蘇るマイルストーン〜野生の呼び声1

■シリーズシナリオ


担当:マレーア

対応レベル:1〜3lv

難易度:難しい

成功報酬:1 G 17 C

参加人数:12人

サポート参加人数:-人

冒険期間:05月19日〜05月29日

リプレイ公開日:2005年05月27日

●オープニング

 バルディエ領に迫る深き森。その中央を貫く古代の道が、冒険者達によって明らかにされた。今は仮にアルミランテ間道と名付けられたこの道に関して彼らが提出した数々の記録は、ドレスタット〜バルディエ領間の行程を大幅に短縮出来る可能性を示しており、人々を大いに喜ばせたのである。間もなく、本格的な整備が始まる予定だ。
 ただし。記録には可能性と同時に、存在する数々の障害も記されていた。冒険者には回避可能な障害も、一般の人々には大いなる脅威となる。
「その様な訳で、冒険者の方々にも引き続き協力を求めたいというのが主の意向です」
 ギルドに現れた使者は、担当者にそう説明をした。初回の探索により、報告された障害は以下の通り。

 ・毒シダ、スクリーマー等の有害植物
 ・野犬、蛇、毒蜘蛛、巨大蜂、大猪等、有害動物
 ・人を追い帰そうとする謎の声
 ・目撃された巨大な獣の影
 ・工事の難所となるだろう、道を遮る底なし沼と、周辺の湿地

「新たなマイルストーンを設置したり、工事の計画を立てる為に技師に調査をさせたりと、既に作業の一部は始まっています。が‥‥」
 実はもう問題が起こっている。森に踏み入った技師達の一団は、姿無き不気味な声に追い立てられ、大切な機材を燃やされて、ほうほうの体で逃げ帰ったという。謎の声の主は、少なくとも友好的とは言えない様だ。工事の妨げとなるものは早々に、排除するか、あるいは回避する方法を確立する事が望まれている。

●今回の参加者

 ea3630 アーク・ランサーンス(24歳・♂・神聖騎士・エルフ・イギリス王国)
 ea8928 マリーナ・アルミランテ(26歳・♀・クレリック・エルフ・イスパニア王国)
 ea9968 長里 雲水(39歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 eb0132 円 周(20歳・♂・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb0746 アルフォンス・ニカイドウ(29歳・♂・ナイト・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 eb1318 龍宮 焔(31歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 eb2021 ユーリ・ブランフォード(32歳・♂・ウィザード・人間・ノルマン王国)
 eb2174 八代 樹(50歳・♀・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb2244 クーリア・デルファ(34歳・♀・神聖騎士・人間・ノルマン王国)
 eb2330 ゲオルグ・マジマ(39歳・♂・レンジャー・人間・フランク王国)
 eb2448 カルナックス・レイヴ(33歳・♂・クレリック・エルフ・フランク王国)
 eb2449 アン・ケヒト(27歳・♀・クレリック・エルフ・ビザンチン帝国)

●リプレイ本文

●マイルストーン
「もうマイルストーンが置かれているんですね」
 八代樹(eb2174)は真新しい道標を目にし、屈み込んで手を触れた。『駆け出し冒険者の道』ことアルミランテ間道。押し迫る様な深い森の中、まだろくに整備もされていないこの道だが、道標はそこが人の領域であると主張している様で、なんとも言えず頼もしい。踏破者を讃える為、名を刻まれた道標。樹はそこに気にかけていた姪の名を見出して、嬉しげに微笑んだ。
(「頑張りましたねユキ。兄さん義姉さんもきっと喜んでいますよ」)
 この道が二度と埋もれる事の無い様にしなければなりませんね、と言う彼に、マリーナ・アルミランテ(ea8928)が頷いて見せた。
「マリーナにとっては自分の名を与えた道だものな。しかし、こう名を売ってしまうと迂闊な真似も出来ないぞ? 精々、日頃から身を正して暮らさないとな」
「頑張ってその名に恥じぬようにいたしますわ」
 カルナックス・レイヴ(eb2448)の少々意地悪な軽口を、マリーナは澄まし顔で受け流す。彼らは道すがら、重要な打ち合わせから他愛も無い雑談まで、とにかく色々な事を話し続けた。それが森の獣を寄せ付けない最も簡単な方法でもあるし、何より、森の圧迫感に晒されて知らず知らずの内に過敏になってしまう神経を、適度に緩めておく必要があったからだ。常時張り詰めたままでは、とても10日の仕事は続かない。
「ヒトの都合で切れ目を入れる‥‥ 森に住むものは歓迎せんだろうな」
 アン・ケヒト(eb2449)がふと、そんな事を言った。深い森は、畏怖すべき存在だった。暗く深い森を切り開いて人間の領域を広げる事は、人々の悲願と言ってもいい。故に、機会を得た開発が止む事は有り得ない。ならばせめて森に住むもの達と、事を荒立てない解決策を探したい。彼女は、そう考えている。
「それでは手分けをして作業を進めましょう。私達は毒シダの駆除に取り掛かり‥‥」
 意気揚々と歩き出したマリーナの服を、彼女の愛犬カミーノが咥えて引っ張った。
「マリーナ、反対、反対」
 皆が逆方向を指差して笑う。そう。彼女は達人級の方向音痴なのだ。しっかりついて来てね、とでも言う風に尻尾を振って、カミーノが主人を先導する。
「怪我したお嬢さんはいつでも俺を呼んでくれ。野郎は適当に唾でもつけときな!」
 カルナックスの心温まる見送りに、くたばれ! と微笑ましい言葉を返す男性陣。『駆け出し冒険者の道』を開拓するのは、未だ未熟にして意気込みだけが財産の、彼ら新米冒険者達だった。
 ところで。円周(eb0132)と樹は今回、実に駆け出しらしい失敗をした。食料を持参しなかったのだ。
「仲間だろ、一蓮托生だ。まぁ次回以降、備えはしてくれ」
 龍宮焔(eb1318)が気持ちよく自分の保存食を分け与えてくれたので初日から空きっ腹を抱える不幸は回避出来たが、残念ながらまだ全然足りない。
「そういえば、スクリーマーの群生地がありましたね。あれは確か、食べられると聞いたことがあります」
 アーク・ランサーンス(ea3630)がそんな薀蓄を思い出した事から、周と樹の食料は新鮮なもぎたてスクリーマーで賄われる事になったのだった。

●計画と沼調査
 冒険者の端くれならば何でもない障害も、一般人には危険なことも当たり前。特に普通の労働者を投入するためには、余計な危険を排除しなければ為らないのだ。
 周は技師の長(おさ)を先導して案内する。長は、元バルディエ隊の鍬兵隊を統括していた男である。名をモリスと言う。

「ここまでが5区なんですな‥‥」
 道程をドレスタット側から進みながら、モリスは周が記した旅程図を指さして問う。ここから先はいろいろと障害がある。メモによると、全行程を状況によってエスト・ルミエールから見た最初の1区、及び最後の5区は比較的安全だ。警護をつければ直ちに着工可能と思われる。
 だが、2区には毒シダとスクリーマー群生地があり、駆除には人手が必要だ。これは一般人の手に余る。冒険者が担当しなければ為らないだろう。
 3区は湿地と底なし沼で、技術的な問題があり、また4区と合わせ、最も危険な獣が集まりやすい地勢をしている。
「この沼を迂回して行くのですね。湿地手前から獣道が曲がっています。この道を強固に普請するか、さもなくば湿地手前から筏を連ねて浮き橋を作るか。但し、後の方法では一時しのぎです」
「一時しのぎですか?」
「ええ。軍事作戦の一度使いの突貫工事以外では普通やりません。手綱を引いて徒歩ならば、重装備の騎士でも通して見せますが、馬車は無理です」
「それは迂回路でも言えることですよね」
「勿論ですよお嬢さん。ただ道を通せば良いならばさしたる難事ではありません。ただ、永久的な道とするならば、地面を人の背丈ほど掘り、石を敷き、セメントで固め‥‥時間が懸かりますね」
 未だ声変わりせぬ周は、ジャパンの巫女装束とも相まって男には見えない。そのためか、モリスは彼を小さなレディとして扱っていた。頻度の多い質問にも丁寧に答えてくれる。
「どのくらいですか?」
「セメント(ポゾランセメント)は固まりさえすれば頑強ですが、泥水を突き固める以上の時間が必要です。何十日も適正な含水状態を保つ必要があるので、雨の多い地方では大変ですよ」
「馬が通れる程度のものならばどうでしょう?」
「それでも、掘り下げと排水は必要で、一筋縄では参りません」
 さっきから、半ば放置されているアンとは雲泥の差である。いや、この場合。モリスは周をアンのような一人前の冒険者では無く、見習いの子供として扱っているのかも知れない。アンの男勝りも原因の一つではあろうが。

「‥‥これは‥‥。思ったよりも酷いな」
 アンは明らかに火を放たれた機材の残骸をつまみ上げる。指の先で脆くも崩れる炭と灰。不思議なことに延焼の跡は無い。
「これは魔法かもな」
 呟いた。この季節、樹木は瑞々しく草も木もそう簡単に燃えるものではない。
「おや?」
 しゃがんだ視点から、アンは薬草を見つけた。
「怪我人が出たそうだが、ここで薬草を利用したのか?」
 誰かが摘んだ形跡があった。

●夜警
 森には森のけものが住む。当然の話だ。野に住む獣、だから「野獣」。街では本能を丸められ飼い主に従順なパートナーとなる犬も、野に放たれればただの獣。生きる為に、己の牙で殺生を繰り返す。その姿は‥‥とても、街にいるソレと同じ筈のものとは思い難いほどに。
「野犬とはいえ、命を奪う行為はあまり‥‥」
 森の中。昼よりも冷え込んだ気温に少し身を竦め、アークはぽつりと呟く。出来るなら殺生はしたくない、そう考える彼はそれでは街に丸められたイキモノか? いや違う。神に仕える者として、また命を奪う事の出来る武器、剣を握る者として。生命の尊さを知るからこそ、その力を過剰に振るいたくはないと考えるのだ。そこが人と獣の違いであるとも言えよう。
「リーダー格の犬を屈服させれば、何とかなると思います」
『テレパシー系の魔法を使える方がいらっしゃれば良かったのに』
 溜息混じりに思わず自国の言葉で呟いたのは樹。「陰陽師」というこの辺りではあまり見ない能力を持つ彼女は、しかし素質はあれど遠語り直語りの魔法を覚えていなかった。まあ、例え持っていたとしても数多の犬を引き連れるリーダー犬、並大抵の説得では効かない可能性もあるわけで。
「シッ。‥‥敵さん、おいでなすったようだぜ」
 まだ若いというのに杖を手にした長里雲水(ea9968)が、二人に注意を促した。アークは神聖騎士とは言えまだ戦闘経験は浅い、雲水はこの時そう判断した。これだけの気配に気づかぬ所を見ると、もしや模擬戦すらもあまり経験が? ‥‥少々不安を感じながら、出来る限り気配を消す事に集中せよ、と目で合図する。
 そのまま。三人の視線が、気配の方向へ動いた。

 情報とはナマモノだ。古い情報はあてにならない。
 野犬の群れは、二十頭あまりという情報を踏み越え、冒険者達に三人ではどうすることも出来ないと思わせてしまう程に膨れ上がっていた。
(「‥‥なんですか、この数は‥‥?!」)
(「知るか。産んで産まれて‥‥って訳でも無さそうだがな」)
(「あれが‥‥リーダーでしょうか‥‥?」)
 群れの中で一際大きな犬。周りの犬とは違う体躯と顔付き。‥‥狼犬である。ただの犬でも厄介だというのに、これでは尚更説得も敵わぬだろう。杖の握り手に手をかけたまま、雲水がアークに伝える。
(「アーク。奴等が飛び掛ってきたら、おめぇはまずこのおばちゃん引っ張って逃げろ」)
(「?! それは駄目です、私も‥‥」)
 その台詞の続きを、雲水は目で制する。この夜の闇の中では、樹は己の身を守る術を持たない。自分が囮になり、その隙に盾を持つアークに樹を守って逃げろと言っているのだ。
(「俺一人なら何とか逃げられる、って言ってンだ。足引っ張るような事すんじゃねえ」)
 口調が荒れる。‥‥それほどに、勝算が見えないのだ。もしも、今、戦う事になったとしたら。
 群れの動きが止まった。‥‥リーダーが、こちらにその鼻面を向けた。
(「「「?!」」」)
 さすが獣だ。この辺りが彼等の縄張りである事を、今更実感させられる。
 気付かれていた。こんなにも、あっさりと。
 ‥‥雲水は覚悟を決めた。杖を刀の形に握り直し、目を瞑り、犬達の動きを五感全てで感じ取ろうとする。それは、アークも樹も同じ事。息を呑み、敵の動きを待つ。
 だが。リーダーの狼犬はさも興味が無さそうに、踵を返す。それに合わせ、群れが再び動いた。群れが森の奥へ消えた。
 三人の全身はいつか、あまり心地よくない汗に塗れていた。

●腐海地帯
「ん!」
 止まれ。と、2区を担当班の先頭を行く焔が合図した。
「どうした?」
 クーリア・デルファ(eb2244)が携えたラージハンマーを肩にひっ担ぎ、何時でも躍り掛かれるように身構える。焔はそれを制し、左手で口と鼻とを押さえて見せた。指さす先には、森の枝々を通して差し込む光りの筋。その中になにやら霞む靄を認める。
(「毒シダか!」)
 仕種に反射的に理解する。やばい。風下だ。
「逃げろ!」
 ユーリ・ブランフォード(eb2021)の判断に全員が従った。風の手に委ねられた毒の胞子は、既にユーリの及ぶところでは無い。最も近いマイルストーンのところまで後退した。
「誰が胞子にやられた人は居ませんか?」
 見ると樹がアークの肩を借りて咳込んでいたので、急ぎレジストプラントを施す。呼吸困難に陥って土気色の顔だ。
「もう、大丈夫です」
 樹は脂汗を流しながらそう答えた。まもなく毒は除かれるだろう。
「拙者たちでこの有様だ。とても一般人には任せられん」
 樹の回復を見て安心したせいだろう。アークは道にへたり込んだ。
「レジストプラントで害が防げるのは実証された。問題は‥‥僕の力量が低くて、まともに刈り取り作業ができるほど、長く保たないと言うことだな」
 直接的に胞子の害を防ぐ手段はユーリとマリーナの魔法しかない。休憩を兼ねた食事の時間中、いろいろと議論が交わされて行く。
「あの有様を見ると、かなり広大な範囲に群生していると見て間違いない」
 アークは身震いした。地面はしっかりしている以上、迂回するのはもったいない。しかし、どうやって駆除すべきか? 火を放てば。と、誰が言った。いや、いかに森が潤いを増す季節だと言っても、下手に放てば森の樹に燃え広がる恐れだってある。そして、それがどういう副作用をもたらすのか? 調べもしない内に無茶は出来ない。
「効果が強すぎて、火を森に燃え移らせるわけにはいきませんし。胞子の季節が過ぎるまで待った方が安全かも知れません」
 ようやく生気を取り戻した樹の意見に一同頷いた。この区は夏まで作業を見合わせた方が良いかも知れない。

●隠れ里
「かえれ〜」
「か〜え〜れ〜」
 焚き火を突つきながら彼らの出現を待っていたアルフォンス・ニカイドウ(eb0746)は、その声に少しだけ編み笠を上げ、染み込んで来た月の光を感じる前に、一層深く被り直した。彼が立ち上がるや、走る緊張。
「あいや待たれよ森の主よ、我々は貴殿との対話を望む!」
 油断なく身構えながら、大声で叫び仲間達を目覚めさせる。
「かえれ〜」
「か〜え〜れ〜」
 声は反響しているのかあらゆる方向から聞こえ、まるで森そのものに追い立てられている様だった。
「申し上げる。再び道を通そうとしているのは、アレクス卿という強固な意志を持つ強大な男です。彼が一度決めた以上、どれほどの血が流れようと完遂するでしょう。…とはいえ彼は悪魔ではありません。妥協に応じる度量はあるので、ここは私達を通じて要望を伝えてみては?」
 ゲオルグ・マジマ(eb2330)の呼びかけにも、帰れの声は止まらない。言葉が通じないわけではないのに。
 マリーナはデティクトライフフォースを唱え、相手の数を探る。感は、意外と少ない。
「小さな反応が10程‥‥ 以前に感じたのと同じものですわ」
 相手が襲って来る気配は無い。ただし、魔法が使える可能性のある以上、油断はならなかった。クーリアは大鎚を手に取ると一杯に振りかぶり、力任せに地面を打った。鈍い音が辺りに響き、焚き火が崩れて火の粉を散らす。
「力づくで解決する気なら相手になるぞ。こちらは交渉の余地があるがどうする?」
 凄んで見せる彼女に、明らかに相手は躊躇している。
(「思った通りですね。彼らは決して好戦的ではない」)
 アークが雲水に頷いて見せる。雲水はひとり、進み出た。
「暫くぶり‥‥かね。さっき仲間も言った通り、ちょっと話があるんだが、どうだろうか。応じてくれないかね」
 返事は無い。やれやれ、と頭を掻きながら、彼は話を続けた。
「思ってる事を相手に話すってのは重要だぜ。話も通じないって思われれば、そっちの考えを全く理解して貰えずに、完全に殲滅されるかもしれない‥‥ それは流石に困るだろ?」
 あくまで一般論だがね、と硬軟織り交ぜて相手を揺さぶる彼。交渉事なんて厄介でしょうがないとぼやいていた割には、なかなかの狸ぶりである。
 やがて。小さな影がひとつ、月明かりの下に進み出た。
「シフールでしたか」
 アークが呟く。確かにシフールは元来、森の民。しかしこんな森の奥深くに暮らしている者達がいようとは。戦士と見えるシフール少年は、彼らを値踏みする様にまじまじと眺めていたが、やがて、ふて腐れた様にこう言った。
「分かった。話し合いを求める様なら連れて来いって、長老様のお言いつけだ。ただし、武器は全てここに置いて行くんだぞ」

 そこは、工区で言えば2区。道を外れ、森をずっと西側に分け行った場所だった。シフール達の小さな村落は、戸数にして20程。住人はせいぜい40人といったところだろうか。彼らの衣服、生活の様式を見ても、余り外部と接触を持たず、森に依存した生活をしているだろう事が分かる。
「随分と怪我人が多いですわね」
 マリーナが呟く。こういう生活では困難も多いのだろうが、それにしても多過ぎた。まるで今し方、戦でもして来たかの様だ。職業意識を燃え上がらせたクレリック達が、彼らの治療を開始する。その間にアークと雲水、アンは長老と会い、話をする事となった。
「‥‥と、いう訳で、俺達はあそこにあった道を再生しようとしてるんだ。今はお前さん達が住んでるかもしれないが、あの道を俺らの先祖が使ってたのも事実。俺らにも使う権利はあるはずだぜ」
 齢幾つになるのかも定かでない白髪と長い髭の長老は、ふるふるもぐもぐしながら雲水の話を聞いていたが、先ほどのシフール戦士に耳打ちされると、ハフハフと何事か話し始めた。それを、少年が通訳する。
「お前たち、また俺達の畑を荒らしただろう。長老様はたいへんお怒りだ。余所者が踏み込んでくるとろくな事が無い。道が出来れば、お前達みたいな人間がたくさんやって来るんだろう? とんでもない話だよ。どうしてもと言うなら戦うだけだ」
 爺さんが話してるより随分長いじゃないかよ、と突っ込みたい気持ちを辛うじて堪えた雲水。血気盛んな少年を前に、アンは敢えて言葉を誤魔化す事をしなかった。
「戦いとなり我等が敗れたとしても、より強い力を持った者達が仕事を引き継ぐだけだ。最早この流れは誰にも止められぬ‥‥。だからこそ、貴方達から道を復活させ使用する許可を頂きたい。それでこそ、貴方達の望みも取り入れる事が出来るのだ」
 彼女は半ば恫喝の様な自分の言葉を嫌悪しながらも、相手を見据えてはっきりと言った。相手には、現実を知った上で判断を下してもらわねばならない。この仕事を引き受けた以上、どんなに恨まれようが、それを伝えるのは彼らの役目なのだ。
 結局、話し合いは物別れに終わった。長老は「また訪れるが良い」と言ってくれた様だが、それを伝える少年の嫌そうな顔を見れば、余り歓迎されないだろう事は容易に想像出来る。
「それにしても、畑がどうこういう話は何だったんだろうな」
 首を捻る雲水。考え込んでいたアークが、はっと顔を上げる。
「しまった、スクリーマーの群生地‥‥ あれが彼らの畑だったんですよ」
 あ、と声を漏らし、雲水が天を仰ぐ。彼らは前回も今回も、邪魔なスクリーマーを踏み荒らして容赦なく刈り取ったし、食料にもした。とんでもない畑荒らしという訳だ。
「どちらにせよ、私達はあれを根こそぎ刈り取った挙句に、畑を潰してしまわなければならないんですよ。しかし、そんな事を願い出て、聞き入れてもらえるかどうか」
「これは、拗れるだろうな。確実に」
 2人、何とも言えない渋い表情で顔を見合わす。
「治療には礼を言う。でも、もう帰れ。そして、二度と来るな」
 シフールの戦士の少年は、カルナックスに指を突きつけ、そう言い放った。
「今日は帰る。だが、何度でも来てやる。覚悟しとけ」
 ふてぶてしく言い放つカルナックスに、なんだと! と大激怒した少年は、ひらりとカルナックスの前に飛んでくるや、その額をゲシゲシ蹴っ飛ばした。カルナックス、彼を鷲掴みにするや、容赦なく振り回す。
「この頑固者め、悪いようにはしないっつってんだろ! 少しは人の話を聞けっ!」
 両者の間にぴりぴりした空気が流れる。それでも、これはただのケンカだ。殺し合いでは無い。そこを過たず踏み止まれる程度には、心が通じたという事か。
「私の名はアン・ケヒト。煩わしいかも知れないが、お互いの為にこれからも話がしたい。先ずは名を教えてくれぬか? 謎の声と呼ぶのも味気無いのでな」
「私はゲオルグ・マジマです。貴方方は彼が街道を整備することを認める。彼は通行人が貴方方の領域を荒らすことを禁じる。これが妥当な妥協案だと思うのですが」
 問われたシフール少年は、ぶっきらぼうにポロと名乗った。この村一番の戦士だと言う。
「悪い様にしないと言ったのは本当だ。無茶な開発されたんじゃ森が可哀想だからな」
 言い残し、村を後にするカルナックス。ポロはふん、と鼻息も荒く、彼らが消えるまで睨みつけていた。
「出来れば、未開の地の征服者として行動したくはありません。討伐して話が終わるというものでも無いでしょうから」
 ではどうしたらいいのか、と言えば、今のところ、アークにも良いアイデアは無い。道に戻ったアルフォンスは訥々とこんな事を言った。
「道が通じれば、人々の生活にも大きく役立つであろう。かつて、大勢が行き来したであろう道の在りし日の姿、是非とも蘇らせてみたいものだ」
 その為にも、禍根無き様にしたいものだが‥‥ そう呟く彼の表情は、笠に遮られて分からない。ただ、その気持ちは皆、同じだった。

●報告
 最終日。冒険者達は最初の進捗報告の為、バルディエのもとを訪れた。労いの言葉などかけられて、周などは恐縮すること頻りである。正直を言うと、ちょっと恐い。
「妨害について説得を続けるとあるが?」
 それは果たして脈があるのか? と言外に問われている。工期が長引けばそれだけ経費はかかり、それでいて結局彼らの敵愾心を払拭できなければ、この工事そのものが頓挫する可能性だってある。
「それを見定めたく思っております。今しばらく、私達に時間を下さい」
 アンの返答に、うむ、と頷いて見せるバルディエ卿。彼女もほっと胸を撫で下ろす。しかしいつまでも改善が見られない様なら、彼も厳しい決断を冒険者達に求めるだろう。
「バルディエ卿に、僭越ながら提言させていただますわ。これからの街道整備には多くの人手が必要。これを領民から募集し、また他の地方から流れてくる流浪の民の雇用口の一つとするのは如何でしょう」
 マリーナの進言に卿は、よかろう、と即答する。工事となればとても冒険者だけでは間に合わない。当然ながら領民を動員する事になる訳で、これは農繁期さえ外れていれば全く問題は無い。
「ただし、流入者を雇い入れる件については、彼らが問題を起こさぬよう君達が責任を持つ事が条件だ。出来るかな?」
 土地を移ってくる者の中には、流浪の生活で荒んだ者も少なくない。労働の中で彼らを良き領民として導いて見せよ、という訳だ。こんな事を冒険者に任せる辺りも、彼流という事だろうか。
 もうひとつ冒険者達が口を揃えて進言したのは、駅の設置についてだった。この場合の「駅」とは、馬や人夫を置いて旅人の便を計る施設の事で、有事の際には素早い伝令の行き来を可能にする。実現すれば、アルミランテ間道は何処に出しても恥ずかしくない、天下の街道と認められるだろう。
「そこまで手を入れるに値する道になると思うかね?」
「もちろん!」
 マリーナ、周、アンが一斉に答え、顔を見合わせる。バルディエが、珍しく声を上げて笑った。
「分かった、考えておこう」
 ほっと胸を撫で下ろす彼ら。取り敢えず、使えないから全員クビ、などという憂き目には遭わずに済んだ様だ。決して楽な仕事にも、なりそうには無かったが‥‥。

 技師達は、周が彼らと共に纏めた測量図と、マリーナやカルナックスが丹念に記録した植生図を手に森を巡る。
「胞子の季節が終わるのが待ち遠しいな。そうしたらこの憎ったらしい毒シダどもを根こそぎにして、一気に着工だ」
 胞子が飛び散らないように気をつけながら、冒険者達の仕事を見て回っていた彼ら。だが楽しい語らいは、頭上に響く唸る様な羽音によって打ち切られた。
「きょ、巨大蜂っ!」
 足に大きな胞子団子を付けた巨大蜂が、森の中に消えて行く。体中に付着した胞子が、ぱらぱらと宙を舞っていた。恐る恐る森に分け入った彼らは、そこにとんでもなく巨大な蜂の巣を見つけてしまい、真っ青になった。
「き、聞いた事があるぞ、蜂の幼虫は花粉や胞子の団子もエサにするらしい。あいつらは毒胞子も平気で食う種類なのかも‥‥」
「おいおい、じゃあ、あの中で今も巨大蜂が成長中って訳か? 冗談じゃないぞ‥‥」
 蜂がいるから群生地が出来たのか、群生地があるから蜂が住み着いたのかは知らないが、とにかくこのままでは、胞子の季節が終わる頃には、今度は蜂の大コロニーが出来上がってしまう。
「大変だ、すぐに対策を考えなくては!」
 叫んだ技師は、シーッ! 静かにしろ! と仲間に叱られて、小さくなる。彼らはそろりそろりと、のたくる様にしてその場を後にし、一目散に森を出たのだった。