●リプレイ本文
●試練の時
「悪い。今回も宜しく頼むぜ、みんな?」
ルキナスが笑顔で現れる。フォルセに入る為の西の入り口。
検問所が何時の間にか作られていて、二人の兵を連れていた。
「るーちゃん。どうしてここにいるの〜?」
「ペット同伴の申請を受けたからな。其れの為だ。おい、その驢馬は丁重に扱え。でないと俺の鉄拳が飛ぶぜ?」
そうルキナスが言うと、兵は一度敬礼をし驢馬の検査へと入る。
危険なものを持ち込んでいたりはしないかという念の為のもの。
幾らこの地の領主であるプリンセス、レン・ウィンドフェザー(ea4509)のペットであってもだ。
「問題はないようです!」
「そうか。なら、その驢馬のなぁーたは入街を許可っと」
「ありがとうなのー♪」
「次はそっちの驢馬だな。こっちの驢馬も丁重に扱えよ?」
「ルキナスさんも大変ですね‥‥こんな検査にまで出られるだなんて‥‥」
「補佐の三人の中で冒険者と一番接してるのは俺だけだからな。其れもあって、俺がやるしかないんだ。‥‥問題だよな、早く解決してくれる事を願ってる」
篠宮沙華恵(eb4729)の言葉にルキナスは真顔でそう答える。
驢馬の検査が終わると、兵はまたルキナスに報告をした。
「よし、驢馬のミデアも入街許可。しっかりと仕事頼むぜ?」
ペットの規制は嫌でもやらなくてはならない。王都であのような噂が飛びかえばこの街にだって飛び火するかも知れないから。
だが一刻も早い規制解除を。そう思っている軍師が、ここにいた‥‥。
●何でも実験室!
「ここが今回使って貰う部屋ですわ」
そう言って、冒険者達をとある一室へと案内するルーシェ。
其処は古ぼけた小屋。だが調理器具等が揃っている。
近所の主婦達がここで料理等をしていたようだ。
「ここで全て行ってくれて構いませんわ。婦人方も手伝ってくださるというお話でしたから」
「えぇ、任せて頂戴。何時までも冒険者に頼ってるわけにはいかないわっ!」
「男達が出稼ぎに行ってるんだ、あたし達がこの街守らないでどうするっていのうさ!」
「皆様‥‥感謝致します」
麻津名ゆかり(eb3770)が深い礼を見せると、婦人達もちょっとテレながら笑った。
華岡紅子(eb4412)もにっこりと微笑んで頷いて見せる。此れも、冒険者と街人の交友なのだと信じて。
「それじゃ、始めましょうか。生乳の低音殺菌については63度の温度で30分暖めるのだけど、基準温度は‥‥美味しい玉露を淹れるぐらいのお湯の温度、ね」
「温度、ですか‥‥測るのが難しい、ですね」
「そうね。でも時計もあるし、まずは試す事から始めない?」
「そうですね、其れが一番だと思いますっ!」
ゆかりの答えに、紅子も満足そうに頷いて準備を始めた。
まずは鍋に水を入れて火を炊く。火を焚くのは婦人達がやってくれている。
「温度変化をインフラビジョンで色の変化で見て測れるか‥‥試してみてもいいですか?」
「そうですね、まずは試しましょう!」
沙華恵の声に、ゆかりも頷く。其処はまさしく女の戦場。
食材という名の敵を相手にする戦場だ。
湯から湯気が出てきた時、頃合を見計らってゆかりはインフラビジョンを駆使して鍋を懸命に見る。
「どうですか、ゆかりさん?」
「何か分かったかしら?」
「す、すみません‥‥変化を見極めるのが難しい、です‥‥」
「‥‥此れは失敗ね。じゃあ次の方法にしてみましょ。体感温度で覚えて貰う‥‥とか」
「其れ、火傷しますよ?」
紅子の言葉に沙華恵が苦笑いを浮かべながら答える。
確かに、その温度に手やらを突っ込めば熱すぎて火傷を負う。リカバーがあるからといって無茶させるのはよくないだろう。
「では、半ボール状の容器をひっくり返して浮力で温度計測する方法を。容器に空気を入れ、熱することで容器の中の空気を膨張させて浮力が高める。これに錘をつけて60℃付近の温度で容器が浮かぶように錘を設定する。予め、容器の体積などからシャルルの法則、万有引力の法則により、ある程度の予測はしておく。60℃付近の温度を作るにはエネルギー保存の法則により、沸騰した水60%に氷水40%の割合で混ぜれば60℃付近の温度にすれば‥‥」
「天子さん、天子さん」
「はい‥‥?」
「みんな、目が点になってるわよ‥‥?」
紅子の言葉に辺りを見回す皇天子(eb4426)。チキュウの技術を説明されても、この世界の人間にはチンプンカンプンなのである。
更にツッコミが入るのは‥‥。
「其れに、それじゃあ熱が逃げる事も無視してますし融解熱というのも忘れてますよー‥‥?」
「‥‥私達以外には分からない方法だから、採用は難しいわね」
「な、何言ってるのかさっぱりでした‥‥」
苦笑いを浮かべるゆかりに、紅子、天子、沙華恵の三人も苦笑いを浮かべた。
「では、こうしましょう! 卵を使うのはどうでしょう。卵の黄身は、65度くらいで固まりますから。釜に入れる水の量や火の勢いを観察して、おおよそ65度になる条件を見極めて記録するのはどうでしょう?」
「其れが一番妥当そうね」
「じゃあ、早速やってみましょう!」
湯気が出る鍋に卵を放り込む。そして、暫し観察するのである。水の量、火の勢いを全て記録していく。
そして、卵を取り出し割り確認し、おおよその条件を特定する。
「此れでやっと取りかかれるわね。後は時計を使って‥‥」
「よぉ、頑張ってるんだな?」
ルキナスが突然ひょっこりと顔を出す。ゆかりは其れを見て少し頬を赤くした。其れに気付かないのもこの男。
「どうしたの、ルキナスさん? 貴方は外の手伝いじゃあ‥‥」
「頑張ってるって聞いて、ご褒美に此れ貸してやろうと思ってな?」
「此れ‥‥って?」
「温度計! 此れがあれば正確な温度、計れますよ!!」
「但し、其れを貸すのはこの依頼の期日の間だけ。すぐに返せよ? でないと知り合いの天界人に何言われるか‥‥」
「こらー! ルキナス、さっきの返せよ、バカ!!」
「バレ、たか。じゃ、俺はここいらで退散!」
そう言うと、ルキナスはすたこらさっさと逃げていく。外では、二人の男の声が楽しそうに聞こえていたのだった。
此れで、作成の方は今だけクリアできる。次回からは持参という形になるのだろう‥‥。
●爆裂!ドワーフ魂!
「あたし、いい考え浮かばなかったのよねー‥‥やっぱり体動かす方がいいわ」
「僕もお手伝い出来るかなーと思って此方に参加しましたがー‥‥シフールはいらないですかー?」
「そんな事ないわよ。確認とかきっちりお願いするわね?」
「はい、お任せですよー」
ギルス・シャハウ(ea5876)とフォーリィ・クライト(eb0754)がそんな会話をしている中、オルステッド・ブライオン(ea2449)は其処に居合わせているルキナスに一つの提案を出した。
「今後、試しにやってみたいと思う事があるのだが‥‥」
「なんだい?」
「ハーブ入りのチーズというのを‥‥作りたいのだが‥‥」
「構わないぜ? 大体、そういうのはチーズを作れれば作れるしな。ハーブに関してはルーシェにお願いするしかないだろうな。俺は野菜専門だ!」
「野菜専門、ねぇ?」
フォーリィがじとーっとルキナスを見やる。ルキナスは誤魔化して笑いを浮かべながら作成に取りかかるのであった。
「設計の方は俺が何とかしておいたよ。こういう形でどうだ?」
「何時の間に書いたんですー?」
「いや、まぁ。色々と時間裂いてな? 後、魔法で保存という方法を聞いたんだが‥‥」
「はいー。そうしようかと思っているんですか。そうすれば、僕達が来た時にでもかけれると‥‥」
「そうだな。じゃあこうしたらどうだ? 水を浸しておけるような床にするんだ。ゆかりに頼んで石は何とかして貰えばいい」
ルキナスが設計図に色々と書き込みながら三人に説明していく。三人も真剣に話を聞いている。
「どうして水を浸せるようにするの?」
「素焼きの壷を使うんだろ? だったら、床に冷たい水を入れて、壷を冷やす。それでもって、クーリングで壁に氷を張り巡らせる。これで床の水が冷たくなくなっても壁の氷で素焼きの壷を外より低温に出来る」
「でも、下の水が温くなったり、壁の氷が解けたら?」
「その場合は街の婦人方の出番だ。此れで冒険者と民の交友とも言える共同作業になる。どうだ?」
ルキナスの提案には色々な夢があった。何時かこの街が冒険者だとか一般人だとかそういう分類で纏められる事がないぐらいの交友を築いて欲しいという夢。
しかし、此れには少し問題があった。
「だとするなら、すっごく冷たい水が必要になるわね。井戸水が丁度いいんだけれど」
「‥‥この街には‥‥其れがないな」
「ご安心あれ。おっちゃん、出てきてくれよ♪」
「おう、若造! ワシの出番か!」
「ルキナスさんー彼はー?」
「街の復興には井戸再建は必要不可欠! 其れにつけくわえて何日かこの街に滞在していたドワーフのおっちゃんだ。井戸掘り名人なんだぜ」
「井戸の事は俺に任せな、若造ども! ワシが即掘りあててやるわ!」
なんとも頼もしいドワーフのおじさま。此れで氷室作りの方も暗礁には乗らないだろう。
●最終決議
「おや、此れはクライフ殿。どうかなされましたかな?」
一つの屋敷。其処はハーヴェン家の屋敷だった。
「ユアン君の体調はどうですか?」
「ユアン様でしたら、この奥にいらっしゃいます。お会いになりますか?」
執事の言葉に、お願いしますとクライフ・デニーロ(ea2606)が告げると、扉は開かれた。
何しろ、その後ろにプリンセスであるレンもいる。断るわけにはいかないのだ。
「あ‥‥クライフさん。其れにプリンセスまで‥‥どうかなさったんですか?」
「こんにちは、ユアン君。お願いがあった此処に来たんだ」
「お願い、ですか?」
首を横に傾げ復唱するユアン。其れに頷くクライフ。
「酪農と錬金術の蔵書の閲覧許可が欲しいんだ。最終的にどうやって運搬するかも決めたくて」
「そんな事ですか。でしたら、どうぞ僕の部屋へ。其処に沢山ありますから、プリンセスもどうぞ」
「ありがとうなのー♪これでしらべられるなのー!」
喜ぶレンの顔を見て、ユアンは何処かしら嬉しそうな笑みを浮かべていたのだった。
ユアンの部屋。其れはまさしく本の海だ。全ての本棚に本がズラリと並んでいる。
入りきらず、其処につまれているものも多い。
「酪農と錬金術の本でしたらここら辺にあると思います。好きなだけ読んでください」
「うん、ありがとう、ユアン君」
「友の為なら、何でもします。‥‥会いに来てくれて、ありがとうございます」
嬉しそうなユアンを見てクライフも何処かしら安心したようだ。
早速本を取り出し、レンに解読して貰いながらの作業に入る。
どうやって運搬するか。製造しながらの輸送は出来ないものか。
其れを考えるために‥‥。
「ゆかりさん達の報告のおかげでヨーグルトやホエイは作れる事は可能だけど、問題は輸送かな‥‥」
「ばしゃのしんどうがもんだいなのー‥‥」
「布を何十枚にしても無理だしね‥‥」
「輸送って、ホエイとヨーグルトの輸送ですか?」
ユアンが二人の考えている事に興味を持ったのか声をかけた。ずっと二人の行動、言動を観察していたのだ。
「そうなんだよ。でも、振動が問題で‥‥」
「確かに、振動が激しいと影響が出ます。馬車を改良するにも、資金がかかりますから。其れに道は舗装されていて比較的振動は少ないですがガタガタとは揺れますからね」
「もんだいなのー。だいもんだいなのー‥‥」
「では、こうしたらどうです? ヨーグルトを飲むんです。ホエイも含めて」
突然提示されたユアンの提案。確かに其れならば揺れても問題はないだろうが、ヨーグルトを飲むという発想はこの世界ではない。
だから二人も意外と感じ取っていた。
「ヨーグルトを飲む‥‥の?」
「そうです。食べても健康にいいんですから、飲んでも健康にいいはずですよ? 形態はどうであれ、ヨーグルトはヨーグルトです」
「ふむ‥‥」
「ホエイも飲むチーズとして販売すれば、新鮮ですよね?」
「ユアンくん、その方法。何処から知ったんです?」
「実は、天界人の方からの知恵なんです。こういうものもあるんだよと教わって‥‥」
照れくさそうにそう言うユアン。実は彼、この案が受け入れられるかどうか心配で言い出すのを躊躇っていた。
もし、此れが受け入れられれば‥‥。彼自身の自信にも繋がる事だろう。
「飲みやすいように撹拌して均一にする。ヨーグルトには蜂蜜添加で甘味を付け、チーズには果汁を加えて香りも良くするんです。広めるには時間がかかるかも知れませんが、抵抗はないと思うんです」
「ユアン君、其れだよ! 其れならやれるよ!」
「ひろめるのがんばるなのー! ユアンくんお手柄なのー♪」
二人に褒められたユアンは、やっぱり恥ずかしそうに笑うのだった‥‥。
●動物達へ愛を込めて
放牧地。其処には牛、ヤギが沢山放牧されていた。
勿論、其処も管理しているのは女性である。
「わー♪ ヤギさんなのー♪」
「動物達の健康とかはどうなんですー?」
「どうもストレスが溜まってるみたいでねー‥‥だから放牧してるんだけど、何でかしらね? 機嫌が悪いみたいなのよ」
「あたしがテレパシーで色々聞いてみますから、その間藁でマッサージしてあげてください」
ゆかりがそう言うと、ギルスとレンは嬉しそうに頷くのである。
藁を手渡され、懸命に体を擦ってあげる二人。
牛もヤギも、少し嬉しそうに鳴くのだった。
「あら、喜んでるみたいです。マッサージが効いてるんですね」
「ゆかりさんがそう言うならきっとそうなのー♪」
「でも、少しぼやけて聞こえる程度ですから‥‥」
「もんだいはないなのー♪」
「いっそ、ルキナスさんが甘い言葉を囁くとかー」
「俺は家畜すらナンパする男なのか‥‥?」
苦笑いを浮かべてそう答えるルキナスに、ギルスは思い出したかのように一つの提案を打ち出した。
「そう言えば、ルキナスさん。教会を作って頂けたのですし、次は僕が何かしてみようと思うんですー」
「ん? 何かって?」
「聖書をセトタ語に翻訳出来ないかなー? と思いましてー。一気にではなく、少しずつですがー」
「‥‥ふむ。かなりの大作業になるし、俺は聖書に触れる身分でもない。ギルス、やりたいならやってみるか、お前が?」
ルキナスがそう言うと、ギルスは嬉しそうに何度も何度も頷いた。
本来、聖書はこの世界にとっても貴重なもの。其れがセトタ語に翻訳され、出されれば其れもまた貴重。
しかし、それには手間と時間が凄くかかる。一気には出来ない。少しずつ、少しずつ作ってはどうか? という事だった。
「よーし。僕はやる気が出てきましたよー! しっかりと頑張るですー♪」
「‥‥調子のいい奴‥‥。あぁ、ゆかり」
「はい?」
「夜、ちょっと外に出てきてくれよ。どうせ、フォルセで一泊するんだろ?」
ルキナスからの誘いを彼女が断るわけがない。
コクンと小さく頷いて、了承するのだった。
「これは、でばがめっていうのもしなくてわなのー♪」
「イベントみたいなものですかねー? お二人が幸せになれればいいのですがー」
「此方にいましたのね、ルキナス様? ホエイとヨーグルト、ちゃんと出来ましたわ」
「そっか。じゃ、俺はそっち見てくるわ。後頼むぜ、ルーシェ?」
報告に来たルーシェと紅子と入れ違いにルキナスは保存庫の方へと向かう。
最終チェックだけは自分の手でしたいというのだ。
「‥‥紅子さん、ルーシェさん。お二人には悪いのですが‥‥あたし、ルキナスさんに告白します」
「‥‥そう。決めたのね。なら、頑張ってくるのよ?」
「ルキナス様を‥‥お慕いしていたのですね。‥‥あの方の心の隙間、埋めてさしあげてくださいませ」
三人の娘の会話。其れは聞かぬフリをしながら作業を進める二人なのだった。
そして、その後。綺麗な歌声が放牧地に響いていた。
空舞う雲は想いを包み 静かにあなたを見守るよ♪
幸せな明日は夢の中 やすらぎは常にあなたのそばに♪
心地好きぬくもりの優しさに お休みなさい可愛い子らよ♪
ゆかりの声だ。その声は、保存庫の方にも届いていた。
「あら、あの子歌ってるわね。相変わらず綺麗な歌声ねー♪」
「‥‥そうだな。‥‥あの歌声なら、ヤギ達も安らぐ‥‥な?」
オルステッドとフォーリィがそう話していると、ルキナスも作業の手を少し止めた。
そして、何かを決意したかのように呟くのだった。
「他を幸せにしたいのであれば‥‥まずば自分も幸せなれ‥‥か」
「ルキナスさん、そろそろ決意できたかしら?」
「悪い、フォーリィ。‥‥大丈夫だ、決意バッチリ。今夜が勝負だ」
「応援してるわよー♪」
「‥‥デバガメ‥‥という方法で、か」
ぼそりと呟かれたオルステッドの言葉は、好都合な事にルキナスの耳には届いていなかった‥‥。
●自分の鎖。彼女の鎖。
皆の仕事が終わったのは夜に入った頃だった。冒険者達も此方で一泊するという形で滞在している。
そんな彼等の中の一人を、ルキナスは外へと誘ったのだ。‥‥最後の決断を下す為に。
「ルキナスさん、何処までいくんですか?」
「いいから、いいから。こっちに来る!」
ゆかりは少し驚いていた。今まで何のアプローチもなかったルキナスから、外に誘われたのだから。
動揺も隠せない。今日、決着をつけようと思っていたのだ。彼への想いに‥‥。
二人が辿り付いたのはフォルセが見渡せる小さな丘の上。星空も綺麗に見える場所だった。
「ここ、俺のお気に入りの場所なんだ。ゆかりにも見せたいと思って、さ?」
「‥‥あの‥‥」
「なんだい、ゆかり?」
ルキナスに尋ね返されて、少し躊躇うゆかり。そんな彼女を、草むらの影から見守る冒険者一同。
デバガメと言われようがなんだろうが、見届けたかったのだろう。
「るーちゃん、だいじょぶかなぁ?」
「さぁ、どうかしらね? 彼、少し鈍いから‥‥」
「ドキドキするですよー♪」
「これにあなたとあたしの名を刻んで良いですか‥‥?」
ゆかりが差し出したのは誓いの指輪だ。ルキナスは、其れを見てからゆかりを見つめる。
「ルキナスさん‥‥あたしは、あなたが好きです‥‥ルキナスさん‥‥‥‥あなたは‥‥どうですか?」
「‥‥‥‥」
暫しの沈黙が辺りを包んだ。そして、その数分後。ようやく、彼が口を開いたのである。
「‥‥俺さ。本当は、近づいて欲しくなかったんだ‥‥」
「え‥‥?」
「俺、あの通りナンパ師だろ? 其れに‥‥地図絵師であり軍師だ。お前に、苦労しかかけない‥‥そう思って。離れて、欲しかった」
「‥‥‥それじゃあ‥‥」
その言葉の意味を、少し感じとってゆかりは寂しそうに、苦しそうに俯いた。しかし。
次の瞬間、ルキナスがゆかりを強く抱きしめたのである。驚いてゆかりはルキナスを見上げた。
「‥‥ったく。其れなのに俺の心に焔を灯しやがって。ずるいぞ、お前。俺にも言わせろよな? ‥‥愛してる、ゆかり。此れからもその笑顔で、俺に光を与えて欲しい‥‥」
ナンパ師の言葉ではなく、自分の言葉で。彼は、ゆかりにそう告げる。
ゆかりはそのまま硬直していたのだが、ルキナスがその唇を奪った事でやっと、どうなったか理解出来たようだった。そして。
「ひとつだけお願いが‥‥あたしはあなたの翼になりたいですが、鎖にはなりたくないです。あたしの事が重荷に想えたら‥‥忘れて下さい」
「鎖? なるのは俺の方かも知れないぜ? 今後の事は、分からない。だけれど‥‥お前を泣かせる真似だけは、しないつもりだぜ?」
「やったーなのー♪ 成功、なのー!」
「帰ってお祝いの準備ですねー♪」
「‥‥泣かしたら、私も承知しないわよ‥‥ルキナスさん?」
皆が浮かれ騒ぐ中、紅子一人だけが少し涙を零していた。彼女もまた、彼が好きだったのだから‥‥。
けれど、幸せは幸せ。今後も彼のいい友であろうと、二人の幸せを願おうと‥‥。
「ゆかり。何時か師匠の墓前についてきて欲しい。報告がしたい」
「はい。その時は‥‥お供します‥‥」
その日は星がとても綺麗だった‥‥。