進め我らの海賊旗9
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■シリーズシナリオ
担当:マレーア
対応レベル:6〜10lv
難易度:やや難
成功報酬:3 G 9 C
参加人数:12人
サポート参加人数:-人
冒険期間:12月18日〜12月23日
リプレイ公開日:2005年12月25日
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●オープニング
堕ちたる英雄マレシャル。つい1週間ほど前までは、山ほどの悪評を被ってまさに沈没寸前。しかし命をかけて海賊の闇取引を阻止し、人身売買の商品として捕らえられていた大勢を救った大手柄により、英雄は華々しい復活を遂げた。
状況は完全にひっくり返ったのだ。
捕虜となった海賊たちからの取り調べにより、また解放された人々の証言により、マレシャルを汚名の泥沼に引きずり込んだ陰謀の真相も明らかになり始めた。それまではマレシャルの悪い噂を楽しんでいた口さがない貴族連中も、今ではマレシャルの勇気と忍耐を讃えつつ、興味津々で事件の行く末を見守っている。
「どうやら、試練の山場は越えたようだ」
マレシャルを影から支えてきたスレナスは、先の報告書に目を通して大いに満足した。黒幕の貴族グラヴィエールのことや、殺害未遂事件の被害者アンナのことなど、残された課題は少なくはない。しかし時の運は、今やマレシャルと冒険者たちの側にある。もはや自分の助けがなくとも、彼らはうまくやるだろう。
黒鷲号の船長など居残りになる者たちへの引き継ぎ済ませ、ドレスタットを立ち去ったスレナスの消息が途絶えたのは、それから間もなくのことである。
夜も更けた頃。マレシャルの元へドレスタットの自警団からの使いがやって来た。
「貴殿に汚名を被せ、また類縁の者たちに害を為したる賊2人が捕らえられました。なお、賊を捕らえた人物はマレシャル殿との面談を希望しています」
早速、自警団詰め所に出向いてみると、そこには礼服を着た男が待っていた。どこぞの貴族の使いの者だろうかと思いきや、男は慇懃な態度で挨拶の言葉を述べる。
「初にお目にかかります、マレシャル殿。ですが、私の名は既にご存じのことでしょう。海狼団で『へらず口のジョー』と呼ばれている男が、この私です」
その名には聞き覚えがあった。海賊の縄張りである北の小島で、冒険者たちが接触した男に違いない。
「罪人どもを捕らえたそうだな?」
「はい。マレシャル殿への手みやげにと思いまして」
詰め所の牢に案内されると、薄暗い牢の中に2人の男が殆ど虫の息の呈で横たわっている。顔には派手に殴られた跡。
「小間使いアンナを殺そうとした偽マレシャル、そしてサクス領内での村人大量毒殺を企んだジャックにございます」
「また、随分と荒っぽい真似をしたようだが?」
「はい。手勢の者を使い、袋叩きに。そしてここまで引っ張って参りました」
ジョーは愛想笑いを浮かべ、上目遣いにマレシャルを見る。しかしその瞳に宿る眼光を見て、マレシャルはその男が油断ならない相手だと察した。
「私に恩を売るというわけか? 求める見返りは何だ?」
「ここで話すのも何ですので、話は外でいたしましょう」
二人は表に出て、人気のない街の大通りを歩きながら話を続けた。
「そういえば、貴殿のことで冒険者が面白いことを言っていたな? 見たところ、ただの海賊ふぜいとは思えぬが?」
マレシャルが問うと、ジョーの顔に笑みが浮かぶ。
「それはさておき、今は一介の海賊ふぜいとして話をしましょう。今、北の小島は大変なことになっております。それまで威勢を振るい、一党を束ねていた頭領は、持てる戦力のほとんどを潰されて死んだも同然の身。おかげで、それまで大人しくしていた傘下の海賊団にも、不穏な空気が流れ始めております。首魁の首を狙うヤツら、最後まで首魁の側について一暴れしようとするヤツら、ここぞとばかり余所の海賊団の縄張りを食い荒らそうとするヤツらもいれば、島の外の勢力までも引っ張り込もうとするヤツらもいる。各勢力が思いのままに勝手な動きを始めたら、行き着く先は血で血を洗う泥沼の抗争。私としても、そんな事態だけは願い下げです。そこでぜひとも、マレシャル殿のご助力を願いたいというわけでしてね」
「私にどうしろというのだ?」
「首魁の潜む岩島に奇襲をかけ、その首を討ち取って頂きたいのでございます。島の近辺を縄張りとする海賊団のうち、既に海狼団と黒鮫団の頭とは話がつき、奇襲の邪魔はしないという言質をとってございます。岩島への案内役はこの私めが引き受けましょう。あの首魁めさえ亡き者となれば、後は海狼団と黒鮫団とが中心になり、北の小島の縄張りを仕切るということで話がついております」
「また、ずいぶんと大きく出たな。だが、今の話が罠ではないという保証はあるのか?」
「罠も何も。今やマレシャル殿の威勢を阻むものなく、必ずや首魁討伐の戦いに乗り出すことは火を見るより明らか。なれば敵に回すよりも手を組むことを選び、自らの生き残りを図るのが賢き海賊のやり方というもの」
「成る程な。流石は寄せ集めの海賊、生き延びるためなら昨日の主人も売るというわけか?」
「所詮、弱肉強食の世界。誰でも自分の命が一番可愛いものです」
二人の間にしばしの沈黙が流れ、ややあってマレシャルが問う。
「岩島に潜む敵の数は?」
「首魁の他、手練れの者が数名ばかり。それが全てです。皆、岩島の洞窟の中に潜んでいますが、その洞窟の入口は干潮の時にしか海の上に顔を出さず、しかも干潮時には小舟でしか近づけませぬ」
「他に出入り口は?」
「空気を取り入れるための窓が1つか2つあるはず。シフールなら忍び込めましょう」
「そうか。話はしかと聞き届けた」
「最後にご忠告を。彼の島は難攻不落。空から攻める者と水中から攻める者が居れば、どれだけ助けになるか判りません。叶うならばそのような者を加える事をお奨めします」
「そうか。感謝する」
「では、良きお計らいを」
ジョーは一礼し、マレシャルの前から姿を消した。
その翌日、マレシャルは貴族未亡人セシール・ド・シャンプランの屋敷にいた。セシールが呼び出したのである。
「マルクとの間には色々あったけれど、偽マレシャルも目出度く捕らえられ、誤解は解けたわけだ。実はマルクが私に話を持ちかけてきてね。和解と戦勝祝いの祝賀会を、この館を借りて催したいと‥‥」
話を聞いて、マレシャルはうんざりした。以前の祝賀会でマレシャルを褒めちぎった貴族たちの、その後の変わり様ときたら。名誉挽回を果たしたとはいえ、あの顔ぶれと再び顔を合わせるのかと思うとうんざりする。
「私はまだ最後の敵を討ち取ってはいません。それが成るまでは戦勝祝いなどもっての他」
「では、最後の敵を討ち取った時こそ盛大な祝賀会だね。許嫁のマチルドにとっても、いいお披露目の機会になるだろう?」
半ば強引に押し切られてしまい、マレシャルは不承不承ながらも承諾。幾分ふてくされながらも館を出ると、そこにマレシャルを待っていた者たちがいた。
「あの‥‥こちらにいらっしゃると聞いたもので」
海賊の手から助け出した者の内、幼い子どもたちだった。
「マレシャル様にぜひともお礼を言いたかったんです。皆を助けてくれて、ありがとう‥‥」
気がつけば、子どもたちはマレシャルを囲み身を擦り寄せる。胸に抱き留めてやると感極まって泣き出す子も。その温かい想いに包まれ、マレシャルの目にも自然と涙がにじむ。
(「名声などいらぬ。この子たちの幸せが、笑顔が、何よりの報酬だ」)
それまで胸を塞いでいたわだかまりは、あっという間に消え去っていた。子ども達との触れあい、それは最後の戦いに臨むマレシャルに天が授けた、至福のひとときのようにも思えた
●リプレイ本文
●一条の光
海賊の闇取引は阻止され、海賊には壊滅的な大打撃。偽マレシャルも捕らえられて本物のマレシャルの名誉は回復され、グレイ・ドレイク(eb0884)にとっては嬉しい限りだ。しかしマレシャルは貴族界での冷たい仕打ちを忘れず、機嫌は悪いと聞いている。
「今回の首魁討伐で吹っ切れてくれると良いのだが‥‥」
思いながらも、今は見守ることにする。マレシャルのことだ、きっと乗り越えてくれるだろう。それよりも気がかりなのは小間使いのアンナのこと。先に訪れた教会にグレイはまたも足を運び、二度目の海戦の経緯並びに偽マレシャルが取り押さえられたことを老司祭に告げ知らせた。
「それから、有る方の調査により、アンナさんの子供の父親らしき人物の所在が解かりました」
「そうか。まずは良き知らせじゃな。事態は解決に向けて動いてはおる。しかし、まだまだ先は長そうじゃ」
子供の父親が訪ねて来た時の対処についても打ち合わせると、グレイはアンナの警護についた。これまでの事があるので届けられる手紙や食べ物にも注意を怠らず、アンナの口に入る食べ物は必ず毒味を行った。そしてアンナのお腹の子の父親が教会を訪ねてくるのを待ったが、首魁討伐の決戦までの短い間に、かの男が教会に姿を見せることはなかった。
●真冬の海
真冬の海で泳ぐヤツはよっぽどのバカか物好きと言われそうだが、音羽朧(ea5858)にとってはマレシャルに勝利をもたらすため。水中からの奇襲を考え、実際どれだけの行動が出来るものか試すべく、ドレスタットの港の外れで実際に海に潜って確かめてみたのだが、やはりこの時期の海の冷たさは凄まじい。冷たいを通り越して痛みであり、あたかも千のナイフで皮膚を切り刻まれるよう。水から上がった後も、濡れた体が北風に吹きさらされてじんじん痛む。
陸ではマレシャルと冒険者仲間たちが焚き火を焚いて待っていた。
「この水の冷たさでも、まず5分間は行動できるでござろう」
体から湯気を立ち上らせつつ、仲間に報告する朧。その体が十分に温まった頃合いをみて、アルク・スターリン(eb3096)が声をかけた。
「では、例の方法を試してみましょうか」
アルクの提案した方法は、小さな樽の中にタオルと防寒着を封入して持ち運び、水から出ると同時に樽を破壊して取り出すというものだ。衣類を詰め込んだ樽をアルクから受け取って背中に縛り付け、朧は再び厳寒の海に入った。再び身を切り刻むような冷たさが襲ってきたが、今度は先よりも長く海の中にいようと心に決める。水遁の術が使えるから溺れる心配はない。体が馴れたせいか、冷たい水がもたらす痛みも次第に薄らいでいく。
港内で一泳ぎし終え、陸に上がろうとした時、朧は自分の手が自由に動かないのを知った。水の中から体を持ち上げるのも一苦労。体がものすごくだるい。そのまま倒れるようにして、焚き火のそばにしゃがみ込んだ。その身を案じて、仲間たちが寄ってくる。
「冷たい水の中に‥‥長居しすぎたで‥‥ござるな」
そう答える朧の唇は紫色。水の冷たさを感じなくなったのは、体の感覚が麻痺したからだったのだ。あのまま水中にいたら、意識を失って凍死。水遁の術の使えぬ並の者なら溺死である。
「やはり防寒対策が必要だね。水上を歩く魔法があるなら、そちらの方がいいと思うよ」
グレタ・ギャブレイ(ea5644)に言葉を向けられ、ウォーターウォークの使い手であるレティア・エストニア(ea7348)は答えた。
「でも、魔法をかけられる人数には限りがあります。以前、職人の方々に頼んだ『泳ぐ為の服』が出来ていましたら、それを防寒に用いることも‥‥」
「いや、あれは『水中でも着脱しやすい服』であって、防寒の機能は無い」
答えたのはマレシャル。
「しかも戦場では予想外の事態が起きるもの。それを考えたら水中での行動は危険が大きすぎる。水中からの奇襲は諦め、奇襲は空からのみに絞ろう」
●英雄の名誉
「ちょっとばかり妙な経緯を辿ったが‥‥まあ気にスンナ」
ごつい顔に笑いを浮かべ、バルバロッサ・シュタインベルグ(ea4857)はマレシャルに言ってやった。
「海賊が首魁を売り渡したというよりもな‥‥。『パイの原則』って知ってるだろ? 裏と表の世界の顔役達が、商売ネタの再配分に乗り出しただけさ。海賊の首魁はかくて晩餐を追い出され、その取り分は各人でってな」
「成る程、そういう物の味方も出来るか」
「ほら、うさんくささがなくなったろ? 罠っていうよりはまあ、新しい晩餐に招かれた事を喜んどけよ。あとマチルドとの結婚式、誰を招待するかで今後は変わってくるとおもうぜ。貴族ってのは『縁』を重視するからな」
「誰を招待するにしても、あのグラヴィエールだけは御免被る」
マレシャルは不快感も露わに言ってのける。
「他にも招きたくない連中は大勢いるぞ。俺とマチルドの結婚式に、あんな連中と顔を合わせたてたまるか」
流石にその様子が心配になったイリア・アドミナル(ea2564)は、
「マレシャルさん、不躾ですがお願いが有ります。マレシャルさんの生き方には共感し、その思いを尊敬します。でも、これだけは言わせてください」
改まった口調になって忠告した。
「僕には依頼で出会った大切な方々がいます。その方々を守るために様々な依頼をこなして来ました。パリでは、依頼人のためにアレクス卿の思惑に対抗する形で動きました。逆にドレスタッドでは、出会えたルルさんの為、アレクス卿に協力する形で動きました。アレクス卿に対して相反する二つの立場を取ったわけですが、そのことは僕が貴族社会を理解するための大きな助けになりました。貴族は家と権威の為、あらゆる手段でライバルの追い落としを図ります、しかしどの方も大切な家族が有り、愛情の有る家庭が有ります。貴族社会では誰が悪いのではありません。皆が策略を巡らし権謀を用いるのも、祖先が築き育んだ名誉と家の命運がかかっているからなのです。その世界で生きるしたたかさを否定しないで下さい。アレクス卿も、そしてマレシャルさんのご両親も、内に優しさを秘めながら思惑を巡らし、影から助けてくれています、そのしたたかさを否定せず、家とマチルドさん、ご両親を守れる強さを学んで下さい」
心に抱いてきた思いをそのまま言い切ったが、マレシャルもその言葉に感ずるところがあったようだ。
「その通りだ。俺には守るべき物がある。それは彼らとて同じことか‥‥」
言って、しばし思いを巡らしていたが、
「ご忠告に感謝する。その事はひとまず置き、今やるべきは最後に残る首魁の討伐だ」
その言葉を聞き、バルバロッサも言う。
「俺もガラにもない事を言ったが、まずは作戦だぜ」
今、マレシャルと冒険者たちが集うのは、作戦のために用意された部屋。テーブルに置かれた箱形の模型は、朧の地道な調査で作られた、海賊の縄張りである海域の模型。そこには新たな島が一つ、加えられている。かつて朧が接近を試みた岩礁地帯の岩島。そしてこの岩島こそが、恐らくは海賊の首魁が潜む本拠地。
「では、地理の予習を」
レティアの言葉で始まった作戦会議は、綿密な論議が繰り返されたため、長い時間に及んだ。
●いざ本拠地へ
作戦決行の日時が決まるや、マレシャルは黒鷲号の準備を整えた。ポーション類を始めとする冒険者の持ち物は、なるたけ船に詰め込まれる。出航の準備が進む最中、案内人である『へらず口のジョー』がふらりと姿を現した。
「こんな夜も明けぬ寒いうちから準備ですかい?」
今は真夜中。冷たく澄み切った夜空には満天の星が輝いている。
「作戦会議の結果、こうなったのです。出発は真夜中に、本拠地の到着は朝日が昇る前に」
イレイズ・アーレイノース(ea5934)が言葉を返すと、ジョーはわざとらしく不思議そうな顔をする。
「岩島の内部に通じる洞窟の入口が開くのは、干潮の時だけだと申し上げたはずですが? 朝日が昇る前だと、干潮までだいぶ時間がかかりますなぁ」
「その点はご心配なく。この私、イレイズがこの辺りの海での潮の満ち引き、海流の流れをつぶさに調べ上げ、その上で出した結論です。本拠地攻略にはこの時間が一番良いのです」
「その判断、間違っていないことを祈っていますぜ」
するとサミル・ランバス(eb1350)が、横からジョーの前にぬうっと顔を出す。
「紅の小獅子サミルだ、よろしく」
名乗って微笑むと、ジョーも笑みを返してきた。
「おや? その顔は、いつぞや島に来ていたどこぞの村の漁師じゃないか? あんたが、あの紅の小獅子サミルだったとは。こいつはおみそれしやしたぜ」
こいつ、腹の底では何考えてるか分からぬヤツだな──。愛想良いジョーの笑い顔を見ながらサミルは思った。あの島での偵察の最中、その当人が目の前にいるとも知らずにジョーが吐き捨てた台詞は、はっきり覚えている。
「俺の仲間を陥れるような真似だけはするんじゃないぞ、わかったな」
そう釘を刺し、サミルは船に乗り込む。後からジョーも乗り込んできた。続いて乗船したイレイズはソルフの実を一つ、先に乗り込んでいたレティアに手渡す。
「万が一の回復用に使ってください」
この後、急遽同行することになった冒険者が乗船。ユパウルと麗娟の二人連れで、二人は別件の依頼で捜索中のさる行方不明者が、海賊の本拠地に捕らえられているのではないかと踏んでいたのだ。
全ての者が乗船し終えると、黒鷲号は陸風を帆に受けて港を離れ、夜の海を進む。その甲板で、黄麗香(ea8046)はジョーと対面していた。
「またお会いしましたね。華国のお嬢さん。貴女はいつ見てもお美しい」
「またそんな事を〜。ジョーさんも相変わらずですね」
「次に会う時は敵同士と思っていましたが、まさか一緒の船に乗ることになるとは」
「だって‥‥これ以上ドレスタット近海が荒れると私の生活にも響いてくる訳で、多少なりとも『知り合い』が仕切って収まるならソレに越した事はないかなぁ、と。そう思ったからこの船の上に居るわけですけど」
ちなみに麗香の本業は港の水先案内人。
「‥‥ただ、今回の事って、ジョーさん方にとってもリスキーなんじゃないですか? 数人とはいえ手練が残ってるし、根城は難攻不落。そして何よりあの言葉。『海賊がここ一番に智恵を絞るのは、殺すことでも奪うことでもねぇ。どうやったら自分が生き延びられるかだ』って、お仲間さんが言うのを聞きましたよ。もしかして、何かしらの保険でも掛けてるんじゃないですか?」
たとえば、マレシャル一行が上陸した後に退路を断つとか、挟み撃ちにするとか、両方弱りきった所でどちらも潰すとか。考え出したらキリが無いが、ここで真冬の海に放り込まれても困るので、ジョーの前ではっきり口に出すのは止めておく。
「来ました! 北の小島の海賊たちです!」
舳先で見張りに立っていたレティアが叫ぶ。その声にマレシャルも船室から甲板に姿を現す。海に目をやれば海賊たちの船団。黒鮫団に海狼団の旗を掲げた船の上には篝火が焚かれ、その炎が船の上に居並ぶ海賊達の姿を明々と照らし出している。
「お嬢さん。その話の続きは戦いの後で‥‥」
言って、ジョーはそそくさと麗香の前から立ち去った。
「総出でお出迎えというわけか」
海賊たちの姿を一瞥すると、カイザード・フォーリア(ea3693)は万が一に備えて甲板に立ち、レティアとマレシャルの横に並んだ。レティアも不意打ち、だまし討ちを警戒し、海賊の僅かな動きも見逃すまいと目をこらす。
2隻の船が船団を離れ、黒鷲号に近づいてきた。それぞれの船の舳先に立つのは、黒鮫団の頭のマグナスに、海狼団の頭のアメリア。
「私だ! マレシャルだ!」
マレシャルが怒鳴ると、アメリアが怒鳴り返してきた。
「話はジョーから聞いてるだろ!? あたし達はおまえの戦いの邪魔はしない! その代わり、おまえの戦いを遠くから見守らせてもらうよ! さあ、遠慮なしに船を進めな!」
海賊たちに聞こえぬよう、カイザードはマレシャルの耳に囁く。
「罠の可能性もある。ご注意を」
すると、今度はマグナスが怒鳴る。
「どうした!? ここまで来て臆病風に吹かれたか!? 嫌なら引き返してもいいんだぜ!」
マレシャルは、きつい眼差しで二人の海賊の頭を睨み付ける。そして、あらん限りの大声を張り上げた。
「おまえ達の言うことを信じよう! だが、この船に乗る者はいずれも百戦錬磨の強者ばかり! 余計な手出しをしたら、地獄に落ちるのは貴様らだという事を忘れるな!」
そして、背後の船乗に前進の合図。それを受け、黒鷲号は下ろしていた帆を再び広げ、ゆっくりと進み始めた。ちょっかいを出す海賊は誰一人としていない。皆、立ち姿のままで視線だけを黒鷲号に投げかけている。
黒鷲号は何事もなく海賊たちの前を過ぎ、さらに北の小島の横を過ぎて、その先に広がる岩礁地帯へと乗り出した。
それまで吹いていた陸風は次第に弱まり、波だっていた海面も静まりつつある。朝凪の時が近づいている証拠だ。ゆっくりと白み始める東の空。その仄かな光の中に、岩礁地帯のただ中にある黒い大きな塊が浮かび上がる。城ほどもある巨大な岩島だ。
「ほら、あそこに見えるのが首魁の潜む岩島だ」
岩島を指さしてジョーが言う。
「まだ引き潮まで時間があるから、今ならこの船でもかなり近くまで近づけるぜ。洞窟の入口は島の西側、崖の少し窪んだ辺りだ」
「人質となりそうな子どもたちは、あそこにまだ残っているのか?」
「まだ一人か二人は残っているかもな」
訊ねたカイザードに答えたジョーはさらに、剛胆な者でなければ肝を冷やす事をあっさり言ってのけた。
「それよりも。あの島に立てこもっているのは皆、あちこちの海を荒らし回ってお尋ね者となった挙げ句、ここに流れ着いて来た海賊ばかり。今やどこにも行き場が無く、地獄まで首魁にくっついて行くしかねぇ奴らだ。文字通り死にもの狂いでかかってくるから、覚悟はしとけよ」
●上陸戦
東の彼方に太陽が顔を出し、朝日が黒鷲号を照らす。朝の訪れだ。
イレイズは朝日の中に、若き英雄の姿を見る。
(「天よ試練に耐え、栄光を掴みし若者へ、更なる栄光への道を照らし給え!」)
十字架のネックレスを手にして心中で祈ると、傍らからグレタの声。彼女もまた、マレシャルに惚れ惚れする視線を送っていた。
「彼は本当に男を上げたねぇ。あたしはいい男は好きだよ。これからが楽しみだね。投資のリターンがね。‥‥おっと、そんな事を言っていないで仕事をしなきゃね。まだ最後の大仕事が終わっていないのだから」
微笑みを残し、グレタは空に舞い上がる。偵察と奇襲は彼女の仕事だ。眼下の黒船号が見る間に小さくなる。そしてグレタが岩島に視線を向けた時、近づいてくる鳥影が目に止まった。
鷹だ! それも3羽も!
急速に近づいてきた鷹は、3方からグレタを取り囲む。続いて鋭い嘴とかぎ爪とで、グレタに襲いかかった。
「あっ! グレタが!」
空中の仲間の窮地を知って麗香が叫んだ時。
ドスッ! 岩島から飛んで来た矢が船縁に突き刺さり、続いてもう1本の矢が麗香の真横をかすめる。
「あんな遠くから攻撃を!?」
敵はヘビーボウを使っていると見た。次に来る矢をたたき落とさんと身構えると、岩島の頂上から燃える塊が放たれ、黒鷲号の間近の海面に落下。続いてもう一つ、さらに一つと燃える塊が放たれ、派手な水しぶきを上げる。それは火の放たれた油樽。海面に広がった油は消えることなく燃え続ける。麗香は思わずジョーに怒鳴った。
「あいつらカタパルトまで! こんな話は聞いてないわよ!」
「俺も全てを知ってる訳じゃねぇ!」
ボガァン! ついに燃える油樽は見事、黒鷲号に命中。甲板後部に油がぶちまけられ、炎が広がる。続く油樽は甲板前部をも直撃。イリアがスクロールを広げ、プットアウトの魔法が一瞬にして炎を消すも、甲板は油まみれだ。
麗香の眼が、またも飛来する矢を捉える。麗香はロングロッドを振り、その矢を空中でたたき落とすが、今度の矢は火矢だった。甲板に落ちた矢の炎が油に引火して再び燃え上がり、イリアはそれをまたも魔法で消して叫ぶ。
「これではきりがありません!」
「船を後退させろ!」
マレシャルのその言葉に、船長が怒鳴り返す。
「駄目だ! 風が無いから船は動かせない!」
それを聞いてぼやくジョー。
「畜生! 朝凪時に島に近づくからこんな事になるんだ!」
と、上空から傷だらけのグレタが舞い降りてきた。
「鷹に邪魔されて島に近づけないよ。あいつら鳥のくせして戦い馴れしてる。魔法で撃ち落とそうにも3匹が相手ではね」
「でも、島のカタパルトを封じないと、船が燃えてしまいます!」
言ううちにも火矢は次々と飛んで来る。魔法の力が尽きたら、船は火だるまだ。
「ならば、拙者が盾になるでござる」
朧は言うや、船に持ち込んだ大凧に手足を固定。
「拙者の体に掴まるがよい」
グレタに言って念じると、魔法の力を備えた大凧は空に舞い上がった
空中の獲物めがけて、再び3羽の鷹が襲ってきた。大凧で飛行している間は朧に攻撃は出来ない。鷹の嘴とかぎ爪とで、朧の体のそこかしこに傷が出来る。
「悪いね。盾代わりに使っちゃって。それにしてもこいつら、もっと離れてくれないかねぇ? こんなに近寄られたら、ファイヤーボムで打ち落とせもしない。自分まで火球に巻き込んじまう」
傷つきながらも、グレタに微笑みを向ける朧。
「なあに、少しの辛抱でござる」
鷹3羽をまとわりつかせたまま、大凧は岩島の上空に達する。島の頂上のカタパルトが見えた。カタパルトを動かすのは見るからに屈強そうなジャイアント二人。その一人が接近する大凧に気付き、矢で狙いをつける。
「とっておきのヤツ、お見舞いしてやるよ」
持てる魔法の力の最大の威力を込め、グレタがファイヤーボムを放つ。放たれた火球はカタパルトを直撃し、派手に爆発。ほんの1秒遅れて、狙いを逸らされた矢が大凧をかすった。さらにグレタは立て続けにファイヤーボムをお見舞い。その爆発をくらい、ジャイアントの1人が海へ落下。もう1人の姿はどこにも見えない。
「カタパルトは仕留めたな。さあ、小舟を出すぞ」
李飛(ea4331)が黒鷲号から小舟を下ろし、麗香とイレイズの二人と共に飛び乗る。
「必ず生きて戻れよ可愛い子ちゃん!」
「あんたに言われなくたって!」
ジョーの軽口に麗香は半ばムキになって答え、飛は小舟に『フィッシュフラッグ』を掲げた。
「海戦祭で勝ち得た猛者の証、伊達で無い事、見せてやろう!」
そして飛は力強く小舟をこぎ出す。陽動で敵の注意を引き付けるのが、彼らの役割だ。
「飛んで来る矢は任せといて! といっても、数が多いから大変よね」
言いながら麗香は矢を払い落とすが、飛んで来る矢はひっきりなしだ。敵は岩島の中程に開いた窓から矢を射てくる。その窓に朧の大凧が接近するのが見えた。続いてファイヤーボムの火球が窓を通り抜け、内部で派手な爆発を起こす。それを境に、敵の矢は二度と飛んで来なかった。
「空からの攻撃が功を奏したようですね」
「いよいよ、わたくしの出番ですね」
レティアはイリアに頷くと、上陸戦に赴く7人の者たちにウォーターウォークの魔法をかける。グレイ、サミル、アルク、カイザード、バルバロッサ、イリア、そしてマレシャル。
何度か魔法に失敗したものの、ソルフの実を費やして全員にかけることが出来た。
水面を歩く力を得た彼らは、次々と船から海面に降り立つ。今は朝凪時。波はさざ波で移動に苦はない。朝凪時を選んだのは、この理由からだった。飛の小舟は既に岩島の入口の間近。程なく後発組も追い付いた。
ここでイリアはマジカルエブタイドのスクロールを広げ、念じる。イリアとその仲間の周りだけ、海面がぐんと下がった。そして一行の目の前には、干潮の時にしか現れない洞窟の入口が、ぽっかりと口を開けていた。
●死闘
「いよいよ海賊どもの親玉討伐となるわけだな。この日の為に練り上げきた我が拳の威、見せてくれようぞ!」
「勇者の手助けこそタロンの本懐、今こそ試練の時、いざ行かん!」
「やっと、出番だぜ」
「さぁ、反撃といこうか」
それぞれの熱き思いを胸に、先ず飛、イレイズ、バルバロッサ、アルクの4人が洞窟の中に飛び込み、その後に残りの者が続く。
洞窟の中は薄暗く、奥の方に篝火が点っている。
「畜生! ふざけた魔法を使いやがって!」
奥から罵り声が飛んできた。
「俺はここにいるぜ! かかってきやがれ!」
飛たち前衛の4人はゆっくり慎重に前へ歩を進み、残るカイザードらはマレシャルを囲むように守りを固める。
「隠れていないで出てこい!」
飛が呼ばわるが敵の反応は無い。ふと足下を見ると、地面が油で濡れている。
「下がれ! 罠だ!」
飛が後方に飛びすさったのと、賊が岩陰から飛び出して篝火を倒したのと、ほとんど同時だった。倒れた篝火の火は地面の油に燃え移り、逃げ遅れたイレイズ、バルバロッサ、アルクの3人が炎に包まれる。
もう一人の賊が姿を現した。地獄の悪鬼のごとき、凄まじい形相をした女だ。
「あはははは! おまえら全員、地獄の火に焼かれてしまえ!」
その言葉が終わるや、あちこちに隠された仕掛けの動く音。ぶちまけられた油が冒険者たちの足下を濡らし、賊の女が燃える松明を投げつける。だが間一髪、イリアがプットアウトのスクロールを広げて念じ、その場の全ての炎を瞬時にして消した。しかし安心したのも束の間、イリアの胸に鋭い痛みが。最初の賊の投げつけたナイフが、その胸に深々と突き刺さっていた。
黒い光が賊の女を打つ。イレイズが全身に火傷を負いながらも、ブラックホーリーの魔法を放ったのだ。女の体が頽れ、その隙を突いてサミルが斬り込む。その右手の剣が女の体を貫き、衣が返り血に染まる。サミルは女の顔を間近に見た。その顔の右半分は、古い火傷の傷で醜く覆われていた。
「呪われたハーフエルフめ‥‥」
瀕死の女は呟き、隠し持っていたナイフを突き出す。サミルは身を逸らし、急所を逸れた刃はサミルの腕に一筋の傷を作る。女は地面に倒れ、やがて呼吸が止まった。
「おのれ! よくもアイリーンを!」
叫んだもう一人の賊は、飛とアルクにその動きを阻まれていた。
「俺様は68人殺しのバラー! 貴様ら2人殺せば70人だぜ!」
アルクのバーストアタックが決まり、バラーの左手の盾が破壊される。だがバラーの右手の剣も、アルクの左肩に叩きつけられていた。血を吹き出し倒れるアルク。間髪を置かず、飛が剣を繰り出す。カウンターアタックだ。バラーの剣は飛の左肩をかすめ、飛の剣はバラーの左腹を切り裂いていた。バラーの右腕から剣が落ち、体が後方にのけぞる。そのまま倒れたかに見えたバラーだが、その右足のブーツのつま先から、隠しナイフが飛び出す。そのままバラーは飛の腹を蹴り上げた。腹から血を流し、飛は倒れた。バラーは腰のナイフを抜き放ち、マレシャルに迫る。
「マレシャルめ! 地獄の道連れだ!」
カイザードがバラーの前に立ちふさがる。バラーは今や手負いの獣だ。繰り出されるダガーをカイザードは皮鎧で巧みに受け止めるが、たちまち皮鎧は刃に切り刻まれてボロボロに。
「死にやがれぇ!」
叫びと共にバラーが渾身の一撃を放ち、ダガーの切っ先がカイザードの胸に埋まる。が、僅かに急所を逸れていた。逆にカイザードの剣は、見事にバラーの心臓を貫いていた。バラーは胸から派手に血を吹き出して倒れ、動かなくなった。
これで敵は片付いたと思いきや、野獣の雄叫びのごとき叫びと共に、新手が出現。満身創痍のジャイアントが、メタルクラブを振り上げて襲ってきた。
咄嗟に麗香の投げつけたナイフがジャイアントの体に刺さるが、ナイフはすぐに引き抜かれて岩壁に叩きつけられ、その刃がボキリと折れる。
サミルは敵に一撃喰らわせようと駆け出そうとしたが、体が思うように動かない。痺れが全身に広がり、息が苦しくなっていく。女の賊のナイフには毒が塗られていたのだ。
「ここは、俺に任せときな」
バルバロッサが敵目がけて突っ込み、その手にする剣がメタルクラブと激しくぶつかり合う。一瞬の隙をついて振り下ろされたバルバロッサの剣が、ジャイアントの肩を大きく切り裂いた。吹き出す大量の血。だが敵は倒れるどころか、不敵に笑う。
「そんななまくらな剣で、この俺を倒せるものか!」
罵りの叫びと共に繰り出されるメタルロッド。バルバロッサの剣はその勢いを受け止めきれず、根本からボキリと折れる。
「やるじゃねぇか」
次の攻撃に備えんと身構えるバルバロッサ。その体にメタルロッドの強烈な一撃。ごきり、骨の折れる音と共にバルバロッサの体が吹き飛ぶ。だが、敵ジャイアントはさらなる攻撃を阻まれた。アルクがその体に斬りつけたのだ。ハーフエルフのアルクは狂化していた。自らの危険も顧みず、何度も剣で斬りつけ、その体が返り血で真っ赤になる。
ジャイアントが吠えた。メタルクラブがアルクの剣を弾き飛ばし、次いでアルクをも弾き飛ばす。突然、ジャイアントの背中に火球が炸裂。いつの間にかその背後には、グレタと朧が姿を見せていた。がくりと膝を折り、倒れるジャイアント。再び起きあがろうとした時には、その目の前にハンマー・オブ・クラッシュを振り上げたグレイがいた。
ジャイアントが得物を振り上げる間もなく、グレイのハンマーがジャイアントの頭上に振り下ろされる。
ボゴァッ! 頭蓋骨の陥没する手応え。
その一撃が止めとなり、ジャイアントは絶命した。
●首魁の最期
戦いの次はポーションと解毒剤による応急処置。アルクの狂化も収まった。ただし肉体の傷は癒せても、炎に焼かれ刃で切り裂かれた服や鎧、折れた武器までは治せない。
グレタと朧にしても、岩島の頂上の隠し扉をこじ開けて仲間の元に駆けつける際に、盗賊用道具一式をお釈迦にしていた。それでも、味方から死者が出なかったのは幸運だった。
一行はさらに洞窟の奥へと進む。そこに岩をくりぬいて作られた部屋があり、そこにはマレシャルを待ち構えている男がいた。
「マレシャルよ。ついに、ここまで来たか」
マレシャルの姿を認めるや、地の底から響くかのごとき声で迎えた男は黒き皮鎧を纏い、その顔は黒い包帯で覆われていた。
「貴様が海賊団『海蛇の牙』の首魁、海蛇公ハイドランだな?」
過去に冒険者から得た情報を元に、誰何するマレシャル。
「如何にも。ここで決着を着けようぞ」
ハイドランを名乗る男の手には古びた剣。
「手を出すな。俺の戦いには俺自身の手で決着を着ける」
加勢しようとする冒険者たちを制し、マレシャルも自らの剣を構える。
そして一対一の戦いが始まった。天窓から射し込む白い光の中、両者の剣は激しく打ち合わされ、火花を散らす。ハイドランは相当な手練れ。マレシャルの体に一筋また一筋と血の筋が走る。だがマレシャルの剣も、ハイドランの皮鎧を少しずつ血の色に染めてゆく。そして、ついにマレシャルの剣がハイドランの体を貫き、ハイドランの手から剣が落ちる。黒い包帯で覆われた顔は、マレシャルの顔のすぐ間近に。その乾いた唇からこぼれ落ちる言葉を、マレシャルははっきりと聞き取った。
「おまえの‥‥目は‥‥わしの目と同じだ。まだ若く‥‥心に理想と‥‥希望とを‥‥宿していた、‥‥あの頃の‥‥わしと‥‥同じ‥‥」
言葉の最後は喉の奥で消え、ハイドランの体が倒れた。
マレシャルは最後の戦いに勝ったのだ。
骸と化したハイドランの顔の包帯を取り除くと、下から現れたのは古傷だらけの老人の顔。その場にいる誰もが見たこともない顔だった。
ふと部屋の壁を見ると、海賊の首領の部屋にはそぐわない物が一つ。銀の十字架である。手に取って確かめたイリアとカイザードは、十字架の裏側に刻まれたラテン語の言葉を正確に読みとった。
『アルゼン・バランティンより、我が友ハイドランに捧ぐ』
「この男もまた、より強大な悪に利用された一人なのかも知れぬ」
呟いたカイザードは、新たな戦いの予兆を感じていた。
船に戻ると、レティアはジョーに礼を言う。
「今回は本当に有り難う御座いました。いいえ、案内して下さった事ではなく、裏社会のやり様をとても良く勉強させて戴いたことに対してですよ。でも‥‥次は、そう易々と行くとは考えないで下さいませ」
ジョーは皮肉な笑いと共に言葉を返す。
「これであんた達も、少しは利口になったわけだな?」
この戦いの後、同行したユパウルと麗娟の手により、岩島の地下牢から一人の男が救出された。全身傷だらけの男は冒険者のポーションで癒された後、懇々と眠り続けた。
ただ一言、
「‥‥ミリィ‥‥」
といううわごとだけを残して。