●リプレイ本文
●講義準備
王都からウィンターフォルセへと入る冒険者達。
この前炊き出しに使われた広場は、沢山の椅子が並べられ講義が出来るように机が置かれていた。
ルキナスも準備に追われており、其処にはルーシェとユアンの姿も見受けられた。
「あ、いました。ルキナスさん!」
「お? ゆかりか、お前達が依頼受けてくれたんだな?」
「はい。それにあたって、私の使う魔法が問題ないか聞いておきたくて。水魔法なんですが‥‥」
「ふむ‥‥出来るだけ急に使うという事は避けてくれると助かる。魔法発動の光を見ただけで怯える一般人も多い」
「はい、其れは極力気をつけます」
「本来なら、なるべく使わないといった方がいいんだろうけど硬い事は言わないさ。ただ、もし怖がらせた場合は‥‥」
分かってるね? と言わんばかりの笑顔を麻津名ゆかり(eb3770)に向け、首を傾げるルキナス。
ルキナスが怒った時の恐ろしさはゆかり等は目の当たりにしている為、容易に想像出来る。
「わーい、がっこうなのー♪ たのしみなのー♪」
「どうやらプリンセスは楽しんでいるようだな」
「もちろんなのー♪ルーちゃんとおべんきょうなのー♪」
レン・ウィンドフェザー(ea4509)が楽しそうに笑ってそう言えば、ルキナスも苦笑を浮かべるだろう。
自分にそんな呼び名がついているとは思いもよらなかったのだから。
「それともう一つ。診療施設運営に良い場所ってないですか?」
「事前に話は聞いてるよ。魔法で石を作って組み立てる方式だそうだな? 場所はあるが、問題は道具だ」
「あ‥‥」
「治療するにも、治療道具やそれなりの設備は必要だろう? 確かに教会からリカバー担当の人を連れて来るというのもありだが、町の人がまず馴染めるかどうかだ」
ルキナスは渋い顔を見せるも、首を横に振ってまた笑顔を見せた。
「ま、場所は俺が探しておくよ。魔法や道具に関しては俺達よりそっちがプロ。そうだろ?」
「信用、してくれるんですか?」
「ウィンターフォルセを助けてもらった礼もあるしな。爺さんには俺から言っとくよ」
そして、クライフ・デニーロ(ea2606)はユアンを見つけると彼の目の前まで歩く。
ユアンは病弱な為もあるのか、椅子に座ったままルーシェとの雑談に華を咲かせていた。
「爵位相続おめでとう」
「あ‥‥貴方は‥‥。ありがとうございます、こんな僕でも誰かのお役に立てる時が来たみたいで‥‥」
「そんなに謙遜しなくてもいいと思うよ?」
「とはいえ、僕は姉を差し置いてあのフェーデの事がきっかけで相続したんです。‥‥ああいう形が望ましいわけがないですから」
「気負いはしない方にした方がいいよ。ほら、今日講義するんだよね?」
「はい。なるべく頑張ります。其方も講義をなされるようですし、頑張ってください」
互いにエールを送るユアンとクライフ。其れは二人がいい関係でいられるようにと繕ったものかも知れない。ユアンはクライフから貰ったワインを、民の女達に差し出したという。
●一時間目
子供達で賑わい始める広場。用意された椅子に座り、講義の時間を待っている。その間に華岡紅子(eb4412)が机の周りにテキパキとテントを張っていく。ユアンの講義の為、日除けが必須と思った優しさからの行動。
石版と白墨を紅子から受け取ったリオリート・オルロフ(ea9517)は其れを子供達に配って行く。
「お兄ちゃんも講義受けるのー?」
「お兄ちゃん、おっきいねー」
子供達はジャンイアントであるリオリートの存在に興味を持っているようで、親しみをこめながらその体をぺたぺたと触る。
リオリートも少し複雑な気分がするものの、子供達と仲良くなれるチャンスだと抵抗はしない。
そうして、数分たった後。ユアンが講義台に姿を現した。
「初めまして、皆さん。僕がハーヴェン家当主、ユアン・ハーヴェンです。気軽にユアンって呼んでくださいね」
「ユアンくん、手伝うわ」
「ありがとうございます、紅子さん。 では、皆さんにまず最初の出題です。配られた石版の左の上に今日の日付を書いてください。今日は7月の30日です」
見本を見せるかのように、自分の手元にある石版にスラスラと日付を書き入れ、子供達に見せる。
「そして、その下に今日お勉強する事を書きましょう。今日お勉強する事は『文字の書き写し』です」
それもまた手本を書いて丁寧に見えるように見せる。
子供達は目をぱちくりさせながらも懸命に真似をして書いていく。
「最後に表とグラフを書きましょう。こんな感じですね。‥‥書けたら僕の所まで持ってきてください。○貰えた人から、席に座って待っていてくださいね?」
「はぁい!」
元気よく返事をする子供達を見て、ユアンは微笑ましい光景を見たように笑って頷く。
子供達は書けた、書けた! とユアンに石版をもって子供達が群れを作り始め、○を貰った子供達は席に座っていく。
その間に手伝いに来ていたルキナスが教科書として布で全員に見せるための物をめくりで造ったものをユアンの後ろの板に貼り付けていく。
其処には色々な文字、文章が書かれており子供でも理解できるものが多い。
「これ、ルキナスさんが作ったの?」
「俺じゃない、ユアンだ。徹夜で用意したとか言い出してさ、ほんっと心配だよ」
苦笑を浮かべるルキナス。其れを見て紅子がユアンを見ると、ユアンは慌てて子供達の方へと視線を戻した。
「『1 えんそく』みんなで読みましょう。それを石版に写しましょう。できたら、『出来ました』と言いましょう」
子供達が席に座り終えるのを確認してからユアンは張り出された布に指を置いてそう告げる。
子供達は元気な声で返事をしながら、書き写し、読みを始めていく。
意外にも真剣に取り組んでいるようで紅子も安心していた。
「子供達もしっかりと勉強しているみたいね」
「そうだな、俺もしっかりと勉強しなくては‥‥」
「リオリート、子供達に負けたら罰ゲームな?」
にっこり笑ってそう言うルキナスに、リオリートも苦笑を浮かべざる得ない。
確かに講義に興味はあった。けれど深いものではない。子供達に教える為なのだ。
‥‥子供達に教わりながら、教えながら。リオリートも勉強を続けていく。
「出来ましたー!」
一人の子供が言えば、次々子供達の『出来ました』という声が響いてくる。
ルキナスは、どんなものかと石版をひょいと覗けば
「お? 綺麗に書けてるじゃないか! 偉いな、君は?」
「え? こんな事だけで褒められるの?」
「当たり前だ。こうやって間違いなく写すことが出来る子供は偉いんだ。次の授業も上手くいったら褒めるぞ、俺は?」
「わーい♪ 褒められたー♪」
「簡単な事を成し遂げても褒める。そうして子供は成長していくもんだ」
「もしかして、ルキナスさんも昔そうだったの?」
「ライキの師匠にはそうされて育ったな」
ルキナスが答えると、紅子はおかしそうに笑った。コレはこれでルキナスの素顔も見えてくる授業となった。
子供達も、褒められて満足そうによりいっそうユアンの講義に没頭していった。
●二時間目
「さーて、次は俺の授業ってとこかね」
「あ、私も講義聞きたいです。お絵かきもするんですよね?」
「あぁ、プリンセスもいるみたいだし。バレないようについてやっててくれな?」
そう言ってゆかりの頭を軽く撫でてやると、ルキナスは講義机の前へと歩いた。
「さて、一時間目で使ったこの教科書使ってまずは算数の勉強だ。OK?」
「はぁい!」
「算数ですか。確かに、子供達を学ばせるにはピッタリですね」
「地図と築城術はやらないのか?」
「其れはもーちょい後だな。俺の知ってる地図技術、教え込むには其れ相当の人物が厳選されるんだ。下手に教えて悪用されてもねぇ?」
「ふむ」
「其れに、地図でも築城術でも数学の要素は必要不可欠。よって、此れも地図、築城術の授業さ」
ルキナスがそう言うと、オルステッド・ブライオン(ea2449)も納得したかのように席につく。
どうやら子供達と一緒に勉強するつもりらしい。勿論、ゆかりとレンも同様だ。
「さて、此れはさっきみんなが書いたえんそくの文章だ。上にあるこの絵、分かるな? 動物の絵だ。此れをまず数えてみようか」
「ふふっ。ルキナスさんってまるでみんなのお兄さんみたいですね」
「るーちゃんは、にんきものさんなのー♪」
「‥‥なんちゅー事言ってくれるかね。気をとりなおして‥‥其処の女の子、ここにいる鹿は何匹だ?」
ルキナスが一人の女の子を指名して立たせると、そう質問する。
女の子は一生懸命、指折りで数えながら手の平を差し出して
「5」
と答える。
しかし、ルキナスは首を横に振る。確かに5ではあるのだが‥‥。
「100点満点中、15点だぞ。その答えは?」
「えー‥‥?」
「あ、なるほど‥‥答え方、なんですね」
「鹿の数は、5です!」
「そう、ビンゴ! その答え方が一番正しいんだ、他のみんなも次質問されたらそう答えるんだぞー? じゃあ、数字を石版に書き入れてみようか。上手く書けたら手を挙げて。俺が見に行くからな?」
ルキナスがそう言うと、子供達も一斉に筆を進めた。
ゆかりも、レンも、オルステッドも。子供が学ぶものの為、大人であり冒険者でもある彼等にとっては簡単な事かも知れない。
しかし、子供達と共に学ぶ。というのはこうやって初歩に戻るのも大事である。
「ルキナスさん、出来ました」
「ゆかりが早いのは当然か。でも、見るだけ見させて貰うよ?」
そう言うと、ルキナスはゆかりの肩に手を置いて石版を覗き込む。
正確に書かれた名前と日付と数字。ルキナスは少し苦笑を浮かべると、ゆかりの筆を手にとって
「おいおい、グラフと表がちゃんと均等になってないぞ? ここはもーちょいこっちにして」
「ぁ‥‥こ、こうですか?」
「そう。大人であり冒険者であるお前達にはちょいとばかし厳しく見るぜ?」
ニィと笑みを浮かべるルキナスを目の前にして、ゆかりは少し頬を赤く染めてアセアセとしている。
其んな反応を見て楽しんでいたルキナスも、次の子供の声が聞こえれば其方へと向かう。
「おー、よく出来てるな。でもここ、数字が間違ってるぞー? 5はこうやって書くんだ」
「あ、そっか! ルキナス先生、ありがとー!」
「よーし、俺が確認して○貰った人は次ウサギの数を書いて待っててくれな?」
「るーちゃん、これはー?」
「プリンセ‥‥いや、レンもよく書けてるよ。レンも次はウサギの数を頼むな?」
「はぁい♪」
元気よく返事するレンに対し、ルキナスは冷や汗もの。
何時もプリンセスと呼んでいる為、ついそう呼びそうになるのである。
●三時間目は講義?おやつ?
「これでいいのか、ゆかり?」
「はい、ありがとうございます。オルステッドさんも手伝ってくれると嬉しいです」
三時間目が始まる前のゆかりとオルステッド。
二人は子供の為におやつを作ってあげようと言うのだ。
ゆかりがクーリングで水を氷にし、其れをオルステッドとリオリートで削りカキ氷にしていく。
果汁は今の季節のものが集められた。
さくらんぼ、ぶどう。少し時期は外れているものの、ブルーベリー。此れはルキナスが提供してくれたものだ。
「後はこれを絞って、氷にかけるだけですね」
「それなら力仕事だろう、俺がやろう」
「お願いします、リオリートさん」
「ぶどう、搾るのか?」
「ルキナスさん、ご不満ですか?」
「いや‥‥そうじゃあないんだ」
ゆかりに尋ねられて少し口篭るルキナス。
あまり言いたくない。彼等の士気を下げたくもない。
けれども、言っておかなくてはならない事だろう。
「ぶどうの果汁は、発酵すればワインにもなる。だから凄く高価なものなんだ。其れを子供達に提供する‥‥というのは今回だけにしてくれると助かる」
「どーしてですか‥‥?」
「あまり子供に贅沢な味を覚えさせたくない‥‥という俺の我侭だと思ってくれ」
子供のうちから贅沢なものを沢山食べれば舌が肥えてしまい、そういったものしか口にしなくなる。
そういう傾向も例としてあるのだと、ルキナスは言う。彼は、其れを危惧して言ったのだ、悪気はない。
「ルキナスさんがそう言うのなら、今回だけ特別♪ですねっ」
「そう、今回だけだ。子供達、喜ぶよ。ありがとうな、ゆかり、オルステッド、リオリート」
「ふふ‥‥そういう事になるだろうと思って此方もご用意させて頂きました」
「ルーシェさん! 其れ、もしかして‥‥」
「えぇ、ハーブティーとハーブクッキーです。此れなら庶民的ですし、美味しく頂けると思いました」
そう言っていっぱいのクッキーとティーセットをゆかりに差し出すと、ゆかりも嬉しそうに笑ってうんうんと頷いた。
子供達の口に合うかどうかは分からないけれど、おやつがあれば子供達の笑顔も見られるというもの。
「これ、もしかしてルーシェさんが作ったの?」
「はい。一応料理だけは嗜む程度に‥‥」
「わぁ〜‥‥僕も講義のお手伝いするし、頑張ろうねっ」
「はい。よろしくお願いします」
ルーシェが笑ってそう言えば、ギルス・シャハウ(ea5876)は嬉しそうに飛びまわるのだった。
一つの大きなテーブルが用意され、其処に子供達が座る。
真ん中には先生でもあるルーシェが座っており、おやつなどはゆかりが一人一個ずつまわるように配っていく。
「皆様、初めまして。私がレヴンズヒルド家当主、ルーシェ・レヴンズヒルドです。此れから暫しの間、よろしくお願いします」
そう挨拶してルーシェが頭を下げれば、子供達も頭を軽く下げて真似をする。
ルーシェは笑みを浮かべながら予め温めて置いたティーカップとポットを取り出し、ティーポットにハーブを入れ湯を注ぐ。
が、まだカップには入れない。
「先生、お茶はすぐに入れないのー?」
「はい、美味しいハーブティーをご馳走したいのでまだ淹れません」
「どうしてー?」
「ハーブティーというのは香りが凄くよろしいのです。その香りを引き出す為、こうして数分置いておくのです」
「ルーシェさん、よくご存知ですねー」
「ふふ‥‥こういうのにだけは父が凄く煩かったですから」
ゆかりの問いに答えると、ルーシェはそろそろいい頃です、とポットのハーブティーを子供達のカップへと注いでいく。
いい香りが辺りに広がれば、子供達は歓喜の声をあげた。
「それじゃあお菓子を頂きましょう。まずは、ゆかりさんにお礼を言いましょう。お菓子を提供してくださったのは彼等冒険者ですから」
「よし、みんないいな? せーの‥‥」
『ありがとうございましたーっ!』
ルキナスの掛け声の後に、子供達が一斉にゆかり達に頭を下げてお礼を言う。
流石にちょっと照れ臭いのか、ゆかり達はふるふると首を横に振って笑みを浮かべた。
「それでは、まずは頂きましょう。クッキーは、ちゃんとお皿に乗せて‥‥お皿ごと口に近づけ、クッキーを手に持ちます」
「こう〜?」
「そうです、ちゃんとお皿はお口の下、ですよ? そして、クッキーを手にとりお皿の上で一口食べます。一気に食べるとお行儀が悪く見えますし、喉もつめてしまいます。気をつけてくださいね?」
「お皿で粉を受けるんですね。確かにそうして見ると礼儀正しく見えますね」
「まずは見かけから‥‥と言いますしね」
ルーシェがそう言うと、ゆかりも頷く。
「ちょっと、ルキナスさん! 貴方、食べかすついてるわよ?」
「あ‥‥ワリィ、美味しかったからつい‥‥」
「とってあげるから、じっとして頂戴ね?」
「いいですか? 急いで食べるとルキナスさんみたいに食べかす、ついちゃいますからね?」
ルーシェがそう子供達に笑って教えれば、子供達も大声で笑い始めた。
別にバカにされているわけではなく、ただ面白いから笑われているだけ。
なのだが、紅子に食べかすを取って貰ったルキナス本人としては、苦笑物である‥‥。
●冒険者の時間!
「さて、ここから俺達じゃなくてこの冒険者のお兄さん、お姉さん達に教えて貰う時間だぞー。ちゃんと言う事を聞いて良い子にする事!」
「はぁい!」
「では、皆さん。よろしくお願いします」
ユアンがそう言うと、まず前に出たのはジャクリーン・ジーン・オーカー(eb4270)である。
「私が教えるのは文字です。皆さんは自分の名前、書けますか?」
「私、書けないー!」
「俺もー!」
子供達が手を挙げればジャクリーンは小さく笑って子供達を円の形に座らせる。
真ん中に座れば、一人ずつ名前を聞いていく。
「貴方、お名前は?」
「リィスっていうのー」
「リィスちゃんね? はい、これが貴方の名前よ」
サラサラとその子供の石版にちゃんとした名前を書いてやれば、子供ははしゃぎだす。
そして、また一人。また一人と書いて貰い、大はしゃぎ。
まるで復興の前の状態など、其処にはなかったかのようだった。
「では、大人である婦人方には私達がお教えします」
前に出たのは皇天子(eb4426)と殺陣静(eb4434)の天界人二人である。
この二人は天界人という事もあり、異界の知識が豊富な為ルキナスからも大きな信頼を受けている。
「一般の方に怪我や病気の知識を持ってもらうのによい機会です。これでこの街の衛生のレベルが上がるはずです。私が教えるのは怪我の治療法等です」
「治療法か。確かにこの街にはそういう施設はないからな。作るのは前提だが、場所がまだなんともだし」
「この街のすべての人が怪我や病気の知識をもつことにより、多くの人が救われます。怪我も病気も早さが大事です」
天子がそう言うと、流石の街の女達も石版を手にする。
メモしておかなくては忘れてしまう事もあるからだ。
「まずはこういった切り傷。此れは薬草を擂り潰して患部に塗り、黴菌が入らないように布で巻いてしまうのが一番です」
「薬草はこういったものを使うといい。こういったものは、この街の近くにある森の入り口付近で入手出来る。他の薬草はもう少し奥に行かないと‥‥」
「ストップ。あの森の奥に行くのは今はダメだ。真田獣勇士達がいる以上、任務の妨げになるからな」
オルステッドの言葉に、小声でそう反応すると、ルキナスはスマン。と顔の前で手を合わせた。
ジ・アースとアトランティスでは違う為、初歩的な薬草しか分からないオルステッドにとっても助け舟となったかも知れない。
そうして講義していくうちに、女達から質問が飛び交う。
それに一つずつ答えているうちに、天子は‥‥。
「では、皆さんの健康診断は私がこれから行います。あちらの小屋を借りてやりますので一列に並んでいてくださいね。まずはユアンくん、貴方からです」
「え? ぼ、僕ですか?」
「はい、貴方です。病弱だと聞きましたので」
そう言うと、天子はまずユアンを小屋へと連れて入った。
そして、まずは手や足等に触れる。
(「冷たい‥‥これは‥‥」)
次はユアンの手首を優しく握り、脈を取り始める。
脈にはリズムがある為、少しでも乱れていればすぐ分かる。
(「‥‥脈のリズムがおかしい‥‥まさか‥‥」)
最後にユアンの胸に耳を当て、心臓の音を聞こうとする。
心配して見つめているユアンを見上げながら、心臓の音に集中する。
数分後。ユアンを小屋から出して、ゆかりとギルスを呼んだ。
「どうでしたか、天子さん?」
「ユアンくんの病気の事、何か分かった?」
「手足の冷え‥‥脈拍の微妙なリズムの狂い‥‥心臓の音の弱さ‥‥低血圧であり尚且つ不正動脈という事が分かりました。心臓もかなり弱っています。生まれつきだと聞いていますし‥‥現状で分かるのはこれくらいです」
「つまり、治療の仕方も分からないっていう事?」
「そうです。私やギルスさん、静さん等の知識や魔法があっても役に立ちません。治癒の方法が分からないのですから」
「そう‥‥ですか‥‥」
ゆかりは残念そうに呟いた。
もしかしたら治るかも知れない。そんな希望を持っていたのだから。
●冒険者の時間後編!
「天然痘は天界では長年の取り組みにより撲滅されました。ですが、此方では分かりませんのでどちらもお教えしておくべきだと思いました」
静がそう言うと、心配していた女達もホッと安堵する。
そして、静は資料を片手に噛み砕いて説明しようとするのだ。
「ペストは主にクマネズミに流行する病気で、先にネズミに流行する事が多い病気なんです。菌保有ネズミの血を吸ったノミが人の血を吸った時の刺し口や感染者の血痰に含まれる菌を吸入し感染するとされています」
「まぁ‥‥! ネズミってそんなに怖い生物だったんですね‥‥!?」
「はい。感染症状としてはノミに刺された付近のリンパ節が腫れついで腋下や鼠頸部のリンパ節が腫れて痛みしばしばこぶし大にまで腫れ上がります。これはとても苦しい病気です」
静がそう説明すると、女達は口々に恐ろしいという言葉を紡ぐ。
しかし、対処法が分かってしまえばどうという事はない。
「この病気の予防は菌を保有するノミや、ノミの宿主となるネズミの駆除といった所です。ですので、皆さんもネズミを見たら退治してくださいね」
「ネズミが病原体ねぇ‥‥確かにこれは駆除する必要はありそうだ。流行り病なんてゴメンだからな」
「次は天然痘です。有史以来、世界中で恐れられてきた代表的な感染症で定期的な大流行を起すことで知られています。飛沫や接触により感染し、7〜16日の潜伏期間です」
「有史以来‥‥か。異世界では恐ろしい病気だったんだな」
「天然痘では、皮疹に2−4日先立って発熱で発症します。水痘では体幹部の方に主に出る。また痘疹の形も異なるのです。勿論、此れにも予防策はあります」
「と、いうと?」
「拡がり易い病気なので、感染者とその看護者を完治まである程度の隔離状態に置く事です。酷かも知れませんが、全滅を免れる為だと思ってください」
静がそう言うと、ルキナスはなるほどね、と頷いた。
この病気の講義は今後の参考になる。例え異世界の病気とはいえ、だ。
「え? 神聖魔法の講義はダメなの?」
「ラテン語も、か?」
「あぁ、流石に其れ等は教えても無駄だ」
ギルスとクライフの言葉にルキナスはそう答える。
どうして? と尋ねるかのように首を傾げてみせる。
「神聖魔法はここでは絶対に修得出来ない代物だ。お前達がいた世界ではどうかは知らないがここには生命の精霊の力が弱すぎる」
「あ‥‥そう言えば、存在しないんでしたっけ‥‥」
「其れにラテン語も同じだ。ラテン語は確かにそのジ・アースとやらでは共通語だったろうとは思うが‥‥ここでは暗号にしかならない。そんなものを教えても子供達はちんぷんかんぷんだぞ」
「そうですか。残念ですが、仕方ありませんね」
ルキナスの言葉に、ギルスもクライフも納得した様子で復興作業に戻った。
「さて。で? ジェームスさんに会いたいっていうのはゆかりとレンか?」
「はい、お会いできればと思います」
「ジェームスさん、こっちだ。君に会いたいっていう人がいるのは」
「此方でありますか。それで、なんでありますか?」
「トランティスでの魔法の教授や扱いはどんな風なのですか?」
「ゴーレムが出現するまで、ウィルにおけるウィザードの地位は非常に高くありました。ウィザードギルドが存在しますが、騎士とは異なり専門の養成機関は無いであります。素質を認められた者が、師匠に就いて学ぶのは、嘗ての騎士修行や職人の徒弟修行と同じでありますな。中でも著名な魔法使いキュベライ・ドラス師は、トルクとの繋がりが深いのであります」
ゆかりの質問に丁寧に答えるジェームス。続いてレンが質問を投げかける。
「このウィンターフォルセは見てのとおりなの。レンが領主を引き継ぐ事になったからアカデミーを作りたいなのー。それには協力が必要なのー」
「ふむ。そういう事でしたらこの不肖ジェームス、何なりとお力になるであります」
「それと、学園都市ウィルディアへの見学を要請したいなのー」
「其れはお断りさせて頂きます。あそこは国家機密が多数存在しますれば、お見せする事は不可能であります」
全ての質問に答えると、ジェームスは一礼してその場を後にする。
無口な性格な為か、無駄口等は一切ない。
「ま、何はともあれ助かったよ。講義も上手くいったし、馴染めたみたいだしな? 冒険者に」
「そうね、私達としてもとても嬉しかったし有意義だったわ。いい講義を聞かせて貰ったし、ありがとう」
「お礼を言われる事はなぁんにもしてないんだがなぁ」
「そんな事ないですよ! ルキナスさん、すっごく素敵でしたよ!」
「そうですわね、昔のナイス害の面影がない程です」
ジャクリーン、ゆかり、紅子がそれぞれ褒めればルキナスもちょっと照れた仕草を見せる。
褒める事には慣れているのだが、褒められる事には慣れていない。そういった所だろう。
「で、報酬についてなんだが‥‥」
「ストップ。私は報酬いらないわよ?」
「紅子‥‥それじゃあ俺の気がすまないんだが‥‥」
「復興のお手伝いだし報酬は要らないわ。‥‥そうね、ルキナスさんがキスしてくれるならそれでいいわ♪」
「‥‥頼むからそうやって俺の心に焔灯そうとするの止めてくれないかな」
小声でそう呟くルキナス。その顔は何処かしら赤い。
紅子に惹かれている? そんな様子は隠せない様子。最近、会う度こんな形になっているのだから。
「さて! 残りの仕事も片付けてしまいましょう、ルキナスさん!」
「そ、そうだな! 施設建設の場所も確保したし、後は其方に任せていいか? こっちは用具の調達とか手回ししなきゃならない事がいっぱいでさ」
「はい、お任せください」
ゆかりがそう返事すると、ルキナスはその場を急いで後にした。
真っ赤な顔を隠すかのように。
「紅子さん、ルキナスさんをあまり苛めちゃダメですよー?」
「そんなつもりはないのだけれど‥‥そう見えるのかしら?」
「ルキナスさんが、そういうのに免疫がないという事が分かりますからね、あれでは‥‥」
苦笑しながらジャクリーンがゆかりがストーンで作った積みやすい形の石を一つにまとめていく。
紅子はルキナスの背をみやり、小さく笑ってからその作業を手伝うのだった。
後に完成された小さな医療施設。
教会から時々見に来てくれる人がいる為、その日だけ施設は賑わっているらしい。
そして、子供達も日々ルキナス達の力もあってか勉強するようになったようだ。
完全復興まで、そう遠くはないようだ‥‥。