進め我らの海賊旗10
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■シリーズシナリオ
担当:マレーア
対応レベル:7〜13lv
難易度:易しい
成功報酬:3 G 80 C
参加人数:7人
サポート参加人数:-人
冒険期間:01月05日〜01月10日
リプレイ公開日:2006年01月12日
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●オープニング
海賊の首魁にしてマレシャルの宿敵、海蛇公ハイドランはマレシャルの刃に倒れた。海賊との長き戦いは、ここに終止符を打たれたのだ。
海賊団『海蛇の牙』の最後の拠点である岩島を制圧したマレシャルと冒険者たちは、岩島をくまなく調べ上げた。その過程で、島の地下牢に監禁されていた一人の男を発見。男はバルディエ辺境伯に縁ある者で、拷問によって瀕死の状態にあったものの、冒険者たちの手厚い介護を受けて無事に回復した。
こうして、一人の男の命という大きな宝を手にすることができたマレシャルだが、岩島に貯め込まれていたはずの金銀財宝の類は、見事な程に何一つ残されていなかった。
「我らの命運ここに尽きたり。なれば我ら、虜囚となりて処刑場へ引かれ行くよりは、戦いによる死を選ぶ。──というわけで、首魁もその手下達も、死を覚悟して戦いに臨んだのでしょうな。残されていた宝も、むざむざ敵の手に奪われるよりはというわけで、海の底に沈めてしまったとみえる。いや勿体ない」
これは、岩島の調査に同行した『減らず口のジョー』の言葉。そういうわけでマレシャルの手にした戦利品は、首魁との一騎打ちに望んだ部屋に飾られていた、銀の十字架のみとなった。
最後の戦いの後の何日かは、ドレスタット領主エイリーク辺境伯との謁見や官憲への報告など、事後処理で慌ただしく過ぎていった。その忙しさも一段落すると、マレシャルはセシール・ド・シャンプランの屋敷を訪れた。かねての約束通り、マレシャルの戦勝を祝って盛大な祝賀会が行われる運びとなっていたが、その事前の挨拶のためである。
「よく帰ってきたね、マレシャルや。私は必ず、おまえが勝つものと信じていたよ」
大手柄をたてたマレシャルがあたかも自分の孫であるかのように、親しみ深く接するセシール。マレシャルはその姿に温かいものを感じつつも、警戒を疎かにすることはなかった。なにせ目の前の相手は、貴族の世界に住む人間である。
「有り難う御座います、セシール様。ですが、私は次なる戦いに備えねばなりません。今日はその戦場の下見にやって参りました」
その言葉には、かつて自分を冷たくあしらった貴族連中に対しての皮肉も幾らかは含まれていた。が、それを聞いてセシールは大笑い。
「剣の技量だけではなく、言葉という武器の使い方もうまくなったものだね。その分なら宴卓での戦いでも、大勝利間違いなしだよ」
言ってセシールは侍女の一人を手招きして、招待客の名簿を読み上げさせる。祝賀会の主宰者であるマルク・ド・ブロンデルとその父ブノワ、マルクの妻のエレーヌ、並びに高名なる貴族や名士の面々。しかしその中に、貴族グラヴィエールの名は無い。
「グラヴィエール様からは言伝を承っておりますわ。『先の『グリフォンの鼻』岬沖で私の命を救って頂いたマレシャル殿に、篤く感謝申し上げます。本来ならこの私が真っ先にマレシャル殿の勝利を祝わねばならぬところですが、今はあの海賊事件の後始末に追われる身。祝賀会への不参加を、なにとぞお許し下さい』とのことです」
そう伝えてから侍女は、マレシャルにひそひそと耳打ちする。
「ここだけの話ですけど、あのグラヴィエールって奴には今や少なからぬ方々が、疑いの目を向けていますの。そういうわけでセシール様とマルク様との間で打ち合わせて、あの胡散臭い男が祝賀会に来れないよう、裏で手を打っておきましたの」
思わず安堵の吐息を漏らすマレシャル。海賊に勝利を収めた後も、一連の事件の黒幕の一人であろうグラヴィエールのことが気がかりだったのだが、祝賀会であの顔を見ずに済むというだけで心は大いに軽くなった。そしてセシールに感謝の言葉を贈る。
「お心遣い、有り難う御座います。これで私も安心して、共に戦った冒険者たちを、そして何よりも婚約者のマチルドをこの祝賀会に招くことが出来ます」
その言葉にセシールもにっこり笑う。
「そういうわけで、マチルドとお仲間さんの冒険者たちと共に、祝賀会を存分に楽しんでおくれ」
セシールの屋敷を辞した後、マレシャルはふと思い出す。事件に巻き込まれたブロンデル家の小間使い、アンナの保護されている教会がこの近くにあることに。
そういえば、今までの私は戦うことだけで頭が一杯。アンナのことを気遣う余裕も無かった。今はアンナに対する疑いも晴れた身。あの教会の司祭殿にも挨拶をせねば。──マレシャルはそう思い立ち、教会に足を向けた。
出迎えた司祭はマレシャルを温かく迎え、長きに渡った海賊との戦いでの労を労った。マレシャルがアンナのことを訪ねると、最初にここに来た日に比べれば、だいぶ良くなったと答えが帰ってきた。
「じゃが失踪した思い人、すなわちお腹の子どもの父親のことが、未だに大きな心の重荷となっておるようじゃ。無理もなかろうが‥‥」
「ブロンデル家からは何か言ってきましたか?」
「そのことじゃが、冒険者の中にも色々と気を回してくれた者がおってな。その取りなしのお陰で、ブロンデル家からは次のような返事を戴くことができた。『当家で働きながら小間使いのアンナを身籠もらせ、今は失踪中の御者については、何ら処罰を下さない訳にはいかない。しかしその御者が改悛の情を見せ、その不始末に対しての責任を負うならば、アンナとその子の益となるよう、然るべき取り計らいを為す』とな。しかしその御者が姿を現さんことにはどうにもならぬな。自分のしでかした不始末がこれだけの大騒ぎになっては、表に出るに出られぬのじゃろうがな」
「ならばその御者、このマレシャルが隠れ家から引きずり出し、ここに引っ張って参りましょう。何、居場所は既に分かっています。海賊退治に比べたら、容易い仕事です」
「うむ」
老司祭は頷き、その顔に暖かな微笑みが浮かぶ。
「その仕事、そなたに任せたぞ。御者が見つかったら、アンナも連れてブロンデル家へ参ろう。わしも一緒じゃ」
所変わって、サクス領のマチルド農園。マチルドはシャンプラン家に仕える家政婦長ミゼットの訪問を受けていた。ミゼットには同行者が二人。ドレスタットでも指折りの、腕のいい仕立屋である。
「私のためにドレスを2着も!?」
祝賀会に出席するマチルドのために特製のドレスを、さらに結婚式のためにウエディングドレスを贈ろうというシャンプラン家からの申し出に、マチルドは受け入れていいものか一瞬迷ったが、タンゴが言葉で後押しした。
「とても名誉なことですわ。ぜひともお受け取りなさい。勿論、このご恩に報いることも忘れずにね。セシール様とは、これからも長いおつき合いになるのですから」
有り難う御座いますと、お礼の言葉と共にマチルドが受諾すると、仕立屋の寸法取りが始まった。貴族御用達の仕立屋だけあって、態度は慇懃、仕事運びもてきぱきしている。
「それではマチルド様、祝賀会と結婚式を楽しみにしていて下さいな」
ミゼットはにっこり笑い、優雅にお辞儀。
マチルドが待ちに待ったその日は、もうそばまで来ている。
●リプレイ本文
●アンナとマチュー
結婚式を間近に控えたマレシャルだが、挙式の前にあと一つだけ、やるべき事が残っていた。
事前の打ち合わせの場に赴くと、今やすっかり顔馴染みになった冒険者たちの顔は、いつになく輝いて見えた。
「マレシャル様、結婚、心よりお喜び申し上げます」
イリア・アドミナル(ea2564)のその言葉に続き、レティア・エストニア(ea7348)からも祝福の言葉。
「長らくマレシャル様と行動を共にしてきましたが、最後にお二人の婚礼を向かえ、何よりも嬉しく思います」
残る冒険者たちも、数々の祝福の言葉を贈る。
「ありがとう、ありがとう」
この日ばかりはマレシャルも満面の笑顔。その場を包む喜びの興奮が過ぎ去るのを待ち、皆に告げた。
「では、依頼の話に移ろう。これが海賊退治を締めくくる最後の依頼だ」
ひとしきりうち合わせが済むと、一同はドレスタットの下町に繰り出す。先ず訪れた馬場では、御者達たちがマレシャルを待っていた。
「マレシャル様、ご機嫌麗しゅうございます」
恭しく挨拶する御者達にマレシャルは、
「では早速だが、あの男の住処へ案内してくれ」
短く用向きを伝える。畏まりました、と御者達は一礼し、マレシャルと冒険者たちをとある長屋に案内した。
「ここに、アンナ嬢の恋人だった男がいるのか?」
「はい。マチューの野郎、自分のしでかした事が大騒ぎになって以来、2階の部屋に籠もりっぱなしでしてね」
御者の一人が2階の部屋に向かって怒鳴った。
「おい、マチュー! 顔出さねぇか! ドレスタットの男の中の男、英雄マレシャル様が直々にお見えになられたんだぞ!」
返事はない。
「マチュー! 聞いてんのか!?」
御者がなおも怒鳴ると、騒ぎを聞いてご近所さん連中がぞろぞろ集まってきた。
「まあ、マレシャル様!」
「よくぞこんなむさ苦しいところへ!」
「お会いできて光栄です!」
皆が皆、マレシャルを褒め称えるものだから、さすがのマレシャルも照れ笑い。
俺の出番はほとんど無さそうだと思いながらも、サミル・ランバス(eb1350)は護衛としてマレシャルに張り付いていたが、そのうち街の男たちがサミルの姿に気付いた。
「あれはもしや、紅の小獅子じゃねぇか?」
「紅の小獅子って、海賊船に一人で殴り込んで皆殺しにしたっていうあの‥‥」
その立ち話を聞いて、御者は2階に向かって怒鳴った。
「おい、マチュー! ここにはあの、紅の小獅子も来てるんだぞ! さっさと出て来ねぇと、生皮剥がれて細切れにされてサメの餌にされちまうぞ!」
おい、いくら何でも‥‥さすがにサミルもその物言いにげんなりしながら窓を見ると、窓から突きだした手が白い旗を振っているではないか。マレシャルは、はっはっと大きく笑う。
「早々に降伏か。早いものだな。皆、乗り込むぞ」
2階に上がると、部屋のドアには鍵がかかっていなかった。部屋に入ると、一人の若者が部屋の隅で縮こまっている。
「お願いです‥‥ひどいことしないで下さい‥‥許して下さい‥‥」
マレシャルはその顔を覗き込み、腹の底から響く声できっぱりと告げる。
「おまえも男なら、男らしく責任を取れ」
さらにイリアが畳みかける。
「女性として貴方の事は許せません、ですが、もし貴方が悔いるなら、やり直すチャンスが有ります。貴方がアンナさんを大事に思い責任を果すなら、私は貴方を許します」
「分かりました‥‥責任取ります‥‥」
マチューがか細い声で答えるや、マレシャル達は彼を部屋から連れ出した。
ここでイリアと音羽朧(ea5858)はマレシャル達と別れ、老司祭とアンナを迎えに教会へ赴く。この前会った時よりも、アンナのお腹は大きくなっていた。しかしアンナの顔色は優れない。
「ブロンデル様のところへ‥‥行くのですか? でも‥‥怖いのです‥‥。ここから外に‥‥出たくありません」
「アンナさん、不安に思う気持ち、人を信じられない気持ちは判ります、でも悪夢は終わり、僕達がアンナさんを助けます、だからもう一度未来を信じて下さい」
イリアはアンナにそう言い聞かせ、その体を支えるように寄り添って、アンナを外へ連れ出した。護衛役の朧は少し離れた場所から襲撃を警戒していたが、幸い何も起きなかった。
マルク・ド・ブロンデルは祝賀会の準備もあり、妻のエレーヌともども貴族未亡人セシールの屋敷に逗留していた。その元へ赴くに当たり、グレイ・ドレイク(eb0884)はマレシャルに忠告。
「マルク様よりエレーヌ様にお気をつけを。マルク様の行動は、大切な家人に危害が加えられた怒りと考える事が出来ますが、エレーヌ様がマレシャル様と偽者の区別が出来なかった事に不審を覚えます。御者マチューとマルク様の面会の状況次第では、アンナ様へ別の奉公先を見つける事を勧めます」
それを聞いてマレシャルは、一瞬だがうんざりした顔に。
「これだから、貴族の世界というものは‥‥」
呟いたがすぐに真顔になり、答えた。
「分かった。アンナのことは最後まで責任を持って見届けよう」
セシールの屋敷にマレシャル達が出向くと、やがてイリアと朧がアンナと老司祭を連れてやって来た。
「マチュー‥‥」
「アンナ‥‥」
再会した二人は、か細い声で違いの名前を呼び合い──しかしその後は二人とも黙りこくってしまう。マルクからの呼び出しはなかなかかからず、待つ時間がやたらと長く感じられた。
「ごめん‥‥。君に非道いことして‥‥」
不意に呟くマチュー。
「きちんと責任取るよ。だから‥‥」
その言葉を聞き、レティアがマチューの背中を押す。
「その気持ちがあるならもう大丈夫です」
おもむろに、座っていた椅子からイリアが立ち上がった。
「待っている間、暇ですから。祝賀会に備えて歌の練習をさせていただきます」
そう言い、イリアは歌い始めた。
♪朝の目覚めに思い起こすは、
懐かしきあの日々、
穏やかな笑顔、
涙の後に残りし思いは、
再び笑顔をこの手に欲っする、
その思いを力に代えて、
今こそ扉を開きたもう♪
それはアンナとマチューの幸せを願う歌。
やがて小間使いが現れ、マルク様がお呼びですと告げた。
マルクの居る部屋の前に案内され、マチューは大きく深呼吸。
「今こそ、扉を開きたもう‥‥」
先にイリアが歌った歌の一節を呟き、マチューは部屋の扉を開いて中に踏み出した。アンナ、そして残りの者たちも後から。
だが、部屋に入ったマチューを待ち受けていたのは、マルクの鋭い視線と厳しい言葉。
「マチュー! そこに直れ! おまえは自分のした事が分かっているな!?」
「は、はい! 申し訳ありません、旦那様!」
マチューはすっかり縮み上がって平身低頭。
「アンナは、この俺が責任持って面倒見ます! だから、どうか‥‥」
すると、マルクの顔に暖かな笑みが広がる。
「よくぞ申した。その心意気に免じ、この度の不始末については不問とする。マチューよ、アンナに対しては良き夫となり、その子に対しては良き父となれ。家族を放り出して路頭に彷徨わせるようなことがあれば、その時は承知せんからな」
「は、はい! 有り難うございます!」
再び平身低頭するマチュー。今度はありったけの感謝の心を込めて。
気がつけば、アンナもブロンデルの足下に跪いていた。
「ブロンデル様‥‥ありがとうございます‥‥」
「よいよい。これまで辛かったであろう。そなたも良き妻、良き母たれ。マチューと共に幸せな家庭を築くが良い」
アンナに言い聞かせると、マルクはマレシャルを見やって言った。
「アンナとマチューのことでは色々あったが、終わり良ければ全て良し。マレシャル、君にはどれだけ感謝しても感謝し尽くせない」
「私も、君の誤解が解けて何よりだ」
「では、婚約者のマチルド嬢ともども、晩餐会を存分に楽しんでくれ給え」
これで用は済んだとばかり、退出しようとしたマレシャルだが、それをアンナが呼び止めた。
「あの‥‥マレシャル様‥‥」
「何か?」
「御免なさい。こんなに私のためにしてくれたのに、これまでお礼の一言も言えなくて‥‥。ほんとうに‥‥ありがとうございます‥‥」
アンナは心からの感謝を込めて、深々とマレシャルに礼をした。
●祝賀会
入場と共に巻き起こる拍手。目が眩みそうなご馳走に、好奇心いっぱいの貴婦人達の視線。恰幅の良い殿方達も、にこやかな笑みで出迎える。
レティアとサミルにとっては、既に見覚えのある光景。最初の海戦での勝利を祝ったあの祝賀会に、再び足を踏み入れたような感がある。その他の冒険者たちにとっては、これがマレシャルと共に祝う初めての祝賀会だ。
祝辞を述べるのは、マルク・ド・ブロンデル。
「英雄マレシャルの華々しき活躍については、既にお聞き及びのことでしょう。今日この日、その英雄と戦友たちをこの祝賀会に招くことが叶い、それは私にとっても大きな喜びです」
祝辞を述べるマルク・ド・ブロンデルの満面の笑顔には、マレシャルとの仲が険悪化したあの最悪の時の面影など微塵も見られない。
「喜ばしいお知らせは、まだまだあります。我が友マレシャルの長きに渡る願いはついに叶い、晴れて最愛の思い人と挙式する運びとなりました」
ここでマルクは、控えていたマレシャルとその最愛の人とに言葉を譲る。
「行こう。マチルド」
マレシャルはマチルドの耳に囁く。
「はい」
恥じらうように微笑むマチルド。そして礼服を着こなしたマレシャルは、美しいドレスで着飾ったマチルドをエスコートし、会場の中央に進み出た。皆の視線が一斉に集まる。
「紹介しましょう。私の許嫁であり、数日後には私の妻に、そして遠からぬ未来にはサクス領主婦人となる我が最愛の人、マチルドを」
マレシャルの言葉を受け、優雅に一礼するマチルド。盛大な拍手が二人を包んだ。
最初のセレモニーが終わると、お次は歓談の時間。吟遊詩人の奏でる軽やかな楽の音が流れる中、気がつけばマレシャルもマチルドも着飾った殿方や奥方に取り囲まれていた。勿論、それは冒険者たちも変わらない。マレシャルと共に苦難を乗り越え、海賊の討伐を果たした話は広く伝わっており、誰もが冒険者たちの苦労話や手柄話を聞きたがっている。
「マレシャル様は、己が身に不名誉な濡れ衣を被っても『海賊に苦しめられている人々を救うのが使命だ』と仰っておりました。その信念あらばこそ苦難の淵を乗り越え、不死鳥のごとくに復活を果たすことが出来たのです」
レティアのその言葉に、聴き入る殿方に奥方達はいかにももっともらしく頷いてみせる。もっともレティアはその言葉の内に、根も葉もあったり無かったりする噂に興じる貴族への皮肉を込めてもいた。その言葉に感じ入り、反省するような素振りを見せる貴族など、レティアの見たところ一人もいないが。
勿論、レティアの言葉には貴族への皮肉だけではなく、マレシャルへの敬意も込められている。
「マレシャル様は、何が一番大事であるかに気付いておられるようです。彼のご両親も誠に賢明でございました。貴族の権力と領地を持つということの意味を、これまでの事件が全て物語っています」
「本当に、サクス様のご領地でも色々ありましたものね。マレシャル様はよくぞ数々の試練に耐え抜いたものですわ」
着飾った奥方が、さも芝居がかった素振りでマレシャルを讃えるが、その目の奥に潜む好奇心までは隠せない。放っておいたら何もかも根ほり葉ほり聞き出しかねない手合いに内心辟易していたレティアだが、そこへイリアが助けに入った。
「麗しきご婦人よ。宜しければこの私が、お相手致しましょう。決して退屈させることはいたしませぬ」
きっちり着こなした水色の礼服に先祖より受け継いだ勲章を輝かせたレティアは、流暢なラテン語で奥方に誘いをかける。奥方の目が輝いた。
「まあ! なんて美しい響きのラテン語でしょう!」
流石はマレシャル、取り巻く人々も凡人とは違うと言わんばかり。
「ええ、ええ。ぜひともお聞かせ頂きますわ。ただし、ラテン語ではなくゲルマン語で」
レティアは微笑み、ラテン語からゲルマン語に切り替える。
「承知致しました。では、マレシャル殿と僕の冒険談はゲルマン語で」
適当な場所を選び、レティアが語って聞かせるうちに、いつしか周りに人の輪が出来る。ただしレティアの語る話の中に、仲間の朧の名前は出てこない。彼自らが望み、その名は伏せられることになったのだ。朧の成し遂げた数々の快挙はただ、名も無き東洋人による手柄として語られるのみ。
「これは、困ったねぇ‥‥」
祝賀会という戦場で名を売る営業活動に勤しもうとしたグレタ・ギャブレイ(ea5644)、マレシャルを通じてバルディエ卿とノエル卿に顔を繋いでもらうつもりでいたが、当のマレシャルはすっかり来賓達に取り囲まれ、グレタが取り付く隙もなし。仕方なく祝賀会会場の見回りなど続けていたが、しばらくするとマレシャルから声がかかった。
「グレタ、こっちだ。バルディエ殿とノエル殿がぜひとも話を聞きたいそうだ」
もしやおいしい商売の話か? 心弾ませて飛んでいくと、あのアレクス・バルディエとノワール・ノエルが同じ一つのテーブルに着き、グレタを待っていた。
「お初にお目にかかります。バルディエ殿にノエル殿」
一礼するグレタに、バルディエとノエルは興味津々といった目を向け、二人して口を開いた。
「この度の海賊討伐でのそなたの活躍、色々と聞き及んでいた」
「ぜひとも、そなたの口から詳しい話をお聞かせ願おう」
え!? 商売の話じゃなかったの!? 内心落胆しつつもそのことはおくびにも出さず、グレタは海賊討伐での自分の戦いぶりを熱く語ってきかせた。バルディエとノエルは大いに感服のご様子。
「成る程、空からのファイヤーボム攻撃か」
「さしもの海賊も反撃叶わず、海の藻屑と消ゆるか」
「味方にすれば、かくも頼もしき友はなし」
「されど、敵に回せばかくも恐ろしき相手はなし」
「ところで、例の話だが‥‥」
「そのことで、実はこちらも‥‥」
話を聞き終えると、目の前の二人はグレタそっちのけで、二人だけの話に没頭し始める。マレシャルに助けを求めて視線を向けると、マレシャルはマルクと話し中。そのマルクの背後には、何やら興味津々なご様子のご婦人方がずらり。
「ご婦人方の中には、私と君との決闘裁判を楽しみにしていた方々も多くてね。和解が成ったのは良しとしても、決闘が行われずじまいになったことをひどく残念がっておられる。そこで君さえ良ければ、祝賀会の余興として一つお手合わせを願いたいのだが‥‥」
「いいとも、受けて立とう」
マルクの申し出に、マレシャルは快く応じて彼の後に付いていく。
そのやりとりを聞き、バルディエとノエルもテーブルから立ち上がる。
「これは、面白い座興が見られそうだ」
「ですな」
何かお困りごとがありましたら、ギャブレイ商会にいつでもお声掛けのほどを──。というグレタの言葉は、ついぞ口から出て来ず。いやはやコネ作りとは難しいものである。
「でもま、お二方との面識も出来たことだし。またの機会を狙うとするかね。‥‥っと、こうしちゃいられない。万が一のため、マレシャルに付いていてやらないと」
急ぎ、マレシャルの後を追うグレタであった。
祝賀会が盛り上がる最中も、サミルは外の警備に勤しんでいたが、そこに黄麗香(ea8046)が姿を見せる。
「どうした?」
「ちょっと、気休めに。ところで、サミルは祝賀会に参加しないの?」
華国南部風の礼服を着こなした麗香に、サミルはちらりと視線を送る。中はさぞや賑やかだろうな──。そう思いながらも、サミルは屋敷の外の闇に目を向けて言った。
「どうもあの雰囲気は苦手だ」
「分かるわ。とにかく貴族の旦那様に奥方様があんなにいたんじゃ、気疲れしちゃうもの。慣れないお偉いさんにお酌するよりは、この前の海狼団の人達にお酌してた方が何ぼかマシかな」
しばらく二人して佇んでいると、グレイがやって来た。
「マレシャルとマルクが、余興の試合をやることになった。万が一のことがあるから、一緒に来てくれないか?」
宴会場の誰からもよく見える場所で、マレシャルとマルクは共に刃のない模擬剣を手にする。
「これはあくまでも座興だ。肩の力を抜いてくれたまえ」
「心得た」
打ち合いが始まった。これはあくまでも座興のはず。しかし、その体に流れる血の所以であろう。一度勝負が始まるや、二人は真剣勝負と変わらぬ激しさで、攻守を繰り返す。
その場に集う者達は、誰もが固唾を呑んで勝負の行く末を見守る。その中でも一番、気が気でなかったのは冒険者たちだろう。万が一の事故でもあれば、それはお家騒動にも発展しかねない。隙に付け込もうとする間者の動きにも油断はならない。
マルクとマレシャル、剣の腕前は互角に見えたが、やがてマルクが優勢に。ここぞとばかりにマルクは勢いよく剣を繰り出す。と、マレシャルの体がするりと動き、マルクの背後に回る。振りかぶるマルク。隙を逃すかと繰り出されるマレシャルの剣。マルクはその剣を自分の剣で受け止めた。
パリン!
金属の折れる響き。見守る人々が大きくどよめく。マレシャルの剣は折れていた。しばし、唖然として自分の剣に見入るマレシャル。
「勝負はこれまで。これは、あくまでも座興だ」
マルクがマレシャルの肩を抱く。ようやく、見守る者たちが盛大な拍手を送る。マレシャルとマルクは、ともに手を掲げてその拍手に答えた。
「終わったな」
「無事に終わったでござるな」
グレイ共々、密かに見守っていた朧も一安心。来賓たちの動きには絶えず目を光らせていたが、この座興に付け込もうとする不埒者はついぞ現れなかった。
盛り上がった祝賀会にも、やがて終わりの時が来た。
「思えば長い戦いだった」
マチルドと連れ添いつつ、空を見上げて呟くマレシャルの言葉に、冒険者たちも感無量。屋敷の外に出ると、見知った顔ぶれが彼らを待っていた。戦いを共にした黒鷲号の船長と乗組員たちだった。
「君たちも来てくれたのか! 祝賀会にも顔を出してくれれば良かったのに!」
その言葉に、船長が答える。
「俺たちは、ああいう場所が苦手でね」
その言葉に思わず笑い、頷いてしまうサミルと麗香。
「ねえ、これからみんなで港の酒場に飲みにいかない? いいお店を知っているの。結婚式に差し障りのない程度に飲み直さない?」
麗香が誘うと、マレシャルはマチルドに問いかける。
「マチルドも一緒に行くか? 祝賀会と違ってむさ苦しい場所だが‥‥」
マチルドは、くすっと笑う。
「勿論。あなたの行く所へならどこへでも一緒よ」
その夜。マレシャルとマチルドは、気心の知れた冒険者仲間たちと共に大いに飲み明かした。
●結婚式
場所は移って翌日のサクス領内の教会。
やわらかい午後の日差しを通したステンドグラスの光と蝋燭の灯りが何ともいえない神秘的な空間を作り出していた。その光の中をゆっくりと祭壇へ進むマレシャルとマチルドはどこか世俗離れした存在に見える。
祭壇の中央、ジーザス教のシンボルである十字架を背にこの教会の老司祭が立ち、両脇に補佐の司祭達が並んでいる。
老司祭が厳かに、けれど歌うように祝詞を紡ぎだす。
そして指輪交換をし、誓いのキスを交わす。
農園で奉公人見習いとして働いている女の子二人が、やや緊張した面持ちで新郎新婦に花束を渡した。
司祭達の導きのもと参列者全員で聖歌を歌い、余韻まで過ぎた頃拍手の中マレシャルとマチルドは入場してきた時と同様、ゆっくりと退出していった。
二人の姿が重厚な扉の向こうに消えると、客達の間にはじめて緩んだ空気が流れた。かすかなざわめきも起こる。
次に司祭の一人として協力しているボルトに先導されて参列客達は教会の外に出て、新郎新婦が乗る馬車までの通路に花道を作った。その際、それぞれの手に色とりどりの花びらが手渡される。摘んだばかりの新鮮な花びらだ。
サクス領内の村々からそれぞれ精一杯のおしゃれをして人々が拍手と歓声を送っていた。その人だかりは教会の敷地の外にまであふれている。
幸せの絶頂のような二人をうっとりと眺めながらも不審なものはないか気を配っていた麗香の耳に、こんな会話が聞こえてきた。
「そういや花嫁のブーケを取ったらナンとかっていうジンクスがあったっけ」
「それは花嫁から次に花嫁になってほしい人へ渡されるのではなかったかな」
ちらりと目を向ければ、どうやらマチルドに協力してきた冒険者達のようだ。
麗香は、ぐらりと視界が傾ぐのを感じた。
(「ブーケ争奪戦はないのねー!」)
そのままくず折れてしまいそうになるのを必死でこらえ、麗香はヨロヨロとその場を後にしたのだった。花束が誰に贈られたのかなど、見届ける余裕はなかった。
それからマレシャルとマチルドの二人は、花やらリボンやらで飾られた馬車に乗り、披露宴の行われるサクス邸へと揺られていったのだった。
サクス邸広間の披露宴では、マチルドは淡いピンクのドレスに着替え、マレシャルと共に入場してきた。マレシャルは襟を飾るスカーフの色をドレスと合わせていた。
サクス邸の使用人による司会進行が始まり、次々と祝いの言葉が贈られていく。
一通りの堅苦しい挨拶がすめば、あとはほとんど自由となる。
楽士が優美な曲を奏でれば、紳士淑女が手を取り合いダンスを始める。場合によっては新しい恋に発展することもあるだろう。
人の波を抜けて新郎新婦の前に出たイリアは、優雅に礼をすると祝いの言葉を二人に贈った。
「マチルドさん、結婚おめでとうございます。多くの苦難を乗り越え、結婚を果たされたこと、心よりお喜び申し上げます。永久の幸せを応援します」
「ありがとうございます。未熟な私達をどうぞこれからもご指導ください」
イリアの丁寧な祝辞にマチルドも礼をして答えた。それから顔を見合わせて微笑みあう。硬い挨拶はここまでだ。周りには、これまでマチルド農園で働いてきた懐かしい面々がいる。イリアはしばし彼らと歓談した。
その様子を少し離れたところでグレタが穏やかに眺めていた。
その気になればギャブレイ商会の宣伝をできそうだが、今はまだしない。黙って冒険者用の卓の隅に腰掛けてワインを傾けている。彼女の胸中には、パリでの香水の委託独占販売権への関心があったが、それを口にするのはもう少し後だ。
それくらいの分別はある。
今は、この雰囲気を楽しんだ。
「あら、お一人ですか?」
そこに声をかけてきたのはレティアであった。彼女は教会での式の時も、ずっと裏方として動いていた。今もあいた杯の片付けに来たようだ。
「どなたかとダンスでもなさっては?」
「いいね。楽しそう。でも、もう少しこうしているよ」
「そうですか。あんまり飲んで酔って暴れないでくださいね」
「そんなに酒癖悪くないって」
グレタの顔に思わず苦笑が浮かぶと、レティアはいたずらっぽく笑った。そして手早く杯を盆に集めていく。
「あんたもほどほどにしてこっちに来なよ」
「ありがとうございます」
軽く礼を言ってレティアは広間から出て行った。
それから少し経つと休憩でももらったのか、レティアは再び広間に姿を見せ、マレシャルの周りに集まる人々の中に入っていった。
そしてこの場の主役二人の前に軽く膝を折る。
「ご婚礼、心よりお喜びいたします。これからが本当の意味での戦いです。二人で手を携えお進みください。冒険者の身の上、このような席の表に出ない方もいますが、こうして今日の日を迎えることができて、皆誇りにしております」
「ありがとう。これまでの恩は生涯忘れません」
目を上げたレティアの真心のこもった瞳に、マレシャルも精一杯の感謝の念をこめて見つめ返す。
それからどれくらい時間が経った頃だろうか、ふとマチルドがマレシャルの袖を引いて広間の大扉をそっと指差した。
見ると、冒険者が二人、人目を忍ぶように出て行く姿があった。
マチルドは好奇心たっぷりの目をすると、戸惑うマレシャルの腕を引いて二人の後をつけよう、と誘った。
新郎新婦への挨拶も一段落すみ、招待客達はそれぞれの会話に忙しい。ちょっと場を離れたところで差し支えはないだろう。もちろん、目ざとい誰かに後で何を言われるかわかったものではないが。
しかし結局はうずく好奇心に負けた冒険者共々、広間をこっそり出てしまった。
麗香がそんな一団に気付いたのは、見回りのため庭に出ていた時だった。視界の隅に引っかかったのだ。
飾り窓の向こうで一団は忍び足で廊下を進んでいる。傍から見ると奇妙きわまりない。
つられるように近づいていくと、一団はある部屋の前で立ち止まった。どうやら中の様子を伺っているようだ。
「覗き見かい!」
思わず声をあげてしまった直後、身を乗り出しすぎた後列に前列が押し潰され、一団は部屋の中になだれ込んだ。
「あーあ‥‥」
何てことか、と頭を抱える麗香。わざわざ窓を越えて入らなくてもわかる。開け放たれた扉の奥に、抱き合う男女がいたのだから。おおかた、愛の告白かプロポーズでもしていたのだろう。
「なんの騒ぎだ?」
目の良いグレイが不審げに近づいてきた。ハーフエルフである自身をはばかり、彼は祝賀会や結婚式には来賓として出席していない。代わりに証である耳を隠し、警備に徹して影ながら祝福していた。
「あぁ、グレイさん。それにサミルさんも。実はね‥‥」
グレイの後に続いて駆けつけたサミルへ、麗香は事情を話した。
話を聞き終えた二人は隠すことなく呆れの表情をみせた。誰でもこうなるだろう。
「まぁ、あれだ」
ようやく、乾いた声でサミルが言いかける。
「このめでたい日に新たな一組が生まれ、あんたはまた嫁き遅れた、と」
「あぁ、なるほど」
「ちょ、ちょっとサミルさん、何てことをっ。グレイさんも納得しないのっ」
「めでたしめでたし」
ハーフエルフ二人はそろって頷きあった。こうでもしないと目の前の事態のせいで止まりかけた脳が本当に止まってしまいそうだった。
とばっちりを食らった麗香の怒りの声が庭に響き渡る。
「めでたくないし! こんなことで意気投合しないでよー!」
しかし、あっさり受け流された。