうって変わった本格的な料理だ。
味も本格派。冒険者達の口も料理に夢中になって無言になる。
「肉のエール煮込みと合わせて、看板料理にできそうだ。父さんの作ってくれた肉料理にも負けてない」
「そいつは良かった。この料理のポイントはだなあ‥‥」
料理好きの話は尽きない。お互いの料理に意見を出し合い、品評する。
「今のところ、材料のロスはそう多くない。これなら酒場レベルの値段で出せるか‥‥」
「コストを抑えて、日替わりメニューのようにすれば‥‥」
舌休めはイシュカが持ってきた甘いクリームミルク。
「娘の十八番、ハニーエッグミルクです。卵を黄身と白身にわけてクリームと別々に蜂蜜を入れてホイップして全部の材料を入れて。大人用にはワインを入れてましたよ」
「甘くて‥‥おいしい」
嬉しそうなホッとしたような表情でミルクを飲むシャルロットに、ソードはそっとささやかな笑みを飛ばした。
「そういえば、あいつもこれが好きだった‥‥ん?」
ふと、きょろきょろソードは周囲を見回す。大体料理は出揃ったと思ったが、まだ一人残っているのがいる?
「あ‥‥お待たせしました」
ソードが立ち上がろうとしたのとほぼ同じ刻、最後の皿が厨房から運び出されてきた。
「魚のフライをパンに挟んでみました。厨房のキュウリの酢漬けお借りしました」
手にぽっちりといくつか赤い火傷の後を残す手で、香織はそれを配る。
「これは‥‥サンドイッチ?」
「へえ? 始めて見た」
ふと、兄妹たちが首を傾げるようにパンを見つめる。ふと、疑問を思って香織は直ぐにそれを口にした。
「サンドイッチ、という名前をご存知なのですか?」
サンドイッチは人の名が語源。この世界にもサンドイッチ伯爵はいたのだろうか?
「母さんが父さんとの思い出の料理だって、話してくれたから‥‥」
何故、異世界の料理が思い出の、なのか? 疑問は解決していないが、簡単に答えの出るものではないだろう。
さらなる疑問追求は止めて、香織は料理の反応を見ることにした。
「お〜、懐かしいねえ。魚のフライかい? うん、魚の味は違っても、この香ばしさは変わらない。うん、いい味だ」
「このソースは独特ですね‥‥卵と、お酢と油と‥‥塩」
天界地球人たちは顔を見合わせて笑った。彼女達にとってはそれらの化合物たるソースはマヨネーズと言うあまりにもありふれたもの。だが、この世界では懐かしく‥‥そして美味しい。感想を聞く必要は無かった。仲間達の表情が、それを表しているのだから。
「私たちの国ではフィレオフィッシュと呼ばれる料理です。こんなに美味しくなるとは思いませんでしたけど。日本とは野菜や魚、卵も味が全然違う気がします」
「フライってのは、こっちではあんまり一般的じゃないのか? 旅の間は油を沢山使う料理は食べられない。家庭だってそうならきっと、売れると思うよ」
故郷を思わせる味が嬉しかったのかパトリアンナはすでに一個目を平らげ二個目に入ろうとする。
「娘が『忙しい朝にパンにお惣菜挟んで食べていたの』て言ってたが‥‥彩りで緑の野菜があったらよくないか? 確か酒場に『バジリコスパゲティ』というメニューあったような‥‥ゆで卵をスライスしたり、小さなオムレツはさんでも良さそうだし、パンに何かを挟むのはいろいろ応用が効きそうに思うが‥‥」
ソードの言葉に、アルフは腕を組む。そして、それを解いた。
「植物油が高いのと‥‥パンの問題があるしいろいろ、難しいことはあると思うけど‥‥、伝えたい、美味しいと思う味だ。よし、決めた。やってみよう!」
「おい、採算は忘れるなよ。コストはそのまま、店での価格に反映しちまう。庶民の小遣いレベルが限度だ」
「解ってる。週一回の限定メニューあたりにすれば‥‥」
「例えばだな〜」
「こうしたら‥‥」
いくつもの料理、いくつもの意見、いくつもの思いが交差する。
新しい店を作る為の、新しいメニュー。新しい視点の新しい意見。
そこに溢れる活気は眩しいほどの光を放っていた。
●新しい輝き、古い光
新メニュー開発の意見交換と、レシピの伝授、そして実践の為の準備が大よそ終った頃、冒険者とアレフの間にこんな会話が生まれた。
「こっちの、名物料理ってどんなのがある? 美味しいと思うもの、教えて欲しいんだ」
「できれば、俺も知りたいな。故郷に戻ったときに、見せてやりたい奴がいるんだ」
何気ない二人の会話に、アレフは沈黙する。
「どしたの?」
「冒険者の‥‥皆さん。お疲れ様です。お茶でも‥‥いかがですか?」
タイミングを見計らったように、ノックの音が部屋に響いた。
「シャルロットちゃん?」
アイリスは慌てて扉に駆け寄り、開く。そこには想像通りお茶の用意を運ぶ少女の姿があった。
「ありがとうございます。お兄ちゃん。これ‥‥お母さんから」
「母さんが‥‥。シャルロット‥‥。ありがとな」
ハーブティと小さな菓子の皿。トレイを受取ってアレフは静かに笑った。
小さな囁きを聞き付け首を捻る冒険者達に、向き直るとアレフはため息を付きトレイをテーブルに置いた。
「なんで、俺が、新しい料理、なんて冒険者に依頼したと思う?」
「どういう‥‥意味だ?」
「いいよな。こういう料理、作ってて楽しいし、食べれば凄く美味しい」
そう言ってアレフは冒険者達の作った料理を見た。
「これに比べたら俺の料理なんて味も素っ気も無い粗末な料理だよな」
自虐的な言葉に、そんなことは‥‥と言いかけてアイリスは言葉を止めた。否定は肯定になってしまう。そんな気がしたからだ。
「ウィルの国は‥‥一部の貴族以外はかなり貧しいんだ。食べるものを楽しむ余裕なんか殆ど無い。特別のとき以外は豆のスープ、野菜のスープ。それに野菜とパンを齧れれば上等。そんなもんだよ‥‥」
冒険者達の作った料理のように名物と胸を張れる様なものは無い。悲しいけれど、と俯いて呟く。
「だから、その為にはこのままじゃ、ダメなんだ。いろんな料理を覚えて、もっともっと上に行かなきゃ。その為には父さんを絶対に超えなきゃならない‥‥」
「‥‥アレフ。どうしてそう、親父さんを超える、にこだわるんだ?」
ただ、ただ、前を見つめるアレフにジノは、どうしても気になっていた言葉を口にした。
「それは‥‥親父が俺の憧れているものを捨ててきた奴だからだ。一時は料理人として最高の場所に立ったくせにそれを、あっさりと捨ててきた。俺は‥‥どうしてもそれが許せないんだ」
それに、言いながらアレフは冒険者の前に小皿を差し出す。乗っているのは、小麦の香りのする菓子。保存食の中にも入っていそうなありふれたものに見えた。
「親父が最期に作って残していったショートブレッドだ。元は、貴族の料理の皿に使ってた奴だって聞いた。とっても高いけど、大商人とかが作る先から買ってく店の人気商品だったよ。‥‥食べてみてくれないか?」
作って大分経っているはずだが、保存食なら問題は無いはず。軽い気持ちで手に取り、口に運ぶ‥‥。途端に声が上がった。
「えっ?」「なんだ? これ?」「うわっ‥‥凄い」
硬いようで柔らかい、絶妙の焼き加減を持つそれはさくさくとした歯ざわりを最初に伝える。
口の中で黄金よりも高価で貴重なカルダモンの香りが立ち上がり、鼻腔と食欲を擽っていく。干し葡萄の爽やかさ、胡桃の歯ごたえ。蜂蜜の甘さが入り混じり、桃源郷のような豊かな味わいが広がり、喉を落ちていくまで幸せが続いた。
「美味しい。それ以外に言葉が見つからないよ。ありふれた、俺にでも作れそうな菓子なのに」
「あれ? ‥‥なんで、涙なんて出てきたのかな?」
燐は目元を拭きながら小さく呟いた。別に悲しいことがあった訳ではない。ただ、お菓子を食べただけなのに、勝手に出てきた涙が止まらなかった。
「世の中にはビックリするほど、涙が出るほど美味い味、って本当にあるんだな」
渓も素直に賛辞を贈る。その場に居た冒険者の誰もがそれに同意せずにはいられなかった。その感動を呼び起こしたのが立った一切れの菓子であることに驚きながら。まだ、手が震えているような気さえする。
「それが、父さんの‥‥、貴族の料理の味なんだ。俺は、まだ、どうしてもその味を超えられない」
冒険者達は解った。彼は、父親を尊敬している。だが、それ以上にライバルとして見つめているのだと。
「父さんと同じものを作っていたら、同じ事をしていたらいつまでも超えることなんててきない。だから、俺は、新しい味を探して、その中から俺の味を見つけるんだ。俺の料理を楽しんで貰う為に。美味しいと喜んで貰う為に。そして、いつか自分達の名物料理だと胸を晴れる料理を作れるように」
誓うように声を上げるその眼差しは、どこまでも真っ直ぐに前を見つめていた。
数日、料理の伝授と、店の改装の準備を手伝って後、冒険者達は、一時その宿を離れることにした。
「むう、せっかく、金を貸してやるって言ったのに断りやがって。妙なところで頑固な奴だ」
断られた好意に頬を膨らませながらも渓の声に、殆ど怒りはない。奴には腕もあるし、材料もある。人付き合いも良くてやる気もある。それに天界仕込みの新メニューがあるとなれば、そうそう問題が起きることもあるまい。
後は、彼の手腕次第だろう。
「これで、美味しいものが食べられて、郷里を思い出すものが食べられる食堂ができれば言うこと無いねえ」
「少しでも役に立ったのならいいのですが‥‥」
「きっと、大丈夫だよ。シャルロットちゃんにも良く言っといたしね」
「今度、個人的に寄ってみるかな」
明るい笑顔を作る冒険者達の最後尾で、ジノは一度だけ店を振り返った。
(「‥‥言うべきだったのかも知れない」)
どうしても相応しい言葉が見つけられず、結局言えなかった思いがまだ心に残っている。
言葉に出して伝えるには微かな、根拠の無いそれは不安だった。
「まあ、あいつはいい奴だし、何かあったら駆けつけてやればいいか」
そんな『何か』など起きないに超した事は無い。
だが、何故か確信できてる。
そう遠くない未来、自分達はここにまた来る事になるだろう。
彼を助けに‥‥。