ウォー・ロック〜ヴォルネスの詩1

■シリーズシナリオ


担当:マレーア

対応レベル:4〜8lv

難易度:難しい

成功報酬:2 G 88 C

参加人数:5人

サポート参加人数:-人

冒険期間:07月10日〜07月15日

リプレイ公開日:2005年07月17日

●オープニング

 ドレスタットより北海に注ぐ河の支流の支流、そのまた支流の一本として、辺境の地をささやかに流れる一本の川がある。
 ヴォルネス――境界線。
 その流れはいつの頃からかそう呼ばれていた。
 そしてその名が示す通り、いつしかその流れは二つの領地の境界線となり、流れを挟んで二つの村が興った。
 ひとつはサクス領エスト村。そしてベルジュ領ソウド村である。

「こらぁ! お前ら、ソウドのガキだな!! ここはエストだ! 他領の村で何してやがる!」
 野良仕事からの帰り道なのか。農具を積んだ馬車を止め、御者台に座っていた男が、川辺にいた子供達を怒鳴りつける。雷のようなその声に子供達は飛び上がり、歓声をあげて逃げていった。ここから少し上流に言った場所に、苦もなく対岸に渡れる所がある。彼らはおそらくそこからやって来たのだろう。
 舌打ちをして馬車から降り、他領の子供達がいたところを検分する。沢蟹か何かを探していたのだろうか。河川の堤防の一部が小さく削られており、それを見た男は忌々しげに舌打ちする。
「ったく! 自分の村じゃないなら何をやってもいいってのか。蟻の穴から堤防が崩れた例だってあるんだぞ。ソウドの連中め‥‥」
 ヴォルネス川がもたらす『水』、そして様々な資源を巡って。エストとソウドは昔から利権争いを続けていた。土地はこの流れを境界として分かたれているが、境界線であるこの川とこの川を流れる水は、言うなればどちらのものでもあり、どちらのものでもない。やれ、向こうの村人がこちら側で魚や砂鉄を採っていただのという騒ぎは日常茶飯事。特に灌漑農法が取り入れられてからというもの、この川の水を巡り、双方の争いは熾烈化する一方だった。

 ある日。エスト村の管理を任されている村役人が、領主であるサクス家の邸を訪れた。現れた領主とその夫人に、村役人の男は神経質にハンカチで汗を拭いつつ、ひとつの陳情をした。
「ソウドがヴォルネスに灌漑工事を‥‥ですか?」
 夫人の問いかけに、村役人は恐縮しながら頷く。
「へぇ‥‥。しかし、今のところはあくまで単なる『噂』に過ぎないのです。実際に行なわれるのかどうかもハッキリしてませんで。が、何分、この話を聞きつけた村の者が、かなり憤慨しておりまして」
 ソウドの村は、位置的にはエストの村の上流に当たる。もし、この灌漑工事が本当に行なわれれば。その規模によっては川の水はほとんどがソウドに汲み上げられ、エスト側には流れてこない‥‥という事態もありうる。
 長年に渡って二つの村を育んできた流れだが、水量には決して余裕があるわけではない。村二つを潤してやっと。ヴォルネスはそんなささやかな流れなのだ。
「村の者は、力に訴えてでも工事を阻止せにゃならん、といきり立っています。しかし、まだやるのかどうかもはっきりしないことで、他所の村に喧嘩を売るわけにもいかんでしょう。村長が必死でとりなしてるんですが、若い者の中には、実際に工事が始まってからじゃあ遅い! と言うものもおりまして」
「‥‥わかりました。しかし現状で、わたくしどもが動くことは出来ませんし、村の者にソウドと何らかの問題を起こさせるわけにもいきません。まずは、ことの次第を明らかにすることです。近日中に冒険者ギルドから調査の者をやりますから、貴方がたは事実がはっきりするまで、村人達が早まったことをしないよう、注意を払ってください」
「かしこまりました。‥‥なるべくお早く、お願いいたします」
 せかせかと流れる汗を拭い、村役人は聡明な夫人に深く頭を下げる。

 ギルドの係員の前で、夫人は息子から聞いた話を思い出した。勲を共にした冒険者の内、敵と言えども殺したくない。と言う理由から、新たな契約を見合わせた者達が居ることを。
「そのような人物こそ、この仕事を頼むに相応しいでしょう」
 このままでは遠からず諍いはフェーデ(私戦)にまで発展する。闘って勝つことは可能だが、状況的に子供も含めた一般の領民に被害が出かねない。それを、戦を止める者を募集する。自分を殺しに向かって来る者を殺さずに済むには、余程の力量と肝が必要であろう。そして、不動の自己が必要だ。
「判りました。そのような条件に適う者を募集致します」
 夫人直々の依頼に、係員はかしこまって答えた

●今回の参加者

 ea3131 エグム・マキナ(33歳・♂・ウィザード・人間・フランク王国)
 ea7211 レオニール・グリューネバーグ(30歳・♂・神聖騎士・人間・ロシア王国)
 ea8111 ミヤ・ラスカリア(22歳・♀・ナイト・パラ・フランク王国)
 eb0131 アースハット・レッドペッパー(38歳・♂・ウィザード・人間・ノルマン王国)
 eb0132 円 周(20歳・♂・陰陽師・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

●エスト村
 サクス邸。ミヤ・ラスカリア(ea8111)からの求めを受けた夫人は、一筆書いたものを彼女に手渡し、こう忠告した。
「エストの者には、あなた方の指示に従う様に伝えておきます。ただ、一方的な我慢をいつまでも強いられたのでは、村人も黙ってはいないでしょう。彼らにとって、水を絶たれる恐怖は命を絶たれるに等しいのですからね」
 もちろんヴォルネス川は双方のもの。夫人の許可を盾に力尽くで介入する事は出来る訳だが、そうしてしまえば全面対決へと雪崩れ込む事になるだろう。それは避けたいというのが、この依頼の大前提だ。わかりました、と頷いたミヤに、老婦人は穏やかな笑みで応えた。
「ベルジュ卿というのは、どういった人物なのですか?」
 問いかけた円周(eb0132)に、そうね、と呟いた夫人の表情は笑顔のままだったが、幾分かの苦味が混ざった様に思える。
「代々続くベルジュの名に相応しい、誇り高い郷士です」
 それは、融通の利かない頑固な田舎者、と受け取る事も出来る訳で。
「気をつけてお行きなさい。ベルジュの者もエストの村人を安易に傷つけようとはしないでしょう。そうなればこちらも退けなくなる事を、重々承知しているでしょうから。でも、雇われの冒険者相手なら話は別。場合によっては命がけになりますよ」
 2人を見送る夫人は、ひどく心配げだった。契約の上の事とはいえ、幼き子達にまで危険な役目を負わせる事となり、心を痛めているのだろう。

 彼らがエスト村に到着した時、村は騒然となっていた。ソウド側から、騒ぐ村人を眺めてにやにや笑う男達。武装した彼らが川の周辺を常に巡回していて、エストの者が川を越えようとでもしようものなら、恐ろしい形相で駆けつけて来るのだという。
「このままではソウドの連中の思うままじゃないか、領主様は何をしてなさるのだ!」
 村人達に迫られて、ただもう汗を拭うばかりの村役人。周が割って入っていなければ、どうなっていた事か。
「領主様は、この件を私達に一任して下さいました。既に仲間が事の真相を確かめに向かっています。例えば、もっと上流で無法者が何かをしていたり、あるいは共同で使用可能な溜め池をつくろうとしているのかもしれません」
 そんな訳無いだろう、と食って掛かられても周は怯まず、それを今、確かめているところなんです、と繰り返した。
「現在は何もわかっていない状態です。聖人の如く、恨むな捌くな疑うなとは申しません。ですが、調査の結果がでるまで待っていただけませんでしょうか?」
 子供が冷静に言うのを聞いて、ばつ悪げに顔を見合わせる彼ら。
「もしも噂が本当なら、ちゃんと止めてくれるんだろうな」
 もちろんです、と請合って何とかこの場は収めたが、村人が納得していない事は明らかだった。特に血の気の多い若者達は、自分達も自警団を組織するなどと言い出して冒険者達を大いに困らせたのだった。

●ベルジュ邸
 事前に連絡を入れておいた事もあって、エグム・マキナ(ea3131)はすんなりとベルジュ卿と会う事が出来た。もちろん、歓迎はされていない。
「互いに言い分はあると思いますが、村が争えば人の心は荒れ果ててしまいます。そうならない為に、ソウド村を調査し、争いの仲裁をする許可をお願いしたいのです。両村の代表者達に集っていただき、今回の騒動について彼らに説明をしてもらう機会を設けて‥‥」
 椅子にふんぞり返って話を聞いていたベルジュ卿は、ふん、と鼻を鳴らしてエグムを睨みつけた。その態度は無礼の一言に尽きたが、エグムはあくまで笑顔を保つ。
「我が領地をどの様にしようと、サクスからとやかく言われる筋合いはない。故に調査など許さぬし、わざわざ説明の機会など作ってもらわずとも結構だ」
 拒絶。けんもほろろとはこの事だ。
「‥‥しかし、全く耳の早い事だな。普段から浅ましく他人の領地を嗅ぎまわっているというのは、どうやら本当だったと見える」
「お待ち下さい、何か誤解がある様ですが‥‥」
「客人はお帰りだ! 迷わぬ様に送ってさしあげろ!」
 ぞろぞろと現れた傭兵達は、エグムを露骨に威圧する。彼も無理に逆う事はせず、村の境界まで送られたのだった。何を言われても笑顔を崩さず従順に振舞った彼を腰抜けと侮ったのだろう。彼らは嘲る様に彼を見下しながら、こう言った。
「文句があるなら、いつでもかかって来るがいい。正々堂々、受けて立ってやる」
 そして去り際に、薄汚いやつらめ、と吐き捨てる。その様に、ふむ、と首を傾げるエグムである。

●ソウド村
 エスト村と隣接するソウド村だが、川一本挟むだけで、その様子は随分と違う。
「このソウドは我々の先祖がベルジュ家の方々と共に汗水垂らして切り開いた土地なんだ。思い入れもあるが、色々と難もあってな。エストと比べて土地が痩せているから、向こうと同じに収穫を得ようと思えば余分に畑を切り開き、たくさん種を蒔かねばならん。その分手間もかかるという訳さ。エストの連中はそこがまるで分かって無い。何かにつけてごちゃごちゃと難癖をつけた挙句に‥‥」
「なるほどねぇ」
 腕組みなどして村人の話に相槌を打つアースハット・レッドペッパー(eb0131)。修行中の放浪騎士レオニール・グリューネバーグ(ea7211)と共に旅を続ける遊び人という触れ込みで、ちゃっかりソウドに入り込んでいる。こうした話を聞きたがる人間にしてはあからさまに胡散臭い彼だったが、そのざっくばらんで物怖じしない振る舞いが、返って相手の警戒感を解いた様だ。巡回の傭兵剣士に何度も呼び止められたが、そんな具合だから却って疑われなかったらしい。
「しかし、それでは大変だろうな。例えば水なども」
 レオニールの言葉に、よくぞ言ってくれた、と村人は感激の涙を流す。
「だが、ベルジュ様が上流から水を引く算段を立てて下さった。工事が終われば、せっかく育ちかけた作物をみすみす枯らす事も無くなるだろう」
 有り難いことだ、と満面の笑みの村人。そうする間に、機材を積み込んだ馬車を奔らせ、技師の一団が現れた。いそいそと荷物を下ろすのを手伝うソウドの村人達。土木工事の知識が無くとも、これから準備が始まるのだろう事は容易に理解出来た。
「おやおや、まさか目の前でおっ始めようとはね。どうするよ?」
 参ったね、と頭を掻いていたアースハットは、真っ赤な顔をして草むらから飛び出した男達に気付き、目を覆いたい気分になった。それは、エストの若者達だったのだ。
「見ろ、やっぱり水を盗み取るつもりなんだ、旅の者が言っていた通りだ!」
 ベルジュの傭兵達は、舌打ちをしながらも腰の得物に手をかけている。彼らもエストの村人を傷つけてしまう事には躊躇がある筈だ。その間に逃げれば良いものを、若者達も頭に血が昇ってしまい、ただもう喚き散らすばかり。ソウドの村人達も集まって、一発触発の空気が漂い始めていた。
「こうなったら、力尽くでも止めさせるぞ!」
 振り上げた若者の手から、農具が落ちて鈍い音を立てた。レオニールに叩き落されたのだと気付くまでに数秒。アースハットに得物を蹴り飛ばされ、彼は言葉もなく、痛む手を押さえて後ずさる。
「帰れ!」
 一喝され、彼らの戦意は完全に挫けた。
「争いはダメ〜っ! 止めないと‥‥ このトロンペ・キントが噛むよっ!?」
 巡回中だったミヤが、驢馬のトロンペ・キントをトコトコ走らせ駆けつける。場の緊迫が解けた時、エストの若者達は逃げ去って、ソウドの者達もそれを追おうとはしなかった。アースハットが、レオニールの肩をポンと叩いてその機転を讃える。おかげで、どうにか最悪の事態だけは避けられた。危機的状況である事には、依然変わりは無いのだが。
 集まって来た冒険者達に、ベルジュの傭兵達が剣に手をかけたままで言う。
「貴様らがどんな妨害を行おうが、この工事は完遂する。手を出すなら相応の覚悟はしておく事だ。自分の財産でないものが失われても、サクスは仇を討ってはくれないぞ。分かっているとは思うがな」

「そう、ですか‥‥」
 エグムの報告を聞いた夫人は、暫し言葉を失ってしまった。
「あの方は難しい方ではあっても、物の道理を説いて通じない方では無いと思っていたのですが‥‥」
 向けられた敵意の強さに、戸惑っているというのが正直なところだろう。
「失礼を承知で伺います。何か、相手方の怒りだけではない、軽蔑を買う様な行為に心当たりはありませんか」
「ありません。神に誓って」
 少なくともエグムの目には、夫人が嘘を言っている様には見えなかった。

 その日以来、灌漑の為の準備は少しづつだが、着実に進められている。ソウドの村人を動員して実際に掘り始めるまで、そう時間はかからないだろう。
「別の水源を探す訳には行かないのですか?」
 周の問いに、村役人は言葉を濁す。
「恐らくは、難しいのではないかと‥‥ 水不足で争いが起こる度にそういう試みもされていますが、良い結果が出たという話を聞いた事がありません」
 この川は、両村の命綱。だからこそ問題の根は深い。
「そら見た事か、どんどん事は進んでしまっているじゃないか」
「俺達は、ソウドに水を恵んでもらう乞食に成り果てるのか?!」
 追い払われたエスト村民の不安と怒りは収まらず、冒険者達が積極的に動いて見せなければ、村人達がいつまた暴発してもおかしくない、そんな空気が漂っていた。大人の諍いに子供達が影響されない筈もなく、川を挟んで互いを罵りながら、石を投げ合ったりしている。こんな事からさえ、いつ双方の衝突が起こっても不思議では無い状況だ。
「良くないな、こういうの。皆で一緒に遊べたら、きっと楽しいのにな」
 寂しげに呟くミヤを、トロンペ・キントがぶるぶると鼻を鳴らして慰める。解決の糸口は、一向に見えて来ない。