●リプレイ本文
●刀と剣士
背後に何やら思惑を含んで開催された、貴族の子息達による日本刀の『品評会』。
結局当初予定されていた品評で結論は出ず、全ての結果は、後日、集められた日本刀を使用しての実演――『兜割り』をもって出されることとなった。用意された鉄兜を見事断ち割り、かつ、刀身に何の影響も見られないものを勝者とする。なおその刀を振るうものは、その刀を持参した『本人』である必要はない。持参した刀の真の力を引き出せる剣士と持参者が認めたものが、実演を行なうことが認められている。
「そもそも日本刀の品評会など、本場のジャパンで催してこそ面白みがあるというものだ。今回のことは今回のこととしても、な。‥‥持ち寄られた刀はどれも見事なもの。そしてそれらを鍛えた剣匠方も、きっと素晴らしき人物なのだろう。それぞれに良きところはあり、その逆も然り。優劣を決めるというのはあまり好ましくない‥‥というのが本音かな。現状では、埒もないことだが」
あくまで『勝負』に拘る品評会主催者に、イルニアス・エルトファーム(ea1625)は辛辣にそう言ったものだ。
主催者であるガルス・サランドンと、最後まで品評の勝者を争った依頼人の兄、アルシオン・ヴォグリオール。彼の弟オスカー曰く、彼自身が持参した刀の『剣士』として、最後の品評に臨むつもりは毛頭ないということだった。そしてこの刀を振るうに相応しい者は、この刀を探し出してきた彼ら――冒険者達にこそ見つけられるはずだ、と、代理人の選出を任せてきた。
「さて、と。そうすると誰を代理人とするか、ですが」
「私は、アレクシアスさんが相応しいと思います」
マリウス・ドゥースウィント(ea1681)の問いかけに、あっさりと答えたのはヒール・アンドン(ea1603)。
「私達の中で客観的に見て、一番力量が優れているのはアレクシアスさんだと思いますし‥‥実績も申し分ないと思いますから」
「異論はありません。『負けることが許されない』以上、一番の実力者が臨むのは当然のことです」
セシリア・カータ(ea1643)も頷く。他に『日本刀』が扱えるのは同じくノルマン騎士のイルニアス、そしてマリウス、アレクシアス・フェザント(ea1565)を推薦したヒールと、彼の意見に賛同したセシリア。ちら、と視線を向けたマリウスに、イルニアスは意味ありげに肩を竦めて答えた。それに頷き、今度はアレクシアス本人に視線を向ける。
「どうです、アレクシアス。引き受けていただけますか?」
「それが総意なら拒む理由はない。全力を尽くさせてもらう」
苦笑めいた笑みを浮かべ、アレクシアスが答える。望むと望まざるに関わらず、どうにも自分はそういう星回りらしい。
「『兜割り』の実施までおよそ二週間。我々の仕事は今回の件において、無用な禍根を遺さずに事が収まるよう動くことです。その為にはただ『勝てば良い』というものでもない。相手を完膚なきまでに叩きのめす必要はない」
「しかし、明らかにこちらが『負ける』わけにもいかない」
マリウスの言葉を受け、ティルフェリス・フォールティン(ea0121)が言った。
「敵を知れば百戦危うからず‥‥。他の参加者の皆さんがどんな『剣士』を推薦してくるのか、それを知っておく必要があるだろう」
「他、何らかの妨害工作が行なわれることも懸念されます。それらに対する対策も必要ですね。私はウィザードですし、剣の扱いは本領ではありませんから、そちらに全力を尽くさせていただきます」
カレン・シュタット(ea4426)が頷く。
「ひとまず対策としては、刀の警備、名代の警護、関係者の偉い人の警護‥‥ってところかな? まあ名代は余計な警護は要らないかもしれんが‥‥。俺なら、達人級のノルド使いに喧嘩売る気はしないからな」
これはバルバロッサ・シュタインベルグ(ea4857)。もっともな意見に一同から苦笑が漏れたが、可能性としてはゼロではない。話し合いの結果、アルシオンの「名代」がアレクシアスである、ということは、『兜割り』実施当日まで可能な限り内密にしておいた方がいいだろう、ということになった。
「そういえば『兜割り』のルールには確か、参加者一人につき、一人の代理人、という規定はありませんでしたね」
「そういえばそうですね」
カレンの指摘に、セシリアが頷く。
アレクシアスぐらいの腕になれば、他の参加者から彼に代理人の依頼がくる、ということは十分考えられる。であれば、それを引き受けることで、こちらの名代であるということに対するいい煙幕になるかも。そう思われたのだが。しかしその意見は、場に居合わせていたオスカーに却下された。下手に他の参加者の代表と兼任した場合。負けた方の参加者から、こちらには全力を尽くしあちらには手を抜いた‥‥などという苦情が発生しやすくなるからだ。
「向こうもプライドが懸かってるからね。ともかく、ツッ込まれやすい要素は、出来うる限り除いておいた方がいいよ」
「それは、ごもっともな意見だね」
箱入息子の意見に神妙に頷いたのは、フレイハルト・ウィンダム(ea4668)。
「そこまでわかっているなら話は早い。オスカー、悪いけどキミの兄上に、ちょいと面談の約束を取り付けてくれるかな? 大事な話があるんでね」
「うむ。わしからもお願いする。老婆心ながら、今回の『兜割り』。最悪の場合、勝利したその瞬間こそが危険な気がするのだ」
「‥‥わかった」
続く割波戸黒兵衛(ea4778)の言葉に、オスカーも思い当たることがあったのか、これまた神妙に頷いた。続けて、竜胆零(eb0953)が言う。
「じゃあ名代はアレクシアス、ということで。私たちは彼が無事『兜割り』で勝利を収めるために活動する、と、そういうことだね? その間必要なのは、他の参加者の名代が誰なのか調べることと、こちらが今回用意した刀の防衛‥‥そして、刀を造った刀工シオンの防衛だ。提案なんだけど、館の警護はこれまでと変わらず、『剣盗賊』による盗難防護を目的に続けていくことを提案するよ。‥‥剣盗賊が出なくなった。と言う情報をこちらが持っていることは当事者以外に悟られぬ事だ」
「そうですね。その辺りについては零にお任せします」
「承知した」
「じゃあ、俺は名代の『囮』として、刀と名代、それと関係者の警護だな。演技やらは本領じゃないが、ハッタリをかますぐらいはできる」
「幸い、私を含めノルドの使い手は他にもいるしな。十分アレクシアスの煙幕にはなるだろう。名代については、ティルフェリスがやってくれるようだから、私は『品評会』の識者について当たってみよう」
バルバロッサの提案に、イルニアスが頷きつつ言った。
「では私は、ティルフェリスさんと一緒に他の代表者の名代――特にガルス卿が選定した人物について調べてみます。何か助けになるかもしれませんから」
これは淋麗(ea7509)。
かくして、最後の品評『兜割り』に向けて方針は定まった。
今回の争いは、食うか食われるかの死闘ではなく、風評を掛けたいわば政治ゲームだ。となると勝ち方も重要になってくる。
相手を完膚無きまでに叩きのめすのは愚策だ。何故なら、それは相手を方法論を捨てた復讐に走らせる。
ノルマン貴族間のゴタゴタは自国だけで完結しない。絶えず他国の目、悪魔の舌先を意識しなければならない。
自国で戯れに溺れられるほど、この国は磐石ではない――。国の政治を握る有力者達のいざこざを見るにつけ、常々マリウスが思っていることだ。それをたまたま耳にしたオスカーが、にんまり、と笑って言う。
「常々思ってたけど。マリウス、なかなかいい目してるじゃん。いつか冒険者に飽きたら、将来ユーボーな子息の臣下として一旗上げてみない?」
「面白そうな御意見ですが、その将来ユーボーな御子息って‥‥」
「ボク♪」
「えぇと――考えてさせてくださいね。じっくりと」
腰に両手を当ててえへん、と胸を張り。自信たっぷりに言う箱入息子に、思わず眩暈を覚えるマリウスだった。
●喰えないひとびと
さて。弟オスカーに早速話をつけてもらい、フレイハルトと黒兵衛、そして麗の3人は、兄アルシオンの館で、その主との面談に臨んだ。目的は、今回彼が『品評会』に持ち込んだ刀を制作した刀工であり、そして『剣盗賊』であるシオン・ジェンセンについて、である。
「この世で最も残酷なモノは何じゃと思う? ‥‥『真実』じゃ。真実は時に容易に人を破滅させる。何故ならば、人が理解できる真実は全ての真実の一部に過ぎない‥‥という話を昔、偉い人に聞いたものさ。この話が真実かどうかはともかく、今回の一件もまだまだ簡単には終わりにさせてはくれなさそうだのぅ」
「まったく、コレがあったから。シオンにはこっそり仕事場を引き払ってもらったり何だりしてもらったんだけど‥‥あのエロ息子が、余計なこと言うから‥‥」
常日頃から、人をくったようなポーカーフェイスが信条のフレイハルトだが、さすがに今回ばかりは憮然とした色を隠せない。
シオン・ジェンセン。奇才と呼ばれた刀工アレシウスの弟子。そして――『剣盗賊』。
理由がどうあれ、彼が法を犯し『盗賊』をしていたという事実に変わりはないのだ。それだけに、彼の存在はあまり公にしない方がいい。まして貴族連中のような狐狸妖怪どもの注目を集めてしまうなど、もっての他だ。下手をすればその『事実』が、シオンのみならず、その関係者――今回はヴォグリオール家――を破滅に追い込むこともあるのだから。
応接間に通され、芳しい茶を饗されて待つことしばし。館の主は颯爽と彼らの前に姿を見せた。どこか軽薄な印象さえ受ける青年貴族。だがその本質は果たして狐なのか虎なのか。
「ようこそ、当館へ。いや、見目麗しいご婦人を2人もお待たせするとは、俺もヤキがまわったかな」
「あの、その節はどうも失礼を。何か、でしゃばったことをしてすみません」
麗が早速椅子から立ち上がり、アルシオンに謝罪する。思えば今回の『品評会』が『兜割り』の実演にまで発展したのは、自分があの場でいった一言がきっかけだったような気がするからだ。もしかしたらあの場で済んだはずの一件を大きくしてしまったのでは‥‥。そう危惧していた麗だったが、アルシオンの方はそれを気にした様子はない。むしろ、
「女性の御意見に従うことこそ、ノルマン男性の誉れなんですよ」
と、軽く答えられ。ついでにとられた手の甲に恭しく口付けを落とされて、逆に麗の方がどぎまぎする始末である。
エロ息子の抜かりない手順を極めて冷静に見届けた後。フレイハルトがこほん、と咳払いをし、口を開いた。
「早速で悪いけど、本題に入らせてくれるかな? 例の、キミが品評会に持ち込んだ刀を造った、シオン・ジェンセンについてなんだけど」
「このことは内密に願いたいのだが。‥‥彼が、近頃パリを騒がせていた『剣盗賊』その人であること。貴公は弟君から聞いてはおらなんだかな?」
黒兵衛がう言う。アルシオンはそれに軽く肩を竦めた。
「さて? コトの経緯は一応、アイツから聞かせてもらってはいたけどね」
「なら、話は早い。用件ってのは、こう。キミの弟さんは、その彼をいたく気に入って、手元に置きたがっているんだけど。ところが想定外の茶々が入ってね‥‥兄に尽くす弟のために一肌お願いできるかな?」
言外に「変な方向に蒸し返しやがって」という意味を多分に含ませたフレイハルトの言葉であるが、アルシオンはそれに気付いていないのか、それとも堪えていないのか。意味の取れない笑顔で、「それで?」と、先を続けるように促す。
「一番簡単なのは『木を隠すには森』。皆の名匠の弟子の印象をバラバラにすること。最強の弟子は2mの大男、実は女性、いやいや隻眼エルフ、あれドワーフかもとなるように、ね」
「その意図は?」
「『剣盗賊』が混じっても信憑性などなくなるように、さ。「名匠の弟子」の印象がばらばらなら、その内ひとつが『剣盗賊』の特徴に当てはまっても、果たしてそれが真実なのかわからなくなるものさ。実行には高等詐術が必要だし、彼はキミに会ってなどないけど。周りに君が与えてる『人の見る目はあるが普段の態度ちゃらんぽらん』のノリに合うしね。吹聴よろしく狸寝入りの虎さん」
「‥‥なるほどね」
「次の『兜割り』が正念場じゃ。ガルス卿もおそらく、なりふり構わず勝利を掴もうとやってくるかも知れん。予防線は張っておくに越したことはない」
黒兵衛が言う。実際パリ市民に対しては、ティルフェリスやヒールなど街中での情報収集を担当している者が、仲間達と共に情報を集めがてら、『剣盗賊』に関する雑多な情報を流す活動をしている。これに加えてアルシオンが貴族社会に対し情報操作を行なえば、『剣盗賊』の印象はそれこそ『掴みどころのない』モノになるだろう。
「話は分かった。まあ、やれるだけのことはやってみよう。だが、それでもどうにもならなかった場合は、どうする?」
「最悪の場合。シオンには自ら真実を明らかにする覚悟をしておくよう伝えてある‥‥そうならぬよう、務める所存ではあるがな」
「そうだな。こちらも最大の努力を払おう。あれだけの刀を作り出した刀工だ。捨て置くのは惜しい」
黒兵衛の言葉に、アルシオンが力強く頷く。
「ま、自身が犯した罪の罰は、シオンはもう既に受けてると思うんだな。少なくとも『剣盗賊』のほとぼりが冷めるまで、彼は『刀工』として表舞台に顔を出せないわけだからね。もっとも、その見返りにキミの弟っていうパトロンも得られたわけだし、そうそう悪いことでもない‥‥と!」
暇の際。歌うようにそう語りながら、フレイハルトがさりげなく片足の靴を緩める。そのまま一挙動で、脱げたそれを見送りに立っていたアルシオンに向けて放り投げた。そのままいけば、彼の端整な顔面に間違いなくヒットする。
「――!」
「‥‥ほう」
麗が息を呑み、次いで黒兵衛が感嘆の声を漏らす。
投げつけられた靴は、アルシオンの顔面を捕らえることはなかった。姿勢を変えることなく、ほんの僅かな動きで。アルシオンが自身の立ち位置を素早く横にずらしたからだ。そしてさりげなく上げられた右手で靴を受け止め、にやりと笑う。
「なかなか、イタズラ好きな靴だな。マドモアゼル?」
「――食えない奴」
「そちらこそ」
言いながら、芝居がかった素振りで靴を返す。その態度に、フレイハルトは鼻で笑い、こちらもまた芝居がかった挙動で返されたそれを受け取った。
●その先にある勝利と敗北
『兜割り』の期日に向けて。冒険者達の周囲はにわかに慌ただしくなった。案の定、『品評会』の参加者の何人かが、自らの代理人を求めて冒険者ギルドに依頼の告知を出したからである。しかしギルドがいかに豊富な人材を保有しているとはいえ、『鉄兜を断ち割る』ほど日本刀を操る技術を持つ者など、そうそう簡単に捕まえられるものではない。
「とりあえず私のところにも来たなあ。ギルドを通じてと、個人的なツテを通してもう1件。どこから情報を捕まえてくるのやら」
「私のところにも来ましたよ。余程人材不足なんでしょうか」
イルニアスとセシリアがお互いに呟き、苦笑しあう。特に主張はしていないが、この様子では同じ「ノルド」使いであるヒールやマリウスの所にもおそらく声は掛かっているだろう。ただ、彼らがそれを受けた様子はない。
主に街での情報収集を行なっていたティルフェリスが、愉快そうに笑いながら、こんな報告をする。
「中には、冒険者を指名して来た貴族もいるらしい。一番引く手あまただったのは、アレクシアスさん。彼、結構有名なんだね」
「そりゃなぁ。詩人の歌の題材にもなってるし、決闘代理人としての実績もそこそこあるしな。しかもノルドの使い手だ。今回の件にしてみれば、是非とも欲しい人材だろうよ」
『名代』の囮役であるバルバロッサが愉快そうに笑う。何より一番愉快だったのは、あのガルス・サランドンが冒険者ギルドに、アレクシアスを指名してきたということだ。しかし彼は今、『ヴォグリオール家がギルドに出した依頼』を受けている最中だ。仕事中の冒険者に、ギルド側が別の仕事を振るわけにもいかない。ならば本人と直接交渉をとしばらく粘っていたらしいが、アルシオンの「名代」となることを決めて以来、期日までに『刀』に慣れるために、アレクシアスはオスカーの館に篭って練習に励んでいる。結局、捕まえることも出来ず、諦めざるをえなかったらしい。
期日は迫り、参加者達は各々の代理人を見い出し、『兜割り』に臨む準備に勤しんでいる。
「結局、品評会の参加者面々だが、皆代理人を立てるつもりなのだろうか‥‥自ら立つ者はいないのか‥‥それはいささかつまらぬな」
イルニアスの呟きに、ティルフェリスが首を横に振る。
「そんなこともないよ。自分で振る、と言ってる子息も何人かいる。自身の腕試しに丁度いい、って気楽に考えてる方もいるらしい」
「問題のガルス卿ですが。交渉の末、修行でノルマンに来たというジャパン人の浪人に依頼することに決めたようです。まだ、ノルマンに来たばかりとかで実力の詳細は不明ですが、ジャパンの方ではそれなりの腕だったとか‥‥聞こえてくる評判にも今のところ不審なものはないし、見た感じでは裏工作がどうのこうの、というタイプでもなさそうです」
これは麗。この報告に、マリウスは頷いた。
「裏工作に乗ってくるような人材では、腕が見合わなかった‥‥ということかもしれませんね。イルニアス、識者達の方はどうでした?」
「調べた限りでは、2名ほど胡散臭いのがいたかな、というところだ。ガルス卿の代理人の実演の際に、他よりも『割れ易い兜』が用いられる可能性はありそうだな。‥‥が、こちらに『割れ難い兜』をまわすような工作は出来ないと思う。他の識者の目もあるからな」
「そうですね。‥‥念のため、識者の方にはこちらからも公正な判断を行なうよう、働きかけておきましょう」
「例の、蒐集家の方ですか? エフラムとかいう」
カレンの問いに、頷くマリウス。
「アルシオン殿が『無名無冠の鍛治師の作品を持参した』ことで、彼は既に救われている。彼には誇りある『目利き』として『兜割り』の準備をして頂くだけです」
警護に当たっているヒールや零からの報告では、今のところ、刀や名代、そしてアルシオン自身などに直接何かを仕掛けよう、という動きは見られない。とすると、何か動きがあるとすれば当日、ということになる。
――後は。アレクシアスの腕次第、というところですね。
●真なる名刀
『品評会』当日。
一行が会場であるサランドン邸に出発する前に、零が『疾走の術』の使って、予め経路を往復し、何か仕掛けられていないか、待ち伏せなどがないか偵察を行なった。結果は異常なし。
「いきなり当日に襲ってくるとは思えませんが‥‥さて‥‥。まあ、備えよ常に‥‥ともいいますしね‥‥」
「そうですね。備えあれば憂いなし、ともいいます。『品評会』が終わるまで、油断は禁物ですよ」
表情を緩めずに、カレンが答える。ひとまずアルシオンの招待者として会場には入るものの、ティルフェリス、ヒール、カレン、そしてフレイハルトらはそれぞれ会場内に散り、何らかの不審な仕掛けはないか、また不審な人物が紛れてはいないか警戒に当たることになっている。
「…私には応援しか出来ませんが‥‥頑張ってきてくださいね。いろいろな意味で‥‥。どういう結果になるか‥‥成功すればいいですね」
招待客に混じり、開催の鐘の音を聞きながら、ヒールが呟く。
会場には、先日と同じように壇上が設けられ、『兜割り』を行なうための兜が置かれた台が据えられている。
実演の結果、一体誰の持参した刀が『真なる名刀』とされ、そしてその名刀を見い出したものとしての誉れを受けるのか――。期待と好奇心に満ちた空気が渦巻く中、アレクシアス、バルバロッサ、イルニアス、セシリア、そしてマリウスと、このパリにおいて、武芸者としてそれなりに『知られた』面々を連れて姿を見せたアルシオンに、会場内が騒然となる。
果たして。開催に当たって参加者と、その代理人の紹介が行なわれる。そしてアルシオンの代理人がアレクシアスだと判明したときの、招待客らの反応もなかなかだったが、中でもガルス・サランドン自身の反応もなかなか見物だったと、会場に紛れてそれを見ていたフレイハルトは後になって思ったものだ。
「では、品評会最後の儀。『兜割り』の実演を始めたいと思います。まずは一番手――」
司会を任された識者が、厳かに持参者と、実演者の名を読み上げ、それに応えて実演者達が順次壇上の台に据えられた『鉄兜』を断ち割らんと、自慢の日本刀を振り下ろしてゆく。
さすがに『名刀』と呼ばれるものを集め、それなりに腕の見込まれた者達(一部例外はあるが)によるものだけのことはあり、どの刀もその繊細な意匠からは想像もつかぬほどの破壊力を見せた。しかし、『見事二つに断ち割る』という状態にまで至るものはなかなか現れない。あるいは、『二つに割った』としても、刀の方に何らかの亀裂や歪みが生じたケースもある。
「こいつは‥‥結構難しいものなんだな」
これだけ業物が揃ったのだ。『兜を二つに断ち割る』など、存外難しいことではないのかもしれない‥‥と思っていたバルバロッサが、呆れたように呟く。
「ああ。単純に『力』で斬るわけではないからな」
刀工シオンが鍛えた『最新の刀』を手に、アレクシアスが頷いた。
「次なるは、ガルス・サランドン卿。刀はかの名匠アレシウスによる一品。代理人はジャパン人の剣豪、ホンゴー・ロクロウ殿」
呼ばれて壇上に上がったかのガルス卿の代理人。噂に聞くジャパン人の剣士は、思っていたより若い人物だった。もしかするとアレクシアスより若いかもしれない。その青年は、むっつりと押し黙ったまま据えられた兜の前に立ち、静かに鞘から放った刀を振りかざす。
「――――!!」
それまでの静けさとは打って変わったような雄々しい気合いに、集まった面々が一瞬、身を竦ませる。そして、鉄と鉄を打ち合わせる重々しくも鋭い音のあと。台の上には見事二つに断ち割られた兜。
「‥‥見事」
識者達が割れた兜と、それを成した日本刀を検分し、素直に賞賛の言葉を述べる。鉄兜を断ち割ったその刀には、歪みも欠けも一切見られなかったのだ。代理人の青年はその賞賛に表情ひとつ変えず、礼儀正しく一礼し、ガルス卿の傍らに戻る。
「次、アルシオン・ヴォグリオール卿。刀は名匠アレシウスの一番弟子シオン・ジェンセン作の一品。代理人はノルマン騎士、アレクシアス・フェザント殿」
名を呼ばれ、アレクシアスがゆっくりと立ち上がる。
品評会最後の一刀。これで彼が目の前の兜を断ち割ることが出来なければ、その時点でガルス卿の勝利だ。
手にした日本刀を一度正眼に構え、アレクシアスが一瞬だけ目を伏せる。
張り詰める緊張に、会場内が水を打ったように静まり返る。その直後。
流れるような挙動で振り下ろされたその一刀は、目前の鉄兜を見事二つに断ち割っていた。
訪れる一呼吸ほどの間。そして、歓声。
「見事‥‥。これも見事な」
二つに割れた兜。対してまたしても疵も歪みもない刀。
「しかし‥‥これは一体どうすれば」
用意された鉄兜を見事二つに断ち割り、かつ刀身に傷も歪みもないもの。それが、この品評会の最後の勝利条件であった。だが、蓋を開けてみれば、予想に反してその条件を満たす刀は二振り。
これは、どうしたら良いものか。さすがの識者達も、咄嗟に判断ができなかったらしい。物々しい空気の中、ガルスは忌々しげにアルシオンを睨みつけ、アルシオンはというと涼しい顔で、ざわめく会場を眺め回している。
しばしの討議の後。壇上に識者の一人として参加していたエフラムが立った。ちらり、とアルシオンの側に控えるマリウスにさりげなく目配せし、口を開く。
「万全の準備をもって行なったこの『兜割り』の儀。実に、条件に合う刀が二振り、という予想外の結果となり申した。しかしながら勝者とされる刀は一振り。故にここは、刀と刀による勝負を改めて執り行うものとする。該当の刀と刀を打ち合わせ、何の影響も受けなかったものを勝者とみなす。御両人、それで不満はありますまいな?」
言いながら、ガルスとアルシオン両名をそれぞれ見やるエフラム。その問いかけに、2人が頷いた。もっとも一方は腹ただしげに、そしてもう一方は鷹揚と構えて、という違いはあったが。
かくして壇上には、再び代理人2人が登ることになる。
「このような勝負本意ではないが‥‥全力でいかせていただくぞ」
「望むところだ」
短く挨拶を交わし、剣豪・ロクロウと視線をぶつけ合ったまま、向かい合わせに構えあうアレクシアス。それを確かめ、エフラムがゆっくりと片手を上げる。
「構え――いざ!」
掛け声と共に鞘から白刃が放たれる。
それは早く、鋭く。会場にいた者達が見ることが出来たのは、2人の代理人の間に飛び散った鋭い火花だった。ぶつかり合った鋼と鋼が重く、澄んだ音を響かせる。そして――
「勝負あり! 此度の品評会の勝者はアルシオン・ヴォグリオール卿持参の刀工、シオン・ジェンセンによる一刀とする!」
エフラムが力強くそう宣言した。
それは、ほんの僅かな疵。
打ち合わさった刀と刀。その刀身に疵が生じたのは、ガルスが持参した『名匠アレシウス』の刀の方だったのだ。
対するシオンの刀には疵はおろか曇りひとつ、生じていない。
沈黙する会場内に、ひとつ拍手が響く。麗だった。
「異論なし! 過去に縛られるものには進化はありません、必要なのは、過去の反省を元に更なる進化をすることです。師の刀を見事乗り越えたその弟子に。その力を過不足なく引き出した剣士に。その新しい目を見い出した若き指導者達の未来を見据えた眼に。そして、才能溢れる次代の芽を持ったノルマンに! どうぞ祝福を!」
その言葉に促されるように、会場からは徐々に拍手が起こり、最後には歓声を伴って会場中を包み込む。
盛大な拍手の中、ただ一人、ガルス・サランドンだけがどこか不服そうだ。拳を握り締め、わなわなと震えながら歓声の響く会場を睨み据えている。
そんな彼に、マリウスがそっと近づく。
「‥‥悪いことは言いません。今回はこれで終わり、としておいた方が御身のためですよ。確かにあなたにとっては望ましい結果ではないかもしれません。しかし言っておきますが、『名刀』とその力を引き出す『剣士』はあなたも見つけているのです。この栄誉をもって、この場は納得していただきたい」
「‥‥‥‥」
ガルスが燃えるような眼でマリウスをねめつける。しかし、それ以上は何をするでもなく。ただマントを翻し、その場を去っていった。
「おめでとう。見事な剣技だった」
会場で警戒に当たりながら事態を見守っていた零が、戻ってきた一同を笑顔で迎える。その傍らでは、すっかり涙目になったシオンが肩を震わせ、立ちつくしていた。
「さっきからずっとこの調子なんだよ。無理もないけど」
苦笑しながら、零。彼の気持ちはよくわかる。尊敬し、憧れ、いつかその境地に至りたいと願い――。今日はある意味、その答えが出た日でもあるのだから。アルシオンが微笑い、手にしていたシオンの『刀』を彼に手渡す。
「これは返させてもらう。以前にも言ったが、この刀の真の持ち主は俺じゃないからな。刀にはそれぞれ、それに相応しい持ち手がいるものさ。それは、作り手のあんたが探してやれ」
シオンは、手の中の刀をしばし無言で見つめ、やがてそれを、一人の騎士に差し出した。アレクシアスの前に。怪訝そうに見返す彼に、シオンは言う。
「こいつは‥‥あんたのものだ」
「俺の?」
「ああ。この目でしかと見せてもらった。この刀の真の主は、真の力を引き出したあんただ。師匠が目指した境地には程遠い未完成品だが、是非受け取ってくれ。それが一番こいつが喜ぶ。存分に、使ってやってくれ」
「しかし‥‥」
「いいじゃない、貰っておきなよ。多分この刀は、国王陛下でも、誉れ高き騎士団長でもなく、キミが持ってて初めて『名刀』たりえるんだ。刀工だけでも、刀だけでも、剣士だけでも作れないもの――『真なる名刀』って、そういうことなんじゃないかな、きっと」
オスカーがにこやかに言う。
アレクシアスは無言のままに微笑み、そして、差し出された日本刀をしっかりと受け取った。自分がこの刀の真の主たるものなのか、それはまだわからない。しかしその真の力を引き出せるのが自分に他ならないというのなら。
――存分に引き出してみるのも、悪くない。
真なる名刀
それは刀工がその魂を込めて鍛え
刀が遣い手の力を引き出し
遣い手が刀の力を引き出して
初めて生まれ来るものなり――