【竜の古文書】遺跡砦4

■シリーズシナリオ


担当:マレーア

対応レベル:9〜15lv

難易度:難しい

成功報酬:6 G 48 C

参加人数:15人

サポート参加人数:1人

冒険期間:12月12日〜12月19日

リプレイ公開日:2005年12月20日

●オープニング

 ビブロの元に主君であるノワール卿からの指令が届いた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
 我が目我が耳よ。先日の功を賞す。

 バルディエ卿より早の知らせがあり、卿の振る舞いにいたく感謝され、
 諸侯列席の場で謝辞を述べ、当家はいたく面目を施した。

 さて、きゃつめはこちらの情報をつかみ、月道の共同管理権を以って
 吾に報いたいと申し入れて来おった。
 歩合の交渉はこれからだが、きゃつの手に竜のメダルがあり、
 きゃつの娘に徴がある。どちらも独力では途を拓けぬらしい。

 ついては、きゃつの娘か従者エフデ、そうあの紅い狼めの口添えを受け、
 堂々と加わるバルディエの手の者は受け入れよ。
 されど、正体を隠して紛れ込む間者があらば早々に始末せよ。
 あの海賊どもの頭(かしら)も、また月道を狙っておるからな。

 読了焼却の事

                           ノワール・ノエル
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 程なく冒険者ギルドに一枚の依頼状が掲げられた。一見して意味がわからない。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
 地・水・火・風・陽・月。これら徴を受けし者とその仲間。
 姫あるいは紅い狼に推挙を受けれる者。
 定めの地を拓く為来たれ。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

●今回の参加者

 ea0714 クオン・レイウイング(29歳・♂・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea1605 フェネック・ローキドール(28歳・♀・バード・エルフ・イスパニア王国)
 ea1984 長渡 泰斗(36歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 ea3173 ティルコット・ジーベンランセ(30歳・♂・レンジャー・パラ・フランク王国)
 ea3651 シルバー・ストーム(23歳・♂・レンジャー・エルフ・ノルマン王国)
 ea4744 以心 伝助(34歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea5013 ルリ・テランセラ(19歳・♀・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 ea5804 ガレット・ヴィルルノワ(28歳・♀・レンジャー・パラ・フランク王国)
 ea5840 本多 桂(32歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 ea5929 スニア・ロランド(35歳・♀・ナイト・人間・イギリス王国)
 ea6360 アーディル・エグザントゥス(34歳・♂・レンジャー・人間・ビザンチン帝国)
 ea7400 リセット・マーベリック(22歳・♀・レンジャー・エルフ・ロシア王国)
 ea7463 ヴェガ・キュアノス(29歳・♀・クレリック・エルフ・ノルマン王国)
 ea7511 マルト・ミシェ(62歳・♀・ウィザード・エルフ・ノルマン王国)
 eb0206 ラーバルト・バトルハンマー(21歳・♂・ファイター・ドワーフ・ノルマン王国)

●サポート参加者

イリア・アドミナル(ea2564

●リプレイ本文

●徴
「前回傷を負ったが今になっても痣になって治っていない者がおらんか確かめねばのぅ」
 マルト・ミシェ(ea7511)の言に頷くシルバー・ストーム(ea3651)。待ち合わせの卓に一人、また一人とメンバーが集まってくる。
「あ〜あ」
 がっかり顔で合流するのはガレット・ヴィルルノワ(ea5804)。
「今回、ヘルガさんは来てないんだって」
 残念そうにそういうと、背の荷物を外してイスの足下に置いた。徴の痣を受けた者が集まった所でシルバーが痣について調べ始めた。
 それぞれの痣の位置や形を記録し、資料に加える。スクロールの魔法も使って念入りに。
「これは‥‥」
 こんなことは初めてかも知れない。調査のためにリヴィールマジックを試みると、他の人達は何の反応もないのにティルコット・ジーベンランセ(ea3173)だけ、身体全体がうっすらと輝いたのだ。
「あなたは何か魔法を掛けられていますね」
 彼は良く覚えては居ないのだが、遺跡砦で何か拾ったような記憶があった。そのことを告げると。
「何か呪いでも掛けられたんじゃねーのか?」
 ぼやくティルコットに
「心配するな。まあ飲んで落ち着け」
 と杯を渡すクオン・レイウイング(ea0714)。一方、
「そうだな。秘術秘物には危険極まりない物もあるから、あるいは呪いを受けた可能性もある」
 文献の写しを調べながら、脅かすのはアーディル・エグザントゥス(ea6360)。
「え〜! まじぃ?」
 ぞくっと震えて見やるティルコット。そこへ、
「これを見てくれないだろうか? 先日湖に落ちた時に打ったところだが、未だ消えないんだ」
 今到着した長渡泰斗(ea1984)が服の前を開いて胸を見せた。
「どれどれ‥‥これは『水』だな」
 アーディルが覗き込むと、精霊碑文に使われる文字で水を意味する言葉がくっきりと残っている。
「これで、精霊の徴は揃ったと言うことですね」
 そう、あと一つ。と呪歌に記される何物かを除いて。もうじき15日。満月の夜が近い。
「あと一つ‥‥あと一つ‥‥」
 今までに集められた碑文や記録から、懸命に読みとろうとするアーディルは、少しやつれていた。

 酒場の一隅は、朝から予約されていた。三々五々に集まった冒険者達の顔ぶれはほぼ同じ。いや、ヘルガが居らず、代わりにルリ・テランセラ(ea5013)を護るために加わったエフデ‥‥すなわちスレナスを始め、新しい顔ぶれが居た。
「あ、スレ‥‥っとと」
 見知った人物の名を言いかけ、慌てて口を塞ぐのは以心伝助(ea4744)。何しろ、アレクス卿の政敵と言われるノアール卿からの依頼であることは、ルリから知らせを受けたときに内々に教えて貰っていた。バルディエ家縁(ゆかり)の者でも、堂々と名乗って加われば問題ないとは言え、余計な悶着の種を産むことはない。
「あっしは、お嬢様に呼ばれてきた以心伝助っす。なるべく足手纏いにならないように頑張りやすので、皆さんよろしくお願いしやす」
 当たり障りのない挨拶をする。
「ごきげんよう。白クレリックのヴェガ・キュアノス(ea7463)と申す。宜しゅうに」
 品の良い微笑のまま、ガレットに向けてウインク。ガレットは指を立てて挨拶に応えた。何れもアレクス卿と繋がりの深い冒険者ではあったが、流石のシルバー達も、最後の人物の挨拶には目を見張った。世間的にはバルディエの重臣と思われても可笑しくない人物であったからだ。
「エスト・ルミエールの錬金工房長を務めさせて頂くリセット・マーベリック(ea7400)です。姫のお召しにより参上仕りました。依頼の成功を目ざし、微力を尽くさせて頂きます」
「私はご一緒しませんが‥‥」
 同行者に加えて、ルリが頼んだイリア・アドミナルが、手に入れ墨の男達についての情報を持って訪れた。秘匿事項を省いて纏められた、海賊や人身売買の連中に関する記録が並べられる。
「‥‥ひどい! ‥‥まるで悪魔のような人達‥‥」
 ルリは顔を真っ赤にして憤りの声。ぽろぽろと零れる涙に周りが慌てる程だ。
「ル‥‥ルさん」
 ガレットが言葉を選びかねて戸惑っていると。
「悪魔のほうがマシかも知れねぇーぜ」
 ティルコットがルリにピタっと近づいて感想を述べた。
「だってよ。悪魔は一度結んだ契約を守るって言うだろ? 平気で手下を見捨ててるし。そうだよな? ベィビー」
「‥‥で、でね。それとルリちゃんの胸を揉むのとなんの関係が、あ・る・わ・け?!」
 くいっ。予想していたのか、鋭い肘打ちを見切るティルコット。
「お〜っと失礼。この娘の小さな胸が張り裂けてしまいそうだったんでね」
 パラとエルフである。他意は無い。‥‥はずだ‥‥多分。
 ぽむ! ルリのお友達のカーバンクルくん(ぬいぐるみ)は彼女に対する無礼を咎めた。如何にダウンの柔らかな詰め物とは言え、まともに顔面に食らった本当にエッチな男の子は、
「げふっ、げふっ」
 息が詰まって咳き込んで。言った。
「あんた、意外と厳しいんだな」
「ほーら見なさい。いい加減にしないから」
 突っ込むガレット。
「ふーん。心配してくれてるのかい?」
「だ〜〜れが。ばか!」
 ルリはちょっとしょげている。そして、イリアと我が身を見ながら
「ふみぃ‥‥そんなに小さいかな」
 完全にいじけモード。いつものことなのかスレナスは動じないが、純情な泰斗辺りはどうしてよいものか戸惑っている。
「お嬢ちゃん。私はルリさんがうらやましいのじゃがのう。小さな胸は若さの徴じゃ。近頃ではどうだか知らないが、私の若い頃は美人の条件だったものじゃが‥‥」
 かつて、特に病と野盗や敵兵、仕事にあぶれた傭兵達が人々を襲った時代。そう、ノルマンではほんの10年ほど前までは、健康こそが何よりの美であった。そして、若さを示す特徴こそが美の証でもあったのだ。
「美と言うものの物差しは、時代によって変わるものだからな。もっと古い時代には、たくさん子供を産める女性が美人とされた。その証拠の像を、文字すら存在しない昔の遺跡で見かけることが在る」
 ぶっきらぼうにアーディルが口を挟む。いかにも学者然とした語りで。
 ポロンと鳴らす竪琴。順にヴェガ、リセット、ルリの順に顔を向けながら歌い上げるのはフェネック・ローキドール(ea1605)。

♪美しき女(おみな)や そはいずこ
 ああ輝かや あなたは最中(さなか)
 和子を慈しまん その姿

 美しき女や そはいずこ
 日に機知に満ち 日に知識入り
 たゆまず歩める その学び

 美しき女や そはいずこ
 世の男ども お許(こと)の殿も
 心奪わるる その笑顔♪

 調べと歌にルリのいじけ虫は姿を消す。
「さて、話をもどそうかのう」
 場が落ち着いた所でヴェガが場を仕切る。
「そう言う酷い奴らも今度の話に関わって来て居ると言うことじゃ。ただ、敵の立場に立てば、おぬしに危害を加えることによって抜き差しならぬ事態を招こうと考えておかしくない。ガードを固めるに越したことは無いのう」
「私だけ足手まといでごめんなさい」
「そんなことないでやんす。お嬢さんが加わるからこそ、バルディエ家とノエル家の平和が保たれるんでやすから」
「ふっ。役立たずと書いてヒロインと読むんだぜベイビー」
 ニヒルな顔を決めるティルコット。最後に、もっと素っ気なく、記録に目を通しながらアーディルが告げた。
「物は考えようだ。敵を引きつける囮になってくれるならば、これ以上の危険かつ大切な役目は無いだろう。キミに代われる物が居ないと言う時点で、既にかけがえの無いメンバーと言うことだな」

●魔酒『ヘイズルーン』
 酒場の入口に近い卓。鎧戸から射し込む陽を浴びて、雪のように白く輝く美酒。つんと鼻を刺激する辛い香りと野趣溢れる乳の香り。その中に、ほんのりと甘い香りがブレンドされる酒。これぞ名に負う魔酒『ヘイズルーン』。
「ぷはぁ〜。いい匂い」
 本多桂(ea5840)が革袋を開いて香りを楽しむ。
「一杯だけな‥‥」
 ラーバルト・バトルハンマー(eb0206)が反応する暇もなく。桂はくるくると袋を回しながら一気に飲み干した。
「あ、ああ‥‥ああああ」
「ん? どうしたのよ」
「‥‥おい、まだ俺も飲んでねーんだぞ! せっかくオークションで競り落とした一品なのによ〜‥‥」
 蹲って大地を叩きながら嘆くラーバルト。
「しっ‥‥静かにして」
 桂は耳をそばだてる。と、慌てて外に飛び出した。
「何やってんのよ!」
 繋いでいる馬やロバの荷を解いている男が数人。大胆にもアイテムを持ち主の振りをして抜き出している。しかも、自分達の荷だ。
「ちっ! づらかれ!」
 頭らしき者の合図でさっと散って逃げて行く。その疾きこと風の如し。無意識に抜刀した名剣ワイナーズ・ティールを鞘に収めたあたりで、ようやくラーバルトが追い付いた。
「何があったんだ。おい? あ、あああー俺のフカシたんがぁ〜。折角リセットに食べられずに済んだのにぃ〜」
 くいくいっ。桂はばらけて地面に落ちた荷を見てパニック起こすラーバルトの鎧の端を引くとロバのドンキンの腹にしがみついたなんだか良く分からない生き物の姿。安堵してさらに騒がしいラーバルトの声に、酒場の奥から仲間が駆けつけた。
 幸い、盗まれた物はそれほど多くなかった。再び卓に着き話し合う冒険者達。
「何かを探して居た。そんな感じだったよ」
 桂の声にスレナスは腰に下げた袋から古びたメダルを取り出した。
「多分、これを探していたのでしょう」
 竜の姿が刻まれたメダル。蔓バラのような植物の文様の囲みの中に6枚の翼を持つ竜の姿。そして裏側には、

♪歌え銀の糸よ 踊れ金の糸よ
 天には星よ 地には実りよ
 今こそ 宝を 渡し賜え

 歌え銀の糸よ 踊れ金の糸よ
 六つの翼よ 虹の力よ
 今こそ 祈りに 答え賜え♪

「これが最後の鍵じゃな‥‥」
 刻まれた精霊碑文を読んでマルトはそう呟いた。

 さて、くせ者は出るわアイテムは盗まれるわ。おかげで皆、遺跡砦の出発を前にしてピリピリとなった。
「何かしら事が起こると思ったが、やはりな」
 クオンの思った通り。彼の不安は未だ拭い去られていない。
「我々は既に監視され、付け狙われているようだ」
 言いつつ地図を広げる。地図には遺跡砦とそこに至る道筋とが記されている。
「地・水・火・風・陽・月、痣を持つ者は全て揃った。そして、明日は満月の日。あの遺跡砦が月道がらみのものであることを敵も感づいているなら、満月の晩に我々が行動を起こすだろうことも容易く予測できるはずだ」
「遺跡砦に向かう途中で奇襲をかけてくることもあり得るよね。奇襲をかけてくるなら‥‥」
 地図上に目を走らせたガレットは、遺跡砦に向かう道の途中にある森に目を留める。
「あたしが敵の立場だったら、森の中で待ち伏せして、やって来る冒険者たちを迎え撃つ。最初にありったけの矢を放って、倒れたところを剣でめった刺し」
「怖い‥‥。そんなの嫌」
 それはルリの声。全身に矢を浴び、血塗れで倒れる自分と仲間たちの姿を生々しく想像してしまい、気がついたら隣にいるリセットの手をぎゅっと握りしめていた。
「大丈夫、私がついています。道中は私の傍から離れないでください」
 健気にも影武者の役目を果たす少女を力づけるよう、リセットが言う。多少の矢ならば避ける自信はあるが、ルリに万が一のことがあればその身代わりに矢を受ける覚悟もある。
「安全のため、日の明るいうちに遺跡砦へ行き、そこで夜を待ちましょう」

●影武者
 ルルを名乗るルリに影のように従う者一人。エフデと名乗るスレナスである。従者としてルリをガードするのだ。スレナスはこの手の任務には馴れている。とは言え、ルリが年頃の乙女である以上、如何なる場合も共にあると言うわけでは無い。殿方が傍にいて拙い場面ではリセットやスニア・ロランド(ea5929)がその穴を埋めることになっていた。
「あ、あのう‥‥エフ‥‥デ」
 ルリが、小さな声で少し遠慮がちに尋ねる。
「なんでございますか? お嬢様」
 完全にバルディエの娘として扱うスレナス。穏やかな声が、最も厳しく影武者としての務めを求める。
「エフデにも言われたこともあるけど、詩人風の人に言われた事がまだ心に重く突き刺さって残ってて‥‥気持ちが重いの。もし一歩間違ったら‥‥戦争になって人々にいっぱい不幸にしちゃうと思うと気持ちがとてもつらくなる。こんなルルのせいで皆が不幸になるのは嫌かも‥‥」
 詩人風の人とは、ルリを魔法で助けてくれた人の事。すっかりルルお嬢様と勘違いしていたが、うり二つのルリがノアールの依頼で凶賊の手で命を落とすようなことが有れば、バルディエはその機会を逃すほど甘い男ではない。政敵を武力で排除する大義名分を得て、彼にフェーデを仕掛けることは請け合いである。彼は、辺境警備の軍事力に権力基盤を置く貴族である。その戦力は国王様隷下の騎士団にも匹敵する。宮廷に権力基盤を置く貴族など、フェーデともなればひとたまりもない。全て事が済んでから、影武者の献身でからくも難を逃れたルルお嬢様が現れれば良いのである。
「ルルお嬢様。僕も本当は、この冒険に加わって欲しくありませんでした。でも、徴を受けた以上はその責任があります。いまさら過ぎたことを悔やんでも仕方有りません。もっと前向きに考えましょう」
「そうでやんすよ。ルルさん。悩んでるルルさんも大人っぽくて素敵でやんすが、笑ってるルルさんのほうが何倍もきれいでやんす」
 伝助がルリの肩をポンと叩く。
「うみゅ‥‥この依頼成功してお父様とノアールさんと仲良くなれてみんな笑顔で幸せになれたらいいなって思う‥‥。そして‥‥みんなこんなルルでも助けてくれているからルルもがんばらなくっちゃ‥‥」
 言って、ぬいぐるみをぎゅっと抱きしめた。

●昔語り
 晴れ渡り、澄んだ空気が凍り付き、星が降る音が聞こえる寒い夜。焚き火を囲んでルリの眠る宿の前で不寝番を務める男二人。泰斗とエフデことスレナスは、火を挟み枯れ枝を折りながら昔語りをしていた。
「機会が有れば、もう一度立ち会って見たいものだな」
 過ぎた日の記憶を辿り泰斗は笑う。スレナスはさらりと
「死合いとなれば、多分‥‥僕の負けでしょう」
 謙遜とも思えない真面目な顔で言った。訝しがる泰斗に
「実を言うと、三対一の決闘裁判になった時点で僕の術中にありました」
 泰斗はふむと考える。決闘裁判とは、相手に手傷を負わせて血を流させれば勝ちである。明らかに三対一では分が悪い筈。それを口にすると、
「ご冗談を‥‥。あなた達は僕に傷を負わせることが目的です。裏を返せば命を狙ってくる訳ではありません」
 にこっと笑い。
「また、鎧で護られている箇所も外すでしょう。かすり傷でも血を流せる剥き出しの部分を狙うほうが簡単ですからね。予め攻撃してくる箇所が想定できれば、回避するのはさほどの難事ではありません」
「あ!」
 泰斗は意表を突かれた。
「ここまで明かせば、なぜアマツ殿に背を向けたかもこれでお判りですね?」
「薄手を負わせれば勝ちの決闘に、動きを制限する重い武器を持ち込んだからか」
「ご名答! あのご大層な剣は飾りで、隠し持った武器で不意を突いてくると見ました。間合いの短い武器で組み付くようにね」
 そして、左手の手甲の内側を見せるスレナス。極小さな銅鏡が親指付根の辺りに張り付けられていた。ポンと手を打つ泰斗。そこまで読まれていては、勝負は初めから決まっている。
「‥‥もっとも、ああいう仕儀になるとは思いませんでしたが」
 苦笑いするスレナス。泰斗は渡されたワンハンドハルバードを手に取ると、恐ろしく軽い。重さもさることながらバランスが良いので楽に振れるのだ。
「ドレスタットの桃山殿にあつらえて戴いた物です。如何なるタイプの鎧でも対応できる工夫がしていますが、大した威力はありません。重装甲の敵や人間外の生命力を持つ敵と対峙したら逃げるが勝ちですよ。武器としてよりも道具として使う方が多いくらいです」
 刺す・斬る・殴る・叩き割る・搦める‥‥およそ考えられるケースに対応した武器であるが、使いこなすのは熟練を要するだろう。

●竜のメダル
 翌朝。まだ朝霧の漂ううちから冒険者たちは出発した。延々と広がる冬枯れの草原を進み、昼前には道程の半ば以上を過ぎ、森の入口に差し掛かった。
「さて、様子を見てくるか」
 先頭に立つクオンが隊列を離れて森に入り、あちこちの木陰や茂みの陰、草の陰にくまなく視線を走らせる。
 かさ。微かな音。目の端で何かがちらりと動く。注意を向けると、木の陰に何かがいる。地面に目を向けると、下草が不自然な倒れ方をしている。よくよく見れば、何かが草の陰に身を伏せている。
 クオンは何気ない振りを装って森の入口に戻り、仲間たちに手を振って叫んだ。
「大丈夫だ! ここに敵はいない!」
 森の外で待機していた仲間たちが動き始めた。だが、ルリとその周りにいる者たちは動かない。ルリが森を指して何か言い、護衛の仲間たちがそれに言い返している。
『あの森は怖いから行きたくない』
『大丈夫、私たちがついています』
 その姿は遠目から見ると、そんな言い合いをしているようにも見える。そうするうちにも、先に進み始めた仲間たちは森のすぐ手前にまで達しようとしていた。
 ガサガサ! ガサガサ! クオンの背後で派手に草が動く。さらに、何者かが駆け寄って来る足音が。クオンは素早く動く。ずっと背後に神経を集中していたのだ。
「たあっ!」
 振り返りざま、その剣を閃かせる。
 血しぶきが跳ね上がった。
「ぐあっ!」
 クオンの背後から剣を振り下ろそうとした男は、切り裂かれた喉から派手に血を吹き出して倒れた。
 ヒュッ! ヒュッ! ヒュッ!
 空を切り裂くように矢が飛ぶ。矢を放つのは、木陰から姿を現した敵。冒険者たちはばたばた倒れて枯れ草の中に身を沈め、その光景を目の当たりにした敵は自らの勝利を確信したが、その直後にお返しが来た。
 どおおおおおおおっ!!
 大地震のごとく大地が激しく震動。マルトが放ったグラビティーキャノンの魔法だ。その衝撃で敵弓兵の一人が倒れ、起きあがった時にはガレットの放った矢がその皮鎧を貫いていた。
 どおおおおおおおっ!!
 またもグラビティーキャノンが大地を揺るがし、もう一人の敵弓兵が木陰から転げて姿を現し、その敵が起きあがった時には目の前にラーバルトが。
 ごぉん! 鉄の手袋をはめたラーバルトの拳が、敵の顔面を殴りつける。敵は後方に首をのけぞらせて吹っ飛び、そのまま動かなくなった。
「見たか! 鉄の手袋の力!」
 全てはクオンの作戦だった。彼は予め合図を決めておいたのだ。森に敵がいなかったら右手を振り、敵がいたら左手を振ると。クオンは言葉で敵を欺きつつ、仲間たちに左手を振り、その合図により仲間たちは敵の攻撃と同時に、やられた振りをして身を伏せた。身を伏せて敵の矢をやり過ごす間に、スニアはエリベイションの魔法を、シルバーはフレイムエリベイションの魔法を使うことさえ出来たのだ。
『ええい! 怯むな! この俺様が蹴散らしてくれる!』
 全身、重厚な鎧で身を固めた屈強な戦士が、ぞろぞろと兵を引き連れて森から飛び出してきた。
『私の指揮から離れるな! 勝手な振る舞いは許さんぞ!』
 その背後から叱責するような怒鳴り声。それまで森の奥に姿を隠していたウィザードらしき男が、その姿を現していた。
『やかましい! 人買い野郎ごときの指図は受けぬわ!』
 戦士が怒鳴り返す。交わされる会話はラテン語。どうやら敵は一枚板という訳ではないらしい。
「ここは、俺に任せな!」
 ラーバルトが戦士の前に躍り出る。鉄の手袋が勢いよく突き出される。並の戦士なら吹き飛ばされるほどの勢い。だが、目の前の敵戦士はそれを易々と盾で受け止める。
『効かぬぞぉ!』
 鉄の手袋を受け止めた盾が、そのままラーバルトを押し倒そうと突き出される。
「強ぇ、こいつは強ぇぜ!
 ラーバルト、足をふんばり全身の力で盾を受け止める。と、敵戦士の盾がすっと引く。敵戦士は横合いに回り込んだ。振り上げられた剣がラーバルトを狙う。
 敵戦士の横手から、スレナスのハルバードが投げつけられた。剣とハルバートのぶつかり合いで派手な金属音が放たれ、敵戦士の注意が削がれた隙にラーバルトは敵戦士から身を離す。その間にもハルバードは二度、三度と敵戦士の体を打つも、頑強な鎧に包まれた敵戦士はびくともせず、せせら笑う。
『貴様の武器はおもちゃか!? この痩せガキが! その細首もぎ取って、犬に喰わせてやるわ!』
 ラテン語で口汚く罵り、スレナスに掴みかかった。
「危ない!」
「スレナス!」
 窮地を見て、仲間たちの声が飛び交う。スレナスの小さな体は敵戦士の腕にがっちり押さえられた。もはや首をへし折られるのは時間の問題‥‥いや、押さえられたと見えたスレナスの体が、敵戦士の腕の中をずるずると滑っていく。一瞬に変わる態勢。ハルバードの柄についた組み紐が敵戦士の首にくるくると巻き付き
「‥‥があっ!!」
 頸動脈を締め付ける組み紐。スレナスは、弛んだ敵の腕から脱し背中合わせになる恰好で敵の巨体を背負う体勢に持ち込んだ。歯を噛みしめ、全身に力を込めるスレナス。組み紐に吊られて敵のつま先が地面から離れ、その巨体はスレナスの背に持ち上げられていた。あのか細い体のどこにそんな力があるのかと、不思議に思えてくる光景。二人の体格差故に敵戦士の体は大きくのけぞって弓なりになり、その喉にかかった組み紐が意識を奪う。さらになお敵戦士の頭部をぐいぐい後方に反らし‥‥。
「だあっ!」
 スレナスの体が転げるように前屈する。その勢いで敵が頭から地面に突っ込むやいなや、首の辺りでごきりと嫌な音がした。スレナスも共に地面に倒れ、ややあって身を起こした彼は、ぴくりとも動かぬ敵に言葉を投げつける。
『僕のおもちゃにはこういう使い方もできるんだ』
 その言葉ももはや聞くこと能わず。敵戦士は首の骨を折られ、目を見開いたまま絶命していた。彼に率いられていた兵達も、クオンとシルバーの矢で壊滅的打撃を受けている。

「退け! これ以上の損害は無駄だ!」
 ウイザードらしき者の声。その時だった。相手の攻撃を紙一重でかわした泰斗の懐から小さな物体がこぼれ落ちた。地に落ちたそれを敵の一人が拾い上げて叫ぶ。
「メダルを手に入れたぞ!」
 敵は策に引っかかった。無論、古いメダルに細工した偽物である。
『総員撤退! 体勢を立て直す!』
 敵ウィザードが号令を飛ばし、続いて呪文を放つ。
 突然、立ちこめた濃い霧が冒険者たちを包み込む。視界は白一色となり、1m先も見えない。
「魔法の霧よ! 皆、仲間から離れないで!」
 スニアが声を張り上げ、冒険者たちは霧の中でそれぞれの名を呼び合い、寄り集まった。
「全員揃ったわね! この霧の中から脱出するわ!」
 霧の中で何とか方向を見定め、今来た道を引き返す。ほどなく霧の中を抜けると、そこに一同を待ち受けていた者がいた。
「戦いぶりをじっくりと拝見させてもらったぞ」
「ビブロ!」
 その姿を見てスレナスが身構え、ハルバードの柄に手をかけた。
「よせ。今は殺り合う意味がない」
 ビブロは動じず、言葉だけでスレナスを制する。スレナスの顔から不信の色は消えない。
「カミーユ姫を担ぎ出したようだが、それでも敵対の意志が無いと言えるのか?」
「海賊ども。いや、やつらの手の者から救い出した姫を、正当な地位に戻すだけだ。我が主もノルマン王国の臣だ。外患誘致する愚か者にしないで貰いたい。月道を敵の手に渡す真似はしない」
「相変わらず口だけは上手いが、その言葉をそのまま信じる訳にはいかぬな」
 その口のお陰で、スレナスは何度煮え湯を飲まされてきたことか。
「ならば‥‥」
 ビブロはおもむろに懐へ手をやる。
「ちょっと。おかしな真似をしたら承知しないわよ」
 不安な眼差しのルリを背後に庇いつつ、桂が油断なく身構えて言うが、その言葉にビブロはニヤリと笑い、懐からゆっくりと手を引き戻した。その手の中には一冊の聖書が握られていた。
「今度の事に関して敵対せぬと、天の父の御前に誓おう」
 ビブロは聖書に手を置いて誓う。
「その誓いを破ればどうなるか、分かっているな?」
 不承不承な物言いながらも、スレナスはようやくビブロの言葉を信じた。
 やがて魔法の霧は晴れ遺棄死体を調べると、彼らの手には一様に十字の入れ墨が彫られていた。

●月道
 冬の陽は遺跡砦に着いてから小一時間で暮れ、やがて東の梢から顔を出す青い月。雲一つだに無き天の涯てから、金属音にも似た星の瞬く音。夜に入ってますます冷え込む空を見れば、白い息の向こうに悲しいまでに美しい月の光。クオンを先頭に進む一行は、三度目のゴーレムの部屋、二度目のガーゴイルの部屋を抜け、あの魔法陣の部屋へと進む。
 クリエイトウオーターで生み出した水で喉を潤した一行は、満月の天頂に差し掛かるのを待って儀式に入るよう準備する。シルバーやクオンは徴の者から矢を集め、魔法陣を背に、それぞれの担当する方向を向いた。
「スレナスさん。万が一敵襲の場合、あなたが戦いに加われないのは困りものです」
 シルバーの促しに、スレナスは
「既に然るべき人に渡して居ます」
 言って入口近辺の位置に着いた。マルトはその左斜め後方に位置し、桂は抜刀して入口の左側にぴったりと張り付いた。

 土の位置にラーバルト、水の位置に泰斗、火の位置にガレット、風の位置にアーディル、陽の位置にルリ、月の壇にフェネックが魔法陣の中央に向かって立つ。ルリの周りに伝助とスニアそしてスクロールを広げたリセットが固める。ティルコットは壇の傍でヴェガと一緒にフェネックをガード。
「もうすぐ時間です」
 月は天頂に差し掛かる。徴を持つ者が痣を出し、フェネックが精神を集中して竪琴をつま弾きながらムーンロードの準備に入った。決行だ! 最後の位置へヴェガが走り込み、竜のメダルを掲げる。
 それぞれの位置から精霊を象徴する色の光が発し、7本の柱となって天に向かって伸びて行く。徴の者の周りを光が包み、ためか身動きがとれない。そして、今目の前に月道が拓かれた。

 カララン。その直後、冒険者たちが仕掛けた警報の仕掛けに反応する音。身構えた余の者たちの前に、あのウィザードが配下の男たちを伴って現れた。
「待て。今の我々に戦う意思はない」
 意外にも休戦の意思を示すウィザード。
「全てを見届けさせてもらったよ。私とて、手ぶらで帰るわけにはいかぬのでね。ほう、これが例の月道か」
 開いたばかりの月道に興味を示し、歩み寄る素振りを示すも、警戒を示す冒険者に静止される。
「それ以上は近づくな」
 ウィザードの顔に笑みが浮かぶ。
「おっと。君たちは大事なことを忘れているぞ。このままでは月道は使い物にならぬ」
「何!?」
「いいか。天井をよく見ろ。あそこだ」
 ウィザードの指が天井を指す。つられて幾人かの冒険者が天井を見上げるや、天井を指さしたその指が素早く動き印を結ぶ。高速詠唱! その手の中に現れたアイスチャクラの円盤が、ルリに向かって投げつけられる。
 素早い豹変。だが間一髪、氷の円盤がルリを直撃する前に、割って入ったスニアがライトシールドで受け止めた。
「だまし討ちとは卑怯な!」
 隠密の勾玉の霊験に錬磨の技が加わって、意図しない方向から射られたクオンの矢が闇を摩してウイザードの右腕を貫く。それが戦闘の嚆矢となった。
 シルバーの放つ矢が槍を構えて突進する男の足の甲を地面に縫いつける。
「うぁぁぁ!」
 吶喊の声が悲鳴に変わり頓挫。伝助は前に進み二つの刃を駆使して敵の切り込みを防ぎ、マルトは物陰からローリンググラビティーを敵に見舞う。後方から駆けつけたビブロ達の姿。徴の者が身動き取れない状態で、戦いは乱戦となった。闇の中に浮かぶ鋼の火花。敵も味方も攻撃を完全にはかわせず、手傷を負う。
 乱戦の最中、スレナスが正に呪文を投げかけようとしたウィザードに組み付き、もつれるように二人は月道の光の中へ。その姿が光の中でゆらぎ、そして目の前から消えた。
「スレナス!」
「ヴァイプス殿!」
 敵と味方の双方から驚きの叫び。指揮官を失った敵は戦闘を放棄して遺跡砦から姿を消す。残された冒険者たちはただ、月道から放たれる光を見つめるばかり。
 やがて、時が満ちたか月道の光が薄れた。
「皆さん来て下さい」
 月の壇から、ようやく動けるようになったフェネックの声。見ると、壇には刻まれたような碑文がくっきりと
「ふむ‥‥一方通行って事か。まて、嘘だろ? そんな馬鹿なことがありえるはずがないっ」
 読んでアーディルは叫び声を上げた。記されている名は正に過去の遺物。滅びし世界であり現存しない国であったからである。その名は『アトランティス』と発音される。
 事態の重大さを悟ったスニアはビブロに向かっていった。
「第三者にここを行き来されスパイされた場合、ノワール卿、アレクス卿の双方に不利益になるどころか、国全体の不利益が発生しかねないわ。箒も貸すから、急いで。貴方が何者であれ、この世界に仇なす気はないのでしょう?」

 この地が王国の管理下に置かれることになったのは間もなく事であった。
 余談ではあるが、徴を受けた者の痣は、この夜を境に次第に薄れ跡形もなく消え去ったと言う。