●リプレイ本文
●ペット祭り再開!
その日は、寒さが続く中でほっと一息ついた様な、なんともあたたかな日和となった。以前の残念な結果にも関わらず、近郊より、あるいは遠方より足を運んだ人々の数は大層なもので、店を出した露天商達を小躍りさせている。
マリスはその様子を、本当に嬉しそうに眺めていた。
「今度こそ楽しい祭りにしないとな」
一文字羅猛(ea0643)、誓いも新たに。
「そこで、提案がある。体験乗馬コーナーの他に、兎や子犬、子猫といった小動物との触れ合いを目的とした『触れ合いコーナー』を作ってみないか? レースの合間にでも、皆にのんびりとした時間をすごしてもらおう」
「それはとっても素敵なアイデアですぅ♪」
準備に人手が必要という事で、もちろん駆り出されるのは件の青年2人。
「ただぁ、小さな動物達は疲れ易いですからぁ、気をつけてあげてほしいのですぅ」
いつもながらの彼女の気遣い。心得た、と羅猛は頷いた。
「しふしふ〜! 俺は天龍、こっちは疾鳳と麟だ。レースには疾鳳と参加するつもりだが、麟の方は子供達と遊ばせてやってもいいか?」
「はい、もちろん大歓迎ですぅ」
「乗馬体験コーナーの方に連れて来るといい。天龍がレースに参加している間も、子供達が麟を驚かせてしまわぬよう、私が目を配っていよう」
羅猛の申し出に、それは助かる、と飛天龍(eb0010)も一安心。
「マリスさん、一緒にご挨拶して欲しいのー」
レン・ウィンドフェザー(ea4509)に呼ばれ、共に演壇に上がるマリス。振り返ったレンが、がんばろーね、と掌を向ける。マリスはその手をぺちんと迎え撃ち、笑顔で応えた。すごい力で後ろにでんぐり返りしそうになったが、気合いは入った。
レンが壇上に現れると、観客達が歓声で迎える。
「今日はみんなたくさん集まってくれて、ありがとうなの。この前のお祭りで怖い思いをした人は、ごめんなさい」
ぺこりと頭を下げる彼女。
「でも、動物さんたちはオソロシイものではないの。そのことをたくさん感じてくれたら嬉しいな。それじゃ、みんなお祭りを楽しんでね」
にっこり微笑んでひらひら手を振ると、わっと観衆から拍手が起こった。後半はマリスの代弁でもある。彼女はレンに、感謝の意を示した。
演壇を下りたレンに、獣士から異常無しとの報告。再び妙な企みが為されない様に、要所要所には彼らを配して備えとしているのだ。尤も、観客達にとっては彼らも専ら、見物の対象となっていたのだが。
お祭りでは各種競技が催されるという事で、方々から参加希望の者達も集まっている。エリザ・ブランケンハイム(eb4428)もそのひとりだ。
「あのねナナーミ。そりゃあ、あなたは格安の大特価だったわよ? だからってそうそうお安く振舞わなくても良いのじゃなくて?」
飼葉の桶に頭を突っ込んだまま動く気配の無い愛馬に、エリザは溜息交じりに首を振った。
「ちょっとベルレ、あなたも動物仲間として一言言ってやってよ」
厩舎の外で主を待っていたボーダーコリーのベルレは、困った様に小首を傾げる。
「‥‥いいこと? 飼い主にそういう態度を取るとどういう事になるか、後できっちり思い知らせてあげるわよ!」
ぷりぷり怒りながら愛馬の体にブラシを走らせるエリザ嬢。動物達を見回っていたマリスはこの光景を目にして、
「あらあら、仲良しさんですねぇ」
と、くすくす笑った。なんだかんだと言いながら馬が安心して体を預けている様子を見れば、心配は無用。時間をかけて、互いに絆を深めて行けば良いだけだ。
「うん、私も頑張りますぅ」
未だ慣れてくれないヒポカンプスのもとに、今日もめげる事無く通う彼女である。
●ペット障害物レース
コースは単純な直線。だが、様々な障害が設けられている。ポイント制で、華麗に障害をクリアすれば加点されるが、逡巡したり、ひっかかったり、迂回したりすると減点になるルールだ。もちろん、完走出来なければ失格。飼い主は障害やペットに触れてはいけないが、それさえしなければ何処にいても良いルールとなっている。互いの絆をより強く感じられる様に、との演出だ。
まず、始まったのは飛行部門。場内に設置された幾つかの輪。これを全て潜った上で、最後に肉片の置かれた止まり木に到達しなければならない。輪を怖がって避けてしまったり、肉片にまっしぐらだったりと参加者は皆、悪戦苦闘。
「最終走、飛天龍、走者疾鳳」
「行くぞ、疾鳳!」
とん、と止まり木を叩くと、疾鳳は翼を羽ばたかせ、空高くに舞い上がった。明後日の方に飛んで行ってしまうのか? と観客達がハラハラしている内に、天龍は最初の輪に辿り着いている。口笛の音が響き渡るや、疾鳳は凄まじい勢いで降下。まるで獲物を追うかの如き鋭さで天龍に追い縋る。天龍はひらりひらりとこれをかわしながら、疾鳳を次の輪へ、次の輪へと誘導して行く。ゴールの止まり木に到達し、天龍が恭しく頭を垂れた時。声も出せずにいた観客達は、一斉に割れんばかりの拍手と賞賛を浴びせたのだった。
そして、小動物部門。
「第一走、物見兵輔、走者ブンタ」
観客達から、わあっと歓声が巻き起こる。スタートの合図と共に、柴犬のブンタが勢い良くコースに飛び出すが、はてさて飼い主殿の姿は何処?
「良い猟犬というのは‥‥何も言わずともやってのけるものだ」
確信に満ちた表情で、不敵な笑みを浮かべる物見兵輔(ea2766)。彼は、どーんとゴールの向こうで、仁王立ちに待ち受けていた。
「さあブンタ、俺のもとに駆けて来い!」
ワン! と一声吠えるや、ブンタは猛然と‥‥全ての障害を迂回してゴールに突進した。第一走から観客席は爆笑の渦。さしもの兵輔も、これには天を仰ぐ。
「‥‥いや、ブンタ、お前は賢いぞ。俺の命じ方が悪かったな」
誇らしげにお座りしているブンタの頭を、兵輔はたっぷりと撫でてやった。
「第二走、レン・ウィンドフェザー、走者るぅちゃん」
「さ、るぅちゃんごーごーなの!」
飛び出したレンを追って、若いボルゾイのるぅちゃんが跳ねる様に駆けて行く。低い障害は難なく飛び越え、高い障害は少し引っ掛けて崩してしまったがクリアした。水も難なく渡り切り、浅い空堀は一歩半ほど踏み込んでから跳躍してのけた。さすがは狼狩りにも用いられようという犬種、実に勇猛で身体能力も高い。
「うー、るぅちゃん速すぎるの〜」
ただ、飼い主殿には少々過酷だった模様。ばったり仰向けに倒れたレンのもとに、とっとっと、と戻って来たるぅちゃん。はやく起きてーとばかりに、お腹の上にどすんと伏せた。
「こらー、るぅちゃんひどいのーっ!」
じたばたするレンに、再び大きな笑いが起きる。
「第三走、エリザ・ブランケンハイムさま、走者ペルレくん」
「アンタならブッチギリのダントツで優勝出来るわ! 自信を持って頑張るのよ!」
敢闘精神を注入しつつ、なでなでと。
「さあ、行くわよ! この私のしもべなら全て正々堂々、真っ向勝負で捻じ伏せなさい!」
煽るだけ煽って送り出したエリザだが、意外にも作戦を練っていたと見え。ペルレが低い障害をクリアする間に高い障害の手前に先回りし、最適と思われる踏み切り位置に立って、駆けて来るベルレに指示を出したのだ。障害の上を綺麗に飛び越えたベルレに、おお、と客席から感嘆の声が漏れる。水も空堀も難なく突破。見事、小動物部門の優勝を勝ち取ったのだった。観客と参加者達から、惜しみない拍手が送られる。
レースの最後、エキシビションに現れたのは、信者福袋(eb4064)と彼の幼い熊。幼きと言えど熊は猛獣なのだが、客席に向かって慇懃に頭を垂れる福袋の後ろで、ひたすら顔を拭っている小熊の姿に、観客からは屈託の無い笑いが起こる。やれやれ、と肩を竦めた福袋、こっちにおいでと障害に誘導するのだが、小熊は気ままに寝そべったり転がったり。困り果てる福袋の姿が、更なる笑いを巻き起こす。暴君さながらの小熊様は終始福袋を振り回し、果ては水場で水浴びなど始めてしまい。レース場からは、最後まで笑い声が絶えなかった。
レース場から他に移る途中には、レース参加する動物達の待機場が設けられている。通り掛かった観客達はふと、それぞれの流儀でペットを労う飼い主達の姿を垣間見る。その様子に観客達は皆、顔を綻ばせていたという。
●ふれあいコーナーは大盛況
普段、放牧に使われている囲いをひとつ占有して設けた乗馬体験コーナーには、大勢の子供達と、その親御さん達が集まった。
「乗り手が緊張すると、馬も神経質になるぞ。心を落ち着けて、馬に委ねるくらいのつもりでいい」
おっかなびっくり跨るお客を支えながら、羅猛がアドバイスを送る。彼の驢馬コロはもとより、集められた馬達は皆穏やかな気質のものばかり。普通にしていれば素人にだって十分に操れる筈なのに、子供がコロを乗りこなしている横で、理屈を捏ね回していたお父さんが馬に連れ去られそうになったりするから面白い。その子の誇らしげな顔といったら! 期待を膨らませ順番を待つ子供達のわくわくが、今にも破裂してしまいそうだ。
その傍らでは、子供達が麟にブラシをかけようとしていた。
「大きな音を立てたり、後ろから突然現れたりしては駄目だ。驚かせてしまうからな。そうそう、優しく摩ってやってくれ」
「わー、馬の毛って意外と硬いね!」
触れても嫌がらない麟に、子供達は喜びを隠さない。
「誰かに優しくして貰うと嬉しいだろう? 動物も愛情を持って接すれば必ず答えてくれるものだ。あ、ブラシはあまりゴシゴシせずにな」
「はーい」
麟が気持良さげに体を震わすと、子供達は堪らずはしゃぎ声を上げた。
一方、小動物を集めた触れ合いコーナーにも、負けず劣らず子供達が集まっていた。こちらには乗馬コーナーとは異なる、なんともノンビリとした空気が流れている。
先程来、蹲っている幼い兎のシンパチロウを、同じ様に蹲ってじっと見詰める子供がひとり。兵輔は彼に声をかけ、用意してあった菜っ葉を差し出した。
「こいつの好物なんだ。やってみるか?」
うん! と目を輝かせ、子供は受け取った菜っ葉を、恐る恐るシンパチロウに近づける。と、シンパチロウはくんくんとにおいを嗅いだ後、モグモグと菜っ葉を齧り始めた。何の事は無いそれだけの事なのだが、その子の目は嬉しさで輝いている。
「こういうのも、時々はいいもんだ」
動物と戯れる子供達を満足げに見渡した後、兵輔はちらりと視線を落とす。
「‥‥鎧騎士殿、確か馬上試合に出るんだろ? ここで油を売っていていいのか?」
抱き心地良さげなデブウサギを抱えてモフモフしていたエリザは、ぷーっと膨れたものの、確かにそろそろ試合の時間。未練一杯、名残惜しげに去って行った。
●馬上槍試合
鎧で身を固めた騎士同士が、真っ向から突進し互いを突き合う。馬上槍試合は騎士の花。客も大いに盛り上がる。露天で買った、小麦の皮に煮込んだお肉を挟み込んだ軽食をぱくつきながら、レンも彼らの戦いに見入っていた。
「わっ、わーっ、くーちゃん凄いね、凄いねーっ」
レンの防寒服の首元から、子猫のくーちゃんが顔を出した。ちょっと面倒くさげに頭を擦りつけ、彼女の頬っぺたについたソースをペロリと舐めると、またもぞもぞと戻って行く。えー、気に入らないのー? 面白いのにー、とレン、わたわたしている。
模擬槍が砕ける音。割れんばかりの歓声。出場を待つエリザにもその興奮は伝播して、心臓の鼓動を早くさせる。彼女の愛馬ナナーミも、ぶるぶると何度も頭を振って、見るからに不安げだ。エリザはナナーミの鼻筋を撫でつつ、言って聞かせる。
「大丈夫、アンタには傷ひとつ付けさせないわ。もし相手の槍が当たりそうになっても、私が身を挺して守ってあげる。だから真っ直ぐ前だけ見て全力疾走。いいわね?」
たっぷり時間をかけてたてがみを梳き、脚についた藁を払う。対戦相手を讃える口上が始まると、彼女はもう一度鎧の具合を確かめ、愛馬に跨った。
「此方より出でしは! 辺境の戦いに打ち参じること幾度と、かの赤備にも名を連ね、W杯でも勇躍ゴーレムを駆る今世の女傑! エリザ・ブランケンハイム!」
(「後で色んな所から苦情が来ないかしら‥‥ああ、駄目だ駄目だ何を謙虚になってるのよ、当然の評価じゃない!」)
ごん、と兜を殴りつけて気合いを入れ直す。彼女の鎧は借り物だが、中から特別目立つ白金色のピカピカ鎧を選択した。ややサイズが大きかったので厚着をして合わせたのだが、ちょっと苦しい。差し出される模擬槍を手に取り、ふう、と息を吐いてからバイザーを下ろした。鳴り響く鐘の音を聞くや、彼女は相手を待たず躊躇もせず、全速力でナナーミを駆る。
「こういうのは、ビビッて体勢崩した方が負けなのよ!」
急速に近づいて来る相手の穂先を頭から払拭し、ただ一点、相手の胸を目掛けて槍を突き込む。彼女の一念に気圧されたか、相手の槍は狙いを逸れ、エリザの槍は過たず胸を突いた。相手は体勢を大きく崩しながらも、何とか馬上に踏み止まる。マリスの旗が、エリザの側に差し入れられた。素早く模擬槍の穂先が替えられ、二度目の鐘が鳴り響く。
「これで勝つ! 行くわよナナーミ!」
今度もエリザが先に動いた。小細工など考えず、ただ一点、胸を目掛けて突進する。槍が相手の胸に吸い込まれ、やった! と歓喜した直後。この世が裂けたかと思う様な破裂音と共に、目の前に木っ端と弾けた模擬槍の破片が舞っていた。どん、という二度目の衝撃の後、バイザーの隙間から見えるのは、青い空だけ。暫くは息さえ出来ず、ただ呆然としているしか無かった。
「勝者、エリーク!」
歓声が、振動になって伝わって来る。ああ、そういえば相手のムキムキ男はそんな名前だっけ、とぼんやり考える。どうやら自分が負けたらしいと、ようやくにして思い至った。そうともなればさっさと引っ込みたいが、全身みしみし痛むし重いしで、どうにも起き上がれない。と、自分を覗き込むナナーミの顔が見えた。鼻先を、こんこんと鎧に当てる。
「‥‥慰めてくれてるの? あなた意外と優し──ちょ、ちょっと転がすのは止めなさい! 何!? 早く起きろって事!? 飼い主に対する思いやりとかは無いわけ!?」
これには、マリスも堪らず吹き出す。観客は膝を叩いて喜び、ナナーミの名を連呼した。
「思わぬ伏兵に人気をさらわれてしまいましたな」
結局、エリザを助け起こしてくれたのは、ムキムキのエリーク卿だった。
お祭りは、盛況の内に幕を閉じた。
「実に賑やかだったぞ。お前とも一緒に楽しめれば良かったのだが、まあ今日のところはこれで許せ」
羅猛は檻の中のジャイアントバイソン鈷琉斗に、露天から分けてもらった丸のままの鶏肉を投げ入れた。すぐに見つけられるよう、少し温めてある。
「さて、もう一働きしてくるか」
彼が立ち去る後ろで、鈷琉斗はご馳走を丸呑みにしていた。
●難民のお話
片付けも終り、皆が一段落ついたところで、ルキナスとマリスを交えて、少し難しい問題が話し合われた。
「ここを避難所に、という案が出てましたが、よく考えるとちょっとまずいですね。以前は時間も場所も無かったので仕方なく受け入れましたが、それは暫定的な処置ですよ。マリスさんの不安もありますが、そもそもファームは避難所として機能できるのか、という問題があります」
福袋の指摘に、話してみてくれ、とルキナスが促した。
「騎士同士の戦いならともかく、騎士の誇りを捨てた者、山賊、テロリスト、カオスとその魔物などの場合、むしろ人々を痛めつけようとするでしょう。そうなったら、避難民で溢れ危険な猛獣魔獣がひしめいているペットファームは、格好の攻撃目標になる。攻撃でペットが暴れだし、人々を襲う様な事があれば‥‥テロリストにとっては充分な成果でしょう」
「襲撃云々はともかく、獣達が過度のストレスに晒される事態は極力避けるべきだろう。此処は、そういった用途には使用できない場所になってしまったのだろうな」
羅猛も否定的だ。
「でもねー ファームを支えてるのは、フォルセを支えてくれているみんななんだって、忘れないで欲しいの。みんなが困る『もしも』が起きた時に、今度はこのファームがみんなを助けてあげられる方法は、本当に無いのかな」
レンはマリスを傷つけないように、言葉を選びながら話す。
「みんなが危ないって思ってるのはすごく分かるけどー、もう少しだけ、考えてみて欲しいの」
MG.