箱入り息子の大冒険4〜地に堕ちる星

■シリーズシナリオ


担当:マレーア

対応レベル:9〜15lv

難易度:難しい

成功報酬:5 G 94 C

参加人数:9人

サポート参加人数:-人

冒険期間:11月30日〜12月06日

リプレイ公開日:2005年12月07日

●オープニング

 冒険者ギルドに現れたその青年は脇目も振らずギルドの受付に歩み寄り、依頼を告げた。
 青年の名はカミーユ・ラクレア。周囲に漂う気品が、由緒ある家の生まれであることを示していたが。その静かな雰囲気の中に、どこか砥がれ過ぎた刃の気配のある青年だったと、依頼を受け付けたギルドの担当者は後で語った。
「ご要望は決闘代理人、ですか。失礼ですが、どのようなご事情ですか?」
「然るべき権利を、然るべき場所へ取り戻すためです。ラクレア、という家名をご存知でしょうか?」
「ラクレア、ですか。確か旧い名家にそんな名を戴く一族がいらしたと。既にその存亡も明らかではない御一族、ですね」
 青年が名乗った名に配慮してか、躊躇いがちに担当者が答える。青年は頷いた。
「私はその末裔に当たります。母はシャルロッテ・ラクレア。そして父は――フランシス・ルネ・ヴォグリオール」
「――!」
「母は身分の違いから身を引き、閣下のもとを離れましたが、父のことをよく話してくれていました。母が健在のうちはその思いを無駄にしないためにもと敢えて名乗らずに参りましたが、しかし現在のヴォグリオール家の実情はどうです? その資格があるのかどうかあやしい者が第一後継者を名乗り、それを笠に着て身勝手に振舞っている。こんな状態を見過ごしてはおけません!」
 現在ヴォグリオール家嫡子ということで第一後継者と目されるのはアルシオンだが、青年のいわく、彼が本当に嫡子であるかどうかは定かではない。確かに彼はヴォグリオール夫人が生んだのかもしれないが、夫人には嫁ぐ前に恋人がいて、しかも結婚後もその相手と親交があったという。これでは彼の父がフランシス卿であるとは言い切れない。
「私はヴォグリオールの血を継いだ者として、アルシオン・ヴォグリオールに決闘を申し込み、我が身の正統性と奴が何の資格も持たない“不義の子”であることを証明する。ですが環境に恵まれず騎士位を持たぬこの身では、私が直接剣を以ってそれを成す事はできない! どうか力をお貸しください。これは然るべき権利を取り戻すための、聖なる戦いなのです!」

 さてヴォグリオール家。降って湧いたように見えるこの“後継者”の座を巡っての決闘騒ぎに、さすがの邸内も動揺の色がほの見えていた。問題の青年・カミーユは、自身がフランシス卿の実子であるその証拠として、母の形見だという古めかしい意匠の、ヴォグリオールの家紋が刻まれたロケットを示した。これに関しては、現在肝心の当主が不在のため断言こそできないが、偽物である可能性は限りなく低そうだという。
「まぁねぇ。あのエロ親父の性癖からして、名も知らぬ兄弟の10人や20人、居たって驚くには値しないけどさぁ」
「違いない」
 仏頂面でそうのたまった満9歳の弟の言葉に、決闘を申し込まれた当人・アルシオンは緊張感の欠片もなくからからと大笑いした。それをちろり、と呆れたように見やるオスカー。
 これが例の陰謀の一環、しかもかなり本命にちかい事態なのは間違いない。シモン・エギィユを中心とする連中の狙いはこの決闘でアルシオンを打ち負かし、自分達の息の掛かった人物――カミーユ・ラクレアをこの家の後継者争いの座に食い込ませることだ。アルシオンがこんな形でその資格を失うことになれば。年齢的にもそして風評的にも、そのカミーユなるそれまで存在すら知らなかった“兄弟”が、後継者の有力候補となり得る。
「で、どうするのさ」
「決まってるだろう。受けてたつ以外に何がある?」
 あっさり、と言う兄に、オスカーは思いっきり顔をしかめる。
「別に後継者の座なんかに未練はない。だがこれに掛かってるのは俺の立場だけじゃない。ある御婦人の名誉も掛かってるんだ。婦人のために力を尽くすことこそ騎士の、そして男の誉れってもんだ。だろ?」
 カミーユが言うようにアルシオンが『後継者の資格を持たない』ということは、そのまま彼の母、故ヴォグリオール夫人の不貞という不名誉な事実も認められることになる。彼の言い分を理解し、不機嫌そうに口ごもる弟にアルシオンはにやりと笑った。
「というわけで、お前の非常に頼りになる御仲間の助太刀は、今回はいらん。決闘には俺が臨む。そして勝つ。正統だかなんだか知らないが、こっちだって生まれてずっと『後継者』をやってたんだぜ。その兄を信じろよ」
 ぴん、と人差し指で額を小突かれ、むくれるオスカー。そのまま呑気に笑いながら去ってゆく兄を見送りながら、オスカーは胸のうちでこっそりと誓っていた。
――今回のこの事件、絶対に連中の思い通りになんかしてやるもんか!
 と。
 売られた喧嘩は最高値で買い取り、そして絶対負けない。それが不肖・『箱入息子』の主義なのだから。

●今回の参加者

 ea1565 アレクシアス・フェザント(39歳・♂・ナイト・人間・ノルマン王国)
 ea1643 セシリア・カータ(30歳・♀・ナイト・人間・ノルマン王国)
 ea1681 マリウス・ドゥースウィント(31歳・♂・ナイト・人間・ノルマン王国)
 ea4078 サーラ・カトレア(31歳・♀・ジプシー・人間・ノルマン王国)
 ea4266 我羅 斑鮫(32歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea4668 フレイハルト・ウィンダム(30歳・♀・バード・人間・ノルマン王国)
 ea4778 割波戸 黒兵衛(65歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea5601 城戸 烽火(30歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 ea8553 九紋竜 桃化(41歳・♀・侍・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

●動き出す星々
「鍵となる人物の御登場‥‥か」
「まずは情報を集めないことには」
 アルシオンの出生の秘密に、カミーユ・ラクレア。そしてそれを操るもの。やっと、今までの一連の事件が最終段階に来ていることを示していた。
「決闘そのものを受ける義務は必ずしもないけど、アルシオンは後継者以外の理由で受けるつもりだから」
「だったら、ギルドに依頼を出している『決闘代理人依頼』を私が受ければいい」
 九紋竜桃化(ea8553)が言いだした。
「そして連中に、動かれないように、引き分けにする」
 勝っても次を考えているだろうし、負けるのは問題外。引き分ることによって連中の思惑を外す。引き分けにすると言っても、出来試合というわけにはいかないから簡単ではない。決闘が出来試合だと思われるような展開では、もっと状況が悪くなるだろう。ギルドを通じて行った依頼であるだけに、ギルドからも制裁が行われるかも知れない。
「カミーユが決闘代理人を立てるなら、アルシオンも私たちの誰かを代理人に立てるべきでしょう。代理人を立てることはできないわけではないでしょう」
 セシリア・カータ(ea1643)の主張はルール的には間違いではない。しかし、カミーユが決闘代理人を立てるのは、カミーユ自身が騎士の資格を持っていないためだ。それに対して、アルシオンは騎士の資格を持っている。そしてなにより、カミーユが行った告発がアルシオンに代理を立てさせることを承諾しないだろう。
「決闘の段取りという名目でカミーユに接触してみる。うまくいけば背後にいる連中を探ることができるかもしれない」
 アレクシアス・フェザント(ea1565)は、段取りを名目に相手に接触する。
「じゃ、ガルス・サランドンの方は任せてくれ」
 マリウス・ドゥースウィント(ea1681)が、
「俺はヤール・ミカイルを」
 と我羅斑鮫(ea4266)。
「ではわしは、シモン・エギィユを調べるとしよう」
 割波戸黒兵衛(ea4778)は目標を定めた。
「しかし、故人の意思を踏みにじって自分たちの目的のために利用するなんて」
 サーラ・カトレア(ea4078)はあまりのやり方に眉をひそめる。
「それに乗せられるカミーユという男も継承者には値しないでしょう」
 城戸烽火(ea5601)も同意する。そのような手段を取る敵なら別の手段も用いるだろう。
「あたしとサーラでアルシオンを護衛することにしましょう」
 決闘前に何らかの仕掛けをするかもしれない。これだけ手の込んだことを行った者たちなら、アルシオンの周囲に刺客を以前からもぐり込ませていないという保証はない。雇い人の中にいるかも知れない。

●正統なる‥‥
「ギルドの依頼を見て来ました」
 桃化は、ギルドの依頼書に示されていたカミーユのところに向かった。条件が良かったのか、すでに決闘代理人を受けるつもりで来た者がいた。そして桃化の注意をひいたのは、決闘代理人ではなく、カミーユの傍らに控えていた男だった。妙に眼光が鋭い。その男が桃化の顔をじっと見て確認してカミーユに耳打ちした。桃化にも聞こえるように。
「この女は、アルシオンの弟オスカーの依頼を受けたことのある冒険者だ。きっと決闘代理人になって負けるつもりに違いない」
「既に契約は解消されております。何ならギルド側にそれを確認していただいてもかまいませんわ。それに腕の方が心配なら、そちらの方とこれから立ち会いましょうか」
 相手は力押しタイプだった。しかし、桃化が女だというあなどりがあった。桃化がわざと作った隙に見事に引っかかって、得物を落とされて首筋に切っ先を僅かに埋め込まれて、降参した。
「他に決闘代理人の候補者がいるならお相手しますわ」
 しかし、カミーユにとっては腕をみたたけで十分だった。しかしそこまで言っているのに、確認しないのも失礼と。
「いいでしょう。ギルドには一応確認させてもうことにしよう。騎士位を持つ者として、騎士位を持たない私の決闘代理人として正々堂々あの浮ついた男を叩きのめしてほしい」
「浮ついた?」
「金と権力を嵩にきてあちこちの女性を泣かせているそうじゃないか。種馬のように子種をばらまいている。そんな奴をヴォグリオールの後継者にできるわけない。母上のような不幸な女性を増やさないためにも」
 アルシオンの女好きの性格からすれば、ありえるかもと思ってしまう桃化。とはいえ、そこまで非難されることはしていないはず?
 その後決闘の打ち合わせということで、アルシオンの名代としてアレクシアスがカミーユの元を訪れた。
「君ほどの騎士が、あんな男の名代とはね。騎士は正義を行うから騎士。そう思っていたが」
 カミーユはアレクシアスの風体をみて、騎士としては立派なものの、悪徳貴族の走狗と成り果てていることを軽蔑しているような口調だった。
「公平を期すために」
 アレクシアスはカミーユに後見人の名前を明かすように求めた。カミーユ自身には何ら後ろ暗いことはないとばかりに、なんの疑問も感じずにシモン・エギィユの名前を出した。
 アレクシアスは、いきなり確信の人物の名前が出てきたことに驚愕した。こんなに簡単に出てくるということは、カミーユは知らずに陰謀に利用されていると思うにいたる。多分シモン・エギィユも、カミーユから名前がでることは想定しているのだろうが。
「では、もうひとつ。アルシオンの噂は何処で?」
「そんなもの、パリの街を歩けばいやでも聞こえてくる」
 唾棄すべき噂、耳が腐れ落ちなかったのが不思議な程だ、と彼は吐き捨てる様に言った。
 アレクシアスはカミーユのもとを辞してシモンのところを訪れる。揉めるかとも思ったが、すんなりと通す辺りが却って嫌味である。淡々と準備に関する話は進み、拍子抜けするほどあっさりと合意が為された後、アレクシアスは、何故カミーユを支援するのか、と彼に問うてみた。シモンは、聞かれた事が不思議と言わんばかりに驚いて見せる。
「何故? 正当な権利を持つ者が、不当にその権利を侵害されている。正しくあるべき姿に戻すため、力を貸したいと思うのはごくごく自然の事と思いますが。むしろ貴方に聞きたい。何故正義の無い者の肩を持とうとするのか」
 理解し難い事だ、と嫌味ったらしく嘆いて見せる。万事がこの調子、何を聞いてものらりくらり。肝心な事には近寄りもしない。
(「‥‥狸め」)
 この男、容易にボロを出しそうには無い。早々にその場を辞したアレクシアスは、次にフランシス卿への接触を図ったが、こちらは領地とパリとを飛び回っているとの事で、残念ながら会う事が叶わなかった。
 サーラとフレイハルト・ウィンダム(ea4668)は、パリの下町を歩いていた。桃化から聞いたカミーユがアルシオンの中傷する噂の内容についての調査を、そしてそれに対するカウンターの噂を流すためだ。
「どうも変ではないか? 桃化がカミーユから聞きだしたアルシオンの人となり、そんな酷いものはない」
 町で聞こえてくるアルシオンの噂は「愛すべき放蕩息子」的なものばかりだった。
「確かに変ですね。不当にねじ曲げられた情報だけが届いているようです。特にカミーユを行動させたがるようなものばかり」
「気になることがあるのだ。サーラはそう思わないか? カミーユって女性の名前なんだよな」
 フレイハルトはカミーユの知るアルシオンの人となり、それに今回の決闘騒ぎの原因。それに名前。どうも引っかかるような気がする。

●星は巡りぬ
 マリウスはガルス・サランドンに接触を試みた。
「噂のカミーユ殿とお話をしてみたく。貴殿は彼との繋がりがあるようですので、取り計らいをお願いできないでしょうか?」
「君たちは、ヤールのみならず私も窮地に陥れるつもりか?! 帰ってくれ!」
 しかし明らかにアルシオン派と見なされているため、まったく相手にはされない。それでも接触を試みるが、完全に門前払いされるようになる。しかし、監視たちの目には外部とのつながりがあるように、白紙の手紙を渡すなどの措置をしておいた。
「成果なしか。あとは決闘直前しかないか」
 我羅斑鮫の方は密かにヤール・ミカイルに接触し、幾ばくかの情報をえた。カミーユを見いだした村の情報だった。
「シャンテイェという村だ。あとは君たちで何とかするんだね。‥‥それぐらいやれないようでは、信用するわけにはいかないな」
 その情報を得て、片道1日ほどのところにあるシャンテイェ村に向かう。往復の時間を考えると我羅斑鮫の足でも決闘までに集められる情報はあまりないかも知れない。
 村にはカミーユの母親であるシャルロッテ・ラクロアが、その『双子の姉』であるヴィオレッテとひっそりと暮らしていて、シャルロッテとヴィオレッテにはそれぞれ子供がいたという情報をつかむ。村人の話では、シャルロッテに「カミーユ」なる子供がいたのは確かだった。それだけ調べるのがやっとだった。時間があればもっと調べられるのかも知れないが。村人も外部の人に対して内輪の話はあまりしない。それを聞き出すにはもっと時間がかかるだろう。
「この辺りで戻るしかないか」

「まったく尻尾をださない」
 また桃化やアレクシアスからの情報、また自らカミーユを尾行し、彼の後ろ盾がシモン・エギィユであると確信した黒兵衛。陰謀を企てているものの動きも活発になる、と見込んでシモンの周辺を探る。敵も用心深く隙を見せない。それに今回の動きには他の者たちの動きが悪い。こちらにわからない手段を用いて連絡を取り合っているのか、もしやシモンの独走なのではないか。その二つの考えが浮かんでくる。
 現在このスキャンダルを面白可笑しく芝居にしている一座があった。斑鮫や黒兵衛がそこに探りを入れ、調査を進めるうちに、ネタを持ち込んだ人間はシモンやノワール卿の屋敷に出入りしている、シフールの道化を引き連れた吟遊詩人風の人間の男だと言うところまで判明した。そこから先は推測の域を出ない。
 一方、烽火が様子を探るノワール派のサロンでは、黒兵衛らの流した噂も話題にあがった。しかしシモンの反応があまりない。
「たかが噂だ。我々もその恩恵にあやかっている。敵が同じ手を使わぬはずもない」
 と一笑に付した。しかし、シモン以外は小心なようだ。こちらの情報がもう既にヴォグリオールにもれているのではないか、と危惧する声も上がってきている。だが失策を犯したヤールに関してさえも。
「そんな度胸があるか」
 で済ませてしまう。しかし、もう一つの危惧の因子としてガルス・サランドンが上げられる。
「そういえば奴の妻は、ヴォグリオールと懇意にしている騎士と関わりがあったな‥‥」
 シモンは、その一言を漏らした。

「メシエ、聞きたいことがある」
 アレクシアスは、故ヴォグリオール夫人の結婚前の恋人についてメシエに尋ねることにした。老侍従ならそのような情報を持っているはずだ。
 その相手というのは幼馴染の青年貴族だったという。しかし身分が低く、恋人(ヴォグリオール夫人)に当家との結婚話が出たときに、自ら身を引いている。良くある話だ。噂では、フランシス卿が結婚後も彼を邸に招いたとか言われているが、そんな事実に心当たりはないという。
「大体旦那様が本当にそんな真似をなさったとしたら、旦那様はとんでもない無神経な男性と言うことになりましょう。不肖このわたくし、旦那様をオスカー様ぐらいのお年頃から存じ上げておりますが、そのようなこと断じてありえないと申し上げさせていただきます」
 この家の中でメシエに知られずに、逢い引きなどできない。
「ただ同じ貴族のお立場上、宴の席やサロンなどでお顔をあわせることもありましたでしょう。そのとき親しく交流されることを禁じたりとか、そういったことをなさらなかっただけだと思いますよ」
「では『元恋人』はいまでも存命か?」
「残念ながら数年前に亡くなっておられます」

●そして堕つる星
 それぞれの行動で、次々と情報が明らかになるなかで事件も起こっていた。カミーユ自身が何者がに襲われたのだ。桃化と、何処からともなく現れて加勢に入った黒兵衛が手強いと見て、逃げに転じた襲撃者達。桃化は一瞬迷ったが、襲撃者を捕らえる事よりもカミーユの安全を優先した。
「お怪我はありませんか!」
 駆け寄った桃化に、カミーユは無言で頷いた。額にうっすらと浮いた汗を拭おうとして、剣を手にしたままな事に気付き、鞘に収める。
「誰の仕業かは考えるまでもない。卑劣漢め!」
 彼は激しい口調でアルシオンを罵った。他の者の仕業という可能性は、頭の片隅にさえ無い様子。完全にそう思い込んでいる。
「決め付けるのは早計なのでは?」
 桃化の言葉を、カミーユは鼻で笑った。他に誰がいると? と問われれば、無闇な名前を論う訳にも行かない。決闘の前に決闘依頼人を消してしまえば、決闘自体が流れる。アルシオンが真っ先に疑われるのは、致し方ない事なのだ。
「すまん、取り逃がした」
 戻って来た黒兵衛に、カミーユは尾行ご苦労、と嫌味を言った。カミーユの行動を監視していた彼が助けに入ったからこそ、恐らくは周到に準備されただろうこの襲撃を撃退する事が可能だったのだが。
「せめて一人くらい、捕らえる事は出来なかったのですか」
 もとより感謝してもらおうなどとは思っていないが、こうも責められては苦笑するしか無い。怒りが収まらない様子のカミーユだったが、暫くすると落ち着いたか、むしろ晴れ晴れしい表情でこう言った。
「卑劣な襲撃が失敗に終わり、今私がこうして立っている事こそ、私が正しいという神の裁定、その御意思。加護の賜物という事でしょう」
 この事で、むしろカミーユは意を強くした様にも見える。
 これとは逆にアルシオン側でも事件があった。アルシオンにはセシリア、サーラ、烽火の3人が交代で護衛についていた。
「これはこれは、荒地の如き我が家に花が咲いた様だね」
 女好きのアルシオンは一も二もなく護衛を喜んで承諾していた。決闘までにアルシオンに怪我を負わせて戦えない状態にしてしまえば、決闘に不戦勝できる可能性がある。もちろん、怪我や急病で代理人を選ぶこともできないわけではないが、相手側が同意してのことだ。アルシオンの怪我や急病を神の意思と判断される場合だってある。なんせ相手のカミーユは、アルシオンの人となりを自分なりに解釈しているのだから。
 夕食時。生水が決して安全でない事もあって、食事にワインは欠かせない。大勢の侍女達が忙しく働く中で、このワインを用意する侍女のほんの僅かな怪しい動きを、烽火は決して見逃さなかった。
「そのワイン、少し飲んでみて」
 背後から突然声をかけられ、侍女はひっ、と小さく叫んだ。私が口をつけるなどとんでもない、と首を振る彼女の愛想笑いは強張り、その手は小刻みに震えている。じっと目の中を覗き込む烽火に、とても言い逃れられぬと観念したか、侍女はくたくたとその場にへたり込んでしまった。果たして、用意された酒には恐ろしい毒が仕込まれていたのである。
「‥‥あれはうちに仕えて長かったんだがな」
 これには、さすがに面食らった様子のアルシオン。最近雇った者でないだけに、相手側にどのような隠し玉があるかという方に考えが向かう。ヴォグリオールほどの家を乗っ取ろうというなら、昨日今日の計画ではあるまい。となれば。侍女から情報を取れるはずもない。
「もっとも、彼女を叩いたところであの狸親父(シモン)には、つながらないと思いますけどね」
 と皮肉げに言う烽火。

 そして決闘の日がやってきた。決闘は正午に行われる。片方が最初から太陽を背にするようでは不公平になる。もちろん、戦いの最中には動き回るから、偶然太陽が背になる場合もある。
 不穏な空気の流れる中、当事者であるアルシオンと桃化が対峙する。互いの得物は、魔法も刃もないもの。決闘とはいえ、殺すためのものではない。
「これは、なかなか素敵な剣士殿だ。が‥‥女性だからとて容赦はしないぜ?」
 アルシオンの調子は変わらない。しかし、相手は女ということで甘く見ているのが周りからもわかる。
「望むところですわ」
 互いにさりげなく軽口の応酬から始まる。正午の鐘の音とともに決闘が開始される。
 アルシオンが小手調べというには、いささか大振りに桃化に暫撃を放つ。踏み込みも甘い。全体的に切れが無い。桃化を侮っているという動きが見て取れる。桃化は軽くかわす。得物を防御に使うこともない。完全にアルシオンの動きを見切っている。もっとも桃化は、示現流。防御なし、初太刀の早く強い攻撃による一撃必殺の剣。たとえその初太刀を受けられたとしても、そのまま素早い攻撃を続ける。もしかしてこの決闘に桃化を代理人として送ったのは、間違いだったかも。桃化にその気はなくとも、戦いの最中に反射的に殺してしまうこともあるかも。
 最初の攻撃が見切られたことでアルシオンの動きも変わった。避けられた時に、桃化が反射的に発したわずかな殺気が、アルシオンに桃化の腕を悟らせていた。その後は互いに最速の攻撃の応酬となる。剛の桃化に対して、アルシオンが柔え応じる。その直後にアルシオンが剛の反撃を行い、桃化と攻撃をぶつけ合うこともある。互いの得物は激しくぶつかり合い。両者の態勢が激しく入れ代わる。ぶつかった箇所のいくつかは破片を周囲にまき散らす。だれがみても、出来試合には見えない。

「くそ、こうも動いては‥‥」
 その戦いぶりに、舌打ちを漏らす男。上着の中に隠した手には、小さな筒が握られている。極小の吹き矢を飛ばす為のもので、矢には麻痺毒が仕込んであるのだ。彼の目は、ただひたすらにアルシオンの動きを追っていた。と、がっしと組み合い、2人の動きが一瞬止まった。今こそ、と筒を口元に運ぼうとした彼。だが、その肘を何者かが押さえつけた。一瞬の好機は失われ、2人は体を入れ替えながら飛びずさり距離を取った。
「良い戦いではないか。これに余人が手を出すなど、無粋極まり無いとは思わんか。それこそ神はお許しにならんよ」
 冷や汗を流す男を傍らに、黒兵衛は2人の戦いを見守り続ける。

 数十合の打ち合いは、両者の体力を激しく削っていく。アルシオンも桃化も大きく肩で息をしながら、次の攻撃に精神を集中する。
 誰も声を漏らさない。両者の緊迫感が、決闘を見ている全員に伝わってきていた。
「そろそろ時間がない」
 カミーユが苛立ったようにつぶやく。
 しかし焦っているのは桃化の方だった。時間切れに持ち込むのも手だが、相打ち引き分けにしないと神の意思が持ち越されることもある。相打ちによる引き分けならば互いに正義ありと判断される。
「こんなに強いなんて」
 腕の差があれば気付かれないに引き分けにすることもできるが、アルシオンの腕は遜色ない。ましてアルシオンには、母の名誉という原動力がある。
 桃化はアルシオンの攻撃を軽く受けて、その力を外に逃がしながら、攻撃を行う。アルシオンが使ったオフシフトを見よう見まねでやってみたが、うまくはいかず、アルシオンの攻撃を受けた。しかし同時に、桃化の攻撃もアルシオンを捉えていた。
 相打ち。
「相打ち引き分けだと! そんなものは認めない」
 相打ちの判定に異議を唱えたのは、カミーユだった。神の判定が下されたなら、同じ件では再び決闘を申し込むことはできなくなる。
「あいつは、人を雇って私を襲わせたのだ。そのような卑劣な男を」
 しかしそこに決闘場内でアルシオンを狙っていた刺客を捕らえた黒兵衛が登場した。
「よもやカミーユ殿の仕業とは思えませぬが‥‥」
 と言って、にやりとした。
「刺客を捕らえるのは得意なようだな。しかしあの時は逃がした?」
 カミーユは黒兵衛を睨む。襲撃の際に救った男が、今度は別の刺客を捕まえた。カミーユにとってはむしろ襲撃事件がアルシオンの仕業という疑惑を強めた結果になった。
 カミーユを引き下がらせたのは、シモン・エギィユだった。
「次は、もっと頼りになるものを私が用立てるとしよう」
 と、どこか忌々しげにシモンが呟き、今回のこの決闘は幕引きとなる。
「まだ続けさせるのか、この無意味な戦いを」
 苦々しげに呟くアレクシアス。アルシオンを見据えるカミーユの目は、憎しみに満ちている。その彼の肩を叩き、親しげに何事か語りかけるシモン。
「カミーユ殿‥‥」
 駆け寄ろうとしたマリウスが、シモンの手の者に阻まれる。
「貴方は母上に対する義憤で挑んだのでしょうが、アルシオン殿も同じ理由で受けたのですよ!」
 罵倒の声にかき消され、彼の言がカミーユに届く事は無かった。