箱入息子の大冒険 〜危険な遊戯・後編

■シリーズシナリオ


担当:マレーア

対応レベル:8〜14lv

難易度:難しい

成功報酬:4 G 98 C

参加人数:12人

サポート参加人数:-人

冒険期間:10月19日〜10月24日

リプレイ公開日:2005年10月26日

●オープニング

「オスカーに伝えて。ヴォグリオールを標的に何か動いてる。黒幕を引きずり出せって!」
 オスカーとベルナルド。名家ヴォグリオールに生まれた異母兄弟。
 我が子の立場をより強固なものにしようと、ベルナルドの母が企てた我が子を使っての自作自演による策謀と思われていたこの一件は、果たして予想外の展開を見せた。母は『何者かに唆された』というベルナルドの見立ての通り、事の次第を企んだ彼女の背後で、更に何者かが動いていたのだ。
――これは、ヴォグリオールに対する陰謀なんだ。
 そう予測したベルナルドは、その手がかりを逃がすまいと、単身襲撃者に我が身を預けるという大胆な手を打った。その報告を受けたもう1人の『箱入息子』オスカーは、一瞬驚愕に硬直し、そして次に頭を抱えた。彼にしては珍しい反応では、ある。
「なんつー、無茶苦茶な‥‥」
「さようでございますな」
 らしくもなくうろたえる主を前に、彼の有能で忠実な老侍従は冷静に応える。
「なんか今回はやけに冷静だね、メシエ」
「主が慌てている脇で一緒に慌てていても仕方がありませんので。それに、このような破天荒な行動にはお陰様で多少耐性もございます。まあ、ベルナルド様がというのは、意外ではございましたが」
「そうなんだよねえ。本来ならこーゆうのは、ボクの十八番――‥‥で、なくてッッ!」
 ため息つきつつ、老侍従の『そこはかとない皮肉』にぼんやりと相槌を打ち。そこからはた! と顔を上げる。そうなのだ。今は呆然としている場合ではない。ふるふる、と軽く頭を振って、現状を振り返る。
 ひとまず、作戦中ベルナルドの母の様子を監視していた冒険者から受けた報告から。『首謀者』であるとされた彼女は、単にその心理につけこまれただけの“生贄の羊”に過ぎないことが明らかになっている。街中でベルナルドに化けたオスカーを襲った襲撃者は確かに彼女が手を回したものだ。だが、オスカーに化けたベルナルドを襲った襲撃者についてはそうではない。事実、状況がどうであれベルナルドが『襲撃者に拉致された』との報を受けた彼女は大きくショックを受け、人事不省に陥ってしまっている。図らずも“彼女に釘を刺す”という狙いは、多少効果が過ぎるとはいえ果たされたわけだが。今や、問題なのはそこではない。
 ベルナルドは自ら襲撃者と行動を共にした。この事態は今回の黒幕の方にしても予想外のはずだ。襲撃者連中がベルナルドの意見に乗せられてこの家に身代金を要求するか、あるいはなけなしの忠誠心で今後の方針を黒幕に伺うかはわからないが、どちらにしろそれは『黒幕の目的』からは大きくそれた行動のはずだ。ベルナルドの狙った通り、こちらがつけいる隙はそこにある。
「とりあえず、ベルの居場所はわかってるんだよね‥‥」
 自分が、パリに構築した『人脈』は有能だった。ベルナルドが襲撃者と行動を共にするや即追跡を開始し、だが自らの分を弁え過ぎた行動に及ぶこともなく。ただ状況を見届けつつ動きがあるのを待っている。現時点での報告では、ベルナルドは無事でいるらしい。
「もし身代金の要求とかあったりしたら、即刻支払いの準備はしておくよう父上にはネジ込んでおくとして。あとは‥‥ベルの救出と黒幕のいぶり出し、だよね」
「冒険者の皆様はどうされます? ひとまず先の依頼の件は果たされておりますが、継続ということでギルドの方に?」
「うん、現状では彼らが一番頼りになるからね。こういうときは、報酬と契約で動いてくれる人材が一番信用できるから。できれば、先の依頼を受けてくれた皆に頼みたいけど、断ってくれてもそれは構わない。ただしその場合はギルドを通してばっちり口止めしておいてね」
「かしこまりました」
「ベルが身体張ってんだ。少なくとも彼の母君を唆した黒幕ととその真意、狙いぐらいは絶対掴んでやる。そして何より、ベルを五体満足で助け出す! これ最重要!」
 パン! と左の掌に右拳をぶつけ、子供らしからぬ物騒な光を瞳に宿し、オスカーが呟く。
「ったく、ヤール・ミカイルだか誰だか知らないが‥‥このボクを怒らせて、タダで済むと思うなよ!!」

●今回の参加者

 ea1565 アレクシアス・フェザント(39歳・♂・ナイト・人間・ノルマン王国)
 ea1681 マリウス・ドゥースウィント(31歳・♂・ナイト・人間・ノルマン王国)
 ea2955 レニー・アーヤル(27歳・♀・ウィザード・人間・イギリス王国)
 ea3073 アルアルア・マイセン(33歳・♀・ナイト・人間・イギリス王国)
 ea3641 アハメス・パミ(45歳・♀・ファイター・人間・エジプト)
 ea4004 薊 鬼十郎(30歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 ea4078 サーラ・カトレア(31歳・♀・ジプシー・人間・ノルマン王国)
 ea4668 フレイハルト・ウィンダム(30歳・♀・バード・人間・ノルマン王国)
 ea5229 グラン・バク(37歳・♂・ナイト・人間・ノルマン王国)
 ea5601 城戸 烽火(30歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 ea5929 スニア・ロランド(35歳・♀・ナイト・人間・イギリス王国)
 ea7509 淋 麗(62歳・♀・クレリック・エルフ・華仙教大国)

●リプレイ本文

●血はやはり争えず
 ヴォグリオール家の『箱入息子』ベルナルド。彼のこの大胆不敵な選択には、『破天荒』を自負して憚らないはずのオスカーですら驚愕に頭を抱えたが。実のところ依頼を受けた彼らも似たような心境であった。
「一点突破か。こういうときは褒めればいいのか、一発叩いてやるべきか、対処に困るな」
 しみじみとこう呟いたのはグラン・バク(ea5229)。この言葉が、この場に集まった彼らのほぼ一致した意見だろう。
「ともかく今は、呆気にとられている場合ではありません。あえて囚われの身になったベルナルド殿の志を無駄にしないためにも、この事件を仕組んだ者を見出さなければ」
「ベルナルド氏が言ったように今回の事件の黒幕や目的をつかむことも重要ですが。それよりも何より一刻も早く、彼の身の安全を保障することです」
 マリウス・ドゥースウィント(ea1681)とスニア・ロランド(ea5929)が厳しい表情で言い、集まった一同はその言葉に頷きあうとともに、改めて自分達がとるべき行動を再確認する。
 何より重要なのは、スニアの言う通り囚われの身となったベルナルドを無事救出することだ。この事件の黒幕やその目的を上手く掴むことができたとしても、その代償として彼が負傷したり、最悪の場合死に至ったりしては意味がない。
 今回幸いだったのは、襲撃作戦の際フレイハルト・ウィンダム(ea4668)の手回しにより配置されていたオスカー親衛隊の下町の少年少女達が、この予想外の事態に対して的確に動いてくれたことだ。お陰で現時点でベルナルドと、彼を拉致した(?)襲撃者の居場所と、ベルナルドの身の状況についてはこちらでも把握できている。それによると、今のところ怪我もなく無事でいるとのこと。ベルナルド自身決して馬鹿ではないから、おいそれと自分を死に至らしめるような迂闊な真似はしないだろうし、親衛隊からの報告からして、襲撃者にしても自分から目の前の少年をどうこうすることの愚が理解できない馬鹿というわけではなさそうだ。
 そうなると問題はベルナルドと、その襲撃者の周囲にいる者たちがどう動くか――
「やはり、ベルナルドさんの母君がポイントですね。彼女は確かに都合よく利用されただけかもしれませんが、それでも今回の事件の黒幕なり、あるいはそれにつながりのある人物なりと、確実に接触を持っているはずなのですから‥‥最悪の場合、黒幕から狙われる可能性もあります」
「それに、襲撃者の方も問題ですね。彼らが今後どう動くかにもよるでしょうが、最悪の場合、彼らが狙われる可能性もまた十分有り得ます」
 サーラ・カトレア(ea4078)とアハメス・パミ(ea3641)がそれぞれ見解を述べる。
「何にしても、手がかりがゼロというわけではないのが幸いです。ひとまず母君の方は、この邸内から出ない限りはそうそう危険なことはないはずですから、その点に気をつけて。あとはベルナルド殿と、図らずも誘拐犯になった襲撃者達の監視と」
「ヤール・ミカイル卿、ですねぇ」
 マリウスの呟きを告ぐように言うのは、レニー・アーヤル(ea2955)。そういえば、そんな人物もいた。
「そのヤール・ミカイルとやらの真意がこのヴォグリオールの内紛か、はたまた事件を起こしてこの家に取り入ろうと思っての策かは知らんが。どちらにせよ状況はどう転ぶかわからない、ということだな。俺は、ベルナルドと襲撃者の監視に着こうと思う。場所が掴めているのは幸い。手は打っておくに越したことはない。‥‥ベルナルドが自らの意志でそうしたんだとはいえ、むざむざ行くのを許してしまった責任も果たしたい」
「ありゃぁ、お前さんの責任ってわけじゃないと思うがね。俺があの場所にいたとしても止められた気はせんよ?」
 アレクシアス・フェザント(ea1565)の言葉にグランがそう言うが、アレクシアスはそれに神妙に頷きつつ、答えた。
「まぁな。だがそれだからこそ、ベルナルドを無事連れ戻したいんだ」
「‥‥そうですね。私にも協力させてください」
「じゃあ私は、そのフォローを務めましょう。こういった事態では、外堀を埋める役も必要になるはずですから」
 アハメスが言い、アルアルア・マイセン(ea3073)がそれに頷く。
「じゃあわたくしは、ヤール卿の監視に当たりますぅ。今のところ証拠は何もありませんけどぉ、状況が変わった以上、関係者なら何か動きがあるはずですからぁ」
 これはレニー。
「何にせよ、最優先にすべきはベルナルドさんを無事救出することです。それを果たすためにも、慎重に行動しないといけません」
 淋麗(ea7509)が言う。
 ひとまず、鍵はベルナルドの母親だ。彼女から、今回の件を示唆した人物の情報を得、かつ彼女自身が息子可愛さのあまりまたしても愚考に走らないよう、そして何より、『状況の打破』を狙った黒幕の手に落ちることのないよう気を配らなければならない。
 そのうえで、ベルナルドとその襲撃者、そして疑惑の人物ヤール・ミカイルからも目を離すべきではない。現状、状況はどう変化してもおかしくない。ならば全ての動向を可能な限り把握し、いかな事態にも対応できるようにしておくことだ。

●子の思惑母の思惑
 ベルナルドの母親は、最愛の息子が(自らの意志とはいえ)拉致された、という事実に強いショックを受け、事件発覚後に人事不省に陥ったのをきっかけに半病人に近い状態となり、館の一室でほぼ寝たきりの状態で過ごしている。
 オスカーに事情を話し、彼女と面会できる手はずを整えてもらった際、当のオスカー自身からも、
「かなり不安定になっているから、気をつけてね」
 と忠告されたほどだ。そしてその言葉通り部屋で横たわる奥方には普段の淑女然とした装いは欠片も残っていなかった。まず訪問したグランとマリウスは、部屋に入るや否や血走った目で睨みつけられ、水差しを投げつけられた。流石に2人がその直撃を受けることはなかったものの、投げられた水差しはその勢いのままに壁に叩きつけられ、粉々に砕ける。
「あなた達が‥‥あなた達がついていながら! あの子をみすみす‥‥! あなた達が悪いのよ!!」
 泣きながら罵詈雑言をぶつけてきたかと思えば、しかし次には力なく床にへたり込み、
「いいえ‥‥私が悪いの。あ、あんな口車に乗せられさえしなければ‥‥ああ、ベルナルド‥‥お母様を許して‥‥」
 そう呟きながら、さめざめと子供のように泣きじゃくる始末である。
 最初に訪ねた日は終始そんな様子。グランもマリウスも彼女のほぼ言いがかりに近い雑言を敢えて受けつつ、さりげなく励ましながら、知っていることを教えてほしいと説得を試みたが。不安と自責の念からすっかりパニックになっている彼女の耳にどこまで通じたものか、正直よくわからない。
「こいつは、ちょっと時間がかかりそうだな」
「まあ、仕方がありません。少しずつやっていくしかないでしょう。ここは我々に任せて、グランはアハメス達と合流してください。あちらもどうなるか、予断の許せない状況ですから」
 彼女に今回のことを吹き込んだ人物の名だけでも一刻も早く聞き出したいところだが、この状態ではいつごろそれが果たせるか。内心で少なからず焦りを感じるマリウス。傍らでそれを聞いていた城戸烽火(ea5601)が、ふと内心で呟いた。
――少しずつ、ですか。‥‥今はもう、そんなにのんびり構えている場合ではないでしょう。
 そしてその翌日。薊鬼十郎(ea4004)とサーラが、ベルナルドの母親の説得に当たるため、彼女の部屋を訪れた時、それは起こった。
「――出ていって!!」
 ヒステリックな叫び声と、何かを叩きつけて壊すような音が室内から響く。それに慌てて室内に飛び込んだ二人が見たものは。半狂乱の態で、息も荒く目の前に佇む女忍者を睨みつけている奥方と、対照的に、氷を思わせるほどの冷静さでそんな彼女を見つめ返している烽火の姿だった。
 見れば、烽火の横の壁に据えられた鏡は割れ、床には鏡を割ると同時に自身も砕けたらしいカップらしい陶器の破片が散らばっている。
「烽火さん? いったい何が?」
 あまりの状況に、ついそう尋ねてしまう鬼十郎。しかし烽火は、それに軽く肩をすくめ、
「ちょっと現状の厳しさを教えて差し上げただけ。これで少しはご自身の愚挙と、今やるべきことを理解してくださればいいですね」
 と、淡々と言ってのける。
「出て行って頂戴! この無礼な女を、二度とわたくしの側に寄せないで! 出て行って! とっとと出ておいき!」
「奥方様、落ち着いて――」
 サーラが必死でなだめる傍らで、泣きながら奥方が叫ぶ。烽火はそれを相変わらずの眼で一瞥すると、特にそれ以上何をするでもなく部屋から出て行く。彼女の姿が部屋から消えるや、顔をくしゃくしゃにして奥方は泣き崩れた。
 その後、脈絡のないことを喚きながら泣きじゃくる奥方を何とか宥めて聞き出したところ。烽火が行なったのはほぼ脅しに近い説得だったことがわかった。いわく、黒幕にとって事件を起こす対象はオスカーとベルナルドのどちらでも良く、最悪の場合は口封じが待っている。敵方に下ったベルナルドは、反抗心を消し恐怖で支配するために、腕の一本ぐらい折られていてもおかしくはない――
 経緯を聞いて、鬼十郎は顔をしかめた。それは、可能性としては確かに有り得なくはない‥‥いわゆる『最悪のケース』だが、それを今の奥方に伝えた、というのは。烽火としては、一刻も早く彼女の背後にいるだろう人物について聞き出そうと思ってのことだろうが、このやり方は正直どうか。下手をすれば、ますます態度を硬化させかねないと思うのだが。
「烽火さんに悪気があったとは思えませんが。これからは、奥方様からは目を離さない方がいいですね」
「ええ」
 鬼十郎が言い、サーラもそれに頷く。以後、二人は『護衛』を名目として奥方の近辺に控えることを、オスカーを通じて許可してもらうことになった。事前の推測では彼女が問題の黒幕に狙われる可能性もあったため、いずれ必要になることだったので願ったりではある。しかし、その発端となったのがほかならぬ自分たちの仲間である、というのは、正直複雑な気分になる。
 ひとまず彼女の状態を見ながら、鬼十郎とサーラがベルナルドがまだ無事であることを伝え、現状について詳しく説明しながら。彼を無事助け出すためにも、奥方が知っていることを話し、そして救出作戦を自分達冒険者に一任してもらえるよう、誠心誠意説得を試みる。
「一旦他貴族の介入を許せば、それぞれの思惑が錯綜し、事態があらぬ方向へと動きかねません。‥‥今はどんな助勢であっても欲しいと御思いでしょうが、こんな時こそ冷静な判断を失ってはいけません」
「‥‥‥‥」
「皆、ベルナルドさんの事を自分の弟の様に思っている者達です。だから必ず無事御助け致します。私達を信頼して下さい」
「ベルナルド‥‥」
 愛息子の名を聞いて、はらはらと奥方が泣き出す。彼女とて、息子に良かれと思って今回の件に乗せられてしまったのだ。彼女に責がないとは言わない。だが親の情すら利権の手駒にしてしまうのだ。『貴族社会』というものは、本当に得体の知れないところだと思う。
「思惑が外れて残念‥‥と言った方がいいかな?」
 あれ以来。結果として奥方の側に近寄れなくなった烽火に、情報収集を兼ねてベルナルドの館に入り浸っているフレイハルトがいたずらっぽく尋ねる。烽火は、それに意味ありげな笑みで答えた。
「さあ‥‥? 何にしても、手遅れにならなければいいのですけどね」

●敵の思惑
 行動を開始してからおよそ二日。この間、表面的な状況は不気味なほど変化していない。
 襲撃者を口車に乗せ自身を拉致させたベルナルドは、連中と共に、パリ下街の中でも特に治安のよろしくない一角にあるアジトらしい廃屋に“ほぼ”監禁されている。“ほぼ”というのは、監禁されている割には、ベルナルドが時折ひょっこりと窓から顔を覗かせたりするからだ。そしてのんびりと深呼吸をしたり、時には襲撃者の一味と思しき男が隣に立っていて何やら呑気に会話しているらしいこともある。もっともこの場合は、乗せられた襲撃者が間もなく状況に気がついて、ベルナルドの襟を慌てて掴んで奥に引っ込んだりする間の抜けた光景を拝むことになるのだが。彼らの監視を引き受けたアレクシアス達は、この廃屋の様子を把握できる位置にある安宿を拠点に活動を行なっていたが。少なくともこの様子を見る限り、襲撃者達が自らの意志でベルナルドをどうこう‥‥という心配はないような気がしてきた。もっとも状況が変わればどうなるかわからないが。
「考えなしに姿を見せているわけではないのでしょうね。アレクシアスが言ってましたが、彼は自分を“味方”が追いかけてきていることを知っているはずです。おそらくああやって、自分が無事であることを報せてるんですよ」
「ベルナルド様もなかなかやりますね‥‥さすがに血は争えないというか」
 問題の廃屋から目を逸らさず、スニアとアルアルアが正直な感想を漏らす。
 オスカー親衛隊の協力を得てアハメスが調べたところでは、彼らの正確な人数は5人。経歴を探ってみると、もともとは復興戦争時代には腕利きの傭兵として活動していたらしい。しかし戦争が終わり、傭兵の需要が減ると共に行き場を失った。おそらく『戦う以外に能がなく』、有力者に仕えたり、冒険者として身を立てたりすることができない不器用な性質だったのだろう。そんな食い詰め者達が生き残るために徒党を組み、金のためなら手段を選ばなくなっているだけで、本質は決して悪人ではない。ここ数日、ベルナルドと共に行動を監視していてそう思う。
 ひとまずヴォグリオール家ではオスカーが多忙な父や兄を相手にゴネまくり、連中から身代金の要求などあれば即座に応えるよう手筈を整えてくれている。が、現在に至るまで、幾度かヴォグリオール邸や、その邸内のベルナルドの館の近くで彼らのメンバーらしき男が何度か目撃されているものの。実際に彼らが邸の関係者に接触した様子はなく、具体的な身代金要求などは今のところ行なわれていない。
「さて、果たして身代金をせびりに来たのか、はたまた坊ちゃんを引き取ってくれと言いに来たのか。どっちなんだろうね?」
 というのは、この情報をもたらしたフレイハルトの弁。
 一方、疑惑の人物であるヤール・ミカイルであるが。彼の監視についたレニーからの報告によると、この御仁も“本人が”何らかの行動を起こしている、という様子はない。もっとも話を聞く限りでは『有力な人脈(コネ)』を得ようという活動に余念がないと評判の男が、ここしばらくは自身の邸に篭りきり、というこの状況は怪しいといえないこともない。が、既に何らかの交流がある何人かの貴族のもとには、直接赴くことはないとはいえ幾度か遣いを出している。親衛隊の少年に追跡を依頼したところ、そのほとんどが例のガルス・サランドンを始めとするノアール・ノエル卿支持の派閥に属する者達だった。これに関しては、コウモリ的な立場であるとはいえヤール自身一応ノアール派なので、当たり前といえば当たり前だ、が。
「気になるのはぁ、貴族の方以外にも一部、『あまり良くない筋』とも接触を持っている様子があるってことですねぇ。流石にその目的まではわかりませんが‥‥こればかりは危険すぎて、親衛隊のコに調べてもらうのもなんですし」
「その『あまり良くない筋』というのは例の、『ベルナルドを拉致した襲撃者』とは別のスジなのですか?」
「ええ、それは間違いありませぇん。しかも親衛隊のコが言うには、その『襲撃』した一味よりヤバそうなカンジがする、って。ちょっと気がかり、ですよねぇ」
 レニーの言葉に、マリウスが眉を顰める。
 現在ベルナルドの母親の方は、鬼十郎とサーラが監視に当たると共に、接触を図ろうとする者を巧みにシャットアウトしていた。今のところ、ヤール卿やその関係者が彼女と接触しようとしている様子はないし、万一のことがあっても、彼女の方はこの邸内から出さえしなければ危険はないだろう。もし奥方が迂闊にも邸の外に出ようとした場合の首尾は、フレイハルトと麗が巧妙に整えている。彼女たちに任せておけば心配はない。
 そして膠着したこの状況を崩す第一のきっかけは、スニアからもたらされた。
「引っ掛かりましたよ! 例のベルナルド様を拉致した一味と、ヤール卿の手のものが接触したのを確認しました」
「確かですか?」
「ええ。私が彼らの追跡をお願いした親衛隊の子と、レニーに協力していた子が接触の場で鉢合わせしていますから。間違いないでしょう」
 果たして彼らが接触し、何の相談をかわしたのかまでは掴みきれなかったが。しかし雰囲気としては、襲撃者である男の方はかなり困惑気味で焦っており、一方のヤールの間者らしき人物は相手を何とか宥めている、そんな様子だったとか。
 そして、その後間もなく。奥方の対応に当たっていた鬼十郎が、決定的な報告を持ってくる。
「何とか、話していただけました。奥方様に今回の件を唆したのは、やっぱりヤール・ミカイル卿で間違いないみたいです。ただヤール卿自身、“さる御方からのご支援を受けて”と言っていたそうですけど。ですが策を伝えたり、表立って奥方様に指示を出していたのはこの御仁のようです」
「――なるほど。これで、繋がりましたね」
 マリウスが力強く頷く。これでようやく、この膠着状態に一石を投じることができる。
「ただ残念ながら、策のやり取りを記した手紙とかは、向こうの指示に従って全て処分してしまったそうなので‥‥証拠は何一つ残っていないみたいです」
「それは当然でしょう。が、現時点ではこれで十分。ちょっと強引ですが手を打ちます。スニアさんは、アレクシアス達と合流して連絡を。これから何が起こるかわからないからくれぐれも注意して、何があっても大丈夫なようにしておいてください。鬼十郎さんはサーラさんやフレイさんと一緒に奥方様の警護を引き続きお願いします。私はこれから、ヤール卿の邸へ行って来ます」
「了解した」
「わかりました」
 マリウスの指示に、スニアと鬼十郎がそれぞれ返事を返す。
 それを確かめ、マリウスは即座にその場から立ち上がり行動を開始した。

●駆け引き
 ヤール・ミカイル卿の邸の所在地は、例にもれずやはりパリ貴族街の中の、ヴォグリオール邸からさして遠くない場所にある。
 最初は単独で邸に乗り込んでみるつもりだったマリウスだが、話を聞きつけた淋麗が同行を申し出、最終的にそれに従うことにした。彼女が会得している対人鑑識と『読心』が、ひょっとしたら役に立つかもしれないと思ったからだ。おそらくこの邸を監視しているだろうレニーにそれとなく合図を送った後、正面から訪問を告げる。
 何の約束も先触れもないいきなりの訪問に、まずは門番がけんもほろろに追い返そうとする。が、そこを食い下がり、『ヴォグリオール』の名をちらつかせると、しぶしぶと主の意向を伺いに行ってもらえた。
 果たして、門の前で待つことしばし。あたふたと戻ってきた門番は、先ほどとは打って変わって丁重な態度でマリウス達を邸内へ招きいれた。
「私がヤール・ミカイルだ。まったく‥‥いかにヴォグリオール縁の者とはいえ、何の先触れもなく無礼ではないかね?」
 通されたサロンに現れた主は、少なからず不機嫌そうに飛び入りの客であるマリウスと麗を睨みつける。慇懃無礼極まりない態度だが、それが却ってこの男の器の小ささを現しているようだと麗は思った。
 マリウスは表情を動かさず、現れたヤールに対し礼儀正しく一礼する。
「非礼の段は、心からお詫び申し上げます。ですが一刻も早くそちらの御耳に入れるべきことだと思いまして」
「なんだね、それは?!」
「――ヴォグリオール家のご子息、ベルナルド・ヴォグリオール様の拉致事件についてです」
「‥‥!!」
 一瞬、ギクリ、とヤールの表情が固まる。それを確かめ、務めて調子を変えずマリウスは言葉を続けた。
「この件は現在、諸事情から内密の扱いになっておりますので他言なさらぬよう。私は、当家から内々の依頼を受けて、この件について調査を行なっております。その結果どうもヤール卿、あなた様がこの一件に深く絡んできているらしいと」
「な、何を――言いがかりを! 証拠でもあるのかね?!」
「いいえ、証拠は何も。ですが状況を客観的に見ればこの結論に至る事は難しくはありません。そしてあなたもまた『手駒』のひとつに過ぎないということもね。残念ながらあなたは表に立ちすぎました。もっともそれもまた狙ってのことなのでしょう。‥‥ああ、誤解なさらず。私は別に、あなたを脅しに来たわけではありません。むしろあなたを、“窮地から救える”立場にあると申し上げておきますか」
「‥‥‥‥」
 ヤール卿はマリウスの言葉に答えることなく、ただじっと、睨むようにこちらに視線を据えている。動揺を隠そうと務めてはいるらしいが、態度の端々に彼の言葉に慄き、そして自分はいかにするべきなのか葛藤しているのが麗にはよくわかった。目的とするのは保身。だが迂闊にマリウスの申し出に乗った場合発生する可能性。現在の立場と今後。そして‥‥黒幕の存在。
 ひとまずこの後、ニ、三回ほど手を変え、品を変え。事の次第と、可能であるならば彼の背後にあるだろう“存在”についてこちらに明かすよう打診してみたものの。さすがに敵もそこまではあまくない。大層苦しげであったが知らぬ存ぜぬを押し切られ。マリウスと麗も今はこれ以上は無理だと判断し、暇を告げることにする。
「――やはり、あの御仁が黒幕には違いないようですけど。でも彼もやはりまた『手駒』。更に上の人物がいますね」
「その『人物』についての情報は得られましたか?」
「いいえ、残念ながら」
 今わかったのは、彼は現在、窮地の自分を何とかするために策を実行しているらしいこと。その結果次第によっては、こんな下種どもの脅しなど意味はない、と思っていること。それだけだ。まったく、どちらが下種だというのか! ――腹ただしげな麗に、マリウスは微かに苦笑する。
「今回は運が良ければ話を聞き出せるかも、という段階ですからね。今は、『こちらが何かを知ってるのでは』とあちらに思わせることが重要なんですよ。ただ気になるのは『策』ですね。薄々予想はつきますが‥‥」
 その答えは、わりあいすぐに飛び込んできた。邸の外で待機していたレニーによって。
 曰く、ベルナルドとその襲撃者のアジトを、何者かが襲撃した、と。

●波紋鎮まるとき
 アジトの襲撃は陽が暮れはじめ、周囲の様子がそろそろ掴めなくなりそうな頃合に始まった。夜になってからでは、少なくとも人間は明かりを奪われれば敵味方の区別ができなくなってしまう。だが今の時分なら、敵・味方の区別はかろうじてつけられるが、こちらの正体――顔を知られる率は低くなる。
「奇襲のプロだな。奴さんとうとう、口封じの策に出たのかな?」
「或いは、口を封じてベルナルドを救出し、ヴォグリオールに恩義を売りつけるか、だ」
「なるほど。どちらが正解か、ちょっと賭けてみたい気分だね」
「悪くないな。最高級ワインの奢りでどうだ?」
「賭けは結構ですけどね、お二方。しかしここは、私たちも出ないわけにはいきませんよ!」
「「――承知!」」
 場にそぐわない会話を繰り広げるグランとアレクシアスにアハメスが檄を飛ばし、それに同時に答えて揃って飛び出す。この状況では、襲撃者=元傭兵一味に自分達も敵だと認識される可能性があるが、それを回避したためベルナルドの身に万一のことがあっては本末転倒である。
「な、何だ、新手かよっ!」
「違う、味方だ!」
 突然の闖入者に、それでも傭兵としての本能で果敢に応戦する傭兵一味の男にアレクシアスが叫ぶ。ついでに鞘に収めたままの得物を振るい、襲い掛かってきた敵を薙ぎ払う。こいつらもまた『手がかり』。可能な限り生け捕りにするのが最善だ。
「! あんた、あの時坊ちゃんを護衛してた騎士だな? いい所に来た! 坊ちゃんを連れてけ! 二階だ!」
「わかった! ――グラン!」
「聞こえてる!」
 力強い返答と共に、何かを殴りつけるような音と共に階段から“何か”が落ちてくる。それが仲間ではないことに、アレクシアスが対峙した傭兵一味の1人がホッとしたように息を継ぎ、次の瞬間、彼の背後に立っていた襲撃者に鋭い突きをお見舞いし、昏倒させる。
「いいのか。契約違反だろう?」
「あぁ? そんなモン、そこらの犬ころにでもくれてやらぁ! 俺達ゃな、確かに金のためには人だって殺す。だがなぁ、一度仲間や部下として使ったヤツを切り捨てるようなヤツぁ、虫唾が走るほどでぇ嫌えなんだよ!」
「それは同感だな」
 かくして図らずも昨日の敵と共同戦線を張り、共闘する事になる。落ちぶれたとはいえ彼らもまた戦士であり、戦ごとのプロなのだ。裏切りさえしなければ決して裏切らないはずだったのに‥‥。アレクシアスの口元に、皮肉げな笑みが浮かぶ。
「ベルナルド殿は?!」
「無事だ。ちゃんと保護した」
「うん、大丈夫!」
 アハメスの声に、グランとベルナルドが答える。急襲だったため、傭兵一味の一部と襲撃者の一部はアジトの外へ脱出したようだが。それについては控えているアルアルアとスニアの領分だ。果たして数刻後、傷は負っているものの生きている傭兵一味を伴い、2人が戻ってくる。残念ながら襲撃者には逃げられたようだが、欲をかき過ぎて失敗するよりはいいだろう。

「――姑息な手段を使いますね、甘すぎますよ。此方は何時でもその首を取れるのです。覚えているといい、どの様な場所でも私達が見張っている事を。次に逆鱗に触れれば安息の日は亡くなりましょう」
 ヤールの背後に忍び寄った烽火が、驚愕するその男に冷酷に告げる。それが彼に、事の次第を全て悟らせた。

 箱入息子を巡る誘拐劇の、これがひとまずの終幕だった。

●恐るべき子供たち
「やー、おっかえりー♪ 箱入息子君!」
「はぅあ?!」
 数日ぶりに自分の館に戻ったベルナルドをまず迎えたのは。にこやかに微笑む仮面の女性道化からの『帰還おめでとう肘打ち』であった。予想外のこの行為にはさすがのベルナルドも対応しきれず、もろに喰らってひっくり返る。
「親にはまだ殴られたことがないって感じなので、とりあえずぶん殴ってみました」
「‥‥とりあえずそこまでにしとけ。後は、お袋さんの役目だ」
 しれっ、と言い放つフレイハルトに、冷や汗を浮かべつつグランが言う。「ラジャー♪」と軽快に答えてフレイハルトに引き摺られていくベルナルドを、麗もまた何か言いたそうな顔で見送っているが。しかしまず説教すべきは母親である。それでわからないようなら自分達が出て行けばいい。――そんなことには、まずならないと思うけれど。
「さて、と、オスカー殿。今回の件ですが‥‥」
「ん、わかってる。言われたとおりにしておくよ」
 マリウスの言葉、そしてスニアの視線を受けて、オスカーが頷く。
 今回の件の真相は表沙汰にしない方がいい。それがオスカー、そして冒険者たちの一致した結論だった。このことが下手に表沙汰になれば、陰謀を企てていた一派はもとより、余計な第三勢力から介入が行なわれる可能性がある。そうなった場合、事態はこじれるだけだからだ。当事者であるヤール卿には、ヴォグリオール家が内々に圧力をかけることになるだろう。が、彼もまた『手駒』のひとつ。所詮は蜥蜴の尻尾切りに過ぎないのだが。
 捕らえた襲撃者も、ベルナルドを拉致した傭兵崩れの男達も、所詮は金で雇われたに過ぎない。そこから真の黒幕に辿り着くことは難しいだろう。そして問題は傭兵一味の処遇である。確かに彼らはベルナルドを襲撃し、結果的に拉致したわけだが。アハメスに言わせればそれは『ベルナルドの指示に従った』ということになる。更に拉致している間、彼らはベルナルドに無体な振る舞いは一切しなかったし、最終的には救出劇に協力さえしている。
「こうなった以上彼らはむしろ、心強い味方になるかもしれませんよ? 些か変わった手駒ですが、これも悪くないのでは?」
「一罰百戒も良いでしょうが、道具は壊れても新しいものが補充されるだけです。それで口が軽くなるのなら、命だけは助けても良いのではないでしょうか?」
 アハメス、そしてスニアに揃ってそう進言され、オスカーもにまり、と笑う。
「それ、いいねえ。何かベルも彼らもお互い気に入ってるみたいだし‥‥後でベルにそう言っておくよ。きっと上手くいくと思う」
「問題は、些か虫と都合が良すぎる、という点ですけれど」
「だーいじょーぶ。虫が良すぎるのは確かだけど、証拠はないもん!」
 アルアルアの突っ込みに、あっさり、とオスカーが返す。
 かくして箱入息子にまた、心強い味方が増えた。ヴォグリオールをめぐる陰謀は未だ終わっていないが‥‥この『箱入息子』達が健在な限り、まず大丈夫。
 ――そんな気が、しないでもない。