●リプレイ本文
●危険なお子様
名声。自尊心。そして権力。
『名家』と呼ばれる一族に生まれついた者は、本人の意思に関わりなくそれに巻き込まれる運命にある。たとえその人物がまた年端も行かない子供でそれらの価値を理解しきってなくとも、そんなことは周囲にいる大人達には関係ない。哀れなるは、ただ渦中の只中に放り込まれる子供達。
「――と、以前までは私もそう思っていたのですが。つくづく子供だからこそ侮れないと。こちらのご子息たちにはこの1年の間、よぅく学ばせてもらいました」
「はあ‥‥」
どこか諦観の境地、と言った口調で言うのはマリウス・ドゥースウィント(ea1681)。オスカーとベルナルド。今回の、まだ10歳にも満たない年齢の依頼人達から詳細を聞かされ、呆気にとられていたレニー・アーヤル(ea2955)と薊鬼十郎(ea4004)は、彼のその言葉に半ば呆然、とした態で頷いた。そんな二人の反応を、アレクシアス・フェザント(ea1565)とトール・ウッド(ea1919)は苦笑を浮かべて眺めている。今回の件、確かに耳にしたときは驚愕し呆れもしたが。自分達の知る『箱入息子』ならば、提示された大人達の『小賢しい奸計』に対しそれぐらいのことはやってのける。‥‥そしてそうやってあっさりと納得できてしまうあたり、自分達も毒されてきたなあと思わないでもなかったり。
「ともかく、今回の私達の依頼人はあの二人の少年です。そして私達の役目は、依頼人の意向にできる限りそうこと。それがより最善な結果であるようにです。『オトナだって侮れないんだ』と、彼らに教えてあげるぐらいの気概で臨みましょう」
「そうですね」
アハメス・パミ(ea3641)の言葉に、城戸烽火(ea5601)が頷く。
「それにしても、お家騒動に子供を利用するするなんて。ちょっと感心しませんね」
「その意見にはまったくもって同感だが。表には出すんじゃないぞ。特にオスカーやベルナルドの前では」
「あ、ええ。‥‥すみません」
淋麗(ea7509)が思わず漏らした本音を、グラン・バク(ea5229)がやんわりとたしなめた。今回の件が『決して感心できない』状況であることは、おそらく依頼人の少年達が一番よく知っている。だからこそ彼らは彼らだけで対応策を巡らせ、周囲を納得させるために引き込む『大人』として、第三者である自分達を指定してきたのだ。その意志には応えてやりたいと思う。
「単なる御家内部の謀りごとならまだいいんですが、ね。ベルナルド殿が言うには、今回の『首謀者』である彼の母上を『唆した』人物がいるらしい、ということですから。何か裏に隠れてないといいのですが」
しかし、残念ながらそんな気はしない。それがマリウスの現時点での率直な予想である。現ノルマン王家の覚えもめでたいヴォグリオール家。その強すぎる権勢は通常なら『あやかりたい』と思いこそすれ、『追い落としてやる』と安易に思えるレベルのものではない。が、『何らかの要因』で、その『権勢』に綻びが生じたとなれば、どうだろう。
飛ぶ鳥も勢いが衰えれば射ち落とすのは容易い。そして、外からは如何にしても崩れないというのなら。
――内側から崩すことを試みれば良いのだ。
「なに。状況は深刻かもしれないけど、まだ致命的じゃない。特に今回は、かつて『傭兵貴族』が介入して起こった騒動を軽くいなしたオスカーとベルナルドの2人がタッグを組んでるんだ。なまじのオトナの策なんかがそうそう通用するはずないね。加えてそのとき協力した冒険者の面々のほとんどが揃っている。まさに文句なしの素晴らしい状況! ゆえに、手加減抜きでいけば絶対何とかなるさ♪」
「いや‥‥あなたは手加減してくださった、方、が‥‥(いいかもしれない)」
『箱入息子』お気に入りの――というか、箱入息子『を』お気に入りと言うべきか――仮面の道化、フレイハルト・ウィンダム(ea4668)の高らかな宣言に、マリウスがさりげなくツッ込む。
‥‥が。それがいかほどの効果があったかは定かではない。
●子の心 親知らず
依頼人の少年二人を含めた事前の打ち合わせで、ひとまず護衛に関する陣営は次のようになった。
オスカーの護衛に着くのは、今やすっかり『箱入息子の代理人』としての立場が印象づいてしまったアレクシアスをはじめ、つい先日の決闘騒ぎで立会人を務めたアハメス、烽火、そしてレニー。そしてベルナルドの護衛は、かつて彼の決闘代理人を勤めたグランと、その際協力者だったトール、マリウス、そして鬼十郎と麗、という布陣である。フレイハルトは、何やら一計があるとかで『護衛役』としての立場には着かなかった。その代わりオスカーから、彼がパリ下町に構築した『人脈』に所属する少年少女達の力を借りたいと申し入れている。当日は彼らの協力のもと、陰から箱入息子二人と護衛メンバーを支援する心積もりのようだ。
「そういや今回の護衛の件は、母君の方は既に了解しているのか?」
グランの問いに、「うん」と素直に頷くベルナルド。
ちなみに、現在の彼の居場所はフレイハルトの膝の上。
「親とのコミュニケーションが足りてないお子様には、これが一番!」
という主張に基づいての好意らしいが、当のベルナルドはかなり気恥ずかしい、というのが正直なところのようだ。少しばかり顔を赤くし、かしこまって座っている。
「事情が事情だからね。母上もさすがにそこまでは浅はかじゃなかったらしくて、護衛なしで外をうろつくのを許してなんかくれないよ。今回ギルドに依頼を出したのは実はそういった理由もあるんだ。手を打たなかったら、母上が手をまわした『護衛』が着いちゃう可能性もあったからね」
「そうすると、一度親御さんの方にも、ちゃんとご挨拶に行ったほうがいいかも知れませんねぇ。事件の際、『この護衛がついているから』と、認識させることもできますものね」
にこやかにレニーが言う。マリウスもそれに頷いた。
「それに一度、ベルナルドの母君には会っておきたいですしね。目通りを願えますか?」
「うん。わかった」
かくしてベルナルドの案内のもと。彼の館を訪れた護衛のメンバーは、サロンで優雅に寛ぐ彼の母親と対面した。
「あら‥‥あなた達は」
「お久しぶりでございます」
礼儀正しく一礼するグランとトール、そしてマリウス。1年ほど前の決闘騒ぎで、彼らは彼女と面識がある。さすがに息子の代理人を務めた冒険者のことは、しっかりと覚えているようだ。ベルナルドが今回、パリの街に出かける際の護衛であると彼らを改めて紹介し、得心したような笑みを浮かべる。
「そう、この子の。あなた方が護衛ならそれは安心ですわ。息子をよろしくお願いいたしますわね」
聞き様によっては皮肉にもとれる言葉だった。そしてそれが真意であることを確信する麗。
――ちょっと、不味いことになった‥‥。そんな風に思ってらっしゃいますね。
予め発動させていた魔術の恩恵もあって、奥方の内面はよく見える。あわよくば、彼女に入れ知恵をした人物についても知りたいところだが、それを果たすには彼女に『その人物』のことを思い出してもらわなくてはならない。さて、今回のこの対面でどれだけのことができるか。
「全力を尽くさせていただきます。ところで‥‥失礼ながら、少々お顔の色が優れないご様子。外はいい日和です。せっかくですから庭園の散策などいかがですか?」
「いいんじゃないかな。行こう、母上。そろそろ秋の薔薇が綺麗だよ」
マリウスの誘いにベルナルドが助け舟を出し、奥方を誘い出して庭園に出る一行。秋の日差しに照らされた庭園は隅々まで手入れが行き届いており、状況が許すなら昼寝でも楽しみたい風情を醸していた。ゆったりと庭園内を散策しながら、奥方やベルナルドを相手に他愛ない会話に興じる。
「ベルナルド殿は聡明ですね。そしてお優しい。後ろ暗い裏道ではなく、どうか日の当たる、この庭のような道を歩まれて頂きたいものです」
「そうね。あの子には洋々たる前途と可能性があるのですもの。この家に生まれたことは何よりの幸い。今の立場に満足することなく、更なる高みを目指していって欲しいと思うわ。それに必要な才能も器質もあの子は持っている‥‥持っているはずですもの」
呟きめいたその言葉には、微かに思いつめたような色が滲んでいた。それは我が子の才能を信じながら、一方で『信じたい』と願っているようでもあり。そして、『信じているから』。そのためには自分はなんとでもしてみせる、という覚悟のようでもあり――。少し離れて、それとなく奥方の様子を伺っていた鬼十郎は、彼女の言葉にそんな印象を持った。
――態々自分の子供を傷つけさせ、それを持って相手を貶める。だからといって別段子供に愛情がないわけではない。逆に愛情ゆえに暴走しかかっている‥‥そんなところかな。難儀な話だ。
そっとため息を漏らし、グランが奥方に告げる。
「子は何時までも子供のままではありません。騎士としての気概があるのなら尚更です。子の成長を信じて見守り、間違っているならその時はハタいてやる。それが親の情だと俺は思います」
グランの言葉に、奥方は一瞬驚いたように目を見開き、そしてゆったりと微笑んだ。
「‥‥そうでしょうね。でも生憎とここは安全な群れの中ではないの。力のない雛を虎視眈々と窺っている猛禽の巣なのよ。そこから守って、より確かな場所に送り出してやるのも親の役目よ。そうは思わなくて、騎士様?」
「そうですね‥‥」
グランが目を細めて、少し離れた場所に居るベルナルドを見やる。彼らの意図を察して、気を利かせて距離を取っているのだろう。だが、意識をこちらの方に向けているのはわかる。
「でも子供だからといって力がない、とは限りませんよ。彼らは彼らなりの力をちゃんと持っていて決して無力ではない。ただ、その適切な使い方を知っているかどうかはまた別です。それを教えてやるのが親、ひいては大人の役割ではないかと」
1年前。ただ大人達の思惑に振り回されるだけだった『子供』は今、自分なりに『最善』を求めて行動しようとしている。
――大きくなったな。
今回の件がどんな顛末で終わるのかはまだわからないが。これもまた彼の成長の糧になればそれでいい。心の底から、そう思うグランだった。
「あの、ベルナルドさん?」
母親と微妙に距離を取りながら庭園を散策するベルナルドに、鬼十郎がそっと声をかける。「なに?」と見返してくる利発そうな瞳を覗き込み、ゆっくりと言った。
「余計な一言かもしれませんが。‥‥ベルナルドさん、お母様の事、決して恨んではいけませんよ」
自身の息子をだしに工作を行なう――それは決して褒められた行動ではない。が、彼女には彼女なりの思いがある。自身が生きてきた社会を『猛禽の巣』とまで言い切ったからには、相応の辛酸を舐めてきているはずだ。その分、我が子には同じ想いをさせたくないという気持ちが強すぎるのだろう。それに例え不穏な提案であっても無下に断れば、支持者に掌を返されて政敵側に付かれるのではという不安もあろう。まして頼りとしたい父親には愛人も多く、同じ状況の子息子女も少なくないとなれば、なおのこと。
鬼十郎の言葉に、ベルナルドは「うん」と頷いて微笑んだ。
「大丈夫、心配しないで。この家の中で僕だけは‥‥絶対に母上を見捨てたりしないから」
●親の心 子知らず
ベルナルドの言うとおり、彼の母親に今回の件について『入れ知恵』を行なった者が居るなら、その人物の『痕跡』は、奥方の周囲に必ずあるに違いない。
護衛の件について話を進める一方で、マリウスや烽火、レニー、フレイハルトらは、独自の手法を使って、その『知恵者』についての洗い出しを行なうべく、情報収集活動に勤しんだ。
マリウスはベルナルドから、奥方と最近接触のあった人物について。レニーは、貴族間の現在の勢力関係を。フレイハルトはベルナルドの館の使用人から噂話を通じて。そして烽火は、『忍び』であるという己の技量を活かし、『正攻法では及ぶことのできない』部分から。
これらの調査の結果、浮かび上がってきた人物がいる。
ヤール・ミカイル。世代的には中年というにはやや若い、ノルマンの貴族社会ではほぼ中堅どころに位置する立場にある存在であった。レニーが収集してきた情報によると家柄はそれなりに良い。が、それ以外は特に特筆するようなものはない。2、3代前の当主の頃はそれなりに羽振りも良かったらしいが、今はその当時ほどの勢いはないというのがおおよその認識である。
ただし現当主のヤールがその現状に満足してるか、と言えばそうではない。何とかかつての権勢を取り戻そうと躍起になっているようだ。そのため時の有力者達との交流を積極的に行ない、権威のおこぼれに預かろうと活動に余念がない。そして現在はノアール・ノエル卿を支持する派閥に属しているとか。
「とはいっても今現在そのヤール卿と、ベルナルド殿の母君との間にそう親密なやり取りがされている、という気配はありません。勿論お互いにまったく知らないと言うわけではないし、交流があるのも確かなようですが。それにしたって即、何らかの謀りごとを共謀している‥‥と結び付けられるほどじゃない。少なくとも『表向き』は」
マリウスが言う。例えば茶会の席や、宴席などで顔を合わせることは少なくないが。単なる貴族間の交流と言うことで済まされるレベルだ。
「だけど裏から見てると、そうとばかりも言い切れない。最近、奥様が懇意にしている宝石商がいるんだけど、ちょっと突っ込んでみたら案の定というか、やはりこれがそのヤールとかいう男ともつながってるらしくてねぇ」
ちょっと芝居がかったフレイハルトの言葉に、烽火も頷く。
「奥方様の私室にも、何通かその御仁からと見受けられる手紙がありました。ざっと見たところ、どうとでも取れる内容のものばかりでしたが、単なる挨拶や交流にしては日付の間隔が狭すぎるのが気になりますね。しかもその日付が、ベルナルド様が奥方様の企みに気付き始めた頃というのも」
しかし。では実際に今回奥方を唆したのがそのヤール・ミカイルなる人物か、と突き詰めれば、そうとは断言できない。断言できるだけの証拠がないのだ。奥方の思考から確証が得られないかと、麗はさりげなくベルナルドの館を訪れては彼女に対し誘導尋問を試み、問題の黒幕の名を探り出すべく腐心しているが。そこはさすがに奥方も海千山千の貴族社会で生きていただけあり、そう簡単にボロを出してくれない。ただはっきりしたのはベルナルドが危惧する通り、彼を使っての謀略の準備は確かに進められているということ。そしてその動機が、ただ母としての愛情――少なからず歪んでいるにしても――に、根ざしたものであること。それだけだ。
「一番疑わしいのは確かにヤール卿ですけどぉ。でもこの方、貴族間ではあまり評判がよろしくなくてぇ‥‥。一応ノアール派と目されてはいますが、主義としては『巻かれるものは長ければ長いほど』『よる大樹は大きければ大きいほど』良い、って思ってらっしゃるみたいですから。ノアール卿やその派閥に属する方々とそれなりに親しいのは勿論ですが、他にも若手有力貴族の中ではガルス・サランドン卿‥‥この方はノアール派ですけど。あとは若手中立派のレナード・シュスラン卿とか、こちらのアルシオン様とも親交がないわけじゃないみたいです。それに新密度はさほどではないようですが、一部バルディエ派と目されてる方達とも」
「ノアール卿‥‥ガルス卿、か」
レニーからの報告に出てきたあまりに聞き覚えのありすぎる名に、アレクシアスが思わず眉間に皺を刻む。
ここにいる『箱入息子』ことオスカーの最も有力な支援者が、かの『傭兵貴族』アレクス・バルディエであることはそれなりに有名だ。そしてノアール・ノエルは、そのバルディエと肩を並べるいわば実質的なライバル。目立って抗争など起こしているわけではないが、この両者が何かと競り合っているのは、貴族社会に通暁しているものなら誰もが知っている。
が、果たして。今回のこの謀議にノアール卿が関与しているのか、という疑惑については、当のオスカーからあっさりと否定された。
「疑わしいのは確かだけど。でもそのヤール卿とやらはともかく、ノアール卿自身がこの件に絡んでる、ってことはないんじゃないかなぁ? 少なくともノアール本人にはそんな余裕ないと思うんだよね」
「というと?」
「ん。詳しいことはちょっとまだ言えないんだけど。でもノアールにしろ、自称ボクの家臣の酔狂伊達親父にしろ、今、他所の御家事情に首突っ込んで引っ掻き回してる場合じゃないはずなんだ。何かどっか調査したい地域があるとかないとかでさあ‥‥」
らしくもなく歯切れの悪い物言いをするオスカーであった。が、煙に巻くならやたら達者な物言いで流すのがこの少年のやり方。これはごまかしているわけではなく、本当にはっきりしないのだろう。
「ま、背後の状況についてはわかったよ。ありがとう。で‥‥ぼちぼちこっちも行動にかかりたいんだけど、準備はいいのかな?」
「あ、はい。ざっと、こんな手順はいかがでしょう」
水を向けられ、アハメスが口を開く。
策としては、依頼の説明を受けた際に少年達が言っていたことをそのまま踏襲している。それぞれ護衛を伴ってパリの街へと繰り出し、予定通り旅芸団の演目を観にゆく。ここまではオスカーとベルナルドには行動を共にしてもらう。そして演目が終了してからアハメスの提案を活かし、彼ら二人には護衛ともども別行動を取ってもらう。本来なら襲撃されないのが一番なのだが、彼らのプランでは『襲撃されること』が前提になっているからだ。ならばここは敢えて、敵を誘ってみる。
「ただし。現時点では、相手方の真意についてはまだよくわかっていません。現状から、首謀者はベルナルド様の母君で、ベルナルド様を襲撃してその嫌疑をオスカー様に、という策だと伺ってますが。更に突っ込んだ見方をすると実はベルナルド様の狂言とは別にオスカー様を襲撃する計画が別途立てられているとか、或いは襲撃者自身が雇い主が母君ではなく、オスカー様だと信じ込まされているという状況が考えられます。この場合、狂言を企まれたのはオスカー様、と疑われる可能性もありますが、それについてはどうお考えですか?」
「あ‥‥なるほど。そういう可能性もあるよね」
意外そうに呟いたのはベルナルド。オスカーの方もそれは予想外だったらしく、感心したように片眉を跳ね上げた。
「ふぅん‥‥なかなか小賢しい策だけど。ま、それに関してはキミ達を信用するよ! 要は襲撃されても『ボク』や『ベル』が怪我さえしなきゃいいんだし。ねー?」
しれっ、とお気楽に言われ、グランとアレクシアスが思わず目線を合わせる。その額にかすかに冷や汗が浮いているのを見て、咄嗟にアハメスは口元を押さえて笑いをこらえた。いや笑い事ではないのだが。
それらの事態を臆面もなく大笑いしながら眺めた後、フレイハルトが言う。
「ま、作戦はそれでいいと思うよ。不確定要素はあるけど、細かいことまで考え出すとキリないし。この年でひねた考え方してると健全に育たないしね」
「万一のことがあっても、善後策はいくつか考えてある。後は、仕上げをごろうじろ‥‥というところか」
トールが答え、オスカー、そしてベルナルドもそれに頷いた。
いよいよ、勝負が始まる。
●襲撃者の思惑
さて当日。打ち合わせの通り箱入息子二人は護衛の冒険者を伴い、パリの街へと繰り出した。この時点で何らかの監視が着いていることも考えられたので、邸を後にしてから、『箱入息子』達のこの日の出で立ちや護衛に伴っているメンバーなどをさりげなく印象付けつつ、街中を行く。入れ替わりはアレクシアスの提案を受けて観劇の前にオスカーの『人脈』関係者が営む宿酒場に立ち寄り、そこで行なう。
「背格好と‥‥髪の色や長さはお二人ともほぼ同じなんですねぇ。問題は瞳の色ですか」
「そうだね。でもまあ流石にそれは近くで見ないとわからないと思うから何とか」
果たして。烽火とレニーの手助けを受けて入れ替わりは完了した。2人をある程度知っている者から見れば多少の違和感は拭えないものの、しかしぱっと見には、入れ替わったことに即気付くのは難しいだろう。
「じゃああたしは、一度邸へ戻る。第三勢力の介入も可能性としてはあり得るから、十分気をつけて‥‥」
入れ替わり後。策が実行されるのを待っているはずの奥方の様子を調べるために烽火が離脱し、残りは予定通り旅芸団の演目を観に店を後にする。そして観劇は何ら問題なく終わり、いよいよ正念場。オスカーとベルナルドが敢えて別行動を取り、敵を誘い出す段階に入った。
衣装は勿論、護衛のメンバーも全て入れ替え、さりげなく別方向へと別れる一行。そんな彼らの動きを、陰からオスカー配下の少年少女達がチェックし、全体的な動きをフレイハルトが把握する。万一のときは彼女が中継となり、両者に対して連絡を執り行なうのだ。
――問題は、私の『テレパシー』が有効な範囲内でコトが起こってくれるか、ってことなんだけど‥‥ま、敵はそこまであまくはないかな。
一定の間隔を置いて入れ替わり立ち替わり現れる少年達の報告に頷いて答えながら、内心で一人ごちるフレイハルト。
そして、別行動を開始して数刻後。やはり事件は起こった。伝令を持った少年が、興奮した表情で飛び込んでくる。
「襲撃です! オスカー‥‥じゃないや、ベルナルド様の方に予想通り来ました!」
「へぇ、素直なもんだこと。で、本家ベルナルドの方は?」
「そっちはまだ何も」
「ふぅん?」
仮面の奥ですぅ、と目を細め、女性道化は身軽にその場から立ち上がった。
「プティング様?」
「ちょーっと、面白くない‥‥。本家ベルの様子を見に行ってくる。本家オスカーの方は付いてる連中が連中だし心配ないだろ。伝達ルートを辿っていくから、何かあったらすぐ報告ね」
「はい」
そしてフレイハルトが行動を開始した頃。ベルナルドに扮したオスカー一行は――
「オ‥‥ベルナルド様は下がって! 前に出ないでください!!」
「はーい。いいぞー護衛隊ー。頑張れー♪」
鬼十郎と麗に周囲を固められた状態で、オスカーが呑気に襲撃者とやり合うグランやトール、そしてマリウスに声援を送っていた。緊張感の欠片もないが、最早そんな彼に文句を言う気にもなれない。黙々と依頼を完遂する。
襲撃者達は確かに皆それなりに腕が立つものばかりだった。しかしこちらもある意味戦い慣れた手練ればかりが3人である。おいそれと負けはしない。しばしの乱戦の後、襲撃者達は揃って戦意喪失し、その場で降参を申し出た。「拷問はいけません!」と目で訴える麗の視線を背に感じつつ、とりあえずリーダー格らしい男に剣を突きつけるトール。マリウスが軽く咳払いし、口を開いた。
「まあ、定番の質問ですが‥‥誰にこの少年を襲うよう頼まれました?」
「あぁ? 知らねーよ! 代理人とか言う金持ったジジイに会っただけだ。さる高貴な方とか言ってたよ!」
やけに口の滑りのいい彼らによると。その『ジジイ』も名乗りはしなかったが、お供らしい使用人が『メシエ様』と呼ぶのを聞き、かつ念のために後をつけたところ『ヴォグリオール邸』に入っていったとか。独自の調査で、『メシエ』という名の使用人を遣っているのは、子息オスカーだから、黒幕は彼じゃないかとか。‥‥出てくるのはあまりにお約束で泣けてくるような情報ばかり。
「さて。どうしますか?」
苦笑して言うグランに、流石のオスカーも呆れたように。
「どーもこーも‥‥お約束過ぎて開いた口が塞がんない。ねえ、今ここでこいつらにボク、名乗っていーかな?」
「畏れながらそれは止めた方が賢明かと」
冷静にマリウスがツッ込む。おそらくこの連中は、今言ったこと以上のことは知らない。本物の『メシエ』――オスカー直属の老侍従に引き合わせ、目の前にいる少年の正体を明かしたところで飛び上がって驚いて終わり、だろう。これでベルナルドが無事なら、とりあえず彼の母親の目算は、こちらの目論見どおり潰えたことになるが‥‥。
しかし、そうは問屋が卸さない。取り押さえた襲撃者を前に考えあぐねている彼らのもとに、オスカー配下の少年が慌ててやって来て、告げたのだ。
オスカーに扮したベルナルドが、襲撃を受けた、と。
●箱入息子の思惑
アレクシアスが冷静に繰り出した鞘が、狙い過たず襲撃者の首筋を薙ぎ払い、アハメスの攻撃が容赦なく敵を打ち据え、地面に膝を突かせる。殺すのが目的ではない。要は、戦意を奪えばいいのだ。ベルナルドの側にはレニーが控え、怯えると見せかけては得手の水の魔術を発動させ、敵の足止めと、戦士二人の援護を行なう。
「やはりこっちにも来た、か」
「予想できない事態ではありませんでしたけどね」
三方からベルナルドを守るような形の布陣を取り、襲撃者を睨みつける三人。相手もかなりの腕の持ち主だ。油断していると痛い目を見るのはこちらになる。呼吸を読み合い、激しく打ち合っては離れ。まさに『息もつかせぬ』攻防が展開される。それを巧みにかわしながら、しかし脳裏には疑問が浮かぶ。これがもし当初の予想通り『オスカーによる自作自演』という説に至ることを狙ってのものなら、この襲撃者はおかしくはないだろうか。襲撃されたこと自体はおかしくない。おかしいのは‥‥
「ここでオスカーに害があっては拙いはず。なのにこいつらは」
「そうですね、腕が立ちすぎます。これではまるで‥‥」
「へん、知りてぇかよ」
ギン! と重い音がして、アレクシアスの日本刀に白刃がぶつかる。剣越しに見える下卑た笑みが、得意げに告げる。
「地獄の門番への土産話に教えてやらぁ。俺たちァな、別に『襲撃するのはどっちでも構わねえ』ってお達しを、依頼人から受けてンだよ!」
「――何だと?!」
鍔迫り合いの末何とか相手を押し返し、体勢を整える。切れそうなほど張り詰める空気。その緊迫を、少年の声が破った。ベルナルドだ。
「待って! 襲うのはどちらでも構わないって‥‥それが、君達の依頼人の意向なのか?!」
「おぉよ。残念ながら坊ちゃまは殺すなって言われてるンだがね。が、手足の一、二本はイッちまっても構わねぇとよ」
「な‥‥! そんなことさせるとでも‥‥!」
しかし激昂するレニーを、ベルナルドが抑えた。そのまま襲撃者を睨みすえ、前に進み出る。
「ねえ、教えてくれない? 君達は、いくらの報酬でこの件を受けたの?」
「あぁ? 何言って‥‥」
「良かったらこうしないか? 君達、僕を連れて行けよ。そうすれば手足の一、二本折るよりはるかに金になるよ。そうだね‥‥金貨30枚はカタいよ? 僕は天下のヴォグリオール家の息子なんだし」
ゴクリ、と男達が息を呑む。が、息を呑みたいのはこちらも同じだ。アハメスが流石に顔色を変え、ベルナルドに詰め寄る。
「やめなさい! いきなり何を言い出すんです。よりによって自分から拉致してくれ、など」
「ごめん。でもここはこうするべきだと思うんだ。これは、僕ら兄弟に対する陰謀なんて単純なものじゃない。『ヴォグリオール家に対する』陰謀なんだ。母上はつけ込まれただけだ。ここでこいつらを撃退しても、糸が切れるだけで事態は変わらない。こいつらは糸だ。僕がそれをつなぐから。オスカーに伝えて。ヴォグリオールを標的に何か動いてる。黒幕を引きずり出せって!」
「しかし‥‥」
「大丈夫。コイツラにとって僕はいい金ヅルなんだし。そう簡単に殺されたり、しないよ」
言いながら、さりげなく視線を入り組んだ小路の奥に流すベルナルド。襲撃者に悟られぬようその方向を確かめたアレクシアスの目が、微かに細められる。その反応にベルナルドは頷き、戸惑っている襲撃者を促す。
「というわけで、行こうか? 落ち着いて話せる所で商談といこうよ。アレク、アハメス、レニー。オスカーに伝言よろしくね!」
まるで、帰り道に出会った友達とそのまま遊びに行くような口調で告げると、ベルナルドがすたすたと歩き出す。一瞬の間をおいて、それを慌てて追いかける襲撃者たち。いったい、かどわかされたのはどちらなのやら、だ。
「追いかけます!!」
フレイハルトの側で様子を見ていた、オスカー配下の少年が素早く行動を起こした。飛び出しざま指笛を鳴らして周辺に潜んでいた仲間を集め、その場から去っていったベルナルドと、彼を連れて行った(?)襲撃者の追跡を開始する。立場はまだ見習いとはいえ、盗賊としての修行を積んでいる少年少女達だ。下町の追跡ならお手のものだろう。
「――ったく。なんて世話の焼けるお子様達だ!」
ベルナルドが、そしてアレクシアスが視線を投げかけた小路の奥で。呆れたようにフレイハルトが呟いた。