ウォー・ロック〜ヴォルネスの詩2

■シリーズシナリオ


担当:マレーア

対応レベル:6〜10lv

難易度:難しい

成功報酬:3 G 71 C

参加人数:7人

サポート参加人数:1人

冒険期間:07月26日〜07月31日

リプレイ公開日:2005年08月02日

●オープニング

 サクス領エスト村と、ベルジュ領ソウド村。ヴォルネス《境界線》の名を持つ川を挟んで隣接する2つの村は、その水利を巡って今まさに一発触発の事態を迎えていた。
「ソウドの奴らに、勝手に灌漑工事なんかさせていいのか!?」
「いいものか! 上流で好き放題に水を引かれてみろ、下流の俺達が水不足になるのは目に見えてるじゃないか!」
 エストの村人達は爆発寸前。戦いを避けたいという夫人の意向を受け、サクス家の者が村に出向いて過激な行動は慎むようにと説得をしてはいるが、その彼らでさえ村人達に同情し、横暴なベルジュのやり方を憎んで、やはり剣に訴えるしか無いのではと影で囁き合う始末だ。ソウド村にはベルジュの集めた屈強の傭兵達が入っており、一朝事有れば攻め込んですら来そうな勢いである。今はまだ、双方ぎりぎりの所で自制しているが、実際に掘り返し始めたらもういけない。きっと無残な事になる。それは間違いの無い事だ。
「お前の言う通り、フェーデ《私戦》など引き起こすのは愚の骨頂と言わねばならん。しかし、ベルジュが僅かにも我らの言葉に耳を貸すつもりがないのだとすれば、果たして如何なる方策があるというのか」
 夫人を前にしてサクス卿が弱音を吐露する程に、状況は悪い。夫人はベルジュ卿に直接の話し合いを求めているが、相手からの反応は皆無である。
「今回に限り、私はあらゆる事に目を瞑りましょう。多少の恥をかくことも、幾許かの出費も厭いません。ベルジュ卿に、先ずはほんの暫くの間だけでも良いのです、工事への着手を思い留まって頂く為の方法を考えて下さい。私達には時間が必要です」
 ヴォルネス川に遊ぶ子供達の姿はなく、ただ、冷たく張り詰めた空気だけが漂っている。

●今回の参加者

 ea3131 エグム・マキナ(33歳・♂・ウィザード・人間・フランク王国)
 ea5858 音羽 朧(40歳・♂・忍者・ジャイアント・ジャパン)
 ea7211 レオニール・グリューネバーグ(30歳・♂・神聖騎士・人間・ロシア王国)
 ea8111 ミヤ・ラスカリア(22歳・♀・ナイト・パラ・フランク王国)
 ea8202 プリム・リアーナ(21歳・♀・ウィザード・シフール・イギリス王国)
 eb0132 円 周(20歳・♂・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb0565 エレ・ジー(38歳・♀・ファイター・人間・エジプト)

●サポート参加者

駒沢 兵馬(ea5148

●リプレイ本文

●サクス邸にて
 状況は、非常に悪いと言わねばならなかった。ここに来て晴天の日が続き、川の水位がじりじりと下がっている。まだ水不足という程の事は無いが、エスト、ソウド両村の緊張は否応無く高まっていた。
「もし、ソウド村の方々が何かをしてきたとしても、自分たちで反撃をしてしまっては絶対にいけません。必ず、何があったのかをすぐ話してください‥‥ 東洋の言葉曰く、餅は餅屋。荒事が起こるのならば、それを受け持つのは貴方達ではなく兵士や冒険者であるべきです」
 エグム・マキナ(ea3131)が説得を重ね、冒険者が監視の目を強めた事で、村人達はヴォルネス川に近付かなくなっている。顔を合わせればどんなに抑えたところで争いが起きてしまう事を承知していたからだ。この事は子供達にもキツく言い渡され、かくして彼らは貴重な遊び場をひとつ失う絶望を味わう事となるのである。今、川の近辺では傭兵達と冒険者が互いを監視し合い、その間で鳥達が居心地悪そうに餌を啄ばむばかりだ。
「ベルジュ卿は何か、大きな誤解をしている様に思えます。‥‥工事の保留を求める旨の書状を書いて頂けませんか。拒まれようと何だろうと、何度でも赴いてこちらの意思を伝え続けるべきと考えます。その中で見えて来る事もあるでしょう」
 エグム・マキナ(ea3131)の要請に、夫人は暫く考えさせて欲しいと言って自室に下がり、書状を持って現れたのは半日ほど経ってからの事だった。
「サクスとベルジュの話になってしまえば決裂したが最後、もはやどうにもならなくなってしまいます。困難とは思いますが、皆さんには盾となってもらわねばならない‥‥。その事を、どうか肝に銘じておいて下さい」
 書状の記名は夫人、そして、ベルジュ夫人に宛てた物になっている。ここが限界なのであって、彼女の夫が動かねばならない事態となれば、後は戦しか残っていない。せめて村レベル。可能ならば私兵レベルで話が片付くのが理想的なのだ。夫人が冒険者を雇ったのも、ベルジュ卿が傭兵を用いているのも、そういった含みがあっての事だ。使われる側からすれば勝手な理屈ではあるのだが‥‥ くれぐれも頼みます、と彼の手を取った夫人の手は、緊張で冷たかった。
「私は工事の人に直接話をしてみるよ」
 言うやいなや、荷物を抱えて出て行くミヤ・ラスカリア(ea8111)。慌てて追いかけようとしたエレ・ジー(eb0565)が、はっと気づいて夫人に礼。同じ様に礼をして、ひらひらとその後を追うプリム・リアーナ(ea8202)は、何だか楽しそう。
「拙者は、単独行動させてもらおう。少々調べたき事がある故」
 音羽朧(ea5858)は、いつの間にかその姿を消していた。心尽くしの弁当を手渡しながら、冒険者の友は敢えてごくごく初歩的な注意を与えながら彼らを送り出す。こんな大変な時こそ当たり前の事を当たり前に、平常心でという彼からのエールだ。
「今日も、いい天気ですね‥‥」
 弁当を受け取った円周(eb0132)が、空を見上げてぽつりと呟く。この日差しが、村人達の心までひび割れさせてしまいそうで、彼は気が気ではなかった。サクス卿と話した言葉が蘇る。
「何とでも理由をつけて、今は一先ず頭を下げてしまう訳には行きませんか? サクス家の成功を妬んでの事なら、向こうを立てて見せれば勘気も収まるかと思いますが」
 そう言った彼に、サクス卿は首を振ったのだ。
「頭を下げて効果があるのは一度。無闇に下げれば、本当に下げねばならない時に、今度は這い蹲らねばならなくなる。主の頭は軽々しく、訳も分からず下げて良いものではないのだよ」
 だが、そうせねばならぬ確固たる謂れがあるのなら、この頭いつでも下げて見せよう、と卿は言った。まるで首を刎ねられる寸前の騎士の様な、覚悟に強張った表情で。

●ソウド村
 再び村を訪れたレオニール・グリューネバーグ(ea7211)には、不審の目が向けられていた。それはそうだろう。これといって何も無いこんな村に、呼ばれもしないのに何度も顔を出す旅人などいる筈も無いのだから。
「‥‥この村では、どんな風に作物を育てているんだ?」
 様子を見に来た老齢の村人に、彼は聞いた。ますます妙に思われたに違いないのだが、それでも素直に答える辺り、根が善良な人達なのだろう。
「騎士殿には珍しいかも知れませんなぁ。ここいらの農地は、だいたい3つに分かれとります。それを、冬蒔き春蒔き、何も植えずに休ませる‥‥ とまあ、こんな具合に順繰りで使うのですよ。使い続けると土がへばって、作物が育たなくなりますんで」
 語っている内に楽しくなったか、にこにこしながら農業講義。特に土が痩せている事を認識しているソウドの村人にとっては、こういった知識は生きていく為に必要不可欠なものだったに違いない。領主が優遇策を取っているらしく、開墾にも積極的な様子が伺える。
「ただなぁ、色々工夫はしているんだが、なかなか土が良くならん。育ち切らんかったり空だったり、病気にも弱い。出来が悪いから、たくさんの種を蒔かねば追いつかんし、それだけ広い土地を確保しなけりゃならん。それを育てる為には、たくさんの水が必要、となる訳だな」
 あんましウロウロしなさんな、気の立った若いのに突っ掛かられますぞ、と肩を叩き、その農夫は仕事に戻って行った。
「結局のところ、まずは水か‥‥」
 立ち上がったレオニールの耳に、激しい言い合いの声が飛び込んで来た。当然、すんなりと通してはもらえないか、と銀髪を掻き上げ、声のする方へと足を向ける。ニコニコしたまま怒るエグムと、その様に怒髪天を突く勢いの傭兵達。彼らがだんだんとエグムを持て余して困り果ててしまう様を、レオニールは齧り付きの特等席で見物する栄誉に預かったのである。

●工事の人にお願い
「見事な連携で潜入成功だね。さすが私」
 ブッシュに身を隠しながら、ふっふーん、と得意満面のミヤの後ろで、エレは引っかき傷を作りまくって意気消沈。半泣きになりながらも保護者根性でついて来たのは立派だが、もはやどちらが引率だが分からない。
「で? どうするつもりなの?」
 こちらも無傷でつやつやのプリムが小首を傾げる。向こうには、作業を進める技師達の姿が見えた。手伝っているらしき村人の姿もちらほらと。見た感じ、準備は概ね終わっている様だ。本格的な作業が始まるのも時間の問題だろう。
「人間、真正面からぶつかれば真意は通じると思うんだよね」
 言うが早いか、藪から飛び出したミヤは、一番手近な場所にいた技師の足にひっしと縋りついて、潤んだ目で彼を見上げた。
「あ、悪意は無いんです本当なんです‥‥ただ、ミヤちゃんは皆さんとお、お話が‥‥」
 真っ赤になってうろたえながらも、必死に説明するエレ。ビシビシ突き刺さる視線に沸騰寸前である。
「聞いてよ! 工事が完了したら、川の水が殆どソウド村に流れちゃうんでしょ? それが本当ならエスト村には水が足りなくなって、やがて土地は痩せて干上がっちゃう。そうなったらエスト村の人たちは水も食べ物も無くなって、村を捨てないといけなくなるよ! 住むところも食べ物も無くて、老人や子供達が次々と死んでしまうんだ。おじさん達はこれが仕事だって言うかもしれないけど、仕事だから誰かが死んじゃっても良いの? お願いだから、少しの間でも良いから工事をするのを遅らせてよっ! お金だったら私が用意するから、ねぇエスト村を助けてよっ!」
「あーいや、そこまで凄い事には‥‥」
「酷いわ、ああ何て恐ろしいっ!」
 すかさずプリムも参戦。なんだか『酷い奴』にされてしまって、困り顔の技師達。
「気持ちは分かるんだが、仕事として受けてしまった以上、我々の一存でどうこうする事は出来ないからなぁ。村長か領主様にでも話を通してもらわないと」
 そ、そうですよね、ごめんなさい失礼しました! と頭を下げ、ミヤとプリムを引っつかんで退散しようとしたエレ嬢。
「ああ、ちょっと待って」
 身をかわしたつもりだったのだが、気づくと男に手首を掴まれていた。驚く彼女に、慌てて彼も手を離す。
「あ、失礼。皆気が立ってて危ないから、村境までは私達が送って行きますよ」
 結局押し切られ、3人は技師達に送られてエストに戻る事になった。それを見ていた村人から散々嫌味を言われたのは、致し方なしである。

●ベルジュ家との交渉
 各所で通せ、通さぬの問答を散々繰り返した末に、エグムとレオニールはようやくベルジュ邸に辿り着いた。完全に武装解除する事を飲まねばならなかったが、これは剣を抜く抜かないの問題ではなく、屈服した証を示させたという事だろう。
 ベルジュ夫人は手紙に一通り目を通すと、それを夫に手渡した。
「話がしたいというなら、通すべき筋というものがある筈です。それが分からないというのであれば、この先何万の言葉を交わしたところで、何も解決など出来ないでしょう」
 突き放した様な対応に、エグムの笑顔が曇る。戦いとなれば、ベルジュにとっても決して得にはならない筈。にもかかわらず、ここまで強行に出るのは何なのか。
「井戸を掘るつもりはありませんか?」
 レオニールの提案に、うん? と眉を上げるベルジュ卿。
「渇水に強く安定した水量を確保できる深井戸を作れば、川から引水する必要も無くなる。岩盤を刳り貫く深井戸ならば凍結にも強い。一考の余地はあると思いますが」
「手掘りの浅井戸ならともかく、そんなものが簡単に出来るのか。何処でも掘ってみれば何とかなるというものでもあるまい」
「許しさえ頂ければ何とでもしてみせましょう。ただ一言、ヴォルネスの灌漑工事を保留するとさえ言って頂けるならば」
 ここぞとばかりに食い下がる2人。だが、ベルジュ卿は意地の悪い笑みを浮かべて言った。
「そんなに確かな方法ならば、是非エストでするといい。そちらは井戸を思う存分使い、こちらは川の水を誰に気兼ねする事無く使う。これで双方丸く収まるな。互いの妥協点が見出せて実に喜ばしい事だ」
 言葉尻を取られ、二の句が継げないレオニール。
「何と言おうが、自分の領地の経営にとやかく言われる筋合いなど無い。言いたい事があるなら自分で言いに来い。そうサクスに伝えろ」
 卿の言葉は、宣戦布告に等しいものだ。打ちひしがれて館を出ようとする彼らを、夫人が呼び止めた。
「もしもあなた達に何らやましい事が無く、私達が何を言っているのか検討がつかないというのなら、今使われている用水を見て行きなさい。それを問うて、もしもサクスにも思い当たる節が無いというのであれば、疑いを晴らして見せる事です。今、私から言えるのはそれだけです」
 夫人に礼を述べ、帰路の途中で、用水に立ち寄った彼ら。そこには、真新しい補修の痕が見て取れた。
「サクスの間者だ! サクスの間者がまた堤を切りに来たぞ!」
 わっと湧いて出た子供達が、手にした石やら泥団子やら糞団子やらを投げつける。
「‥‥どういう事だ?」
「どうやら事は単純ではない、という事でしょう。この場は退散と行きましょう」
 逃げ去る彼らの背中に、子供達の勝利の雄叫びがぶつけられた。

●雨
 馬に乗ってゆったりと。水源を探して回る周は、残念ながらソウド村の方へは入れなかったけれども、サクスの側に幾つかの水源を見つける事が出来た。ただし、それはとても深いか、浅くても水量に不安があるか。魔法では、その水源がどれほど有望なのかまでは分からない。今は水で満たされていても、少し乾けばすぐに干上がってしまうかも知れない。深く掘るのだとすれば少なくない労力が必要なのに、それを強いるだけの価値があるのかどうか。価値があるとしても、村人を説得できるのかどうか。目の前の川を諦めて、井戸を掘りましょう、と。
 迷う彼の気持ちを映すかの様に、空に雲が現れた。周は天に雨を乞い、天はそれに応えてくれた。
「行こう、もう少し雨が降ってくれれば、少しは皆の頭も冷えると思うから」
 慣れない悪戯をする時の様に照れ笑いをして見せた周に、愛馬がブルブルと笑う。この雨を両村の者達が喜んだのは言うまでも無い。ほんの一時とはいえ、張り詰めたものが緩んで、村人達に穏やかな表情が戻っていた。
「これで、少しは時が稼げる‥‥」
 エグムは、噂を吹聴して歩いた旅人の話に行き着いていた。手首に十字架の墨を入れた男だったという。ただ、その印象が強すぎてか、顔の方を覚えている者は皆無だった。

●実力行使
 雨が穏やかに降り続く夜。怪しい3つの影、ミヤ、エレ、プリムがソウド村の工事現場近くに建てられた小屋へと滑り込んだ。これが道具をしまっておくための倉庫である事は、昼間の調査で突き止めてある。
「ごめんなさいサクス夫人、後で面倒な事になっても怒らないでね」
 ミヤの懺悔に、エレ、倒れそう。
「ね、ね、早くやっちゃいましょうよっ」
 プリムはやけに乗り気である。張り切りすぎて余所見をしたまま飛んでいた彼女は、道具にぶつかり諸共に派手な音を立てて転がり落ちた。しーっ、しーっ、っと口に指を当てて言うエレだが、手遅れ感に涙する。
「あいたたた、あ、れ? 何よこれっ!」
 起き上がったプリムが蹴飛ばしたスコップは、根元からぽっきり折れていた。
「‥‥まだ、何もしてないよね?」
 確認するミヤ。うんうんと頷く2人。よく見れば、他の道具にも一見分からない様に、壊れやすくなる細工が施してあった。
「これって‥‥」
「お、同じ事を考えた仲間が先に‥‥」
「まさかね」
 泥水を掛けたりして誤魔化しているが、細工の跡はまだ新しかった。息を潜める3人。カタ、と鳴った小さな物音に、外! とプリムが叫ぶ。雨の中、微かに揺れる影を見た気がしたが、村外れに向かう林の中で、完全に見失ってしまった。
「何事?」
 木陰から、ぬるりと姿を現したのは、朧だった。3人口々に訴えるのを器用に聞き分けた彼は、ふむ、と考え込む。
「間違いなくこちらに追って来たというのであれば、そ奴は村に紛れ込んでいるのであろう。この道は抜け目無く見ておった。村を出た者はおらぬよ。それよりも」
 人の声が近付いてくる。彼らは林の中に身を躍らせ、その深い闇の中へと姿を消したのだった。