蘇るマイルストーン 〜野生の呼び声2

■シリーズシナリオ


担当:マレーア

対応レベル:1〜3lv

難易度:難しい

成功報酬:1 G 17 C

参加人数:12人

サポート参加人数:2人

冒険期間:06月06日〜06月16日

リプレイ公開日:2005年06月13日

●オープニング

 ドレスタットとバルディエ領を結ぶアルミランテ間道の整備は、ようやく着工の目処が立ったものの、早くも波乱含みである。
「とにかく、毒シダの群生地にこんな大きな蜂がぶんぶん飛び回ってるんです。このままでは危なくて、とても作業なんて出来たもんじゃありません!」
 技師達が言い立てる話に、技師長モリスは渋い顔だ。森の奥深くで目撃したという報告は受けていたが、こんな人里近い所にまで出て来るとは。ラージビーが巨大な巣の中に何匹くらいいるものか、今のところ分かっていない。毒を持つ凶暴な性格の蜂だけに、数が揃うとかなり厄介だ。この状況では工事を強行しても、すぐに中断という事になってしまうだろう。
「夏を越させてしまうと、巣の中の幼虫までもが成虫になり益々数が増えてしまいます。1日も早く冒険者達に対処させるべきでしょう」
 部下の助言に、一層モリスは難しい顔。森の中を我が物顔で駆け回る野犬の群れもその数を増やしているというし、隠れ里のシフール達は侵入者に対し非好意的。問題は山積、全く前途多難という他無い。
「こう言っては何ですが、今雇っている駆け出し達には荷が勝つ様に思えてなりません。改めて熟練の者達を雇い入れては?」
 そう言われて、モリスは首を振った。
「開拓に必要なのは知識と力ばかりではないよ。彼らの初々しい熱意と好奇心は、この仕事に無くてはならないものだ。それに、熟練冒険者は報酬も破格。雇い続けたのでは、とても予算が足りない」
 ただ、戦力不足なのは確かだ。そこで、と彼が取り出した重そうな小袋には、ピカピカの金貨が詰まっていた。
「追加予算を50G用意した。戦力を必要とする障害には、これで別途、冒険者を雇って対処してもらう。何に対し何人の冒険者を幾ら払って雇うか‥‥ それは全て彼らに任せる。冒険者の目でつぶさに森を見ている彼らなら、より的確に冒険者を用いる事が出来る筈だ」
「‥‥大丈夫でしょうか? 腕利きを揃えれば50Gなんて、あっという間に消えてしまう。失敗から学んでいる余裕もありませんよ?」
「そこは冒険者同士、ひとつ上手くやってもらおう。最近、一部の思い上りが、冒険者ギルドの力を頼んでいろいろと問題を起こしているようだが、それだけに彼らの団結力は侮れない。これはバルディエ隊長、いやアレクス卿の口癖だが‥‥。『使いやすい人材ほど役に立たぬものは無い』あれくらいの跳ねっ返りも混ざっていて、初めて物の役に立つ。なぁに、人というものは自分が企画する仕事に於いて、一番骨身を惜しまぬものだよ」
 困れば困ったで何とかするのが人というものだ、と笑う彼。
(「ひとつ上手く、って‥‥ モリス隊長に見込まれるとは、あの駆け出し達も災難だな」)
 技師達は、しみじみと同情するのだった。

 冒険者ギルドに出された間道整備の依頼には、次のような注釈が付けられた。
────────────────────────────────────
※支援依頼の指定方法について。
・この依頼を受けた者達は、間道整備の依頼期間中に、その支援をする依頼を1本のみ設定できる。
・集めたい冒険者の力量を、低・中・高で指定。明らかに危険があると見込まれた場合には、依頼主側で修正を命じることがある。
・募集の最小・最大人数は、6〜15人の中で任意の人数を指定。
・報酬は上の条件により、相場の額を支払うものとする。
・報酬額を事前に明示できない場合には、その理由と報酬支払いの条件を決定、記載のこと。
・支援依頼の募集と出発、冒険期間は、次回の間道整備依頼と同じとする。
・依頼内容は細かく指定出来るが、そこに記された情報の是非は提示した冒険者達が責を負うものとする。

                      技師長 モリス・マンサール
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●今回の参加者

 ea3630 アーク・ランサーンス(24歳・♂・神聖騎士・エルフ・イギリス王国)
 ea8928 マリーナ・アルミランテ(26歳・♀・クレリック・エルフ・イスパニア王国)
 ea9968 長里 雲水(39歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 eb0132 円 周(20歳・♂・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb0746 アルフォンス・ニカイドウ(29歳・♂・ナイト・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 eb1318 龍宮 焔(31歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 eb1992 ぱふりあ しゃりーあ(33歳・♀・武道家・ハーフエルフ・華仙教大国)
 eb2174 八代 樹(50歳・♀・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb2244 クーリア・デルファ(34歳・♀・神聖騎士・人間・ノルマン王国)
 eb2448 カルナックス・レイヴ(33歳・♂・クレリック・エルフ・フランク王国)
 eb2449 アン・ケヒト(27歳・♀・クレリック・エルフ・ビザンチン帝国)
 eb2560 アスター・アッカーマン(40歳・♂・ナイト・ハーフエルフ・ビザンチン帝国)

●サポート参加者

七神 斗織(ea3225)/ クーラント・シェイキィ(ea9821

●リプレイ本文

●助言
「ほう、あの蜂に挑むのですか」
 技師長モリス・マンサールは、円周(eb0132)の話に少し驚いた表情を浮かべた。
「はい。フリーズフィールドで活動出来なくしておいてから、巣ごと火をかけてしまうつもりです。そこで、モリス様の助言を頂きたいのです」
 モリスはバルディエ隊で鍬兵(工兵)を統括していた男。当然、火の扱いにも長けている。その経験を生かさぬ手は無いと考えた周は、頭を下げて教えを乞うたのだ。
「そうですね‥‥ 火はなるべく大きく使いなさい。それでこそ敵を封殺する事が出来る。火力は一気に高まる様に工夫しなければ、敵の対応を許してしまいます。今回の場合は特に重要でしょう。ただ、大きな火は考える以上に制御する事が難しい。考え得る制御手段は、火を使う前に全て用意しておくべきです」
 つまり、この場合。蜂の巣を確実に燃やして中の蜂どもを焼き殺してしまうには、厚い炎の壁で巣を包み込む必要があるという事。蜂が蒸し焼きになるまで、どのくらいの時間が必要だろうか? 少なくともその間は、強引に突破できないくらいの炎でなければならない。消火に関しては、プットアウトの呪文が使える者が参加していると説明すると、それは良い、とモリスは頷いた。
「あれは炎を制御するに非常に便利な魔法ですが、大きくなった火の前では、魔法の届く距離は意外に近いという事も心得ておくべきでしょう」
 助言ありがとうございます、と頭を下げた周に、期待していますよ、と声をかけたモリス。ああ、と周を呼び止めた。
「解毒剤はたくさん持って行った方がいいですよ。火を使うなら、少なからず胞子が巻き上げられる筈ですから」
 あ、とその事に気付き、再び頭を下げる周。彼が退室してから少しして、モリスは部下の技師達を呼び出した。

「‥‥風邪でもひきましたか。美しい方に噂話でもされているなら嬉しいのですが」
 立て続けにくしゃみをしたアスター・アッカーマン(eb2560)が軽口を叩くと、アン・ケヒト(eb2449)の代わりに彼女の驢馬が笑い出した。驢馬には共に買い揃えた大量の布が括りつけられている。火をかける為のボロ布たくさん、鼻と口を覆って毒胞子を遮るための清潔な布数人分、それからほんの少しだけ、染めの鮮やかな綺麗な生地も。アンは道々、良く乾いた木の枝など見つけると、それも束ねて驢馬に背負わせた。こんなものでも、それなりの量があれば侮れない火力を生むのだ。粗末には出来ない。
 彼らはまず、シフール達の隠れ里を目指した。

●シフール村
 性懲りも無くまた来たのかと言いたげな表情のシフール戦士ポロの出迎えに、長里雲水(ea9968)は、よっ、と手を掲げて挨拶を送った。
『なんだ、相変わらずの仏頂面だな』
 シフール共通語で声をかけられ、ぎょっとするポロ。その反応に雲水が会心の笑みを浮かべた。
「長老様にお取次ぎを‥‥」
 アンが礼を尽くして面会を乞うている間に、アーク・ランサーンス(ea3630)は、ざっと里の中を見回してみる。相変わらず、怪我人が多い。
「交渉の方はお任せします。私は彼らの治療を」
 分かった、任せておけと請け負う雲水らの健闘を祈りつつ、アークは怪我人達に歩み寄り、治療をさせて下さい、とその手を取った。拒絶されたりしないかと心配していた彼だが、シフール達は憮然としながらも彼の治療を受け入れてくれた。前回の治療で、多少の信頼は得られたのだろうか? その様子に、それまで遠巻きに見ているだけだった里のシフール達も近寄って来て、彼を手伝い始めた。シフールは元々が人懐っこい種族。心の垣根の低い人達だ。その事が、今はとても有り難かった。ただ、治療されている当の戦士達は、まだ警戒を解いてないと見え、冒険者達の一挙手一投足を険しい表情で監視している。アークは勤めて何気なく、話を振った。
「いったい、何を相手に戦ったんですか?」
 暫く黙り込んでいたシフール戦士だったが、間を持て余したのもあるのだろう、少しづつ話し始めた。
「‥‥犬っころ達だよ。あいつらが徘徊してるせいで、安心して畑の手入れも出来ないんだ」
 興味を抱きながらも、淡々とリカバーを施して行くアーク。一度話し始めると、シフール戦士の話は詳細に渡った。シフール達が如何に森に精通しているとはいえ、大量の毒シダや巨大蜂はやはり脅威だという。だから蔓延る前に手を打って、害とならない様にして来た。例えば、毒シダは毒の胞子を飛ばす前なら簡単に駆除できるし、そうしてこまめに駆除していれば大量に生えてくる事も無い。巨大蜂は交尾の季節に女王蜂が巣を作って産卵するのを阻止すれば、最低限の戦力で駆除できる。大人の広げた掌を軽く超える派手な色の虫は、それ故に発見が簡単だ。女王蜂は動きも鈍い。だが、野犬の群れが跋扈する様になってからはそれが難しくなり、今の事態に至っているという事らしい。
「犬は何匹いたって大した事無いんだ。ただ、奴らを率いている狼犬の‥‥ 僕達は頬黒って呼んでるけど‥‥ あいつは恐ろしく狡猾でさ。一度、苦労して追い詰めた事もあるんだけど、大猪の縄張りを使って逃げ果せて、すぐにまた野犬達を従えて戻って来ちゃったよ」
 彼らの話が続く中、クーリア・デルファ(eb2244)はおもむろに、仲間の武器の手入れを始めた。武器を手にした彼女にシフール達が緊張するが、そんな事は知らぬげに、慣れた手つきで仕事を進める。
「‥‥」
 気が付くと、シフールの若者が目の前に立って、じっと彼女の仕事を見詰めていた。彼が鍛冶をする者だと、同業同士の勘ですぐに察する。彼は一端消えたかと思うと、自分の道具を持ち出して彼女の隣に陣取り、同じ様に武器の手入れを始めた。彼の技は、せいぜいが上手な素人といった程度。それだけに彼女の技を盗もうと真剣だった。クーリアはそれとなく分かり易い様に工夫をしながら、惜しげもなく持てる技術を披露する。そうする内に、彼らの周りにまでシフール達が集まって来た。
「簡単なものなら、金物の修理も出来るよ」
 言った途端、里の女達がすっ飛んで行き、あれもこれもとありったけの壊れた金物を抱えて戻って来た。
「助かるよ。トトは武器の手入れはともかく、こういうのはカラキシ駄目だから」
「う、うるさいな、この里で誰が僕に技を教えてくれるって言うんだよっ」
 プンスカ怒りながら、彼が考案したらしき矢尻を使った槍を仇の様に研ぎまくる。
「でも、それでは困るだろう。彼の手に負えない修理はどうしているんだ?」
「ポロが街道沿いの村に出向いて、巡回の職人に頼んでる。けど‥‥」
 彼らの顔を見れば、どんな仕打ちを受けているのかは容易に想像がつく。散々にぼられた挙句、いい加減な仕事をされているのだろう。シフールサイズの道具だから扱いが難しいというのもあるだろうが、巡回の商人、職人だけが頼りの田舎者が良い様にあしらわれるのは、辺境の村などでは良くある光景だ。
「僕に鍛冶を教えてくれた爺さんは、すぐにポックリいっちゃってさ。ちゃんとした修行をしたいと思うけど、僕がここを離れるとみんな困るし。そもそも、外に伝手も無いしね」
 ほいよ、と出来上がった槍を戦士に渡す。
「伝手、か‥‥」
 仲間達が連れてきた動物の世話をしながら、話を聞いていたアスターは考える。彼らは何も、人を拒んで仙人の様な生活をしたい訳ではない様だ。その橋渡しをする事が出来るかも知れない。無論、行動は慎重に慎重を期さなければならないが。

 長老の家に通された面々は、険しい空気の中で話し合いを進めていた。
「俺達は、あんた達の畑を荒らしていたらしいな。知らぬ事とは言え、悪かった。これはせめてもの詫びの気持ちだ。受け取ってもらえれば有り難い」
 雲水は、持参した保存食とワインを長老に贈った。個人で揃えたものだからささやかではあるが、長老は感謝を示し、里の者に分配する様にとポロに預けた。それを、じっと見詰めるポロ。
「なんなら俺が毒見をするぞ?」
 言った雲水を横目で見遣ると、彼は保存食をひとつ手に取って、もがもがと口に押し込んだ。
「‥‥腹が減ってたんだ、気にするな」
 一応彼なりに、気を遣ってはいるらしい。例え自分は気に入らない相手でも、長老が迎えた者は客。客に無礼があってはならない。雲水がワインを開けて注いでやると、それで一気に流し込んだ。毒見完了。
「私達は、毒シダと巨大蜂を駆除しようと思っている。火と魔法を使う事になると思う。不満があるかも知れないが、他に方法を考えつかなかった。どうか、認めて欲しい」
 龍宮焔(eb1318)がそう語ると、シフール達は互いにざわざわと話し始めた。余り歓迎されていない事は空気で分かる。
「できれば」
 その空気を絶つ様に、カルナックス・レイヴ(eb2448)が口を開く。
「出来れば、ポロ。君達にも手伝って欲しい。あの毒シダや巨大蜂が君らの脅威になってないとは思えないんだが、どうだ?」
 カルナックス・レイヴ(eb2448)に話を振られたポロは、む、と言葉に詰まる。彼は正直者だ。顔を見ていれば、その気持ちが手に取るように分かる。
「森で火を使う事に長けた者がいれば心強い。‥‥我々に知恵を貸して欲しい」
 アンが深々と頭を下げる。シフール達は以前の襲撃で火を使っている。恐らくは魔法。彼らの協力があれば作戦がずっと楽になるのは確かだ。敢えて、機材の事には触れない。あくまで協力を乞うという形を崩さなかった。
「それから、畑なんだが‥‥ 俺達が整備しようとしている道の上にあるんだ。古代の道を再生するって都合上、残念だが道は動かせない。どうだろう、畑を移しちゃもらえないだろうか。あそこに作っても、まーた毒シダ生えて蜂も来るかもしれねぇしな。見る限りじゃぁ、とても耕作に適した場所にも見えないぞ?」
 雲水の言葉に、ポロがキッと鋭い視線を向ける。
「長老、やっぱりこいつら信用できません! やっと苦労して作った畑を簡単に移せの何のと勝手放題っ。大丈夫です、こんな奴らになんか負けません! これだから余所者は‥‥」
「戦うのは良いが、そりゃ村の奴らまで巻き込むって事だぜ。それでもやろうって覚悟で言ってんのかい?」
「雲水殿!」
 アンが雲水を制止する。バチバチと火花を散らす雲水とポロ。
「それ、その事だ。「余所者が踏み込んでくるとろくな事が無い」と申されるからには、以前にも余所者が踏み込んで来た事があるのかな?」
 アルフォンス・ニカイドウ(eb0746)が問うと、ポロが吐き捨てる様に言った。
「ああ、あるとも。森で迷ってた奴を助けたら、仲間を引き連れて戻ってきて、村を乗っ取られたよ。‥‥うっかり貴重な薬草が取れる事を自慢した俺が悪いんだ。だから森の深いところに移って来たのに、また別口が来るなんてさ。いい迷惑だよ!」
 ひとつ確実な事がある。彼らには庇護者が必要だ。彼らが森の奥の流浪者である限り、誰かに見つかり、奪われ続けるだろう。領民でない者は守られない。信者でない者は守られない。残念だが、それが現実だ。
 ふがふがと長老が声をかけると、ポロが真一文字に口を結んで項垂れた。関係無い事で人を責めるなと叱られたらしい。
「‥‥後の事は後の事、駆除には協力すると、長老は言っている。感謝しろ」
 ぷい、とそっぽを向き、出て行く彼。彼の心情は分かり易い。
「ふぉっふぉっふぉ」
 真っ白な顎鬚を扱きながら、肩を揺らして笑う長老。‥‥この人は分からない。

 長老との話を終えると、カルナックスも治療に加わった。巣に火をかける為のボロ布を縫い繋いでいたアンの元にも、誰からとなく里の女達が集まって、それを手伝ってくれた。
「アン、へたっぴだね! 布は怪物じゃないんだから、そんなに睨み付けなくてもいいんだよ?」
「分かっているのだが‥‥ くっ、何故こうも下手なのだ」
 陽気な彼女達は周り中からああだこうだと指導してくれるのだが、却って焦ってしまい、何度も指を突き刺す羽目になった。とんだ災難である。ただ、そのおかげか、彼女達とはあっという間に打ち解ける事が出来た。
「前の里は、恐いモンスターもあんまりいなくて住み良かったけどねぇ。ここはちょっと物騒だね。でも、私達の方が押しかけなんだもんね」
 仕方ないよね、と笑う顔が少し悲しげで、胸が痛んだ。
「畑は、たくさん収穫できるのか?」
「手がかけられないからってのもあるけど、今の畑は急作りだから。昔の畑は、年に何度も収穫できて、辺り一面にびっしり生ってさ‥‥ 年中、お腹いっぱい食べられたよ。今は我慢我慢だからね」
 うっとりと思い出す彼女達には悪いが、辺り一面びっしりのスクリーマー畑を想像し、軽い眩暈を覚えるアン。
「見てこれ、綺麗な布! いいな、いいなぁ」
 アンが驢馬に積んでいた生地を見つけた女の子が、目をきらきらさせながらはしゃぎ始めた。ひっそりと隠れ住んでいても、やっぱり女の子は女の子だ。皆で分けてくれ、とアンが言うと、いいの? 本当に? と皆、嬉しそうに念を押す。
「余りものだ。燃やしてしまうには惜しいから‥‥」
 やった! と大喜びで切り分け始める。
「女性陣は賑やかだな。どれ、俺も向こうに」
 腰を浮かせたカルナックスの腕を、アークが満面の笑みで引っ張った。治療には人手がいる。貴重な戦力の逃亡を許す訳には行かないのだ。
「蜂の習性? そうだな、夜の間は巣に引っ込んでいるよ。かなり動きも鈍るから、仕掛けるなら夜がいいと思うよ。それから、動かないものには滅多に襲い掛からないから。あのデカイのが頭の上飛んでるのにじっとしておくのは難しいだろうけど、戦いたくないなら身を伏せてじっとしておくことだね」
「胞子はうっかり吸い込むと七転八倒の苦しみだから、口と鼻は多少息苦しくてもしっかり塞いでおいた方がいい。肌は露出してると被れるし、目なんかに付いた時は急いで洗い流さないと危ないよ」
 はい、と渡されたのは、蔓草の茎。眩暈がするほど苦くて青臭いが、噛んでいると毒消しの効果があるという。彼らは無数の植物の効能を知っており、それを巧みに使い分けているのだ。アークは礼を言い、それを受け取った。
「貴重だけど、実に色っぽくない話だなぁ」
 肩を竦めるカルナックスに、シフール戦士達が笑いを堪えている。彼らのアドバイスを記録しながら、焔の口元にも笑顔が浮かぶ。ほんの少しづつだが確実に打ち解け合えていると思うのは、早とちりでは無い筈だ。
 夜。雲水が手土産にした酒と食料にシフール達の蓄えを合わせて分配し、彼らは里を出陣した。

●蜂退治&毒シダ
「なるほど、夜はほとんど活動しないってのは本当なんだな」
 カルナックスが小声で呟く。太い古木に張り付くようにしてぶら下がった大きな巣の中から、時たま、凶悪な三角形の顔が姿を見せるものの、辺りは静かなものだ。しかし、あの中には一体、何匹の巨大蜂が詰まっているのだろうか? マリーナ・アルミランテ(ea8928)はデティクトライフフォースで中を調べる係だが、魔法を使った途端、堪らず卒倒しそうになった。
「‥‥一体、何匹いたのですか?」
「知らない方がよろしいですわ。もし、上手に凍えさせる事が出来なかったら、私達、ここで揃って肉団子にされるかもしれません‥‥ そのくらいです」
 恐る恐る聞いた八代樹(eb2174)に、マリーナは青ざめたまま笑顔を作った。余計に恐い。しかも辺りは毒シダの群生地であり、動く度に葉の裏に付着した毒胞子が舞い飛んでしまう。最悪の条件といって良かった。
「毒シダをフリーズフィールドで作った寒風で枯らすのは、無理みたいです‥‥」
 残念そうに周が言う。風がマイナス10度の冷たさを得るのは、あくまでフィールドの中だけなのだ。シダは火を放ち、燃やしてしまう事に決まった。シフール達は森が焼けてしまわないかと心配していたが、説得されて受け入れた。もっとも、森の一部を焼き払う事は彼らも希にやる様で、冒険者達が心配した程の拒絶感は無かった様だ。
「巣の近くで音を立てるとすぐに起きて来るのが何匹かいるから油断するなよ? そいつが巣の中に戻ると、片っ端から起こし始めるんだ」
 ポロの声には緊張が感じられた。蜂が本気で追って来たらなら、逃げるのも難しいという。
「大丈夫です、始めましょう」
 周が意を決し、身を伏せたままゆっくりと巣に近付く。フリーズフィールドの射程は短い。気付かれずに彼が近寄れるか否か、それに作戦の全てが掛かっていた。
 見上げると、グロテスクな巣はそれ自体が化け物の様だった。中から、ブ、ブ、と翅を震わせる音が聞こえる。事前の調査で、巣の出入り口は一箇所しか無いと分かっているとはいえ、沸き起こる恐怖心は拭いきれるものではない。護衛についたアルフォンスとぱふりあしゃりーあ(eb1992)が、彼を庇う様に脇に付く。その存在が、周に平常心を与えてくれた。
「疾く来たれ冬将軍よ、急々招来‥‥ 古の十絶の理、火を奪いて水を与えよ寒兵陣ッ」
 凍える空間が、巣を包み込む。幸いにも蜂の巣はぽってりとした形状だった為、上手く効果範囲で囲う事が出来た。あとはただ、待つしかない。
 そして、朝。
「大丈夫。蜂達は動いてませんわ」
 マリーナが頷いて見せた。陽は既に、木々の上に見える時間だが、熱を奪われた蜂達は動く気配も無い。アンは、シフール達と共に作った大きな布にたっぷりと油を染み込ませる。それを手に慎重に近付いたパフリアが、するすると木に登り、上から巣に布を被せて行った。その間、枝や枯れ草を辺りに敷いて、毒シダごと一帯を焼く準備も整えられる。
「さあ、いいですわよ」
 パフリアが木を降りると、巣をすっぽりと被う様に被せられ巻きつけられた布に、火が放たれた。あらあら、案外簡単に終わったわね、と、すっかりご機嫌で周囲の毒シダにも火を放っていたパフリアは、燃え上がった巣の底が抜け、ぼとぼとと蜂達が落ちてくるのを見て硬直した。大丈夫、もう死んで‥‥ いや、動いている。何匹かは‥‥
「みんな、急いで離れなさい!」
 狂った様に飛び回る巨大蜂。悪い事に、ちゃんと役目を果たせたかどうか確認しようと、周が巣に近いところに残っていた。アルフォンスが周を庇いながら、飛来する蜂に向かって渾身の一撃を放つ。
「くっ!」
 だが全身全霊の込められた一撃とて、当たらなければどうにもならない。ポロが仲間に魔法の準備をさせながら、突進して来るのが見える。
「周殿、走られよ!」
 パフリアが周の腕を掴み、強引に走らせる。アルフォンスは周が十分に距離を取ったのを確認してから、ポロと共に蜂を振り払いながらその後を追った。
「日の光よ、我に力を貸し賜えっ 『光の矢』!」
 札を手に叫ぶ樹に応じる様に、一筋の光線が、今まさにアルフォンスに襲い掛からんとしていた蜂を貫いた。だが、全身焼け爛れながらも次々に姿を現す蜂達。事前に助言をくれた仲間(ゲルマン語が話せずアークが訳す羽目になったが)によれば、蜂は一定以上の温度の中に数分間置かれると、焼け死ぬ温度でなくとも耐えられず絶命するのだと言う。増してや、この猛火の中ならば。今はただ、全力で蜂達を炎の中に止めおくのみ。樹の援護射撃が行われる中、周は全速力で巣から離れる。後を追うアルフォンスの足取りが重い。シフール達のファイヤーボムが、とうとう巣を破壊した。堆く積もった破片の中で蠢く蜂達も、やがてただの消し墨となっていった。
「こちらへ!」
 アスターが叫ぶ。彼の前には、地面に引かれた線。仲間達はその線を迂回する様にしてアスターと合流するや、地面に伏せた。最短距離を飛ぼうとした巨大蜂がその線の上を通過した時、炎の柱が蜂を呑み込んだ。吹き飛び転がる巨大蜂。しかし、起き上がる。地面を這いずりながら、何度も触覚を拭い、翅を擦る。クーリアがラージハンマーを振りかぶり叩きつけたが、それを嘲笑うかの様に飛び立った。
「くそっ」
 下がるアスターと入れ違いで、パフリアと焔、雲水が前に出る。耳障りな羽音を立てながら飛び回る巨大蜂は、まるで彼らを翻弄するかの様にその攻撃をかわし続けた。一方でアスターは、この間に燃え広がって行く炎と格闘する羽目になった。これ程の炎になれば50m程近付いただけでも全身が焼けるようで、彼は命がけで炎に向かって行かねばならなかったのだ。
 この熱の中で、ついに凶悪な蜂も力尽きたのだろうか。パフシアの鳥爪撃に捉えられたその直後、雲水が隠し持った仕込み杖から、翅を狙っての居合い抜きが、蜂から戦う力を奪った。地面に落ちて激しくのたうつ巨大蜂を、焔はアリーナから借り受けたGパニッシャーを振るい、一撃の下に叩き潰した。
「鈍っていて、これか」
 猛火に炙られながら、雲水の体に寒気が走るのは、毒の為だけではない筈だ。この戦いは、一歩間違えば最悪の結果にも繋がり兼ねなかった。助け起こされるアルフォンスの傷は重い。傷といい毒といい、まともな状態の者は一人としていなかった。皆に薬の準備がなければ、事態はもっと悪いものになっていた筈だ。
「大丈夫か!」
 駆けつけて来たのは、モリスと部下の技師達だった。手伝うつもりで来た様だが、村に訪れる流れ者に煩わされている間に遅れを取ってしまった。まさに痛恨事である。
「村の教会に治療の準備をしておきました。負傷者をすぐに運びましょう」
 技師達が皆を促す。特に傷の深かったアルフォンスは、樹の驢馬、浅葱の背に揺られて行く事になった。
「ちゃんと運ぶのよ、おっことしちゃ駄目だからね!」
 飼い主は随分と心配していたが、浅葱はちゃんと役目を果たして、モリス直々に飼葉をもらう栄誉に預かったのだった。
「お前の主達は、とんでもない無茶をするな。‥‥だが、見事果たしたのは驚くべきだ」
 モリスが驢馬を相手にそんな事を話していたと、漏れ聞こえて来ている。治療を受けた冒険者達は、再び2区に舞い戻り、毒シダの焼却を実行した。毒シダ地帯はかなりの広範囲に渡ったが、順々に火を放ってはアスターが消すという形で、概ね駆除されたのだった。

●頬黒と謎の獣と流入者
 だが、喜びの時はそう長くは続かなかった。
「また犬どもだ! 薬草を摘みに行った娘がやられたぞ!」
 体を休める間もなく飛び出して行ったポロと戦士達だが、結局、頬黒達を捉えられず、虚しく戻って来るしか無かった。
「あの野犬どもは、何処から来たのであろうか」
 アルフォンスの疑問に、さあね、と苛立ちを滲ませ答えるポロ。
「ただ、犬達が追いやられて来ているのは確かだよ。その、バルなんとかいう人の領地でも、森に手をつけてるよね。森が開墾される度、村に人が増える度に、森の際にいた生き物が空きっ腹を抱えて追い遣られて来るって訳さ」
 しかし、それは仕方の無い事。人は、より良き生活を目指さずにはいられない生き物なのだから。そして、それはシフール達も、犬達でさえ同じ。
「あの野犬達に、間道とは別の地に移ってもらう訳にはいかぬであろうか‥‥」
「どうやってさ。奴らに限らず、獣は一番住み良くて食い物がある場所に陣取ろうとするのが本能で習性だよ。こっちの都合で動いてくれるもんか」
 やはり、殲滅するしか無いのか。彼らが勢力を増すという事は、それだけ多くの獲物が必要という事でもある。手を拱いていれば、シフールの隠れ里だけでなく、近隣の村を襲い始める可能性だってある。考えている時間は、あまり無い。

 バルディエ領には既に、仕事があると聞きつけた者達がぽつぽつと集まり始めている。彼らを遊ばせている訳にも行かないので、モリスは仮の宿舎を設けて住まわせ、1区の整備を始めさせている。毒シダと巨大蜂が排除された結果、間もなく工事は本格化するだろう。
「はい、次の方どうぞ。お名前をどうぞ、生まれはどちら?」
 マリーナは一先ず彼らの帳簿を作ってモリスに渡したが、それには気付いた範囲の人物評も記載されていた。その人の本性はある程度長く付き合っていないと分からないだろうが、当面の指導の参考くらいにはなるだろう。出身地別に分けた小グループ単位で行動させているが、まずは上手く行っている様子。一方で早くも『あいつはどうも‥‥』という問題児もちらほらと見受けられる。出身地別にした事で、その空気に馴染めない人間が早々に浮き彫りになった形だ。
「今のところは、大きな問題は起こってない。作業そのものも楽ですからね。ただ、この先厳しい仕事も必要となって来ると、必ずあちこちと綻び始める」
「そうなる前に、管理方法を確立しておかなければならない、か」
 難しい顔で考え込む焔。マリーナは、これもまた一つの試練ですわ、と微笑みながら溜息をついた。
 一方。依頼内容を纏めた焔は、モリスを通してアレクス卿にも許可を貰い、それをドレスタッドのギルドに持ち込んだ。内容は、巨大な獣の調査及び、野犬群の調査。先輩冒険者達が集まってくれるかどうか、神様に祈る他無い。
「こんな事を言うと、つまらぬ意地を張る奴と笑うかもしれないが‥‥ 私は正直、この配慮が悔しかった。所詮、駆け出しは駆け出しでしかないのか、と」
 依頼書を見詰めながら呟いたアンに、焔がなんのそれしき、と首を振る。
「私など、大勢の冒険者の前で『出来れば手弁当で来て欲しい』などと図々しくも恥ずかしい頼みごとをしたのだ。もう恐いものなど何も無いぞ?」
 はあ、と巨大な溜息を漏らす焔。素人ならともかく、駆け出しとはいえ冒険者家業の者が同業者に向かってこんな要求をするのは、確かに物凄く恥ずかしい。
「だが、依頼を受けたからには依頼者を第一に考え、その要求を果たさなければならない。そういう事だと思う。恥も悔しさも経験と思って、何れは誰よりも頼みとされる者となれる様、互いに精進しよう」
 悔しさ故に、アンがシフール達を思い遣った様に。経験は、決して無駄にはならない。今はただ、ほろ苦い笑みを交し合うだけの2人だった。

 帰り道。隠れ里に顔を出した雲水に、ポロが伝えた。
「長老が、畑の件を飲んでもいいと言っている。ただし、お前達も開墾を手伝えと。それからもうひとつ」
 彼は随分と逡巡してから、ようやく言葉を発した。、
「すぐでなくてもいい。頬黒を仕留めるのを手伝って欲しい。言っとくけど、あいつの狡賢さは並じゃないからな。普通の狼を狩るつもりで相手をすると、大火傷をするぞ」
 恥を忍んで頼むのだ。雲水を軽く見ている訳では無い。これは、敵を知る戦士の忠告だ。
「分かった。任せてくれ」
 如何なる手段を用いても頬黒の首、牙にかかった者達の墓前に供えると誓ったのだった。