【竜の古文書】遺跡砦1

■シリーズシナリオ


担当:マレーア

対応レベル:9〜15lv

難易度:難しい

成功報酬:7 G 56 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:10月29日〜11月07日

リプレイ公開日:2005年11月06日

●オープニング

 娘エヴァンゼリンの結婚式以来、ノアール卿は不機嫌だった。バルディエにあてた先の書簡で、親友の終焉の地を探して弔うために、ノルマン回復戦争当時に利用されていた隠し砦へ調査隊を派遣したいと申し入れをし、承諾を得てはいた。しかし、手の者を派遣することはきっぱりと断られ、しかも、こちらの真意を知ってか知らずか、バルディエめは息の掛かった幕僚の一人、錬金術工房長を様子見に送り込んでくる始末。公の身分は冒険者にすぎないが、彼の配下で家臣として取り立てていない者など掃いて捨てるほど市井に潜んでいるのだ。
「本来は現地で調達すべきだが。ドレスタットの冒険者は奴の息が掛かっておる‥‥。ここはどうしても遠方から差し向ける他はない」
 苦慮の末。ノーアル卿が依頼を持ち込んだのがパリのギルドであった。

「なるほど。お考えは判りました。パリに生活基盤を置いてきた熟練冒険者をご用立てするように尽力しましょうこの仕事が終わるまでドレスタットに出向いて欲しいのですね?」
「そうだ。この粘土板の拓を預けるゆえ、ドレスタットに近いバルディエ領の未開発の森へ赴き、遺跡を探し出し、調査して謎を解いて欲しい。彼らには、口止め料を含めた最高水準の報酬を用意しよう。表向きにはこの依頼、復興戦争当時にあった遺跡砦の探索だ」
「しかし、古代魔法語や精霊碑文を読み解くとなれば、なかなかに人選が難しいですな。これらに通じている者は必須として、他にご希望は?」
「ムーンロードを使える者を加えてくれ。いや、これは今回はそれほど重要ではない。それよりも、口の堅い者を頼む。万が一でも漏れるようなことが在れば‥‥。こちらにはそれ以上漏らせぬようにする用意がある」
 ノアールは、人差し指で喉をすっと横に引いて見せた。

●今回の参加者

 ea0714 クオン・レイウイング(29歳・♂・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea1984 長渡 泰斗(36歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 ea3173 ティルコット・ジーベンランセ(30歳・♂・レンジャー・パラ・フランク王国)
 ea3651 シルバー・ストーム(23歳・♂・レンジャー・エルフ・ノルマン王国)
 ea5804 ガレット・ヴィルルノワ(28歳・♀・レンジャー・パラ・フランク王国)
 ea5840 本多 桂(32歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 ea5929 スニア・ロランド(35歳・♀・ナイト・人間・イギリス王国)
 ea7378 アイリス・ビントゥ(34歳・♀・ファイター・ジャイアント・インドゥーラ国)

●リプレイ本文

●出発
 朝霧の晴れぬ港。荒い潮路に掛かる空は鉛色。
「この船か‥‥」
 乗り込む船を見上げてクオン・レイウイング(ea0714)は漏らす。彼らのためだけに仕立てられた特別便と言う。無論、費用は依頼人持ちだ。
 礼を尽くしてと言うよりは、冒険者達を値踏みするために自ら見送りに来た依頼人。ノアール・ノエルと言う有力貴族だ。一行の中に長渡泰斗(ea1984)を見つけ、少し驚いたような色が顔に浮かんだ。しかし、それも一瞬のこと。何喰わぬそぶりで執事を呼び、
「頂けるのですか?」
 船乗りのお守りが人数分。
「いや、貸すだけだ。船酔いで無駄に時間を使われても困るでな。船中でも解読を進めて欲しい」
「勿論だ。船の中で退屈しているほど無駄なことはないからな。交代で粘土板の内容を探ることにするさ」
 ぶっきらぼうに求めるクオン。
「本物は渡せぬが、インクを塗って写し取った拓だ」
 鏡文字には成っているが、くっきりと細かい部分まで写っている。
 そして‥‥。
「これが口止め料だ。先渡しして置く」
 渡された口止め料は金貨12枚。依頼の何倍も多かった。
「口止め料込みの報酬‥‥くーっ、これぞスリルと浪漫だよねー」
 ノアールの不安を煽るような声の主はティルコット・ジーベンランセ(ea3173)。悪気はなくとも口は軽そうである。
「こほん」
 とノアールは咳払い。
「神聖なる書物に手を置き宣誓して欲しい。『仮令任務を放棄することがあっても、このことは一切他言せぬ。主の御前に堅く誓い、他言すれば主を欺いた者として、命を召し上げられても構わない』と、もしも気に入らぬ仕事と思うなら構わない。今ここで口止め料だけ受け取って退散しても良いぞ。秘密を漏らさぬ限り一切の咎めはせぬ。食い詰め者に対する施しと思って許し置く。なお、当然のことであるが、依頼の記録は関係者以外封印される」
 ご丁寧に12人のクレリックが立会人だ。そのあまりにも仰々しい有様にスニア・ロランド(ea5929)は嘲い、
「ノーアル卿が懸念されるのも無理はないでしょうね。契約と守秘義務の重さを理解しない冒険者がいたことは事実ですから。卿の意識を改めるほどの成果をあげたいものです」
 一口に冒険者と言っても、仕事を受けて置いて履行しなかった者やら、国王様でも膝を屈める大司教様に殴りかかろうとする不埒者やら、麦に混じった毒麦のような輩も居ることは事実だ。
「で、ドレスタットはどうなって居るんだ? お偉いさんの内情ってのはキャメにいるとわからねぇんだ。じっくり聞かせてほしいもんだね。きな臭い話は心のおくにしまっておくから安心しな」
 邪気がないティルコットの問いにノアールは
「ドレスタットの著名な冒険者は、バルディエ卿の息が掛かっていると見る方がよいであろう。注意するに越したことはない。別して錬金術師どもの大方がそうである。接触する場合は気取られぬよう注意されたい。加えて、きゃつめは街の中に無数の密偵を放って居ると見て間違いないだろう。さて、詳しい話は港を出てからだ。どこに密偵が潜んで居るとも知れぬ」
 ノアールの合図で錨が上げられる。一斉にオールがムカデのように動き出し、ゆっくりと岸を離れて行く。宣誓が進み泰斗の番になった時、ノアールは言った。
「あいや暫く。泰斗殿は、聖書ではなく腰の物に掛けて誓って頂こう」
(「ま、致し方あるまい。散々ジャン殿の領地に依頼で入り浸っておったからな。結局は働きで示すしかあるまいて」)
 苦笑する泰斗。
「武士の面目に掛けて誓えと言う事か。宜しい。誓詞を書く故、紙を所望する」
 さっと跡も鮮やかに記す文。ジャパン語とゲルマン語で同文を認(したた)めた羊皮紙に、花押を書き、鯉口を切った日本刀で親指を傷つけ血判を押した。
「んーと。次は俺かー」
 脳天気にティルコットは聖書の上に手を置く。
「ティルコット君。君が誓うのはそちらのお嬢さんの尻に対してだ。君にとっての神聖な物らしいからな」
 笑うノアールの言を受け、んじゃほいほいと、聖書の代わりにガレットの尻に‥‥。
 ドスっと鈍い音。悶絶するティルコットの脳天に、簡易テント一式が見舞われていた。

「ところで‥‥」
 シルバー・ストーム(ea3651)がノアールに尋ねる。
「全員の誓約が済んだところで、拓に対する今までの成果をお聞かせ願いたいのですが」
 ノアールは大きく頷き、
「伝承詩の一節と言うことまでは解っている。古い韻文の特徴を持ち、なかなか厄介な代物だ。伝承知識の素養があるに越したことはない」
「するとかなり専門知識を必要とされますね」
「ああ。ただ、魔法の力を借りれば多少は易しくなると思う。問題は砦跡の特定だ。そこを探索すればもっと多くの情報が入手出来ると思われる」
「ムーンロードの使い手が欲しいとも聞いたけど、月道かしら?」
 本多桂(ea5840)がぼそり。ノアールはフンと嗤い。
「見事発見の暁には、相応の物を与えても良いぞ。普通の褒美の他に、その月道の生涯無料利用権ではどうだ」
「あんた。冒険者の事をよくわかってるじゃん」
 陽気にティルコットが肯定した。

 やがてボートが下ろされ、ノアール卿らは港に戻る。船はそのまま速度を上げ、霧の漂う波路の中に帆を広げた。目指すはドレスタットの港である。

●船旅
 およそ個室付きの船旅ほど贅沢なものは無い。食事も悪くない。
「ひょえー。黄金を塗(まぶ)して喰ってる気分じゃん」
 ティルコットは驚く。
「これはこちらの流儀でしょうか? あたしの国でもここまでは使いません」
 インドゥーラ国出身のアイリス・ビントゥ(ea7378)が驚くばかりの香辛料。それをふんだんに使った肉料理はノルマンの王侯貴族のレベルと言っても良いだろう。
「これじゃあたしの出る幕無いよね」
 どうせ現地では不寝番が続く。桂は美酒を飲み、実戦用に日本刀を白研ぎに研ぎ戻しながら体を休める。饗される手の込んだ珍味に桂のでるまくはない。
 贅沢を言えば船の上では火が制限されるために、暖かな料理を食えぬ事くらいか。と、思いきや、水を加えた石灰の熱で程良く暖め直された食事。至れり尽くせりであった。全ては解読の為の便宜である。

 一方、大忙しはこの人である。シルバーはフレイムエリベイションを使い、精神力の限界まで絞り出して解読に勤しむ。精霊碑文にかけては専門家の域に達しているが、鏡に映して書き写す作業を延々と。これが終わるまでは余人の出番は無い。
「今から魔法は使えません。仮眠を取ります」
 やっと写しが終わったのが明け方近く。それまで他の者はひたすら喰って寝て鋭気を養っていた。

 翌朝から始まる解読作業。
「しかし‥‥まぁ、なんだ。ヤロウ3人が粘土板囲んで、ぶつぶつスクロール詠唱する姿って何だよなー」
 減らず口を叩くティルコットも根を詰めたための偏頭痛に悩まされる。じんじんと頭の後が重たく、心なしか熱が出ていた。
 首をくいっと回すとコキっと言う軋み。
「うーん」
 と伸びをすると肩が鳴った。
「精が出るな」
 くいっとティルコットの肩を掴むスニア。
「あ、‥‥あの‥‥どうですか?」
 アイリス・ビントゥ(ea7378)が蒸し焼き肉を薄く切って、甘い蜂蜜とハーブに浸しチーズを添えて持ってきた。
「あんがと。少しは進んだみたいだぜ」
 異種族ながら綺麗所に囲まれてティルコットはいい気分。
「で、どうなった?」
 肩を揉みほぐしながらスニアは問う。
「『我は虹、二度と迷わぬ輪を創り、永遠の中にたゆとう者‥‥』詩文のようですね。事実が文学か、それとも何かの魔法設備を動かす為の呪歌かは判りませんが」
 シルバーが解読済みの一節を読み上げた。
「自分を虹と言っているのは、この絵のドラゴンですか?」
 アイリスは何枚もの翼を持つドラゴンの絵を指さす。
「こんなの、伝説でもお目にかかれないよね」
 覗き込むガレット・ヴィルルノワ(ea5804)の服の裾を、何を思ったのかティルコットがばさり。とめくり上げた。
「ぎゃぁ!」
 悲鳴を上げたのは女の声では無い。顔を夕映え色に染めたガレットが、ナイフを抜いてティルコットの脳天目掛けて突き立てたのだ。一瞬凍り付く空気。
「痛ぇな! 暴行女」
 頭を押さえるティルコット。
「ほんとにあんたって人はぁ! 何考えてんのよ」
 ガレットは堅く握りしめた柄で思い切り殴ったのだ。真冬の潮を浴びたようにわなわなと震える全身。
「‥‥見た? 見たよね? ‥‥‥‥見たんでしょ」
 そんなガレットにあっけらかんと
「あんたも女の子だったんだな‥‥」
 ゴキ! 渾身の力を込めた蹴りが顔面に。足の跡がくっきりとティルコットの顔に付き、壁まで飛ばされた。
「さいっっってぇぇぇぇぇ!」
 ぷいっと背を向けて居なくなる。顔を真っ赤にするアイリスら女性陣。よろよろと起きあがるティルコットは、
「なんだよ。ガラにもない女らしさを誉めたのに、全然変わってないじゃんか。めくられて恥じらう服で、蹴りを入れるもんか? ふつう〜」

●ドレスタット
 初冬の陽が西の岬に掛かる頃。船はドレスタット間近。水先案内の小船に先導されて入り江に進む。既に帆は畳まれオールでの航行。港を急な敵襲から護る鎖が下に沈み。船の行く手が拓けた。ゆっくりとしかし力強く進路を変え、港へ入った。
「やっほー! やっとついたじゃん」
 落ちそうなくらい身を乗り出して前方を見やるティルコット。ガキよね。とばかり、憐憫を含んだなま暖かい目で眺めるガレットの瞳。
 程なく一行は、時間を無駄にしないよう迎えに来たボートに乗り移り、ドレスタットへ上陸した。
「今日はもう遅いですから。明日早朝を期して出発しましょう。買い物などは今のうちにしておきましょうね」
 シルバーの意見に一同頷く。
「ならば、俺は知り合いに挨拶に参りたい。復興戦争の時活躍して居られた御人故、何か情報があるかも知れない」
 言って泰斗は宿の前で別れた。
「ん?」
 追いかけてきたガレットがにっこりと笑い、
「読んで下さいね」
 折り畳んだ小さな羊皮紙を手渡す。パラなので恋文の可能性は少ないが、なにやら子細在りそうな。あるいは密偵を恐れて文にしたのやも知れない。そう感じたので、ガレットには微笑み返し。その場では読まず懐に入れた。

 一方、明日以降に備えた所要のためにスニア達が街の市場で物色していると、
「おや。スニア殿‥‥」
 声を掛けるものがあった。柄を切り詰め片手で扱えるようにしたハルバード。左腕だけを覆うガントレット。その特徴的な姿は忘れもしない、バルディエ傭兵隊にその人ありと言われたスレナスである。元より知り合いに出会っても避けることに決めていたスニアにとって、一番遇いたくなかった人物である。自分から声を交わすのも、立場上憚られた。
(「よりによって‥‥スレナスさんとはねえ」)
 力(つと)めて知らぬ振りをするスニアに向かい、
「訳ありと言う事ですか。ならば聞きません。主が、あなたを試みに遭わせずお護り下さるように」
 そう言ってスレナスは去った。

●桃山家
 引肌竹刀を打ち合う独特の響き。泰斗は軽い面識がある桃山家へ歩いて行く。
(「やってるな。豆試合か、あれは昔良くやった」)
 道場の床に堅い豆を敷き詰め試合をする。足捌きを体得するためには良い方法だ。戦場では岩場もあれば折れた刀が植わった地面もある。すり足で動かぬととんだ不覚をとることも多い。胴には鎧ではなく亜麻布を巻いただけ。これは素肌剣法の訓練だ。腹を裂かれると命が無い事を想定している。足は撞木で後ろ足に体重を乗せ、一歩引いた形。視る目の無い奴が見たらへっぴり腰に見えるだろう。急所を容易には打たせぬ構えだ。それで居て太刀捌きはクビ、喉、手の内、肩、脇、足などの鎧外れ狙い。
「ふっ」
 往時の修行を思い出し、懐かしさを感じて泰斗は笑った。
「隙ありじゃ!」
 後ろから体当たりしてきた小さな体を、泰斗は背で受けた。
「やったー」
 はしゃぐ姿は桃山アンジュ。
「お客様になんて事を‥‥」
 桃山殿の御内儀殿が頭を下げる。
「なに、危険が無い故食らったまでのこと。先日は楽しませてもらいました」
「折角ですからどうぞ中へ」
 請う御内儀カトリーヌに案内されて道場に入る。
「おう。これは御蔵殿のご友人でござったか。良い所に‥‥」
「覚えてくれていたとはありがたい」
 桃山殿は弟子達を見渡し、
「太平の世こそ、一朝事ある時のために武を練らねば成らぬ時。また、常時鎧を纏うことのなかりせば、武人たるもの不意の襲撃にも対応できねばなり申さぬ。このお方は常時戦場の陸奥流の使い手で、わしなど及びも付かぬ兵法者である。別して素面素肌の戦いならば、十中八九までは不覚を取る。存分に稽古をつけて頂け」
 以前、花見会場の整備・開設・飾付けと、酒樽や料理の材料等の運搬支援を行っただけの縁ではあるが、招いてくれた奴が、随分と持ち上げてくれていたようだ。泰斗は軽い気持ちで引き受けた。
「さぁ。木刀で来い。真剣でも構わんぞ」
 無手にて構える泰斗。ならばと木刀を手に斬り付ける門弟。それを一寸の見切りでひょいとかわし、勢いあまった木刀の峰を踏んづけてさっと首に手刀を添える。
「参りました!」
 変わって挑んでくる門弟が
「えぇぇぇい」
 と気合を上げて刀を振り上げた胸元に、泰斗は突進。克ち上げられて浮き上がり、そのまま後ろに倒れる。
「刀は振り上げれば良いものでは無いぞ。そこが隙になる」
 門弟らとの実力に井目以上の差があるからこそ可能な荒業であった。

 やがて酒宴となり杯を交わす。酒の肴は兵法の話。桃山殿にも自慢話が混じる。
「隠し砦?! どこだ。どこにある?」
 思わず聞き返す泰斗。
「辺りには良く効く薬草が生えているが、とっくに誰も居ないぞ。今はモンスターの巣にでもなっているかのう」
(「しめた! 薬草か」)
 場所を聞き出す名目を得た泰斗は、
「教えてくれ。知り合いが病気なんだ」
 と、その場所と薬草のことを尋ねた。身を乗り出した瞬間に、懐からこぼれる羊皮紙。
「落ちましたぞ」
 落ちた弾みで開いたそれには、
『私の敵は友人ファニィの敵。さて、貴方の敵はマチルド嬢の敵か否か?』
 と書かれていた。
「ファニー‥‥。そういえば‥‥若い錬金術師の娘御がなにやら大変なことになったとか。そうか、そのお仕事を請けられたのですな。よろしい。教えて進ぜましょう。あれは鎧を直しに参った時であった。竜を刻んだ古代の標(しるべ)があったから、それを辿って行くと良い」
 言って記憶の糸を手繰りながら、簡単な地図を書いてくれた。

●竜の標
 簡単ながら入手した地図。それを複写してシルバーがバーニングマップのスクロールを使った。
「この辺りですね」
 シルバーは別の地図の一点を指さす。
「うーん。これだと途中までアルミランテ間道で行けそうだな」
 クオンが地図に記された記号を見た。アルミランテ間道とは、別名を新米冒険者の道と言い、ドレスタットとバルディエ領の新都市エスト・ルミエールを結ぶ、森の中を突っ切る街道である。古代の道に沿った間道は、現在整備中。その一部分は開通している。
 分かれ道がある場所へは程なく着いた。道が整備されているせいか楽に歩ける。
「この辺りから入ります」
 いくらもしない内に問題の標の場所に来た。形と言い大きさと言いマイルストーンのような石碑である。
「何か書かれていますね」
 フレイムエリベイションのスクロールを使い潜在能力を引き出したシルバーは、協力して碑文を写し取る。
「おやこれは‥‥」
 正しくそれは粘土板の後半と同じである。

♪歌え銀の糸よ 踊れ金の糸よ
 天には星よ 地には実りよ
 今こそ 宝を 渡し賜え

 歌え銀の糸よ 踊れ金の糸よ
 六つの翼よ 虹の力よ
 今こそ 祈りに 答え賜え♪

 そして、刻まれた竜の顔は、森の奥を指していた。

●猪退治
 更に森の奥深くへと踏み込んだ一行。
「‥‥皆、足を止めてくれ」
 クオンが声をかけたのは、ざわざわとした嫌な殺気を感じ取ったからだった。自分達が発する音が消えると、何者かが至る所で蠢く微かな音が聞こえて来た。アイリスの愛犬が唸りを上げる。この時、初めて敵は風上にも回ったのだ。
「こりゃあ本当に‥‥物騒な熊が居なくなって中堅所の獣が暴れ出したか? 勘弁して欲しいぜ面倒臭え」
 太刀に手をかけながら、泰斗がやれやれと息を吐く。吠える愛犬を宥めるアイリス。森の影からこちらを伺っていたのは、何十匹という猪の群だった。縄張りを荒らされると思ったのか、皆、恐ろしく気が立っている。
「どうやら囲まれた様ね」
 スニアは剣を抜きながら、少し下がって横手を守る位置を取る。そして、高速詠唱エリベイションを発動し、自らの中の力を振るい起こした。シルバーは彼女のカバー範囲に自ら移動しながら、アイスチャクラのスクロールを取り出している。皆心得たもので、この間に敵の力を概ね把握し、誰が指示をするでもなく、数の多い格下に不覚を取らぬ為の陣形になっていた。猪達は、四方八方から突進して来た。

 クオンやティルコットは矢を打ちまくり勢いを止める。
「あ、いけね!」
 ティルコットの声。慌てるあまり、猪ごときに貴重なシルバーアローを放っていたのだ。
「しっかりしなさいよ」
 ガレットが粗忽者に矢を渡す。
「えい、やあ、たあ」
「‥‥アイリス、その気の抜けた声はなんとかならないのか」
 突進して来る猪達の勢いと武器の重さも利用し、カウンター気味に叩き込むその攻撃は実に見事なのだが。傍目には、剣に振り回されてくるくる回っている様にしか見えない。一方で、遮二無二突進して来る猪達を巧みにかわしながら、すれ違い様に急所を断ち切る桂。そのまま木にでも吊るしておけば、血抜きも出来るという按配。
「今日の夕飯はぼたん鍋かしら? くつくつ煮えた猪肉で一杯‥‥」
 うっとりと呟く彼女に、よだれ食ってるぞ、と泰斗。桂、慌てて口元を拭う。猪達の襲来に彼らはびくともする事無く、討ち取り、あるいは追い散らしてしまったのだった。
「それじゃあ、お肉を少し分けてもらいましょうか。森の恵みに感謝感謝」
 ご機嫌な様子で鼻歌など歌いながら獲物に歩み寄った桂。だが、彼女は森の暗闇の中で光る相貌に気付き、再び剣に手をかけた。体を揺らしながら近付いてくるそれは、恐ろしく巨大な猪‥‥。見上げるばかりのそれは、もはや何か、伝説の魔獣を思わせたが‥‥。巨大猪は大きな目をぎょろりと回して猪達の無残な有様を見て取るや、耳の奥まで突き刺す様な咆哮とも悲鳴ともつかぬ音を発した。
「ぼたん鍋とか言うから、怒ったんじゃねぇか?」
「ちょっと、冗談じゃないわよぉ」
 泰斗と桂が言い合う間にも、その巨体が恐るべき勢いで迫って来る。咄嗟にダーツを放ったクオン。しかし巨大猪は硬い額でそれを弾き、僅かばかりも勢いを緩めぬまま猛然と突進して来た。転がる様にしてかわす彼ら。だが、アイリスが避け損ねた。鼻先で突き上げられ、牙で串刺しにされそうになるのを辛うじて腕で支え、堪えていた。巨大猪は頭にアイリスを乗せたまま巨木に突進し、彼女を押し潰した。それでも彼女が耐えていると見るや、何度も何度も叩きつける。
「これならどうだ!」
 駆け様にダーツを拾ったクオンは、巨大猪の左目を狙い済ましてそれを放った。狙い過たず、吸い込まれる様に左目に突き立ったダーツ。激痛に仰け反り横倒しになった巨大猪に、圧し掛かられた木々が圧し折れる。
「う‥‥」
 圧迫が解け、痛む胸を押さえながら何度も空気を吸い込むアイリス。自分を呼ぶ仲間の声に、落ちそうになる意識を繋ぎ止める。その彼らに向かって、まるで長を守ろうとするかの様に死に物狂いでかかって行く猪達の姿。巨大猪は左目から血を滴らせながら、悲しげに喘ぎながら、森の奥へと消えて行った。
 怪我を負った者や、助け出されたアイリスに惜しみなくポーションが費やされた。幸い、完治に至ったようなので、仲間達を安堵させた。さすがはジャイアント、生来頑丈に出来ているらしい。
「しかしまあ、とんでもねぇ森だな。あんなのがまだいるか」
 呆れ気味に言いながら、泰斗は水筒の水を一口含み、クオンにも手渡す。
「仕留め損ねたのが悔やまれる。これに懲りて人を避けてくれればいいんだが」
 緊張に乾いた喉を潤しながら、呟いたクオン。この事がどんな出来事を引き起こすのか、それはまだ誰にも分からない。

●邂逅
「いせきちゃ〜ん、出ておいで〜っと」
 道順を頭に叩き込んでいるシルバーが先導。陽気な歌を歌いながらティルコットが続く。
「ドレスタットの冒険者に見つかると事よ」
 桂が窘めるが、
「大丈夫。野獣除けには音を出しているほうが良いんだぜ」
 と、陽気に歌う。
「まぁ。おおっぴらに動く方が却って怪しまれないかも知れませんね」
 腹を括ったシルバーが嗤う。
「後から‥‥誰か来るじゃん」
 不意にティルコットが歌を止めた。実は、さっきの事があったため魔法の助けも借りて警戒していたのだ。皆それなりに経験を積んだ冒険者である。さっと臨戦態勢に入った。
 矢を番え、剣を抜き、攻撃用のスクロールを取り出し。魔力を消耗していた者は、貴重なソルフの実を口にする。そして、一度に全員が敵の魔法に捉えられぬように展開した。
 闘うならさっきの少し開けた場所だ。準備をしつつゆっくりと進んで行く。
「ドレスタッドの冒険者か」
 刀に手をかける桂の姿に、相手の顔にも身体にも緊張が走る。敵の手練れらしき金髪の美女がか弱そうな仲間を庇うように位置し、物騒な笑みを浮かべた時、
「ちょっと待ってくれ。こっちは別に事を構えたいわけじゃないんだ」
 黒衣で眼帯の男が割って入った。
「俺達はただ薬草を採りに来ただけだ。危険な状態の病人がいるんでな」
「こちらが妾たちの身上を保証して下さいますぞ」
 袈裟を纏った東洋の女クレリックが、大丈夫と目で合図して少女を押し出す。ブルーを基調としたエプロンドレス、胸元に刺繍された青い鳥と『ロワゾー・バリエ』の文字。それは今のドレスタットでは結構名の知れている筈だった。
「この方達の仰っている事は本当です。皆さんは病床の私の妹の為、薬草探しに同行して下さったのです」
 両肩に置かれた暖かな手に励まされるように、必死に言い募る少女。
「どうする?」
 皆が視線を交わした時、
「無用なトラブルを避けたいのはこちらも同じだしな」
 クオンの声に、アイリスがコクコクとホッとしたように同意した。
 更に。
「‥‥あっ、レニー!」
「ガレットさん?!」
 戦闘に備えて茂みの中に身を潜めていたガレットの登場により、膠着状態は完全に解消された。
「こんな所で会うとは‥‥」
 思わず苦笑するほど、この出会いは意外であり驚きだった‥‥特にレニーにとって。何故なら、眼前の少女には先日、行方不明だったファニィを見つけて貰った恩があるのだから。
「皆、レニー‥‥この人達は少なくともバル‥‥じゃない、妨害する可能性は低いから」
「それは分かりましたが、仕事中な事、忘れないで下さいね」
 このまま余計な事まで話されては困る‥‥スニアが僅かに咎める響きで口を挟む。
「すまんが、こちらの仕事内容は話せん」
「気にするな、である。そこはそれ、守秘義務というやつであろう」
「まっ、契約ってやつだからな」
 ティルコットの意見に、シルバーがコクリと頷く。
「‥‥成る程、道中で倒されていたモンスターはあなた達が倒してくれたのですね」
 その様子‥‥身のこなしにファリムが納得した風に頷いた。
「えっ、そうなんですか? それはありがとうございました」
「いや。だが、闇雲に薬草を探していたのか?」
 問うクオンの口調には案じる響きがあった。
「古い資料なんですけど、この先に貴重な薬草があるって‥‥」
 それが分かったのだろう、レニーが見せたのは古い資料だった。レニー達の家は代々調合屋を営んでいるという。その資料も代々伝えられてきたもの、らしい。
「‥‥偶然か」
 誰かが呟いた。
「じゃあ、気をつけてねレニー! ファニィが元気になるよう、あたしも祈ってるから!」
「ありがとうございます、ガレットさんも気をつけて下さい‥‥ファニィが元気になったら是非顔を出して下さい」
 そうして、二組は分かれた。

 それから更に森を拓きながら半日ほど。一行は目印の湖を見つけた。流れ込む河伝いに進み行くと、森に隠れる高さの丘。その上に、隠し砦は立っていた。あたかも古代の神殿の如く、異教の神々がレリーフされたその壁は、所々崩れたり穴が開いたり。既に朽ちて埋もれてはいるがV字型の空堀や逆茂木の後が見える。
「あの建物だな」
 泰斗は武者震い。
「あの建物全体が魔法に包まれているように見えます」
 リヴィールマジックのスクロールを使ったシルバーが確認する。
「だが、突入は危険だ」
「クオンの言う通りじゃん。魔法や武勇を使い切る前に引き際を見極めるのが冒険者じゃねーの?」
 ここに至るまでに魔法を使いすぎた。この建物にどんな危険があるのかも判らない。そう不満げな桂に意見するティルコット。
「まだ行けるはもう危ないと言う事よね」
 スニアが静かに賛意を示す。こうして一行は、この地に至る正確な道筋を記録して帰途についた。報告する日時が迫っていた為でもある。