マチルド農園繁盛記2

■シリーズシナリオ


担当:マレーア

対応レベル:5〜9lv

難易度:難しい

成功報酬:2 G 19 C

参加人数:8人

サポート参加人数:1人

冒険期間:07月11日〜07月16日

リプレイ公開日:2005年07月19日

●オープニング

 快晴。抜けるような空の蒼、暑い日差しが容赦なく大地に注がれる。
 緑の草地に白い点、少しだけ大きくなった仔やぎが、三つ四つ、二つ三つ、ちぎれ雲のように浮かんでいる。草を喰む雌牛のゆったりとした足取り。補修され続ける牧場の柵。
 森を抜ける風が牧人達に涼を与え、湿地に注ぐ小川が涼やかな音楽を奏で、湿地のミントは繁りすぎるほど大きくなり、植え替えた株から新しい芽がいくつも萌え出していた。
 マチルド農場の旗が翻る加工工房の脇には、山と積まれた泥炭のブロックに何樽もの乳清。おおむね仕事は順調であった。
「マチルド様。そろそろ勝負に出ても宜しうございます」
 真顔で決意を促すタンゴ。売り上げも徐々にだが安定し始め、少しは余分に回す資金も出てきたのだ。
「今まで出来なかった冒険を、小さな物を一つだけ出来ると思いますわん。今の収支ですと、専任の労働者なら2人。手伝いに子供を雇い入れるなら5人。孤児などを将来の家臣として引き取るならば1人と言った所です。そして、今回費やしても良いのは、冒険者報酬を除けば7G程度ですわ。あらん? どうしました」
 泣いているマチルド。破産寸前からよくも持ち直したものだ。涙の意味を知り、タンゴは忠告する。
「こんなもの。一つの大失敗で水の泡に為りますわよん。人を雇い入れるなら後々まで責任を持たねばなりませんし、家臣をお持ちになるなら、滅多なことで奉公を解く事は出来ません」
 伸びゆくミントの葉にも似て、マチルド農場は枝葉を延ばそうとしている。しかし、今何を採り何を捨てるかは、将来に大きな影響を及ぼすであろう。
 ギルドに依頼が張り出されたのは翌日であった。

●今回の参加者

 ea1544 鳳 飛牙(27歳・♂・武道家・人間・華仙教大国)
 ea1683 テュール・ヘインツ(21歳・♂・ジプシー・パラ・ノルマン王国)
 ea2361 エレアノール・プランタジネット(22歳・♀・ウィザード・エルフ・ノルマン王国)
 ea3000 ジェイラン・マルフィー(26歳・♂・ウィザード・人間・ビザンチン帝国)
 ea5068 カシム・キリング(50歳・♂・クレリック・シフール・ノルマン王国)
 ea5297 利賀桐 まくる(20歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 ea6137 御影 紗江香(33歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 ea6930 ウルフ・ビッグムーン(38歳・♂・レンジャー・ドワーフ・インドゥーラ国)

●サポート参加者

岬 芳紀(ea2022

●リプレイ本文

●提案
 農園の経営者として歩みはじめたマチルドへ、少しでも協力することができたなら‥‥。
 鳳飛牙(ea1544)と利賀桐まくる(ea5297)は、各自知恵を絞った案を熱心に説明していた。
 まず飛牙の提案は三つ。おおまかに、こんなかんじだ。
1.男性向けの新しい香水の開発。
2.バターやチーズの商品化。
3.パップ剤(湿布)の開発。
 続いてまくるの提案。
1.ジャパンの産物導入の模索。
2.桃山鳳太郎さんやフリガンさんの紹介で傭兵達に傷薬等の販売。
3.チーズの廃液を豚の肉の味を良くする餌として商品化。
4.泥炭を灯火として料金を割り増しした薬草の夜間輸送販売。
5.アルミランテ街道の野犬退治に協力し、見返りとして良い子犬を飼い犬として引き取る。
6.ミントを利用した塗り薬・虫除け・飴など、新製品の開発。
7.染物や羊飼育にリュシアンさんを雇用。
 マチルドはこれらの提案にいちいち頷きを返しているが、表情にはどこか精彩さが欠けていた。
 話を止めた飛牙が、マチルドのうつむきがちな顔を覗き込むようにして言った。
「えと‥‥気に入らなかった?」
 マチルドはハッとして顔を上げ、大きく首を左右に振る。
「違うんです。ごめんなさい。えっと‥‥」
 と、マチルドはしばし思案した後、飛牙の二番目の案について尋ねた。
「商品化するのに、具体的にどんな手段を取るのでしょうか」
「セシールさんを通じて料理人のシーロさんにプレゼンしようと思うんだ」
 シーロとは以前の依頼でコネのある腕利き料理人。成功すれば新しい味が生まれ、シーロさんの名声と一緒に『マチルド農園で作ったチーズ』の名が広まるだろう、というのが飛牙の狙いだった。
「シーロさんという方は、それほどの料理人なのですね」
「保証します。あ、でも駄目なら街のパン屋さんでも‥‥」
「やってみましょう」
 この一声でとりあえず次の方針が決まった。
 飛牙はさっそくドレスタットに赴き、セシールに話を持ち込むことになった。
 新事業着手というのに浮かない顔のマチルドを、まくるは心配した。
「‥‥大丈夫? どこか具合でも悪くした‥‥?」
「ううん、大丈夫。心配かけてごめんなさい。まだまだ、頑張らなきゃね」
 笑顔でそう言ったマチルドだったが、まくるにはどこか無理しているように見えたのだった。
 その後、飛牙の話はセシールに快く受け入れられ、その日のうちにシーロへマチルド農園への誘いの手紙がシフール便で送られた。

●マチルドの悩み
 さて、新事業も決まると次にやることと言えば奉公人の確保である。
 飛牙とまくるは『大人一人と子供二人』を推した。
「雇った専任の人に子供達を監督して使ってもらって‥‥」
 と、テュール・ヘインツ(ea1683)も飛牙に同意する。
 それに対しカシム・キリング(ea5068)は『専任の人二人』を勧めた。
「普通の村娘なら男性を雇うなど、まずないだろうが‥‥領主の妻なら大勢を雇い、使わなければならないだろう」
 このように彼女の将来を考え、カシムはあえて大人二人を雇うことを提案したのだった。
 自分のためにも厳しい道を選ぶか、それともまずは無難なところから経験を積んでいくか、マチルドは悩んだ。
 結局、その日のうちに結論を出すことはできなかった。
 そして翌日、農作業の途中で彼女は倒れた。
 その日は暑かったため、軽い日射病にかかってしまったのだ。
「マチルドさん、昨日から元気なかった‥‥」
 静かに目を閉じているマチルドに風を送りながら、まくるは呟いた。
「疲れ、かのぅ?」
 カシムは少しずつ良くなっているマチルドの顔色を確認した。
 彼女の目が開いたのは、その時だ。
 集まっている冒険者達に気づくなり、マチルドは飛び起き何度も謝罪する。しかしすぐに眩暈を起こしてベッドに倒れこんでしまった。
 マチルドを寝かしつけながら、飛牙はわざと明るく言った。
「悩み事とか愚痴とかあれば何でも言っていいんだよ。マレシャルさんのノロケでもね。今更一人で抱え込むような水臭い真似はしないでくれよ」
 気遣う言葉にとうとうマチルドの緊張も切れ、今にも泣き出しそうな声でぽつりぽつりと胸の内を語り始めた。
 いまやマチルドはこの土地の有名人。それまで思いもかけなかった人々の視線にさらされ、時には陰口のネタにされていた。
──まあ、いい気なもんね。
──ご大層な身分でいらっしゃること。
──自分を何様だと思っているのかしら?
 身分も何もなかった者が、急に声望を集め始めたことへの嫉妬か。
 ひとしきり悩みを吐き出すと、マチルドはふと漏らした。
「‥‥目が見えるようになりたい」
「え?」
 最初、言葉の意味が分からず、飛牙は憂いを帯びたマチルドの目を覗き込む。
「私がどんなに目を見開いても未来を見通すこともできず、何が正しい道なのか見分けることもできない。私は闇の中を彷徨い続けるバルテマイと同じです」
 以前受けたカシムの神学講座で、閉ざされていたバルテマイの目に光を呼び戻したジーザスの逸話を、マチルドは思い返していた。そしてそれを我が身のことのように感じていたのだった。
「主はいつもおぬしの傍におる。まず心を静め、そして主に祈るがよい」
 落ち着いたカシムの声はいつもと変わらない。
「‥‥どのように祈ればよいのでしょうか?」
「難しく考えることはない。おぬしが子供の頃より習い親しんだ『主の祈り』じゃ。この祈りの他に必要なものはなく、またこの中のどれを欠いても完全ではない。人間の望みと願いの全てはここにある」
 マチルドは静かに十字を切り、主の祈りを唱え始めた。

 天にまします我らの母よ。
 願わくはみ名の尊まれんことを。み国の来たらんことを。
 御旨の天に行われるごとく、地にも行われんことを。
 我らの日用の糧を、今日我らに与え給え。
 我らが人に許すごとく、我らの罪を赦し給え‥‥。

 祈りが終わるとカシムが言う。
「さて、そろそろ神学講義の時間じゃったな。今日は『良き羊飼い』の話をするとしようかのぉ」
 ささくれ立っていたマチルドの気持ちも、いつしか慰撫されていた。

●夏の太陽の下で
 板切れを抱えて柵の手直しに励むまくるを、やぎ達が草を食みながら眺めている。そんな牧歌的な午後のひととき。
「ふは〜。なんだかキノコの奴、だんだん我侭になってる気がするじゃん!」
 室から飛び出したジェイラン・マルフィー(ea3000)が、気持ちの良い風に息をつく。なまじキノコの気分なんてものが分かるばかりに、やれ湿気が足りないの場所が悪いのと右往左往。振り回されて苦労の絶えない彼である。だが、その成果は着実に上がっていた。養地の中にみっちりと張り巡らされた菌糸の力強い事。彼の期待に応えるかの様に顔を出した気の早いきのこ達は、実に惚れ惚れする様な出来栄えだった。
「秋‥‥待ち遠しいね‥‥」
 だぜ、と笑った彼につられて、まくるも微笑む。キノコは夏の終わりから初冬までが本番だ。生えれば採り採れば生え、農園を大いに潤してくれる筈。
 一方で、御影紗江香(ea6137)が知人の伝を頼って手に入れた、ジャパンゆかりの作物の種苗は、まだ無事に根付くかも分からない状態だ。山椒、紫蘇、和種ハッカに三つ葉、山葵から、梅に桜に枇杷に柿。どれもノルマンでは簡単には手に入らないものばかり。
「頑張って、この異国の地で貴方達に出会えたら、移り住んだジャパン人にはどんなに嬉しいか知れないの」
 親しき人にするように、種苗に声をかけてやる。一応、本来の環境に近くなる様に努力はしたが、何分風土も異なる地での事。加えて、夏は種まき・苗植えに不向きな季節でもある。どうにも心配で堪らず、今日は芽が出ていないか、もしや獣に掘り返されてはいないかと、農園の警備も兼ねて巡回して回る日々なのである。
 全ての試みが成功するとは限らない。現に、ウルフ・ビッグムーン(ea6930)が湿原の一角に施した改良は、惨憺たる結果になっていた。知識はあっても技術と経験の乏しい悲しさ、彼は憮然とするばかりである。
「何がいけなかったのでしょうね‥‥」
 マチルドはウルフの説明を何度も聞いて、自らも手を加えたりしているが、どうもいけない。成果を挙げられなかったウルフは、もうひとつの試みに全力を傾けている。
「おお、丁度いいところに来た。そこの少年少女よ、こっちに来て手伝ってくれい!」
 げ、と後ずさるジェイランとまくる。ウルフの頑張りの成果は、圧倒的な破壊力を秘めていた。野壷の中の液体が放つ、頭がカチ割れそうな凄まじいまでの臭い。その汁が一滴でも服に付こうものなら、諦めて捨てねばならなかった。正体は、タダ同然で分けてもらった雑魚を使って製作中の魚肥である。
「お二人には放牧があるでしょう。ここは私がしておきますから」
 紗江香、身を挺して2人を逃がす。ぺこりと頭を下げ、犬のフェンと共に行く彼らを眺めながら、覚悟を決めて腕まくり。この肥料、仲間達には甚く不評だったが、マチルドは似たような物を見たことがあると話していて案外有望。完成したら、早速畑に使って具合を見る予定だ。

●商売繁盛
 何より農場を活気付かせたのは、ハーブを使った商品の好調な売れ行きだった。まさに、作れば作っただけ売れて行くという状態。ロワゾー・バリエへの出荷も順調だ。
「収穫できるミントには、まだ余裕があるよ」
 わくわくしながら返事を待つテュール。もう少しなら増やしてもいいんじゃない? とタンゴに助言されたマチルドが頷いて、農園は益々忙しくなった。ただ、彼らは売れるからといって、やたらと増産しようとはしなかった。生産量は売れ行きを見ながら、外回りをする者達とタンゴが中心となって、皆で話し合って決めた。浮かれてミントを根こそぎにしない為もあるが、そこには戦略も秘められている。
「化粧水は幻を売るものじゃろう。今、無闇に増産して間違っても売れ残りなど出すべきではない。他の品にしてもそうじゃ。程よい落としどころを見つけるのが経営というもの」
 カシムの説明に、分かります、と腑に落ちた様子のマチルド。テュールは余分な葉を乾燥ハーブにして保存しているが、これも結構貯まっている。何に使いましょうね、と話すマチルドはとても楽しそうに見える。辛いことがあるにしても、自分の努力が実を結ぶ様をこうして実感出来るのは、彼女にとってどんな治療にも勝る薬に違いなかった。

「ボディーガードね、いい言葉だわ。きっと千年たってもなくならない」
 言葉の響きが気に入ったのか、エレアノール・プランタジネット(ea2361)は何度も何度も歌い謡う。
「でも、一番好きな言葉は『アイスコフィン』」
 ちょんと突付かれて、ジェイランの手からぽろりとスクロールが落ちた。それを拾って、彼を守る様に立ちはだかるまくるに、微笑み懸けて困惑させるエレアノール。とにもかくにも、出荷の馬車は出発する。油断なく備えたおかげか輸送途中のトラブルも無く、アイスコフィンで品物の鮮度を保つジェイランの工夫はロワゾー・バリエの知る所となって、相手を大いに喜ばせた。取引時にも、ささっと身を隠したまるくが店の内外を油断なく警戒。エレアノールは肌荒れ治療に必要な品を持ち込んで、ちゃっかり営業もかけている。商売は持ちつ持たれつだ。
「あの店の人達、侮れないわ。私もよく分からない技術を使ってもいるみたいですし」
 しっかりと値踏みも完了。

 忙しい合間を縫って、紗江香は乳清とミントバターに工夫を凝らしている。乳清化粧水は肌に合わない人もいる様だったが、彼女自身は大いに満足できる結果を得たし、食べ物に使うのも悪くは無さそうだった。香りの飛び易いミントバターを小壷に分けて封をするというアイデアは、単純だが確かに効果があった。ただここで、別の問題が顔を出す。どちらもこの季節、暑さですぐに劣化し、腐敗するという事。
「保存の為の冷暗所が必要ですね」
 こんなことまで気にする必要が出て来たのは、きっと喜ぶべき事なのだろう。また、エレアノールが、こんなアイデアを言い出している。
「普段お世話になっている『保存食』ですけど‥‥不味いのよ、直截的な言い方を言わせていただければ」
 香草などを混ぜて、長期保存を可能にした味の良いものが作れないかというのだ。
「保存食は一食5cが相場だけど、ちょっとアクセントのあるものでも置ければ、冒険者や旅人相手に3倍の値段でも売れると思うわ」
 よほど普段辛い思いをしているのか、なんなら開発費に自費で10Gまで出してもいい、と彼女は言っている。

●暗雲
 依頼の最後の日。いつものようにタンゴの決算報告の時間がやって来た。
「で、奉公人を雇う決心はついたかしらぁん?」
 マチルドに問いかけるタンゴの言葉には、いつものように他人事のような響きがある。
「はい‥‥」
「で、大人を雇うの? それとも子供を雇うの?」
「それは‥‥今ここでは決めません。私自身がドレスタットの斡旋所へ出向き、奉公を希望する人たちと直接会って、その顔を確かめた上で決めたいと思います」
「ふぅん? 奉公人を雇うのにそこまで手間をおかけになる?」
「奉公人を雇うということは、その人の人生を私が預かるということです。軽々しくは決められません」
「心掛けは立派ですけれどさぁ‥‥まあ、お好きになさればいいわ。さてさて、今回のお給金ですが‥‥」
 タンゴはいつになくほくほく顔。その顔が良き結果を如実に物語っている。
 コンコン。突然、ドアをノックする音がした。
「失礼します!」
 張りつめた表情で部屋に入ってきたのは、マレシャルの配下の男だった。
「マチルド様! ‥‥ああ、無事であられましたか。良かった」
 男はマチルドの姿を見て安堵の色を浮かべ、タンゴの耳に囁いた。
「タンゴ様、内密にお話があります」
 男はタンゴと二人で部屋を出て行き、しばらくするとタンゴ一人だけが戻って来た。男は早々に引き上げた様子である。
「何があったんだ?」
 尋ねる冒険者たちに、タンゴは素っ気ない口調で答える。
「まぁ〜婚約者の間には色んな面倒事が起こるものなのよねぇ。外の人間がいちいち詮索するような事ではなくてよ」