ザ・チャンピオン 〜真なる名刀2

■シリーズシナリオ


担当:マレーア

対応レベル:5〜9lv

難易度:難しい

成功報酬:3 G 29 C

参加人数:10人

サポート参加人数:-人

冒険期間:05月20日〜05月25日

リプレイ公開日:2005年05月27日

●オープニング

「問題は」
 ヴォグリオール邸内、貴公子オスカーの館にて。
 主たる少年・オスカーは、目の前に据えられた『名刀にあらざる』刀を前に、珍しく真面目な表情でそう一人ごちる。
「果たして今回の『品評会』に裏があるのかどうか。そういうことなんだよねえ」
 青年貴族ガルス・サランドンの提案で、名だたる青年貴族達を集めて開かれることになった、日本刀の品評会。
 参加する子息達のそうそうたる顔ぶれ、そして今やあちこちに広まっている、他ならぬオスカーの兄アルシオンが、高名な剣匠アレシウスの作である『名刀』を入手した、という噂。
 だがそれは、とんでもない間違いだった。兄が入手した『名刀』はその剣匠の弟子が半人前の時分に鍛え上げたもので。お世辞にも『名刀』などと呼べるものではなかったのだ。他ならぬ名匠の弟子――鍛え上げた本人が言うのだから、疑う余地はない。
「『品評会』に何の裏もないなら。まあ、ウチの兄貴がバカでした、で済む話ではあるけど」
「現状では、そんな簡単に済まされる話ではございませんでしょうな」
「――だね」
 渋い顔の老侍従に、オスカーも頷く。
 オスカーの兄アルシオンは、このヴォグリオール家の長男にして第一後継者である。武芸や学問等あらゆることにおいて『優秀』であることを求められ、そしてそれに応えてきた青年だ。『あらゆることに優秀たれ』という言葉の通りと自ら称して、一方で『モンマルトルの帝王』、などとも呼ばれるに至り失笑を買っていたりするが。ともかく今ある青年貴族達の中で、容姿・能力・資質ともに高い評価を受けている。そんな青年が、世間の注目を集めている品評会で、名刀ならざる刀を『名刀』として披露する。その結果がもたらすものは――
「どうも、臭うんだよなあ‥‥。『名刀』の件にしろ、兄上の噂にしろね」
「しかし、どうなさいますので? 今更新しい刀を用意するにしても‥‥」
 品評会の当日まで、あと5日足らず。この期間で別の刀を――しかも『名刀』と呼ばれるに相応しいものを見つけ出す。いかにヴォグリオール家が権勢華やかな一族だとしても、やはり出来ないことはある。
「でもだからって、放ってもおけないんだな。今のところ確証はないけど、これが罠だという可能性がある以上、兄上には何としてでも勝ってもらいたいね。そもそもこーいう、小細工で他人の足を引っ張ろうなんてやり方、ボク虫唾が走るほど大ッキライなんだ。ここは陰ながらこの愚弟が力になろうじゃないの」
「‥‥実際お力になるのは、冒険者の方々ではないかと存じますが」
「そーれは言いっこなし!」
 気の毒そうに冒険者の控える部屋へ通じる扉を見やった老侍従に、びし! と指を突きつけて、オスカー。
「とりあえずは確証だ。この『品評会』で企てられてるのは何なのか、そして企てたのは誰なのか突き止める。その上で、噂通りに品評会では兄上に勝っていただく。‥‥そういや、例の剣盗賊はどうしたんだっけ?」
「ひとまず冒険者のお一人にに監視をお願いして、館の一室に捕らえてございますよ。いかな理由であれ自分のやったことは罪には違いないから、役人に引き渡すなら引き渡せ、と逃げも隠れもせず構えております。なかなか見上げた男でございますな」
「ふぅん‥‥面白いヤツだね」
 オスカーの目がきらり、と輝く。その反応に、鳩尾に微かに痛みを覚える老侍従。
 長年の経験から言って。彼の主人がこんな風に瞳を輝かせるときは、大概ろくなことがないものだ。

●今回の参加者

 ea1565 アレクシアス・フェザント(39歳・♂・ナイト・人間・ノルマン王国)
 ea1625 イルニアス・エルトファーム(27歳・♂・ナイト・エルフ・ノルマン王国)
 ea1681 マリウス・ドゥースウィント(31歳・♂・ナイト・人間・ノルマン王国)
 ea4668 フレイハルト・ウィンダム(30歳・♀・バード・人間・ノルマン王国)
 ea4778 割波戸 黒兵衛(65歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea4857 バルバロッサ・シュタインベルグ(40歳・♂・ナイト・ジャイアント・フランク王国)
 ea6707 聯 柳雅(25歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)
 ea7509 淋 麗(62歳・♀・クレリック・エルフ・華仙教大国)
 ea7866 セルミィ・オーウェル(19歳・♀・バード・シフール・フランク王国)
 eb0953 竜胆 零(34歳・♀・忍者・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

●議題・『名刀』
 ヴォグリオール邸。オスカーの館のサロンにて。
「問題は色々とありますね」
 依頼主のオスカー、そしてこの依頼に集った冒険者達を前に、つとめて冷静に言ったのはマリウス・ドゥースウィント(ea1681)。集まった一同は、その言葉に一様に頷く。
 あと五日に迫った、貴族の子息達による『日本刀の品評会』。剣匠アレシウスの名刀、とされる一本を手に入れ、その優勝の最有力候補と噂されていたオスカーの兄アルシオン。
 しかし、その名匠の作品を狙う剣盗賊――正体は、アレシウスの弟子である刀鍛治シオン・ジェンセン――の証言によって、その予想は大きく覆された。アルシオンが入手した日本刀は、名匠の作などではなかった。名匠の名ばかりが先行する状況に耐えかねたシオンが、「師匠の刀剣」と称して渡していた、自作の刀だったのだ。
 『品評会』に何の裏もないなら、単にアルシオンの『目が利かなかった』ということで済まされるだけのことだ。しかし、彼が名匠の刀を手に入れたという噂が広まりすぎていること、また『品評会』に関っている主要人物たちの背後関係など、気がかりな点が多すぎる。
「では、その問題を順に並べてみよう。まず『品評会』。状況からいって、何やら謀のにおいがするのは否定できない。が、今のところ確証は何もない」
「まずは、その辺りから調べてみる必要があるな」
 イルニアス・エルトファーム(ea1625)の言葉に、聯柳雅(ea6707)が答える。
「それと、『名刀』の問題だな。『品評会』の開催はもう止められないし、状況からいって辞退するのも難しい。かといって、この刀では‥‥」
 目の前のテーブルに据え置かれた刀を前に、バルバロッサ・シュタインベルグ(ea4857)が眉をひそめる。『名刀』ならざる刀。剣盗賊シオンが、まだ未熟な弟子時代に鍛えたもの。
「ひとつ、提案なんですけど。せっかくその『名匠』のお弟子さんがいらっしゃるのですから。いっそのこと、彼に新しく刀を打ち直してもらう、というわけにはいきませんか? 確かに、この刀を鍛えた当時は彼も未熟だったのかもしれないけれど、それは過去の話です。今なら何とかなるのでは」
「それも一案とは思う。だが、日本刀を打ち直すなんて五日で出来る事なの?」
 淋麗(ea7509)の提案に、しかし竜胆零(eb0953)は淡々とそう返す。日本刀一振りを鍛え上げるのにかかる時間がいかほどのものなのか、さすがに詳しいことまでは知らない。だが、一朝一夕で造れるものではないはずだ。割波戸黒兵衛(ea4778)も頷く。
「零殿の言う通りだな。そういえば、彼の処遇についても考えねばならんなあ。本人は、罰を受けるに異論はないと言っているようだが‥‥しかし『剣盗賊』の名がここまで売れたのに、破棄されるというのは寂しいものだな」
 同業者的立場として、『名刀しか奪わない』という主義のもと動いているらしいという『剣盗賊』には、少なからず興味を持っていた黒兵衛であった。もっともその事情は、彼が思っていたよりはるかに微妙なものだったのだが。黒兵衛の言葉に、フレイハルト・ウィンダム(ea4668)は皮肉げに肩を竦める。
「ま、いかな理由があろうと盗賊は盗賊。続けさせるわけにはいかないだろう? 実際に役人に引き渡すか引き渡さないかは別としてもね」
「わしとしては、彼を役人に引き渡すのは反対だがな」
「何、心配しなさんな。他の面々はどうか知らないけど、少なくともここのお坊ちゃまは、そんなに無体な人間じゃないから」
 ねえ? と意味ありな視線を向けるフレイハルトに、オスカーがこれまた意味ありげな笑みで答える。その反応に、傍らに控える老侍従がこっそりと鳩尾の辺りを押さえたのに気付き、一同は胸中で密やかに彼に同情した。
「ひとまず、『刀』の件については、麗さんの言う通りその剣匠の弟子が身近にいるのですから、相談はしてみましょう」
「仮にも『お弟子さん』ですものね。ひょっとしたら、アレシウスの鍛えた『本物』を持っていらっしゃるかもしれませんし」
 セルミィ・オーウェル(ea7866)が言う。一同はそれに頷いた。
 しばしの論議の末、ひとまずシオンには現在の仕事場を引き払ってもらい、今後一切『剣盗賊』として活動することから足を洗ってもらうことを条件に、今後の身の振り方についてはオスカーに一任することになった。
「ま、下町に有力なコネをお持ちですから、大丈夫とは思います、が‥‥」
「ま――かせて♪」
 心底楽しそうにニコニコ笑ってそう答えられ、何となく頭痛を覚えるマリウス。後で老侍従と酒でも飲みながらゆっくり話でもしたい気分になったが、今はそれどころではない。こほん、と咳払いをひとつして、改めて一同に視線を向ける。
「何にせよ、まずは情報集めですね。私は『品評会』の主催者であるガルス・サランドン卿と、ノアール・ノエル卿の動きを探ってみます」
「私は『品評会』そのものを探ってみるよ。参加する面々や、審判方法とかをね。そこから何か、見えてくるものもあるかも知れない」
 イルニアスが言う。
「俺は、蒐集家の方を当たってみる。例の、アルシオンに刀を譲ったエフラムとかいう男だ。もしかすると、何か知っているかも」
 これはアレクシアス・フェザント(ea1565)。彼の言葉に、マリウスもまた頷いた。
「そうですね。それとアレクシアス、状況によっては、彼の身柄を保護してください。アルシオンの「刀」が名刀であるということを否定されるということは、彼にとっても身の破滅のはずです。もし何か陰謀に関っているなら口封じ、という可能性もある」
「承知した」
「ではわしと零は、『品評会』の舞台でもあるサランドン邸の調査を行なうことにしよう。何かつかめるかもしれんし、後々役に立つこともありそうじゃしな」
「私もお手伝いします♪」
 黒兵衛の言葉に、セルミィが答える。身体の小さい自分なら、隠密行動はお手のものだ。
 また情報を収集し対策を講じる一方で、『名刀』の警護の方も変わらずに行なうことにする。『剣盗賊』の件をここで明らかにすることは、決して得策ではないからだ。

●真なる刀 偽なる刀
 問題の『アレシウスの名刀』を、アルシオンはどういった経緯で入手したのか。
 オスカー、そしてアルシオン本人にそれを確かめてみたところ。『品評会』の開催・参加が決まり、知人などのつてを当たってそういったものを所持している蒐集家や武器商人などの情報を集め、交渉に当たっていた矢先。蒐集家エフラムと、彼が持っている『アレシウスの名刀』の情報が手に入ったのだという。
 その時点で、入手するかどうか検討していた日本刀は他にもあった。が、それらと比較してみても、エフラムが所持していた『アレシウスの名刀』の性能は確かに素晴らしく、また『銘』も申し分ない。かくして交渉の末譲り渡してもらった。そういうことらしい。
 ただ、その情報を彼にもたらしたのは誰なのか。残念ながらそれについては、アルシオンはよく覚えていない、という。
 ともかく当時は『名刀』について、噂も含めて幅広く情報を集めていて、それが届くやその真偽や詳細について自ら確認する、という方法を取っていたのだ。故に、エフラム所持の『アレシウスの名刀』の情報がどこから来たものなのか、確かめるのは実質不可能、といっていいようだ。
――残る鍵はエフラム本人、か。何か、事態を進展させる糸口になればいいんだが。
 武器蒐集家として名高いエフラムの邸は、パリ貴族街の一角にある。家柄は決して悪くはないが、さしたる実績を持っているというわけでもなく。自領からの土地収入と、権勢華やかなりし頃に蓄えた財を切り売りして細々と生活を送っているつましい一族だ。ただ、先代の頃から武具の鑑定眼にかけてはそれなりに名が知られており、一部の若い武器職人達の間では、彼に作品を買い上げてもらってこそ箔がつく、とも言われているらしい。
 柳雅と共にその場所を訪れたアレクシアス。邸内は、『武具蒐集家』の名の通り、彼の目から見てもそれなりに優れている武具類が所狭しと飾られている。
――だが、それがこれらにとって幸せかどうかは微妙だろうな。
 眺めて美しい『武具』達。それに対して柳雅が受けた印象がそれだった。あたかも美術品、芸術品のように。埃はおろか疵一つなく美しく磨かれ、飾られた武具の数々。だがその姿は果たして、『武具』として正しい姿なのだろうか。
 やがて、奥から主であるエフラムが姿を見せる。小太りの、いかにも人が好さそうな初老の老人だ。型通りの挨拶を済ませ、しばしの間世間話をかわした後、アレクシアスはさりげなくエフラムに人払いを求め、叶ったのを確認して改めて口を開く。
「ところで、アルシオン卿にお譲りしたという『アレシウスの刀剣』についてですが」
「おお、あの刀のことかね? 良い刀であろう。何しろ、奇才と呼ばれた刀工アレシウスの作じゃからな」
「その自慢の刀をアルシオン様に譲った、というのは、どういう経緯があってのことなのですか?」
 柳雅がゆるり、と訊ねる。エフラムはそれに、少々眉をひそめた。
「う、うむ‥‥あまり大きな声では‥‥。内密に願えるかな?」
「それをお望みでしたら」
「その‥‥おほん。当家は確かに歴史古い一族だが。残念ながらそれだけで生きていけるわけではなくてな。えぇと」
「つまり、生活のために売った、と?」
 アレクシアスの言葉に、エフラムは首を竦める。
「まあ、平たく言えばそうじゃ。アルシオン卿が訪ねてこられた時は正直驚いたものよ。一体どこから、ここに『アレシウスの刀剣』があると聞きつけたものか。試しに振らせてくれと言われたときは驚いたが、しかしその後で、こちらの言い値で構わぬから譲ってくれ、と言われれば、こちらに否やはないでな。名工アレシウスの作。惜しくないと言えば嘘になるが」
 ハンカチで汗をぬぐいつつ弁明するエフラム。アレクシアスと柳雅はその反応に顔を見合わせた。
「ひとつ、お伺いしてよろしいか。卿は、ガルス・サランドン卿については御存知か?」
「ガルス卿? 名前ぐらいならな。それがどうかしたかね?」
「いえ‥‥御存知ないなら結構」
 アレクシアスが答える。なるべく平静を装ったつもりだったが、声に落胆の色が多少滲んでしまったのは、致し方ないところだろう。

「品評会に参加する青年貴族だが、噂に違わずそうそうたる面子ばかりだ。こちらのアルシオン様、ガルス卿をはじめ、皆、今をときめく人たちばかりだな。品評会については公開形式で行なうようで、刀を持参しなくても会そのものを見物することはできるそうだ。品評は、参加者自身が互いの刀を品評すると同時に、いわゆる『目利き』の者達にも鑑定を行なってもらい、結論を出す。そういう方式らしい」
 品評会についての情報を集めていたイルニアスからの報告である。
「その『目利き』の者達に、ガルス卿の息がかかっている可能性は?」
「さて、そこまではまだ。まぁ一人か二人ぐらいはいるかも知れないが、しかし全員がグル、ということは考えられないのではないかな。ちなみに、例の蒐集家のエフラムも、面子に入っていたよ」
「あの御仁は‥‥心配ないでしょうね」
 マリウスががっくりと肩を落とす。
 結局エフラムは、今回の件について何も関わりなかった。アルシオンに譲り渡した『名刀』についても、彼は本気で『アレシウス作の刀』だと信じていた。アレクシアスに頼んで身柄を確保してもらい、弟子のシオンに引き合わせて――偽物を渡したのは彼である、と言うことは勿論伏せたうえで――例の刀がアレシウス作のものではない、と説明したところ、卒倒せんばかりに驚かれてしまった。そして結局、この件については他言無用を守り、かつアルシオンを品評会で絶対優勝させてくれと逆に泣きつかれてしまった。それも当然である。マリウスが予想した通り、品評会でアルシオンの持っている刀が『名匠の作ではない』と明かされることは、同時に彼の名声をも失墜させてしまうからだ。
「どうやら、そちらの状況は芳しくないようだね?」
 ソファに優雅に寝そべり、愉快そうにフレイハルトが言う。マリウスはため息をついた。
「残念ながら。ただ状況証拠からいって、ガルス卿が今回の『品評会』でアルシオン様の風評失墜を狙っているのは、ほぼ間違いないようです。というのも、彼が武器商人や蒐集家達と頻繁に接触するようになった時期が、丁度『剣盗賊』の噂が広まりだした頃と一致してるんですよ。そして、『品評会』の提案を行ない、実施する運びとした。『剣盗賊』の正体まではともかく、彼がその目的について気付いていたことは確かでしょう」
 そして何より確定的だと思ったのは、サランドン邸での情報収集を行なっていた零が、邸の使用人達から入手した情報だ。彼が『品評会』用と思われる刀を入手したのは、アルシオン様がエフラムから刀を譲り受けた後。しかも、以前『剣盗賊』が侵入し、『何も盗んでいかなかった』貴族から、ツテを利用して入手したものだった。かの『剣盗賊』が盗まなかった刀をどうして、と、関係者は一様に不思議がったが、本人はいたって満足そうだったと言う。
「気になるのは、それらの情報の入手先だな。『剣盗賊』の狙いにしろ、アレシウスの刀剣の所在にしろ、かなり多方面に渡る情報が必要だ。今回のことを企み、実行に移せるだけの確証のある情報を、ガルス卿はどこから手に入れたのか‥‥」
 イルニアスが呟く。その件については、一様に思い浮かぶ人物が一人いる。
 だがそれは、推測に過ぎない。それに確証が取れたとしても、それでその人物を弾劾するのは難しいだろう。おそらくその人物は、ガルス卿に『話をしただけ』だ。『剣盗賊』の真の狙いや、アレシウスの刀剣にまつわる情報を。情報を与えること、それ自体には何の問題もないのだから。
「あとは、ガルス卿の屋敷に向かった黒兵衛達からの報告待ちですね。それと、『新しい刀』か」
「そうだな。それにしても、権力の縺れか‥‥何故そのようなものに固執するのだろうか? 私には分からぬ‥‥」
 ふぅ、とため息をついて、柳雅。例の、一人歩きしていた『アルシオンが名刀を手に入れた』という噂の出所について調べていた彼女だったが、生憎それは不発に終わりそうだった。噂とは、何気ない会話から芋蔓式に伝わっていくもの。直接声をかけられて話されたこと以外にも、「耳にした」という形でも伝わっていくものだ。それらを虱潰しにしていけば確かに出所に辿り着くことは出来るかもしれない。しかし、そこに至るまでには途方もない時間がかかる。

 翌日朝。『剣盗賊』シオンとともにガルス卿の邸に調査に赴いていたセルミィ、黒兵衛、そして零の三人が戻ってきた。果たして、ガルス・サランドンが『品評会』のために入手したという日本刀。それは確かに、『アレシウスの刀剣』と呼ばれるものであった。
「間違いないですか?」
 念を押すマリウスに、零が頷く。
「勿論。そのためにわざわざ『足を洗った』シオン殿にも敢えて同行願ったわけだからね。実際に彼にも検分してもらった。間違いなく本物だ」
「なるほど‥‥」
「こちらにある『偽物』とのすり替えも考えたのじゃが‥‥現状ではそれは無理じゃな。奴め、問題の刀の拵に特殊な物を使っていて、それをすり替えるには刀身のみをもってするしかない。が、それでは手間がかかる分リスクが大きすぎてな」
「警備状態が厳しいんです。邸内には、犬も数匹放されていますし。名刀を狙う『剣盗賊』の件があるから、念を入れてるということですけど。今回は黒兵衛さんと私が囮になって何とかしましたけど、そう何度も侵入できたものではないですし」
 悔しげに言うセルミィ。
「とりあえず、邸の監視は最後まで続けるよ。最後に何かチャンスがないとも限らないしね」
「わかりました。後は、こちらが用意する『刀』次第か」
 零の報告に頷くマリウス。残念ながら、エフラム卿のもとにある『アレシウス作』とされる刀は、アルシオンに譲り渡した一振りだけだった。オスカーにツテを活かして探してもらってはいるが、期日までに見つけられるかどうか、正直微妙なところだ。
 となると、残る望みはひとつ。
 名匠の弟子であるシオン・ジェンセンだ。

●真なる刀 新たなる刀
「よぉ、シオンさん。持ってきたぞ。貴殿が言っていたのはこいつのことだろう?」
 オスカーの館の一室。
 軟禁を解かれたシオンのもとに、細長い包みを抱えて訪ねてきたのはバルバロッサだ。彼に頼まれて、密かに引き払った彼の仕事場に安置されていた荷物の中から、頼まれていたものを持ってきたのだ。
 『品評会』に向けて、新たな刀をシオンに作成してもらう。麗が中心となってなされた発案だが、それに関しては提案するや否や却下された。新しい日本刀を4日――実質3日で仕上げる。そんなことは、いかな名工であろうと無理だ。今ある、かつて彼自身が鍛えたという刀を打ち直すにしても同じだ。『品評会』に間に合わせるとなると、下手をすると今あるもの以下の代物になりかねない。
 しかし思いあぐねた彼らに対し、天啓とも言えるアイディアを口にした者がいた。フレイハルトである。
「何も一から作り直すとか、今ある刀で何とか‥‥ってコトにこだわる必要はないんじゃないか? 仮にもキミは名工の弟子だろ? 師匠に遠く及ばなかった、というのは、『昔の話』だ。もしかしたら今では、師匠と同じ領域にまで達していたのさ――少なくともあの一本に限定して言えばね」
「?? ‥‥あの、それはどういう?」
 意味ありげなフレイハルトの口調に、麗が怪訝そうに尋ねる。お馴染みの仮面の奥で、碧い瞳がきらり、と意味ありげに光り、済まなそうに項垂れるシオンに向けられた。
「キミが、一番新しく打ち上げた刀はないのかい? 名匠たるもの、その弟子には全身全霊を込めて伝えたはずだよ。奇才と呼ばれただけの腕をね。キミが誇りに思う師匠の技術の粋を込めて、鍛え上げたと言えるような代物はないの?」
「‥‥あるにはあるんだが。まだ未完成なんだ」
「未完成って? 刀としては不完全と言うことですか?」
「いや、そんなことはないが」
「なら、ここでウダウダやってる前に、まずはそいつを見せてもらえないか。俺が貴殿の仕事場に行ってそいつを持ってきてやる。俺なら、鍛冶師の仕事場に出入りしても怪しまれないだろうし、万一のときは自力で何とかできるからな」
 言って、バルバロッサが早速立ち上がる。
 ――そして今。彼らの目の前には、シオンが鍛えたと言う『最新の刀』があるというわけだ。
 差し出された布包みを、シオンは丁寧に目の前のテーブルに置き、広げる。
 中からは、鞘に納められてもいない日本刀の刀身が現れた。銘がないのは『未完成』であるから、ということだろうか。一見しただけではどこが未完成なのかよくわからない。
「これで未完成、なんですか? 立派な刀に見えますけど」
 麗の問いに、シオンが苦笑する。
「まあ、な。磨きも刃の砥ぎも終わってるし、刀としては一応は完成したものだ。ただ師匠が目指したものにはまだまだ‥‥これで完成したなんて言ったら、師匠に怒鳴られちまうよ」
「そこまで言うってことは。この刀には、『奇才アレシウスの奥義』が、ばっちり詰まってるってことかい?」
「俺が師匠から伝えられた全てのことは、一応な」
「そこまで言う奥義――『アレシウスの刀剣』に秘められた技って何なんだい? 差し支えなければ、聞かせてもらえるかな」
 フレイハルトが悪戯っぽく尋ねる。シオンはしばし黙考した後、ぽつぽつと語り始めた。
 『日本刀』は、その繊細で優美な外見に関わらず、非常にしなやかで頑健な性質を持っている。使い手によっては鉄をも斬り裂き、そして岩をも打ち砕く。そう言われる由縁だ。
 その性質を支えているのが、柔らかい芯鉄を硬い鋼で包み込む、という、日本刀独自の構造だ。その中心に柔軟性を持たせることで、衝撃に強く、多少のことでは歪んだり曲がったりしない、しなやかな刀となる。
 通常は、『芯鉄』という柔らかい鉄を中心に『皮鉄』と呼ばれる鋼を巻きつけ、その後それを打ち伸ばして『刀』の姿に整える。アレシウスが奇才、と呼ばれる理由はここから現れる。彼はこの『芯鉄』を鍛える際、それに一方向への『ねじれ』を加えていたのだ。そして、芯鉄が持つその『ねじれ』と『逆の方向』に『皮鉄』を巻きつけていく。そうすることによって芯鉄と皮鉄の二重構造によるものに加え、更なる強靭さ、しなやかさが刀にはもたらされる。通常のもの以上に歪みにくく、そして折れにくい刀となるのだ。
「名刀が名刀、と呼ばれるのには理由がある。そういうことですね」
 感心したように、麗。シオンは頷いた。
「ああ。他にも『刃鉄』の入れ方や『焼入れ』の手法や。師匠はありとあらゆることに独自の工夫を重ねてた。他に、砥ぎの前に刀身に緻密に鉄粉を打ち付けたりとかもしてたな。こいつは、そんな師匠のやり方を活かしつつ、俺なりの工夫も施してみた、いわば試作品だ。‥‥だから『名刀』と呼ばれるような代物なのかどうかは」
「なら、試してみりゃいいんじゃないか? 実験台にならなるぜ?」
 アルシオンが『試す』ことを重視するなら、これを使って、自分に対して試し斬りなりとしてみればいい。しかしバルバロッサの発案に、シオンは苦笑した。
「悪いがアルシオン様がそんな男なら、こいつを『品評会』に出すのはゴメンだな。これは確かに武器だが‥‥。前にも言っただろ。師匠は、『武芸者の助けに』と――自分の刀を持った武人が生き延びることを願いながら刀を鍛え続けてきた人だった。決して、『人を斬る』ために刀を鍛えてたわけじゃないんだ」
「‥‥そうですね」
 麗が穏やかに頷く。名刀が名刀と呼ばれるには理由がある。それと同じように。名匠が名匠と呼ばれるのも、また相応の理由があるのだろう。

●汝らに問う――名刀、とは?
 かくして品評会の日がやってきた。
 持参する刀を、自身が用意した『アレシウスの刀』ではなく弟子のシオンが鍛えた刀にすることを、アルシオンはあっさりと同意した。勿論、自身がきちんと検分し確かめたうえで。その際彼は、自信たっぷりな表情で。
「これは俺が入手した刀より、正直優れているかもしれんぞ」
 そう、満足げに呟いたと言う。
 公開式の品評会は然るべきものの招待を受ければ、誰でもその様子を臨むことが出来る。一同はアルシオンの了承のもと、品評会場へと向かった。
――なんつーか、見事にあのエロ親父と瓜二つだ。まいったね、こりゃ。
 当日、オスカーの館に現れた兄アルシオンを見て、率直にそう思ったフレイハルトだった。実の親子なのだから当然とはいえ、それにしたって現当主によく似ている。同じような気質はオスカーにもあるが、より齢を経ているだけこちらの方が上手なのは間違いない。勿論あのエロ親父は更にその上を行くわけだが。
――さすがに魑魅魍魎の宮廷で、一、二を争う権勢を誇ると言われる一族なだけある。
 そんな彼女の感想を知ってか知らずか、アルシオンはメンバーの中で麗をエスコートの対象に選び、どぎまぎする彼女の反応を楽しむように連れて行ってしまった。女性陣の中で一番初心そうな彼女を選んだあたり、さすがは齢19にして『モンマルトルの帝王』と呼ばれる青年である。ぬかりない。もっとも年齢では、彼女の方が遥かに年上なわけだが。
「いやはや、ヴォグリオールの御当主は、頼もしい子息ばかりをお持ちだな」
 イルニアスの呟きに、その場にいた全員が吹き出し、あるいは笑いを堪える。ただ一人、オスカーだけがどこか憮然としていた。
 若手貴族の有力者達が集まるサロンは、実に華やかな場所だった。そして噂話の宝庫だ。そこかしこから、これから始まる『品評会』の勝敗の行方や、名刀を狙うという『剣盗賊』の話、特にここ数日、主に品評会に参加する子息達の邸に現れたと言う『剣盗賊』に関する噂が喧しい。しかし近頃現れたこの『剣盗賊』は、そこにある『名刀』をどれも盗んでいかなかった、とのこと。ということは、『真の名刀』はここにはあらず、
とでもいうのだろうか――
 聞こえてくる無責任な意見に、一同は内心で肩を竦め、あるいは苦笑を浮かべた。この『剣盗賊』の正体を知っているのは、彼らだけ。そしてその当人――黒兵衛はというと、そ知らぬ顔で集まった人々を観察している。
 やがて軽やかな鈴の音が響く。いよいよ品評会が始まるのだ。中央の壇上に、それぞれが入手した日本刀を手にした子息達が集まる。その顔ぶれもそうそうたるものだが、集められた日本刀も相当なものばかりだ。公開される出自や銘を耳するたび、聞いている方が思わずため息が出る。
「次はガルス・サランドン卿。御用意いただいた日本刀は『名匠アレシウス』作の一本です。晩年の作で、かつての復興戦争時、50を越える敵を斬り伏せてなお刃こぼれもなく、その姿を保ったと言われる一品でございます」
 司会の説明に、会場がどよめく。それもそのはず。噂では『アレシウスの刀剣』を持参してくるのはアルシオンのはずだったのだから。
 その話題性からか、彼と彼の持参した日本刀の紹介は一番最後。いわゆる『鳴り物入り』の登場と言うわけだ。この辺りにも、やはり作為を感じずにおれない。
「では最後に。アルシオン・ヴォグリオール卿です。かの御仁の御用意いただいた刀も、『名匠アレシウス』‥‥」
「いや残念ながら、そうではなくてな」
 司会の言葉を、当のアルシオンが茶目っ気たっぷりに遮る。
「今日俺が用意したのは、その名匠アレシウスが一番弟子、シオン・ジェンセン作の一品だ。過日手に入れた、師アレシウスの作った刀のひとつ上を行く名刀と思い、持参させていただいた」
 その言葉に、会場が更なるどよめきに包まれる。特に焦ったのは、ガルス・サランドンだろう。その表情には、驚愕の色が濃い。
「俺の目が正しいかどうか。それはこの場にいらっしゃる『刀通』な方々に確認していただこう。さぁ、皆様とくとご覧あれ!」
「‥‥何か、誰かさんを思い出しますね。あの態度」
 壇上で高らかに宣言し、芝居っけたっぷりにマントを翻すアルシオンを見て。思わず出たマリウスの呟きに、アレクシアスが吹き出した。そして何故あの傭兵貴族が支持するのが彼ではなくオスカーなのか、何となく理解できた気がする。
 さて、いざ品評が開始された。審査の対象となるのは刀身の外見とつくり、そして性能である。持参者自らが刀を振るっての試し斬りや、『目利き』の者達による検分、と、審査はつつがなく進んでいく。
 ‥‥が、やはり最後の結論が出ない。並居る『名刀』の中で、やはり一歩抜きん出ているのはガルスの持参した『名匠アレシウス』の刀、そしてアルシオンの持参した『名匠の弟子の刀』。
「そもそも、『国王陛下に進呈してもおかしくない一品を』というのが、本品評会の主旨だ。それに、無名無冠の鍛治師の作品を持参するとは、意に適っていないのではないか?」
「ほぅ? では貴公は、高名な匠の作であれば、たとえ凡作であろうとも陛下に進呈なさるというので?」
 議論は白熱するものの平行線で、なかなか結論が出ない。徐々に険悪になってゆく雰囲気の中、一人のエルフ女性が立ち上がった。アルシオンに半ば強引に連れられて、一人貴賓席に座らされた麗である。
「あの。末席のものが差し出口ではございますが、一言申し上げてよろしいでしょうか」
 会場が一瞬静まり返る。しかし反論はない。軽く息を整え、麗は言葉を続けた。
「そもそも、名刀の判断基準は素晴らしい切れ味、豪華な装飾ですか。私は武器である限り、その刀を使用する者のために作られていることであると考えます。各人がもってこられた名刀を使いこなせてこそ、名刀というべきではありませんか。使えない名刀は装飾品と同様ではないでしょうか?」
「つまり、何が言いたいのか?」
「然るべき使い手が使って真の力を発揮できる刀こそが名刀――そう言っているんだろう。このご婦人は」
 口を挟んだ麗を忌々しげに睨みつけるガルスに対して、アルシオンが返す。視線を合わせた二人の間に火花が散ったように見えたのは、決して気のせいではあるまい。
 ガルスは一瞬頬を高潮させたが。やがて息をつくと、改めてアルシオンのほうを見据えた。
「よろしい。ではそこの婦人の意見を取り入れて。名刀の品評に、項目をひとつ追加させていただこう。然るべき使い手によって最も優れた結果を残したもの。それこそが真の『名刀』だ。改めて『使い手』を探し、今回用意された名刀の『力』を試す。それをもってこの品評会の勝者を決めることにしよう。一同、異論はありませんな?」
「それは、まあ‥‥」
「異国の美女からの提案だ。こちらに否やはないね」
 しれっ、としてそう言ってのけたのはアルシオン。瞬間、ガルスが睨み殺さんばかりの迫力で彼をねめつけたが、当の本人は余裕の薄笑いでそれをかわした。