箱入り息子の大冒険5〜ザ・チャンピオン

■シリーズシナリオ


担当:マレーア

対応レベル:9〜15lv

難易度:易しい

成功報酬:5 G 94 C

参加人数:7人

サポート参加人数:1人

冒険期間:01月05日〜01月11日

リプレイ公開日:2006年01月12日

●オープニング

「なんだってあいつはお節介な忠義を押しつけて来るんだろ」
 押し掛け家臣のアレクス・バルディエ卿より、オスカーの元へ届いた一通の手紙。使いのシフールは
「お家の大事と聞いています。読後は焼き捨てて下さい。それを見届けるまで帰れません」
 と言って傍から離れない。
 面倒くさいと思いつつ封を解いたオスカーは、一瞬の後目が点になった。
「カミーユ姫!?」
 先頃マレシャル・サクス卿らによって退治された、敵国の息の掛かった海賊に関わる秘匿記録がそこに書かれていた。
 オスカーの父フランシス卿の庶子カミーユ姫は、母と共に母の実家に隠棲していた。彼女の存在に目を付けた敵勢力が、息の掛かった海賊を使って舘を襲撃。まだ幼かった彼女を拉致し、ノルマンの大貴族であるヴォグリオール家に対する質にしようと企んだ。しかし、たまたま居合わせた冒険者達の活躍で事なきを得る。その冒険者とは実はノエル家の配下の者達で、以降カミーユ姫に一流の騎士としての教育を施して行ったのだ。海賊どもを政敵であったバルディエの手の者と教え込んで。
 書面は最後に綴る。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
 かくて、臣アレクス・バルディエ叩頭昧死、仰いでオスカー卿に上奏す。
 君(くん)が庶姉カミーユ姫の行事を親視するに、哀慕地を埋み恩讐天を覆わん。
 清廉なる騎士、清廉なるを以って道を違えん。君が皇考の行(ぎょう)当に危うし。
 姉君遂には無前(ぶぜん)の国恥を為し、千載の民害を致さんとす。
 臣伏して君(くん)に請う。姉君を迷より救い給え。
 哀を癒すはただ愛にあり、そは肉親のみぞ成し遂げん。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
 書簡を火に当時ながら、オスカーは唸った。
「親父も兄貴も、無理だろうな‥‥」
 先の決闘が引き分けになって以来、カミーユの心は頑なになっていると言う。
「庶子で女性ともなれば、本来あの種馬兄貴の対抗者足りえない。しかし、それを公表したところで恨みは増すばかり。それだけじゃない。親父の隠し子が継承権の低い女性だとすれば、お家騒動の心配も無いのに保護せず放置していた卑怯者と、ますますうちの家名に傷が付くぞ。まったく。なんでボクがこんな事で悩まなきゃなんないんだ」
 一般に、女性は男よりも男女関係に潔癖である。いくつもの愛をそこら中にばら撒いている男に目を瞑れぬのも道理だろう。カミーユ側は先の決闘の疑惑故にアルシオンとの手合わせを拒んでいる。そして、
「俺に女を傷つけろと言うのか?」
 事情を知ったアルシオンも乗り気ではない。
 さて、ならばいかなる代理人を立てるべきか? それは並みの人物では役者不足なのかもしれない。カミーユの頑なな心を打ち砕き、尊敬を受けることが出来る者でなければならないのだ。しかも、それをサポートする者達にも今まで以上の配慮が要求される。
 事態をややこしくする妨害、殊にカミーユー陣営に対する魔の手を遮り、わずかでも疑惑の念を与えるような事件を未然に防がねばならないのだ。
 かくして、決闘代理人の依頼がギルドに張り出されることとなった。

●今回の参加者

 ea1565 アレクシアス・フェザント(39歳・♂・ナイト・人間・ノルマン王国)
 ea4078 サーラ・カトレア(31歳・♀・ジプシー・人間・ノルマン王国)
 ea4266 我羅 斑鮫(32歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea4668 フレイハルト・ウィンダム(30歳・♀・バード・人間・ノルマン王国)
 ea4778 割波戸 黒兵衛(65歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea5229 グラン・バク(37歳・♂・ナイト・人間・ノルマン王国)
 ea5601 城戸 烽火(30歳・♀・忍者・人間・ジャパン)

●サポート参加者

ナイトハルト・ウィンダム(ea8990

●リプレイ本文

●酒場
 突然の大きな物音に、酒場は水を打ったように静まり返った。
 音のほうを見ると、褐色の肌の逞しい男が怒りのオーラを発しながら、目の前に座る赤毛の男を睨みつけていた。物音は男が立ち上がった時に勢いで倒された椅子のものだった。
「本気で言ってるのか?」
「戯れ言を言う必要はないだろ?」
 この界隈で、二人はあまりに有名だった。その二人が何故か剣呑なのだ。注目するなと言うのが無理だ。
 褐色肌の男、グラン・バク(ea5229)は昂ぶる感情を抑え、もう一度確認するように言った。
「言っては悪いが、アルシオンには義がない。わざわざ行くことはないだろう」
 しかし赤毛の男、アレクシアス・フェザント(ea1565)はまったくもって冷静にその言葉を突っぱねた。
「彼の願うところを聞いた上で引き受けた。‥‥これ以上話し合うことはない」
 同じテーブルでは、仲間の冒険者達がオロオロと二人を見比べている。
 グランは苛立ちをテーブルにぶつけると、
「そうかよ、じゃあ勝手にしろ」
 と、言い放ち、引き止めようとする仲間達を無視して酒場から出て行ってしまった。
 眉間にシワを寄せ、ため息をつくアレクシアス。
 一応の終息を得たところで、酒場に再びざわめきが戻った。
 だが、このことはすぐにいろんなところで話のタネにされるだろう。

●ヴォグリオール邸
 ヴォグリオール邸に到着した冒険者達。そこには、腕組みをして眉間に皺を寄せたオスカーが待っていた。
「まったくもう、何やってんだよ〜」
 じと目で睨む彼に、これも策だよ、とフレイハルト・ウィンダム(ea4668)が耳打ちする。
「‥‥まさかとは思ったけど、そうなんだ。でも、前も似たような作戦だった気が‥‥堂々とやってのける辺りが大胆というか剛毅というか」
 呆れながら感心する彼。アルシオンはといえば、らしくもない難しい顔。
「正式に再戦を申し込まれたよ。しかしさて、どうしたもんかな」
 どうしたもこうしたも無い。アルシオンは嫡子の資格が無い不義の子だというのがカミーユ側の言い分なのだから、相手が引き分けを良しとせず言い分を引っ込めないのであれば、もう一度戦ってはっきり決着をつけるしかない。
「喧嘩は最高値で買取り、そして負けないのが信条では無かったのか。‥‥どうしても戦う気が起こらないというなら仕方が無い。俺が代理として立つが、文句はあるまいな」
 アレクシアスの申し出に、任せる、とアルシオン。重症だね、とフレイハルトが溜息をつく。
「俺は、シャンティエ村の調査を続けたいと思う。無駄足になるかも知れないが‥‥。ついては、馬車を御者付きで借り受けたいのだが」
 我羅斑鮫(ea4266)の求めに、オスカーは屋敷の馬車をひとつ、使える様に手配してくれた。
「カミーユさんに何か危険が及ぶ様な気がして‥‥護衛に付きたいと思います」
「そうじゃな。是非許可してもらいたい」
 サーラ・カトレア(ea4078)と割波戸黒兵衛(ea4778)の懸念を、オスカーはすぐに理解した。そして城戸烽火(ea5601)。
「あたしはヤールを突付いてみます。例の話、明かしますが構いませんね?」
 オスカーは彼らの案を了承し、よろしくね、と送り出した。
「不甲斐ない兄に代わって頑張る弟。実に麗しい」
 挑発にも乗って来ないアルシオンを、フレイハルトは無理矢理に覗き込む。
「気持ちは分からないではないが、冷静さを失っては相手の思う壷というものだ。『女を傷つけろと言うのか』って言ったそうだけど‥‥そう言う時は笑って『これは姉君に非礼を詫びなければ』くらい言って欲しいね色男。幾ら肉親のことで頭に血が上っていたとはいえ、まさか直接会った相手が女性と気づかないなんて”帝王”の名が廃るよ」
 可笑しげに笑う彼女に、アルシオンは苦笑する。
「勘弁してくれ、今年の風邪は鼻に来るんだ」
 匂いで嗅ぎ分けているのか、という話はさておいて。軽口も不発気味だけどまあいいかな、とアルシオンをからかいながら、フレイハルトは話を進めた。
「前回の引分けの結果から、カミーユが実子であるという主張は認め、その代わりアレクシアスを代理人に立てる事を認めさせようと思う。一方で、カミーユ側の代理人候補にグランを送り込む。その間にこちらが調査を進めていたことにして、決闘後『カミーユ姫』の認知と、彼女に対する当家の非を認め謝罪。事件の徹底解明を約束する。後で『事実の英雄譚』を大々的に発表しておけば、妙な噂も打ち消せるだろう」
 他のご兄弟への打診は私がしておくとして、後はグラン&アレクの両名次第。それから‥‥、と彼女が、アルシオンを見る。
「そこまで礼を尽くして、ようやく彼女に誠意が通じるかどうかというところだ。で、君には親父殿と繋ぎをとり、彼女と会わせる段取りを手配してもらいたい。家長の失態が元の元凶なのだから悪いが首に縄つけても連れてきて来てくれ。『御婦人の難儀は捨ておかない』が君達の家訓だろ」
 オスカーが兄から目を逸らす。身体が震えているのは、どうやら笑いを堪えている様子。
「あの親父を動かすのか‥‥」
 ぼやく彼に、弟が堪らず吹き出した。

●調査
 情報確認を終え、バルディエのもとを辞した烽火。
「どうしたものかしら‥‥」
 溜息と共に、彼女は考え込んでしまった。敵対勢力の息がかかっていたという海賊達。根拠となる情報はそこから得られたものだが、彼らとてわざわざ物証となるものを残しはしない。証言が果たしてカミーユの頑なな心に届くかといえば、残念ながら微妙と言わざるを得ない。
 斑鮫は前回得た情報から、ジャンティエ村にてカミーユの母シャルロッテ・ラクレアの双子の姉、ヴィオレッテとその娘の消息を追った。しかし、村人達の口は重い。
「ヴォグリオールの兄弟達からの要請なのだ。カミーユ様は今、良くない事に巻き込まれていらっしゃる。彼の方々の助けを必要としているのだ」
 疎まれながらも、根気強く説得を続ける彼。その熱意が伝わったのだろうか。
「‥‥あなたを信じていいんでしょうね?」
 それは、かつてラクレア家の使用人として働いていたという老婆だった。
「あなたと同じ様に、ヴィオレッテ様の消息を尋ね回る怪しげな者達がいるのです。ヴィオレッテ様はもう何度も何度も危ない目にお遭いになられて‥‥」
(「皆、頑なになる訳だな。考えてみれば、カミーユを担ぎ上げるに彼女の事を詳しく知る者は邪魔でしかない‥‥」)
 接触を急ぐ必要がある。老婆を馬車に乗せ、ヴィオレッテのもとに向かう斑鮫。しかし、ヴォグリオール家の馬車での移動はさすがに目立つ。いつの間にか、馬車にはそれを追う怪しげな影が纏わりついていた。
「止まった?」
 ゆっくりと馬車に近付く男。御者が詫びながら、止め具を確かめ締め直している‥‥。はっと振り返った男は、息がかかるほど近くに飛び込んで来た斑鮫の姿に目を見開く。鳩尾への一撃に、声も無く倒れ伏した。
「う‥‥く、くそ、何も話さんぞ、殺せ‥‥」
「殊勝な心がけだが、それを決めるのは依頼主だ」
 厳重に縛り上げ目隠しをした上で馬車の中に放り込む。ヴィオレッテの住処を知られる前に気付けたのは、何よりの幸いだったと言えよう。
 親子は郊外の小さな家で、幾許かの蓄えを頼りに慎ましやかな生活を送っていた。
「そうですか、カミーユが‥‥」
 事の次第を聞いたヴィオレッテは、消息の途絶えた姪の思わぬ現状に心を痛めた。
「ええ、貴方の仰る話に間違いはありません。そして、フランシス卿がカミーユの事を知らなかったというのも、偽りでは無いでしょう。妹は思いもよらずあの方のお情けを受ける事となりましたが、そのまま受け入れれば家名を身体で買ったと心無い中傷にも耐えなければならなかった筈。元々高貴な方々の世界に馴染めない子でしたから、そういった事が煩わしかったのですね」
 親族にもとても話せませんでしたわ、と彼女は苦笑する。それはそうだろう。没落した家を再興する絶好の機会を棒に振ったのだから。
「妹がヴォグリオールを悪し様に言う事など決して無かった筈です。むしろだからこそ、今が穢れていると聞かされれば許せなかったのかも知れませんね」
「襲撃事件についてもお聞かせ願えませんか。何か、謀略を証明するものでもあると良いのですが」
「そう‥‥確たる証拠という訳ではありませんが‥‥」
 暫く後、彼女を乗せた馬車が街へと向かった。

 戦いに向けて身体と気力を整える日々と過ごしながら、アレクシアスは時々屋敷を出、とある人物を探して歩いていた。
「マレーア? ああ、あの吟遊詩人か。そういえば近頃は見かけないな」
 しかし、その行方はようとして知れない。相手は気ままな詩人、いつ街を離れたとしても、不思議ではないのだが。
「今頃は暖かな地中海で青い海を歌っているのかもね」
 手を尽くしてくれたオスカーに礼を言い、戦いを前にして些細な事が気になる自分を笑う。致し方無し、と割り切りはしたが、ただ、かの人ならばこの悲しき争いをどう歌い上げたのか。それを考えるに、やはり残念な気持ちは拭えないのだった。

●カミーユ
 ヤール邸。いつもの如く、烽火は唐突に現れる。
「面白い事が判明しましたので報告を。ヤール卿もご存知の事かも知れませんが‥‥」
 耳元でカミーユの秘密を囁く彼女。と、ヤールは言葉を失い、そのまま固まってしまった。どうやら何も知らされていなかった様だ。
「この謀略はノアール卿が考えたものなのですか? ‥‥シモンなのですね? 何と無謀な‥‥これは一派をみすみす危機に陥れる、裏切りに等しい行為ですよね。ヤール様ならば皆さんを救い、ノアール卿に火の粉が及ぶのを食い止められるのでは‥‥」
 はっと我に返ったヤール。彼は返事もそこそこに、ぶつぶつと独り言を呟きながら考えを巡らせ始めた。猛烈な勢いで手紙を認める彼に、烽火はくすりと笑う。そしてひとつ、頼みごとをして行った。グランが尋ねて来たのは、その翌日の事だ。

 ヤールの認めた推薦状を携たグランが訪れたと聞き、シモンは耳を疑った。
「ヤールめ‥‥」
 苦々しく推薦状を投げ捨てるシモン。この時、既に彼の推薦した人物を代理として立てる事で話は纏まりかけていたのだ。追い返してしまえ、との彼の命に、いいところを見せようとでしゃばったその代理人があっさり捻じ伏せられてしまったから、ややこしい。
「この者、アルシオンと袂を分かって来たのは事実らしいが、以前よりヴォグリオール家に出入りをしていた様子。眉唾ながら隠し種との噂もあり‥‥この大事な時に、敢えて近づけるべき者ではありますまい」
 シモンはすぐにグランの素性を調べ上げ、断固として拒む姿勢を見せた。
「嫌だというなら仕方も無い。しかしなぁ‥‥ああ、何だが急に節を曲げてアルシオンの代理に立ちたくなって来た。そうなれば確実にそちらの負け。ああ困ったどうしよう」
 意地悪く言う彼に、唸るシモン。分かりました、とカミーユが溜息をつく。
「‥‥確かに貴方は強い。私の代理として戦ってもらう事にします。ただし、もう引き分けなど決して許しません。貴方が神より死を賜るなら諦めもしましょうが、もしも不甲斐ない戦いをする様であれば、その時は私がその首、刎ねさせます」
 真っ直ぐに自分を見据えるカミーユに、承った、とグランは跪いた。
「いいですか、くれぐれも警戒を解かぬ様に。大事を為さねばならぬ身という事を、努々お忘れになりませぬよう」
 已む無く折れたシモンだが、最後までそう注意を促しくどくどと繰り返した末に、ようやく屋敷を後にした。用心深い事で、と苦笑しながら見送っていたグランは、一瞬振り向いたシモンの、カミーユに向けた視線の冷たさに愕然とする。元々信頼で成り立つ間柄でもあるまいが、それにしても‥‥。
(「もしかして、持て余し始めてるのか、カミーユを」)
 それがどんな結末を齎すのか想像し、彼は舌打ちをした。

 夜。寒風の中、屋敷の監視を続けるサーラと黒兵衛の姿がある。
「カミーユさんは、どうして気付いてくれないのでしょう。自分を利用して漁夫の利を得ようとしている人達の悪意に」
 サーラの呟きに、そうさな、と黒兵衛。
「現実からは目隠しをされ、耳に入る噂は歪んでいるとあっては、如何に利発な者でも到底真実には辿り着けまい。恐らくは、自らの危うい立場にも気付いておらん。出歩かずにいてくれるのが救いではあるが‥‥」
 言いかけて、黒兵衛は身を乗り出した。屋敷の外で蠢く影。塀を乗り越えたその影は、迷う事無くカミーユの私室に向かって進んでいた。
 その時、グランはカミーユと、余人を交えず話す機会を得ていた。
「確かに弟君の目は曇っている。女性の扱いの上手さを自慢している割に、目の前の淑女の存在にも気づかないとは。『モンマルトルの帝王』の名折れですな」
 カミーユが驚きの表情で彼を見る。ふっと笑い、貴方は十分淑女として許容範囲ですよと軽口を叩いたグランに、彼女は剣を突きつけた。
「他に、知っている者は?」
「心配せずとも、決闘に手を抜くつもりはありません。勝利を得た上で、弟君を諌めたいなら素行を正すよう要求し、モンマルトル出入り禁止でも何でも盛り込めばいい。その上で正体を明かせば自称『帝王』の鼻も完璧にへし折れるでしょう。しかし、一番の問題は弟君ではない様です。‥‥お父上に会うのが怖いのですか?」
 凍った空気の中、続く沈黙。彼らの対峙は、巻き起こった喧騒で中断された。
「戦う必要は無いぞ。掻き乱してやるだけで良い」
 頷き合い、自らも塀を越えて飛び込む黒兵衛、サーラ。屋敷の庭で、誰何も何もされぬまま突然の襲撃を受けた侵入者達は、想定外の出来事にパニックに陥った。この騒動に屋敷の者達も飛び出し、大変な乱戦となった。やがて彼らは捕らわれ、あるいは逃げ散って行った。
「あの部屋で寝てる奴の息の根を止めろと命じられたのさ。ヴォグリオールの名とたっぷりの金貨を出されちゃ、断れってのが無理な話だろ‥‥」
 グランを伴い、険しい表情で捕らえた侵入者を取り調べるカミーユ。止めようとするサーラを制して、黒兵衛は堂々とその目前に進み出た。
「‥‥どういうつもりですか」
「念の為に言っておくが、この者の言う事は真実ではない。わざわざ後腐れの無い場末のゴロツキを集めたのに、己の名を名乗る馬鹿はおらん」
 むしろ、カミーユ殿に何かあっては我が依頼主が困るのじゃ、と黒兵衛は言う。
「今、御身に何かあれば、後継者争いの果てに兄弟で殺し合ったと噂になるは必定。それ自体、ヴォグリオール家最大の恥辱となる。故に、事が収まるその時まで、御身の安全を護る事が絶対に必要なのじゃ。お分かりかな? そういう訳なので、以後決闘の日まで、御身の護衛を務めさせて頂く」
「勝手にすればいい」
 黒兵衛の説得に思うところがあったか、カミーユはそれを受け入れた。
「やり方が乱暴になってきておるな。気をつけられよ」
 囁く黒兵衛に、グレンは無言で頷いた。

●ザ・チャンピオン
 それ以後、実際に暗殺まがいの事件が起こる事は無かった。だが、アルシオンを護る者も、カミーユを護る者も、幾度となく殺気を感じ、緊張の解けぬ日々を送っていた。そして、無常にも再戦の日は訪れる。
 戦いの場には警護と称して、シモンの手の者が幾人も配されていた。辺りに漂う、何とも言えぬ異様な雰囲気。
「もう前回の様な茶番は無しとしたいもの。どちらかが倒れるまで戦う事とするが、それでよろしいか」
 使うは真剣、戦えなくなるまで勝負を降りる事は許さない。シモンの提案に、アルシオンは眉を顰めた。
「おやおや、仕込みならばそれでも良い、殺し合いになれば関係あるまいという訳だ。これは手厳しい」
 フレイハルトが肩を竦める。決闘が命がけなのは当たり前だが、命捨てることを強いられるものでは決して無い。作法からしても外れている。だが。
(「‥‥姫様の正義、あながち口だけでは無いという事かな」)
 異母弟同様、眉を顰めるカミーユの姿に、グランは一縷の望みを見出した。アレクシアスと視線を交わし、頷き合う。
「いいだろう」
 アレクシアスはこの条件を敢えて飲んだ。馬鹿な、と苦り切った表情のアルシオンに、任せておけと微かに笑う。そして、カミーユを見据え、言い放った。
「騎士は正義を行うから騎士、か。この一連の騒動がどれだけの人間を巻き込んだか、これから巻き込む事になるのか。我らの戦いを見ながら、もう一度考えてみるがいい」
 なにを、と言いかけたカミーユを、グランが制す。
「全てを剣にて決するのが決闘というもの。命じたからにはしっかりと見届けていて下さい」
 そして、一言。
「真実を見、踏み出す勇気を」
 共に一杯のワインを呷り、以って決闘の開始となる。
(「肉親同士争うとは以ての外。その悪しき循環、ここで断つ」)
 剣を抜きつつ、気抜けする程に平然と歩み寄った彼ら。だが互いの間合いに踏み込んだ瞬間、空気は一変した。ごっ、と鈍い音が響き、鋼と鋼が咬み合う耳障りな音が後に続く。飛びずさった二人の息は、極度の緊張で早くも荒くなっていた。グランの脇腹から滴り落ちる血が、地面を赤く染めている。アレクシアスの盾持つ左腕はみるみる紫色に変色し、彼の意思に反して、もう上がってはくれなかった。シモンの手の者達でさえ、その戦いに息を飲む。そう、これは試合ではない。命の取り合いなのだ。音が交差する度、二人は傷ついて行った。無駄な魅せ技などひとつとして無い、僅かでも処置を過てば命断たれる必殺の応酬である。真に実力拮抗した者同士が命の取り合いに徹すればどうなるか‥‥その凄惨な戦いに、カミーユが思わず目を背けた。
「逃げるな。言われた筈だ。俺達にはこの戦いを見届ける義務がある」
 アルシオンの言葉に、カミーユが呻く。彼自身もまた、戦いを余人に預けてしまった事を悔やんでいる様だった。
 ふっと息を吐くや、猛然と突進したグラン。身体ごと、愚直なまでに真っ直ぐに打ち込まれた渾身の一撃に、アレクシアスが遂に膝をつく。だが、グランが次の一撃を繰り出す事は無かった。
「見事」
 己の胸に突き立った切っ先を惚れ惚れと眺めながら、グランは崩れ落ちた。僅かに間合いをずらしたアレクシアスがグラン全身全霊の一撃を凌ぎ切り、そして滑り込ませる様に突き入れた最後の一刀。その凄まじさを理解できた者が、グランの他に果たして何人いた事か。そしてまた、アレクシアスにも余力は無い。その場に蹲り、全身の激痛に眉を顰める。腕は確実に砕けている。異様な苦しさは、肋骨をやられているのかも知れない。戦いの緊張が解けて行くせいか痛みは一層強くなり、思考が鈍って行くのが何とも煩わしかった。
 カミーユは、ただ立ち尽くしていた。アルシオンは二人の治療を急がせる。
「まさか、止めまで刺せとは言わないだろうな?」
 彼の言葉を、無言で容認するシモン。倒れたグランを一瞥し、だからこの様な者を用いるべきでは無かったのです、とカミーユに耳打ちをする。憮然とした表情でアレクシアスの勝利を宣言すると、カミーユを伴ってこの場を去ろうとした。
 待て、とアレクシアスが彼らを呼び止める。
「カミーユ殿。ヴォグリオール家は貴方との話し合いを求めている。貴方には聞く義務があると思うが」
 聞く耳など持たずとも良い、とシモン。だが。
「いや、どうあっても聞いてもらわねばならん。神の下した裁定が覆される事があってもならん。なあ、シモン・エギィユよ」
「フランシス卿‥‥」
 何故ここに、と言葉を失うシモン。カミーユは、斑鮫に伴われて現れたヴィオレッテの姿に身を強張らせた。
「カミーユ‥‥どうしてこんな事に?」
 悲しげな伯母の声に、明らかに動揺している。そして全てが見抜かれている事を悟り、悔しさに身を震わせる。
「私をどうするおつもりですか」
 彼女の問いに、そう身構えるものではない、とフランシス卿。
「我々の間には、不幸な誤解もある様だ。その点に関しては、弁明をさせて欲しい。だが‥‥知らぬ事とはいえ、そなたの母の好意に甘え何一つ援助する事も無く、放置しておった事は紛れも無い事実。実に恥じ入るばかりだ。もしも許してもらえるのであれば、そなたを我が娘として迎える用意がある。いや、是非そうさせて欲しいのだ」
 大体だな、とアルシオン。
「姉上は世間に疎すぎる。危なっかしくて、ほったらかしておけないのさ。家を継ぐ者として不適切の何のと、好き放題に言ってくれたらしいが大きなお世話だ。俺は、自らに恥じる様な事をした覚えは一度だって無いんだ。どうしても何か言いたいなら、うちに来い。姉の忠告とあらば、耳を傾けないこともないぞ」
「憐れみなど‥‥私はただ、歪み切ったヴォグリオール家を正そうと‥‥」
 烽火が、海賊達の証言を語り出す。彼女を支えた全てが偽りだったかもしれないという話だ。その話を、ヴィオレッテの証言が補完する。
「嘘‥‥信じない‥‥」
 力なく否定するカミーユ。しかし、自分に与えられた不可解な役割を考えてみれば、疑念を抱かずにはいられないだろう。残酷な事に彼女は、それに思い至る程には聡明なのだ。哀れな姪の姿に胸を痛めながら、ヴィオレッテは彼女を諭す。
「如何に正しい事を言っていたとしても、自らを偽っていては到底、神のお導きなど得られぬのです。胸に秘めるものがあるなら、正しき場所に身を置きなさい」
 俯いたカミーユの頬に、涙が伝う。くっ、と呻き、身を翻すシモン。申し合わせてあったものか、兵達が剣の柄に手をかける。が、真っ先に引き抜こうとした兵の手に手裏剣が突き刺さり、彼は悲鳴と共に剣を取り落としてしまった。全員の手が止まる。
「妙な事は考えない方がいいですよ?」
 にっこりと微笑む烽火。黒兵衛とサーラが、カミーユをゆっくりと下がらせる。フランシス卿とヴィオレッテには卿の配下と斑鮫が、アルシオンにはフレイハルトと烽火が張り付いていて、もう僅かの隙も無い。
「うん、誤解を招く行動は慎むべきだよね。主人の将来にも関わる事だからね」
 具合の良い岩の上に腰掛けて、彼らを見下ろすオスカーとベルナルド。そして、現れる傭兵達。まあまあそう怖い顔しなさんな、と笑いながら進み出た彼らが、傷ついたアレクシアスとグランを助け起こす。
「退けよ。真なる勝者の凱旋だ」
 ぎりぎりと奥歯を噛み締め、忌々しげに「帰るぞ」と叫んだシモン。その背中に、フランシスが声をかける。
「娘を見つけ出し、保護してくれた事には感謝する。だが、少々腑に落ちぬ事もあるのだ。後日ノアール卿にも話を伺わねばならんだろうから、卿からよろしく言っておいて頂きたい」
 振り向いたシモンの顔からは、血の気が引いていた。そこに、おたおたと現れた彼の部下が耳打ちする。と、シモンの顔はもはや、死人の如きものになっていた。ヤールの工作が、彼にとって最悪のタイミングで効果を上げ始めたのだ。
「何かお困りの事があらば、いつでも相談にに乗ろう」
 そう言って見送ったフランシス。小さな声で、あれはもう駄目だな、と呟いた。
「姉上。この俺が気に入らずとも、今は共に来て欲しい」
 彼女は頷き、父親と異母弟の前に歩み寄る。まるで戦に向かうが如き決死の表情ではあったけれども‥‥。
「大丈夫か、あの有様で」
 心配げな黒兵衛に、恐らくはね、とフレイハルト。
「信頼は大前提‥‥だってあの二人掛りでご婦人を口説き落とせなかったら、他の誰だって無理だろう」
 にしても今回は、と天を仰ぎ見る。
「ふん、誰も彼も良い様に使われた感があるな。この結果も折込済みか」
 その後、カミーユに対するシモンからの繋ぎは完全に途絶え、この騒動は一応の決着を迎える事となる。
 巷で近頃歌われ始めた英雄譚。悪漢に惑わされ、正義を信じて戦いを挑む美しき男装の麗人。彼女を偽りの世界から救う為、二人の騎士は命掛けの決闘に挑む‥‥。

 カミーユはヴォグリオール家の一員として認められ、彼女も形の上ではそれを受け入れた。だが、やはりまだ心の整理がつかないのだろう。当面はヴィオレッテが預かり、時を置いて、今後の身の振り方を考えさせる事となった。歳の近い従姉妹もいる田舎の暮らし。自分を見詰め直すには良い環境だろう。
「潔癖で口喧しい姉上が増えれば、アルシオン兄様のお行儀も少しは良くなるかもね」
「貴方もね」
 ふふ、と微笑んだアニエスに、ぶるっと震えるオスカー少年。
「でも、マリーさんには辛い事になったよね。ガルス卿は不味い立場だって、みんな言ってるよ? 姉上、恨まれてるんじゃない?」
 元はといえば、彼女の告白で明らかとなったこの事件。夫の無事を願っていたマリーだが、その願いは完全には果たされなかった。
「私達の友情は、そんなに柔なものではありませんのよ? 辛そうだったけれど、夫は自分が支えて見せるって笑っていたわ。マリーなら、きっと大丈夫」
 そっか、とおやつを口に押し込み、オスカーは席を立った。ゆっくりとお茶を飲みながら、物思いに耽っていたアニエス。暫くして、出かける様子のメシエに目を止めた。
「オスカー様に、冒険者酒場に依頼を出して来るよう仰せつかりまして‥‥」
「オスカー! 今度は何を仕出かすつもり!?」
 箱入り息子の冒険は、どうやらまだまだ尽きそうにない。