美味しい夢2 〜天上の味、地上の味

■シリーズシナリオ


担当:マレーア4

対応レベル:8〜14lv

難易度:難しい

成功報酬:4 G 15 C

参加人数:10人

サポート参加人数:-人

冒険期間:02月17日〜02月22日

リプレイ公開日:2006年02月24日

●オープニング

 ある伯爵家から、こんな布告がなされたという。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
 美食家たる父の名の下、料理コンクールを開く
 我と思わんものは、参加されたし。
 優秀な成績を残した者は、我が家の料理人として取り立てるものなり。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「開催日は来月頭。テーマは天上の味だって。いい機会だからそれに参加しようと思うんだ。俺の腕ならきっと、なんとかなると思うんだよね」
 青年料理人アレフはギルドのカウンターでそう言って笑った。
 冒険者が教えてくれたメニューは、なかなか好評で新規のお客も増えてきている。人手は足りないほどに繁盛していると礼と報告に来たのが、来訪の理由の半分だと彼は言う。
「なら、その残りの半分はなんだ?」
「実はさ、また、頼みが有るんだ。一つは、大会に出すための料理のアドバイス。もう一つは‥‥調べて欲しいことがあって」
 今までの陽気な顔がうって変わったものになる。
 どうしたのだろう? 目で問いかける係員に、ことの起こりを思い出すように語る。

 あれは数日前、新しいメニューを作り、店を久しぶりに開店させた日のことだ。
 揚げ物を用意していたアレフの前に
「邪魔をする。エールと腸詰。それからスープと野菜炒め。ジンジャーブレッドを貰おう」
 夕方の開店をして直ぐ、その客はやってきた。
「お父さん。こんな店に‥‥」
 引きとめようとする付き添いの男を追い払って、彼は席に付く。
 目立つ様子の無い初老の人物に見えた男性に、アレフは新しいメニューなどを勧めてみたが彼は首を振った。
「余計な事はせんでいい。注文の品をちゃんと作れ」
 そう言ってエールを呷ったという。
「仕方ない」
 揚げ物を止め、鍋を下げ、油を一掬い。
 言われるままに料理を作って出す。エールと腸詰には文句は出なかった。
 だが、スープ一口、野菜炒め一口、そしてジンジャーブレッド一口で、彼は立ち上がり肩をすくめた。
「ふん、なっておらん。スープも味が悪い。野菜炒めも生臭い。そして、何よりジンジャーブレッドの味が前と段違いじゃ。こんなものを店に出すくらいなら、とっとと止めてしまえ!」
「な、なんだよ! 俺の料理に文句を付けるのかよ!」
「文句を付ける以前じゃ。こんなものは金を取る価値さえ無いわ! あやつが死んだと聞いて来てみれば跡継ぎは最低のあの男以下か?」
「父さんを馬鹿にするのか?」
「‥‥あっ!」
 言い争いを聞きつけ、店に出てきた母親、シャロンは口に手を当てた。
 明らかに、驚いた顔。困惑した顔。そして‥‥顔を背け、俯くシャロンを軽く一瞥すると金を置いて彼は、去っていった。
「約束は、守ってもらうぞ。あやつがいなくなったとはいえ‥‥な」
「あのじいさん、一体なんだってんだよ。約束ってなんだ? 母さん。何か知ってんのかよ!」
 剣幕で声を荒げるアレフから顔を逸らしたまま、シャロンは沈黙する。
 そして、何も、答えてはくれなかった。

「それからさ〜。どういう訳か、かけておいた筈の店の手伝い人募集の依頼がいつの間にか取り下げられてて、応じてくれた筈の人も断ってきた。何か、依頼は理由があるって母さんが取り下げたらしいし、それとは別に引き受けるなって圧力かけられた人もいるらしいんだ」
 だから、今は人気の店を殆ど兄妹二人で切り盛りしている。
「いや、俺の腕がまだ父さんに及ばない、ってのは仕方ないんだ。不味いって言われたのもまあ我慢できる。ただ理由を知らないと直しようも無いだろ? それに、店の方もおろそかにはできない」
 このままでじゃ、アレフかシャルロットが過労で倒れるのも時間の問題かもしれない。
 父親が何故急死したのかその理由は今もって定かではないか、店の維持に苦労していたのは確かだ。
 妹に無理はさせたくないが、せっかくいるお客の信頼を裏切るわけにもいかない。
 だが母親は、店は手伝ってくれても、あの老人の正体や、料理については何も語ってくれず、募集の許可も許してはくれない。
「だから、大会用料理の試作のアドバイスとそしてあの祖父さんの正体探りだけでもして欲しいんだ。何故、あんな事を言うのか、母さんとどんな関係があるのか‥‥かな? そうすれば、なんであんなこと言ったのか、理由も解ると思うし。んじゃ、そういうことで」
 彼は陽気に去っていく。
 扉の前に止まり小さな声で、囁くように言い残して‥‥。
「新規のお客は増えてる。でも、前の常連さんは微妙に減ってるんだ。俺にはまだ、やっぱり何かが足りないのかな?」
 
 冒険者達も徐々に知りつつあった。アトランティスにおいて、冒険者、天界人がある種の上位階級にいることを。その中で、屈託無く接するアレフには不思議な魅力を感じていた。
 強い意志に、明るい前向きな心。それは彼の武器でもある。だがえてして当事者は気づかないものだ。前を向きすぎていると足元が見えにくいように。何を見落としているかを。何をするべきかを、彼は気付いていないような気がする。
 今、アレフに必要なのは第三者の目と、知恵と、そして言葉なのかもしれない。

●今回の参加者

 ea0144 カルナック・イクス(37歳・♂・ゴーレムニスト・人間・ノルマン王国)
 ea0353 パトリアンナ・ケイジ(51歳・♀・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea7378 アイリス・ビントゥ(34歳・♀・ファイター・ジャイアント・インドゥーラ国)
 ea9085 エルトウィン・クリストフ(22歳・♀・レンジャー・ハーフエルフ・ビザンチン帝国)
 eb0639 ジノ・ダヴィドフ(46歳・♂・ナイト・人間・ノルマン王国)
 eb0754 フォーリィ・クライト(21歳・♀・ファイター・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 eb3838 ソード・エアシールド(45歳・♂・神聖騎士・人間・ビザンチン帝国)
 eb3839 イシュカ・エアシールド(45歳・♂・クレリック・人間・神聖ローマ帝国)
 eb4278 黒峰 燐(30歳・♀・天界人・人間・天界(地球))
 eb4410 富島 香織(27歳・♀・天界人・人間・天界(地球))

●リプレイ本文

●人気の店、その裏側
 宿屋兼酒場。
『グローリー デイズ』の朝は早い。
 旅人や、宿泊客の朝食の為に、彼らよりも早く起きて食堂を開けなくてはならないからだ。
「ふむ、なかなかいい匂いだな」
 冬の布団の誘惑よりも魅惑的な香りが鼻腔を擽る。
 暖かいスープと、香ばしいパンの香りに誘われるように、宿の二階から冒険者達も起きて降りて来はじめた。
 ソード・エアシールド(eb3838)とイシュカ・エアシールド(eb3839)は目を下に降ろす。
「おや、シャルロットさん、おはようございます」
「おはようございます。お食事の用意、できていますから、ご準備が出来たら下へどうぞ」
 笑顔の少女が元気な挨拶をよこしてくれた。
「誰かの作った料理に迎えられる朝。故郷やあの子を思い出しますね‥‥」
 微かにソードはイシュカの言葉に頷いた。外見が似ているというわけではない。だが、お互いにとって共通の‥‥大切な誰かを思い出しながら二人は顔を見合わせ階段下に向けて今行くと、返事を返した。 
「おはよう!」
「おはようございますぅ」
 昼から夜にかけては一般に開放されている食堂だが、今いるお客は冒険者達だけ。模様替えされたばかりの広くて見通しの良い窓際のテーブルには、言葉どおり出来立ての料理が並んでいる。野菜のスープと玉子焼き、腸詰と、野菜サラダ。パンは焼きたてをさっき買って来たばかりだと言う。
「頂きま〜す。あっ! 美味しい」
「やっぱり、素材の味の濃さは、日本とは違いますね。良い素材だとシンプルな味付けでも美味しいものです」
 シンプルな料理だが、それ故に素材の味が生きている。
 黒峰燐(eb4278)や富島香織(eb4410)達ほどの感動は無いが、他の冒険者にとってもとりあえず、文句の出ない朝食に舌鼓を打ちながら彼らは、それぞれに同じものを見つめていた。
「良く眠れましたか? 寒くはありませんでしたか? お兄ちゃん。これで全部?」
「ああ、とりあえずはな‥‥おかわりが、必要なら作るけど‥‥」
 テキパキと小気味良く働く二人の兄妹と、それを見つめる母親の姿を‥‥。

「さて。で、アレフ。俺たちにただ飯を食わせる為だけに呼んだわけじゃないだろう。何をすればいいのかな?」
 食事を終え、片付けも終え、カルナック・イクス(ea0144)は一息を付いて依頼人に向けてそう口を開いた。給仕の手伝いも終えたアレフは、手を拭きながらああ、と返事をする。
「まずは、料理大会へのアドバイスかな。あと、店の手伝い。‥‥あの爺さんのことは、できたらでかまわないよ」
「それじゃあ、まずはお料理のお手伝いですね。私、ちょっと今の内に市に行って買い物をしてきます」
 必要なものは買い出ししてきますから。とのアイリス・ビントゥ(ea7378)に、アレフもついていこうとしたのだが‥‥。
「荷物運びはあたしたちが手伝うから大丈夫。それにあたしはまだ、こっちの市場とか見てないのよ」 
「そうそう。雑用とか調査とかはあたし達に任せて、アレフさんは、料理の方、ちゃんと見てもらって。ね?」
 エルトウィン・クリストフ(ea9085)とフォーリィ・クライト(eb0754)は軽い自己紹介の後、積極的にこう言った。
「心配はいらない。夕方の開店までには戻ってくる。ついでに聞き込みもして来よう」
 護衛を兼ねた同行を申し出たジノ・ダヴィドフ(eb0639)は二人の少女達に目配せする。
 何故か、二人にジノは不思議なまでに優しい。少し怪訝の顔を浮かべながらもエルトウィンとフォーリィは小さく頷いた。
「あたしは、逆だね。午前中は手伝って、午後は出かけるよ」
 パトリアンナ・ケイジ(ea0353)の言葉にアレフは少し顔を歪める。昼から夜までは軽食、夕方を過ぎれば酒を飲みに来るお客も多くなる。逆に午前中はそう忙しくも無いのでできれば、という顔なのだが
「店の手伝いは私達がしましょう」
 イシュカや香織が言ってくれるので止めはしなかった。元々、冒険者に指図できる立場でもないのだ。
「じゃあアレフ。厨房に行こう。その爺さんが来た時出した料理とやらを、一緒に作ってみよう」
 テーブルに手を当ててカルナックは立ち上がった。
「解った。今行く」
「じゃあ、お兄ちゃん。あたしはお掃除してるから」
 アレフは後を追い、シャルロットも掃除を始める。
「待って下さい、シャルロットさん、私も手伝いましょう」
 小気味良く動き出した二人に微笑みながら、冒険者達も動き始めた。その様子を扉の影から見つめる視線は、見ないフリをして。

●粉骨砕心?
 アイリスが一人戻ってきたのは昼少し前だった。
 もう昼食の時間が始まる頃だろう。
「香辛料って、や、やっぱり高価です‥‥くすん」
 籠を覗き込みながら小さく鼻をすする。料理に使う香辛料をできるだけ沢山、と意気込んで行ったのはいいが、流通を妨げかねない買占めにはギルドが毅然とした態度で拒絶を示したのだ。
「いかに冒険者の御方とはいえ、これだけは譲れません」
 普通に買うことがきたのは金額にして20G。種類はいろいろあるが、料理に使うとなれば節約して使わないと難しいだろう。
「まあ、あとはアレフさんに頑張ってもらうとしてですね。ただ今戻りました。‥‥あれ?」
 店の中を覗き込み、目をこすって彼女は首を傾げる。なんだか、店が暗い? 窓は開いているし、採光も悪くない。良く見てみれば、室内に汚れたところも暗いところも無い。澱んでいるのは空気なのだ。何故?
「どうしたんです?」
 ウェイターとしてシャルロットの料理運びを手伝っていたイシュカは、苦笑しながらお盆で店の奥を指差した。
 彼が指し示す先は‥‥厨房?
 そっと近づいて見ると
「うわっ、どうしたんです?」
 たじろぎながらアイリスは思わず手でパタパタと風を作った。
 実際には別に空気が汚れているわけでもなんでもない。なんでもないのだが、何故、こんなに暗く感じるのか。
「‥‥お帰りなさ‥‥い」
 アレフは鍋を揺すっている。料理を作っている手際はいつもどおり。だが、その表情は今までの楽しそう、とか自身ありげ、という表現からはあまりにも縁遠いところにあった。
「まあ、いろいろあってね‥‥。ちょっと鞭が効き過ぎたかな?」
 料理を並べながらカルナックは息を吐き出す。
「何が‥‥一体?」
「話は、とりあえず後だ。昼食のピークが近い。こっちも手伝ってくれるか?」
 ジノがくいと、首で食堂を指し示す。お客は多くないが、途切れることなくやって来る。
「‥‥解りました」
 香辛料の籠を厨房の棚の上に置いて、アイリスはカルナックの差し出した料理をそっと両手で持って歩き出した。

「はあ、要するに自信をなくしちゃったわけだ。自分が間違ってたって突きつけられて。やれやれ若いなあ」
 笑みと苦笑が交じり合ったような顔でフォーリィは額を押さえた。昼食時の営業が終って暫し、夜の営業に間に合うようにと戻ってきた冒険者は居残り組みから、このまるで葬式のような重苦しい店の空気の理由を聞いていた。
「そんな気分で料理を作っても美味しくできる筈は無い、と言ったんだがな」
 ここはアレフの店だから、彼が店を開け、料理を作るというのならそれに従うだけだ。とカルナックはため息を付いた。それでも失敗したり、とんでもない料理を作らなかっただけ、プロということなのかもしれない。
 説明しながら思い返してみる。厨房で、彼と一緒に料理を作ってみた時の事を。

 横でアレフの知る作り方に合わせながら、カルナックは料理を食べた老人が言った言葉の原因を探る為に同じものを一緒に作っていた。
「スープは、材料を水洗いし血合いや脂肪を取り、水から煮て香味野菜を入れアクを丹念に取る。そして、煮詰まったら漉して塩で味付けするんだ」
 基本の味はけっし悪いものでは無い。むしろ美味しいの部類に入る。だが解った気がしたのだ。何故、常連が微妙に減りつつあるのか。その理由が。
 アレフの仕事は速く、テキパキとしている。大量調理のコツを理解していて無駄が無い。
「仕方ない、で調理開始? 新メニューもいいがその料理今までと同じ様に作っていたか?」
 厨房には入らず、でも、料理の様子と話を聞いていたソードはふと、腕組みしたままアレフに確認する。老人がやってきた時の状況と心境を。
「そうだけど?」
「‥‥昔養娘が言ってたんだ『食べる人の事考えて美味しくなーれ、って思って作るのと嫌々作ったのだと味が違うですの』って‥‥って、聞いてるか?」
「聞いてるよ。でも、初めてのお客になんか、そんな気持ち持てるもんじゃないだろう? そして、そうあの時は、たしか揚げ物をしていて、‥‥終って残った油を炒め物に‥‥」
「ストップ! じゃあなに? 揚げ物で使った油を炒め物に使ったの?」
 燐の問いかけにアレフはああ、と首を前に動かす。その手は止まらない。
「今まで何度か使ってみたけど、揚げ物って、大量に油使うだろ? 捨てるのもったいなかったから、布で漉したりしてから普通の料理に使ってたけど‥‥」
 あ〜と、こめかみに指を当て燐は下を向く。
「普通の家庭での料理では、それくらいのことは許されると思いますけど、仮にも料理店で出す料理でそのようなことをしたら、味が落ちるのは当たり前だと思いますよ」
 丁寧な口調で、でも、きっぱりと香織はアレフの間違いを指摘した。油の劣化のメカニズムなどを科学的に教えるまでもことでもない。魚の揚げ物をすれば油にその生臭さが移ってしまうのは当たり前の事であり、純粋な油を使ったときに比べて味が落ちるのもまた至極当然なのだから。
「野菜は筋をしっかりと取って、食べやすい大きさに切る。炒める時も火の通りにくいものから順番にタイミングを計算して最終的に丁度いい火の通り具合になるようにする。生臭いと言われたのは野菜にちゃんと火が通っていなかったからじゃないのか?」
 最初は若干口うるさいと感じるカルナックの言葉を、流すように聞いていたアレフだったが、徐々に様子が変わっていく。同時に顔色も。
 理由は明白だった。同じように作っている同じような料理。だが、忙しさに紛れいつの間にか、父から教わったその手順のいくつかを省いていったアレフの料理と、一つ一つの手順を踏み、実直なまでに丁寧に調理するカルナックの料理は見栄えも、香りも明らかに違っていったのだ。
 そして、開店一番にやってきた常連の一人は、頼まれて二つの料理を食べ比べ‥‥言った。
「親父さんの味により近いのは、平たく言って美味いのはこっちだな。アレフ。作り方を思い出したのか?」
「そんな、馬鹿な!」
 アレフの顔は、完全に血の気を失っていた。‥‥彼が指差したのはアレフの料理ではなかったのだから。皿の料理を一口、口に入れる。そして自分の料理もまた一口。
 自分の舌という一番誤魔化すことのできないものが、客の言葉の確かさと、自分の間違いを容赦なく指摘する。
「料理する時は何事も手間を惜しまずだよ」
「‥‥あんたこの食堂を立て直すのと、父上を超えるのをごちゃにしてないか? 対抗心メラメラなんだもん‥‥。それじゃあ‥‥な‥‥」
 優しいカルナックの声や躊躇いがちに言ったパトリアンナの言葉が耳に入っていたかどうか、解らない。
「おい、アレフ。どうでもいいからいつもの腸詰とエール早く持って来てくれよ!」
 注文の言葉に動き始めても、彼の表情と動きはまるで、ズゥンビのごとく生気を失っていた。

●途切れない『約束』
「やはり、というところだな。常連達が言ってたのも同じようなことだ。味の基本は変わらない。ただ、ほんの小さな味の劣化が美味しいという感情を奪っていると‥‥」
 ジノの口から深い息と一緒に吐き出された思いは心配、だった。容赦なく突きつけられたのは自分自身の未熟さ。遠い父どころか、冒険者にも及ばない自らの力。
 厨房に篭ったままのアレフ。彼の美徳であるところの明るさを失いはしないだろうか。と。
「あの性格は好ましいですから、彼にはぜひ、元気を取り戻して欲しいのですが‥‥。そう言えば、調査の方は如何でしたか?」
 思い出したようにイシュカは顔を上げる。フォーリィやエルトウィンは確かあの老人のことを聞きに回っていた筈だ。
「あっ! そうそう、それがね〜。‥‥シャルロットちゃんは?」
「確か上の方で、お母さんと一緒に部屋の掃除をしていた筈ですけど‥‥」
 アイリスの返事にそっか、と呟くとフォーリィはエルトウィンに目線を送り、先に話し始める。
「あたしが確認したのはね、伯爵家とその娘さんのこと。今度コンクールをするって家は結構な名家でヤイム家と言えば美食家としても有名なんだって。そして、その家の主である元伯爵には娘が一人」
 怪訝そうに香織は首を傾げる。
「娘?」
「そう、布告から息子だとばっかり思ってたけど、伯爵家の血を引くのは、娘一人なの。布告を出したのは遠縁の家から引き取った養子らしいのよ。そして‥‥その長女は、今から20年前に駆け落ちして行方不明なんだってさ」
 そして‥‥、そこからの話をエルトウィンが引き継ぎ続ける。彼女が廻ったのは足の遠のいた常連達の元。何人かの旅の商人達などは、この店のことを本当に心からの愛着を持って話してくれた。
 先代の店主、彼の父親は本当に慕われていたようだ。この店と、家族たちと共に。中には兄妹が生まれた時から知っている者達もいて、他人のような気がしないとも言っていた。
(「味が戻ったら、またいつでも来るって言ってるんだから、頑張ってもらわないとね!」)
 彼らと話しているうちに思いもかけず同調してしまった感情はとりあえず、横に置き、説明を続ける。
「常連の皆様からの情報によると、この店が開かれたのも約20年前。その頃、新婚ほやほやのシャロンさんは、何も出来ないお嬢さんのようだった、と。そしてそして、年に何回か、随分偉そうなお客さんが訪れるようになった。この繋がりが解るかなあ?」
「‥‥なるほど、そういうことか‥‥」
「まだ、どーして圧力なんかかけてきたのかまでは解らないけどね」
 小さく呟いてソードは店の外に出て言った。イシュカに軽く目配せをして。他の仲間も止めることはしなかった。で、と話をフォーリィは戻す。
「だから、ここはいっぱつ、やってみよーと思うわけよ! ちょこっと卑怯かもしれないけど、所謂搦め手ってやつで」
 手招きするフォーリィの提案に冒険者は頷く。
「解った。そっちは任せた。だが、俺はやりたいことがあるんでな」
 さらりと言うジノの意図を仲間達は察する。同時にそれに寄り添おうとする者も。
 二手に別れた彼ら。だが気持ちは一つだった。

 二階の階段を上ったところで、床を磨いていたシャルロットを見つけ、フォーリィは手伝おうか? と笑いかけた。
 背後には冒険者。だが、最初は萎縮していた彼女も今は大分慣れてくれたようで、
「大丈夫です。お客さまに、そんなことはさせられませんから。それに、食堂の手伝いまでして頂いたのに‥‥」
 と笑顔を見せてくれる。
「いえ、いえ、貴女を見ていると故郷にいる養女の事思い出して、気になってしまうんですよ。お店のお手伝い、私でも猫の手位にはなりましたかね?」
「ええ、勿論。本当に今日は楽でした」
「シャロンさんは?」
「奥にいますけど?」
「そう‥‥。ちょっと一緒に来てくれるかな?」
 少し、真剣な面差しのフォーリィと冒険者達の様子に、はいと頷いて彼女は前掛けで手を拭くとついて行く。二階の並びの部屋の奥に、シャルロットと同じように冷水で床を丁寧に拭き掃除する、母親の姿があった。
「お疲れ様です。お昼ごはんは召し上がられましたか?」
 香織は素直な気持ちで聞いた。シャルロットとは違い、まだ冒険者に対して彼女は固い表情を崩さない。
「いえ、大丈夫です。申し訳ありません。お客さまの前でこのような‥‥」
 桶を持ち、部屋を出ようとする。だが、‥‥意図した訳ではなかろうが‥‥冒険者達に遮られて扉の前に辿り着けない。そんな彼女に
「サンドウィッチでもお持ちしましょうか? 私の故郷で良く食べられていたものなのです。ご主人との思い出の料理、なのでしたよね。良ければその頃のお話を聞かせて頂けませんか?」
 さらに香織は追い討ちをかけた。足が硬直したように止まる。
「‥‥それは‥‥」
「あの? どういう意味ですか?」
 小首を傾げたシャルロットには解るまい。だが、冒険者達にはだんだん解ってきた。稀に迷い来る天界人は騎士待遇で、知識を、能力を優遇されるという。
 サンドイッチというのは天界地球の人の名前が語源となった料理だ。騎士待遇の天界人が伝えた特別な料理が、最初に伝わるとすればそれは‥‥。
「今回の兼は、家族全体の問題でしょ? いろいろ思うところがあるのかもしれないけど‥‥話してくれないかな? シャルロットちゃんの為にも。シャルロットちゃんも知りたくない? どうして、手伝いの人が来ないのか。どうして‥‥」
「止めて下さい!」
 追い詰められた顔で、シャロンは声を上げた。桶を抱える手は長く、しなやかでかつては美しいものだったのだろうと思わせる。今は、寒さのヒビやあかぎれでささくれだっていても‥‥。
「これは‥‥私と父と‥‥あの人との約束なんです。‥‥絶対にその名を口にしない。頼らない。破ってしまえば、その時は‥‥」
「お母さん?」
 シャルロットは縋るような目で、母親を見つめた。
「あの子が‥‥あの人と同じ道を歩み続ける限り、約束は続いてしまう‥‥。あの人に、あの子は届かない‥‥。その時には、私は‥‥」
 シャロンはそれ以上を口にすることなく、桶を持ったまま、冒険者の横を強引にすり抜けようとする。一番後ろを押さえていたパトリアンナは、それを止めはしなかったが、独り言のように、でも彼女の耳に聞こえるように囁いた。
「なあ、応援してやれ、とは言わないけど、きちんと伝えないと子供ってわかってくれないですよ? このまますれ違い続けますか?」
「それが‥‥あの子と、私達の運命でしょう。どうか、放っておいて下さいませ‥‥」
「お母さん!」
 階段を駆け下りていく母親に娘は声をかける。
 だが、その思いは、子供達を思う母親の思いと同じように伝わっていないように冒険者達には思えてならなかった。

●料理の隠し味
『料理を美味しくする当たり前のことに手を抜くな!』
 何度も、何度も、毎日毎日、繰り返しそれは告げられた言葉だった。それを、どうして自分は忘れていたのだろう。いや、意図して忘れようとしたのかもしれない。父親と同じ道を選んだというのにそれを超えることばかり考えて。
『料理大会に参加? このままじゃ無理だと思う。僕達が教えた料理で勝負するだなんて勝てる訳ないし』
 燐の言葉が頭の中でぐるぐると回っている。
(「俺は‥‥間違っていたんだよな‥‥」)
 厨房の隅で肩を落とす青年の前に
「ほら、飲まないか?」
 突然、木のジョッキ、冷えたエール付きが落ちてきた。
「ジノ‥‥さん?」
「ほら! そんなしけた顔しない。歌も料理も同じで、本人が苦しい顔と思いで人を喜ばせるなんてできないんだから!」
 強引に引っ張られた手に身体と心が引っ張られる。右手にエールのジョッキ、左手に燐の右手を持ってアレフはふらつきながら立ち上がった。
 視線の先にはいつの間にか酒と料理を並べるアイリスとカルナックがいる。
「あ‥‥、みんな‥‥」
「さて、これからちょ〜っと苦言になるけど良く聞いて。これは、常連さん、特にこの店との付き合いの長〜い人たちからの率直な意見だから」
 ダメージは先にぶつけておいた方がいい。落ち込んでいるならなおの事。そう言って、エルトウィンはアレフに向かい合った。アレフは逃げ出さず神妙な顔を浮かべて立っている。
 微妙な所で味が変わった。料理が雑になっている。新しい料理にかまけていて、定番の料理の仕込みがちゃんとされていないこともある。一つ一つ、折られた指が差し示す理由は確実にアレフの心をも折っていく。
「‥‥僕達の世界でも『料理は愛情』って言葉がある。アレフさんが作る僕達の世界の料理に愛情は込められるの? 面白がって喜んではもらえるかもしれない。でも、本当に心を打たれる料理って日々の家族団欒の中で食べている料理じゃないのかな?」
「お前さんは親父さんをライバル視するあまり、一番大事なことを忘れてる。宮廷料理人も料理屋もどっちが上だとかじゃない。ただ料理屋を選んだ親父さんは一部の人だけじゃなく沢山の人に幸せになって欲しかったんじゃないか?」
 一言の反論も無い。何よりそれが、真実だからだ。
「でもね!」
 握り締められた拳をエルトウィンは、パッと開いた。
「思い当たる点があれば改善するなり、すり合わせるなりできると思うのよ。むしろそれ以外のところは大丈夫なんだから!」
「えっ‥‥?」
 急に咲くように笑った明るい声にアレフの顔が上がる。視線の先には、彼の浮上を辛抱強く待つ、冒険者達の姿があった。
「俺は親父さんが何で今の店を開いたか分かる気がする。グローリーデイズはここに訪れたお客の一日を手伝う為の物なんじゃないかな」
「宮廷料理人を目指すのは悪い事じゃない、むしろ応援してる。ただ親父さんをライバルと思うならそういった事も考えるべきだろう」
「さっきさ、キミは普通のお客に愛情なんて持てない、って言ったけど、暖かい家族の愛や作る人の愛が心の奥底から感じられる料理こそ、賞賛されるべき料理なんじゃないかな?」
「お父さんの料理には愛情があったのでしょう。食べてくれる人に対する基本、思いやりと言ってもいい。それがあれば、キミの料理はもっと美味くできる筈さ」
 アレフに告げられる言葉は決して優しいものではない。厳しく、はっきりと、今の彼は父に及ばないと告げる。
 そう、今は‥‥。
「例の爺さんは、お前に助言してるのかもしれない。それこそ、思い当たる点を改善すりゃあいい。また来たらギャフンと言わせてやろうぜ。ああ、俺は料理の手伝いはできねえから、その辺は専門家に任せるがな」
 テーブルに並んでいたジョッキを強くあおって、ジノはニカッと笑った。強張っていたアレフの心を溶かすように。
 差し出された手、自分を包み込んでくれる笑顔。彼は、目をこすって前を見た。何故だか、部屋の中がとても眩しく見える。父親が死んでからこんな風に見えた事は一度も無かった。遠くばかりを見続けていたから‥‥。
「‥‥あ、‥‥」
 言いかけた言葉を、口の中に飲み込んで彼は握りこぶしを作った。
 顔を完全に上げて、前を見る。遠くでは無く、自分の目の前の光を。
「そうだよ。次に来た時には、絶対に父さんよりも美味いと言わせてやる!」
「その意気、その意気」
 ポンと頭を叩くジノとアレフに燐はくすと笑って肩を竦めた。
「どこの世界でも料理人って大変だねえ。‥‥っと少し食べようか。腹が減ってはなんとやらってね‥‥」
「‥‥せっかくだから、私が作った料理、食べませんか? スパイスをいろいろ使ってみました。『高価な調味料を使ったから美味しい』じゃなくて『食材本来のうまみを引き出す為にこの調味料を使う』といえばいいんでしょうか‥‥。難しいですね」
「夜の料理は俺も手伝う。その為に来たんだからな。アドバイスとかは任せてもらおうか?」
 そんな楽しげな会話と笑顔が、まだ灯りを灯すには早い時間の店の中を明るく染めていた。

●地上の味、天上の味
 夜、酒場と貸して賑やかな客たちを出迎える「グローリー デイズ」は、いつもよりほんの少し賑わいを増していた。
「ほお、少しは親父さんに迫ってきたのかねえ。アレフ坊も。親父さんにはまだまだ及ばないが、これはこれで美味いじゃないか。お代り頼む」
 いつもより一杯多めのエールを注文する客の顔も明るい。
 厨房では、
「スパイスというのは、ただ味を加えるのではなく、加えたことによって食材が持つ味を何倍にも引き出すんです‥‥、で、ですから調味料というのは脇役じゃなきゃ駄目なんです‥‥」
「基本を覚える為には何度も作って体に覚えこませるしかないので、根気よくやっていこう。思い出せば、後はキミなら大丈夫だよ」
 冒険者達に素直に教えを請うアレフがあり、それを見守る冒険者達があった。
「‥‥あっちは、大丈夫かな? 問題は、こっちだよね‥‥」
 フォーリィは厨房から、ホールに目線をずらす。
「ウェィトレスが暗い顔や疲れた顔していてはダメですよ。ほら、気持ちを明るく持って‥‥」
「‥‥はい」
 彼女が言う、こっち。イシュカに支えて料理を運ぶシャルロットの表情は、アレフと反対に笑顔にどこか憂いを湛えていた。
 無理も無い。あの母親の言葉が、態度が指し示すものは、なんなのか‥‥。イシュカやパトリアンナの疑問を受けても、部屋の隅で会計を受け持つ彼女の沈黙は溶けなかった。
「彼女の本音は一体‥‥」
 だから、香織の呟きにも当然、答えは帰らない。

 ソードはヤイム家の大きな門を睨みながらため息をついた。
「貴族ってのはどうして人の神経逆撫でするような言動が多いかな‥‥嫌な事思い出しちまった」
 仲間達と調べた結果、いくつもの疑問が指し示したのは全てここだった。料理コンクールの主宰も、助手たちの圧力も、そして‥‥
「彼らの親たちの出会いの場もか」
 だが、点は点のまま繋がらない。特に料理コンクールと、圧力の出た場所は同じであるのに。何が、どうして、どうなるのか‥‥。
「ん?」
 ふと、身体を滑らせて身を門の前から離す。食材が、次から次へと運び込まれていく。料理コンクールの食材だろうか?
 参加者には必要なものは支給するし、持ち込みも可能だと言っていたが‥‥。運びこまれる食材は、どれも上質のものばかりだと、遠目で見ても解る。この材料で、貴族の料理人が作る料理はどれほどの美味なのだろうか。興味は余り無いが。
「何か、起きそうだな。あの家族の上に‥‥」
 予感めいた思いは彼の視線の先の大きく、静かな館に吸い込まれて消えていった。