ウォー・ロック〜ヴォルネスの詩5

■シリーズシナリオ


担当:マレーア

対応レベル:9〜15lv

難易度:難しい

成功報酬:5 G 40 C

参加人数:9人

サポート参加人数:-人

冒険期間:10月18日〜10月23日

リプレイ公開日:2005年10月26日

●オープニング

 ヴォルネス《境界線》の名を持つ川を挟んで反目し合っていた2つの村と、その領主達。その間に立ち、手を尽くした冒険者達の努力に天も応えたか、水不足という最悪の事態に至る事なく、村は収穫の季節を迎えた。今はたわわな実りを刈り入れるに忙しく、エスト、ソウド両村共に、争いは一時休戦といった雰囲気だ。そして、領主達にも動きがあった。行動に出たのは、これまで露骨な敵愾心を見せていたベルジュ卿の側である。ニコラ司祭を仲介者として、会って話したい旨をサクス卿に伝えて来たのだ。場所は司祭の教会である。
「危険です。何か理由を付けて断るべきでは‥‥」
 そう忠告する者もいる。これまでの経緯を考えれば、ベルジュ卿の思惑を怪しむのも当然と言えよう。
「今逃げれば、やましい事があると認める様なもの。ようやくベルジュ卿が話を聞く気になってくれたのだ。この機会を逃したくはない。それに、だ。何処の誰とも知れぬ者に、良い様に翻弄されるばかりでは癪に障るではないか」
 サクス卿は、申し出を受けると決めた。それを受け、夫人は再び冒険者を召集する事にしたのである。
「事の裏で暗躍している者達‥‥ もしもまだ彼の者達が魔の手を延ばそうとしているなら、その手を掴んで引きずり出さねばなりません」
 ベルジュ卿は、まだ迷いの中にあると思われる。ここで念押しをして、今後に向けての話に向き合ってもらわねばならない。しかし、未だ敵の全容は霧の中だ。『手首に十字の刺青の男』の足取りも掴めぬまま。定期的に現れては、噂を吹聴して消えてしまう。ベルジュ卿により拘束されている赤毛の技師も、未だ口を割ってはいない。ただ、『冒険者がベルジュ卿と組んでサクスを謀っている』との噂を流布している事自体、敵がまだ謀を諦めていない証である。会談の事を知れば、両者の和解を崩す為、きっと何かしらの行動に出る筈だ。
「この噂の中で活動するのは難しいでしょうが、それでもやり遂げてもらわねばなりません。これまでサクスとベルジュ、エストとソウドを争わせる内容だった噂が、何故ここに来て冒険者を絡ませたものになったのか‥‥。単に邪魔な冒険者を貶めようとしたのかも知れませんが、何らかの行動の布石である可能性もあります。どうか、気をつけて」
 あくまで慎重な夫人に対し、
「我々は、出所定かならぬ風説よりも、共に苦難に立ち向かった者達を信じる。いつまでも卑怯者の策略に付き合う必要など無い。状況を利用し、敵を白日の下に晒して欲しい。その為ならば、私だろうとベルジュの石頭だろうと、好きなように利用するがいい。責任はこの私が全て取る」
 ふん、と鼻息も荒いサクス卿。その憤りは、目の前の問題だけに向けられたものではあるまい。
「‥‥今年のエストの実りは見事なものです。ソウドの開拓地も上々の収穫とか。日照りや病に屈する事無く日々畑に向き合い、愚直に困難と戦った者だけが、豊かな実りを得る事が出来るのです」
 遠まわしな比喩で宥める夫人に、サクス卿がふっと口元を緩める。
「その思いある故の水争いでもあるのだがな。この喜びの時に、幾許かでもわだかまりを解いておきたいものだ」
 含んだ意味には敢えて触れず、迫った会談に思いを馳せる。冒険者達が何度も口にした共同での開発も提案したいと考えているサクス卿だが、果たしてそこまで話を進められるかどうか。全ては一度の会談と、その前後の流れに懸かっている。

●今回の参加者

 ea0167 巴 渓(31歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)
 ea2564 イリア・アドミナル(21歳・♀・ゴーレムニスト・エルフ・ビザンチン帝国)
 ea3026 サラサ・フローライト(27歳・♀・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 ea3131 エグム・マキナ(33歳・♂・ウィザード・人間・フランク王国)
 ea7211 レオニール・グリューネバーグ(30歳・♂・神聖騎士・人間・ロシア王国)
 ea8111 ミヤ・ラスカリア(22歳・♀・ナイト・パラ・フランク王国)
 ea8851 エヴァリィ・スゥ(18歳・♀・バード・ハーフエルフ・ロシア王国)
 eb0132 円 周(20歳・♂・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb0206 ラーバルト・バトルハンマー(21歳・♂・ファイター・ドワーフ・ノルマン王国)

●リプレイ本文

●サクス邸
「元々『十字の刺青の男』は存在せず、月魔法・イリュージョンが生み出した幻なのではないかというお話‥‥有り得る事だと思います」
 硬い表情で語るエヴァリィ・スゥ(ea8851)。ミヤ・ラスカリア(ea8111)は肩を震わせ、むぐぐと唸った。探しても探しても見つからない十字の男。これまで苦労して追っていたものが、何処にも存在しない幻だったかも知れないとは‥‥。しかし、そう考えれば色々な事に辻褄が合う。彼らはようやく、ひとつの結論に達したのだった。
「噂は真実でなくともいい。噂は噂を生み、瞬く間に真実を覆い隠す。これはまるで、以前私達が関わったビ‥‥」
 言いかけたエヴァリィを、レオニール・グリューネバーグ(ea7211)が遮った。
「それ以上口にするな。秘匿を条件に受けた仕事の内容を口外するつもりか」
 でも、と言い返すものの、レオニールの視線の厳しさに気付き、言葉を飲み込む。彼は剣の柄にこそ手をかけていなかったが、鞘を押し下げ、口を開けば斬って捨てると言わんばかりの圧力を彼女にかけていた。サクス夫人は、エヴァリィに言う。
「秘すべき事を外に漏らせば、貴方だけではない、ギルドの信用が地に落ちる事となります。私とて、今後は重大な局面で冒険者を頼る事を躊躇するでしょう。依頼者にとって迷惑なのはもちろん、聞いた私も少なからずその面倒事に巻き込まれる事になる。それでもなお伝えるべき内容と思うならば、私も覚悟を決めて聞きましょう」
 エヴァリィは、何も言わず首を振った。単に類似の経験談を語ろうとしただけの事である。
「では、私も今の話は忘れましょう。興味深くはありますが、サクスは冒険者を使って醜聞を嗅ぎまわっている、などと噂を立てられかねませんからね」
 もうこれ以上、敵に隙を見せる訳には行かない。念入りに打ち合わせをする彼らのもとに、サクス卿も姿を現した。
「くれぐれも、よろしく頼む」
 彼がミヤに手渡したのは、これまでの経緯と行動の意図を記した書状と紹介状。サクス卿自らが目を通した上でサインを入れたものだ。12歳の彼女を一人前の冒険者として扱い、自分の名を預けてくれたのだ。これはもう、力を尽くさない訳には行かない。
「両家に平和を、領民に平穏を、そしてヴォルネスに平準を。必ず成功させます」
 ミヤの言葉に、うむ、と頷くサクス卿。
「‥‥見て欲しいものがあるんです」
 円周(eb0132)が持ち込んだのは、エスト、ソウド両村共同の開発計画案だった。これまで調べた結果を元にして、専門家とも相談して纏めたものだ。単なる見積もりに10Gも取られたが、さすがに見栄えのするものに仕上がっている。サクス卿と周は、その内容について最後の詰めを。
「エグム、お前さんがこの依頼のリーダーだ。指示に従うぜ」
 毎度の如く勝手にリーダー指名を始める巴渓(ea0167)に、エグム・マキナ(ea3131)が苦笑する。失礼がねェ様に、ちゃんとした衣装を着てきたぜ、と巫女装束をバタバタさせて見せる彼女に、イリア・アドミナル(ea2564)とサラサ・フローライト(ea3026)が顔を見合わせた。教会の警備に異教の装束はどうなのかという点は、ジャパンとの交流が進む昨今、ジーサス教関係者も然程うるさくは言わない様なのでまあ良いとして、その着こなしが‥‥風情も何もあったものではない。そのまま鎧でも纏って合戦場に飛び出しそうな勢いだ。
 ああ、そうだった! と荷物をゴソゴソやり始めた渓は、花束を引っ張り出し、夫人にそれを差し出した。
「仮面の大将から預かってきたぜ。俺も大将には世話になってるからな。今回の依頼料はチャラでいい。ま、どこぞの駆け出しどもみたく、えげつねェ『善意』とやらよりゃ、大将の誠意に応える方がまだ気分がいいのさ!」
 花束を受け取った夫人だが、鼻息荒く言い募る渓の姿に、困った子ね、と表情を曇らせた。
「何かへの当てつけにその様に振舞うなら、迷惑です。恩ある人に報いたいなら直接報いればいいのです。当家の出した仕事を間に挟んで義理の売り買い、ましてや意趣返しは筋違いでしょう。私が望むのは、報酬に相応しい仕事をしてくれる事だけです」
 思いもかけず厳しく言われ、鼻白む渓。
「自分を突き動かしているものの正体を、もう一度見つめ直してみるべきです。このヴォルネスの争いを見て来た眼に、それが映らない筈はありません」
 夫人は渡された花束から数本を抜き、渓に手渡した。
「花が必要なのは、むしろ貴方の様ですね。花を愛でる余裕をもって仕事に当たって下さい。でなければ、足下をすくわれますよ」
 憮然として受け取る彼女。持ち慣れないアイテムを、完全に持て余している。
「夫人から頂いた花、しっかりと愛でて下さい。捨てたりしまったりは禁止です」
 にっこり微笑んで命じるエグム。何で、と食って掛かった彼女に彼は、リーダーとしての判断です、と笑って肩を叩いた。自分が言い出した手前、従わない訳には行かない。
「分からない人に分かるように物事を説く。これこそが私の生業です。何かを感じ取ってくれると良いのですけどね」
 エグム先生、かく語りき。

●ソウド村とエスト村
 エスト村に到着した冒険者達を迎えたのは、先に来ていたラーバルト・バトルハンマー(eb0206)の気さくな挨拶と、村人達のよそよそしい視線だった。
「よぉ、やっと来たな。来たばっかりのとこ悪いんだが、さっさと行こうぜ。ここにゃあ長居したくねぇ。なんか村人の目が冷たいんだよな」
 ちくちくと突き刺さる視線に、さしものラーバルトも居心地が悪かったらしい。噂は噂に過ぎないと言ってみたところで、鬱憤の捌け口を求めていた彼らにとって、ふがいない冒険者達こそが諸悪の根源という『真相』は、実に信じやすいものだったのだろう。
「明るい内に行こうぜ。日が暮れてからになってみろ、何を言われるか分かったもんじゃねえぞ」
 ラーバルトの先導でヴォルネスを渡る彼らを、不信の眼差しで見る村人達。そして、対岸では無骨な傭兵達が出迎える。よ、と手を上げ、顔パスで通るラーバルト。後に続くサラサを見て、内のひとりが声をかけた。
「あんた、今度はそっちに雇われたのか」
 明らかに不満そうな口ぶりだ。
「冒険者にしろ傭兵にしろ、珍しい事では無い筈だ。だが、かつての雇い主を裏切る様な真似はしない。それだけは信じて欲しい」
 淡々と語る彼女に、傭兵はそれ以上の追求を止めた。誰かが呼びに行ったのだろう、間もなく現れた傭兵隊長に、ミヤは用意の書状を手渡した。
「2つの村が対立していたとは言っても、今年の様な旱魃と縁遠い年に争う理由など何も無かった筈です。ここまで切迫した状況になった裏には、何者かの思惑があった‥‥。そして、対立を乗り越えようとしている今、敵はきっと何か仕掛けて来るでしょう。双方の為、どうか協力をお願いします」
 頭を下げて頼むイリア。合同での警備要請に、傭兵達が囁き合う。書状を読み終えた隊長は、それを部下にも回し読みさせた。
「我々だけで勝手には決められん。サクス卿からの紹介状を持参となれば、俺の一存で追い返す訳にも行くまい。付いて来い」
 促す隊長に、ミヤとイリアが続く。
「どうしたガキ、今日は随分とお澄ましだな。こないだみたいに、ギャーギャー喚いてみろ」
 ミヤの隣に、先日彼女を引き摺り回した挙句、散々にボコってくれた傭兵が並ぶ。小馬鹿にした態度にむかっ腹が立たなかったと言えば嘘になるが、ミヤはぐぐっと堪えて見せた。
「あの事ならもう気にしてないから。お互い仕事だもんね」
 びびったのか? と笑う彼に、ミヤは言う。
「こっそり隠れて、人が争うのを見てほくそえんでる奴がいるんだ。そいつを絶対に捕まえてやりたいだけだよ。真犯人が行動を起すのは会談前後の可能性が高い筈。だから、宜しくお願いします」
 ぺこりと頭を下げるミヤに、男はバツ悪げに距離を置いた。

 2人を待つ間に、エグムはソウドの村人達を集めてもらい、彼らを前に話を始めた。怪しげな噂による両村の誤解と対立。それは信じるべき事ではない、と知る限りの知識を使って訴えたのだ。事の裏が幾許か見えて来たからといって、やはりエストに組していた彼に対する警戒心は強い。元々、判然としない部分も多い話。村人達はなかなか理解を示してくれなかった。エストの噂を耳にし、冒険者こそ黒幕ではと噂し合う者さえいる始末だ。
「何度でも言います。両村を争わせようとする何者かの思惑に、易々と乗るべきではありません。不確かな噂よりまず、目の前の相手を見て判断するべきなのです」
 いくら疑われても説得を止めようとしない彼に、ソウドの人々も納得‥‥というよりは根気負けし、分かった分かった、と呆れ顔で宥めに回る。
「妙な噂を耳にしたら、是非私に教えてください。それでは、また後日来ますから」
 にこやかに去って行く彼に、村人達はほっと胸を撫で下ろしたのだった。
 一方、周が接触したのは、村に留め置かれている技師達だった。仲間のひとりは監禁、もうひとりは保護、仕事は中断したままで再開の予定も立たない状況で、ただ待っているしかない彼らである。
「これを、見て欲しいんです‥‥」
 差し出された図面の束を怪訝そうに眺めていた彼らだが、次第にその表情は真剣なものに変わって行った。数パターンの渇水対策と実現性、必要な技術、魔法、予算と工期の概算まで言及したその計画書は、彼らプロが見ても十分、検討に値するものだった。
「これは皆さんが、『こんなこともあろうかと』用意しておいた物としておいて下さい。ボク‥‥じゃなくて私のような若輩者では信用もされないでしょうから」
 更にそう言われて、技師達はざわめいた。
「それで本当にいいのか? 俺達の手柄になってしまうぞ。これだけの仕事、調査だけでも随分と時間をかけただろうに」
 そんな事はいいんです、と周は首を振った。そして、お願い出来ますか? と改めて問い直す。
「分かった。そこまで言うなら、その役目引き受けよう。きっとベルジュ卿まで話を通しておくから、安心するがいい」
 技師の長が請合い、周から図面を受け取った。

 ベルジュ卿に会う事を許されたミヤとイリアは、執務室に通された。ベルジュ卿のデスクの上は大量のメモで埋まっており、2人が入った時も、何か手紙を書かせている最中だった様だ。見ての通り忙しい、手短に頼む、と彼。イリアは時間を割いてもらった事に礼を述べ、そして自分の思いを率直に言葉にした。
「今までの出来事は悪しき噂が原因でした。でも、それはエスト、ソウド両村の水に対する不安があったればこそ、ここまで影響したのだと思います。僕達はその不安を拭う為に、出来る限りの事をして来たつもりです。サクスは今、沈黙していますが、一度打たれて引いた手を、再び差し出す機会を待っているのです。悪しき噂は未だ止みませんが‥‥不安を煽る噂に対して、両者の幸福の為、願い、行動する事で抗いたいと思っています。私達はまだ、諦めていません。どうかサクス卿の言葉を切り捨てず、受け止めて下さい。お願いします」
 暫く彼女を見据え、僭越だな、とベルジュ卿。確かに、主同士が間もなく話そうという時に、雇われ人のこの言葉は大いに僭越だ。ただ、彼はそれを咎めはしなかった。考えておこう、とだけ答え、今度はミヤを促す。
「赤毛の技師を監視する為の、滞在と行動の許可をお願いします。えーっと、出来ればもうひとり‥‥」
 祐筆が、こんな怪しげな子供を招き入れては云々と耳打ちしているのが聞こえる。が、ベルジュ卿はこれを許可した。それで何か仕出かすなら、いっそ敵が誰かはっきりして良い、というのだ。
「お前は厄介事ばかりを持ち込んで来るな」
 ベルジュ卿に言われ、は、と縮こまる傭兵隊長。合同での警備もやらせて見ろ、の一言で決まり、彼を慌てさせる事になる。

 ベルジュ卿からの許可を得て、合同警備の打ち合わせが始まった。挨拶も済まない内から、そちらの申し出なのだから譲歩を、いやホストの責任というものが、と双方の責任者が早速の鍔迫り合い。
「両方から同数出すという事でどうだろう」
 サラサの提案を受けて、順当なところと受け入れた。
「敵は幻覚を用いて来る可能性が高い。こうして顔合わせも出来たのだから互いの顔をよく覚えておき、もしもの時の為に合言葉も決めておこう」
 随分と念入りだな、と傭兵隊長。互いの領主が来るのだ、このくらいの用心はしておいて損は無いだろう、とサラサ。ここまでしていい様にやられたのでは、目も当てられない。
「僕達は、両村に出入りしていた行商人が赤毛の技師の仲間なのでは、と見ています。念の為、スクロールを使って彼が残したものを調べておきたいのですが」
 イリアの願いは、渋々ながら受け入れられた。幸いというべきか、残念ながらというべきか、怪しい品は見つからなかったのだが‥‥。傭兵隊長は赤毛と行商の関係に思い至ったのだろう。
「あの生地の行商か」
 そう呟きながら小さく舌打ちするのを、イリアは聞いた。

 愛馬と共にエストに戻ったエグムは、ソウドと同様、噂を払拭しようと村人達に訴えて回った。
「こっちは収穫でヘトヘトなんだ、大概にしてくれよまったく‥‥」
 文句を言われながらも、エグムは決して止めなかった。長期の緊張を強いられ続けた彼らは、今は収穫の忙しさと幸福感で気を紛らわせているが、不安な気持ちを拭えた訳では無い。ぶり返しがあれば、きっと堪え切れず感情を爆発させてしまう。
(「どんな小さな兆候も、見落とさない様にしなければ」)
 エストとソウドを行き来し、村人達と話す日々。その中で、彼は生地売りの行商人と出くわした。それからだ。十字の男を見たという噂が、再び聞かれる様になったのは。エグムはそれとなく、行商人の監視を始める。

●両者会談
 教会における会談は、滞りなく行われた。双方からの警備が幾分張り合いながらも教会をがっちり固め、水も漏らさぬ体制が作られた。イリアは通る人も品物も、全てリーヴィルマジックとエネミーで調べた。危険の進入は、決して許さない構えだ。少しでも良い雰囲気で会談が行われる事を祈りながら、竪琴を爪弾くエヴァリィ。
「話し合いは上手く行ってんのかねぇ」
 萎れた花をくるくる回しながら、呟く渓。いつまでこんな辛気臭い花持ってなきゃならないんだ、と愚痴りながらも捨ててしまわないのは律儀なところだが、萎れさすまいとする気は働かなかったらしい。そうする内に会談は終わり、ニコラ司祭に送られて、サクス卿とベルジュ卿が現れた。教会の中で如何なる話し合いが為されたのか、冒険者達には知る由も無い。ただ、サクス卿の穏やかな表情は、決して悪い感触では無かった事を物語っていた。
 陽は傾き、辺りは薄暗くなりかけている。帰路についたサクス卿は、並んで馬を歩ませていたイリアに、ふとこんな事を漏らした。
「あれの事を引き合いに出され、サクスの正義は如何なるものかと問われたよ。覚悟はしていたが、やはり辛いものだな」
「噂をお信じになりますか?」
 彼女が聞き返すと、
「あの娘を連れてきていなければ、動揺したかも知れんな」
 そう答えて、口を噤んだ。イリアがくすりと笑う。と。併走していたひとりの騎士が、馬の歩みを速めて叫んだ。
「林の影に何者かが‥‥あれは、ベルジュの傭兵ども!?」
 後にその騎士は、はっきりとひとりひとりの顔を見た訳では無いと証言している。ただ、不揃いな装備や振る舞いの様が似ていたので、咄嗟にそう判断したらしい。
「何処だ!?」
 サラサが駆け出し辺りを見回すが、何処にもそんな姿は無い。困惑が頭の中を駆け巡る。が、すぐに思い至った。レジストメンタルを自分に付与し、幻に惑わされるなと仲間に叫ぶ。
「サクス卿をお守りしろ!」
 レオニールも自らにレジストマジックを付与しながら、敵の姿を探す。
「あっ、逃げるぞ、追え、何をしている追えっ!」
 叫ぶ騎士。追おうとする者が2人程。戦えば、それが幻である事が分かってしまうが、この流れであれば、幻を見せられた者にとってそれは真実の記憶となる。巧みに現実との辻褄を合わせる事。それが、彼らのやり口だった。
 だが、その幻想劇場は突然終わりを告げる。野太い悲鳴と共に、林の中から転がり出て来た背の低い中年男‥‥紛れも無い、あの行商人だ。頬に深々と突き刺さったダーツを抜こうとしては溢れる血と痛みでのたうち回る。
「くそ、顔が、顔が!!」
 その後から現れたのは、エグムだった。
「つけて来て正解でしたね。‥‥逃げたければ逃げてもいいですよ? その傷はきっと残る。そんな目立つ顔で、これまでの様な悪事が出来るかどうかは分かりませんけどね」
 男がエグムに向けた目は、憎悪と絶望に溢れていた。幻から解放された騎士達が、呆然と辺りを見回している。
「あなたが、幻で噂を立てていたのね?」
 イリアに問われ、男は喚く。
「畜生! 貴様らがしゃしゃり出て来さえしなければ、あの糞傭兵が村の封鎖なんて無茶をする事も無く、エストに死体を転がして‥‥万事上手く運べたものを!! 俺達の恨みがこんなものだと思うな、サクスなんぞに関わってると、お前らも悲惨な目にうぐ、うぐぐっ」
 舌を噛んだものの、噛み切れずもがく男。彼を押さえつけたレオニールは、力任せに鞘を捻じ込んで口を開かせ、強引に治療を始めた。
「これだけの事をしておいて楽に死ねるなどと思うな。大いなる父の裁きはそう甘くは無いぞ」
 彼の治療から逃れようと暴れる男。だが、エヴァリィのスリープを食らい、ばったりと倒れ伏した。

 夜。赤毛の技師はこの日、いつになく落ち着かない様子だった。仲間からの接触がある予定だったのかも知れない。暫くの間あてがわれた部屋の中をうろうろしていたが、差し込む月明かりを眺めていたかと思うと、銀色の光に包まれ、長く延びた己の影に沈み込んだ。パラのマントをガバッと跳ね除け、姿を現したミヤが叫ぶ。
「ムーンシャドゥ!? 赤毛が逃げたぞーっ!」
 弾ける様に駆け出したミヤは、繋いでおいたトロンペ・キントに飛び乗るや、赤毛の姿を求めて疾走する。赤毛の不幸は、夜に出来る影を、ごく屋敷に近い場所しか把握していなかった事だ。500mという移動距離を最大限に利用できれば、あるいは探索網を突破出来たかも知れないのに。そして、傭兵達、技師達、そして屋敷の庭師よろしく雑用に励んでいたラーバルトまで、この屋敷の周囲には大勢の目が光っていた。この逃走は、彼が持つ力を露にしたに過ぎなかった。
「ふむ。こんな力があれば、誰にも怪しまれず自由自在に悪事が働けた事だろうな」
 よいこらせ、と愛用のハンマーofクラッシュを担ぎ、立ちはだかるランバート。
「ま〜て〜っ!」
 ぱかぽこ追ってくるミヤとトロンペ・キント。月の魔力を振るおうとした赤毛は、しかし飛び掛った傭兵達に組み伏せられ、再び囚われの身となってしまった。なんだあっけねえな、と詰まらなそうにラーバルト。
「ひとつ聞いていい? 十字の刺青の男って、おまえが作った幻なの?」
 赤毛は答えなかったが、口元を歪めて笑ったその表情が全てを語っていた。
「‥‥トロンペ・キント、こいつカジっていいよ」
 ごりごりとかじられ、悲鳴を上げる赤毛。引き立てられ、屋敷へと連れ戻された彼を、ベルジュ卿が出迎えた。
「随分と愚弄してくれたものだ。どういう事か、全て話してもらうぞ」
「言った筈ですよ。私は何も知らないとね」
 そっぽを向いた彼の頬を、ベルジュ卿が打った。
「そうか。なら、おまえの体に聞いてやろう。己の意思とは関係なく、自分の口が知りうる事の全てを垂れ流す様を見せてやる。これは貴重な経験だぞ」
「あの‥‥あんまり酷い事は、ね?」
 袖を引っ張って訴えたミヤに、ベルジュ卿はうむと頷き、
「大丈夫だ、殺しはしない」
 そう言って暴れる赤毛を、地下室へ引いて行った。

「たった2人に、ここまで翻弄されていたとはな」
 サラサが深い溜息をつく。少人数だったからこそ、容易に探索の網に掛からなかったとも言えるのだが、それにしても。2人の存在は重要だ。得られた情報は、暗躍する彼ら一味を引きずり出す重要な証拠となるだろう。
「今度の事件を、『ヴォルネスの詩』として歌いたいと思う。構わないだろうか」
 サラサはサクス、ベルジュ両家の承諾を得て、この詩の製作に励んでいる。
「私は先祖が残した詩でフランクの過ちを知った。人が時を経て過ちを忘れ、再びそれを繰り返す事が無い様に、詩としてこの教訓を未来に伝えて行きたいんだ」
 彼女はそう語る。事実を知った両村の村人達は一先ず矛を納め、収穫後の穏やかな季節を楽しんでいる。とはいっても、長年争ってきた彼らが突然親密になる訳でもないのだが‥‥。ただ、近頃ソウドの技師達が、エスト側の測量もしている事が噂になっている。少しづつではあるが、変化の兆しは見え始めた様だ。
 刈り取りを終えた畑に、子供達が遊んでいる。一服している農夫達は、冬蒔きの種でも準備しているのだろうか。周はただ、そんな風景をにこやかに見守っていた。