マチルド農園繁盛記1

■シリーズシナリオ


担当:マレーア

対応レベル:7〜13lv

難易度:難しい

成功報酬:3 G 80 C

参加人数:9人

サポート参加人数:2人

冒険期間:06月25日〜06月30日

リプレイ公開日:2005年07月03日

●オープニング

 父が授けようとしている以上の物を、自らの手で勝ち取れ。それがマレシャルに科せられた平民の娘マチルドとの結婚のための必要条件であった。
「凱旋の宴までやって頂いたそうだな」
 まんざらでもない顔で、父は勲を立てた息子を見る。
「いい面構えになった。本格的な戦闘で生き延びた勇士の顔だ」
「辺境伯様からもお言葉を頂いたとか‥‥」
 母も一人前に成った我が子を誇らしく思う。サクス家の主君でもあるエイリーク辺境伯から、このような栄誉を頂いた以上は、マレシャルの跡目相続は許されたも同然である。
「それで母上。マチルドの方は‥‥」
 マレシャルは問う。母は憂いを帯びた眼差しで
「なんとか踏みとどまっています。ただ、我が家の嫁となるには暫く学びの時を持たねばならないでしょう。今娶れば、あの娘は必ず周りの侮りを受けます。そんな辛い目に遭わせるのは私も忍びありません」
「そうですか‥‥」
 まだ二人の障害は消えていない。

 その夕刻。マチルドは姑となるべき婦人からの招きを受けた。
「なんとか持ち直したようですね。嬉しく思います」
「いえ、奥様。奥様が付けて下さった方々のお陰ですわ」
「あの子は無事に勲を立てました。今度は貴女の番ですよ。今のままでは口さがない連中から色々と言われることでしょう。それを跳ね返す実績が貴女には必要です。貴女も貴族の嫁になる以上、敵を作らずには済みません。いいですか? 誰を敵とし、誰を味方とするかです。敵が居てもそれ以上に強力な味方を持つならば問題有りません」
「は、はい!」
 マチルドは穏やかながらも厳しい言葉に戦く。そして、サクス家の女主人は二言無き許可を彼女に与えた。
「この後、薬草園経営に於いて、我が家の行く末を左右するような決断を許します」

 ギルドに冒険者を募集が張り出されたのは、翌日の夕刻であった。

●今回の参加者

 ea1544 鳳 飛牙(27歳・♂・武道家・人間・華仙教大国)
 ea1683 テュール・ヘインツ(21歳・♂・ジプシー・パラ・ノルマン王国)
 ea2361 エレアノール・プランタジネット(22歳・♀・ウィザード・エルフ・ノルマン王国)
 ea3000 ジェイラン・マルフィー(26歳・♂・ウィザード・人間・ビザンチン帝国)
 ea3260 ウォルター・ヘイワード(29歳・♂・ウィザード・人間・ノルマン王国)
 ea3446 ローシュ・フラーム(58歳・♂・ファイター・ドワーフ・ノルマン王国)
 ea5068 カシム・キリング(50歳・♂・クレリック・シフール・ノルマン王国)
 ea6137 御影 紗江香(33歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 ea6930 ウルフ・ビッグムーン(38歳・♂・レンジャー・ドワーフ・インドゥーラ国)

●サポート参加者

利賀桐 まくる(ea5297)/ カイユ・フラーム(eb2923

●リプレイ本文

●乳清
 夏だ。太陽の光が惜しげもなく注がれるマチルド農園。湿地のミントは驚くべき速さで生長している。
「収穫量を減らす心配は要らなかったようですね」
 香りの強い株を植え替え用に採取しながら、テュール・ヘインツ(ea1683)はほっとした表情。油断をすると繁りすぎるくらいだ。原種として保護する地域を除き、残余の他の物は種株を残し収穫する。ミントに関しては、思い切った採取でも今のところ大丈夫のようだ。テュールが責任重大な農作業に勤しんでいる傍を、ウォルター・ヘイワード(ea3260)やウルフ・ビッグムーン(ea6930)と言った新参者達が挨拶して通り過ぎる。向こうの作業場にいるマチルドと会うためだ。
 
「バターを採り、残りはチーズにします」
 余分に出る乳はマチルドの取り分。何れは牛を自前で飼うにしても、先ずは地力を蓄えなければならない。一時は破産寸前まで行った財布の中身も、今は元以上に持ち直した。あまつさえ、そのことによって奥方の条件も変わってきたのだ。
「なるほど。純粋に珍しいわね。私が普段受けてる依頼って『木っ端微塵に』解決する手合いが多いから。サーチ&デストロイ&アイスコフィン! って感じかしら」
 エレアノール・プランタジネット(ea2361)は笑う。因みに生業は教師だ。彼女への教育を専らとし、同時に農園への助言を与える役目であると自分では心得ている。暫し話してみると、麦などの栽培作物を除く植物知識は自分がやや上のようだ。こちらでも少しは役に立てそうだ。
「それにしても、バターを採ってチーズを造ると、牛乳の1割しか役立て無いんですね」
 しげしげと御影紗江香(ea6137)が覗き込む。薄い布の網で出来立てチーズを掬うと、後には黄色味掛かった液体が残る。
「ははは。それは栄養満点の飲み物だ。滋養強壮に良いのである。乳から出た物は殺生の産物では無いのでな。インドゥーラでも好んで食される」
 ウルフはチーズの廃液を指で味見し、
「うん。美味い」
 しかし、ノルマンでは捨てている物である。如何に滋養が有れども食品や薬とするには抵抗がある。
「聞きかじりだが、ローマでは王侯貴族の食卓に出す豚に水の代わりに飲ませるそうだ。豚とも思えない上等な肉に為るらしい。古代ローマでそうしていたと、以前読んだ書物に書いてあった。まあ、人が健康に為るんだ。豚にも良い影響があるだろう。尤も‥‥」
 何か副作用でもと、一同は心配する。
「俺は動物を食わない国から来たから、肉の味など判らんがな」
 ウルフは食べたことがないと言う。それでも、試してみる価値はありそうだ。

 クリームを革袋に入れてシャカシャカ振り回す。これでバターの出来上がり。セージなどを入れて調味用にするも良し、先日のようにフィーバーフューを混ぜて薬とするも良し。
 紗江香はミントを細かく千切りながら適量の岩塩と共にバターに加える。肉料理に合う調味料となるのだ。問題は、香気が直ぐに飛ぶので封じ込める方法か? にこやかに談笑しながら作業を進める。
「パリの親戚が里帰りして居ますので、紫蘇とか山椒とかわさびとか、今度新しいジャパンのハーブが手に入るかも知れないです。それも含めて栽培種を増やして行きましょう」
 こちらの土に根付くかどうかは知らないし、こちらの好みに適うかも判らない。種を持ち込めるかも難しいところだ。それでも、夢は広がる。
 少量ながらモーヴも定期的な収穫が見込めそうだ。需要期の冬場のために、少しづつ蓄えて行く必要があるだろう。湿地ではない荒れ地の土地改良が終わった部分に肥沃な土地に生えるハーブが植えられ生育中。少しづつだが経営基盤が整ってきた。

●取引
 ルルに逢える。心も軽く鳳飛牙(ea1544)は走る。あの遣り手ば‥‥もとい、しっかりとした老貴婦人様のお陰で、少しづつだがエスト・ミニャルディーズが売れてきたのだ。荷車に積んだ壷の山を、ロバに引かせて道を急ぐ。届け先はセシールの屋敷。そこでパーティー販売をするのだ。
「おや、おまえが配達をするのかい? ジャンのとこならいざ知らず、礼儀作法を身につけないとね」
 セシールのこの一言で決まった。この仲介の為、毎回彼女に出来の良い品を献上しなければならない。しかし、大手を振って想い人の所へ通える事が、全ての憂いを吹き飛ばし、飛牙の足取りを軽くしていた。
『さわやかなひととき。エスト・ミニャルディーズ』
 エレアノールが3歩歩いて創った売り文句の旗。マレシャルとマチルドの文字、2つのMを組合わせたシンプルな旗は、ローシュ・フラーム(ea3446)が甥のカイユに創らせた薬草園の旗印だ。文字の読めぬ者が大半を占めるこの国で、誰でも一目で判らねば問題が出る。実は、デザインよりも同じデザインの紋章がないことを確認するのが時間が掛かった事は内緒である。
 荷車はこの出来立ての旗を掲げて道を行く。ドレスタットまで半日足らずの道を。

 一方、商人ギルド交渉役のジェイラン・マルフィー(ea3000)は。
「じゃあ。専属販売って‥‥」
「おまえは正直者過ぎだ。ギルドに歩合で上納すれば良いと言う話だ。そうそう。頼まれていた小売りも手配して置いたぞ」
「師匠ぉ感謝するじゃん」
 苦笑する師匠。商売の基本はどちらも得をするだ。仲介することにより小売りも元売りも儲かり、ギルドは双方から上納金が入り儲かる。さもなくば、誰がギルドに加盟するであろうか?
「そうそう。調合屋の『ロワゾー・バリエ』の方から、話を言付かって居るぞ。取引をしたいそうだ」

「成る程、事情は分かりましたけど」
 書状から目を上げ、意味ありげに言葉を切る管理人タンゴ。
「メルフィナ嬢は近く、夜会に出席するそうだ」
「夜会‥‥ブランシェット家のパーティーでの歌披露ですか」
 何気なさを装った使者の言葉に、タンゴの眼がキラン、っと光る。華国には狡兎三穴の譬えもある。敵の中にも味方を創っておくのが賢いやり方だ。なぜならば、交渉無しで平和を望む場合、どちらかの滅亡を意味しているからである。
「うむ。メルフィナ嬢が元気になり、素晴らしい歌を披露する‥‥これはそちらにとっても悪い話ではあるまい?」
 モーブの、引いてはマチルド薬草園の宣伝を匂わせる使者。評判を広める件については、予めメルフィナの承諾を得ている。
「勿論、メルフィナ嬢の歌声が戻るのが大前提であるが」
 薬草の品質次第、という揶揄は正確に通じたようだ。タンゴはニヤリとすると頷いて見せた。
「よろしいですわ。ならば快くお譲り致しましょう‥‥勿論、タダでとは言えませんけど」
「うむ。それは元より承知だ。いや、ありがたい」
 心底ホッと安堵する使者に、タンゴは気付かれぬよう計算する。
(「丁度良かったわ。腕の良い錬金術工房との提携は必要不可欠だしね」)
 それに、その店の名なら、ローシュ他、マチルドに協力してくれている冒険者から上がっていた。勿論、こちらから親切にバラす筋合いは無い。恩は高く売っておいた方が、後々の交渉は有利になるのだから。
「では、直ぐにご用意させていただきますわ‥‥本当に、宜しゅうございました」
 対価は、ジェイランの意見を容れて純粋なミョウバン結晶であった。お互いの欲しがる物が提供し合えた以上、良い取引だったと言う他はない。

●教師達
 マチルドの教師と成った者は以下の三人である。発音の矯正担当のエレアノール、文章指南のウォルター、そして神学のカシム・キリング(ea5068)である。漸く薬草園の経営がなんとか成りだし、革めて貴族の素養が必要とされて来た為である。
 エレアノールは気位の高い貴婦人その物。自信に溢れ女王様のようにマチルドの前に立った。
「言葉は人間の最高の知性です。綺麗な発音さえ身に付けば、あなたは国王様と同じ言葉を使えるようになります」
 軽く趣旨を述べた後。わざとマチルドの発音に合わせて
「礼儀作法や話術は、生まれながらの貴族様には及ばないわ。でもね。今はこの一点だけを磨けば、パリの宮廷に入り込んでも一目置かれること間違い無しですよ。大丈夫、難しいことなんて何もない。これからずっと一緒に居るから、私の発音を真似ていくだけ。簡単でしょ?」
 同時に、彼女は万が一の場合のボディーガードも兼ねる。高速詠唱こそ使えないが、高レベルのアイスブリザードは強力でもあるし、アイスコフィンが最悪でも彼女を死から免させる時間を確保するであろう。

「主を知る事は、知識の太初(はじめ)じゃ」
 カシムは講義の冒頭をこの言葉から始めた。既に祈祷書や聖句の一部を暗唱しており、またその生活から、最も大切な物を持っていると判断した上での物である。
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 エリコは聖地の北東に、坂を下って1日の距離にある。ヘロデ大王と息子アケラオが強固な城壁を創り美しく飾った街じゃ。
 さて主の一行がこの地を訪れたとき、一人のもの見えぬ物乞いが主に向かい叫んだ。
「タビデの子よ。私を哀れんで下さい」
 余りにも有名な下りじゃが、この者即ちテマイの子バルテマイは、主に招かれるや施しを入れるために着ていた上着を脱ぎ捨て、直ぐ立ち上がって御元に参った。肉の目は閉ざされて居ったが、この時既に霊の目は開かれておった。これが信仰なのじゃ。
 彼が主の御元へ参ったとき、主は何をして欲しいかお聞きに為られた。すると彼は
「師よ。目が見えるように為ることです」
 と答えた。同じ問いを受けたとき、おぬしならばなんと答えるじゃろうか? 金を与えて欲しいと願うじゃろうか? それとも地位や名誉を望むであろうか? じゃとしても恥じることは無い。使徒達も嘗てそのように答えたのじゃ。ゼベダイの子ヤコブとヨハネは、「あなたの栄光の座で、一人を師の右に、一人を左に座らせて下さい」と。
 多くの者達は人間的な利益や力、知識や富を求めるものじゃ。しかし、バルテマイはもっと大切でもっと根本的なものを求めたる目が見えるようになりたいと。これが解決すれば、自由に歩くことも、働くことも、様々な危険を避けることもできる。
 ジーザスをダビデの子よと呼んだ彼は知っていた。無学の者であるが、主が預言者イザヤによって『盲人の目を開き、囚人を牢獄から、闇の中に住む者を獄屋から連れ出す』者であると言うことを信仰によって知っていた。主を知る事は、何物にも代えられぬ宝なのじゃ。
 マチルド殿。何が大切で何が些細なことかを弁えて欲しいのじゃ。仮令サクス家の全財産を譲られたとしても、マレシャルとの結婚が叶わぬならば詮無き事。何があってもそれを見失わぬようにな。主を信頼し精進される事じゃ。主はいつもおぬしの傍に居る。
 最初に心で識るが良い。主を知る事は、知識の太初(はじめ)なのじゃ。
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 カシムは初日、この話だけで講義を終えた。

 ウォルターの授業は綴り方。タンゴとの相談に基づき、先ずは実務についての簡潔な遣り方を徹底的に充実させる。その後、代書人に対する口述筆記を学ばせる予定だ。
 サクス家の方針としては、読み書きのうち読むことを重視せよ。自分で書けなくても、読めさえすれば他人に肩代わりして貰う事は可能だ。自分の書きたいものと合っているかどうかの判断が出来れば良い。これは、将軍が必ずしも個人の武芸に秀でている必要が無いことと似ていた。
「基本が固まらないうちに、高等技術を教えても身に付かないわよん」
 とはタンゴの弁である。但し、ウォルターは独自の工夫を加えた。聖書や有名な詩を書き写させるのである。意味がわからずとも、エレアノールに読み上げてもらいそれを復唱する。そして、復唱しながら同時に書き写す。
「言葉があなたを育ててくれますよ。私たちを信じてください」
 ウォルターが教材を作り、エレアノールが発音を正す。教える事自体は得意ではない彼らだが、これを続けていれば自然に会得することだけは経験的に知っていた。

●緑のラララ
 ちょっと蒸し暑い室の中。グリーンワードを使った要求確認で、キノコは順調に育っている。養地の泥炭は白い菌糸に覆われ、そこからにょきっと生え初め。
「また来るじゃん」
 キノコにそう告げるとジェイランは家畜の世話。
「あ、白桃‥‥だよな? この草は食べちゃ駄目じゃん」
 柵を越えた仔やぎを叱りつけながら連れ戻そうとする。しかしジェイランに力は無い。縄を着けたやぎに引っ張られている。
「ほらよ。これでいいか?」
 助け船を出したのはウルフだ。ひょいと担ぎ上げると柵の内側に送り込んだ。
「どうしたんだ」
「抜けた冬毛を集めていて、ちょっと見逃したじゃん」
 傍らの籠の毛は、子犬くらいの嵩があった。まくるちゃんのショールくらいには為るかも知れない。ともあれ、仔やぎ達はやんちゃ盛り、ジェイランを手伝いに来たテュールも振り回されている。
「白菊に白梅に、一郎、四郎‥‥、あれ? 次郎だったっけ?」
 まだ犬のフェンのほうが手際良い。こないだまで充分だった柵も、飛び越えるものが出てくる始末。柵を作り直す必要があるようだ。薬草園保護のための柵の造成が、急ピッチで進められている。
 ウルフの言を入れ、岩地に香料採取用にラベンダーの植え付け。時期的に今年の収穫はおぼつかないが、折角の抽出釜をミントだけの為に使うのも勿体ない話だ。
「直接金にするのは難しいが、園芸用に使える水苔が見つかった。ここは遣りようで凄く恵まれた土地だ」
 ペラドンナや狐の手袋は見つからなかったが、立地条件はいくつかのハーブに最適であった。香る緑の空の下。マチルド即破産の心配から解放された冒険者達の心は軽い。

●サクス家の安危
 今回は全てが順調だった。最後の日、マチルドの前に冒険者達を集めたタンゴは、静かにこう告げた。
「あなた方には御家の興亡が掛かっておりますよん」
 そして、次の文面を皆に見せる。
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1.権限範囲
・常識範囲内での資金運用
・誰とコネを創って行くかの決定
・潅漑計画・隣接する森林の常識内での使用
・20人以内の労働者雇用・10人以内の子供の引き取り
・対価を求めない外部協力者による助言の採用
・私物の報酬範囲内での使用
・調査のための追加依頼をサクス家に進言すること

2.制約条件
・元々の群生地保護。開発地域以外の過度な開発禁止
・敵対しあう勢力への同時に接近
・領民の徴用を制限(報酬付きの労働なら可)
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 そして最後にこう付け加えた。
「今後、あなた方への報酬は都度奥方様がお決めになります。報酬分の働きを期待して良いですか?」